横浜でルミエイラと連邦軍の初めての交戦が行われた日。
横浜基地を訪れて迷子になっていた光秋ら非特隊一行を格納庫に案内した小柄な若い連邦軍少尉、リョウト・キサラギは、案内を終えるや次の作戦のブリーフィングが行われる部屋へと急いでいた。
(……あのメガネ……加藤大尉っていったっけ?やっぱ変わってる気がする……)
去り際に用件を伝えるや自分の無事を心配してきた非特隊のリーダー格のことを改めて思い出しつつ、どうにか時間に間に合ったリョウトは空いている席に腰を下ろす。
ややあって席は埋まりきり、ブリーフィングが始まると、室内は重苦しい空気に包まれる。
「近日中に、DC残党殲滅の為にスラムに攻撃を仕掛ける」
「作戦内容は?」
「とにかく見かけた人間を捕獲又は殺せ。奴らを炙り出す」
「「「了解」」」
室内に集まった人々が口々に応じ、細かな詰めに入っていく中、リョウトは誰にも語ることなく胸中に疑念を抱いていた。
(これが本当に正義と秩序の為……市民の為なのか……?)
リョウトとて、世界の現状は理解している。
鬼やゴーストといった得体の知れない存在たちが世界中で跳梁跋扈し、地球連邦内部は長く続いたDC戦争で多くの地域が情勢不安定に陥っている昨今、一刻も早く安定した秩序を打ち立て、連邦――あるいは人類共通の脅威に一丸となって立ち向かう土壌を整えなければならないということを。その為に、多少強引でも速やかな行動が求められることを。
が、若き士官の志とは裏腹に、目の前では本来自分たちが守るべき連邦国民を巻き込むのもやむなしといった――”強引”と片づけるにはどうしても違和感のある――趣旨の作戦内容が練られていった。
そして時間は瞬く間に過ぎ、数日後。非特隊が日本で鬼やゴーストと戦い、大陸で赤い特機やモビルスーツといった異世界の機動兵器と邂逅していたその日。
リョウトはパイロットスーツを着込んだ体をパワードールのコクピットに収め、機体越しに伝わってくる輸送車の微振動に身を預けていた。
「…………」
ヘルメット下の表情は硬く、未だ迷っている心境を浮き彫りにしている。
しかしそんなリョウトの気持ちに関わらず、周囲をキャタピラを展開したアーマードール・ルークに護衛されたパワードール輸送車の一団は、一路作戦領域たる中東北東部の片隅にあるスラムへ向かっていた。
同じ頃、中東のとある荒地の廃墟、その地下を走る通路を、タンクトップにジーンズというラフな格好をした少女が歩いていた。
少女の名はユリン。今いる廃墟――もとい、第三次世界大戦の際に放棄されたらしい地下施設を基地としたDC残党に所属するパワードールのパイロットだ。
歳は14くらいだろうか。腰までかかる非常に長い黒髪に、大きくつぶらな瞳、針金のように細くも鍛えられた繊細な体と、普通に見てもかなりの美少女に当てはまる。
タンクトップから露出した肌には所々痣が浮かんでいるが、これは活動資金の都合でパイロットスーツを調達できず、今の様な平服で操縦してコクピット内の機器に体中をぶつけたことによってできたものだ。ユリン自身、パイロットになった当初はその苦痛に悩んでいたが、今では完全に慣れ切ってしまっている。
そんなユリンだが、今は顔を不機嫌に歪め、数日前のブリーフィングで聞いた話を思い出していた。
(DC残党を炙り出す為の無差別攻撃……何が秩序よ……何が世界の安定よ……こんなのって……それに……)
数日前に連邦軍内部に潜入しているスパイからもたらされた情報にしわを刻む一方、初めてこの話を聞いた際に感じた疑問も思い出す。
(スラムへの攻撃……DC残党以外に何か目的があるはず……手がかりもないのにそんなこと…………)
ブリーフィングの時と同様、いくら考えても答えは出ず、そうしている内に足の裏に違和感を覚えたユリンは歩を止め、踏んでいた薄い本を拾い上げる。
ページをパラパラと捲ってみると、どうやらファッション雑誌のようだ。
(こんなのあったっけ……?この間の物資搬入の時に誰かが置いてったのかな……?)
反政府武装組織の拠点にはミスマッチと思える色とりどりな服装の女性モデルが並ぶページを眺めながらそう推測する一方、不思議とその雑誌に興味を抱いたユリンは、そのまま通路を進んで格納庫へ移動し、部屋の端に腰を下ろしてしばらくそれを読みふける。
と、仲間の一人であるアレンがやって来る。同じパワードールパイロットであり、ユリンより少し年上の青年だ。
雑誌を読んでいるユリンを見つけるや、アレンは声をかける。
「なんスかこれ」
「わからないけど……色んな服を着た女の人の写真が載ってる」
「それが……どうかしたんスか?」
DCに加わる以前から反政府武装組織の一員として活動してきたアレンにとって、ファッションなど未知の分野であり、ましてやオシャレに興味を抱く女の子の心境など想像の埒外だ。
もっとも、ユリンもユリンで物心ついた頃から中東の貧民街でその日を食い繋ぐだけの生活を数年間続けており、2年前にアレンたちに拾われてからもパワードールパイロット――それもこの組織内でエース――として暮らしてきた為、安定した地域に暮らす同じ年頃の少女が覚えるような感覚を育む時間は無かったのだが。
「いや…………こんな服……一度は着てみたいとか思ったりして……」
それでも、一人の女の子として興味自体はあるらしい。言いながらぎこちなくユリンが指を指したのは、空色のフリル付きのワンピースだった。
「アレンとユリンか。どうしたんだ?」
そんな時、もう一人のパイロット仲間たるジークがやって来る。アレンよりも少し年上の男であり、ユリンにとっては兄の様な存在だ。
「あ、ジーク。ユリンちゃん、こんな服着たいらしいッスよ」
そう言ってアレンはユリンのファッション雑誌を取り上げ、ジークに見せる。
「な…………ちょっ………」
それを止めようとして果たせず、ろくに口も回らず、ユリンは恥ずかしさで顔が赤くなっていた。
「へぇ……可愛いんじゃないか?」
「ふ…………ふざけるなァァァァァ!!」
「ぐふっ……」
「ぐあっ!?」
ジークが思ったままを告げるや、即座にユリンはアレンにドロップキックを食らわせ、着地した直後にジークの腹を殴った。
「はぁ……はぁ……」
「何故だ……」
激痛にアレンが悶える横でジークはそう嘆くも、内心はユリンにちゃんと女の子らしい面があることに安心していた。
「もうそろそろ用意し…………どうしたんだ?お前ら」
そこにパワードール部隊の隊長・ハミルトンが現れ、ユリンが息を荒立てジークとアレンが横たわっている光景を目にしながら問うた。
「な、なんでもないッス……」
「そうか……なんだこの本……ファッション雑誌か?何でこんなところに」
「余計な詮索はしないで」
「お、おう。分かった、ユリン」
パイロットメンバーのリーダー格たるハミルトンも、ナイフにも負けない鋭さを誇るユリンの眼力には敵わず、そのまま黙って拾い上げたファッション雑誌をコンテナの上に置いた。
「まあいい。出撃準備するぞ」
気を取り直してそう告げるや、ユリンと、激痛からある程度回復したらしいジークとアレンが各々のパワードール・アンタレスに駆けていく。
連邦軍によるスラムへの攻撃、それを迎撃するDC残党の出撃が始まろうとしていた。
(メインシステム通常モード。各武装オールグリーン。カメラモード通常モード。レーダーON、ECMは対誘導ミサイルのジャマーに限定。FCS起動。通信Chを3に設定。チェック完了…………)
DC戦争末期に連邦軍から鹵獲した輸送機・レイディバード、その格納庫の片隅に佇むパワードール・アンタレスのコクピットの中で一通りの確認作業を終えると、ユリンは目を閉じ集中力を高めていた。
と、こんな時に、あるいはこんな時だからか、脳裏に嫌な思い出が浮かんでくる。
(お父さんを…お母さんを…返してよ!)
燃え盛る廃墟で、一人の幼い少女が自分に対して悲痛な叫びを上げている。
(ごめんね……)
そう言って彼女を抱き寄せると、その手に拳銃を渡した。
(代わりに……その銃で私を殺して……)
その時の自分は知らなかった。他の償い方を――少女に殺される以外の方法を。
(お父さんと……お母さんの仇……!)
(ほら……撃って……)
そして、渡した拳銃の先が自分に向けられる。
――……こんな最期なら悪くないかもしれない。
(……ッ!うぐっ……!)
思った刹那、鋭い銃声が鳴り響き、胸から大量の血が溢れてくる。
(……両親の仇…………討てたね……)
苦悶に顔を歪めながらそう告げると、少女は銃を落とし、泣きながら謝ってくる。
(違う……こんなの……ごめんなさい……ごめんなさい……)
(いいんだよ……)
(ごめんなさい……私も死ぬから……それでおあいこ……)
言うや少女は拳銃を拾い、銃口を頭に当てた。
「ダメ……やめて――」
止めようと手を伸ばすも激痛に悶える体は思うように動かず、やっとの思いで絞り出した声も2回目の銃声に掻き消された。
(…………またあの日の……)
それはユリンが13歳の頃――まだDCの一員として活動していた頃の記憶。
ある街に攻撃を仕掛け、そして大勢の罪のない住人を殺した。その中で唯一生き残ったのが思い出に出てきた少女であり、彼女に殺されることでその罪を償おうとするも死ねず、それどころか彼女を自殺させてしまった、とても苦い過去。
(だから私は、あの子の死を無駄にしない為に生きることにしたんだ。ただひたすらに……)
その一件の後に抱いた想いを思い出しながら、ユリンはタンクトップの上から胸の辺りを撫でる。そこにはあの日の弾痕が未だ残っているが、本人は罪の証だと思っている。
そこまで考えると、今度は数日前、今回の作戦のブリーフィング後にジークと交わした会話を思い出す。
(お前の言う"償い"には丁度いいんじゃないか?今度はお前が守る番だ)
(……何百人……いや、何千人救ったところで償える罪じゃないわ。人の命は守るより奪う方が簡単……だけど、奪う方がずっと重いんだから……一生かけて償い続けるつもりよ……その為にも死ねない)
直後、ハミルトンの声が通信機から響き、ユリンは思考を中断する。
『目標確認。敵部隊はもう到着して攻撃を始めている。各員、パワードール投下するぞ。着地に備えろ』
指示を聞くやユリンは操縦桿を握り直し、力を入れる。
『投下開始!』
「…………ッ!!」
内臓がこみ上げてくるような不快感に耐えながら、足のペダルを踏みブースターを吹かし、衝撃を緩めて着地する。
「はぁ……はぁ……」
『相変わらず着地は苦手か?ユリン』
「だ、大丈夫……」
『無理はするなよ』
「了解」
ハミルトンとのやり取りで気を取り直すや、ユリンは戦闘態勢に入る。
「突っ込むから援護お願い」
『分かったッス!』
アレンの返事を聞くや、ユリンのアンタレスはマシンガンを構え、前方のアーマードール・ルークに突撃、勢いのままにその脚部を蹴り飛ばしてバランスを崩させ、近づいてきたコクピットにマシンガンの一連射を叩き込む。
『『『なっ!?』』』
その光景を見て、他のチームのメンバーは驚愕する。
この世界における人型機動兵器の元祖・パワードール、その運用データを参考にしつつさらに上の人型機動兵器として生み出されたのがアーマードールであり、必然的に基本性能は後者の方が高い。不意打ちとはいえ、1対1の勝負ではパワードールの方が不利であることが常識、旧式のアンタレスならばなおのことだ。
加えて、パワードールの操縦はコクピットにかなりの負荷がかかる。それこそ通常ブーストでもGによる負担がかかるほどだ。特にパイロットスーツのない武装勢力ではそれが顕著になる。
それを、ユリンはパワードールでの飛び蹴りという方法でその常識を破壊した。ユリンの無茶な戦いはある程度有名だったが、実際に目の当たりにすると驚きは隠せなかった。
「ちっ……次!」
ユリンは血反吐を吐くと、近くの最新型パワードール・サジタリウスに向けてマシンガンを乱射、蜂の巣にした。
『第3部隊、ユリンに続け!彼女の後方を援護しろ!前方は足手まといにしかならない!』
『『了解!』』
ハミルトンの号令の下、すぐさまユリン以外の3人は彼女の後方に配置、援護態勢に入った。
『第1、第2部隊はそれぞれ反対方向を遊撃!犠牲者を最小限に抑えろ!』
他の部隊もそれぞれ戦闘体勢に入り、本格的に戦闘が始まった。
その頃、戦場から少し離れた連邦軍部隊の待機地点では。
『敵が現れた。リョウト、準備は出来ているな』
「あぁ……」
あるパワードールのコクピットの中で、少し幼い顔立ちをした青年が出撃準備をしていた。リョウトだ。
(……これが本当に正しいのか……?)
『悩んでいるのか。これも秩序のためだ。割り切れ』
「了解」
通信越しの声に応じると、パワードール輸送車のハッチが開き、彼の機体が現れる。
白銀の装甲に、ところどころ赤があしらわれ、騎士のようなイメージを与える外観をした、いっそ趣味的ともいえるデザインをしたその機体は、実用性第一を信条とするパワードールにあっては異端といえた。
『今日はその機体のテストも兼ねている。何としてもその機体は持ち帰れ』
「了解。パワードール、セラフィム、出撃する!」
応じるや、リョウトは騎士のようなパワードール――セラフィムを輸送車から発進させ、最も問題となっている戦域へ駆けさせる。
ジークのアンタレスが撃ったスナイパーキャノンの大口径榴弾が、正面のルークの右膝を歪めて擱座させる。
間を置かずユリンはそのルークに接近し、向けられたマシンガンの弾雨を左右に動いてかわしながら懐に入ると、左腕に装備されたパイルバンカーをコクピットへ突き入れる。
炸薬の爆発によって押し出された杭がハッチを貫き、マシンガンを構えていた腕が力無く下ろされるのを見てそのルークの沈黙を確認すると、ユリンはレーダー画面を見やる。
「これで5機……この反応……速い!」
丁度高速で接近する機体を感知すると、ユリンはその対応に移る。
「あれは……新型!?」
少し移動した先で確認した新型パワードールと思しき白銀の騎士の様な機体に、思わず驚嘆の声が漏れる。
その新型パワードール――セラフィムは腕部のブレードを展開するや、ユリンのアンタレスに斬りかかってくる。それをユリンはパイルバンカーの杭で受け止めた。
「強い……!」
『投降しろ!そうすればこの戦いは終わる!』
「何が戦いよ……!罪のない人を傷付けて……これがあなたたちの正義なの!?」
『ッ…………!』
通信越しに聞こえたセラフィムのパイロットと思しき声に言い返しながら、ユリンはアンタレスにセラフィムを弾き返させ、体勢を立て直す。
そして、両機が再びぶつかり合う。
『お前たちが秩序を乱すから!』
「何の為の秩序よ!弱者を虐げて、それが秩序の為?冗談じゃない!」
そんな口論の間にも両機は一進一退の攻防を繰り広げている。
加勢に入ろうと接近した連邦軍のパワードール・サジタリウスが空振りした一太刀に腕を斬り落とされ、ルークがマシンガンの流れ弾を食らって砕け散る。DC残党からもアンタレスが突撃をかけるものの、両機の間に入ったその機は数瞬で穴と切り傷だらけのスクラップと化す。
それは、既に並の機動兵器乗りに近寄れる状態ではなかった。
『仕方ないだろ!鬼やゴースト――人類共通の脅威と立ち向かうには、一刻も早く人類を一丸にしなければならない。強い秩序を打ち立てなければならい!そうしなければ世界は守れないんだから!!』
「そんな事でしか守れない世界なら、脅威諸共私が壊す!この手で!」
『本気で言ってるのか!?その力がどれだけの人を傷つけた!お前たちのやっていることは秩序を乱す暴力でしかない!混乱を長引かせて、人外共の好き勝手を助長してるだけに過ぎない!!』
「あなたはそれで納得しているの!?本当にそれでいいの!?」
『いい訳ないだろ!でも、こうすることで少しでも早く脅威を除けるなら――必要最低限の犠牲で済むならそうするしかないだろ!』
「それはただの逃げよ!」
その時、アンタレスの腕がセラフィムの懐を捉え、拳を叩き込んだ。
『ぐあっ!?」
「くっ…………流石新型ね……」
その衝撃で、セラフィムが膝を着く。
「これで…………」
『ここまでか……』
その時、セラフィムのコクピットのモニターが突然光り出した。
《KIKYO SYSTEM MOTION》
「君は…………一体…………」
気がつくとリョウトは、真っ白の空間にいた。そして、その目の前には、一人の少女が背を向けて佇んでいる。
「…………」
「君……何処かで……」
しかし、それを考える間も無くリョウトの意識は暗転した。
『キキョウシステム起動。精神干渉を開始します』
「何だこれ!?どういうことだ!」
再びリョウトが意識を取り戻すと、今度はコクピットにいた。そして、直後に聞きなれないメッセージが流れ、コクピットが赤い光に染まる。
「何だこの感じ…………うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突然襲ってきた強烈な頭痛に、リョウトは悲鳴を上げる。システムの精神干渉によるものだ。
『システムオールクリア。時空間兵器、起動します』
「何が……起こってるの……?」
目の前のパワードール、セラフィムの各部装甲が展開し、赤色に発光する。
そして突然、セラフィムの横にあった電柱が折れ曲がり、歪みながら潰れていった。そのまま、セラフィムの周りの空間がところどころ歪んでいく。
「何なの……あれ……」
ユリンは未だに信じられずにいた。目の前のセラフィムに起こっていることが。
ユリンとて、鬼や時空崩壊といった、一見常軌を逸したような存在や現象を目にしているし、昨今の科学技術、殊に機動兵器の進歩は著しく、少し前まで夢物語の域だった機能が次々実用化されていることも承知している。
が、いくらそうした知識を備えていても、最新型であるといっても、目の前の機体は所詮性能では他の機動兵器に圧倒的に劣るパワードールでしかなく、そんな物に空間を歪める機能が搭載されているなど、ユリンには鬼や時空崩壊以上に世界の常識を超えているように見えた。
「今なら……やれる!」
声を出すや、ユリンは勇気を振り絞り、恐怖を押し潰してセラフィムに突撃する。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
恐怖を振り払う為に叫びながらアンタレスのパイルバンカーを構え、立ち止まっているセラフィムに飛びかかった。
しかし、
「なっ!?」
パイルバンカーの杭はセラフィムの寸前で止まってしまう。
「届かない……?」
何度もトリガーを引くも、セラフィムの前に見えない壁があるかの様に杭は進まず、攻撃は届かない。
「バリア……とでも言うの……?」
『……やめ…………ろ………!』
セラフィムの手のひらで、空間が急激に歪み始めた。
「何を…………まさか!?」
刹那、その手でセラフィムはユリンのアンタレスを殴り飛ばした。
「ッ………!!」
その衝撃で、アンタレスの正面装甲は大きく歪み、コクピットにもダメージが来る。
「痛っ………!反則じゃない……」
強がってみせるものの、ユリンの体には大量の破片が突き刺さり、血だらけになってところどころ痙攣もしている。
「もう一発食らったら……間違いなくあの世行きね……」
そう言いながら、ユリンは力を振り絞りアンタレスの操縦桿を握る。
「……やば……力も抜けてきた……」
視界が眩んでいくが、それでもユリンは強い意志で持ち堪える。
その時、
「あれは……子供!?」
ユリンが見たその先には、死体の前でうずくまる少女がいた。
(あれに巻き込まれたらあの子は……そんなこと……させない!)
その時、ユリンの瞳が金色に染まった。
コクピットをスナイパーキャノンから撃ち出された榴弾で爆破されたルークが倒れ込み、その先にいたサジタリウスを押し潰していく。
その横では別のサジタリウスがロケット弾の直撃を受けて吹き飛び、あるいはマシンガンの斉射を受けて蜂の巣となっていた。
『こっちは全滅したッス!』
『こっちも終わった。ユリンは?」
『……通信が届かない』
『何……?』
目の前に広がる屑鉄の山を作り出した第3部隊――アレン、ジーク、ハミルトンは、敵を壊滅させてユリンの探索に入っていた。
『……いたぞ。でもあれは一体……』
『どうした?』
ジークがユリンを発見する。しかし、そこで見たのは余りにも現実離れした光景だった。
装甲の歪んだ中破状態のアンタレスと、新型と思われる機体がなんと殴り合いの戦闘をしていた。
しかも、一発一発が大きな爆風を起こして。そして、その周りではところどころ空間が歪んでいた。その光景を、一人の少女が眺めていた。彼女は、一見危険に見えて、確実にアンタレスに守られていた。
『おいおい……少年漫画か?これは』
その光景を見て、ジークはそう呟く。
『どれどれ……って何すかコレ!?』
アレンも、その状況を見て驚愕していた。
『ユリン……お前は一体……』
そんな中、ハミルトンは一人そう呟いていた。
ユリン同様、常軌を逸したような物事を見聞きしている彼らだが、同時にユリン同様、それでも目の前の光景は非常識的に見え、悪寒を感じずにはいられなかった。
「この力…………一体…………」
激しい戦いの中、ユリンは呟いた。それもそのはず、空間を操る力。それを今使っているのは、アンタレスではない。ユリン本人なのだから。
「あなた、そこの罪のない女の子も殺す気!?それがあなたの正義!?」
『正…………義…………?』
ユリンがそう叫んだとき、セラフィムのコクピットでようやくリョウトが正気を取り戻した。
「これの何が秩序よ!脅威への備えよ!こんな…………!」
『俺は……何を…………!』
その時、リョウトの目に映った。セラフィムを、自分を見て怯える少女が。
「あなたはその子を殺そうとした。その子に何の罪があるの?脅威を除く為なら子供を犠牲にするのも仕方ないことなの!?」
『俺は……俺は……!』
『セラフィム、帰投しろ。データは取れた』
『くっ……!帰投する……』
通信の帰投命令と同時に、セラフィムは撤退していった。
「……私……どう…………しちゃったんだろ……」
去っていく白銀のパワードールを見送ると、ユリンは気を失い、コクピットの中で眠りについた。
「何だあのシステムは!?」
集合地点と定められた最寄りの基地に到着するや、セラフィムから降りたリョウトは横浜基地から同行したスタッフの首元を掴み、壁に叩きつけた。
「不満かね?キキョウシステムは」
「キキョウシステムとは何だ!?」
「機密情報だ。教える訳にはいかんな」
「チッ…………」
リョウトはスタッフを手放し、舌打ちすると、ひとまず制服に着替えようと更衣室へ向かう。
「キキョウシステム……嫌な予感がする……探ってみるか」
その道中、誰にも聞こえない声でそんなことを呟きながら。
その頃、ハミルトンらDC残党は、作戦参加部隊と周囲の被害確認を済ませ、生き残ったアンタレスを迎えに来たレイディバードに積んで基地への帰路についていた。
(…………ユリン……お前は…………)
自分のアンタレスのコクピットに座るハミルトンは、開け放たれたハッチから格納庫の片隅に横たわる包帯だらけのユリンを眺める。
停止したアンタレスから引き出した際、体中に刺さった破片で血まみれになっていたのを見て、応急処置を施した後、非常用の鎮痛剤を注射して寝かせたのだ。
と、不安そうな表情を浮かべたジークが歩み寄ってくる。
「……どうしたジーク?浮かない顔して?」
仲間の不安を和らげようと、ハミルトンは意識して明るい声色で訊いてみる。
「いや、ユリンなんだが…………大丈夫、だろうか……?」
「…………」
言葉を選んでいるような歯切れの悪い返答に、ハミルトンは未知の力を駆使して連邦軍の新型と戦っていたユリンの姿を思い出す。
(ユリンのあの力が危険ではないか、ということか?……否、ジークに限ってそれは無いな。となると……)
少し考えてその胸中を察すると、多少現実的な要素も加味した上で返す。
「確かに、今回の怪我はかなり危ういだろうな。それこそ基地に帰るまでは、俺たちにはあぁやって包帯巻いて止血して、気休め程度の鎮痛剤を打って楽にしてやるのが精々だ。だが、ユリンのしぶとさはお前も知ってるだろう?”償う”までは何が何でも生き延びる、そういう奴だ。その執着を信じようじゃないか」
「…………そうだな」
ハミルトンの言葉に、心なしか不安の引いた顔で応じると、ジークはユリンの傍らに腰を下ろし、羽織っていた上着を掛け布団代わりに掛けてやると、疲れを浮かべた寝顔をそっと撫でてやる。
直後、レイディバードの操縦士の悲鳴に近いアナウンスが響き渡る。
『こ、後方よりリオン9機接近!連邦軍ですっ!』
(!パトロールと鉢合わせ……否、こっちが無防備になった隙を突いてきたか……)
今というタイミングと9機という数に半ば確信的に断じつつ、ハミルトンは周囲を見回して事態に対処しようとする。
元来20メートル級のパーソナルトルーパーやアーマードモジュールの運搬を前提に開発されたレイディバードの格納庫には、今は多様な装備を備えた多数のアンタレスが積まれている。
「…………!」
それらを見ていると、不意にジーク機、それに装備されたスナイパーキャノンが目に入る。
(あの長射程を上手く使えば、迎撃できるかもしれない……もっとも、空中を自在に動き回れるリオンにどこまで通じるか…………しかし、現状ではこれ以上の策は…………悩んでいても仕方ない!最低でも、あと数分飛べばなんとかなるんだ。それなら……)
若干の迷いを覚えながらも腹を括ると、ハミルトンは自機の無線をレイディバードの操縦室へ繋ぎ、同時にざわつく格納庫内によく通る声を上げる。
「みんな、聴いてくれっ」
自身の中にある不安を見せないよう注意しつつ、考えたことを早口に述べていく。
「……他に方法は無さそうだな」
「このままじゃ確実に墜とされるしな」
「何もしねぇよりはマシか!」
「……よし、じゃあ早速準備だっ!」
口々に肯定的な声が上がったことに安堵したのも一瞬、ハミルトンのひと声の下、レイディバードに乗り込んでいる者たちはそれぞれ動き出す。
ジーク機を中心にマシンガンやマイクロロケットを備えたアンタレス数機が格納庫後部に並び、自機の装備がこの作戦に不向きだったり、自機が動かない、あるいは先の戦闘で失った者たちは前部側へ避難する。操縦士も何処かしらに通信を繋ぎ、無線越しの相手に現状を手短に説明する。
ややあって各々の配置が完了すると、後部ハッチが開け放たれ、編隊を組んで迫ってくるリオン9機にそれぞれの火器を向ける。
その時、リオンの1機がおもむろにレールガンを撃ってくる。
『!!あいつら、警告も無しッスか!?』
「御意見無用はお互い様だ。こちらも行くぞっ!!」
『了解ッ!』
レイディバードの脇を豪速で掠っていく弾丸にアレンが裏返った声で叫ぶ傍ら、ハミルトンの号令に応える様にシーク機のスナイパーキャノンが火を噴く。
撃ち出された榴弾は瞬く間にレールガンを撃ったリオンの頭部に命中し、頭部を爆砕すると同時に推進器周りに不調を負わせたのか、見る見るその高度を下げさせていく。
連邦側には予想外の攻撃だったのか、僚機が陥った事態に他のリオンたちは慌てて散開するが、そこに多数のマイクロロケットが迫り、反射的に回避した1機の胸部にスナイパーキャノンの一撃が着弾し、空にひと際大きな爆発の光が広がる。
『オォ!!』
『思ったより行けるぞッ!!』
たちどころの2機撃墜に所々から歓声が上がるが、ハミルトンの表情はあくまでもシビアだ。
「油断するなっ。マシンガン持ちは弾幕を張れ!」
その指示が終わるか終わらないかといった頃合いに、スナイパーキャノンの射線に入らないよう注意しつつ距離を詰めてきたリオンたちからミサイルが放たれる。
即席の機銃座となったアンタレスたちのマシンガンが四方八方から迫るミサイルを迎撃し、パイロットによってはスナイパーキャノンの射線にリオンを追い立てようと試みる者もいるが、肝心のジークは激しく揺れるレイディバードに声を荒げる。
『オイッ!あんまり揺らすなッ!狙いが定まらんっ!!』
『無茶言わないでください!こっちはただでさえ足の遅い輸送機なんですよ、すばしっこいリオンに囲まれようものなら……』
多分な恐怖を含んだ声に、ハミルトンは操縦士に賛同する。
「彼の言う通りだ。袋叩きに遭えばそれで終わりだぞ」
『だが墜とせないことには――』
「あと少しだけ時間を稼げれば充分だ。撃墜に拘らなくても、火力や飛行機能を奪えれば……最悪牽制だけでもできればそれでいい」
『……了解』
ハミルトンのやや強い語調と、先ほどの作戦概要を思い出してか、ジークはいくらか怒りの引いた声で応じ、レールガンを向けて接近してきたリオンに1発撃って追い払う。
が、直後に別の1機にレイディバードの上に回り込まれてしまう。
(しまったッ!!)
ハミルトンが思う間にも、そのリオンは眼下のレイディバード、その操縦室にレールガンの狙いを定める。
刹那、横から飛び込んできたアーマードモジュールほどの大きさの光球がリオンを粉砕し、直前に撃ち出されたレールガンの弾が操縦室の脇を掠める。
「?……ガーリオンだと!?」
機体を包んでいた光――エネルギーフィールドが消えて現れた細身の、しかしリオンよりも人型に近い姿に、ハミルトンは思わず狼狽の声を漏らす。
よく見ればそのガーリオン――より厳密にはガーリオン・カスタム――には右腕と右脚が無く、左手にはアサルトブレードが握られている。
と、ガーリオン・カスタムが来た方向からリオンをより人型に近づけたような黒い機体――レリオンも現れ、ガーリオン・カスタムの後方につくや手にしたボックス・レールガンをリオンたちに向けて撃っていく。
不意の増援に困惑したらしいリオンたちの足並みは乱れ、その隙を突く様にガーリオン・カスタムは手近の1機の胴部をすれ違いざまにアサルトブレードで両断する。
『援護を!』
「!ジークっ!」
『りょ、了解!』
頭部を向けながらのガーリオン・カスタムのパイロットの声に、一連の光景を格納庫から唖然として眺めていたハミルトンはハッとしながら指示を飛ばし、ジークも未だ動揺を残しながらもスナイパーキャノンを撃ってリオンの左肩を砕く。
そうしてリオンたちの牽制――可能なら損傷を与える――が続くことしばし、不意に地上からリオンたちへ向けてマシンガンと思しき一連射が加えられる。
地上から上空の標的を撃ったこともあるが、もともと狙いが甘かったのか弾はどのリオンにも1発も掠りもしなかったものの、直後に響き渡った拡声器越しの声に、リオンのパイロットたちはこれまで以上の動揺を、ハミルトンたちレイディバードの乗員たちは歓喜を上げることとなる。
『接近中の連邦軍機に告げる。我々はイスダルン国国境警備隊である。先ほどの攻撃は威嚇だ。貴官等は我が国の領空に無許可で侵入しようとしている。至急転進して引き返せ。この警告に従わない場合、我々は実力を以って貴官等に対処する』
「……なんとか、持ち堪えたな…………」
眼下の荒野に並んだマシンガン装備のルーク数機、そこから響く有無を言わせぬ言葉に、自身の立案した目論見が成功したハミルトンは脱力した体をコクピットのシートに預ける。
(イスダルン国の領内に拠点を設けておくのは、こういう時に役に立つ。イスダルン国にとって、例え残党でもDCは連邦とやり合う上でまだ利用できるからな。上手く匿った上で、人外共が好き勝手やる今の情勢を逆手に取れば、連邦も迂闊には手を出せん)
目の前の事態のカラクリを胸の中で整理している間にも、国境上空すれすれで滞空したリオンたちから憤りを含んだ声が響く。
『領空侵犯というなら、まずそのレイディバードだろう!』
『そいつらはテロリストなんだぞ!ここまで追いつめてオメオメと見過ごせるかっ!!』
そんな叫びが響く間にも、ハミルトンたちを乗せたレイディバードと、その周囲を追従するガーリオン・カスタムとレリオンはリオンたちから離れていく。
『貴官等の主張するものについて、我々は関知していない』
『そんな台詞が通じると思ってるのかッ!!』
取り付く島もない警備隊の返答に、リオンの1機がレールガンを向ける。
が、
『停戦協定を破るか?鬼やゴーストの他に、この上我が国まで相手にするか?』
『『『…………』』』
その一言にレールガンを向けたリオンは砲口を逸らし、機体の挙動に口惜しさを滲ませながら、1機、また1機と転進していく。
「……ふぅー……あとは基地に帰るだけ――いや、まだ一つあったな」
一連の様子を見て危機が去ったことに安堵したのも束の間、ハミルトンは傍らを飛ぶガーリオン・カスタムとレリオンを見る。と、後方からさらに2機、頭と両腕の無いレリオンが追いかけてくる。
「……危ないところを助けていただき感謝する。貴官等もDCか?」
『そうだ』
無線越しに問いかけるハミルトンに、ガーリオン・カスタムのパイロットが答える。
『ヨーロッパの方に潜伏していたんだが、疫病神にそそのかされて盗賊の真似事をしたらこのザマだ。おまけにアジトまで攻められそうになったんで、夜逃げしてイスダルン国に匿ってもらおうとしたら、貴官等が見えたからな』
「……そうか」
心なしか自虐的に語るパイロットに、ハミルトンは短く応じる。
と、後方を飛んでいた頭と両腕の無いレリオンの1機の足取りが危うくなる。
『隊長……』
『やはり、応急修理ではここまでが限界だったか……』
不調になり始めたレリオンのパイロットと思しき声に、ガーリオン・カスタムのパイロットは惜しむ声を漏らす。
「……」
それを見て、ハミルトンはしばし思案し、レイディバードの操縦室に無線を繋ぐ。
「同志の機体が不調のようだ。乗せてやってくれ」
『いや、しかし……』
「積載量はまだ余裕があったろう?そうでなくとも彼らは俺達の恩人だ。恩を仇で返すのか?」
『……了解』
痛い所を突かれた様子で応じると、操縦士は機内放送で他のアンタレスたちに場所を空けるよう呼びかけ、不調なレリオンの受け入れ態勢を整えていく。
ハミルトン自身放送に従って端に避けると、アンタレスを降りて格納庫前部に避難させていたユリンの許へ歩み寄る。
先の戦闘の負荷は思った以上に強かったらしい。一連の騒動に気づいた様子もなく、未だぐっすりと眠っている。
「一件落着……かどうかは怪しいかな……?」
格納庫に倒れ込む様に入ってくるレリオンを眺めながら、戦闘とは違う意味で騒がしくなる予感に、ハミルトンは嘆息を漏らした。
そんな乗員のことはつゆ知らず、ガーリオン・カスタムと2機のレリオンを伴ったレイディバードは、一路自分たちの基地を目指す。
「…………あれは一体…………」
セラフィムとの戦闘からどれくらい経っただろうか。重い目を開けたユリンは、自分が基地のベッドの上に横たわり、包帯だらけの体に鎮痛剤らしき点滴を打たれていることを把握する。
「それよりも……私は……」
直後に戦闘の記憶、特に後半の様子を思い出したユリンは、自分の事に疑問を抱いた。
金色の目、空間を操る力。どちらも人間という範疇ではない。
「あの敵……いつかまた……」
あの敵――セラフィムと戦えばいつか核心に辿り着けるかもしれない。
直感的にそう考えると、ユリンは再び眠りについた。