テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜 作:平泉
馬車が城の前に停車したようだ。仲間達が乗っている馬車はもうすでに着いているようで。自分も彼らと一緒に乗るのかと思いきや別の馬車にされた。「一緒じゃないのか?」と港で尋ねることには「貴方様は特別な御方ですから」と言われたのだ。
別に彼らからしてみればこの対応の仕方は決して間違ってはおらずむしろ正常なのだが、アルスはそれをやんわりと断ったのにも関わらず、頑なにこうして隔離されたのだ。「そこまでダメな事なのか?」と、頭に疑問符が浮かんだし、機嫌も少し、良くはなかった。
と、そんなことを思い出していると外から声が掛けら、扉が開いた
「到着いたしました。スヴィエート城前です」
「あぁ、ご苦労様」
「足元にお気をつけください」
馬車を降りると、そこには赤絨毯。そこでまず不思議に思い、視線を上げると、左右にはズラリと軍人が綺麗に整列している。
「…え?」
アルスはそこで目が点になった。
「アルエンス皇帝陛下に、敬礼!!」
「な、何だ…?」
唖然とした。軍人達は美しく、調和された動きで左右一斉にライフル銃を斜め45度に構え、アーチの通り道を作った。アルスは慌てて馬車の運転手に話しかけた。
「おい、どうなってる?俺の帰りを歓迎するのにはいささか大袈裟過ぎないか?」
「陛下、説明は後です。さぁさぁ!皆に帰還を知らせるのです!」
「陛下?お、おい!」
アルスはそのまま彼に背中を押され、流されるままに赤絨毯の上に降り立った。
「一体全体何がどうなって、それにルーシェや他の仲間達は…?あと普通に呼ばれてるけど、俺はまだ陛下なんかじゃないんだが……!」
「アルエンス様ー!!」
「アルエンス様だ!!」
「皇帝陛下!よくぞご無事で!」
城の周りだと言うのに一般市民が大量に押し寄せ、祝福の声を飛ばしている。歓迎されてるのは嬉しいが、いまいち状況が読めない。
「ア、ハハ…」
苦笑いしながらも手を振るアルスであった。
そのままなすがままに城へ入ると、懐かしい顔ぶれがいた。
「アルエンス様!!お帰りなさいませ!心配しておりました!」
「アルエンス様!お帰りなさいませ!」
「ハウエル!マーシャ!」
アルスの親代わりのような人達で、執事ハウエルとメイド長のマーシャだ。2人は兄妹で、アルスを幼い頃から育ててきてくれた世話係だ。
「ああ、よくぞご無事で…!死亡したと聞かされた時はこのハウエル、絶望しましたぞ…!」
「昨日生きていらっしゃると連絡があり、涙が溢れましたわ!」
アルスは2人との再会を喜んだが、同時に聞きたいことがあった。
「2人共、心配を掛けた。それより、聞きたいことがある。あの盛大な歓迎はやり過ぎだろう?それに、俺は陛下と呼ばれた。勿論、次期皇帝という地位はあるが、俺はまだ皇帝なんて、大それた身じゃない」
「それが、大それた身になるのですよ」
「え?」
「アルエンス様は今日、皇帝に即位するのです」
「……は?……何で?」
マーシャの言葉に耳を疑った。
「いきなり?俺が、皇帝?」
アルスは混乱し、自分の顔を指さして目を白黒させた。
「現皇帝でしたヴォルフディア様が2週間前にお亡くなりになりました。ロピアスとの開戦間近だと言うのに、それではスヴィエートの民を不安にさせてしまいます。ですから、最近までその情報を皇室は隠していたのです」
「何っ!?ヴォルフディア様が亡くなられた!?」
先代の皇帝、フレーリットの従弟で、アルスの従叔父に当たる人物だ。
「はい、左様でございます。そして民への情報公開以前、元老院と軍上層部で論争が起こりまして。戦争をするかしないか、皇帝はどうするんだ、などと、スヴィエート上層部はその件で意見が分かれ、言い争いになりまして」
アルスはマーシャの言いたい事が大体分かった。
「はぁ…分かった。なるほど、つまり俺の生存報告を聞いた途端、その情報は民に公開され、民を安心させるために第一皇位継承者の俺にいち早く皇帝になれ、と?」
「はい、アードロイス様が皇帝になる、という案が元老院では浮上していたのですがそれには軍部が猛反対しまして…」
" アードロイス"
アルスがアロイスと呼んでいる人物で嫌味な奴だ。彼はアルスの再従兄弟だ。思えば奴のあの出張任務がこの旅の全ての始まりだった。
「それで決まらないとそうこうしているうちに、俺が帰ってくると連絡が入った……と」
マーシャは頷いた。
「民は皇帝を望んでいます。ヴォルフディア様は長年病床で…。皇室に対する偏見がここのところ蔓延していました」
うんうんとハウエルもそれに頷く。マーシャは続けた。
「実際アルエンス様がもう少し帰ってくるのが遅かった場合、第二皇位継承者アードロイス様が皇帝になるはずでした。ですが、皇帝は先代フレーリット様の息子のアルエンス様でないと!と、軍部はそれの一点張りでして。まだ貴方様が生きていると信じていた人も大勢いました。国民はさぞお喜びになりましょう、軍が猛反対したのも、スヴィエートの英雄と呼ばれた先代の影響かと…」
アルスは「また父の話題か…」と、小さく自分にだけ聞こえるように呟き、顔を曇らせた。しかしそこに突然ハウエルがアルスの手を掴んだ。
「マーシャ、時間がない。アルエンス様、こちらへ!」
「えっ、ちょっと!ハウエル!どこへ!?」
ハウエルはアルスの手を引き小走りで連れていく。
「決まっています!戴冠式の準備ですよ!衣装に着替えないと!昨日から皆の準備はもう進められて終わっています!あとは貴方様だけです!」
「待ってくれ!皆…!えーと!先に馬車で着いたはずの人達は!?」
「ご安心ください!彼らには既に私から説明してあります。席もご用意しました!アルエンス様のご友人方なのでしょう?」
「ご友人、というか…。まとめた言い方だなぁ…」
「ガット様が自信満々に言っておられましたが?」
「あいつ…」
アルスは頭にあの緑頭を浮かべた。
(というかルーシェはどうなった!?)
彼の一番の気がかりだ。
「オレンジ色の髪の女性は!?」
「彼女も居ますよ!席は全員分ありますから!」
「じゃなくて!彼女の身に何もなかったか!?」
「え?どうしたんですかいきなり血相変えて?何もありませんでしたよ?本当に」
「そ、そうか…」
アルスは心底安心した。どうやら彼女に危害は何も無かったようだ。
「さぁ、早く!」
ハウエルに連れられる中、廊下でアロイスとすれ違った。腕組でこちらを睨んできた。忌々しそうな目だ。恐らく皇帝になれなかったのを妬んでいるのだろう。口の動きでこう言っているのが分かった。
『お帰り、坊・っ・ち・ゃ・ん?』
(アロイスめ…)
そしてその横、アロイスの隣には叔母様がいた。サーチス様だ。眼鏡の奥に光る瞳からは何も読み取れない。無表情だった。アルスは元々叔母が苦手だ。何か言われないように、と早々に目を逸らしハウエルについて行った。
「だが、そんないきなり戴冠式なんて…!無茶ぶりすぎる!」
「大丈夫ですよ!フレーリット様もそんな感じでした!」
「……………俺と父は違うだろ」
事あるごとにそれを言われている気がする。今の発言に悪気はないのだろうが、やはりいい気分ではない。アルスはツン、として少し拗ねた。マーシャはそんなアルスを見てクスリと笑うと彼の鼻を摘んだ。
「っむー!?」
アルスは突然の行為に驚いた。マーシャはそのままグイグイと鼻を左右に振り、
「あの方の血を継いでいる貴方なら大丈夫です!こうゆうのは、劣等感より、自信を持ちなさい!前向きに!それに、スピーチならさっき教えたでしょう!」
そしてパッっと鼻は離され、今度はハウエルにサーベルを腰に入れるためグイッと引っ張られた。
「プハッ、そんな簡単に覚えられな…、うわっと!」
「ホラちゃんと着て!かっこよく!ビシッと!」
ハウエルに連れられ、衣装を着せられるアルス。黒を基調とした服に左肩の布にはスヴィエート国旗。左腰にはサーベルが勢い良く射し込まれ、危うくバランスを崩しそうになった。
「素晴らしい!フレーリット様そっくりですわ!」
「ああ、先代を思い出しますなぁ…!」
「だから俺と父は違うと…!」
「うぅ…、あの小さかったアルエンス様が、大きくなって…!」
あれよあれよと着せられた服は代々デザインは統一の衣装。国の紋章の、セルドレアの花の紋章がマントにあり、威厳もありながら、とても綺麗で優雅だ。
「それにしてもサイズピッタリですわね!流石私!」
「マーシャの目利きはやはりすごいな!流石我が妹!」
「俺の話を聞けー!!」
懐かしい日常の頃に戻り、アルスは嬉しくも感じた。懐かしさと嬉しさが交じり、なんとも形容しがたい気持ちだ。
――――いよいよ戴冠式が始まった。
アルスの座る玉座の前には2人の重要人物がいる。スヴィエート皇帝の次に権力が強い者達で、元老院とスヴィエート軍だ。
「元老院代表このエディウス・レイトナーは、アルエンス・フレーリット・レックス・スヴィエートを皇帝として認め、忠誠を誓う…」
「スヴィエート軍総司令!イワン・シェルドスキー、右に同じく!アルエンス様を皇帝として認め、ここに忠誠を誓います!」
2人の意思表明が終了し、アルスは立ち上がった。勢いあまって被っていた王冠落ちそうになりひやっとしたが、アルスは平静を保った。そして右手でサーベルを引き抜き群衆に向けると力強い声で話始めた。その姿は普段の仲間達は見たことのないとても頼もしく凛々しい姿であった。
「我、今ここにスヴィエートの皇帝に君臨せし者、我に忠誠を誓い、我の手足なる者は、その証を示しせ!」
「アルエンス皇帝陛下に、敬礼!!」
謁見の間に集まったこれら三権の関係者が全員膝まずいた。左手を胸に当て右手で皇帝の姿を仰ぐ。
その光景見ていたガットはヒュー、と口笛を吹いた。
「スッゲェ~、見ろよあれ!アルスに向かって全員膝まずいてるぜ!?」
「こらガット!静かにしないと不味いですよ!」
手すりから身を乗り出し、興味津々になっているガットをノインはなだめた。
「スゴイなノイン!!あれは一体何してるんだ!?」
「ちょっと!フィルも静かに!」
「フィルちゃん、あれはスヴィエートの敬礼だよ。皇帝に、忠誠を誓うポーズって感じ」
そこにルーシェの説明が入った。続いてロダリアが、
「膝まずいて、私の命は貴方のモノです、貴方に私の全て捧げます、という意味らしいてますわよ?あの敬礼は」
と、付け加えた。
「へー、アルス、すごいネ。ホントに皇帝になっちゃったヨ」
ラオは手すりの上に頬ずえをつき遠目にアルスを見つめる。
そう、一方の仲間達はと言うと、謁見の間2階の特等席から下を覗き見ていたのだ。流石に1階はスヴィエート重要関係者以外は立ち入れないと言う。だが、この席は十分な程下の様子が見ることができる。
「アルス、帰ってきたらいきなり皇帝陛下か、なんだか遠い存在になっちゃったなぁ…」
ルーシェは彼の姿を見ると静かに席に腰を降ろしため息をつく。
(まさかこんな展開になっちゃうなんて…、私。どうなるんだろう…)
彼から船で言われた言葉。いや、正確には言い掛けた言葉。
「俺と一緒に…」その次、彼が何て言おうとしたかは大体予想は出来る。だが、今彼の立場で、
(私なんかと一緒に、私と言う貧民なんかと一緒にいられるのかな……。それにこの力だって…、皇帝となれば絶対関わってくはず……。治癒の力を持つ者、皇室に関わるとろくな目に合わないんだって昔女将にも耳にタコが出来る程言われたりもしたし…)
ルーシェの危惧をよそに、アルスの戴冠式は無事終わりを迎えたのだった。