テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜 作:平泉
「で?どうしてお前がここにいるんだクラリス?」
アルスはクラリスの肩をがっちりと掴み、彼女の目を見つめた。
「そ、それは、深いジジョーが」
「嘘ついても、分かるからな?」
「うぐ…」
クラリスは観念した。
「私、アルス兄ちゃんとあの背の高いお姉さんが話してたの聞いちゃったの…、名前忘れちゃった」
クラリスはそっとロダリアを指さした。
「ロダリアさんの事か…」
「そう、ロダリアお姉さん、思い出した」
「………どこまで聞いてたんだ」
アルスは声を低くしてなるべく彼女にしか聞こえないように問いかける。あの会話の内容がバレるのはあまりアルスにとって芳しくない。
「えーと、だからね。私ね?ロダリアお姉さんとルーシェお姉ちゃんがやったように、アルス兄ちゃんにサシイレしたかったの」
「差し入れ……か?」
アルスはロダリアの差し入れは至極余計だった、と心の中で思った。
「うん、でも何あげたら喜んでもらえるか分かんなくてロイに相談したら直接聞いてみたら?って言われた。だから何がいい?って聞きに行こうとしたら見つからなくてで。そしたらなんか声が聞こえてきたから。ぬ、盗み聞きするつもりじゃなかったんだよ!ホントだよ!?」
「わかったわかった、続けて」
「でぇ、2人が話してる内容ムズくてあんま私分からなかっんだけど、とりあえずレオンテ鉱石っていうのが必要だって事は分かったの。それがフードル鍾乳洞にあるって聞いて。私そこにね、前ピクニックで行ったことがあるの!ほんのふもとの草原だけどね、場所は覚えてたの、で、で、ポワリオにいた頃にね、家族で行ったの!!その時はお弁当食べて遊んで走り回ってすっごく楽しかったんだけどね!?」
「その話はまた今度聞こうか、クラリス」
クラリスは話がずれて、アルスに諭される。
「う、はい。えっと、まぁ。そのだから、レオンテ鉱石を、とりにに行こうかなぁーと」
「気持ちは大いに嬉しいが。ピクニックと同じ気分で来るところじゃないよな?この鍾乳洞は」
「う、うん……」
クラリスは身に染みてその体験をしたのだった。
「俺達が来ていなかったら、お前は死んでいたかもしれないんだぞ!?」
アルスはクラリスをしっかりと叱咤した。そのほうが彼女の為なのだ。
「……皆に、皆にロイを治してもらったお礼が、どうしてもしたくて。そしたら体が勝手に、動いたというか、来てしまったというか」
「積極性に優れ行動力があるのは大いに結構だが、もう少し相応の判断ができるように。1人でこんな危険な場所に来て!お前はまだ7才の子供だぞ!」
「ご、ごめんなさいぃ…………」
クラリスはしゅんと頭を下げた。
「そもそも、レオンテ鉱石がどんなものか分かっていたのか?見つけられると思ってたのか?」
「分かんない……けど、何とかなるかなー…って」
「何とかならなかった結果が今この状況だ。ちゃんと反省すること。ロイの病気が治ったと思ったら、その後姉が今度は行方不明。そんな報告を御両親が聞いたらどう思う?」
「多分悲しむ………」
「そうだ。帰ったらきちんと謝る事。いいな、約束できるか」
「うん、約束する………」
そこでアルスの説教が終わった。アルスは立ち上がり、クラリスから視線を外した。
「なんか、先生みたいだネ」
「どっちかって言うと兄貴じゃねぇか?」
「父親みたいにも見えますね」
男性陣が感想を言った。
「姉のポジションは小生だぞ!」
と、そこでフィルは思いっきりアルスの脛を蹴っ飛ばした。
「おぁっ!?何するんだ!?」
アルスはびっくりして飛び上がった。
「小生のポジションを奪うな!」
「はぁ?ポジションって……!」
「フィルお姉ちゃん!だめー!!」
「な、なにひゅるんだ!?」
クラリスはフィルの両頬を引っ張った。
「ふ、ふふん。アルス兄ちゃんは私の恩人だから。今度は私がまもった!」
「いや守れてないけどな…」
思いっきり蹴られたアルスだった。
「こ、これ以上キケンがこないようにしてるの!」
クラリスは顔が赤くなっていた。
「んー?なんかクラリス……様子可笑しくないかー?」
「おおお、おかしくないんかないよ!何言ってるのフィル姉ちゃん!」
「………顔赤いぞ?」
「あー!あー!あー!アルス兄ちゃん!今フィル姉ちゃんから守ってるからねー!安心してー!」
クラリスは誤魔化すように大きな声で言った。
「それはどうも……」
アルスは小さな体で必死に自分の足元に手を広げて守る彼女の姿を見て苦笑いした。
「あそうだアルス兄ちゃん!しゃがんでしゃがんで!早く早く!」
「ん?」
クラリスに手を引かれたアルスは再びクラリスに視線を合わせ、しゃがんだ。
「さっき渡せなかったやつ!これ!」
「これは……」
クラリスが差し出したのは綺麗な青色をした鉱石だった。アルスの髪の色と瓜二つであり、キラキラと輝いていてとても綺麗だった。
「あのね、これ、アルス兄ちゃんの色だなーって」
「これ、どうしたんだ?」
「えへへいやぁ〜、この石見つけてきれい!って思って取ったら、あの魔物の足だったんだ〜。……一応なんとか取れたけど。なんか怒らせちゃったみたいで…」
「………それでさっき襲われてたのか……」
「そのとおりデース………。で、それね!ちょうどいいから私からのサシイレ!あと助けてくれたお礼も!アルス兄ちゃんにプレゼントだよ!」
アルスはクラリス程の素直な笑顔を見たことがなかった。純粋に、自分を喜ばせようとした彼女なりの行動だったのだ。
「………」
アルスは複雑な気持になった。自分はクラリスを利用した立場なのだ。そして、元は彼女が原因でルーシェとのあの件が起こってしまった訳でもある。
「……………うれしくない?もしかして、嫌だった?」
クラリスは反応の薄いアルスに不安を駆り立てられた。
「いや、何でもない。ごめん、嬉しいよ。すごく嬉しい。嫌じゃない。ありがとう、クラリス」
とりあえずアルスはお礼を言った。嘘はついてはいない。クラリスは照れたように目をそらした。
「……へへ、でーしょー?良かった!助けてくれてありがと!アルス兄ちゃん大好きっ!」
「うわっ!」
クラリスは思いっきりアルスに抱き着いた。
「あー!!」
フィルが叫んだ。続いてノインが、
「ぉう…うらやま……、ゲフンゲフン!」
「まぁ、これはこれは……」
「大将、やっちまったな」
「ルーシェ〜、嫉妬しちゃダメよ〜?」
カヤはにやけてルーシェを見た。ルーシェはうつむいてボーッとしていた。
「……ルーシェ?」
「あっ…!ごめん何っ?」
「アンタ、……やっぱ最近変じゃない?」
「変じゃないよ!大丈夫、大丈夫だから!カヤが心配することないよ!」
「……………そう」
しかしカヤは絶対何かあったと分かっていた。だが今は聞かないことにする。
「アルス君!犯罪ですよ!?」
ノインが糾弾した。
「アンタにだけは言われたくないんだが。それに、俺は別に何もしてないだろ!」
「すっかり懐かれたみたいだネ〜」
ラオのその言葉に微妙な表情を浮かべるが、アルスはクラリスの背中をさすってやった。自然とこうした方がいいと思ったのだ。
「ぅぅう、うぇえぇえぇぇん!アルス兄ちゃん〜!怖かったー!!えぇえええん!!」
「おい、どうした?何でいきなり泣くんだ」
クラリスはスイッチが切れたように、わんわんと泣き出してしまった。
「安心したんじゃねぇの?ただでさえ1人でこんなところまで来て、心細かったんだろ」
ガットが言った。
「限界がきた、って感じね〜、あーあー鼻水が」
カヤはしゃがんで膝に両肘をつき頬杖をつきクラリスの泣き顔をまじまじと見つめながら言った。そして布を取り出し鼻に当ててやった。
「あー、よしよし……」
「ぶえぇえぇえぇ!うぁぁああ………」
「はいはいはい……、頑張ったなー」
激しく泣き叫ぶクラリスにアルスは困惑しつつ、慰めた。頭を撫でたり、背中をぽんぽん、と叩いたり。お転婆で元気一杯で明るい少女だが、まだ所詮7才。クラリスは泣き続けた。
そしてようやく落ち着いたのか、クラリスは泣きやんだ。しかし泣きつかれてしまったのか、アルスの肩に寄りかかかったまま寝てしまった。静かな寝息がアルスの耳元で聞こえる。
「すー………」
「はぁ……今度は寝るのか…。しかもこんな所で……」
「いいんじゃねーの?ロイの事で、色々思い詰めて疲れきってたんだろ。少しは甘えさせてやれよ」
「こうゆうのは俺じゃなくて、両親とかの役目なんじゃ……。それに俺はあまりこの子と……」
「懐かれた宿命だネ〜。お兄ちゃん、ホラおんぶしてあげなヨ」
ガットとラオはアルスの複雑な思いを知るはずもなくクラリスを気遣う。
「ぐぎぎぎぎぎ…………!アルス!僕と変わってもいいんですよ!?というか変われ!」
「アンタは黙ってろっつーの!起きちゃうでしょーが!」
「あいたっ!」
カヤは先程拾った鉱石でノインの頭を殴った。鈍い音が鳴った。かなり痛そうである。
「ぉぉぉおおう…………!かなりのダメージ……!」
「あら?あなたのその鉱石………」
ロダリアはカヤの右手に持っていた鉱石に注目した。それは中央が黒く染まり、周りは緑色だった。
「あぁ、これ?なんかさっきの魔物から拾った時は綺麗な緑色してたんだけど、段々黒く変色してきちゃってさぁー。こりゃダメね。価値なしだわ」
カヤは両手をあげ、やれやれ、とポーズを取った。しかしロダリアの口から衝撃発言が飛び出した。
「それ、レオンテ鉱石ですわ」
「なぁんですってぇ!?」
クラリスをおんぶしながらアルスは帰路に着いた。ミガンシェに着いた頃には既に日は落ちていた。途中、列車の中でクラリスが目を覚ましたが、まだ眠いようで二度寝してしまった。
そして、列車を降りて、ポワリオ駐屯地倉庫。レガート家の人達はどうやら自分達のことを心配して、疎開先ハイルカークからここポワリオの実家に一旦帰って来ていたらしい。
(なるほど、だからクラリスがここにいたのか)
と、アルスは納得した。しばらくハンナにハイルカークの家を任せたらしい。寝ているクラリスをソランジュに預け、アルスは修理の最終作業に取り掛かった。
「アルス君、ミーレス輸送機をあそこまで修理するなんて素晴らしいよ!感動してしまった!」
アルスは倉庫に来ていたセドリックにべた褒めされていた。
「こんな短時間で、本当に凄いよ君は!いや純粋に!凄い!」
「はは……、俺も必死でしたから。前に話したでしょう?本気だって」
「そうだとしても、いやはや君の技術は素晴らしいとしか言い様がないよ。あのオンボロがここまで生まれ変わるなんて!」
セドリックはミーレス輸送機を舐め回すように見た。あとはレオンテ鉱石を搭載するだけだった。
「そうだ、娘のクラリスが随分と迷惑をかけたようだね……。申し訳ない…」
セドリックは頭を下げてアルスに謝った。
「あぁ……いいんですよ、大丈夫です。気にしないでください。でも、怖いもの知らずというか、何と言うか。そのくせ後々わんわん泣いたんですよ」
「………あの子はロイの姉として、気丈にに振舞ってきたのだろう。その反動だ。許してやってくれ……」
「……………ええ、そうですね」
「さて、私はそろそろ行くよ。作戦まで後残り少ない。なるべく少しでも家族と一緒に居たいんだ。娘のことも、しっかりと叱っておかないとね!」
「分かりました、では」
セドリックに別れをつげ、彼が歩いていくのを見送った。アルスはなんとなくポケットに手を入れた。するとヒヤリとした感触がした。
取り出すとそれはクラリスにもらった鉱石だった。アルスは静かに見つめた。綺麗な青。少し濃いめで、クラリスの言った通り、自分の髪と同じ色をしていた。コバルトブルーの鉱石…。
あの子がきっかけで、スヴィエートに行ける手段を手に入れることができた。クラリスのおかげで、結果的にレオンテ鉱石をみつけることが出来た。そしてその後何故か猛烈に懐かれたが、悪い気はしなかった。最初は利用するだけの、所詮過去の存在の子供だと思っていた。だがその存在がアルスの中で大きく変わっていた。情が湧いた、とでも言うのだろうか。しかし、罪悪感で押しつぶされそうになった。
そう、彼女の父親、セドリックは恐らくこの先死ぬ運命なのだ。
ロピアス空軍の大きな作戦というのでアルスには大方の予想が付いていた。今の時代背景も踏まえて、今後何が起こるのか。アルスには全部見えていた。
(セドリックさんは、恐らくリュート・シチート作戦で戦死するのだろうな……)
先程まで話していたセドリックの姿を思い浮かべた。家族思い、娘思いの、良い父親だ。でも、ルーシェだって、ロイを助けたじゃないか。セドリックはどうなる?
(………俺は過去を変えに来たんじゃない、それはやってはいけない禁忌だ。クロノスも言ってたじゃないか。無闇に干渉するなと。俺は、俺がこの過去に来た1番の理由は、精霊マクスウェルの在処の調査だ!フレーリットがマクスウェルの力を持っていたとしたら、それをどうしていたのか!父が死んだ後もマクスウェルはスヴィエートにあるのか!?それを知りに来たんだ俺は!目的を見失うな!ルーシェに言ったことを忘れたのか俺は………!)
「お父さん!」
クラリスの声だった。アルスはその声にハッとし、その後の会話を聞いて思考を停止させた。
「クラリス!来ていたのか。だがもう邪魔しちゃだめだぞ。アルス君は今忙しいんだ」
「ええええええええー!?アルス兄ちゃんに会いたいー!!遊びたいー!!」
「何だ、お父さんじゃ不満か?」
「不満ー!」
「言ったなこのっ!」
「きゃーははは!やめて!お父さん!くすぐったいよ!」
アルスは倉庫の入口付近にいたその親子の姿を見つめた。セドリックがクラリスを抱き上げてくすぐっている。とても幸せそうだった。アルスはあの夢を思い出した。つい最近見たあの夢。
フレーリットとスミラの幸せそうな姿。それと、彼らの姿が重なって見えた。
「…………許して……くれ…」
アルスの右眼から一筋の涙がこぼれた。