スーパーロボット大戦H/ハーメルン   作:一条 秋

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23 笑う黒い鬼姫、嗤う神官

 とある屋敷の、庭の片隅。

 

「……………」

 

 早朝、まだ辺りに朝靄が残るこの場所に人影が佇んでいる。

 薄い青色の髪に変わったメカが着いた民族衣装を纏った少年が、限界まで引き絞った矢を的目掛けて撃つ 。

 風切り音を鳴らした矢は吸い込まれるように的である巨岩に穿たれ、次の瞬間粉々に砕いた。

フウっと息をつき、次の矢をつがえた時、

 

「アレン!朝ごはんできたで~!!」

「え?もうそんな時間なの!」

 

 自分を呼ぶ声に、慌てて弓の握り手部分を強く握りしめる。するとガチャガチャと音を立てみるみるうちに一枚のカードになったそれを腰のカードホルダーへ入れ、少年――アレン・二―ティは大阪弁のような口調で自分を呼ぶ少女の元へ駆けていった。

 

 

 

 

「……【王都】へ戻るってずいぶん急なんですねアンジュ様」

 

 会話を交えながら、アレンは用意された朝食を口に運んでいく。

 テーブルを挟んで向かい合うのは先ほどの声の主――白い長髪が特徴の女性、アンジュ・オーガスティア。なにか不満を抱えているのか、その表情は朝から優れない。

 

「うむ、おそらく(くだん)の星……【テラン】で4年前に置かれた我らの拠点が20も破壊されたのに関する鬼神将(きしんしょう)会議だろう。幸い無人での派遣だったから人的被害はゼロや……それよりもや」

「う、うわあ?」

「二人っきりの時は我に『様』をつけるな!アレン・二ーティ・オーガスティア!!」

 

 朝食を食べ終えてひと息ついた頃を見計らって、アンジュはアレンを強引にベッドへ押し倒し、耳元でそっと呟く。

 もっとも、アレンとしては様づけで呼ばなければ他の鬼神将たちに示しがつかないという思いもあり、どうにか言い返しを試みる。

 

「で、でも……アンジュ様――」

「……ア・ン・ジ・ュ・や♪」

 

 しかしその言葉もすぐに遮られ、間近に迫ったアンジュの体から体温と呼吸が伝わってくる。白く長い髪から漂う甘い香でふわふわした感に捕らわれ、強く抱き締められながら呟かれては、アレンはもう諦めるしかない。

 

「う、アンジュ……」

 

 そんな気持ちを表すように呟き、顔を上げると、頬を赤くしたアンジュの笑顔があった。

 その表情でアレンを抱き締めてからしばし、ようやくアンジュは体を離す。

 

「く~アレン分補給完了や。これであの辛気くさい鬼神将会議に耐えれるわ」

「そんなに辛気臭いんですか鬼神将会議って」

「当たり前だ!毎回毎回軍備増強だの世継ぎは誰にするかに無駄な時間を消費するしかない会議など行く気もないわ!」

「ご、ごめんなさい……でもこの4年間会議に出なかったのは僕の怪我を診てたからですよね」

 

 ベッドに腰掛けてそう呟くアレンの肌には、いくつかの切り傷や火傷の痕が薄っすらと浮かんでおり、それを見てアンジュの顔が一瞬曇る。

 

「き、気にするでないアレン!それに……我は……」

『アンジュ・オーガスティア様、鬼神将会議の時間が迫っています』

「……わかった。すまんアレン我はこれからいかんとならん……」

 

 言いながら通信用のウィンドウを閉じると、アンジュはベッドから立ち上がってクローゼットを開き、取り出した服に着替えてその上に黒を基調とした甲冑を纏う。

 最後に白地に黒い6枚の翼が描かれたマントを羽織って翻すと、先ほどまであった少女の面影は消え、将としての顔を浮かべて転移ゲートへと向かう。

 が、すぐに立ち止まって振り返る。

 

「アレン、帰ってきたら我に久しぶりにあの美味しいのを作ってくれ」

「魚介たっぷりの鍋用意して待ってるよアンジュ」

「あ、ああ!!では行ってくる……アレン」

 

 笑顔でそう告げると、アンジュは目が眩むほどの光に呑み込まれる。

 それが【王都】へ向かう光景だと理解しているアレンは、特に表情を変えることなくアンジュを見送り、光が消えたのを見てから部屋の片づけを始める。

 

「アンジュ様と暮らすようになって4年経つんだね……」

 

 誰に言うでもなく呟くと、掃除機をオートで作動させ、アンジュ・オーガスティアと出会った日を思い出した。

 

 

 

 

(ん?こ……こ……は?)

(目が覚めたか?)

 

 記憶が混濁し、不思議な液体に包まれた自分の眼前に、白く長い髪の女の子が心配そうにポットの半透明の隔壁に手を当てて問いかけてきた。

 

(あなたは?)

(……我はアンジュ・オーガスティア……お前の名はなんだ?)

(僕の……名前……僕は……ウッ!)

 

 名前を思い出そうとした瞬間、何かが断片的に思い浮かぶ。

 眩い光、誰かに覆い被されて視界が真っ暗になる、何かが焼ける匂い、血の匂い、黒く焦げた車、そして……ソシテーー。

 

(ウウ!ウウアアアアア…………!?)

(ど、どうしたのだ!御典医殿早く来るんや!!)

 

 激しい頭痛に苦しみながらも、その奥からオーガスティアの声が聞こえた。

 それを最後に意識を手放し、次に目が覚めると病室と思しき部屋のベッドに寝かされていた。

 起き上がろうとして違和感に気づき、手を見ると、

 

(~~~~~)

 

白く長い髪の女の子が、自分の手を握りながら眠っているのが見えた。

 何故と思ったその時、少女はゆっくりと顔を上げ、しばらくぼーっとしていた目がみるみるうちに驚きに変わり、いきなり大粒の涙を流して泣き出した。

 

(よかった、よかったわ~。もし目ぇ覚まさんかったら我は、我は……あの者たちとの約束を……)

 

 最後の方は嗚咽に紛れてよく聞き取れなかったものの、泣きじゃくるオーガスティアを見て胸の奥で何かが痛んだ。

 

(あの、オーガスティア……さん?泣かないで)

(な、なんだ……我は泣いてなどな――え?な、何を!?)

(僕なら大丈夫だから……ね?)

(バカ者、傷はまだ癒えておらんのや……)

 

 なぜかわからないが、オーガスティアが涙を流すのを見るとすごく心が痛んだ。だから、傷が痛むのも関わらず、優しく抱き締めていた。

 昔自分が泣くと、誰かがこうして泣き止むまで抱いてくれていた気がする。だからこうしたのだろう。

 

 

 

 

 しばらくしてオーガスティアは泣き止んだ。しかし、もう一つの問題があった。

 

(記憶喪失?)

(おそらく心のどこかで思い出さないようにしているか、あるいは脳に重大な損傷を受けたかによるものかと。後者の方は検査結果から無いと判断します。外見からして9~10歳前後で、体力は信じられませんが我らに近いものを計測しました)

 

 診断結果をオウム返しするオーガスティアに、医者らしき者は事務的に応じていく。

 

(そうなんか……なら我がこの子の――アレン・二ーティの身元引き受け人になろう)

(あの、アレン・二ーティって?)

 

 自分が尋ねると、オーガスティアは少し顔を赤くしてそっぽを向きながら答える。

 

(ね、寝言で、『にぃてぃ……あ……れん……』って呟いておったからつけた名や……だから今日から『アレン・二ーティ』。我の名をつけて『アレン・二ーティ・オーガスティア』や!)

(アレン……二ーティ……でも何でオーガスティアさんの名前があるんで――グハ!)

(わ、我からそのようなことを聞くでない!……お前に姓を与えたのは、わ、我の伴侶になるのだからな…………)

 

 ボディに重い拳が決まり、あまりの痛みに自分――アレンの意識は一気に遠退く。気絶する寸前、オーガスティアが顔を赤くしながら何ごとか呟いたが、あまりの小声に消え入る意識では聞き取れなかった。

 

 

 

 

「…………記憶がない僕の身元を引き取ってくれて、自分の姓を与えてくれたアンジュ様には返しきれないほどの事をしてもらった。僕はアンジュ様にいつか恩返ししなきゃいけないな……」

 

 記憶の旅から戻ってきてそう呟くと、アレンは台所に立ち、鍋の用意を始めた。

 

 

 

 

 同じ頃、王都にある鬼神将執務室では。

 

「なんなんやあの決議は!――しろやと!!」

 

 先ほどまで開かれていた鬼神将会議の結果に、アンジュが声を荒げて立腹していた。

 

「お、落ち着きなよアンジュ~」

「そうですよ、何もすべて――しろって意味じゃないです。私たちと…………の状況は刻一刻と悪化してるのですよ?」

 

 それを鎮めるのは、水色の長い髪が特徴の少女――ライカ・ヴァッサー・フェルデと、金色の長い髪が特徴の少女――セイジュ・ゴザ・ガベィラスッルヌ。どちらもアンジュの親友であり、付き合いの長い幼なじみである。

 

「わかっとる……でもあのやり方は『アイツら』と同じや!!」

 

 もっとも、アンジュの怒りは簡単には収まらず、ダンッと机を叩いて怒気を発散している。

 その様子からライカとセイジュは、先ほど出た決議が余程気に食わないものだったことを察する。

 

「でもさ、あの白い巨神……ムモムモッアローがボクたちの拠点でガ・ロズ、ガ・ナー、ガ・オを叩き潰す姿を見たら仕方ないよアンジュ」

「あの白い巨神は私達の星『オルガス』に伝わるムモムモッアロー、キィンツアロー、ウルスムツアロー、スーシイジュウ、オーディアスの内一体と酷似しています」

 

 それでもどうにか落ち着かせようとライカが声をかける傍ら、セイジュは手元の球体を操作して空中に映像を映し出す。そこにはモモタロウが鬼の機動兵器群を蹴り、砕き、殴り潰し、切り裂く光景が映っており、鬼たちの装甲やオイルが撒き散らされる度に、3人は体を震わせた。

 

「……ですがまだ一体しか目覚めてない今の内に倒せば……()()()()の件もありますし」

「!それやっ!」

 

 セイジュの呟きに、アンジュは我が意を得たとばかりに声を上げる。

 ちょうど映像にもちらほら映り出した、どこからともなく現れては鬼に助力する謎の機動兵器群。コレらの正体と真意を確かめるべきというのも今回の議題に挙がっていたのだ。

 そしてアンジュにとって、コレらは厚意的に映っていた。

 

「なら我が行く。今から第二次テラン派遣軍へ参加申請を出してくる!そしてこの義勇の軍勢と正式に手を組み、あの白い巨神を倒してくる!!」

 

 言うやアンジュは席を立ち、そのまま部屋から出ていく。

 それを見送りながら、ライカとセイジュは溜め息をついた。

 

「ねぇねぇ、アンジュったら何でテランへ肩入れするのかな?それもわけわかんない連中当てにしてまで。やっぱり4年前の『テラン人調査作戦』の時、命令違反して連れてきたテラン人の子……」

「ライカ、あまりここでソレをしゃべったらいけません……この4年間、会議への招集を拒否し続けたせいでアンジュの立場は危ういんですよ?」

「あ、そうだった……それからだよね。アンジュが丸くなったのってさ~」

「……そうですね。『黒翼の殲滅姫』『漆黒の恐怖』アンジュ・オーガスティアの心を変えさせたテラン人の少年……会ってみたいですね」

「そうだね~」

 

 互いに笑みを浮かべて語り合うと、しばらくしてライカとセイジュもアンジュの執務室を後にした。

 

 

 

 

「ただいまや~」

「あ、お帰りアンジュさ……アンジュ……今日はとびっきりいいお魚が手に入ったから刺身もあるよ」

「刺身!食べる!!刺身は我の大好物なんや~!!」

 

 帰宅するや迎えてくれたアレンに応じると、アンジュは着ていた服を素早く脱いで私服に着替え、アレンと共に食卓に着く。

 

「「いただきます!」」

 

 2人で手を合わせるや箸をとり、鍋のふたを開ける。いい匂いが鼻をくすぐり食欲を掻き立てる中、碗に具を入れて冷ましながら口へ運ぶ。

 具から染み出た味がすうっと口に染み渡り喉を通る。

 

(はぁ、この鍋はいつ食べても美味しい……)

 

 4年前に意識を取り戻したはいいが記憶喪失となったアレンが唯一思い出したのは、この鍋料理と弓術だけだった。元来偏食気味だったアンジュを見かねてさまざまな工夫がしてあるのだろう。食べる度に幸せな気分になる。

 初めてこんな温かい食事を食べた時、思わず涙を流してしまったアンジュを、アレンは慌てて慰めてくれた。以来家族のいないアンジュにとって、そんなアレンの暖かさは大事なものになっていった。

 だからこそ、アレンが記憶を取り戻すことを心のどこかで常に恐れている。

 

(そうなったら今の生活は砕け、アレンは我に…………)

「どうしたんですアンジュ?今日のご飯美味しくなかったですか?」

「い、いや美味しいぞ!いつもより数倍美味しいぞ!!」

 

 知らぬ間に不安が顔に出ていたらしい。アンジュは誤魔化すように箸を乱舞させて具を口に運ぶ。そんなアンジュをじーっと見ていたアレンも少しして食事を再開し、やがて鍋を完食すると、後は風呂に入るだけになる。

 

「アレン~、先にお風呂入ってきいや~」

「は~い……でも前みたいにいきなり入って来ないでね」

「そ、そんなこと我がするわけないやろ!」

「……絶対に入ってこないでよ……」

 

 念押しして浴場へ向かうアレンを見送ってしばし、アンジュは“アレ”に着替えると、予め仕掛けておいた転送式を起動させる。

 

(さてアレン、今日こそ我が隅から隅まで……フフフフフ……アハハハハハハハ~!!)

 

 

 

 

「ウ!なんかやな予感が……まさかね」

 

 得体の知れない悪寒を感じたのも一瞬、広すぎる湯舟に体を浸けながら、アレンは薄っすらと浮かんだ火傷や切り傷の痕を眺める。

 意識が戻ってからの4年間、オーガスティアは自分と一緒に暮らしながら、リハビリにずっと付き合ってくれた。

 もっとも、風呂の時間だけは嫌なものだった。はじめの頃は体があまり動かなかったので仕方なかったのだが、『あそこ』まで洗おうとするので必死に抵抗したのは今でも覚えている。

 

(あの時のオーガスティアさんの目は、翡翠色の瞳を爛々と輝かせていたからスゴく怖かったなぁ……)

 

 などと考えた刹那、背後に気配を感じ、振り返ったその時、

 

「フッフ~つ~かま~えた♪」

 

 光と共に面積が少ない水縞柄の紐水着を着たアンジュが突如現れ、満面の笑顔で抱きついてきた。

 

「ア、アンジュさんッ!?は、はなしてください?当たってますから!?」

「何が当たってんや~?」

「そ、その……む、む、」

 

――胸が当たってる、と言おうとするものの、先が言えない。言おうとするとさらに頭を胸に押し付けられて挟まれる。

 

「なあアレン、あの日アレンが目ぇ覚ました日に泣いた我を抱き締めてくれたやろ……我ら『オルガス』の女にとって男からされるアレはな……『婚姻』を意味するんや」

ふぐ!ふぐううう(こ、婚姻)!?」

 

 くぐもった声で言いながら未だに暴れもがくアレンを、アンジュは再び抱きしめて呟く。

 

「つ、つまりや……アレンと我は……もう夫婦になっとるわけや……やからな……その……アレン?」

「キュウウウウウ~」

 

 そこで違和感に気づいて腕の中を見ると、アレンが鼻から滝のように血を流して朦朧としていた。

 そんな様子にアンジュは、以前にもこんなふうに風呂に乱入して鼻血を出させてしまったことを思い出して苦笑いを浮かべながら、そっとアレンを抱き上げる。

 4年前は筋肉のあまりなかった体が、今はがっしりとしている。あの頃は自分が肩を貸さなければキッチンに立てなかったのが、今では一人でしっかりと立って主夫をこなしながら、弓の練習にも精を出している姿を見て、アンジュは胸が熱くなる日々を過ごした。

 4年ぶりにアレンを寝間着に着替えさせ、寝室に運んで寝かせると、アンジュはその隣にスルッともぐりこんでアレンの頭を自分の胸に乗せた。

 そうして暖かい(ぬく)もりと心地よい鼓動を感じながらいつの間にか眠ったアンジュは、久しぶりに『あの日』の夢を見た。

 そして次の日の朝、目を覚ますと横で寝ているアレンが鼻血を出して気絶していた。

 

「……この分やとアレンにいつあげれるかわからんやないか。まぁ気長にまつか……我の愛しき夫よ」

 

 そう呟き、頬へ軽くキスすると、アンジュは再び眠りについた。

 

 

 

 

 荒野の只中で、鋼鉄の巨人2体が剣による斬り合いを演じている。

 崩れかけたビルが乱立する市街地で、物陰から放たれた銃撃に巨人が蜂の巣にされる。

 晴天の空の中を、撃ち合いを繰り広げる巨人たちの一団が縦横無尽に舞う。

 それら――現在地球上の各地で行われている戦闘の様子を映し出す水晶玉を眺めながら、グリムは頬杖をついて思案にふけっていた。

 

「…………さて、そろそろ動く頃かな」

 

 大陸と思しき荒野を背景に、ホバークラフトを備えた下半身が特徴のHMMAS――紛争抑止委員会の主力機・ロトスの一団が次々と撃破されていく光景が水晶玉に映し出される。

 それを眺めながら不意に呟くと、グリムはここ最近の定位置たる円卓から立ち上がり、なにか楽しいことが待ち構えているような微笑みを浮かべてこの場を後にした。

 

 

 

 

 スラムで白い新型PDとの交戦が行われた数日後。

 

「ユリンか。もう立ち歩いて大丈夫なのか?」

「大丈夫……」

 

 DC残党拠点の廊下で、ジークとユリンが鉢合わせた。

 ユリンは今、頭などところどころに包帯を巻いて点滴を受けているが、それでも立ち歩いても大丈夫なくらいには回復していた。

 

「特に理由がないなら寝ておけよ。後に響いたら困る」

「じゃあ、相談に乗ってくれる……?」

「お、おう。分かった」

「じゃあ部屋で話そう……」

 

 唐突な誘いにジークが頷くと、2人はユリンの部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

「で、相談って何だ?」

 

 あの後ユリンの部屋で、ユリンはベッドに横たわり、ジークは近くの椅子に座っていた。

 

「アンタレスに……空間を捻じ曲げたりとか……そんな機能はあったっけ……」

「いやいや、あるわけねぇだろ……あったら強過ぎるだろ」

 

 ユリンのあり得ないような質問に、ジークは完全否定を示す。いかにEOTによって科学技術が飛躍的に向上し、数年前までの空想が次々と現実になっている現在であっても、5メートルにも満たない旧式機動兵器にそんな大規模な機能を搭載するなどやはり無理があるだろう。だからユリンにとっても、ジークの返答は当然といえた。

 

「……希望的観測で言ったけどやっぱりないか……」

「あれのことか?あの戦いの」

「うん……アンタレス以外であの力の出処があるとしたら……私の身体しかない……もしそうだとしたら……私は人間なのかな……」

 

 そう、ユリンは不安そうにジークに問いかけた。

 

「人間じゃないのか?仮にどんな力があろうと、お前は悲しい事があれば涙も流すし、傷付けば血も流れる。それに、そんな事を不安に思う気持ちがあるならそれは人間なんじゃないか?」

「ありがと……ちょっと気が楽になったよ……」

 

 ユリンはうっすらと微笑みながら、ジークに言った。

 

「……手、握って欲しい……寝付くまでお願い……」

「ど、どうしたんだ?」

「……私だってたまには甘えたくなるの……おかしい……?」

「いや、おかしくない……」

 

 ユリンの頼みを聞くと、ジークはそう答えてそっとその手を握った。

 

「ありがと……」

 

 そう呟くと、ユリンはそっと目を閉じた。

 

(……結局はただの女の子ってことか……あの戦いのせいで自分が怖くなったのかもな……)

 

 そう考えながら、ジークはユリンの頭を優しく撫でた。そうこうしているうちに、ユリンは深い眠りについていた。そして、

 

「これは……日記か?」

 

ジークは、ベッドの横に置いてあった日記帳を見つけ、少し開いて目を通した。

 

「……まったく……まるで書けてないじゃねぇか……まぁ仕方ないか……」

 

 それを見て少し笑うと、ジークは日記帳を元に戻して部屋を後にした。

 

 

 

 

 紛争抑止委員会のEOT採掘基地強襲、および時空崩壊から現れた謎の特機と連邦軍との交戦によって、死神の乗機――HMMAS・タナトスは外から見てもわかるほどの多大な損傷を負うこととなった。

 必然、所属する輸送機・ホーネットに帰還後は連日に渡る整備が行われたものの、修理主任のラドリーが当初1ヶ月と診立てた通り、未だ全快には程遠い状態だった。

 ホーネットの乗員たちが時空崩壊に遭遇したのは、まさにそんな時だった。

 雲一つない青空に空いた赤い穴からは無数の岩が降り注ぎ、ちょうどその下を飛行していたホーネットはまともに呑み込まれてしまう。

 

「総員、何かにつかまってください!落下物の回避に揺れ――っ!!」

「このッ!次から次へと……!」

 

 落ちてくる岩を避けようと機体が激しく揺れる中、オペレーターのミシェルは座席にしがみつくようにして機内への注意を促し、それでも機体を掠っていく岩々に機長のジャスミン・ジャスコビッツは苛立った声を漏らす。

 そして、

 

「!やっちまった!左翼のエンジンが停止、高度を維持できない!」

 

ジャスミンが言う間にも、ホーネットは機首を少しずつ下へ傾け、高度が徐々に下がっていく。

 

「2時の方向に開けた土地があります。あそこなら」

「よし、軟着陸する。機内放送頼む」

 

 ミシェルの示した方向へ操縦桿を向けると、ジャスミンはどうにか機体を安定させ、少しずつ減速しながら地上へ近づいていく。

 そして、

 

「着陸します。総員衝撃に備えて!」

 

ミシェルが機内へ呼びかけた直後、これまで以上の激震がホーネットを襲い、ミシェルやジャスミンをはじめ、機内にいる全員がその場に留まるだけで精一杯になる。

 そして、軟着陸から1分後。

 

「…………どうにか、生きてるみたいだな……」

「えぇ……時空崩壊も収まりつつあるようですし……各ブロック、被害状況を報告してください」

 

 自分が生きていることにジャスミンが安堵の息を漏らす傍ら、降ってくる岩の量が減りつつあることを確認したミシェルは、すぐに機内各所へ呼びかける。

 しかし一瞬後、機内に再び緊張が走る。

 

「!レーダーに感あり。時空崩壊からまだ何か来ますっ」

 

 手元のモニターを見てミシェルが告げたその時、徐々に塞がりつつあった穴から3つの影が吐き出される。

 

「アレは…………機動兵器か……?」

「そうみたいですね。一応人型ですし……でも、あんな型の機体なんてありましたっけ……?」

 

 その様子を眺めていたジャスミンとミシェルが顔を見合わせる間にも、時空崩壊から現れた影たちはそれぞれ推進器を噴かし、勢いを()ぎながら太陽が照りつける荒野に着地していった。

 

 

 

 

 前後不覚に陥りそうな激痛の後、不意に感じた浮遊感に、レイゼン・ハウゼンは脊髄反射で足元のペダルを踏みしめた。

 それに合わせてレイゼンが乗り込んでいる20メートル級の人型機動兵器――全体的に紫を基調とした重厚な体躯と、末広がりの脚部、十字型のモノアイ軌道を備えた頭部が特徴のモビルスーツ・ドム・トローペンの背部と足裏の推進器が勢いよく噴射し、落下の加速を殺ぎつつ殺風景な荒野の只中に無事着地する。

 

「ここは……!」

 

 鈍痛の治まらない頭に手を添えつつモニター越しに周囲を見回すと、すぐ近くに見慣れた2種類のモビルスーツを見付ける。左肩に逆L字状のシールド、左肩に棘の付いたアーマーを装備した緑を基調とした機体――ザクⅡJ型と、全体的に同じ意趣を備えながらも両肩に棘付きアーマーを備えた青を基調とした機体――グフ・カスタムだ。

 瞬間、レイゼンは2機に通信を繋ぐ。

 

「アウラ、グレックリー、聞こえるかっ?無事か!?」

『……あぁ。よく聞こえるぜ。無事かどうかは微妙だけどな……』

『こっちも同じく。頭痛い…………』

 

 数秒の沈黙の後、若干の苦悶を含んだ男と女の声がスピーカーから返ってくる。男の方はグフ・カスタムのパイロット――グレックリー・ベン、女の方はザクのパイロット――アウラ・ドレインバーグス。どちらもレイゼンのパイロット仲間だ。

 

『にしても、ここは何処だ?アイアン・フィストの近く……じゃないよな……?』

「あぁ。あそこも周囲は荒野だが、こんな景色は知らないぞ」

 

 グフ・カスタムの頭部をキョロキョロさせながら呟くグレックリーに、レイゼンは今の故郷とその周辺の記憶を思い出しながら首肯を返す。

 

「それに…………ウォルター大尉の姿も見えない……」

 

 加えて自分も含め、ここにいる全員にとって欠かせない人物の不在に、年甲斐もなく不安を覚える。

 と、

 

『ね、アレ何?』

「?」

 

言いながらアウラのザクが前方を指さし、それを目で追ったレイゼンは、遠くに1つの影を捉える。

 

「……飛行機…………輸送機か?墜落したのか……?」

 

 望遠映像に映し出された形から推測を呟いていると、影からまたべつの小振りな影が現れた。

 

 

 

 

「…………あの一つ目たち、どう見てもこっちに注目してるよな……」

「えぇ…………」

 

 窓越しに前方数キロ先に佇む機動兵器たちを見据えながら呟くジャスミンに、ミシェルも不安と緊張を浮かべた顔で頷く。

 

「先日の特機の件もありますし、時空崩壊から出てきた機動兵器には一層の警戒が必要でしょう。可能なら関わるべきではない。しかし逃げようにも、エンジンを修理しないことにはそれも叶わない。少なくとも、今すぐホーネットで移動することはできない…………」

 

 各所から挙がってきた報告を踏まえつつ、ミシェルは現状を整理するが、言葉を重ねるごとに顔色は悪くなっていく。

 

「となると、あとは…………」

 

 その思考は、現状のホーネットがとれる唯一の、そしてミシェルにとっては最悪の選択肢を導くことになる。

 

 

(でも、このままではホーネットのみんなが…………)

 

 そう思ったのも数瞬のことで、通信を格納庫に繋ぐと、重い口を動かして今告げるべきことを告げる。

 

「ブリッジより格納庫へ…………タナトスの出撃準備をお願いします」

 

 

 

 

 出し抜けに流れた指示を聞くや、ラドリーは目を鋭くして近くの備え付けの通信機に駆け寄っていた。

 

「おい、ミシェル!今ので頭でもぶつけたんじゃないのか!?進捗状況はちゃんと報告しているだろう。まだタナトスは出せる状態じゃない!」

『承知しています』

 

 自身の吹き込んだ怒鳴り声に、ミシェルの苦悶を含んだ声が返ってくる。

 

『しかし相手の出方がわからない以上、こちらも何らかの示威行為をしなければなりません。その上で私が様子を窺うので、みなさんはその間に左翼のエンジンを修理してください』

「…………」

 

 その思惑を告げられて、ラドリーは言葉に詰まってしまう。

 

「…………わかった」

 

 それでもどうにか返答の言葉を絞り出すと、格納庫全体に向けて呼びかける。

 

「タナトス出撃!それと同時に整備員は全て左翼エンジンの修理に向かう。準備にかかれっ!」

 

 整備主任の号令に、格納庫のあちこちから工具や予備の部品を取りそろえる音が響き出した。

 

 

 

 

 飛び込むようにタナトスのコクピットに収まった死神は、慣れた手つきで素早く機体を起動させる。

 次々とモニターが点っていく中、明るくなり始めたコクピットにミシェルの声が響く。

 

『作戦内容を説明します』

 

 出撃前の聞き慣れた言葉だが、今日のそれは今まで聞いた中で一番苦悶に満ちていた。

 

『現在ホーネットは墜落中。正面に時空崩壊から現れた未確認機3機が展開しています』

 

 言葉に合わせてモニターの1つにホーネットを示す黒い大きな点と、その上に未確認機を示す赤い点が3つ表示される。

 

『タナトスは後部ハッチから出撃後、ホーネットと未確認機の間に移動。私が対話を試みるので、3機に対して威嚇をお願いします。今回の目的は、左翼エンジンが直るまでの時間稼ぎです。機体の方も万全には程遠い状態です。万が一向こうが戦闘の意思を見せた場合はやむを得ませんが、くれぐれも無茶はしないでくださいね』

 

 機体稼働音が耳に響く。それは言うなれば、レース前のアイドリング。しかし今回のそれは、いつもに比べてずっと弱々しく、機体の不調を端的に物語っていた。

 

『作戦開始!タナトス、出撃してください!』

 

 それでも、死神は行かねばならない。弱い者は喰われる、それが大陸の摂理であり、抗うには行動するしかないから。

 ブースターの助力を得られない重装甲機が、自らの体を引きずるように日の下にその姿を見せた。

 

 

 

 

 輸送機らしきのもから現れた影――全長10メートルほどの黒い人型が自分たちと輸送機の間に佇むと、拡声された女の声が響き渡る。

 

『正面の機動兵器3機、聞こえますか?こちらは傭兵団ホーネット。私はオペレーターのミシェル・レイクです。そちらの所属と名前を教えてください』

「女の声……?それに、傭兵だと?」

 

 状況がまるでわからない中、出し抜けに与えられた情報に困惑しつつも、レイゼンはアウラ機とグレックリー機に目配せする。

 

『すぐにやり合おうって感じじゃなさそうだな。どうする?こっちも名乗っとくか』

「……そう思わせて、こっちの油断を誘ってるのかもしれないぞ?あの小さいモビルスーツみたいなの、見た目以上に厄介そうな気がする」

 

 人柄通りの呑気さで提案するグレックリーに対し、レイゼンは慎重な面持ちで黒い人型を見据える。実際指摘したように、ソレが装備する右手のバズーカと左手のガトリングガンは、倍近い体躯を誇るモビルスーツにとっても脅威と感じられた。

 

「……アウラはどう思う?」

 

 その上で、アウラに話を振る。

 

『…………少なくとも敵意は感じない……かな?私たちだって状況がわからないんだ。相手が一応の話し合いを求めてきたんなら、応じてみるのもいいんじゃない?』

「…………一理あるな」

 

 状況がわからないという指摘も含め、実質賛成2票に素直に頷くと、レイゼンは自機を1歩前進させる。

 

「なら、コンタクトは俺がとる。この中で一番頑丈なのは俺のドムだからな。2人はもしもに備えて待機を」

『了解。一つ頼むわ』

『気をつけて……』

 

 グレックリーとアウラの声を聞くと、レイゼンはペダルを深く踏み、円錐状の脚部に内蔵された熱核ジェットエンジンが唸りを上げて機体を地面から数センチ浮かび上がらせる。

 枯れた大地を氷の上を滑るように数キロ進むと機体を止め、モニター越しに輸送機――ホーネットを見据え、いの一番の懸案を拡声器に告げる。

 

「ホーネットとやら。こちらはアイアン・フィストの用心棒、レイゼン・ハウゼンだ。こちらからも確認するが、貴官等は地球連邦軍の関係者か?」

『……地球連邦軍をご存知なのですか?時空崩壊から出てきたというのに?』

「……ジクウホウカイ……?」

 

 予想外の展開に困惑しているような相手の反応と、その直後に出てきた聞き慣れない単語に、こちらまで動揺しそうになる。

 ホーネットの付近に轟音と共に砂煙が上がったのは、その時だった。

 

『『「!?」』』

 

 アイアン・フィスト一行をはじめ、ホーネットのクルーたちも出し抜けの攻撃的な音に驚愕する中、レイゼンはドムの頭部で周囲を走査し、荒野の中に小さな影をいくつか捉える。

 望遠映像に映し出されたのは、地面から数十メートルほどの所に滞空する両肩に筒状のものを備えた細見の機体と、その左右に浮かぶ航空機に手足が生えたような機体が2機、それらの下に鎮座する二脚式の砲台が1つだった。

 察するに、今のは砲台による砲撃だったのだろう。

 その間にも砲台は向きを変え、動く気配のないホーネットへ狙いを定める。

 直後にタナトスのバズーカが足元に撃ち込まれ、放たれた砲弾はホーネットの機首すれすれを掠っていった。

 

「……狙われている……のか…………?」

 

 唐突な事態の連続に処理が追い付かず、レイゼンはいよいよ頭を抱えた。

 

 

 

 

 2度にわたる砲撃未遂に見舞われたホーネットの機内では、ただでさえ未知の相手とのコンタクトというデリケートな役目を担っていたミシェルが、いよいよその忍耐力を超えて頭を抱えていた。

 

「このタイミングでどうして……相手はAMが4機……DCの残党でしょうか?」

「機体だけ見ればね。でも何でDCが私たちを狙うんだ?大陸遠征隊との決戦では協力してやったじゃないか!」

 

 誰に言うでもない愚痴を溢しながらも状況確認を行うミシェルに、ジャスミンは不義理への怒りを露わにする。

 

「所詮、私たちは傭兵ですからね。状況が変わればかつての雇い主と対立するのも普通のことです。それと、噂で聞いたことがあります。連邦軍の攻撃で大陸の本部を失ったDCは、その大部分が投降することなく大陸外へ脱出したそうですが、一部はそれに間に合わず大陸に取り残されたと。そして、大陸内で独自に残党狩りを行っている白虎帝国から逃れるため、それ以外の勢力に必死に取り入ろうとしていると」

「あぁ、確かに。白虎帝国の反DC感情は凄まじいからな……」

 

 言われてジャスミンは、以前立ち寄った集落で見かけた住人たちのDCに対する強い反感を思い出す。自分たちが「国土」と主張する大陸に勝手に本部を設け、強大な軍事力を背景に反抗分子を黙らせていたDCは、独自の国を興そうとしている白虎帝国の人々にとって憎き侵略者以外の何者でもなかったのだ。

 

「……なるほど。その為の実績作りってことじゃ、確かにウチの死神は狙い甲斐があるだろうね」

「ただでさえ戦闘に耐えられるコンディションじゃないっていうのに……ラドリー。修理の方はどうですか?」

 

 苦々しい顔で頷くジャスミンの横で、ミシェルは焦りの声で通信機に問いかける。

 

『目途はついたが、どんなに急いでもあと3分はかかるぞ』

「っ…………」

 

 返ってきた無慈悲な返答に、いよいよどうしていいかわからなくなったミシェルは血が出る勢いで唇を噛み締める。

 その間にも、遠くから様子を窺っていたガーリオンと2機のリオンが急速に距離を詰め、3機の後ろに陣取った二脚式砲台――バレリオンの砲口の角度が再び調整される。

 刹那、バレリオンの付近に砲弾が撃ち込まれ、直後に放たれた砲撃の狙いが再度逸れる。

 

「!?」

 

 タナトスとは違う方向から放たれた攻撃を目で辿ったミシェルは、その先に機動兵器サイズの大振りなバズーカを構えた青い機体を捉える。

 と、先ほどレイゼンと名乗った男の拡声が聞こえてくる。

 

『ホーネット、聞こえるか?我々はこれより貴官らを援護する』

 

 そう告げる間にも、乗機たる重量機に持たせたマシンガンを撃って迫っていたガーリオンたちを牽制している。

 

「援護……ですか?」

 

 ファースト・コンタクトも曖昧なまま終わってからの一方的な申し出に、ミシェルは思わず目を丸くする。

 

『状況からして、あのモビルスーツモドキはお前たちにとって敵なんだろう。なら、俺たちはその迎撃に協力する。代わりに、そちらは“ここ”に関する情報の提供と、安全圏までの空輸をお願いしたい。俺たちとて、こんな訳のわからない場所で終わるわけにはいかないんだっ』

 

 半ば自分に言い聞かせるように告げた直後、リオンの1機がレールガンで反撃し、脚部のホバーを唸らせたレイゼン機はそれをギリギリでかわす。

 その横では緑の機体がマシンガンを掃射してもう1機のリオンとガーリオンを牽制し、青い機体がバズーカを撃ち込んでいる。もっとも、空を自在に飛び回るAMにはそうそう当たるものではなく、それでも青い機体は諦めずにバズーカを撃ち続ける。

 

「…………」

 

 一連の光景に、ミシェルはレイゼンの言葉が――それ以上に、彼らの『ここで終われない』という意志が本物であると理解し、しばしの逡巡の後、マイクを近づけた口を開く。

 

「了解しました。では、全機通信をオープン・チャンネルに合わせてください。以後のやり取りはそちらで行います」

 

 言ってすぐ、今度はバレリオンへの砲撃妨害を続けるタナトスを見やる。

 

「ホーネットよりタナトスへ。これより彼ら――アイアン・フィストとの共同戦線を展開、襲撃者を迎撃します」

 

 

 

 

 ミシェルの指示通りに通信をオープン・チャンネルに合わせたレイゼンは、直後に黒い小型機――タナトスへの共闘報告を耳にする。

 

(これでこちらの意志はまとまった。後はどう乗り切るかだが……)

 

 その間にも乗機たるドム・トローペンを縦横に走らせてリオン(青い機体)から放たれるレールガンを回避し、現状唯一の手持ち火器であるMMP-80マシンガンを撃ち返す。

 が、予備弾倉も満足にない中、ろくな手傷も負わせられずに少しずつ弾を消費していくことに、内心焦りを感じていた。

 そんな時、

 

『だぁー!焦れってぇ!』

 

通信からグレックリーの叫びが聞こえたかと思うと、次の瞬間には乗機のグフ・カスタムが持っていたジャイアント・バズを放り捨て、もう1機のリオン目掛けて飛び立った。

 背部と脚部の推進器から勢いよく炎を噴き上げて上昇するものの、リオンもさらに高度を上げ、結局両機の間合いは多少縮まった程度で終わる。それでもと言わんばかりにグレックリー機は右腕をリオンに伸ばし、直後にその手首からワイヤーが射出される。

 その先端がリオンの左脚部に接触した刹那、

 

『喰らえッ!』

 

グレックリーの叫びと共にワイヤーを伝って高圧電流が流し込まれ、機能を停止したリオンは木の葉のように地上に落下し、乾いた大地に墜落して四散する。

 

(ようやく1機か――!)

 

 リオンの残骸を一見したのも束の間、鳴り響いた警報にレイゼンは咄嗟に右に回避し、すぐ横をバレリオン(二脚式砲台)から放たれた大口径弾が掠っていく。

 直後に警報が鳴り響き、見上げるとガーリオン(細身の機体)がそれまで腰に提げていた銃器型の装備をこちらに向けていた。

 

(間に合わんっ!)

 

 直感に舌打ちした刹那、別の方向から飛んできた大口径弾にガーリオンは慌てて回避運動をとり、その間に距離をとったレイゼンは上空にバズーカを向けるタナトスを捉える。

 

「すまない。助かった」

『いえ。いつもなら今のタイミングで命中させるところなのですが……』

 

 レイゼンの感謝に、ミシェルの悔しそうな声が応じる。

 その言葉を受けてタナトスに目を凝らしたレイゼンは、身を引き摺るようにノロノロと移動する黒い重装甲機を認める。

 

(あのタナトスとやら、本調子じゃないのか。運動性に問題が…………ならっ!)

 

 思うや、ペダルを深く踏み込む。

 

「グレックリー!アウラでもいい。使えっ!」

 

 叫びながらマシンガンを手放すと同時に、ホバー走行で一気にタナトスのもとへ近づき、その身を背中から抱きかかえる。

 

「足は俺が務める。攻撃に集中しろ!」

 

 通信機に叫びつつ、早速タナトスを抱えた体勢でガーリオンのマシンキャノンの掃射を回避する。

 同時にタナトスもバズーカを撃ち、ガーリオンの胴部を粉砕した。

 

『ヨッシャア!残り2機!』

 

 それを見たグレックリーは喝采を叫び、残りのリオンにもワイヤーを撃ち込もうとする。が、相手の方も僚機のやられ方を見て警戒度を高めたのか、小刻みに動き回ってなかなか狙いが定まらない。

 そこに元から持っていたザク・マシンガンと、先ほどレイゼンが手放したMMP-80マシンガンの2挺を構えたアウラのザクが、リオンを囲うように掃射を加えてくる。

 

『今っ!』

『オォォォ!!』

 

 弾に当たるまいとリオンが動く範囲を狭めるやアウラは叫び、雄叫びと共にグフ・カスタムを跳躍させたグレックリーはワイヤーを撃ち込む。

 先端が胸部に触れるや高圧電流が流し込まれ、推力の停止したリオンは落下を始め、いくらも落ちない内にアウラの放ち続ける掃射に巻き込まれて爆散する。

 

「あとはあの砲台かっ!」

 

 叫ぶや、レイゼンはドム・トローペンをバレリオンへ向かわせる。

 

「距離を詰める。確実に当たると思った所で撃ってくれ!」

 

 言いつつ、レイゼンはタナトスを高く掲げる。

 バレリオンの方も接近に気づいて主砲を撃ってくるが、機体を左右に蛇行させることでギリギリでかわしつつ距離を詰めていく。

 しかしある程度進んだところで、レイゼンはコンディション画面に表示された両腕の過負荷警報に眉をひそめる。

 

(モビルスーツの腕が悲鳴を上げているっ?外見から予想はしていたが、そんないも重いっていうのか、このタナトスは!?……これは、早く決めないと不味いな……)

 

 自機の腕が使い物にならなくなる恐怖を真剣に感じると、バレリオンへの接近速度をさらに速める。

 同時にバレリオンも主砲を撃つのをやめ、入れ替わりに左右に1門ずつ装備された短砲身からビームを撃ってくる。速射性があるのか、あるいは搭乗者が機体の負担を考えなくなったのか、光弾の連射は途絶えることなく続き、蛇行を続けながら距離を詰めるドム・トローペンの装甲を少しずつ掠っていく。

 その時、バレリオンの足元に砲弾が撃ち込まれる。

 

『行けっ!レイゼンッ!!』

 

 同時にグレックリーの叫びが通信から響き、ジャイアント・バズを構えたグフ・カスタムを一見するや、レイゼンは着弾の爆発で体勢を崩したバレリオンに肉迫する。

 そして、抱えていたタナトスのバズーカが火を噴き、放たれた砲弾が一直線にバレリオンに命中する。

 レイゼンたちアイアン・フィストの面々は知るよしもないが、航空機から発展したアーマードモジュールは機動力が高い代わりに防御力が低い傾向にある。

 その中にあって例外的に見た目からもわかるタフな重装甲を誇るバレリオンではあったが、流石に近距離から撃たれた戦艦の主砲並みの威力を誇るタナトスのバズーカを耐え切ることはできず、その重厚な機体を四散させた。

 

「終わった……か…………」

『周囲に他の機影がないことを確認。襲撃者の撃退は成功です。みなさん、お疲れ様でした』

 

 黒煙を上げるバレリオンの残骸を見、ミシェルの報告を耳にすると、レイゼンは安堵の息を漏らしながらタナトスを置く。

 

『ホーネットの修理も完了しました。状況確認をしたいので、みなさんは一度本機の前に集まってください』

「……了解した」

 

 アイアン・フィストを代表して応じると、レイゼンはタナトスと共にホーネットへ向かって歩き出す。

 

(状況確認はこちらも望むところだ。さて、どんな話を聞くことになるやら…………)

 

 改めて見覚えのない景色の広がる周囲を見渡しながら、レイゼンは漠然とした不安を抱いた。

 

 

 

 

 とある都市に佇む高層ビル。その一室では、10人ほどの老若男女が円状に並べられたテーブルを囲み、互いに渋顔を突き合わせていた。

 大陸で活動する勢力の一つ――紛争抑止委員会、その幹部たちの定例会議である。

 

「例の採掘基地を失ったのは痛手ですな。DC戦争が終わってからこっち、ただでさえ我々の拠点が他の勢力によって潰され続けているというのに」

「採掘できる遺物の量も年々減ってますしな……」

「それを言ったら、我々が所有する採掘場からもう何年も新たなEOTが発掘されていないことの方が問題でしょう。この前そのことで、イスルギの役員から露骨に嫌な顔をされましたよ……」

「かといって、目ぼしい場所はもう他の勢力が押さえている。士気の低い兵隊クズレが主体の我々の軍では、力づくで奪うのは難しいだろう」

「それどころか、基地によっては現状の体制を維持することも難しくなってきているようです。業務をボイコットする者が相次いでいて。傭兵を雇ってどうにか繋いでいるようですが、それが経費を圧迫して……」

「「「…………」」」

 

 現在自分たちが抱えている問題が次々挙がるものの、誰一人それに対する解決策を示すことはできず、時間の経過に比例して室内は重苦しい空気に包まれていった。

 行き詰っている――彼等の今の様子は、正にそれだった。

 唐突にノックの音が鳴り響いたのは、そんな時だった。

 

「失礼します」

 

 幹部たちの返答を待たずにドアは開かれ、黒いスーツに身を包んだ男が部屋に入ってくる。男といってもその顔には多分な幼さが残っており、見る者に「子供が背伸びして大人の格好をしている」という印象を与えてくる。幹部の中にも20代のメンバーはいるものの、入ってきた男はそもそも成人にすら達していないだろう。

 一方で、立ち振る舞いには余裕があり、大の――そしておそらくは真っ当とは言い難い――大人を大勢前にしても物怖じする気配は一切見せず、ある種の貫禄を備えていた。

 

「部屋を間違えているのではないかな?ここは入社試験の会場じゃないぞ」

 

 幹部の一人が皮肉げに言うものの、男は気にする様子もなく応じる。

 

「いえいえ。僕はビジネスの話をしに来たのです。紛争抑止委員会のみなさん」

 

 その何もかも心得ている口調に、ある者は身構え、ある者は興味の目を向ける。

 

「そうそう、紹介がまだでしたね。僕はグリム。ルミエイラという組織のまとめ役を務めています」

「!ルミエイラ……だと……っ?」

 

 その口から出た名前に、驚愕の声を漏らした1人を筆頭に、幹部一同は戦慄する。いずれもそれなりの情報網を持っている者たちである。つい最近連邦に宣戦布告し、主に極東方面で小競り合いを繰り広げている謎の勢力を知らいない者はいなかった。

 

「そう怖い顔しないでくださいよ。そうだ、忘れるところでした」

 

 多かれ少なかれ敵意の籠った幹部たちの視線を涼しい顔で受け流しながら言うと、グリムは指を鳴らし、それに合わせて開け放たれていたドアから全身を黒い大きな布で覆った一団が入ってくる。

 

「な、何だお前らっ!」

 

 その異様な風貌から醸し出される恐怖はグリムの比ではなく、加えて本来は自分たちのテリトリーであるビル内をこのような者たちが歩き回っている現状に、幹部の1人が思わず腰を上げる。

 

「僕の配下の者たちです。妙な格好なのはご容赦ください」

 

 グリムがそう言う間にも、黒布の一団は幹部一人一人のもとへ音もなく歩み寄り、抱えていた金属製の鞄をテーブルの上に置いていく。

 その際に幹部の何人かは黒布たちの手元や顔を見ようとするものの、いずれも布で隠れていて素肌の部分を窺うことはできなかった。

 

「我々からのほんの気持ちです。ご確認を」

 

 グリムの言葉が示すように、鞄の持ち手には鍵がぶら下がっており、幹部たちはそれを鍵穴に差し込んでふたを開けた。

 

「「「!?」」」

 

 そして現れた鞄の中を埋め尽くす煌びやかな輝きに、全員が息を呑む。

 

「この輝き、そしてこの重さ……これはもしや……」

 

 中身を手にして注意深く観察していた1人が恐る恐る訊ねると、グリムは笑顔の首肯を返す。

 

「えぇ。お察しの通り、金塊です。それも混じりっけなしの純金ですよ。なんなら後できちんと鑑定してもらっても構いません」

「「「…………」」」

 

 噓偽りが一切なく、揺るぎない自信を感じさせるその表情に、幹部たちは互いに顔を見合わせる。

 普段は自身の利益と保身しか考えない面々ではあるが、この時ばかりは互いの心境が手に取るようにわかった。

 

――これは、チャンスなのではないか?

――このグリムとかいう者と手を組めば、今の閉塞状況を打開できるのではないか?

――得体の知れない勢力と組むことに不安がないわけではない。だが、このまま淀んでいるよりは……。

 

 そして、ちょうどグリムと正面から向かい合う位置にいた幹部が、先ほどまでの猜疑心など忘れ去ったような、とても好意的な表情を浮かべて言ってくる。

 

「ビジネスの話がしたいとおっしゃいましたな。具体的には?」

 

 その問いに、グリムは影のある微笑みを浮かべて応じた。


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