テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜 作:平泉
「なんだと…!貴様、我らとの契りを忘れたと言うのか!」
誰かが大声で激昂している。
契り、一体なんの事だか分からない。自分は、今どこにいるのだろう。どこか不思議な空間にいる。その誰かに向かって老人が話している。
「ふん、もはや人間はお前達に頼らぬほどの力を手に入れた。お前達は用済みなのだ」
「…お前達はいずれ、大きな罰が下るであろう。まもなくな…」
「この状況においてもまだ無駄口をたたくか」
「お待ちください!やはり彼らを封印するのは!?」
別の人間が出てきた。ぼやけていてはっきり見えない。男の声だった。
「黙っていろ!!さもなくばお前も裏切り者と見なし殺すぞ!」
老人はこちらを振り向きさも物騒なことを言う。一体何のことか、さっぱり分からない。
「ぐあああああああああ!!」
「ははははは!!いい様だな!」
「ああ、…ート! なんてことだ…!!…れいが!!」
ノイズが邪魔をするように、声が聞き取れない。その声は段々と薄れていく───。そして、昨日聞いた酔っぱらいの声が、聞こえてくる。
………ルス! ……………きろ! ……………───アルス!
「アルス!!」
「うわあああ!!?」
「うおおおお!?」
アルスはハッと体を起こした。そして、条件反射からか、銃でその起こした目の前の人物の頭を打ち抜こうと構えていた。
「あ…、あ、あの…アルスさん?」
ガットは思わず敬称をつけて呼ぶ。アルスはまだ覚醒していない頭で辺りを見回した。
「あ、あれ?老人は?」
「はぁ?寝ぼけてんのか!?いいから早くその物騒な物しまえ!」
「あぁ……ガットさんか……。ルーシェじゃなくて良かった……」
「オイコラ、俺ならいいっていう問題じゃねーぞ」
どうやらまたあの類の夢だったようだ。本当は最近は変な夢ばかり見る。ゆっくりと銃をおろし、夢だったことに安心しつつも肝心なところで起こされたので少し納得がいかない。
「はぁーまったく、起こしにきてやったそうそう銃口を向けられるなんて思ってもなかったぜ…」
「すいません、つい」
「つい、じゃねぇよ! あと一歩間違えてたら俺死んでたぞ!」
「はいはい、すいませんでしたね」
アルスは手に持った銃を膝に下ろした。そして枕の下に置いておいたもう片方の銃も回収した。
「ったく、用心深いこと」
その様子を見てガットが言った。自分は仮にも皇帝候補の身分。そして命を狙われた経験もある。アルスはそれを踏まえて警戒心は怠らなかった。
「それより、貴方酔いは覚めたんですか?」
「おうよ、全然平気だぜ。それより、エルゼ港に着いたぞ。俺は先に降りてるから、お姫様を起こしてからお前も来いよ」
「お姫様?誰のことですか?」
「にっぶいなー!ルーシェだよルーシェ!」
ガットはそう言うと部屋から出て行った。
「お姫様って………」
なんだか気恥ずかしくなった。
コンコン、と彼女が寝ている部屋のドアをノックする。
「ルーシェ?起きてるか?」
…………。返事はない。間があき、もう一度ノックをする。
「ルーシェ~?」
どうやら起きていないようだ。
「入るよー?」
ベットの上では布団が上下していてまだ寝ているということが分かる。気持ちよさそうなところを起こすのは少し申し訳ないがしょうがない。
「おーい、ルーシェ。起きろー」
彼女の掛け布団を軽く揺すって起こす。深く被っていて、顔は見えない。
「ん゛ー。あと少し……」
「ダメダメ、もうエルゼ港に着いたんだから」
寝起き特有の低い声だったが、なんだか可愛いと思ってしまった。
「えっ?」
そこでむくりと起き上がり、とろんとした目でアルスを見つめた。
「はい、起きたね。さあ早く支度を済ませて。船から下りるよ」
「はーいー。ふぁあ……」
欠伸をしながら起き上がる。
「じゃ、俺は部屋の外で待ってるから。二度寝しちゃダメだぞ」
「うーん……」
まだ眠いのかだるそうな声で答える。これは、二度寝するような気がする……。
「ごめん!待たせちゃった!」
部屋から出てきたルーシェは慌てて俺に謝る。そう、案の定二度寝していたルーシェ。3回目でやっと起きたのであった。これがガットだったら、アルスは脇腹を蹴り飛ばしていただろう。だがルーシェだから許した。
「いいよいいよ、さ、船から下りよう」
「うん!」
そして、船から下りると眩しい太陽に照らされた。港は活気に溢れており、商人たちによる商売が行われていてとても賑やかな雰囲気だ。
「わー!すっごーい!」
ルーシェは目を輝かせ辺りをきょろきょろを見回す。
「おーい!お二人さん!こっちこっち!」
先に降りていたガットが手を振りながら呼びかけた。
「ガット!おはよう!」
「おはよう、ルーシェ。ここがエルゼ港、ロピアスの玄関口だ。あ、ヒースは二日酔いで死んでるから安心しろ。他のメンバーは貿易品卸で忙しいみたいだ。ま、バイトっていう身分だったけど、手伝わなくても大丈夫っしょ。ヒースのせいにすりゃいいし」
つくづく付いていないヒースの事を哀れに思いながらアルスはハッとした。
「あ…、もうここってロピアスなんですか?」
「何を当たり前のことを。そうだよロピアスだっつーの」
「すごいね!ロピアスって!とっても暖かいよ!」
もうすっかり観光気分のルーシェ。今思い出した。これは立派な不法入国である。
「アルス!見て!あんな光機関見たことないよ!」
見るものすべてが新鮮。ルーシェの目はきらきらと輝いている。
「あのね、ルーシェ、俺達は観光でロピアスに来てるわけじゃないんだぞ?それにコレって俗に言う不法入国…」
最後の方は小声になるアルス。しかし苦笑いしつつも気になった彼女の指の先をたどり、その光機関とやらを見てみると。
「おお!?あれってロピアス名物の光機列車じゃないか!?おおー!!初めて見た!!」
アルスの一度は見てみたい光機関ランキングに入っていた光機関だった。それを拝めるとは。絶対見れないと思っていたのだ。なんせすこぶる仲の悪い敵国なのだ。
「お前もう立派な観光者じゃねぇか!こちとら仕事で来てるし、お前らも形見探すんじゃないのか!?」
ガットの鋭いツッコミが入りふと我に返る。
「ゴホン!そ、そうでした」
「ま、今からあれに乗るんだけどな」
「えっ?本当ですか!」
ルーシェがパッとガットに振り返り更に目を輝かせた。
「おう、あれに乗って、首都のフォルクスまで行くんだ。そこでまず情報を集める。あの依頼主の店主いわく、首都に行きゃ流石に何かしら分かるそうだ。まぁあっちから来る可能性は五分五分だろうが、多分結局俺らで地道に探す羽目になるかもしれねーけどな」
「へー…、首都まで鉄道が繋がっているのか」
「よーし!早く行こ!」
「……っ!」
ルーシェはアルスの手を取り、引っ張った。思わぬ行動に、顔に熱が集まる。
「おーおー。お熱いねー。新婚旅行じゃねーんだぞ?」
「分かってますよ!からかわないでくださいよ!!」
「すいませーん、大人3人」
ガットが列車の受付の女性に話しかけた。しかし女性は申し訳なさそうに答えた。
「申し訳ありません。ただいま列車は休止中なんです……」
「ええっ!?どうしてですか?」
「それが…、別の線路なんですが、鉄道爆破事件が昨日起こったんです」
「爆破事件!?おいおい危ねぇなぁ!」
確かに、そんな事件が起こったなら休止せざる終えない。しかし、どうしてそんな事が起きたのだろうか。
「ええ、迷惑なものですよ。こっちは列車が交易の最大ルートなのに…。それに首都となるともう…、ホント勘弁して欲しいです……ハァ」
女性はうんざり、といった表情でため息を吐く。確かに、列車で商売をやってる身としては列車が動かせないとなると商売上がったりだろう。貨物列車として荷物を運べる手段は大いに重宝する。しかし、今はそれが使えないと来た。さて、どうするものか。
「どうしよう、コレじゃ首都にいけないね。」
ルーシェはがっかりし肩を落として下を向く。列車が使えないとなると、一体どうやって首都まで行くのかアルスには見当もつかない。なんせ初めて来た土地であるから土地勘は皆無である。
「んー、どーっすかなー。とりあえず情報不足だ。首都まで列車でしか行けないって事もないと思うぜ?」
「つまり、徒歩で首都まで行くということですか?」
「まあそうなるなぁ。つーか、それしかねぇし……。しかし時間とられんなぁーそれだと。場合によっちゃ野宿もあるだろうし、魔物の警戒のために夜の見張りも……、ん?」
ポツ…と、ガットの頬に水滴が落ちた。手で拭うとそれは水。空を見上げると、先程まで晴天だった空が灰色に曇り始めている。アルスも手を広げ、雨を受け止める。次第に雨粒が大きくなっていった。
「ゲッ、雨かよ!」
「そのようですね」
「わー!雨なんて久しぶり!」
雨はどんどん勢いを増していきたちまち大雨となった。ザーザーという音が辺りに響き始める。
「うわ、本降りになったな……!」
「とにかく、宿屋で雨宿りしようぜ! 話は宿屋っつーことで!」
「わわっ!すごい雨!」
雨が降った時の独特の匂いが立ち込め、さっきまで乾いていた地面はもう水びたし。さっきまで活気づいていた港の人々は慌しく店の商品をしまい始め、アルス達と同じように皆雨宿りを始めた。
宿屋に雨宿りしてきた人は他にも沢山いた。中は湿気がこもり少し気持ちが悪い。アルスは宿屋のロビーのソファーに座っているルーシェに話しかけた。
「ルーシェ、大丈夫か?よくタオルで拭いておいたほうがいい」
店から借りたタオルを渡し、拭くように促した。先程から髪をいじるルーシェ、少々髪が濡れたようだ。
「あ、ありがとうアルス!」
ルーシェが座っているソファの隣に自分も腰掛け、一息つく。ガットはというと宿屋の人に情報を聞いてくる、と言い、奥に消えていった。丁寧に髪を拭くルーシェ。しかしアルスを一瞥すると、
「あ!よく見たらアルスも結構濡れてるよ!ちゃんと拭かないと!」
「うわっ!」
グイっと頭を回転させられ頭にタオルをかぶせられる。視界がタオルで埋め尽くされ真っ白だ。ガシガシと拭かれ、俺は子供か!と突っ込みたくなるがなんだか心地いいのでこのままの状態にしておいた。すると彼女の手がピタッと止まった。
「ルーシェ? 拭き終わったのか?」
アルスは頭のタオルを取り、ルーシェを見た。彼女はソファーの後ろにある窓の向こうを見つめていた。
「ルーシェ?」
「あの子…雨が降ってるのにどうして傘をささないんだろう?」
「あの子?」
アルスも窓の向こうを見てみると、確かに子供が一人佇んでいた。手には傘を持っており、レインコートのようなものを羽織っている。
「レインコートを着ているからじゃないか?」
「でも1人であんな風に佇んでいるなんておかしくない?はっ!もしかして迷子!?」
「迷子…ねぇ………?」
どうでもいい、といまいち関心がわかないアルスは適当に流すが、ルーシェはそうは行かないようだ。
「ちょっと私行ってくる!」
「え、ちょ!ルーシェ!?」
ルーシェは勢いよくソファから立ち上がり駆けて行った。思い立ったが即行動、というのはよく言ったものだ。
「あー!もうホントお人よしだなぁ!」
アルスは慌ててルーシェの後を追いかける。
「すいません!傘少しだけ借ります!」
「お、おい兄ちゃん!?」
出入り口にいた男性が傘立てに置いた。その傘を拝借し急いでルーシェを追った。
「おーい!そこの君ー!」
ルーシェは手を振りながら傘もささずに走る。どうしてこうも向こう見ずなのか。
「ルーシェ!走ったら危ないぞ!」
地面が雨で濡れ、滑りやすくなっている。凍った地面ほどではないが見ていて危なっかしい。少年らしき人物はこちらを振り向きはするが一歩も動かない。
「君君ー!どうしたのー!?まい……おひゃあ!?」
威勢よく声をあげ、走っていたものの、ルーシェは転んだ。盛大に。
「えええええちょっ!?ルーシェ!?」
「う、ううぅ……い、痛い…」
「大丈夫か!ルーシェ!?」
アルスは急いで駆け寄りしゃがんで彼女の安否を確認する。何にもないところで普通に転んだルーシェ。アルスが見た限り地面に足を滑らせたのではなく、アレは自分の足に引っ掛けて躓いていた。前方に思いっきり転びびしょ濡れである。いい意味で期待を裏切らなかった彼女である。
「コレ…。お姉ちゃんの…」
「えっ?」
さっきまで一歩も動かなかった少年が突然目の前にいた。そして何かを差し出している。ルーシェは何とか立ち上がり、少年の手に握られているものを見つめる。
「あっ!私の手袋!」
「手袋?」
ルーシェは自分のポケットに手を入れ、もう一つの手袋を取り出した。ルーシェはこの暖かい国では必要ないと思い、ポケットにしまっていたものだった。
「本当だ!いつ落としてたんだろう?ありがとう!ボク!」
少年は無表情で手袋を渡す。首がロボットのように回転しアルスの方を向いた。
「あ…、ありがとう。君……」
落し物を拾ってくれた少年には悪いが、なんだか不気味だっだ。じぃーとこちらを真っ直ぐ見つめてくる。普通ならしゃがんで目線を合わせてあげるのが優しさというものだろうが、それが出来ない。
「…………ッ!」
突然ゾッと寒気がした。寒さからだろうか?動けないのだ。こんな小さな少年、何も恐ろしくもないのに、傘を持った手が震える。
「本当にありがとうね!ところで、君。お名前は?」
ルーシェはしゃがみ少年と目線を合わせる。だが、少年はルーシェと目を合わせなかった。
「なまえ……」
「私はルーシェだよ!こっちの背の高いお兄さんはアルス!お母さんとかと一緒じゃないの?」
「………標確認………を遂行します……」
「えっ?何?よく聞こえなかった。ごめんもう一回言ってくれる?」
雨の音でさえぎられ、ルーシェは聞き取れなかった。しかしアルスはそれ以上に何も聞こえない状態に陥っていた。周りの雨が全てスローモーションに見えた気がした。少年はまだ、こちらを見つめている。
「っ!?」
アルスはドクン、と心臓がはねた。何か只者ではない雰囲気を少年から感じ取る。
─────ザァァァァアアアアアア
雨は相変わらず激しかった。しかし、少し弱まってきたようにも思える。少年はまた突如、
「ボク……帰る……」
と言って、背を向けて歩き出した。
「あれ、迷子じゃないの?」
「ちがうよ、迷子じゃない。用はすんだから帰るの……」
「あっ!もしかして手袋のこと?わざわざありがとうね!あ、待って?1人で帰れる?」
「帰れる、大丈夫」
何事もなかったかのように視線を外し、すたすたと歩いていく。
「ばいばーい!」
アルスはそのまま立ち尽くしていた。少年の後ろ姿を見続けていた。あの少年は、どこに行くのだろうか。
「アルス?」
はっと我にかえり、ルーシェを見る。安堵感に包まれ、ホッと胸をなでおろす。
「あっ、ああ。ごめん。ちょっとボーっとしてたみたいだ。とにかく、宿屋に戻ろう」
「うん。あーあ、服濡れちゃったなぁ……」
一体あの少年は、何だったのだろうか。
「おーい二人さん!探したぜ〜…まったく仲良くデートにでも行ってたのか…ってルーシェ!?どうしたお前!?」
ガットが駆け寄ってくるがルーシェの格好に驚きを隠せない。無理もない。彼女はびしょ濡れ。服からは水が滴っている。
「えへへ〜ちょっと色々あって……」
「色々って何だよ……」
「はっくし!」
ルーシェはくしゃみをし、体を寒そうに震わせた。
「とにかく、ここを出発するのは午後からにしてもらえませんか?ルーシェが風邪を引いてしまうし、雨もまだやまなさそうです」
「ああ…、まぁそうだな……、おい!すまねぇ、話は飯の後ででもいいか?」
彼はおもむろに振り返りそう言った。
ガットの後ろに、男性と女性がいた。