テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜   作:平泉

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メンバー合流

ラオはハッし慌てて顔をあげてフレーリットを見る。

 

「大変だ……!フレーリット!」

 

急いで体を起こして、窓際に走る。そして彼の様子を伺った。目は虚ろで、気を失いかけている。必死に目を開けて、憎き目の前の人物に憎悪の眼差しを向けた。

 

「………ぅ、ぐ………、殺す……貴様は…、僕がっ……!」

 

「フレーリット!」

 

彼の頭から血を流れ、額に流れ出した。ラオは包帯を取り出そうと腰を探った。そこにはらりと札が落ちた。この城に入るときに使った代物だ。初めは3枚あったが、今は残り1枚。ラオはあることを思いついた。

 

(気を失う前に、今なら間に合う!)

 

ラオは札をフレーリットの額に当てた。

 

「っ!?」

 

額の血が札に染み込んだ。ラオは集中して、エヴィを流し込む。するとフレーリットの目は更に虚ろになった。ラオは彼の目をしっかりと見つめ、札の催眠術をかけた。

 

「フレーリット、答えて。精霊マクスウェルはどこ!?」

 

「精霊………マクスウェル…?だから知らないって言ってる……だろ………。何度も……言わ……せるな……」

 

フレーリットはゆっくりと答えた。

 

「どうゆうこと?アルスが言ってた見解と違う……?本当の事を言って!この札には逆らえないはずだヨ!」

 

「本当……だっ……。僕は、マクスウェルなんか……見たこともない……聞いたことがある………だけだ………」

 

フレーリットの瞼が段々と降りていき閉じた。

 

「フレーリット?フレーリット!」

 

札が額から剥がれ落ちた。ラオは慌てて彼の心臓に耳を当てる。

 

トクン、トクンと音が聞こえた。

 

(────良かった、生きている)

 

「気を失っちゃったか……」

 

ラオは包帯を取り出すと、彼の頭に巻いて応急手当をした。そして気絶しているフレーリットの顔をまじまじと見つめた。

 

「髪の毛以外、サイラスにそっくりだったな……」

 

ラオは彼の髪の毛を触った。紫紺の髪。サイラスは濃い青、コバルトブルー色だった。

 

(サイラスの髪は、アルスに遺伝したのネ…。だからアルスからは懐かしい感じがしたんだ。何故なら、彼の孫だったから……)

 

アルスの髪は母親譲りでも父親譲りでもない。祖父サイラスの隔世遺伝である。

 

「……フレーリットは、マクスウェルを持っていない……。これは、嘘ではない…。そうなると、こっちの城はハズレって事…?研究所の方が気になるネ…」

 

思考を巡らせていると、無線がかかってきた。ノインだ。

 

「ラオさん!ラオさん大丈夫ですか!?何か凄い音聞こえましたけど!」

 

「ノイン!状況は後で話す!とりあえず今からそっちにいくヨ!」

 

ラオはそう伝えると、当初目的だったマスターキーを取らずに部屋を出た。

 

 

 

厨房のオーブンからとてもいい匂いが漂ってきている。スミラはそれを開けた。

 

「出来たわ!」

 

「わぁー!」

 

丸いチョコレートのクッキーに、チョコチップが散りばめられている。甘い香りが広がった。

 

「美味しそう〜!!」

 

「よし!味見味見……!あつっ。ルーシェ気をつけて、まだ熱いわ」

 

スミラは2つクッキーを手に取り、1つルーシェに渡して味見した。ルーシェはそれを口に入れた。焼きたてで熱いため、チョコチップが口の中でとろけた。ルーシェは頬が落ちるのを抑えるように、両頬に手をあてた。本当に美味しい。

 

「んんん〜!!!美味しいっ!こんな美味しいの初めて食べました!!も、もう1個食べていいですか!?」

 

「感激しすぎよ!まぁ……いいけど……。でも、悪くないわね。上手くできたみたい」

 

「ふぅぅあぁぁ、美味しい〜!」

 

「あ、ルーシェ。これレシピよ。欲しがってたでしょ」

 

スミラはチョコレートクッキーのレシピが書かれた紙を渡した。

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

「ふふ、クッキーは貴方と私分のもとっておきましょうか。フレーリットの分と、あとクリスティーナ様のも取り分けましょう」

 

「クリスティーナ様?」

 

「フレーリットのお母さんよ。最近は体の具合が悪くてね、お見舞に行こうと思うわ。お腹の子の事も伝えたいしね」

 

「あ、なるほど……」

 

「さ、取り分けましょう」

 

スミラはあらかじめ用意しておいた2つのバスケットにクッキーを入れ始めた。

 

「フレーリットも今の時間帯はきっとお見舞いのためお義母様の所にいるはずだわ。お義母様の部屋へ行きましょう」

 

「はい!」

 

バスケットに分ける作業に取り掛かり、余ったクッキーをつまみ食いしていると、ふとルーシェは当初の目的を思い出した。

 

(そうだ…、私ったら何してるんだろう。目的はフレーリットさんの事、スミラさんから聞き出す事だったけど、全然関係ない話しか聞いてない!)

 

ルーシェはスミラに恐る恐る聞いた。

 

「あの、スミラ様…」

 

「何?」

 

「私……噂で聞いた事があるんですけど、フレーリット様って、その、何か不思議な力を持っているとか…、何か……」

 

「不思議な力?」

 

「その……単刀直入に言うと、精霊っていう、御伽話に出てくるような者が使える力……とか」

 

「無詠唱の光術の事?」

 

「っ!そう!それです!」

 

スミラは「あぁ〜」と言って作業を一旦中止した。

 

「そうねぇ、氷属性の術なら見た事あるわよ。そのおかげで私生きてるようなもんだし」

 

多分日記に書かれた出来事の事だ、とルーシェは思った。

 

「あの、その氷属性以外のとかは…見た事あります?」

 

「え?ううん?ないわよ?アイツ元々氷の術が得意…というか好きなのかしら?この前私の誕生日の時なんか、アイスキューブ作ってサプライズしてくれたわ」

 

「アイスキューブ?」

 

「花とか、フルーツとかを氷の中に閉じ込めて凍らせてあるのよ。それお酒に入れて飲んだの。すごく綺麗だったわ。悔しいけど、アイツのセンスを褒めざる負えない出来だったわね」

 

「へぇ〜……」

 

「それがどうかしたの?」

 

「いえ!何でもないです!気にしないでください!あぁ!クッキーが冷めちゃう!」

 

ルーシェは誤魔化すように作業に戻った。しかし、浮かんでくるのは疑惑ばかりだ。

 

(フレーリットさんは、本当にマクスウェルを持ってるの?それとも、ただ巧妙に隠してるだけで、スミラさんには見せてないだけ?でも、無詠唱で術を使ったっていう証言はある…。けれどそれ以外の一切の証拠がないよ……、城の方はハズレっぽいのかな…)

 

ルーシェはスミラの方はこれ以上何も聞き出せないだろうなと踏み切った。彼女を溺愛し大切にしているフレーリットだが、知られたくない裏の姿というのも、絶対にあるだろう。しかもそんな裏の姿なんて、愛している女性には極力知られたくないはずだ。その証拠に、スミラのつけた日記の記述時に、無詠唱の術について聞かれた際、うやむやにしている。恐らくその部分は研究所の方、あるいはロダリア、ラオ、ノインの方が調査してくれているはずだ。ルーシェは他のメンバーに託すことにし、今はスミラに協力しきる事にした。

 

 

 

部屋から出てきたラオにノインは急いで駆け寄った。

 

「ラオさん!何があったんですか!」

 

「あの無線の後、慌てて隠れたんだけどフレーリットに見つかっちゃって、戦闘になった」

 

「戦闘っ!?」

 

「大丈夫、なんとか倒して、今は気絶してる」

 

「たっ、倒したんですか!?」

 

「ウン……ちょっと、色んな事が起きてネ………。とにかく要点だけ話すヨ」

 

「要点?」

 

「さっきの戦闘後、フレーリットに城に入るときに使った一種の催眠術をかける札を使った。アレは嘘をつけずに真実だけを喋らせる札としても使える。そして聞いたんだ僕。マクスウェルを持っているか、どこにあるかを。でも彼は知らない、としか答えなかった。マクスウェルという単語は、聞いた事があるだけだと」

 

「そんな、馬鹿な!?じゃあ一体何の為にここまで来たんです!マクスウェルはスヴィエートにある筈なんでしょう?」

 

「分からないヨ……だからボクはマスターキーは取ってこなかった。これ以上ここにいても無駄だヨきっと。この事を報告するために皆と合流しよう!まずロダリアを探さないと!」

 

「分かりました、無線をかけてみます!」

 

ノインはロダリアの周波数に合わせた。しばらくして、無線が繋がる。

 

「あ!ロダリアさん!?」

 

「はい、私ですわ」

 

「今どこにいるんです?」

 

「私は今、1階西エリアの甲冑廊下、人通りが少ない廊下の隅に待機しています。マズイ傾向ですわ。城が騒がしくなってきているんですのよ。恐らく、眠らせた無線室の管理者達が起きて、事がバレたんでしょうね」

 

自らの目的があらかた済んだロダリアはもうこの城でやる事はなかった。そうして暇を持て余していると、何やら城内が慌ただしくなってきているのに気づいていた。

 

「それはヤバイですね。あ、ちょっとラオさん!?」

 

ラオはノインの無線機をひったくった。

 

「ボクだヨ!ラオ!さっきフレーリットとばったり出会って戦闘になって色々あって、彼はマクスウェルを持っていない事が判明したヨ!こっちは多分ハズレだヨ!研究所チームにかけるしかない!」

 

「で、出会った!?私足止めしたつもりだったのですが……」

 

ロダリアは、マクスウェルがフレーリットの手元にはないと言うことは大方分かっていたが、出会ったのは予想外だ。

 

「なんか44階のとある一室を彼専用に喫煙ルームにしてたみたいで!それでボク達はというと、フレーリットの部屋に入るためにマスターキー部屋に行ったんだヨ!それが44階のまさかのその部屋で!タバコ吸いに来たフレーリットとボクが会っちゃったんだヨ!」

 

「今彼はどうしてますの!?」

 

「気絶してる!大丈夫!死んではないヨ!」

 

「とにかく、そうなるともう私達の正体がバレるのは時間の問題ですわ!皆合流して、脱出しますわよ!」

 

「分かった!で、一体どうしますか!?」

 

会話を聞いていたノインが言った。ラオが慌てて言った。

 

「ルーシェ!ルーシェはどうすんの!彼女はこの事知らないヨ!」

 

「2人はとにかく1階へ降りてきてください!ルーシェには私が連絡いたしますわ」

 

「分かった!1階だネ!じゃルーシェを頼んだヨ!」

 

ラオは無線を切った。無言の緊迫した雰囲気に包まれる2人。

 

「………行きましょう」

 

ノインの言葉にラオは頷き、2人は1階を目指した。

 

 

 

スミラとルーシェはエレベーターで45階まで上がり、フレーリットの母、即ちアルスの祖母の部屋までやってきた。スミラはドアをノックした。

 

「お義母様、スミラです」

 

「スミラさん?どうぞ〜」

 

「失礼します」

 

「し、失礼いたします!」

 

中から透き通るような綺麗な声が聞こえた。ルーシェは緊張した。アルスの母の次はアルスの祖母ときた。

クリスティーナという女性は白いベットによりかかり、座っていた。息子のフレーリットと同じ紫紺の髪、顔色は白く、綺麗な人だ。穏やかに目を細め上品に笑う。

 

「まぁ、またお見舞いに来てくれたのね。ありがとうスミラさん」

 

「とんでもございません。お身体の具合は大丈夫ですか?」

 

「ええ、最近は調子がいいのよ。それより、気になるわ。貴方の後ろにいる人と、この美味しそうな匂い」

 

クリスティーナはスミラの後ろを覗き込んだ。

 

「ルーシェ、ご挨拶しましょ」

 

「は、はい!」

 

スミラに小声で言われ、ルーシェは前に出た。

 

「新人メイドのルーシェと申します。恐れ多くも、スミラ様のお料理のお手伝いをしておりました」

 

「お料理……、それがこのいい匂いの元ね?チョコレートクッキーかしら?」

 

「ええ、フレートに作ってって、せがまれて……。こちらはお義母様の分です。よかったら食べてください。ルーシェ、渡して」

 

「はい!失礼いたします」

 

ルーシェはお辞儀をするとクリスティーナにそれを渡した。彼女はにこやかに笑った。

 

「ありがとうルーシェ。そういえば、フレーリット。あの子どうしたのかしら?この時間帯になるといつも来るはずなのに、来ないのよ」

 

クリスティーナは不安げな表情を浮かべた。

 

「きっと少し仕事が溜まってるんですよ。大丈夫です、そのうち来ますよ。ところでお義母様、御報告申し上げたい事が」

 

「報告?」

 

「はい……!」

 

スミラは静かに笑うと両手でクリスティーナの手を握った。

 

「この度、私スミラのお腹に、新たな命が宿りました」

 

「まぁ………!それは!」

 

クリスティーナは手を口に当てて驚いた。

 

「えぇ、彼……フレーリットとの間の子を、儲けました」

 

「……あぁっ!」

 

クリスティーナは感動のあまり泣き出してしまった。

 

「お、お義母様っ!」

 

スミラは慌ててクリスティーナにハンカチを差し出した。

 

「ありがとうスミラさん……。ごめんなさい、本当に嬉しいのです。あの子は本当に、貴方に会うまでは女性には全く興味がなくて、仕事一筋だったわ。皇帝として忙しかった面もあるけれど。世継ぎ問題も考えて私が無理矢理にでも何度お見合いさせても全部失敗だったわ。そもそも他人に対して一切興味を持たなかったのよ」

 

「はい、存じております……」

 

涙溢れるクリスティーナをスミラは見つめた。

 

「けれどそんな中、フレーリットは貴方と出会って変わったわ。以前よりも笑い、明るくなり、自分の事を喋るようになった。貴方の事をずっと私に話していたわ。その時のあの子の目といったら………とてもキラキラしていて、貴方に夢中と言った様子で。ホント、恋に燃える純粋な男の子だったわ。感謝してるのよスミラさん。貴方は息子を変えてくれた」

 

「はいっ………」

 

スミラの声が震えた。

 

「ふふ、彼女の事が気になりすぎて仕事に手がつかない、って相談しに来たのよ?あのフレーリットがよ?」

 

「はいっ………」

 

スミラはついに涙をこぼした。

 

「ありがとうスミラさん。そしておめでとう。フレーリットもきっと、喜ぶわ」

 

「お義母様っ……!」

 

スミラとクリスティーナはしっかりと抱きしめ合った。ルーシェもその光景に思わずもらい泣きしたしまった。手で涙を拭う。

 

(っ!?)

 

しかし、この感動的なシーンを壊すようにルーシェの無線機がバイブ音を発した。スミラとの会話中に鳴らないようにしていたのが今の状況にも幸いした。

 

「ちょ、ちょっと失礼します!!」

 

「え?ちょっと?ルーシェっ?」

 

ルーシェは目頭を押さえつつ慌てて部屋を出た。スミラの制止する声を無視し走った。

 

「えーと、応答ボタン、応答ボタン……これだ!」

 

鼻をすすり、人気の少ない廊下まで来ると応答ボタンを押した。

 

「は、はいぃ!ルーシェです!」

 

「ルーシェ?私、ロダリアですわ!」

 

「ロダリアさん?一体どうしたんですか?そんなに慌てて……」

 

「今どこですか!?」

 

ルーシェは彼女の喋り方からして、並々ならぬ雰囲気を感じ取った。きっと緊急事態が発生したに違いない。ルーシェは生唾を飲み込み、答えた。

 

「……!私は今45階にいます。さっきまでスミラさんと一緒にフレーリットさんの母親のクリスティーナ様のお部屋にいました」

 

「詳しい事は後でです!城はハズレですわ。フレーリットはマクスウェルを直接掌握していません!」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「そうと分かれば、早く撤退しますわよ!私達の正体がバレるのも遅くありません!一旦合流しますわよ!」

 

「は、はい!分かりました!え、今ロダリアさんはどこに?」

 

「私は今1階西、甲冑廊下ですわ!」

 

「あ、はい!えっと、地下3階の使用人ロッカー室に、皆さんの服がしまってあります!ロダリアさん、先にロッカールームに行って着替えてたらどうでしょうか?私もそこに行きます!」

 

「分かりましたわ。ではそのロッカールームを待ち合わせ場所にしましょう!」

 

「了解です!あ、ラオさんとノインさんに私伝えときます!」

 

ルーシェは無線を切った。慣れないメイド服。裾を持ちエレベーターに向かって走り出した。

 

(よし、エレベーターで45階から、一気に地下まで降りて行こう!)

 

45階にはエレベーターが2つある。使用人用と皇族関係者用の2つだ。スミラと自分が乗ってきた皇族用のエレベーターのボタンを押し、ドアが開く。皇族用エレベーターは降りる時ではパスワードはいらない。スミラから聞いた情報だ。一方通行で、もうここに戻る事はできないがパスワードを知らなくても使用は出来る。一方その隣、使用人用のエレベーターは29階に止まっていた。

 

(ごめんなさい、スミラさん、さようなら。そして、ありがとうございました─────)

 

ルーシェは皇族用のエレベーターに乗り込むと、B3のボタンを押した。そして、ラオのへと無線をかけた。

 

 

 

スミラは困り顔で45階廊下に立ち尽くした。

 

「ルーシェ〜?もうっ、一体どこまで行ったのかしら?フレートも全然来ないし〜!せっかくの焼きたてクッキーが冷めちゃうじゃない!」

 

クリスティーナのお見舞いも終わり、ルーシェやフレーリットが来るのを待っていたが一向に帰ってこない。心配して廊下を見回ってみるが誰1人いない。しかし、靴音が後ろで聞こえた。

 

「あ、ルーシェッ?」

 

スミラは振り返った。しかし、違った。T字路の突き当たりを横へとまっすぐに、足早にそれは通り過ぎて行った。

 

「フ、フレートッ…!?」

 

間違いない、フレートだ。スミラは急いで追いかけた。しかし彼はというと、かなり早歩きで追いつけない。

 

「……では、引き続き侵入者の捜索に当たれ」

 

無線機を持ち、何かを喋っていたが遠くからではスミラは聞き取れなかった。

 

(ふふ、妊娠したって言ったら、なんて言うかしら……?)

 

スミラは彼に伝えなければいけないことがある。そう、妊娠の事だ。会話が終了し彼が無線機をしまったのを確認しスミラは顔の頬が緩んだ。弾んだ声色でフレートの後を追った。

 

「フレート!フレートってば!もうっ〜!」

 

やっと追いついた。彼女の声に反応し振り返った彼の額には包帯が巻かれている。スミラはギョッとした。

 

「え、ど、どうしたのその頭?」

 

「スミラ…。あぁこれか……何でもないよ。解くの忘れてたな…」

 

彼は忌々しそうに頭の包帯を解いた。ラオがやったものだ。

 

「ちょっと…血がついてるじゃない!?」

 

スミラはその包帯が血で赤く染まっているのを見た。

 

「何でもなくないわよこれ!」

 

「大したことないよ…。しかし、一体どうゆう事なんだ…。トドメをささず、それは疎か、僕に応急処置を施すなんて…」

 

「え、何?トドメ?応急処置?何の話?」

 

「…説明している暇はない」

 

「っきゃ!」

 

そう言うと、フレーリットはその包帯を握り締めた。それはたちまち凍りつき、彼の握力で粉々に砕けた。キラキラとした氷の欠片が宙に舞う。スミラは思わず驚き後ずさりした。

 

彼はスミラの話を全く聞く様子もなくまた早歩きで廊下を歩いて行く。スミラは慌てて追いかけた。

 

「ま、待って?ほら、チョコクッキー!アンタが食べたいって言ったんじゃない?今ならまだ焼きたてよ?」

 

スミラはチョコクッキーが入ったバスケットを差し出した。いつもなら大体はこれで必ず反応を示すのだが、期待は大きく裏切られた。

 

「後にする」

 

「えっ!?ねぇ、ちょ、ちょっと!ど、どうしたのよ?いつものアンタなら……!そ、それに、お義母様のお見舞いもまだ……!」

 

「それも後だ」

 

「ね、ねぇお願いフレート?アンタが忙しいのは分かったわ。ほんのちょっとだけでいいから待ってってば!私、今すぐ貴方に伝えたい嬉しいお知らせが────」

 

妊娠で舞い上がるスミラの心情など知るはずもなく、フレーリットは大きく舌打ちした。立ち止まり、スミラに振り返った。

 

「……少し黙っててくれないかっ!!!」

 

「ひっ!」

 

スミラはひきつった声を出し手で顔を覆い、酷く怯えた。彼に大声で怒鳴られたのは初めてだ。こんな彼の姿、今まで見た事がない。怖い。ジワリと視界がにじみ始める。雰囲気はとても冷たく、何者も寄せ付けないようだ。

 

「フ、フレー……ト……?ご、ごめんなさいっ…?ちょっと、私。空気、読めなさすぎよねっ……!?ホント私だけ舞い上がってて……馬鹿みたいっ。ごめんなさい。許して…ね?」

 

「あっ……ち、違うんだ!ご、ごめんスミラ……!こんなの八つ当たりだ…!」

 

気がつくと、フレーリットの部屋の前まで来ていた。彼はハッとすると自分の発言の過ちを悔いた。しかし、決心は変わらない。キッ目つきを鋭くしてと覚悟を決める。

 

「っこれは、僕個人の問題だ。放っておいてくれ…。君を巻き込みたくないんだ」

 

バツが悪そうな顔でそう言うと、早々に部屋に入っていった。中から鍵が閉まる音が聞こえる。

 

「ど、どうしたのよ一体……!」

 

スミラの目から涙がこぼれた。先程の緊張が解かれたのだ。だが、それと同時に胸騒ぎが収まらない。フレートの様子といい、物言いといい。いつもと明らかに違う。

 

(何か、何か嫌な予感がするわ……!)

 

しかし、今の彼女はどうすることも出来なかった。

 

 

 

ルーシェが使った45階の隣の使用人エレベーターを使った人物達。

 

それはノインとラオだ。

 

44階には使用人用のエレベーターは止まらないため降り口もない。彼らは45階へと上がりのそこの使用人エレベーターに乗り、既に下へ降りていた。ルーシェがクリスティーナの部屋にいた時だ。29階から乗り換えてきた元のルートを辿っている時、ラオが無線機を取り出した。

 

「ルーシェの方は大丈夫かな?」

 

「ロダリアさんから連絡がいっていれば、大丈夫でしょう」

 

ノインがそう答えた。

 

「………万が一を考えて、念のためちょっとかけてみようヨ!」

 

「別に構いませんが……」

 

ラオは歩きながらルーシェの周波数を合わせた。

 

「ルーシェの周波数何だったっけ……?」

 

「忘れたんですか?札にも書いてたのに、3612です……って、ん?」

 

「アレ?」

 

周波数を回しているうちにザ、ザ……と、他の無線に繋がった。どうやらいつの間にか傍受してしまったようだ。何やら会話が聞こえてくる。2人は耳をすませた。

 

「……………はい、無線室の管理人達が、侵入者の手によって全員眠らされていました。おかげで連絡機能が一旦麻痺していたようでして……」

 

「目撃者はいるのか?」

 

「はい、無線管理人によると、白いマフラーをして薄金髪、スヴィエート城警備の兵士だったようですよ。これは、味方兵の裏切り行為なのでしょうか…?」

 

「いや違う、その可能性はない。……目星はついている。そいつを見つけ次第、僕に連絡しろ。必ずだ」

 

「了解です」

 

「では、引き続き侵入者の捜索にあたれ」

 

無線がそこできれた。ノインはサーっと冷や汗が出た。ラオはすぐに分かった。

 

「フレーリットの声だネ……!」

 

「ま、まずいですよ!もう目覚めちゃって、完全にバレてます!」

 

「やばいネ……これ……、お?何かかかってきたヨ?3612……、ルーシェだ!」

 

ラオは応答ボタンを押した。

 

「ラオさん!待ち合わせ場所は地下3階の使用人ロッカールームに変更です!そこで皆さん元の服に着替えてください!待ってます!」

 

「あ、ちょ!」

 

ルーシェの無線が早々に切れた。しかし、こうして連絡が来るということは無事ロダリアが伝えたということだ。

 

「そ、そうゆうことです!地下3階に行きましょう!」

 

「リョウカイ!」

 

 

 

「ルーシェ!ロダリア!」

 

ロッカールームに着くと、既に着替え終わっている女性陣2人がいた。

 

「ようやく合流ですわね」

 

「良かったです!」

 

「さっさと着替えましょう!」

 

ノインとラオは素早く元の服に着替えた。

 

「ふぅ〜、やっぱこの格好がしっくりくるヨ……」

 

「急いで撤退しますわよ!」

 

ロダリアの声に皆賛同し、ロッカールームを出た。

 

 

 

─────一方、その頃アルス達は。

 

「ここ!城の地下だ!」

 

「何だと?城に繋がってたのか!?」

 

アルスは辺りを見回した。どこなのかという場所は分からないが、地下であることは間違いないだろう。壁や作りでわかる。

 

「じゃあこれがハーシーの日記に書いてあったヤツよ!きっと!」

 

カヤが言った。ハーシーの記述通り、城に繋がる抜け道とやらはここのようだ。

 

「今更戻るわけにも行かない。とにかく、城チームのメンバーを探そう!」

 

「ああ、そうだな!」

 

アルス達は走り出した。そして、ある部屋の前に差し掛かった時、扉がいきなり開いた。

 

「っ!」

 

「うわぁっ何っ!?」

 

アルスはその部屋から出てきた男とぶつかった。しかし、その声は聞いたことがあった。

 

「ノ、ノイン!」

 

「アルス君!?」

 

偶然にも、こうしてメンバーが全員合流した。


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