テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜 作:平泉
アルスは未だ静かに眠っている。一同は研究所での出来事、そしてアルスとの戦闘に疲れ果てここで一旦休息を取っていた。アルスの側に寄り添うルーシェ以外は皆静かに佇んでいた。
そんな中ラオは、スミラの部屋のあのオルゴールを机の引き出しから取り出した。アルスの懐中時計を拝借し、鍵を開けた。オルゴールはネジが切れているようで、鳴らなかった。その中には意味深にしまわれている番号付きの花びら。
しかし彼はその”箱”と花びらが目的ではなかった。箱を引っ繰り返し、裏に書いてあるその名前が、ラオの目的だ。
(サイラス・ライナント・レックス・スヴィエート………)
ラオは目を開け静かにその文字を見つめると、また瞳を閉じた。彼、サイラスとの思い出が脳裏を駆け巡る。最初にここに来た時は、無かった記憶だ────。
「え?別れのプレゼント?」
サイラスがきょとん、と目を丸くし目の前の青年、ラオを見つめた。
「ソウ。ボク達、せっかく外国人同士仲良くなれたじゃない。まぁ皇帝様って聞いた時は腰抜かしたケド。互いに身分は違えどボク、君みたいなスヴィエート人の友達が出来て本当に嬉しいんだ。だからコレ、受け取って欲しい」
「これは……?」
サイラスはラオからある四角形の箱を受け取った。
「特別、鍵付オルゴールだヨ。色々と豪華でデショ。皇帝様へのプレゼント作るって言ったら上司が快く協力してくれたヨ。宝物でも入れてネ。ヘヘ、でもネ。これボクがいつか独立した時にでもいずれ商品化したらイイナとかとか思ってたけど、君はその第一号のお客様」
「凄い………!こんな素晴らしい物、本当に受け取っていいのか!?」
サイラスは顔を輝かせた。煌びやかに宝石があしらわれており、よく出来ていた。
「勿論。なんせそれは君をイメージして、君の為に作ってに改良してある。鍵はソウ。君の懐中時計サ」
ラオはサイラスの腰に付いている懐中時計を蓋の窪みにはめた。カチッと音がすると蓋が開き、オルゴールの音色が流れた。
「ハハッ、この曲!君がよく鼻唄で歌っていた……そう、かもめの唄!」
「当たり〜♪そのオルゴールは持ち主のエヴィに反応するんだ。いわば記憶、思い出のエヴィに作用する特殊な術がかけてある。だから今はボクが最も記憶に残っている曲が流れるってワケ。どう?気に入ってくれた?」
「凄いよ!こんなのを作れるなんて君は天才だ!」
サイラスはラオをベタ褒めした。それ程素晴らしいのだ。
「イヤ〜それ程でも〜!チョット器用なだけサ。とにかく、喜んでくれて良かったヨ!裏には君の名前が書いてある。もうこれは君の物だヨ」
「ありがとう、大事にする!後世までコレは残したいよ。ずっと受け継いでいきたい。早速宝物を入れよう。勿論、君と撮った写真だ───────」
ラオは、ふぅーっと息をついた。
(フレーリットはボクの事を心底憎んでいたし…、その製作者と鍵の時計がアジェス人の僕が微塵にも関係してるのを複雑に思っていたんだろうな……。捨てるにも捨てられず、これはあくまでも父の形見…。だから彼女に渡ったんだ…。プレゼントでもしたのかな……)
ラオがそう思考にふけっていると、
「ラオ兄?その箱は何だい?」
と、クラリスが訪ねた。クラリスはラオ達がここに来た時はいなかった。
「あ、そっか。クラリスはこれ見るの初めてだよネ。実は君に会う過去に来る前にあった出来事なんだけど─────」
ラオはあらかたクラリスと出会った過去に来る前に起きた出来事を話した。
「成程な……。確かに、私もどこかで聞いた気がする。アル兄はお母さんの事を心底嫌っていたんだな……」
「ウン…。ボクらからすれば他人事かもしれないけど。スヴィエートじゃそうじゃないらしいヨ。お国柄、裏切りっていう行為は処刑ものなんだって。この国じゃ万死に値するんだヨ」
「………アル兄は私達の知らない時に、色々と苦労していたのかもな…」
「そうなのかもネ……。で、この箱はスミラさんが持っていたオルゴールなんだ。中には花びらが入っていたんだけど何の意味があるのかさっぱり………」
ラオは箱の中身を見せた。薄橙色の花びらがまるで今摘んできたかのように風化もせずにそこに残っていた。クラリスはそれを見た途端、目を見開いた。
「こっ、これ!?ポロアニアの花びらじゃないか!」
彼女は慌てて花びらを手に取って凝視した。
「え?クラリス君知ってるノ!?」
「最近ロピアスのエレスティオ付近でも極わずかだけど発見されたっていう凄い力を持つ花だよ!この花─────」
「ッ!?はっ!?ああッ!そんなッ!スミラは!スミラはっ!?うわぁぁあっ!?」
クラリスが何かを言いかけた途端、ベットの方からアルスのただならぬ声が聞こえそれを遮った。
「アルス!?」
ルーシェは突然目を覚ましたアルスに驚いた。ガバッと起きあがったと思うと彼はまた頭を抱えて苦しみ出す。
「そんな、そんな。スミラを殺したのはサーチス……!スミラを使って間接的に父を殺したのか!!」
「ちょ、ちょっとどうしたのよアンタ!?まだ記憶がこんがらがってるワケ!?」
カヤが聞いた。
「また地下道のような出来事はごめんよ!?」
「違う!そうじゃない!夢で見たんだ!スミラとサーチスを!あれは過去に実際に起きた出来事だ!!」
混乱するアルスを一旦落ち着かせ、説明を求めた。アルスは過去に起きた出来事を夢に見るらしい。
「さっきの夢の内容からして…。俺は、いや。スヴィエート一族は代々先祖の記憶が受け継がれていくみたいで……。これは俺の推測だけど今までの多くの記憶が開放された事によって俺の右目が銀から赤になった。代々皇帝の瞳が銀色なのは記憶のエヴィとしてそれが瞳に受け継がれているからだ。そう……俺は元々スミラ譲りの赤の瞳だったんだ…。それでさっき見た夢、つまり過去の出来事が──────」
見た夢の内容をぽつりぽつりと明かした。サーチスがシフレスという技術で何かを企んでいた事。サーチスがフレーリットをかつて愛していた事。両親が死亡した真実。スミラは明らかに操られていた。そしてそれを仕掛けたのは、間違いなくサーチスである。彼ら、親達の過去の人間関係のもつれ、タイミング、それらが全て合わさり、現代に繋がっていたのだ。
「っ、そんな………!スミラさんは、じゃあサーチスさんに操られていたって事!?」
ルーシェはその話を聞いて絶句した。
「大方そうだと言って間違いないだろう……。あぁ、そんな、まさかこんな事が……!」
あってはならない事が、過去にあった。
死ぬ間際赤子だった自分の額を撫で、絶命した父。自分の命は、彼によって守られたのだと再認識した。
「こんな事が………」
アルスはベットのシーツを握りしめた。
「シフレス技術……。ハーシーの日記にも載っていた単語だ。………ハッ、所詮そういう事か……」
「ム?ガット?どういう事だ?」
フィルが訪ねた。
「シフレス技術っていうのは、俺の予想する限り、人の脳を操る技術って事で確定だ。でもその技術、何かと似てねぇか?」
「何か……?」
「人工治癒術師製作の技術だ。治癒術師特有のイストエヴィを抑えるため免疫情報を書き換える。つまり脳に作用するって事だ。そしてシフレス技術が生まれたのは人工治癒術師制作の後期……」
「ッて事は!」
「あぁ、俺…リオ、トレイルがやられた研究はこのシフレス技術の前座に過ぎなかったって訳さ…」
ガットは、はは、と乾いた笑いを浮かべた。ノインがハッとして顔を上げた。
「っ確かに!第2次世界大戦時スヴィエートは常に優勢だったはずです。それを所長兼光軍だったサーチスが知らないわけがありません。ローガンが言っていました!所長、つまりサーチス自らリオとトレイルの改造に携わっていたと!
治癒術師が持つ特有のイストエヴィ注入後、エヴィを体内に流し込み免疫情報を書き換えるというのが人口治癒術師作成の過程だ。それを応用して、操らせたい情報をエヴィに術式を脳内に書き込む。それで脳を支配することにより、対象の体を操る事だって出来たのかもしれまそん!!きっとそうです!それがシフレス技術ですよ!」
ノインが事細かに補足し、シフレス技術というのがいかに恐ろしい物なのかがついに判明した。サーチスはこれを用いてスミラを操ったのだ!
「…………………」
真実が今明らかになり、部屋は沈黙に包まれた。今まで嫌っていた裏切り者の母親が実は仕組まれて、しかも操られていた。その話は深く、重苦しい現実であった。ラオは居心地悪そうに目を泳がせた。尽くタイミングが悪い。
「あ……そういやクラリス…。さっき花びらを見て何か言いかけてたケド…?」
アルスに自分、ラオの事を話そうと思っていたが、このような雰囲気では話せるにも話せなかった。誤魔化すようにさっきの話を蒸し返し、クラリスに話しかける。
「えっ!?ああっ、あぁそう。この花びらの話か……」
スミラは薄橙色の花びらを見せた。
「ゴメンネアルス。君が寝ている間に時計拝借して勝手にこの中のものをチョット考察していたんだ」
「それは………スミラのオルゴールに入ってい花びら…」
アルスはラオが持っていた箱を虚ろな目で見つめた。今まで大きな誤解をしていた。裏切り者と心底嫌っていた母親がそうではなかった。アルスはどうしようもない虚無感に襲われた。
「これ…。ポロアニアの花の花びらなんだ…。これには映像や声、音声を記録する特殊な力があるんだ…」
「何だって!?」
アルスはベットから身を乗り出してクラリスに近寄った。
「でも、どうやって使うのか、どうやって効果が発動するのかは私は知らないんだ。ただこれが何かを知っているだけ…。でもアル兄に関係する事だから言っておいた方がいいかな…って思って…」
「………………っ」
そう言い、彼女はそっとその0と書かれた花びらをアルスに手渡した。アルスは果たしてこれを自分が受け取る資格があるのか、と迷い一瞬躊躇ったがゆっくりとその花びらを親指と人差し指でしっかりと受け取った。
「スミラ………」
0、とだけ書かれたその花びらに一体何の真意があるのか。息子であるアルスにも検討など全くつくはずがなかった。ただ何となくその花びらをよく見るために片目をつぶり右目に寄せる──────。
次の瞬間、その花びらが眩い光を放って輝き出した!
「何だ!?」
「わぁっ!?」
近くにいたアルスとクラリスは思わず仰け反りその光が収まるのを待った。光はやがて形となり、人型へと形を変えていった。高いヒールを履いた足元、花びらのようなスカートエプロン、ローズ色の髪の毛、左目下の泣きボクロ、そして赤い瞳………。
「っスッ、スミッ!?」
紛れもないスミラの人の形が出来上がった。アルスは驚いてこれ以上言葉が出てこかった。
「ほ、本当に映像が記録されてた!映像?というか、幻影っ……!?」
ルーシェはまじまじと幻影のスミラの姿を見た。映像のように透けてはいるが本物そのものだ。
「もしかして、また大将の何かに反応するように仕掛けがあったんじゃねぇかっ!?」
「でも以前俺が触った時は何も起こらなかった!」
「そうだ瞳!目!アルス!オメメだヨ!オメメ!アルスの右の瞳の色が前は銀色だった!でも今は赤色だヨ!それに反応したんだよきっと!」
一同がなるほど…、と納得している間に幻影のスミラは目をつぶると深く深呼吸し、やがてゆっくりとその赤い瞳を開いた。
「私の息子、アルエンスヘ…」
「しゃ、喋った………!?」
アルスは揺れた瞳でスミラを見つめた。語りかける相手はまるで目の前に息子がいるのが分かっているかのように記録されているようだ。
「ふふ、えっと…、えっと……」
幻影のスミラは少しどもり、照れて頬を指でかきながら言葉を紡ぎ始めた。
「まず……、生まれてきてくれてありがとうアルス。0歳の誕生日おめでとう」
「な…に…!?」
アルスは突然の事に頭がついていかず言葉が出てこなかった。
「貴方がこのメッセージに気づいてくれた事に、感謝するわ。こうでもしないと、もしかしたら後に残せないかなって、思って。今のこれを作ることにしたの。だって貴方がこれを見ていると言うことは、私はこの世にいないって事だもの……」
アルス、そして他のメンバーも静かにそのメッセージに耳を傾ける。
「あはは……まずは、そうね。おっ、思い出話でもしようかしら!?アルス、貴方が生まれた時ね、フレートったら号泣してたわ!あんなに人前で弱みを見せない奴が、お医者さんや助産師さんの目の前で!あの時のアイツの顔と言ったら…、笑えたわ。そして……貴方が私の人差し指をギュッと握ってくれた事…、大きな産声をあげて無事生まれてきてくれた事…、私も。それだけで泣いちゃった…。妊娠してた時は凄く大変だったのに、貴方が産まれたらもう今までの苦労がどうでも良くなっちゃった!赤ちゃんって、不思議ね。そこにいるだけでパッと周りに花を与えてくれる。貴方が笑うだけで周りが幸せになった……。
あっと……思い出話はここまでにしておきましょうか……。で、何でこのメッセージを残したかと言うと…。私、最近私が私でないような気がするの。何言ってるか分からないわよね。でも言葉の通りなの。たまに思ってもない事をやろうと思ったり、気がついたら来る予定なんてなかった場所にいたり…、花の活け方間違えていたり…。私怖いの。私が私でなくなっていく。じわじわと侵食されていくような、そんな感覚が頭からこびりついて離れない……。何かしら……何かの病気なのかしら……?これを撮っている時だって、いつ私が私でなくなるのか、既に私じゃない私が撮っているんじゃ、とか耐えようもない不安に駆られたりするの……。私、近いうち死ぬんじゃないかな…とか馬鹿馬鹿しい事まで思い始めて、これを撮ったの……。貴方がこれを聞かないのが一番いいんだけどね……。
うふふ、なーんて話、0歳の貴方はまだ、何も喋る事は出来ないし、理解なんて出来ないだろうけど。いつかまた聞いてね。ある程度成長したらママって呼んでくれるのかしら。それはまた5歳の誕生日の時に話しましょうね……。愛しているわアルス。あっ、最後に私がよく歌う子守唄でも入れようかしら、〜♪〜♪〜♪」
スミラはそう言って優しく手を振るとオルゴールと同じ音色の鼻唄を歌いながら光の粒子に戻り花びらの中に戻っていった。
「っ、い、今のはスミラさんの生前に残したメッセージ…?」
ルーシェは花びらを見つめた。
「そうか!花びらに0、5、10、15、20って書かれてるのはアルスの年齢の歳に向けて残したメッセージなのよ!」
カヤがオルゴールの中の花びらを見て言った。こういう事だったのか、とカヤは納得した。鍵のかかった箱の中には、数字の書かれた花びら、オルゴールの曲。全て息子、アルスの為に残した母スミラの遺物であった。
切り裂くように胸が痛む。視界が歪みピリピリと喉が痛み出した。涙を零すことはグッと堪えたが、しかし声は震えて涙声だ。唇をギュッと噛み締しめアルスは強がった。
「ッ……。すまないが、少しでいい。皆席を、外してくれないか」
「あぁ……分かった………」
ガットがそう言い、1階へ降りていった。皆も頷き、階段を降り始める。ラオは黙ってそっとアルスの傍にオルゴールを置くと、皆に続いた。
─────5歳の誕生日おめでとうアルス。5歳って言ったらママって可愛く呼んでくれてるかしら?好きな食べ物は何になっているかしらね。フレートはチョコクッキーが1番好きだったのよ。文字はもう書けるのかしら?お花は好き?ママね、花屋だったのよ。お花の事、教えてあげたいなぁ。アハハッ、興味無いかしら?男の子だものね……?何に興味あるのかしらね。飛行機とか?あ、それとも…
─────そろそろ生意気になってきてそうよね。元気な少年って感じかしら。お勉強ちゃんとしてる?勉強もだけど、きちんと寝なさいよ。身長伸びないわよ?好き嫌いしないのよ。スヴィエートは寒いから風邪ひかないようね!部屋は使用人に言われないでもきちんと自分で片ずける事!いい?それと寝る時はちゃんと……
─────フフ、思春期真っ盛りね?反抗も程々にしてよね?そろそろ好きな娘は出来た?私は女だから分からないけど、アンタはどんな子が好みなのかしらね。身長、伸びた?私は幼い頃からスヴィエート人の割には小さくて……コンプレックスだったわ。でもフレートは身長高いから、アルスはどうなるかしらね…?やぁね、あんまり拗ねないで?身長の低い男の子だって素敵よ。大事なのは中身よ中身。女の子には優しくしなさい?あ、でも変な女に引っかかっちゃダメよ?私のような女を見つけなさい?なーんちゃってアハハ!自分の意見をハッキリ言うのも大事だけれども。将来皇帝という大それた身だけど………、プレッシャーに押し潰されてないかしら?私がいつも味方だから安心して……。優しい子になってるのいいな…。夜ふかしは………
アルスは花びらのメッセージを順々に聞いていった。母の声は常に優しく、そして何よりいつも自分の事を想っていてくれた。どのメッセージにも必ず最後には愛しているわ、と言い鼻唄を歌いながら幻影は消えていく。
アルスは啜り泣いた。これ程悲しい事があるだろうか。自分は母を裏切り者と誤解し散々蔑んで来たのに、母はこうして愛情を、将来を見据えてまで心配し注いでくれている。今、自分は20歳である。アルスはついに20と書かれた花びらのメッセージを展開させた。
「20歳の誕生日おめでとうアルス。ついにハタチね。ふふ、凛々しいいい男になってるかしら?身長はどのぐらいいった?それで皇帝……になっているのかしら?ぶっちゃけた話、私以前、フレートに似た男性と会ってね。目が私にも似ていたわ。
その事についてフレートとも話してね。フレートは別に思い出したくもないって興味無さげだったんだけど、私はもしかして。もしかしたら貴方が成長したらあんな外見の男性になるのかなぁとか思ったのよ。フフ。まぁその人に私右肩撃たれたんだけどね…?不思議と許せたのも、何か運命を感じたからかもしれないわね……。
私にとって貴方は可愛い息子に変わりはないけど、仮にも時期皇帝を産むんだもの。当初はプレッシャーにおしつぶされそうだったわ。お義母様に将来スヴィエート皇帝となる跡継ぎを産むのよって改めて言われて自覚した時はもう嫌産みたくないって、ちょっとナーバスになった時もあった。
でもフレートや、ハウエル、マーシャ。色々な人に支えてもらったの。人は1人では生きていけない。アルス、貴方も皇帝になったからと言って独りよがりにはならないのよ。威張ったりしちゃダメ。アンタは支えてもらって当たり前の立場なのかもしれない、けれどそれをきちんと感謝しなさい。その感謝の気持ちを一生忘れない事。いいわね?あと、お酒は程々にね。私弱かったから……、貴方に遺伝してそうだわ。そうだったらごめんなさいね?
20歳になったら、もう色々分かってそうよね。怪我のない人生が一番なんだけど。貴方、大きな怪我とかした時、エヴィが作用してすぐに傷口が塞がらなかった?それね、私の力なの……。
私の名前は本当はスミラじゃないの。
レイシア。
レイシア・エッカートっていう名前なの。エッカート家っていう治癒術師達の分家の子孫なの」
「レイシア………?分家……?」
アルスはそれまで黙って聞いていたが、訝しげに首をかしげた。
「そしてシューヘルゼっていうスヴィエート最南端、辺境の村の出身のただの田舎娘。花が好き過ぎて、憧れて、都会にもあの故郷の花を広めたいって思って両親の大反対を振りきって勝手に家出同然に上京してきたのよ。いつか、覚えていたら私のお父さんとお母さんに会ってあげて。ごめんね、私の勝手な自己満足だけど、孫の顔ぐらい見せてあげたいなって思うのは私のわがままかしら?
それでね、再生能力があるのも、その力のおかげなの。優れた治癒術師特有の能力…。本家は治癒術と再生能力を使えるけど、私達分家は治癒術は使えないみたい。でもその代わり再生能力や生命力、寿命はずば抜けていて本家より高いのよ。赤い瞳は治癒術師達の末裔である証なの。そしてその力、特に生命力は、他の人に強く作用する力を持ってる。共鳴し合うって言うのかしら。その力が反応して自分と同じ一族がいたらすぐ仲間だって事が分かるみたい。ホントかどうか分かんないけど、意外と凄い力なのよエッカート家って。
この力を広めたくないから辺境の地でゆったりと暮らしてきた一族だったらしいんだけど……。私は、でも…反抗してよりによって首都に来ちゃったから、今は勘当されたも同然かもね……。でも、伝えておきたかった。貴方の母の故郷は、シューヘルゼ村だって事を
「俺はスミラの力を……受け継いでいるのか……。シューヘルゼ村……。スミラの故郷……」
シューヘルゼ村はここ首都から国内では最も遠い辺境の村だ。南にあるので比較的温暖で、雪というのが降らない。
「そして、今になって強く思うわ────。
母になって。私のお母さんがどれだけ私を心配して止めてくれたかを。治癒術師虐殺が行われた本拠地の遠い遠い首都……。治癒の力がバレればそれは命取りとなる。そんな危険な場所に、自分の子供を行かせたくは無いはずよね。若かったのね私も……今更気づくなんて、バカね。でもフレートは、貴方のお父さんはそれを知っても変わらずに愛してくれた。なおかつ、庇ってくれた。
花屋を開店して、フレートと出会って、子供が出来て、アルスが産まれて……。私は後悔してないわ。むしろ幸せよ。
今撮ってる時、貴方は赤ん坊……。泣いたり笑ったりすることしか出来ない。私の呼び方だって、ママから母上になって、貴方はどんどん成長していく。
この先私の身に何が起こるか分からないから、これを作ったの……。私が、私がもしかしたら、思ってもないとんでもない出来事を引き起こすかもしれない……。
それでもし貴方が………、貴方が私の事をどんなに恨もうが、蔑もうが、憎もうが構わない。でも一つだけお願いがあるの………聞いてくれる?」
スミラの幻影がそこで一呼吸吐いた。目を瞑り、しばらくすると一筋の涙を流した。
「一度でいいの。聞こえないのは分かってる。でもね、お願い……。
私を……、私を、
お母さんと呼んで───────」
スミラの幻影が寂しそうに笑った。それを見たアルスは目頭が熱くなり、涙を止める事が出来なかった。
「────────母さんッ……!
母さん!ッ母さんッ……!母さあぁあんっ!!母さんっ………母さんッ…」
アルスは自分に言い聞かせるように何度も繰り返した。今まで1度も愛情を込め母、と呼んだ事のないスミラを初めて、──────母さんと呼んだ。
スミラはしばらくすると、ふっと笑い目の前をじっと見つめた。まるで息子が本当に目の前にいるのが分かっているかのように─────。
「……ありがとうアルス……。私の愛する息子……。私を母にしてくれてありがとう….貴方の事、ずっと私は見守ってる。例え世界が貴方の敵になろうとも、私は貴方の味方でいるわ。自分の人生……、自分の生きたいように生きなさい……。私は息子が決めた道で、それを頑張るっていうなら引き止めたりはしないわ…。精一杯全力を尽くしなさい……。最後に一つ………、
貴方を愛しているわ、アルス────」
スミラの幻影は最後にそう言い残すとまたあの鼻唄を歌い初めた。
「母さぁんッ!!!」
幻影が粒子に戻る前のスミラを掴もうと、抱きしめようと手を伸ばした────。
しかしそれは虚しくも空を切り、光は粒子となり花びらへと戻っていった。
「母さんッ、母さんッ!ごめんなさいッ………!母さんは、母さんは裏切り者なんかじゃなかった…!許してくれ………!
ごめんなさい……!ごめんなさい!本当にごめんなさいッ!!」
アルスは、母の無償の愛を目の当たりにして泣き崩れた。シーツを握りしめ、歯を食いしばるが、涙はボロボロと布を濡らしていく………。
「許してっ!うっ、あぁあっ……!うぁぁっ!あぁああぁぁあぁああああッ!!!」
後悔の念が大波のように押し寄せる。涙が止まらず零れ落ち続け、やがて涙が枯れるまでアルスは咽び泣き続けた─────。