テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜 作:平泉
赤い髪の笛吹きの少女
「………ッ!」
アルスは息を呑んだ。ハイルカーク時計塔の大聖堂から出た直後、景色が以前と一変していた。道行く人の服装はみすぼらしく、貧窮していると言うことが一瞬で分かる。臭いも雰囲気もまるで違う。
アルスが見たハイルカークは、商店で賑わっていて活気があったが、ここにはそれが全くない。皆、下を俯き、自らの置かれた状況に絶望しているかのようだ。建物はところどころ破壊され、瓦礫が積み上がっている。しかしそれを片付ける様子もない。そんな余裕などないのだ。
「…………これは、なんて有様だ……」
アルスは顔をしかめて言った。
「確かに過去に飛ばしてくれとは言ったが、初っ端でこれかよ……。しかも場所ハイルカークからだしよ…」
「まぁ贅沢も言ってられないな…。過去に来たという所業だけでも奇跡だ。あのクロノスにそれをやってもらっただけありがたいと思うしかない」
一行が周りの惨状に目を伏せて歩いていると何処からともなく、笛の音が聞こえた。カヤが耳をすませた。
「何?この音?笛?」
「セーレル広場からだな」
フィルの言葉を聞き、カヤは裏路地からセーレル広場の方へ出ると、その音が大きくなった。
「何だろうネ?」
ラオはそこに行ってみると、燃えるような赤い髪の少女がいた。周りには2、3人の大人が憐れむような顔で眺めていた。その少女の縦笛は、調律がずれ、あまり綺麗な音階ではない音色であった。しかしかなり一生懸命練習したのか、音楽としてはよく出来ていた。
少女の足元には私物と思われる帽子が上向きに置かれていた。中には、1ガルドが数枚だけ入っている。
「ありがとうございました」
少女はぺこりとお辞儀をし、帽子を両手に差し出した。しかし誰1人として、お金を投げ入れはしない。
「……嬢ちゃん、生活が苦しいのはアンタだけじゃないんだよ」
「すまねぇな、金をくれてやれるほど裕福じゃねぇんだ…」
そう言って、見ていた客は何もあげずに、もしくは1ガルドを渡すだけだった。
「いえ……、聴いて下さってありがとうございました……」
少女が帽子をしまって縦笛を片付け始めた。
「あんな小さな女の子まで……」
「世知辛いな……」
遠目で見ていたアルスとガットが呟いた。
「あれ?ルーシェは?」
カヤが辺りを見回した。すると少女に駆け寄るルーシェの姿があった。
「あの子……!」
「ルーシェ!?全く君は……!」
「演奏、素敵だったよ!」
「………え?」
少女が驚いて振り返った。ルーシェは帽子にガルドを入れた。
「少ないけど、ごめんね?」
「嘘……、1000ガルドなんて、初めて貰った!いいの……?あ、後で返してって言っても、返さないんだよ……?」
「勿論、それはもう貴方のお金だよ」
「あ、ありがとう、ありがとう!!」
「お名前なんていうの?」
「あ、あのね、クラ……」
少女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。しかし、その顔はすぐに青ざめた。
「おいガキ!誰の許可を受けてやっている!?」
「えっ?何?」
ルーシェの後ろ、3人のロピアス兵が少女に向かって来た。彼らはいたいけな小さな少女をギロリと睨みつける。少女は震えた声で言った。
「ご、ごめんなさい……!でも、どうしてもお金が必要で……!」
「知った事か!!二度とやるんじゃねぇぞ!この薄汚ぇガキ!」
「うぎゃ!」
ロピアス兵はそう言うと少女を背中蹴り飛ばした。少女は地面に叩きつけられた。
「う……うぁ、グス……、うぇえぇ……」
少女は泣き出した。
「ちょっと!?何してるんですか!?」
ルーシェは少女を庇うようにロピアス兵の前に立った。
「あぁ?何だお前?」
「こんな小さな子供を蹴りとばすなんて、酷すぎます!」
「ハァ?許可なしにここで変な芸やってんのが俺の目に止まって、これぐらいで済んだことに逆に感謝して欲しいぐらいだぜ?」
「……許可なしにやっていた事は間違ってはいるとは認めます。でも、それに対してあそこまでする必要はないでしょう!?」
「あぁ?何だこいつ……?生意気な……!」
「おい、待て。コイツなかなかいい女だぜ?」
2人のロピアス兵は下品な笑みを浮かべた。
「……確かに……。ハッハッ〜じゃあこのガキの罪滅ぼし、お前に代わってもらうとするか?」
少女は泣きはらした顔で恐怖に怯えていた。何もできない少女にはうずくまり見ているしかできなかった。ロピアス兵の1人がルーシェの手を掴んだ。
「……!離してください!」
「姉ちゃん、よく見りゃいい身体してんじゃねぇか、俺らと……って、イデデデテ!」
するとそこにアルスが静かに目で怒りを表しつつ、ロピアス兵の腕を掴みあげた。
「その人は俺の連れなんだ、許してやってくれないか」
「ッアルス!」
ルーシェは顔を輝かせた。しかしアルスの表情は変わらない。
「ルーシェもあまり面倒ごとに首を突っ込むんじゃない。こうなったのがいい例だろう」
「……で、でも……」
ルーシェは目を伏せた。
「な、なんだこいつ……!?全然剥がれねぇっ!」
「…………っ!」
少女はその隙に素早く立ち上がり、アルスの後ろの影に隠れた。
「お兄ちゃんありがとう……!」
「……あぁ」
アルスは一応の意味を込めて小さく返事をした。ルーシェがもう大丈夫だよ、と意味を込めて少女にウインクをすると、少女の顔がパァっと明るくなる。
「頼む。見逃してくれ。事を荒げたくはない」
「あぁっ!?んな事言ってんだったらこの手を離せって言ってん……!」
ロピアス兵が言い終わらないうちに、街中に突如鐘の音が鳴り響いた。
「空襲!空襲だー!!セフカAS3がくるぞー!!!逃げろー!!」
サイレンの音と共にけたたましい放送が聞こえた。セーレル広場にいた一般市民は逃げ惑っている。ロピアス兵達は血相を変えた。
「何だと……!?まずい!おいお前ら!行くぞ!召集がかかっているはずだ!早く行かねーと教官にシメられちまう!」
「あっ、ああ!」
ロピアス兵は慌ただしい様子でセーレル広場を後にした。
「空襲………!?」
ルーシェは震えた声で言った。すると何かものすごい轟音が空から聞こえた。空に黒い影が走り、何機もやってきていた。アルスはそれを見て改めてここが過去なのだと思い知った。
「空襲…!スヴィエートの戦闘機セフカAS3だ!ルーシェ!逃げるぞ!ここにいたら危ない!君も早く避難するんだ!お母さんかお父さんのところへ!いいね!?おい、行くぞルーシェ!とりあえずさっきの大聖堂に戻るぞ!」
「あ……ま……まっ……」
アルス膝にしがみついてた少女を剥がし、強い口調で言い聞かせた。早口でまくし立てるアルスに少女は何か言いたげだった。アルスはルーシェの手を引き仲間達の元に行き、セーレル広場を後にしようとしたが、
「青のお兄ちゃん!オレンジのお姉ちゃんっ!」
「っ!?」
ルーシェがアルスに手を引かれながらも振り返ると少女は一般市民の波にもまれていた。
「お兄ちゃんっ!お姉ちゃんっ!うわぁっ!」
「あの子!何してるの!?」
少女は人の流れに逆走していた。こちらに向かって来ている。しかし背が小さい為、少女は人の流れに逆らえず蹴られて地面に倒れた。このままでは、大勢の人に踏みつぶされて死んでしまう!
「っ!!」
「っ、おい!ルーシェッ!!ルーシェ!戻って来い!!ルーシェ!」
ルーシェはアルスの手を離すと少女の方へ走った。自分が危険に合うのも顧みず人の足から身を呈して守る。ルーシェは少女を起こし、手を引き人の流れから辛くも脱出した。
「オレンジのお姉ちゃん……!あのねっ!……」
少女は手をひかれ走り、喋るがうまく言葉にできない。
「何で僕達を追いかけて来たんですか!?逃げなきゃダメでしょう!?」
ルーシェは仲間の元に戻った。そこにいたノインは少女を叱った。
「でもっ、でも!!こっち!!こっちにね!あっちの避難所はすぐいっぱいになっちゃうし、大聖堂は宗教の人でいっぱいになって追い出されちゃう!!私の秘密基地に案内するから、ついて来て!」
少女は走り出した。アルス達は、緊迫したこの状況で判断している暇はなかった。赤い髪の笛吹きの少女を追って、走り出した。