テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜 作:平泉
船の甲板に、冷たい潮風が吹き付ける。アルスは息を整えると立ち上がり、ルーシェの元へ駆け寄った。
「ここは冷える。とりあえず、入れそうな場所を探そう。この船は貨物船だ。隠られそうな場所はあるはずだ」
「は、はい…!」
アルスは彼女に手を貸した。素直にそれに応じ、ルーシェは立ち上がった。辺りを見回し、扉を見つけた。入ると貨物が、船の動きに合わせて揺れている。
「少し休もう、疲れただろう」
「分かりました…」
やがて2人は貨物の隙間に紛れ込む形で一夜を過ごすことになった。2人並んで隣に座るが、沈黙が流れる。気まずい雰囲気を最初に破ったのはルーシェだ。
「あの、アルスさん……」
「ん?何?」
「この船、どこに向かっているんでしょうか?」
「……恐らく、スターナー貿易島だ」
「スターナー貿易島?」
「スヴィエート、ロピアス、アジェスの貿易品が集まる島だ。そこで貿易の取引が行われる。最も、閉鎖的なスヴィエートにとって貿易は数少ない。この船に乗り込んだのは奇跡的だった」
「いつ、私は家に帰れるのでしょうか?私はどうなるんですか?」
「………巻き込んでしまって、申し訳ない」
「貴方は一体、何者なんですか?どうして命を狙われたりするんですか?」
アルスは溜め息をついた。聞かれると思っていたその質問の数々。ルーシェは分からないことだらけだった。状況が整理できていないのだ。
「あまり驚かないでくれ………俺の本名は、アルエンス・フレーリット・レックス・スヴィエート」
「スヴィエート……?スヴィエート!?」
「しー!大声を出さないで!」
「ご、ごめんなさい…」
ルーシェはその名前を聞いて驚愕した。スヴィエート、自分の母国の名前である。それが名前に入っているということは…。
「───俺は、その、つまりスヴィエート帝国第一皇位継承者のアルエンスだ」
「……!!う、嘘!皇子様…!?」
「皇子様なんてやめてくれ。呼び方はアルス。敬語もなし」
アルスはバツが悪そうに言った。
「ど、どうして皇子様……、あ、えっと、貴方は、広場の噴水前に倒れていたんです…、倒れていたの?」
「それが─────」
アルスは一通りいきさつを話した。出張で出かけた行きの道で見た異様な光景、それを調査すると、どうやらまんまと罠にハマったと言う話。我ながら馬鹿だ、と後悔する。そしてその刺客に殺されかけた事。重症を負い、命からがら逃げ切ったが、途中で力尽きた事。
「そして、目が覚めたら、あの部屋にいた。命の恩人である君とシューラさんを危険に巻き込んでしまって、本当に申し訳なかった……」
「そっか………、皇子様だから、狙われたってことなのかな?」
「十中八九そうだろうな……。誰が首謀者かは分からない。見当は少しついているんだが…。刺客は頭がおかしい奴で話が通じる相手じゃなかった」
アルスは苛立ち、頭をかいた。
「……ごめん、こんな事愚痴っても仕方ないよな。今一度礼を言わせてくれ。俺を助けてくれてありがとう。君は命の恩人だ」
アルスは真っ直ぐに彼女を見つめていった。これは本心だった。ルーシェは気恥ずかしそうに照れ、下をうつむいた。
「そんな……、気にしないで下さい。大事にならないで本当に良かったです…」
「……………そう、大事にならなかったのは、君の治癒術のおかけだ」
「────ッ!」
明らかに動揺している。アルスはカマをかけたのだ。いや、もう確信している。はっきりとこの目で見たのだ。ざっくりと斬られたシューラの傷を、彼女はその手で治してみせた。あれを治癒術と言わないでなんと言うのか。
「…………君は治癒術が使えるんだね?」
「……………………はい」
瞳をまっすぐ見つめられ、嘘は付けないと思ったルーシェはすぐさま白状した。
「物心つく頃から使えて……。女将からは使っちゃいけないって、キツく言われてました…」
「その理由、何故だか分かる?」
「大体は……。この力、今となっては貴重なものだし、珍しいんですよね?」
「ああ、珍しいなんてものじゃない。どの国の研究者達が喉から手が出るほど欲しがる逸材だ。先の戦争で真っ先に命を狙われ、元々少ない数が更に激減した。そしてスヴィエートではその対策として、
その背景のせいで、スヴィエート内の
ルーシェはその話を聞き、戦慄が走った。かなりオブラートに包んではいるが、どれだけの酷い扱いを受けたのかが分かる。
「………アルスさんは……、私のことをを守ってくれたんですよね……?」
彼女の声は震えていた。目に少し涙を浮かべていた。アルスはルーシェの顔を見てドキリとした。
「……き、君がそう思うなら、そうだと思っていればいい…。危険に巻き込んでしまったのに、恩着せがましく守ってやったなんて、俺は言うつもりはない……よ」
照れ隠しのつもりで言ったが、なんだかカッコつけのようになってしまった。ぎこちないが、心の中では思っている。彼女を守った、と。
「あの人達は、私の事を、捕まえろって、確かにそう言ってた…」
「ああ……」
「もしあのまま捕まってたら、私はどうなってたの?」
「…………聞きたいの?」
「………!いっ、いや、やめとくね…」
やや緊迫したように聞き返すアルス。ルーシェは冷や汗が吹き出るのがわかった。結果は目に見えてる。人体実験のサンプルに使われるか、傷を治す人形のようにこき使われる人生の始まりだ。
「アルスさん」
「アルスでいい」
「……アルス、こちらこそ助けてくれて、ありがとう」
「いっ、いや!礼を言われる筋合いはない。元々の原因を作ったのは、そもそも俺なんだ。むしろ罵倒される立場なんだぞ?」
「ううん、それでも言わせて。ありがとう。あ、こうゆうのはどう?助け、助けられたから、もうおあいこ!」
ルーシェは笑った。辛い時こそ笑うのだ。そう女将から教わった。 アルスは顔が熱くなるのを感じた。
「………!あっ、ああ…。とりあえず、君の事は、俺が責任をもって家に送り届ける。許してくれ、巻き込んでしまった事を」
「もう!だからおあいこだって!………改めて、よろしくね皇子様。しばらくの間?」
「皇子様はやめてくれ!」
「あはは、分かったアルスね!」
「あ、ああ、それでいい……」
「私も、君。じゃなくて、ルーシェって名前があるんだよ」
「ル、ルーシェ。こちらこそ、よ、よろ……しく」
「うん!」
荷物の中から布らしきものを発見し、それを布団替わりにしたが、それでも寒そうだったルーシェに、アルスは自分のコートをルーシェにかけてあげた。ルーシェは輝く笑顔で礼を言った。またそれで顔が熱くなる。
(隣同士でなんか寝れるか………!)
全く警戒心がない彼女は横になりすやすやと眠りについていた。疲れていたのだろう。だがアルスは寝付けなかった。胸がドキドキして仕方がなかった。
(─────彼女を、ルーシェを守らないと)
責任感からくる決意なのか、それとも別の感情なのか。アルスは初めての感情に、困惑した。これ程、誰かを守りたいと思った事はない。アルスは見張りもかねて、少し離れた位置の貨物に寄りかかり、座りながら浅い眠りについた。2人は未来への不安の最中、貨物船の中で一夜を過ごしたのだった。