スーパーロボット大戦H/ハーメルン   作:一条 秋

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3 それぞれの理由、恭弥の理由

 光秋と一夏が退出して少し経った頃。

「……」

重い沈黙に耐え切れなくなった恭弥は、右隣に座る母の方に体を向ける。

「母さん……僕、どうしたらいいんだろう?」

「母さんにもわからないよ……」

弱々しい声で問う恭弥に、母は両手で頭を抱えて息子に負けない弱々しい声で応じる。

「あの加藤って人、悪い人じゃないし、あなたを助けようと精一杯頑張ってる気持ちも伝わってくる。ただ、それが軍に入ることってなるとね……」

「……」

なんとか顔を上げて言う母の言葉に、恭弥の口が再び重くなる。

 と、母は体を恭弥に向け、両手を包む様に握る。

「だから、あなた自身が決めなさい」

「え?……」

真っ直ぐに目を見て言う母に、恭弥は戸惑ってしまう。

「無責任な親って思われても仕方ない。でも、母さんにはもうどうすることもできない。唯一できるのは、あなたが選んだ道を歩くのを支えることだけ。軍に入るのら止めはしない。入らずに窮屈な生活を選ぶならそれを一緒に生きる。ただ、どっちを選ぶかはあなたが決めなさい」

「……そんな、急に言われても……」

「加藤さんは明日の朝までは待ってくれるんだよ。ゆっくりよく考えて結論を出しなさい」

「…………もう、そうするしかないのかな?」

言ってみて、恭弥は自分が置かれている状況を実感する。

 

 しばらく経った頃。

 ドアが内側からゆっくりと開き、恭弥が悩みを浮かべた顔を覗かせる。

「あの、すみません」

「どうしました?」

応じると、一夏と共に向かいの壁に背中を預けて立っていた光秋が歩み寄ってくる。

「どうも部屋の中で考えてもまとまらなくって……ちょっと外に……基地の外に行ってもいいですか?ちょうど行きたい所があって……」(さすがにそんなのダメだよな)

そう思っていても、一抹の希望を賭けて恭弥は訊いてしまう。

 と、

「いいですよ」

「……え!?」

光秋の予想外の返事に、一瞬面食らってしまう。

「いいんですか?」

「ただし、護衛というか、監視付きですが」

「それは……そうですよね」

「というわけで一夏君、桂木君の護衛兼監視頼む」

「俺ですか?」

光秋の指示に、後ろに立つ一夏は訊き返してくる。

「僕はお母さんと少し話したり、調査報告まとめたりしないといけないからね。大丈夫だとは思うが、いざとなったら自己判断でソレも使っていいから。ただし、桂木君の安全を守ることを優先にね」

「?……」

言いながら光秋は一夏の右手首を指差し、恭弥はそれを追ってみると、彼の手首に白い機械的な物が巻かれていることに気付く。

(腕輪……にしちゃあ太いよな?なんだろう?)

「了解です」

「よろしく。とりあえず僕は腹ごしらえだな。お母さんを誘って食堂に行くから、2人もなにか食べてくるといい。それじゃ」

考えている間に一夏は応じ、光秋も部屋に消えてしまう。

「じゃあ、行きましょうか」

「え?あ、はい」

一夏に声をかけられて恭弥は気を取り直し、2人は基地の正門へ向かう。

 

 正門をくぐって基地の敷地を出るや、一夏は隣を歩く恭弥に問う。

「それで、何処に行きたいんです?」

「中華街です。もともと下見が終わったらそこの行きつけの店に行く予定だったんで。気持ちの整理も兼ねて行きたいなって」

「わかりました。あ、そうだ」

 恭弥に応じると、一夏は上着のポケットから銀色の×の形をした物を出し、それを頭の左側に留める。

「髪留め……バレッタですか?」

「はい。光秋さんから、その、お守りにもらった物で。さすがに基地内では付けられないけど、今は外だからいいかなって」

「お守り、ですか……」(しかしけっこう……)

一瞬言葉に詰まったことを気にしつつも、バレッタを付けた一夏を恭弥は格好いいと思う。

「えっと、中華街でしたよね?えーっと……ここからだとバスに乗らないとダメですね。最寄りのバス停は……こっちか」

起き抜けに見た携帯端末らしき物で道を確認すると一夏は歩き出し、恭弥もそれに続く。

 

 同じ頃。

 光秋は恭弥の母と共に食堂へ向かい、テーブルを挟んで食事を摂る。

「1時半か。お昼時は過ぎたから、混んでなくて助かりましたね」

数珠の巻かれた左手首の腕時計を見ながら言うと、光秋はチャーハンを食べ始める。

「……」

それを眺めつつ、恭弥の母も同じ物を食べる。

「あら、美味しい……」

「ですよね。こういう所の食事って意外と美味しいんですよ」

驚きに呟きを漏らす母に、光秋はレンゲを持つ手を休めずに応じる。

 が、母はレンゲを置き、不安を浮かべた顔を光秋に向ける。

「息子の我儘を許してくれたことには感謝します。ただ……」

「ただ?」

「護衛に部下の方を付けてくださったようですが、あの人も見たところまだ子供の様ですけど、本当に大丈夫なんですか?」

「あぁ。彼―一夏君なら大丈夫ですよ。仰る通り息子さんと歳は変わりませんし、まだまだ荒削りなところも多いけど、基本的にはできる人ですから。息子さんの安全を優先するように言ってありますし、奥の手もありますしね」

「奥の手?」

「まぁ、それは機密ということで。それに、同じ年頃の同性の方が、息子さんも気兼ねなく話せるでしょうしね」

「そこまで考えて?」

「最後のは後付けの様なものですけどね。今だけでも信じていただければと」

「はぁ……」

少しだけ不安が抜けた顔をすると、母は食事を再開する。

 

 基地からしばらく歩くと、恭弥と一夏はバス停に着き、その前でバスを待つ。

「そういえば、桂木さんの親御さんってお母さんしか来ませんでしたよね?お父さんは?」

「恭弥でいいですよ。父さんは、僕が5歳の時に死んじゃって」

「!……すみません……」

予想外の答えに、一夏は軽い罪悪感を覚える。

「いや、いいんですよ。昔のことだからよく覚えてないけど、父さんレスキュー隊だったらしくて。時空崩壊の余波で発生した土砂崩れの救助中に、2回目の土砂に呑み込まれて殉職したって……といっても、もともと家にいることがほとんど無い人だったから、僕にとってはいないことが当たり前だったっていうか。だから、母さんから死んだって聞かされた時も、悲しいって気持ちがどうしても起こらなかったなぁ……すみません。こんなこと、織斑君に言ってもしょうがないですよね」

「俺も一夏でいいですよ。まぁ、確かに親を亡くした人の気持ちって、いまいちわからないかな。俺、親いないから」

「え?」

今度は恭弥が予想外の答えを聞かされ、少し驚く。

 と、そこにバスが到着し、2人は会話を中断してそれに乗り込む。

 最後尾の座席に並んで座ると、大陸から得られたEOTの恩恵で生まれた高性能燃料電池バスは静かに走り出す。

「……さっきの話ですけど」

「はい?」

恭弥の呼びかけに、左手に広がる、現在は横浜基地の一部になっているフェンス越しの横浜港を眺めていた一夏は顔を向ける。

「一夏君は親がいないって、どういうことです?」

「あぁ。俺が物心つく前に蒸発しちゃって、ずっと歳の離れた姉と2人で暮らしてたんですよ。だから、両親のことなんにも覚えてないんです」

「そうだったんですか……なんか、すみません。変なこと訊いて」

「いいですよ。今更だし。だから、『いないことが当たり前の人』がいる人の気持ちなら、少しはわかるかな?……なんか変ですね。今の」

「確かに。いるんだかいないんだかわかんないや」

言ってみて可笑しくなり、2人は微笑みを浮かべる。

 

 横浜港を沿う様に走って数分後。

 バスは中華街近くのバス停に停まり、下車した恭弥と一夏は中華街を目指す。

「ところで、一夏君はお姉さんと二人暮らしだったって言ってましたけど、やっぱり大変だったんじゃないですか?(うち)は手当とかいろいろ出てたから、贅沢をしなければそんなでもなかったけど」

「いや、思ってるほど大変じゃなかったと思いますよ。姉の稼ぎがよかったから中古の一軒家に住めてたし、幼馴染みの両親とか近所の人たちが助けてくれたから、そんなに困ることもなかったし」

「そうなんですか?」

「俺としては、そんなふうに守られてばっかりなのが嫌で、中学の頃は家計の助けになればと思ってバイトしまくったこともあるけど、結局姉に食わせてもらってた感じだし」

「そうなんですか……勤労少年っているもんですね。僕なんかそんな発想もなかったな……」

「そんな立派なもんじゃないですよ。ただ俺がやりたくてやってたようなもんだし。それと、敬語はいいですよ。恭弥さんの方が年上なんだし」

「そうです……そう?それじゃあ……」

「……あ」

「どうしたの?」

「警護だけに、敬語はいらない」

「……」

(あぁ。やっぱり……)

沈黙する恭弥に、いつものことながら一夏は内心落ち込む。

 が、

「……フッ!」

「え?」

恭弥の口元に浮かんだ笑みに、一夏はハッとする。

「上手いこと言うな、一夏君は」

「ほ、本当ですか!?」

「ほ、本当に……」

真顔で迫ってくる一夏に、恭弥は思わずたじろぐ。

 と、

「よかったぁ!」

一夏は心の底から嬉しそうな声を上げる。

「あいつと光秋さん以外で俺のジョークをわかってくれる人がいるなんて!」

「素直に面白いと思うけど……周りからは評判悪いの?」

「言うと大抵白い目を向けられますよ。酷い時は先に言われちゃうし」

「そうなんだ。面白いと思うけどな……」

 そんな会話をしつつ、2人は中華街の通りに入る。

「それで、行きたい店って何処です?というか、あんなことの後でやってるんですか?」

「それについては心配ないよ。だって……」

質問に応じながら恭弥は視線を前に向け、一夏もそれを追う。

 目の前に伸びる通りにはちらほらと人が行きかい、左右に並ぶ店からは途切れることのないいい匂いが漂ってくる。

「そうみたいですね。にしても凄いな、ここは。ほんの4時間くらい前にすぐ近くで戦闘があったのに、どの店も普段通りに営業してるなんて」

「行きつけの店の店主が言ってたよ。『鬼が出たくらいでいちいち閉店してたら商売あがったりだ』って。戦時中も何度か際どいところまで攻められてもこんな感じだったから、良く言ってバイタリティ溢れる、悪く言って危機意識が低いってことなのかな?」

「なるほど。もっとも、俺の近所も似た様なもんだったかも」

そんなことを話しながら、恭弥が先導する形で2人は目的の店へ向かう。

 と、

(お前が、イヴの選んだ男か)

「え!?」

「?……どうしました?」

突然かけられた声に恭弥は辺りを見回し、一夏は不思議そうに問う。

「いや、今声が……」

 直後、

「!?」

キョロキョロしながら歩いていた為に、恭弥は前を歩く人にぶつかってしまう。

「あぁ!すいません。大丈夫ですか?」

「……大丈夫ではない」

静かだが激しい怒気を含んだ声で応じながら、ぶつかった人―灰色のパーカーに藍色のジーパンを着、豊かな金髪をポニーテールに結った10代始めくらいの白色系の少女は振り返り、

「まだ一口しか飲んでなかったんだぞ!どうしてくれる!」

怒鳴りながら両手で持った紙の器を突き出してくる。

「え!?……」

少女の行動に動揺しつつ、恭弥は少女の背後の路上に大きなシミが広がっているのを見る。

(あぁ。スープかなにかこぼしちゃったのか)「すみません。買って返します。どこの店です?」

「もうない」

「え?」

「1日50杯限定の最後の1杯だったんだぞ!楽しみにしていたのに…………」

怒りながらも、少女の目は段々と湿気を帯びてくる。

「えーっと……どうしよう一夏君」

「俺に訊かれても……」

狼狽した恭弥は一夏に問うものの、一夏も対応に困ってしまう。

 と、

「…………美味しいもの」

「え?」

「なにか他の美味しいものを奢れ!そうしたら許してやる!」

「は、はぁ……」

少女の要求に、恭弥は束の間思案する。

「じゃあ、僕たちが行こうとしてた店に行きますか?小さくて地味な店だけど、味は保証しますよ」

「美味しければいい。早く連れていけ」

「はい……というわけで一夏君、もう1人……」

「まぁ、仕方ないですね。行きましょう」

申し訳なさそうに言う恭弥に、一部始終を見ていた一夏は渋々合意し、不機嫌な少女を加えた一行は店への移動を再開する。

 しばらくして路地裏に入り、少し進むと、暖簾の掛かったこじんまりとした店が見えてくる。

「行きつけの店って、ここですか?」

「そう。母さんが仕事が遅くて帰れない日は、いつもここで食べてたよ」

一夏の問いに応じると、恭弥は玄関の引き戸を開ける。

「へいらっしゃぁい!て、恭弥か」

「どうも」

活気のある店主の挨拶に応じると、恭弥は2人を伴って店に入る。

 昼時を過ぎた所為か店には3人以外客はおらず、一行は近くのテーブルに座る。

「連れの2人は見ねぇ顔だが、恭弥の友達か?」

「いや、友達というか……」

「すぐそこで会ったばかりだ。私が買ったスープをこぼされたのでな。その弁償だ」

水を置きながら訊いてくる店主に、一夏が返事に困っている間に少女が棘のある回答をしてしまう。

「はは。そりゃあ嬢ちゃん災難だったな。いつものか?」

「はい。チンジャオロースー3つ。ご飯は……付けますか?」

「俺は付けます」

「私はいい」

恭弥の確認に、右隣に座る一夏と、向かいに座る少女はそれぞれ応じる。

「じゃあ、ご飯2つで」

「あいよぉ!」

 恭弥の注文に応じると店主は厨房に向かい、手際良く調理を始める。

「……すごいですねあのお爺さん」

壮年に差し掛かろうという歳格好でありながら片腕で中華鍋を豪快に振る姿を見て、一夏は感心した顔で呟く。

「俺の知り合いにも、かなり歳いってるけど元気に料理してる人がいますけど、あの人も負けてないな」

「そうなの?まぁ、あの人は僕が子供の頃からあんな感じだったけどね。食事のマナーもあの人に教わった様なものだし」

「俺もそんな感じですよ」

 一夏と恭弥が話している間に店主は料理を盛り付け、炊飯器からよそった白飯と共にテーブルに運んでくる。

「へい!チンジャオロースーお待ち!」

威勢のいい声で言いながら皿を並べると、すぐに厨房に引っ込んでしまう。

「おぉ!美味そう!いただきます」

「『美味そう』じゃなくて、美味いんだよ。いただきます」

「……いただきます」

一夏、恭弥、少女がそれぞれの反応を見せると、3人は割り箸を割って食事を始める。

 しばらくの間、3人は夢中でチンジャオロースーを食べ続け、特に恭弥と一夏は白飯に乗せたそれを頬張る様にいただく。

 と、

「……!」

恭弥はチンジャオロースーを摘む少女が、2人の食事風景を羨ましそうに見ていることに気付く。

「すみません。ご飯もう1杯」

「な!私は別に―」

「いいんですよ。僕の奢りですから。さっきのお詫びもあるし」

「……そ、それなら」

恭弥の言葉に渋々といった感じで応じつつも、少女の顔には明らかな喜びが浮かぶ。

(……なんか、可愛い子だな)

チンジャオロースーを口に運びながら、恭弥は微笑みを浮かべる。

「あいよ!お待ち!」

少しして少女の分の白飯も運ばれると、3人はチンジャオロースーと白飯の組み合わせを堪能する。

「「「ごちそうさまでした!」」」

 しばらくして満足した顔で完食すると、恭弥は少女に問う。

「どうでした?」

「うむ。小さくて地味な店だが、確かに味はよかった。さっきの件、許してやる」

「はは。ありがとうございます」

腕を組んで威厳を張りつつも無邪気に喜ぶ少女の姿に、恭弥は少し可笑しくなる。

「地味な店で悪かったな!」

「こいつが言ったのだ」

「恭弥ぁ!」

「味はいいって言ったでしょう!?勘弁してくださいよ……」

店主の一喝に縮こまりつつも、恭弥は3人分の会計を済ませる。

「もう変な宣伝すんじゃねぇぞ。したら水も出さねぇ」

「それだけは本当に勘弁してください」

店主の注意に真面目な顔で応じると、恭弥は店を出、2人もそれに続く。

「そうだ。俺自分の分出しますよ」

「いいよ。付き合ってもらったのはこっちなんだし」

「いや、そういう問題じゃありませんから」

「そう?じゃあ……」

恭弥が応じると、一夏は自分の分の代金を渡す。

 それが終わると、少女が少し照れた顔をする。

「その……こんな所にこんないい店があるなんて知らなかった。教えてくれて、その……ありがとう……」

「どういたしまして」

歯切れ悪く礼を言う少女の様子が尚更可笑しくて、恭弥はつい微笑んでしまう。

「中華街はよく利用するんですか?」

「いや。少し前に来たばかりだ。ただ、食べ物が美味しいから頻繁に来てはいる。大通りの店は全て制覇したぞ!」

一夏の問いに、少女は未発達な胸を張りながら答える。

「それじゃあダメですよ。こういう路地裏にこそいい店は隠れてるんだから。知る人ぞ知るっていうか」

「う、うむ……それは今回のことで学んだ。不覚だ」

恭弥の指摘に、少女は一気に威勢を失い俯いてしまう。

「今度はこうした所も回ってみてくださいよ。えっと……」

「アリア。アリア・アンダーソンだ。お前たちは?」

「僕は桂木恭弥。アリアちゃんか。いい名前だね」

「俺は織斑一夏。よろしくな、アリア」

「……」

「……さん」

睨みつける少女―アリアの痛い視線に、一夏はすぐに付け足す。

「うむ。恭弥に一夏だな。その……また会おう。運命ならば!」

 そう言うと、アリアは全速力で駆け出してしまう。

「……なんか、不思議な子でしたね」

「だね……」

遠くなっていくアリアの背中を、2人は微笑みながら見送る。

「それにしても一夏君、初対面の子をよく呼び捨てにできたね?」

「え?そうですか?俺は寧ろ、女の子をちゃん付けで呼べる恭弥さんがすごいと思いますけど」

「……君って、そういう奴なのか?」

「はぁ?なんのことです?」

「いや、いい……」

わからないという顔をする一夏に、恭弥は呆れながら思う。

(この人、加藤さんにも負けない天然だ)

 

 恭弥と一夏と別れ、しばらく走って別の路地裏の奥に入ると、アリアは壁にもたれかかって溜息を吐く。

「はぁ……」(シルフィードが現れたと聞けば、偵察の任は解かれたと同じ。ようやく私の本分に戻れる。その前の最後の楽しみのつもりだったのだが……)「『また会おう』などと言ってしまったな。この私が」

2人の顔、特に恭弥の顔を強く思い浮かべながら、アリアは自分が可笑しくなってしまう。

(可笑しな奴らだった……否、それは私もか)

 そんな感慨を打ち消す様に、横から冷や水の様な声がかけられる。

「今のお前に本来の役目が果たせるのか?」

「……どういう意味だ?」

突然の声に内心驚きつつも顔には出さず、アリアは声のした方―右側に顔を向ける。その表情には先ほどまでの歳相応の笑みなど無く、大きな使命を背負った人のそれだけがある。

 視線の先では、短い赤毛の男が仏頂面で腕を組んでアリアを見ている。歳は恭弥と同じくらいだろうか。黒いワイシャツに黒いズボンを着た体を壁に預け、視線だけを寄こしている。

「こちらにも情が移ったかと心配しただけだ。長い時間過ごしたからな。さっきの連中と飯を食っていた時も、表情が緩みまくっていたぞ」

赤毛からのの辛辣な言葉を、しかしアリアは顔色一つ変えずに応じる。

「見くびるな。私のあちらへの忠誠がその程度で揺らぐわけがない。まぁ、そんなことは無いとは思うが、仮にさっきの連中が出てきたとしても、我らの障害となるならば討つだけだ。私は、アリア・アンダーソン。誇り高き騎士の末裔なのだからな……故に、お前の“力”も貸してもらうぞ。ベネクティオ」

「……」

アリアの言葉に、『ベネクティオ』と呼ばれた男はなにも言わず、ただ静かに頷く。

 

 アリアの姿が見えなくなるまで見送ると、恭弥と一夏は横浜基地に戻る為にバス停へ向かう。

「そうだ、ちょっと訊いていいかな?」

「なんです?」

バス停で待つ間、恭弥は一夏にあることを問う。

「一夏君は、なんで連邦軍に入ったの?訳ありって言ってたけど、僕みたいに戦闘に巻き込まれて?」

「いや、そこまでじゃないですけど……詳しくは機密ってやつで話せないんですけどね。そうだな……とにかく面倒な事態に巻き込まれたと思ってください。それである機関に強制的に入れられて、ずっとそこで過ごしてたんです。まぁ、その時は話に付いていくので精一杯でそこまで頭が回らなかったけど、今思えばさらに面倒な事態から俺を保護するって意味もあったみたいですけどね」

「なんかざっくりだね。でもまぁ、大変だったってことはなんとなく伝わってきた」

「どうも……ただ、悪いことばかりじゃ無かったんですよ。離れ離れだった幼馴染みと再会できたし、新しい仲間もできたし。なにより、俺がずっとやりたいと思ってたことができるようになったし」

言いながら、一夏は右手首に巻かれている白い物―ガントレットを見る。

「やりたいと思ってたこと?」

「誰かを……否、仲間を守るってことです。行きのバスでも説明したけど、俺はずっと誰かに守られて生きてきたから。今度は、俺がみんなを守るんだって。その為の“力”はもらったから」

恭弥の問いに応じながら、一夏のガントレットに向ける視線に熱が籠ってくる。

「ま、上手くいってるかって言うと微妙なところですけどね。実際何度か死にかけたし」

「そ、そうなんだ……」(結構ハードな人生歩んでるんだな)

壮絶な内容を笑いながらあっさりと言う一夏に若干引きつつ、恭弥は思わず感心してしまう。

 と、ちょうどバスが到着し、2人は乗り込んで行き同様最後尾に座ると、一夏は話を再開する。

「……で、こっちに来る少し前に光秋さんと、その上司って言えばいいのかな?とにかく2人と会って、一緒に仕事しないかって誘われたんです。内容は俺がやりたいことと合ってたし、俺にはそういう“力”があるから、断る理由はないと思って引き受けて、それで今こうして光秋さんの部下やってるってわけです」

「なるほどね」

「あと付け加えるなら、報酬がよかったっていうのもありますけどね。これで少しは家計の足しになればいいけど」

「あ、結局そうなるか……」

最後に俗な動機を言われたことに脱力しつつも、恭弥は一夏が語ったことを思い返してみる。

(やりたいこと、か……)

 

 横浜基地に戻ると、一夏は携帯電話で光秋に連絡して今いる場所を確認し、恭弥と共にシルフィードと白が置かれている格納庫へ向かう。

 しばらく歩いて格納庫に着くと、

「光秋さーん!」

と、一夏は光秋に呼びかけ、片隅でシルフィードとクロイツリッターの調査風景を眺めていた光秋は振り返る。

「おぉ、お疲れ様。異常は無かったかな?」

「えぇ、一応。ちょっと通りかかった人と悶着がありましたけど、あとは問題ありません」

「悶着?」

一夏の報告に、光秋は訊き返し、恭弥が答える。

「僕がよそ見して前を歩いてた女の子にぶつかっちゃって、持ってたスープこぼしちゃったんですよ。そのお詫びに、行く予定だった店に一緒に行きました」

「なるほど。今後は気を付けてくださいよ……ところで、気持ちの整理はつきましたか?」

「あ、いや……」

光秋の問いに、恭弥は口籠ってしまう。

「まぁ、まだ時間はありますから。ゆっくり考えてください」

「はい……ところで加藤さん」

「はい?」

 そこで恭弥は真っ直ぐに光秋を見つめ、光秋も恭弥の雰囲気が変わったと感じる。

「加藤さんが連邦軍に入った理由、教えてくれませんか?参考までに。一夏君からはもう訊きました」

「僕の理由、か……」

 光秋は少し考えると、

「ここは少し賑やかだな。場所を変えましょう」

と、格納庫の外に向かって歩き出し、恭弥と一夏もそれに続く。

「そうだ一夏君。バレッタ付けっぱなし」

「あ!いけね!」

光秋に注意された一夏がバレッタをスーツにしまうと同時に一行は格納庫を出、調査の騒音が届かない辺りまで移動する。

 少し歩いた辺りで一行は止まり、光秋は腕を組んで遠くを見る目になる。

「僕がこの仕事、否、この手の仕事の大元を始めた理由は……どっちかというと今の桂木君に近いかもしれませんね。ただし僕の時はここまで大騒ぎではなかった気がするけど」

「僕に近い?」

「ある日突然面倒なことに巻き込まれて、知らない場所で1人で生きていかなきゃならなくなったんですよ。そんな時、軍というか、それに準じる組織にスカウトされて、食べていく為にそこに入ったんですよ。もちろんそれだけじゃなくて、自分が得た“力”を活かす為、人を助ける為ってのもありますけど」

「人を、助ける為……」

「その後いろいろあって、人を守りたいって強く思うようになった。今の仕事でも念頭にあるのはそれかな。自分の得た“力”を活かす為……否、ただ目の前にいる人たちを守りたくて“力”を使うと言うべきか。無論、僕1人の力なんてたかが知れてるから、こうして組織に入り、独自の部隊を作ってるってことなんですが……ちょっとキザでしたかね?」

言いながら、光秋は苦笑いを浮かべる。

「守る為、ですか……?」

言ってみて、恭弥の脳裏に言葉が浮かんでくる。

(「みんなを守りたいから、これ以上誰も死なせたくないから!」……今のは……)

思い出そうとする恭弥の横で、光秋はさらに続ける。

「ま、高額な報酬が欲しいっていうのもありますけどね。信念は大事だけど、背に腹は代えられないっていうか」

「あ、やっぱりそうなりますか……」

一夏と同じ締め方に、恭弥は再び脱力する。

 しかし一方で、一夏と光秋の理由を思い返してみる。

(「俺はずっと誰かに守られて生きてきたから。今度は、俺がみんなを守るんだって。その為の“力”はもらったから」。「自分の得た“力”を活かす為……否、ただ目の前にいる人たちを守りたくて“力”を使うと言うべきか」……守りたいから、“力”を使う……僕の“力”は……)

思いながら先ほどの格納庫を見、その中に納まるシルフィードを幻視する。

 と、

(「貴方は“力”を求めるの?」……!)

不意に銀髪の少女の言葉を思い出し、直後にシルフィードに乗る直前の記憶が鮮明に甦ってくる。

(「“力”を求めるの?」)

(「あぁ。奴らを……あの鎧たちを追い払えるなら!」)

(「それは何の為?破壊?支配?」)

(「どっちでもない。ただこの街を……みんなを守りたいから、これ以上誰も死なせたくないから!」)

(「………認めよう、貴方を。精霊は常に貴方を護り続ける。だから指し示せ、“光”を」)

(「はぁ?君、何言って………」)

(「常に希望は貴方のそばに………」)

(…………て違う違う!)

記憶の中のキスシーンに再び茫然となりながらも、恭弥はなんとか気を取り直す。

(守りたいから、“力”を求めた。そしてその“力”は僕にしか使えない、か……だったらさ)

 状況と、それ以上に気持ちの整理がついた途端、恭弥は清々しい気持ちを覚える。

 そして微笑みを浮かべて光秋を見る。

「加藤さん。もう1つ訊きたいことが」

「……なんです?」

先ほどまでと違う様子の恭弥に、光秋は興味のある目で応じる。

「軍人の給料ってどのくらいですか?」

「……やっぱりそうきますか」

「そうこなくちゃ、でしょ?」

真顔で訊いてくる恭弥に、光秋は悲しい様な、それ以上に嬉しい様な顔で応じ、一夏も微笑みながら続く。

「ですね。少し気に入りました……」

 それに返すと、光秋は上着から携帯電話を取り出して電卓を作動させる。

「まず基本給がこれくらい。君の場合は諸々の手当も付くから……」

言いながら、光秋は「0」がいくつも付く数字を次々と加算していき、合計額が徐々に上がっていく。

「概算ですが、1カ月でこんなところですかね」

(……今までの暮らしってなんだったんだろう?)

画面に表示された金額に、恭弥思わず笑ってしまう。

 そして、

「わかりました……母さんと4人で話したいんですが、いいですか?」

「わかりました。こっちです」

恭弥の頼みに短く応じると、光秋は先ほどの建物に歩き出し、すっきりした顔の恭弥と、彼に頼もしい視線を送る一夏がそれに続く。

 

 事情説明に使った部屋の前に着くと、光秋はノックしてドアを開け、先ほどと同じイスに座っている恭弥の母に呼びかける。

「奥さん。恭弥君からお話があるそうです。よろしいですか?」

「……はい」

なにかを察した顔で母が頷くと、光秋は恭弥と一夏を部屋に入れ、桂木親子とテーブルを挟んで向かい合い、後ろに一夏を控えさせる。

「それで恭弥君。話ってなんですか?」

「はい」

光秋の問いに、恭弥は落ち着いた様子で応じる。

「僕、連邦軍に、加藤さんたちの部隊に入ります」

 恭弥は光秋の目を見てはっきりと答えると、光秋は左手首の腕時計を見る。

「確認しますが、今は午後4時です。僕が指定した時間までまだ余裕がありますが、考え直す気はありますか?」

「ありません」

続く問いにも、恭弥ははっきりと答える。

「なんとなくですけど、加藤さんと一夏君の話を聞いて、僕がどうしたいのか見えてきた気がするんです。シルフィードは大きな“力”で、それを使えるのは僕だけ、そして、僕も守る為に“力”を求めたから。今知ってる所でそれができるのは、加藤さんたちの所しか無いから」

「……わかりました」

恭弥の静かだが力強い言葉に、光秋は静かに頷く。

「奥さんは、それでよろしいですか?」

「私は、この子がしたいようにさせてあげるだけです。子供を軍に預けることが不安じゃないと言えば嘘になりますけど……少なくとも、恭弥にここまでしてくれる……いえ、()()()()()()()()お二人のことは信じたいですから」

「……わかりました」

「……」

微笑みながら言う母に、光秋は深く頷き、一夏はなにかを噛み締める顔をする。

「……そうと決まれば、時間が惜しいですね。早速入隊手続きに入りましょう」

決心が着いた顔で言うや、光秋は席を立ち、恭弥たちを手招きして部屋を出る。

 それを追って歩きながら、恭弥は新しいことが始まる期待と、未知の世界へ踏み出す不安が入り混じった胸中に思う。

(これからどうなるのか、この判断が正しかったのか、それはまだわからないけど……こうなったら、力の限り守ってやる!)

その時だけは迷い無く断じると、前を行く光秋と一夏の背中を見据えるのだった。




 今回でようやくオリジナル主人公の足場が決まりました。
 これで次回からよりスパロボらしいシナリオを載せることができます。更新に時間がかかるかもしれませんが、気を長くしてお付き合いいただければと思います。

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