テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜 作:平泉
今、アルスは甲板で夜風に当たっている。潮風とはさわやかなものだ、そう和めるくらい静かなら良かったのだが。その理由とは、生憎真横の板の壁を挟んだ部屋では船乗り達が酒盛りをしている。アルスもさっきまであそこにいたのだ。溜息一つ。口から出た空気は寒いことを主張するように白く漂う。それをぼうっと眺めていると、ガチャリ、と扉の開く音がした。
「うふふ…、ちょっと抜けてきちゃった♪休憩休憩!」
ルーシェだ。船員達との宴会を楽しんでいると思っていたのだが。なるほど酒盛りには同席できないな。しかしルーシェの料理は絶賛され、今も尚船員達が美味しそうに頬張っている。ヒースはとっくに酔いつぶれイビキをかいて寝ている姿を、アルスはさっき見てて安心した。
「…ねえアルス?アルスはあんまりああいう人たち…じゃないや、こういう空気苦手なの?」
ルーシェは船員達に大層可愛がられていた。アルスはそれが不満でここにいるのだ。見ていてあまりいい気分ではない。彼女にベタベタ触るな、と言いたいところだが、自分にそんな事を言う資格はない。
彼女は愛想がよく、話を聞くところ宿屋の看板娘と言われていたそうだ。本人はあまり自覚はないらしいが。客の相手をするのは慣れているのだろう。独特の包容力もあってか和み役としてすっかり馴染んでいる。
「…多分。こういう場所に出席したことすらないからな。流石に作法だけではどうにもならないくらいのことは知っていたが…」
「だね。ちょっと世間知らずっぽいしね、アルスは」
それを君が言うのかルーシェ、と思って振り返ると、冗談であろう満面の笑顔があった。可愛いから許した。
「………。そうだ、大方予想はつくが、ガットさんは?」
アルスが扉に目をやると、ルーシェもそれにつられるようにエヴィ光の照明で照らされる窓を見て、微笑む。穏やか、と表現するには多少首を傾げたい剛毅な笑い声と、酔っているのだろうかというような喧騒が聞こえる。とても楽しそうだが、入っていける気がしない。
「うん。中で皆と遊んでるよ。やっぱり、色んなところいってると慣れるのかな?」
「かもしれないな。…それはそうと、ルーシェ。突然で悪いが聞きたいことがあるんだ。いいか?」
そう言い、アルスはルーシェに体ごと向き直った。「何?」と何気なく返事をするが、やけに彼の顔が神妙な顔だったのか、ルーシェも温和な表情ではなくなった。
「…これで、俺と、一緒に行動していていいんだね?成り行きじゃない。形見探しだってそうだ。それだって俺は全力をもって君に協力する。だけど、俺は命を狙われた皇族。そして君は治癒術が使える。例えそれがよくたって2人いたほうが危険は倍になる。ここではっきりさせておきたいんだ」
一方的にまくし立ててしまったが、仕方がない。これまでのような成り行きの動きではいつ細事が大事になってしまうかわからない。その前に。というか、つまり、俺と一緒にいていいのか、と言う事だ。口下手で伝わったのかいまいちわからないが。
「…なんだ。そんな事か。真面目に聞いて損しちゃったよ」
「そ、そんなことって。君の身に関わることなんだぞ。も、勿論ルーシェの事は守るよ。それでも、限界っていうのがあるだろ。あ、限界って、いうのは違うな。その、守りきれない部分、そう、これだ」
そんな事、言葉通り、彼女にとっては下らない事だったのだろうか。彼女は甲板の手すりに寄りかかり、海を見た。アルスは内心変なことを口走ってしまったのではないかと焦り気味だ。ルーシェはふぅっと息をつくと、
「そんな事だよ。アルス。確かに今までは成り行きだったけど、それでも目的がある。戻ってはいけない理由がある。計画性っていうのかな。あるじゃないそういうの。もう、私達同じ穴の狢なのかも。命を狙われてるかそうでないか、でもあまり私達2人の境遇は変わらない。それに、アルスは2人でいた方が危険だって言ったけど、追われてる理由とか追ってる人とか同じような感じなんだし、何人いても変わらない気がするよ。私は治癒術が使えるし、ね?」
と、まるで許可を貰うような問いかけだ。アルス自体は構わない。彼女と一緒にいられる事は、正直嬉しい。
「それに、結構信じてるんだよ。ちょっと図々しいけど、私の形見や私の事、アルスならしっかり考えてくれてる…1人じゃ、心細いよ。……駄目、かな?」
いつもと変わらない笑顔が、少し、寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。照れ隠しの笑顔にも見える。
「1人にするなんて!とんでもないよ……!わかった、一緒にいこう。それに俺は、端から君を見捨てるつもりは微塵もない。ただ、君がどう思ってるのかが、気になって。その……」
そう言うと、ルーシェは花が咲いたかのように明るさを取り戻した。
「ふふ、ありがと!アルス。…うん! じゃあ、改めて。よろしくね!」
改めて、と言って、アルスに手を差し伸べる。その笑顔に押されてその手を握った。2回目の彼女との握手。閉鎖された己の空間では知る事ができなかったかもしれない温もりだ。
「改めて」の効果だろうか。本当に、彼女を守る覚悟ができた気がした。
「……もう遅いし、先に私は寝るね。アルスも、海の夜風は浴びすぎると体に悪いよ」
あれから、他愛もない話しをしていた。するとルーシェがそう言いだして、ああそういえばもうそんな時間か、と驚く。彼女との会話はとても楽しく、時間を忘れるほど至福の時だった。2人きりの時間も、これからグンと減るのだろう。あの自称万事屋のせいで。まだ続く真横の喧騒を横目にやる。横の騒がしい部屋がまるで次元の違う別世界のように感じたまだ騒いでいるのかと少し呆れる。
「ああ。俺もそろそろ寝るよ。おやすみ」
「うん。おやすみ」
女船員は数が少ないせいか、部屋が一つしかない。女性の船乗りは珍しいのだろう。男部屋とは離れていたと思うが、場所までははっきりしない。別に覗きに行くわけでもないが。まぁ明日船員に場所を聞けばいいか、と自己完結する。あくまで彼女が起きなかった時起に行くためだ。
ルーシェを見送り、暗く深い水平線に目をやる。静かな波音。静寂な場。潮風に、髪が揺られた。
ガチャン、と激しい音がした。
「よーたいしょー。みせーねんだからっていつまでもそんなとこで黄昏て、なになにいじけちゃってんのー?お年頃ってやつかねぇ。」
余韻と風情という名の美しい空間が砕け散った気がした。ガットは緑の髪を揺らし、千鳥足で絡んでくる。
「おいおいおいおい。そんなあからさまにめんどくさそうな顔すんなよ傷つくだろぉ?俺もこうみえてヒースみたいに実は泣き上戸かもよ?」
「潮風は、いわゆる泣きっ面に蜂になりますよ。物理的に」
「はははは。そりゃいいね俺蜂って結構好きよ?殺す時はすぐ殺す所とかな、いやー俺にはできないわー。あ、でも俺泳げないからそこはおなじだねぇ」
だいぶ酔っ払っている。ある事ない事べらべらと余計な事を挟んでくる。
「彼らと馴染むのもいいですが、ロピアスについたらすぐに仕事でしょう。別れられなくなっては困るんじゃないんですか」
アルスはわざと冷めた声でそう言ってやった。甲板のふちの壁に背を預けて座り込んでいる酔っ払い男も少しは目を覚ましたようだ。
「ん?あー…。…ま、いんじゃん?どーせだし、こんだけ仲良くなっちゃったなら、これからもご贔屓にさせて頂こうかもしれないじゃん?どーせ明日にゃつくしなあロピアス」
「そうだな」
アルスは受け答えがめんどくさくなってきた。
「……多勢に無勢って言葉知ってるか。大将?」
とうとう本格的に酔っ払ってきたのか。のほほんとした腹の立つ顔でそう聞いてくる。いきなりのことで意味不明だ。
「…………それが何か?」
ちゃんと律儀に応答し返す自分に我ながら感動する。
「まだせーじんになってないような、っつってもそろそろだけど?いろんな意味でチカラがない年頃のこどもが自分のために旅をするってのは良いことさぁ。目的あってないような旅してる奴たまにいるし?2人が1人になろうがひとりがふたりになろうがあんま関係なくねぇ?いざ!ってときに立場とかちしきとかって役に立たないもんよ?いやまじで。でかいおとな何人もいれば無意味ってやつさぁ。これぞ多勢に無勢!ってね。あっはははは」
「貴方……。さっきの話聞いてましたね?」
酔っ払っていたと油断していた。しかし酒瓶片手に馬鹿笑いをするガットはどう見ても酔っ払いだ。
「いやいやいや。聞いてたっつーかさぁ?ちょっと酒覚ましたいなと思ったらなーんか小難しい話ししてんのよねおたくら。俺そこまで空気読めない訳じゃないし?どーしよーかなーって、な?わかりやすいだろ?」
「そのわかりやすい、の意義がわからないです。…で、さっきのが貴方の意見ですか…?」
「そう、そうそうそう! そーだよせーねん俺が言いたかったのは。いけん、イケン意見。うんうんこれだこれだ」
「ハァ……そろそろ寝たらどうですか。相手がめんどくさくなってきた………」
「ん。あー……。それもそうだねぇ。んじゃ、大将の進言どおりにしちゃいますかね。んじゃ、またあしたー」
アルスが溜息交じりにそういうと、ガットは考えるそぶりをした後、おもむろに立ち上がった。かと思うと酔っているとは思えないしっかりとした足取りで手を振りながら、寝床へと歩いていく。
「泳げない、のか…。一つ、弱みを握れたのかな」
アルスは1人でニヤけると、船室に向かった。
「明日はいよいよロピアスか………」
スヴィエートとすこぶる仲が悪い敵国。ことあるごとに、この2国の国民個人個人は争うのだ。歴史の辿ってきた末路であるが、不安は拭えなかった。その理由として、なにより自分はスヴィエート帝国の第一皇位継承者なのだ。今はどうなっているかは分からないが。
「なるようになれ……だな」
部屋のベットに潜り、アルスは眠りについた。明日にはきっと自分は、まるで別世界に足に踏み入れるのだろう。雪のない世界へと。