スーパーロボット大戦H/ハーメルン   作:一条 秋

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21 伊豆、帰還

 黒い穴を抜けた先――来た時と同じ、しかしクロイツリッターの数が一気に減ってすっかり寂しくなった格納庫に戻ったアリアは、普段の習慣のまま機械的にベネクティオを指定の位置に収めると、出撃前の熱意に燃えていた姿が嘘の様な生気の抜けた目を焦点なく漂わせる。

 その時、モニターにグリムの顔が映し出される。

 

『やぁアリア、出撃ご苦労だったね』

「……グリム……閣下…………」

 

 数十分前に対面した時と変わらない、温和そうな笑顔。その自身とは正反対な上官の態度に、クロイツリッターの暴走以降鈍化していたアリアの胸中に、懐かしい”熱”が湧き出てくる。

 

「…………どういうことでしょうか?出撃に用いたクロイツリッター全機の整備に不備があったようですが?」

 

 ”熱”を引き写した視線を鋭くしながらも、今にも荒れそうになる声をどうにか抑え、今一番の確認事項を問いかける。

 

『はて?不備とはなんのことだい?』

「あの暴走のことです。閣下も観戦していらしたのでしょう?」

 

 明らかに恍けているグリムの態度に苛立ちを覚えながらも、アリアは平静であるよう努めながら尚も問い続ける。

 

『あぁ、あれか。それなら「不備」というのは間違いだね。あれはそのように”調整”した結果だから』

「……”調整”……ですか?つまり閣下は、あのようなことになると……騙し討ちのような形になるとわかっていた上で、私を出撃させたと!?」

 

 あくまでも平然と答えるグリムに、アリアの声が徐々に強くなっていく。

 

『おっと、そんな怖い顔しないでくれよ。確かに君まで騙す格好になったのは悪かったが、まず味方を欺かないことにはね。これは戦争なんだ。勝つ為に最も有効な手段は積極的に使わなくちゃ』

「それは…………」

 

 ゲームの定石を教えるような調子で言ってくるグリムに、話の内容そのものは理解できるアリアは、つい押し黙ってしまう。

 確かに、自分たちは「安息の地を得る」という大義の下、地球連邦をはじめとする諸々の勢力と戦争を行っているのであり、戦争である以上、勝つ為に手段を尽くすのは道理といえる。

 しかし、アリアの深い部分には、別の想いも確かに存在している。

 

「それはそうでしょう…………しかし、同時に私には騎士としての――戦う者としての誇りがあります。今回出撃を願い出たのも、突き詰めればその誇りを守りたいが故。それをこんな騙し討ちのような――」

『「誇り」とやらで戦争に勝てるのかい?』

「…………」

 

 熱を帯びてきた主張を遮る様に再度告げられたグリムの言葉に、アリアは再び黙ってしまう。

 

『感情論では物事は動かないよ。そんなことより、帰ってきたのだから少し休むといい。疲れで気が立ってるのもあるんだろうしね』

「…………はっ」

 

 アリアが短く応じると、グリムの方から通信は切れる。

 すぐに静かになったコクピットを降りると、奥から過度に装飾された貫頭衣に身を包んだ少女――リィムが歩み寄ってくる。

 

「どうしたのアリア?怖い顔して?」

「リィム閣下……」

 

 不思議そうな顔で訊いてくるリィムに、アリアは今一番の疑問を投げかける。

 

「一つ御聞かせください。閣下はこのようなことになるとわかっていた上で、私に協力を申し出てくださったのですか?」

「このような?」

「クロイツリッターたちが勝手に動き出したことです」

「あぁ。別に知らなかったけど?大方、グリムが何か仕込んだんでしょうけどねぇ……もっとも、私は予想以上に楽しめたからよかったけど。あのマント付きのお嬢ちゃん……次に会うのが楽しみだわ~!!」

 

 恍惚とした顔で告げると、リィムは満面の笑みを浮かべて格納庫の出入り口へ向かう。

 

「…………」

 

 その背中を無言で見送っていいると、アリアの横に黒ずくめの服装をしたベネクティオが現れる。

 

「……その、だな……今回のことは…………」

 

 普段の人を突き放す様な語調を抑え、慣れない様子で声をかけようとするも、それはすぐにアリアの鋭い視線に遮られる。

 

「…………何か思いついたようだな」

「あぁ」

 

 すぐにそれが自分への怒りでは無く、別の気持ちの表れだと察したベネクティオは先を促し、アリアは声の大きさにいくらか注意を払いながらも、明確な意志を乗せて告げる。

 

「三柱――少なくともグリム閣下は……信用できない」

 

 

 

 

 すっかり西に傾いた太陽が、ヴァルキリーズ極東支部一帯を紅に照らしていく。

 ルミエイラ撤収からすぐに被害状況の確認が始まり、それも終わって傷ついた建屋の復旧作業が開始されて久しい中、比較的損傷が少なかった司令塔、その執務室では、リトスと光秋が昨日ぶりの対面をしていた。

 

「遅くなりましたが、今回は駆けつけてくださり本当にありがとうございます。極東支部を代表して御礼を言わせていただきます」

「いえ、こちらは上の指示に従っただけですし……それ以前に、若い衆が頑張ってくれましたからね」

 

 机に額が着くギリギリまで深く頭を下げるリトスに、光秋は少し狼狽えつつ、恭弥たちのことを思いながら応じる。

 

「彼らが持ち堪えてくれたからこそ、僕とミヤシロさんが加勢できるチャンスができたんです。ヴァルキリーズの方々もそう」

「それはそうですが…………それと、復旧作業の協力についても、重ねて御礼を」

「あぁ、それは……」

 

 言われて光秋は、1時間ほど前までのことを思い出す。

 戦闘が終了し、被害状況の確認が始まった頃、非特隊の全機は地下格納庫とヴェーガスに収容され、各所で点検作業が行われた。開始から30分もする頃にはそれもひと通り終わり、各機とも稼働に影響はないことがわかってくると、10代パイロットメンバーを中心に復旧作業を手伝いたいと申し出てきたのだ。

 諸々の事後処理もあってすぐに移動できなかったこともあり、光秋はエリックの意見を仰ぎつつこれを承諾。以来、処理も終わって輸送機への機体搬入が開始された1時間ほど前まで、各々自分の機体を用いた復旧作業の手伝いが行われていたのだ。

 

「彼らもじっとしていられない様子でしたからね。あぁいう時は動かしてやった方がいいと思いまして。隊全体としても救助者の受け入れとか、一宿一飯の礼とか、いろいろ返さなきゃいけないこともありましたし」

 

 自分がライカやヴェーガスのブリッジメンバーたちと関係各所への連絡や書類作成に追われていた横で、主に15から20メートル級のロボットたちが――あまつさえナガイのマジンカイザーSKLまでも――瓦礫の撤去や資材運搬などに駆けずり回っていた光景を思い出して、光秋は遠くを見る様な目に微笑を浮かべながら告げる。

 

「…………ただ、御礼をと言うのなら一つお願いが」

 

 しかしすぐに笑みを消し、真面目な顔を浮かべながら、光秋は慎重に切り出す。

 

「何でしょう?」

「昨日こちらを訪れた際にも話した、鬼対策での協力についてなのですが、連邦軍――少なくとも我々非特隊とのより強い連携体制を整えていきたいと考えています。リトス司令におかれましては、この体制作りの協力をお願いしたいのです。具体的には、鬼に関する情報の共有や、双方の人材の積極的な交流の機会を設けていただきたい。もちろん、こちらも可能な限り手は尽くします」

 

 リトスの問いに、光秋は昨日この部屋を訪れた時から頭の片隅で考えていたことを述べていく。

 

「…………」

 

 それに対して、リトスはしばしの逡巡の後に口を開く。

 

「加藤主任の仰りたいことは理解できます。今の情勢や双方の存在意義を考えれば、寧ろ自然な流れかもしれません。ただ、私の一存で全てを決められるわけでもありません。今の話が実現できるよう善処はしますが、具体的な返答はしばらく待ってください。各支部との協議もありますので」

「構いません。少なくとも、具体的な返事がいただけるまでは今まで通りということでよろしいでしょうか?鬼の迎撃に出て現場で遭遇した場合、双方自主的に協力してこれに当たる、ということで?」

「はい」

「わかりました。それでは」

 

 深く頷くリトスを認めると、光秋は一礼してドアへ向かう。

 その時、ノックの音が響き、返事を待たずに開いたドアから白衣姿の老人が入ってくる。顔に浮かんだ多数のしわがかなりの高齢であることを物語っている一方、180センチはあろう背丈と危な気の全く無い足取りは歳の割りに元気そうな印象を与えてくる。

 

「おぉすまんリトス君。取り込み中じゃったか?」

 

 そう言って引き下がろうとする老人を、リトスは光秋の横に移動しながら呼び止める。

 

「いいえ、話は今終わったところです。ただ、いい機会かもしれませんね。先生にも紹介させてください」

 

 言いながら、リトスは光秋を示す。

 

「こちら、最近連邦軍に新設された非常事態特殊対策部隊主任の加藤光秋大尉です。加藤主任、こちらは私の学生時代の恩師にして機械工学の権威、そして現在はヴァルキリーズに御協力いただいている、新田源三博士です」

「軍人さんかの?新田じゃ。リトス君の話を聞く限り、君たちの部隊がルミエイラとかいう連中から極東支部(ここ)を守ってくれたそうじゃな。儂からも礼を言わせてくれ。ありがとう」

「いえ、それが仕事――というか、それは若い子たちに言ってやってください。あ、加藤といいます」

 

 リトスの紹介の下、源三と光秋は握手を交わす。

 

「!?」

 

 歳の割りにいい体付きから予想はしていたものの、それ以上に強く握ってくる源三に、光秋は少し戸惑ってしまう。

 

「ま、リトス君は『権威』などと言っていたが、世間では『変わり者』の方が通りがいいかもしれんがな。特にここ数年は」

「…………どういうことです?」

 

 握手を解きながら自虐的に呟く源三に、しかしその意図がわからない光秋は首を傾げる。

 

「ほれ、『桃太郎が巨大ロボットだった』という説を発表して嘲笑された学者がおったじゃろう?あれが儂じゃよ」

「…………あぁ」

 

 言われて光秋は、昨日大陸へ向かうレイディバードの中でライカとメイシールが話していたことを思い出す。

 

「もっとも、この説が正しかったことは実証されたわけじゃがな…………幸か不幸か」

「…………そうですか」

 

 またも自虐的に、最後は陰のある顔で告げる源三に、容易に踏み込んではいけないものを感じた光秋はそう返すのが精一杯だ。

 

「……おっとすまんな、話が逸れてしまった……まぁなんじゃ、助けてもらった恩もある。連邦軍全体への協力は儂個人のポリシーから遠慮させてもらうが、君たち非特隊に限っては個人にできる範囲でなら協力してもいいと思っとる。なにかあれば声をかけてくれ。リトス君、紙とペンを貸してくれ。紙はいらんものでいい」

「はい」

 

 言われてリトスは机に置いてあったペンと裏紙を渡し、それらを受け取った源三はなにかを書いていく。

 

「これが連絡先じゃ。なにかあればここにな」

「わざわざありがとうございます。では、僕の方も一応……」

 

 それを受け取った光秋も名刺の裏に電話番号を記入し、それを源三に渡す。

 

「では、今回はこれで失礼します」

 

 そう言い残して今度こそ執務室を出ると、光秋は最寄りのエレベーターへ向かう。

 

「…………なんというか……少し変わった青年じゃな?」

「先生もそう感じましたか。具体的にどこがと訊かれると困りますが、話しているとどこか違和感を感じますよね」

 

 光秋が去ったドアを眺めながら呟いた源三に、リトスも昨日初めて会話した時のことを思い出しながら応じる。

 

「…………おまけに、今日日(きょうび)の軍人は作家の副業などしとるのかの?」

 

 そう言って源三が反した名刺の表には、「アマチュア作家 一条 秋」とあった。

 

 

 

 

 エレベーターを降りた光秋は、極東支部中央に佇む塔の正面玄関から外に出ると、敷地内を走る道路に沿って非特隊の面々が待つ滑走路へ向かおうとする。

 その時、クラクションの音が鳴り響く。

 

「?」

 

 音のした方へ目を向けると、ヴァルキリーズの公用車が1台停まっており、後部席の窓が開くと見覚えのある濃い日焼けの女性が顔を出す。

 

「よ、よう。滑走路に集まってる連中に聞いたぜ。そろそろ帰るんだってな?」

「えっと…………あっ……」

 

 本人は普段通りに振る舞おうとしているようだが、どうしても気まずさが浮かんでくる女性。それを見て数時間前に自分を平手打ちした人だと気づいた光秋は、つい身構えてしまう。

 と、今度は運転席の窓が開き、別の女性2人が声をかけてくる。

 

「どうも、加藤大尉」

「この度はお世話になりました」

「……あぁ、カンザキさんたちか」

 

 2人の内、礼を言いながら深く頭を下げてくる方――ミオの姿を認めた光秋は、ようやく昨日この辺りで会った第四分隊の面々のことを思い出し、少しは肩の力を抜きながら公用車へ歩み寄る。

 

「どうしたんです、こんな所で?わざわざ車まで出して」

「いや、その…………」

 

 公用車のすぐ横まで来た光秋の問いに日焼けが代表して答えようとするものの、すぐに口籠ってしまう。

 

「ほら、アキラ」

「わ、わかってるってのっ」

 

 助手席に座るサイドテールの声にやや焦った顔で返すと、気を取り直した様子で日焼け――アキラは再び光秋を見る。

 

「か、帰るって聞いたからさ……見送りついでに滑走路まで送ってこうと思って」

「まさか、それでずっと待ってくれてたんですか?」

「い、いいから乗れってっ。ここから滑走路まで結構あるんだ。歩きじゃ部下の子供ら待たせるだろう」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 3人の好意を無下にするのも悪いと思い、加えてアキラの指摘に内心頷いていた光秋は、応じながらアキラが内側から開けてくれたドアから後部右席に乗り込む。

 

「では、出します」

 

 運転席に収まるミオが、光秋がシートベルトを締めるを確認してそう告げると、公用車はゆっくりと走り出す。

 

「…………その、さ」

「はい?」

 

 消え入りそうな声をかけてくるアキラに、光秋は少しでもよく聴き取ろうと習慣的に顔を寄せる。

 

「って、近いってのっ」

「あぁ、すみません」

 

 言われて顔を少し引くと、アキラは照れ臭さを浮かべながら話す。

 

「その……事後処理でバタバタしてて言いそびれてたんだけどさ……さっきはごめん、引っぱたいてさ……あたしもちょっと動揺してて…………」

「いや、あれは僕の方も非がありました。疲れていたとはいえ、戦闘が終わってすぐに寝入ってしまうなんて……ましてや、アマネさんを乗せている状況で…………」

 

 謝罪するアキラを見て当初の強張りが和らいでいく一方、会話から数時間前の失態を思い出した光秋は胸中で反省する。

 

「ほらアキラ、もう一つ言うことあるでしょ?」

「だ、だからわかってるってっ。サヨコ少し黙ってろよっ」

 

 助手席から急かす様に言ってくるサイドテール――サヨコを睨み付けると、アキラは咳払いして続ける。

 

「ゴホンッ……それとさ、加藤大尉…………ありがとな。危ないところ助けてくれて……」

「……いいえ。それが仕事ですから…………」

 

 若干目線を逸らしながらも明白に告げられた感謝の言葉、その一言に、光秋は少し救われた気持ちになる。

 

 

 

 

 数分後、滑走路の近くに着いた光秋は、公用車を降りると後ろを振り返り、送ってくれた第四分隊の面々を改めて見る。

 

「わざわざありがとうございました。助かりました……あ、そうだアマネさん」

「なんだよ?」

「そういえば脚大丈夫ですか?さっきの戦闘で痛めたって聞いたけど」

「あぁ……」

 

 遅まきながらと思いつつも訊ねる光秋に、アキラは自分の左脚に視線を向ける。ヴァルキリーズ女性職員の制服たるスカートからはほどよく日に焼けた脚が伸び、その足首にはタオルが巻かれている。

 

「あのあと診てもらったら、打撲だってさ。アイシングするって保冷剤巻いてもらった」

「まだ痛みますか?傷は?」

「けっこう引いてきたよ。傷も無かったしな。そもそもあんたが助けてくれなきゃ、足が痛いどころじゃなかったんだ。これも生きてる証拠ってな!」

「ならいいんですが…………」

 

 強がりではなく、本心からの肯定的な笑顔を浮かべてサムズアップしてくれるアキラに、またも救われた気持ちになる。

 その時、後ろから声がかかる。

 

「光秋さーん」

「あぁ、一夏君。恭弥君も」

 

 振り返った光秋は、こちらに歩み寄ってくる連邦軍の制服姿の一夏と恭弥を見る。

 

「どうした?」

「車が見えたから、もしかしてシュウさんかと思って。ノヴァ大佐の指示で丁度迎えに行こうとしてたんです」

「そうか……待たせたようで悪かったな」

 

 恭弥の返答に、光秋は軽く頭を下げると、再び公用車を見る。

 

「では、今日はこれで。お世話になりました」

「おう!」

「帰路お気をつけて」

「……」

 

 アキラとサヨコの返事を聞き、ぺこりと頭を下げるミオを見ると、光秋は一夏と恭弥を伴って滑走路へ向かう。

 

「カイザーの積み込みも終わってるんだよな?」

「はい。もう伊豆から来たレイディバードの中です」

「あとは俺たちが自分の機体に乗れば、全員準備完了ですよ」

「ならなおのこと、待たせて悪かったな。アマネさんたちの誘いに乗って正解だった……」

 

 恭弥と一夏の返事にそれぞれ応じながら、光秋は非特隊メンバー全員に軽い罪悪感を抱く。

 その間にも滑走路の脇に待機したヴェーガスとレイディバードの許に着くと、恭弥と一夏は外に置かれたシルフィードとユニコーン・白にそれぞれ乗り込み、光秋もニコイチを出現させてコクピットに収まる。

 座席に体を固定すると、すぐにヴェーガスに通信を繋ぐ。

 

「ノヴァ大佐、お待たせしてすみません」

『遅いからなにかあったのかと思ったぞ』

「少し話し込んでしまって……」

『ならいいが……人と機体の収容は完了した。あとは飛び立つだけだ』

 

 エリックにそう言われて、光秋はモニター越しにヴェーガスの格納庫を見やる。エリックの言葉を聞く限り、そこには本来の艦載機たるネメシスタイプのIAD3機に加え、シュルフツェンとアトランティア・ルージュも積まれ、その搭乗者たるライカとカノン、そしてリグルとユイ、ナガイも乗り込んでいることになる。

 さらに傍らのレイディバードを見やれば、その格納庫に収容容量ギリギリのカイザーが窮屈そうに押し込まれている様子を想像する。

 

「了解。では、予定通り順次発進を。我々はお先に失礼します」

 

 そこで一旦思考を打ち切ると、光秋は通信越しにそう返し、その意思を引き写したニコイチの目が白とシルフィードを見やる。

 

「ホワイト各機、先行して伊豆基地に向かう。行くぞっ」

『『了解』』

 

 一夏と恭弥の返事を聞くや、光秋はニコイチを飛び立たせ、白とシルフィードもそれに続く。

 母艦の艦載容量や各機の航続性、パイロットの体調などを顧みて、3人は乗機で直に伊豆へ向かうことになったのだ。

 3機が飛び立って少しするとヴェーガスが、そのすぐ後にレイディバードが続き、それをモニター越しに確認すると、光秋の顔に感慨が浮かぶ。

 

『光秋さん、どうかしましたか?』

 

 それを通信映像に見たのか、左隣を飛ぶ一夏が声をかけてくる。

 

「ん?いやぁ、昨日の午前中までたった4人だった非特隊が、一気に賑やかになったもんだと思ってな。事前連絡は聴いてたけど、あまつさえ飛行艦艇まで来たとあれば、いよいよ部隊らしくなってきたって……」

『確かに。懸案だったタイプの偏りも、サクラちゃんとフィルシアちゃんのお陰である程度はなんとかなりそうですしね』

 

 ヴェーガスを眺めながら感慨を言葉にする光秋に、恭弥も以前出た話題とこれまでの戦いを思い出して呟く。

 

「そういえばそんな話もしたな…………」

 

 言われて恭弥とライカが伊豆基地に来た初日の昼食での会話を思い出した光秋は、事後処理の合間に大まかに確認した非特隊の現時点での戦力を振り返る。

 

(僕をはじめ、近接戦に強い者が多いのは変わらずだが、そこに汎用性重視のテンペストと後方支援特化型といっていいギガンティックが、さらにいえば高威力火器を多数積んだヴェーガスが加わったか……まぁヴェーガスは一旦置いといて、後ろをカバーしてくれるメンバーが加わったのは正直助かる。が、全体のバランスを考えると、まだまだ不充分だよなぁ。さっきのルミエイラとの戦いだって、ヴァルキリーズの協力があって成り立ってたようなもんだし……後方戦力の拡充は引き続き懸案だなぁ…………)

 

 戦力面での一番の問題を再認識しつつ、光秋の脳裏には赤い四脚機の姿がちらつく。

 しかし、一瞬後には違う、そしてより急を要する懸案が浮かんでくる。

 

(もっとも、今はそれ以上に…………時空崩壊から出てきた人たちをどうすかだな…………)

 

 ヴェーガスのカノン、リグル、ユイ、ナガイ、そして先に伊豆に行かせたウォルターの顔を思い浮かべながら、光秋はこのあとの手間に少し辟易する。

 

 

 

 

 滑走路から白い巨人3体が茜色の空に飛び立ち、青い怪鳥といった趣の飛行艦艇とレイディバードもそれを追う様に大空へ消えていく。

 その光景を、滑走路の近くの道路に停めた公用車、その開け放たれた窓から眺めていたアキラは、無意識に声を漏らす。

 

「行っちまったなぁ…………」

 

 言ってみて、その我ながら柄でない感傷的な色を含んだ声色に、自分が少し恥ずかしくなる。

 

「にしても、あんたが口籠るなんてねぇ?私たちがいてよかったわね?」

「うっせー……」

 

 そんな心境を見透かしたかのようなサヨコの茶々に、今のアキラはささやかな言い返しをするので精一杯だ。

 と、それまで運転席に黙って座っていたミオが、背もたれの陰から顔を出してやや鋭い視線を寄こしてくる。

 

「ときにアキラ、戦闘中加藤大尉に、いわゆる『お姫様だっこ』というものをされていたようだけど……」

「なっ!お前っ、今更その話蒸し返すかよ!?」

「今までは事後処理諸々で忙しくて話せなかっただけ。全部片づいて暇な今、じっくり話し合いたい」

「勘弁してくれよ…………」

 

 あくまでも普段の淡々とした口調で、しかし妙な圧力を秘めた目で訊いてくるミオに、同僚の普段とは違う雰囲気への戸惑いと、それ以上に今思い出しても顔から火が出るのではないかと思えるほどに恥ずかしい記憶を話題に上げられたことに、アキラは逃げたそうな顔を窓の外に向ける。

 そんな2人のいつもと少し違うやり取りにやれやれといった表情を浮かべながら、サヨコはすっかり点になってしまった非特隊一行、その先頭を行っているであろう光秋の機体を眺める。

 

(にしても、こうもタイプが違う2人の気を引きつけるなんて……やっぱり不思議な人ではあるわね、加藤大尉って……)

「おいミオッ、もうこの話は無しにしようぜ」

「そういうわけにはいかない。詳しく、丁寧な説明を要求する」

 

 サヨコが光秋に対する印象を心の中で呟いている傍ら、アキラとミオの押し問答は盛り上がりを見せていた。

 

 

 

 

 伊豆基地へ帰還した一行は、ひとまず機体を仕舞おうと各々非特隊に宛がわれている格納庫へ自機を歩ませる。

 元来ヴェーガスでの運用が前提とされているネメシスタイプ3機以外の全てが格納庫に収まると、周りより一足先に収容作業を終えたカノンはアトランティアのコクピットを降り、がらんどうの屋内に並んだ多種多様な機体の数々を好奇心一杯の目で凝視する。

 

「いやぁ、こうやって並べると、つくづくウハウハな光景だねぇ。この光景だけでご飯3杯……いや、5杯はいけるかな…………っと?」

 

 率直な感想を呟いていると、天井すれすれの身を縮こまらせて窮屈そうに佇むカイザーの隣、丁度格納庫の端に置かれた橙色の丸みを帯びた機体が目に入るや、カノンの足は勝手に動き出す。

 

「アレって……もしかして……」

 

 明かりに引き寄せられる羽虫の様に歩を進め、その正面に回り込むと、橙色の機体の全体像を目に収める。

 曲線を主体とした輪郭に、左肩を覆う球状のアーマー、巨人の一つ目を想起させる頭部に備えられたモノアイ。

 これらの特徴は、未だ靄が晴れ切らないカノンの記憶野を――それ以上に興奮の中枢を刺激した。

 

「やっぱり…………旧ザクキターァ!!」

 

 その心境を表すように両手を一杯に掲げ、がらんどうに響き渡る勢いの歓喜の叫びを轟かせると、遅れて収容作業を終えたパイロットたちの注目がカノンに集まる。

 

「…………なんだありゃ」

「カノンちゃん、あぁいうの好きみたいで……」

 

 ひとしきり叫び終わるや橙色の機体――旧ザクに駆け寄って足に頬擦りするカノンを唖然とした顔で眺めるナガイに、恭弥が一応の説明をする。

 

「あの橙色の、大陸で回収したっていう奴ですか?」

「はい。でも、まさかカノンが知っていたとは……」

 

 その横では、一夏の問いにライカが意外そうに応じている。

 が、ライカはすぐにその顔を引っ込め、代わりにどこか納得する。

 

(でも考えてみれば、ゲシュペンストや白のことも知っていましたし……寧ろ知ってて当然なのでしょうか……?)

 

 自分でも筋が通っているのかいないのかいまいちわからない理屈を胸の中に呟くと、ライカは周りを見回して光秋の姿を探す。

 

「ところで、加藤大尉は何処に行ったのでしょう……?」

「……そういえばさっきから見かけませんね」

「いの一番に降りてすぐに消えちゃいましたよね……」

 

 ライカの呟きに一夏と恭弥もその姿を探しながら返すと、ライカの端末の呼び出し音が鳴り響く。

 

「大尉?今どちらに?……了解しました」

 

 通信越しになんらかの指示を受けたらしい。ライカは端末を仕舞うと、カノンを除くパイロット一同を見回す。

 

「今大尉から連絡がありました。全員片づけが終わり次第、非特隊の待機室に来るようにと」

「じゃあ、早速行きますか」

「機体は収めたし、着替えもしなくていいですしね」

「あとは、()()()だな」

 

 ライカの報告に恭弥と一夏が応じると、ナガイは未だ旧ザクに頬擦りを続けるカノンの後ろに歩み寄り、その太い腕で襟をがっちりと掴む。

 

「いつまでやってんだ。行くぞ」

「あぁっ。せめてもうちょっと、あと1分だけ~!!」

 

 未練満載の声を上げるカノンに構わず、ナガイはその襟を引き摺って、先を行くライカたちの後を追う。

 

 

 

 

「…………!ノヴァ大佐?」

「あれ?フィルちたちも……リグルとユイまで?」

 

 格納庫から歩くことしばし。非特隊の待機室がある建屋の前で鉢合わせたエリックとカトリーヌ、ユウ、サクラ、フィルシア、リグル、ユイに、ライカとカノンはパイロット一行を代表する様に意外そうな顔をする。

 

「大佐たちも加藤大尉に呼ばれたのですか?」

「あぁ。ヴェーガスのクルー代表として来てくれと」

「私は付き添いで」

 

 ライカの問いにエリックとカトリーヌがそれぞれ応じる横では、カノンがリグルとユイを注視している。

 

「いや、艦長さんたちや軍属のフィルちたちはまだわかるけど、何でリグルとユイまで呼ばれるの?」

「さぁ、私たちもそこまでは……」

「ただ、私と城崎さんは是非来てくれと言ってたけど」

 

 自分が教えてほしいと言わんばかりのユイに続いて、リグルが呼び出しを受けた時の様子を思い出しながら答える。

 

「ユイたちに是非来てくれ、か……2人に共通することと言えば、時空崩壊から出てきたってことだけど……?」

「さっき格納庫で見た橙色の機体、アレのパイロットに関することじゃないかな?」

 

 首を捻る一夏に恭弥が思いついたことを返す傍ら、一同は待機室へ向かう。

 先頭を行くエリックがドアを開けると、中にはすでに制服姿の光秋が佇み、くたびれた緑の服に身を包んだ男がその近くの椅子に座っていた。

 

「あぁ、みなさん来ましたね。適当な場所に座ってください」

 

 部屋に入ってくる一行を見て光秋がそう告げると、一行は言われた通り手近な椅子に腰を下ろしていく。

 全員が座ったのを確認すると、光秋は待機室内の一同を見渡す。

 

「今回集まってもらったのは、大陸で新たに保護した異世界人についてみなさんに知らせたかったからです。コバックさん」

 

 言うと光秋は緑服の男を一見し、「コバック」と呼ばれたその男は頷いて席を立つ。

 

「たった今紹介にあずかった、ウォルター・コバックだ。大陸……だったか?そこに迷い出たところを保護してもらった。宿代代わりというわけでもないが、必要な手続きが済み次第、君たちと共に戦うつもりだ。それと、俺と同じ境遇の者が何人かいると聞いた。仲良くしてくれると助かる……以上だ」

 

 独特のバリトンボイスをひと通り響かせると、男――ウォルターは席に座りながら、今自分が言ったことに内心可笑しくなる。

 

(これじゃあ、転校生の自己紹介だな……)

 

 と、席に着いて以降、ウォルターに――より正確にはその服装に――観察の目を注いでいたカノンが、そっと声をかける。

 

「えっと、ウォルターさんだっけ?ごめん、もう一度立ってくんないかな?」

「?……構わんが……?」

 

 騎士を連想させる独特の服装をした少女の頼みに、ウォルターは首を傾げながらも、断る理由もないので言う通りにする。

 

「…………」

 

 ほつれ、擦り切れ、すっかり色あせたウォルターの服を凝視すること十数秒。緑地の中に辛うじて残っていた翼を模ったような金の刺繍を見つけるや、カノンは椅子から跳び上がってウォルターの懐に肉迫し、つまんで引き寄せた服をまじまじと見つめる。

 

「お、おいっ、何を……?」

「…………」

 

 (おのの)くウォルターに構わす、カノンは服を凝視する。

 そして、

 

「この色合いと、なによりこの金の刺繍、そして格納庫にあった旧ザク…………ウォルターさんってもしかして、ジオン公国軍人!?」

 

驚愕と歓喜の混じった声を上げながら、ウォルターの顔に自身の顔を寄せる。

 

「何でそれを!?……いや、そうだが……」

 

 あとひと押しで互いの鼻の先が触れそうな極至近距離でかけられた思わぬ問いに、ウォルターは動揺しながらもどうにか答える。

 

「ジオン……こうこく……?」

「リグル様たちがいた世界の国ですか?」

「いいえ。ジオンなんて国、聞いたことありませんが」

 

 聞き慣れない国名にユウは首を傾げ、思いついたことを訊く恭弥にリグルは首を横に振る。

 その間にも、カノンはずっと掴んでいたウォルターの服を離し、そのまま空いた両手を一杯に挙げる。

 

「ジオン軍人キター!宇宙世紀の人キターーー!!あっ!握手してくださいっ!!」

「…………」

 

 ひとしきり叫ぶや羨望の眼差しで手を差し出してくるカノンに、ウォルターは狼狽を浮かべながらもとりあえずそれに応える。

 その一連の光景を見て、一夏は傍らの恭弥に耳打ちする。

 

「今のカノン、ライカさんと初めて会った時となんか似てませんでした?」

「一夏君もそう思うか?ロボット好きっていうのはさんざん聞いたけど、何だろうな?カノンちゃんのこのリアクションの上がり下がりはさ」

 

 それに恭弥も耳打ちで返していると、狼狽から立ち直ったウォルターが付け加える様に告げる。

 

「一応補足しておくが、あくまでも()だ。こっちに迷い込むかなり前から、俺はジオンの名を捨てた」

「え?そりゃまたどうして――」

「カノンっ」

 

 それを聞いてさらに質問しようとするカノンに、それまで様子を見ていたリグルがいよいよ止めに入る。

 

「あっ……その…………ごめんなさい…………」

 

 それで興奮気味だったカノンもようやく我に返り、その質問がデリケートなものだと理解するや、頭を下げて気まずそうに席に戻る。

 そうして室内が静かになると、全体を見渡した光秋が口を開く。

 

「というわけなので、みなさんよろしく。こちらからは以上ですね。他に連絡があれば…………なさそうですね。じゃあ今回はこれで解散。各自食事なり休息なり、充分に摂っておくように。コバックさんは必要手続きがあるのでこちらに」

「了解した」

 

 応じると、ウォルターは光秋に続いて部屋を出、ライカもそれについていく。

 

「また異世界人か……」

 

 感慨深く呟くとエリックも席を立ち、何も言わずともついてきたカトリーヌを伴って部屋を出ていく。

 後に残されたのは、パイロットを中心とした未成年の面々だ。

 

「たくっ、ただでさえ厄介な連中がうようよしてるってのに、この上別の世界からも人やらロボやら降ってきて……この世界はどうなってんだ……」

「ナガイさん、それブーメランです」

 

 背もたれに体を預けてボヤくナガイに、サクラが律儀にツッコミを入れる。

 

「まぁでも、同じ別世界から来た人間としてはナガイさんがそう言いたくなる気持ちもわかるかもね。実際この世界ってホントいろいろあるし。転移してすぐにロボットに乗ったテロリストと戦ったり、その時のことが準備運動にもならないような怪物と遭遇したり」

「……外から来た人間にはそう感じるのか」

「まぁ、客観的に見るとそうなのかもしれないな…………」

 

 腕を組んでこれまでのことを思い返すカノンに、ユウは静かに応じ、恭弥は脳裏に複数の勢力を思い浮かべる。

 

「鬼とか、ゴーストとか、ルミエイラもうそうだ。本気でシャレにならない連中がうようよしてるって時に、人間同士でも争って……」

 

 革命者と思しきテロリストたちに初の投降勧告を行った時のことを思い出しながら、大きな脅威を目前にしてそんなことをしている自分たち”この世界の人類”に、呆れとも焦りともつかない思いを抱いてしまう。

 そんな中、

 

「とりあえず、今は飯にしましょうよ。正直腹減ってたんだ」

「そうですね。腹が減ってはなんとやらとも言いますし」

 

一夏と、それに続いたユイ、2人の肩に力が入っていない一言に、心なしか硬くなりつつあった室内の雰囲気がふと和む。

 

「それもそうだねぇ…………そういえば、伊豆基地のご飯って結構いけるって噂だよね」

「そうなんだ……恭弥、なんかオススメってある?」

「そうだなぁ…………」

 

 フィルシア、ユウ、恭弥がそんなことも言い合う間にも、誰が言うでもなく各々席を立ち、そのまま列を成して食堂へ向かう。

 

 

 

 

「…………あ、いけない」

「どうかしましたか?大尉」

 

 待機室を出てしばし。ウォルターの細かな手続きをしようと別の部屋に向かっていた道中にハッとした光秋に、ライカは足を止めて訊ねる。

 

「いや、恭弥君たちに伝え忘れたことがあって……」

「戻るか?」

 

 ウォルターの提案に、しかし光秋は手を振って返す。

 

「いえ、そこまで大したことじゃないんで。そもそも恭弥君たちとは後で部屋で会うから、その時伝えますさ。それより、早く手続き済ませちゃいましょう」

「……いいのか?」

 

 未だこちらの勝手が掴めないウォルターは心配そうな顔を浮かべるものの、光秋は軽く頷いただけで歩みを再開し、ライカも黙ってそれについていく。

 

(まぁ、本人がいいと言うのならいいのか……俺も他人の心配ができる立場でもないしな)

 

 そう思うことで自分を納得させると、ウォルターも2人の後に続く。

 

 

 

 

 同じ頃、ルミエイラの本拠地、その一角にある構成員たちの自室の1つでは、すっかり意気消沈したアリアが脱力した体をベッドに預けていた。

 

「はぁ…………グリム閣下を信用できないとは言ったものの……具体的に何をどうするべきか…………」

 

 極東支部から帰還して数時間。もう何度目かわからない自問を溜め息混じりに呟くと、おもむろに仰向けだった体を横に転がしてみる。

 その時、ドアが控えめにノックされる。

 

「アリア、少しいい……?」

「……シャーラか?」

 

 ドア越しの声に応じながら、ベッドから起き上がったアリアはドアを開ける。

 

「どうした?」

「……少しいい?」

「あぁ」

 

 応じると、アリアはシャーラを部屋へ招き入れ、テーブルを挟んだ椅子に向かい合って座る。

 

「それで?なんだ?」

「……帰ってきてから元気ないけど……なにかあった?」

「…………」

 

 のほほんとした声音の、しかし単刀直入な問いかけに、アリアはしばし返事に困ってしまう。

 

「なに、大したことじゃない……ちょっと、その…………疲れがな」

 

 努めて平静に告げながら、アリアは思う。

 

(三柱に不信感を抱いているなど、ここでは冗談でも言えることではない。迂闊に告げれば面倒なことになるからな……例えシャーラであっても…………)

 

 そう考えることで友への嘘を割り切るものの、やはり罪悪感に胸が疼く。

 

「そう……」

 

 そんなアリアの気持ちを知ってか知らずか、シャーラは静かに応じると、長髪の合間から覗く目にやや力を込める。

 

「疲れたなら、明日出かけよう」

「なに?」

 

 思わぬ提案に、アリアは一瞬ハッとする。

 

「聖戦が始まってから、アリアろくに休んでない。その前の偵察からずっと働いてる……少し気分転換した方がいい」

「気分転換か……」

 

 シャーラの説明に、アリアは腕を組む。

 

(戦の最中に羽目を外すというのは、騎士としては体面が悪い。が、気分転換――自己管理の一環としてならば…………)

 

 しばしの思案の後、腕を解いてシャーラを見やる。

 

「そうだな、行こう。外出の連絡は私がやっておく」

「うん!」

 

 自身の返答に安堵と喜びが混ざった笑顔を浮かべるシャーラを見ながら、アリアは思う。

 

(考えてみれば、短い間にいろいろあったからな。情報や心境を整理するという点でも、外の空気を吸ってきた方がいいだろう…………さて、道中どの店に寄ろうかな…………)

 

 その脳裏には、買い食いに行きたい店の数々が浮かんでいた。

 

 

 

 

 深夜、太平洋側に面した日本のとある海岸。

 夜の闇を引き写した漆黒の海の一角が盛り上がったかと思うや、全体に丸みを帯びた小山ほどの物体が浮かび上がる。

 大福のような丸い頭、蛇のように多数の節を備えた長い腕、胴体に対して異様に短い三本足という全体像を露にしながら、それは人気(ひとけ)のない海岸へゆっくりと上陸する。

 往年の怪獣映画を彷彿とさせる光景ではあるが、鳴り響くのが大地を踏みしめる足音ではなく、キャタピラの硬質な駆動音であることが、それがあくまでも機械――ロボットであることを物語っている。

 

「よしっ。どうにか到着っと。人は…………いねぇみてぇだな」

 

 そのコクピットに収まって周囲の様子を確認するのは、大海のど真ん中から光秋たちが乗るレイディバードを追ってきたイシカワだ。

 頃合いを見て海に潜った後、ひたすら薄暗い海底を進んでようやく陸の上に着いたその顔には、自然と安堵が浮かぶ。

 

「さーて、騒ぎになる前にゲッターをどっかに隠すとすっか」

 

 言うや手元のレバーを引き、自らの乗るロボット――ゲッターロボを3機の航空機に分離させると、各々後部推進器から炎を吹かしてこの場をあとにする。

 残されたのはキャタピラが通った跡だけであり、それも徐々に波にのまれて掻き消されていった。


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