スーパーロボット大戦H/ハーメルン   作:一条 秋

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19 裏切りの決闘 後編

 恭弥の提案した作戦、それに基づいた配置を終えた非特隊・ヴァルキリーズ協同部隊は、早速行動を開始する。

 

『準備いいわね……作戦開始!』

 

 戦機人の拡声器越しにノゾミの号令が飛ぶや、シルフィード、ユニコーン・白、アトランティア・ルージュ、ネメシス08が、各々得物を構えて急上昇する。

 それに合わせる様に、上空からはクロイツリッター2、グランツハーケン1の分隊が5組、マシンガンやビーム銃を撃ちながら急降下してくる。

 

『行くぞユウ君!』

『了解!』

 

 恭弥とユウの叫びを表す様にシルフィードとネメシス08が速度を上げ、地上からは一定間隔に散開したアキラとサヨコ、アカネの戦機人3機、ギガンティックのガトリングガンによる援護射撃が行われる。

 戦機人の各自1挺、ギガンティックの4挺、計6挺による厚い弾幕が形成され、シルフィードらに向かっていたクロイツリッターたちが分隊ごとに散り散りになると、内2組が再度恭弥たちに迫る。

 先行していたシルフィードとネメシス08を1組が囲むと、クロイツリッター2機がマシンガンを斉射し、それを縦横に動いてかわしつつ、恭弥もルミナのビームを、ユウもマシンガンを放って応戦する。

 しかし、

 

『『!?』』

 

互いに反射的な回避行動が続いて周囲把握が疎かになっていたのか、気づけば背中を合わせている状況に2人は驚愕する。

 

『しまったっ!』

『誘いこまれたか……!』

 

 ユウと恭弥が歯ぎしりする間にも、その上空にグランツハーケンが着き、しっかりと両手保持したビーム銃の口を2人に合わせる。

 その時、後方下から飛んできた大口径弾がグランツハーケンの右脚を付け根から砕き、衝撃でブレた銃口から放たれたビームは明後日の方へ飛んでいく。地上に展開していたノゾミとミオ、アリスら第三分隊3人の大口径レールガン装備の戦機人計5機、内ミオ機による援護射撃だ。

 

『!』

 

 その隙を逃さんとユウはネメシス08を加速させ、移動中に持ち替えたビームランス、その三又の穂先をグランツハーケンの胸部へ突き入れる。

 動力を焼かれたグランツハーケンが落下していく傍ら、恭弥はシルフィードの肩部レーザーキャノンを撃って正面のクロイツリッターの頭部を潰し、振り返りざまに後ろのクロイツリッターをルミナの横払いで胸部から両断、そのまま一回転して正面の機に間合いを詰めると突進の勢いのままルミナの切っ先で刺し貫く。

 

『一夏君たちは?』

 

 クロイツリッター2機の落下を確認するや恭弥は周囲を見回し、こちらもクロイツリッター2機のマシンガン斉射に追われている白とアトランティアを捉える。

 二方向から迫る銃撃を、白とアトランティアは不規則に動いて避けていく中、2機が背中合わせになる。

 それを両側からクロイツリッターたちが挟み込み、4者が一列になった刹那、

 

『今――』

『――だぁぁぁっ!!』

 

一夏とカノン、2人分の叫びと共に白とアトランティアは駆け出し、それぞれ突き出した剣の切っ先を正面のクロイツリッターに打ち据える。

 若干狙いが逸れた一夏は相手の左腕を肩から切断するだけに終わる一方、カノンは狙い通り胸部に命中させ、そのクロイツリッターは糸が切れた様に落ちていく。

 その時、アトランティアの頭上にグランツハーケンが着き、幅広のビーム剣を振り下ろしてくる。

 

『ヤバッ!』

『カノォォォン!!』

 

 それを見るや絶叫と共に一夏は2機の許に接近し、雪羅の指先から伸ばしたエネルギー刃をグランツハーケンのビーム剣目掛けて振るう。

 零落白夜に触れたビームは瞬時に掻き消え、がら空きになった相手の腹部に右蹴りを入れて距離をとったのも束の間、一気に懐に飛び込んだ一夏は接近の勢いが乗った雪片弐型を胸部に突き入れる。

 

『バカ一夏!あんま消耗したら――!』

 

 その行動に、カノンは感謝以上に作戦遂行の観点からの焦りを覚えるものの、後ろから左腕を失ったクロイツリッターの銃撃が加わったために回避に専念する。

 銃弾を撃ち尽くすやクロイツリッターはマシンガンを2人の方へ放り投げ、白がそれを払う間に右腕と両脚の全ホーミングミサイル6発を近距離から撃ち込んでくる。

 

((避けられない))

 

 同時に直感するや、一夏とカノンはそれぞれ両腕を前に出して機体を庇う。

 その時、2人に迫っていたミサイル群の前に胸部に穴を空けたグランツハーケンの残骸が躍り出る。

 

『『!?』』

 

 ミサイル6発の直撃を受けた残骸は木端微塵になるものの、白とアトランティアは若干爆風に煽られるだけで事なきを得ると、慌てて残骸が飛んできた辺りを見る。

 

『アレって……カイザー……?』

『ナガイさんか?』

 

 地下格納庫に続くエレベーターの近くに佇む黒鉄の巨人――マジンカイザーSKLに、カノンと一夏はそろって目を丸くする。

 と、2人の横にシルフィードとネメシス08が寄ってくる。

 

『アレって……特機?あんなものまで……』

『ナガイさん、どういうつもりだ……?』

 

 初めて見るカイザーにユウは唖然とし、あれほど戦うことに消極的だった乗り手の意図を図りかねた恭弥は困惑する。

 それに合わせる様に、散発的な支援砲撃が続くヴェーガスからエリックの声で通信が入る。

 

『ナガイ・ゴウト、貴様何をやっている!民間人が戦闘に介入するなど――』

『手ェ組んでやる』

『……何!?』

 

 エリックの怒声を遮る様に、ナガイの決して大きくはない、しかし明確な意志を乗せた声が響く。

 

『テメェら非特隊と手ェ組んでやるっつってんだ。このルミエイラといかいう連中、下で黙って聞いてりゃあ、グダグダ口上垂れた上で、騙し討ちなんてクソつまんねぇマネしやがって……気に入らねぇんだよッ!そんな連中ブチノメせるんだったら、テメェらと手ェ組んでやるッ!!』

 

 揺れる気配が全く無い声色で言い切るや、カイザーの目でヴェーガスを見据える。

 

『…………なんか、随分凄い理由で加わろうとしてるな。あの特機の人』

『いや、あれは要約すると……「べ、別にお前たちの為に戦ってやるんじゃないんだからね!」ってことじゃない?う~ん、ツンデレ乙』

『とりあえずカノンッ!テメェ後で顔貸せっ!!』

 

 さらに唖然とするユウにカノンが独自の解説を述べるや、一行を見上げたカイザーから怒声が響く。

 

『え?顔貸せって……まさかの告白!?JC相手に、会ってまだ1日も経たずに!?いや~ん、ナガイさん手が早~い!でもごめんねぇ。私女の子しかそういう対象として見れなくて――』

『黙らねぇと今すぐブレストリガーぶちこむぞッ!!』

『え?いきなりそんなブッといのを女の子にぶち込む!?あ~んダメっ!心の準備が~……!!』

『…………つくづくマイペースだな、カノンちゃん』

『あの勢いは誰にも止められませんね……』

『オレ、このチームでこの先やって行けるのかな…………?』

 

 どこまで本気かわからないカノンと割と本気な様子のナガイの会話に、カノンの言動に慣れつつある恭弥と一夏は遠い目で感想を溢し、ユウは先のことへの多少の不安を覚える。

 そんな微妙な雰囲気を破る様に、地上に攻撃をかけていたルミエイラ機3組の内の1組が恭弥たちの許へ迫り、先頭のグランツハーケンがビームを撃ってくる。

 

『危ない!』

 

 すぐに一同の前に出た一夏が白のバリアを展開してそれを受け流すが、シルフィードら3機は批判の視線を向ける。

 

『だから、一夏君はあんまり消耗するなって!』

『今なら上はマシンガン持ち2機だけだ。ここはオレたちに任せていけ!』

『すみません!』

 

 言いながら白とクロイツリッターたちの間に入る恭弥とユウに応じると、一夏はスラスターを焚いて上昇し、その前面にアトランティアがつく。

 

『一夏も結構お節介なとこあるよねぇ。上の2機は私が引き付けるから、その間に』

『わかってる。手筈通りに』

 

 カノンの言葉を一夏が心得たとばかりに引き継ぐと、バリア発生装置の下に待機していたクロイツリッター2機が2人に迫る。

 

『あんたたちの相手は私だよ!』

 

 叫ぶやカノンは速度を上げ、クロイツリッターの1機と鍔迫り合いを行い、それを抜けて白に迫ろうとするもう1機にも地上から戦機人のレールガンによる牽制が行われる。

 そうして足止めをくらった2機の間を抜け、バリア発生装置との距離を詰めると、一夏は白の真後ろに集中させたスラスター4基を最大出力で吹かして一気に加速する。

 

『行っけぇぇぇぇぇぇ!!』

 

 叫びと共に前に突き出した雪片からエネルギー刃を発生させ、巨大な矢となった白が発生装置へと吸い込まれていく。

 エネルギー刃に触れたバリアは火を当てられた紙の様に掻き消え、スラスター4基の加速が乗った刀身が発生装置本体を貫く。加えてそれだけで白の加速を相殺することは叶わず、勢いを持て余した白本体の激突によって粉々に砕け散り、極東支部全域を覆っていたバリアは瞬時に消滅する。

 

『よしっ!』

『でかしたぞ一夏君!』

『伊達に可能性の獣が四枚羽根になったわけじゃないねっ!』

 

 それを見てユウと恭弥は歓声を上げ、カノンは感心した様に言いながら鍔迫り合っていたクロイツリッターを蹴飛ばして距離をとる。

 一方、一夏は白から送られてくる機体状況に、予想はしていたものの表情を曇らせる。

 

『すみません、今のでエネルギーがギリギリで……少し後退します』

『了解だ。なに、バリアは破ったんだ。これで援軍が来てくれれば一気に逆転できる!』

『それじゃあ、ヴェーガスに』

 

 自分が立案した作戦が達成されたことへの満足感もあるのだろう。嬉々として応じる恭弥に返すと、一夏はヴェーガスへ向かおうとする。

 が、バリア発生装置破壊の際に急速離脱していた翼付きの20メートル級の機体が、見るからに斬れ味のよさそうな大振りな剣2本を持って立ちはだかる。

 

『ふ~ん?結界破りの白騎士ねぇ?面白そうじゃな~い!私も手合わせ願おうかしらぁ?』

『クッ……!』

 

 拡声器越しに喜色満載な声を響かせながら今にも飛びかかろうとする翼付きに、余裕がないエネルギー状況を再度確認した一夏は焦りを浮かべながらも、両手でしっかりと持った雪片を前に出して身構える。

 その時、

 

『ちょっと待ったぁっ!』

 

叫びと共にクロイツリッターたちの相手を恭弥とユウに任せたカノンが、白を庇う様に割って入る。

 

『あんたの相手は私だよっ!!』

『あら~?元気のいいお嬢ちゃんねぇ……いいわぁ!言ったからには私を楽しませてもらおうかしら!!いい声で鳴いてねっ!』

 

 言うや翼付きは、その翼型ユニットを背部に向けて瞬間的に加速し、カノンも両手で持った剣を脇に引きながら、

 

『押して参るっ!』

 

叫びと共にアトランティアを突進させる。

 両者が激突し、3本の剣が火花を散らしてぶつかり合うのを遠くに眺めると、一夏は苦い顔を浮かべる。

 

『悪い、カノン……落ち着いたら必ず加勢に来るからな!』

 

 そう言って気持ちを割り切ると、ヴェーガスへの後退を再開する。

 

 

 

 

 アトランティアに剣を縦横無尽に振らせ、時には蹴りを交えて迫りくる2本を捌くカノンは、機体越しに翼付きの操縦者の歓喜の声を聞く。

 

『いいっ!いいわよお嬢ちゃんっ!!あぁまで言うだけのことはあるわねぇ。これで鳴いてくれたらもっと嬉しいんだけど~?』

「生憎、ロボットとプレイは別腹なんだよ!っていうか『お嬢ちゃん』って、声からして、あんたも私と歳そう変わんないだろう……がっ!」

『あんっ!』

 

 応じつつ、翼付きの腹部に蹴りを入れて距離を離すと、カノンは正面に剣を構え直す。

 自分では完全に防いでいたつもりだったが、相手の攻撃は何度か表面を掠っていたらしい。アトランティアの所々が再生の光に輝く傍ら、くの字に曲がって飛ばされていた翼付きが体勢を立て直す。

 

『う~ん……まだまだね。私鳴かされるのも好きなんだけど、今のは薄味ね~……今度は私が手本を見せてあげるっ!!』

「私にそんな趣味は無いっ!!」

 

 ますます気分を昂らせながら迫る翼付きに、カノンも再び剣を構えて踏み込もうとする。

 が、その時、

 

『カノン!じっとしてろっ!』

「!」

 

ナガイの制す声と共に地上からカイザーの2丁拳銃――ブレストリガーが放たれ、反射的に滞空したカノンは大口径弾の列が翼付きに迫るのを見る。

 

(行けるか!?)

 

 見たところ厚いとはいえない翼付きの装甲に、カノンは撃墜を予感する。

 が、

 

『ウフフッ!3人でヤるのもいいわねぇ!!』

『…………マジかよ』

 

飛んでくる弾丸の数々を、翼付きはテニスの素振りでもするかの様に次々を剣で弾き、その光景にナガイは呆れた声を漏らす。

 直後、

 

『じゃあ、これはお返しね、髑髏ちゃんっ!!』

 

言いながら右手に持った剣を左肩の上に引き、何かを溜める様にその姿勢で固まったのも数瞬、翼付きは剣を勢いよく振り下ろし、それに連動する様に刀身が伸長する。

 

「の、伸びたぁっ!?」

『!!』

 

 予想外の光景にカノンは驚愕の叫びを上げ、弾丸並みの速度で迫ってきた切っ先を、ナガイはカイザーに地面を蹴らせて後退することで寸でのところで回避する。

 

『さぁ~、まだまだこれからよ~!!』

 

 伸長の勢いのままカイザーが立っていた辺りに突き刺さって土埃を上げる剣、その機体の全長に対して不釣り合いなほどに伸びた刀身を軽々と掲げて意気揚々と告げる翼付き――厳密にはその操縦者に、カノンは戦闘によるものとはまた異質な恐怖を覚える。

 

「こいつ…………ヤバいよ…………」

 

 

 

 

 ヴェーガスのブリッジで戦況を見守っていたユイは、白がバリア発生装置を粉砕するさまを見て、思わず両腕を引いて喝采を上げる。

 

「やったっ!一夏さん!」

「……これが非特隊の戦い?…………凄い……」

「私のカノンが助力しているのもありますが……この世界の騎士たちもなかなかやりますね」

 

 その横では、飛鳥が非特隊の機体たちの一連の戦闘に呆然としながら呟き、リグルは少しだけ――ほんの少しだけ見直した様子で告げる。

 その間にも、白が若干キレを欠いた動きでヴェーガスに近づいてくる。

 

『こちらホワイト2。エネルギーの回復まで、近くで休息させてもらいます』

「了解。第三デッキに収容します。お疲れ様、織斑曹長」

『ありがとうございます』

 

 通信士・リンの労いに応じつつ、一夏の操る白は開放された第三デッキに進路を向ける。

 

「一夏さん……」

 

 傍らの通信を聞いた所為だろうか、疲れを溜め込んだ様な白の動きと、よく見れば攻撃が掠っていたのか、所々爛れた装甲に、ユイは今すぐにもで第三デッキに行って一夏の様子を見たい衝動に駆られる。しかし、

 

(今は戦闘中だし、観戦の代わりにブリッジの隅で大人しくしている約束だから、ダメだよね……)

 

そう思い、半ば自分に言い聞かせることで、なんとかその衝動を抑え込む。

 その時、

 

「クロイツリッター2機、こちらに向かってくるっ!」

「!?」

 

レーダー士・レックスの叫びに近い報告がブリッジに響き、ハッとしたユイは辺りを見回し、2時方向上空から2機――内1機は左腕が無い――のクロイツリッターが迫ってくるのを捉える。

 

「副砲で迎撃。ホーミングビームはギリギリまで撃つな」

 

 エリックの指示に応える様に、それまで機動兵器戦の援護に当たっていた全6基ある副砲――2連装圧縮粒子砲の内3基が向きを変え、計6門の砲口からやや太いビームが放たれるが、クロイツリッターは2機ともそれらを紙一重でかわし、五体満足な方は応戦のマシンガンを撃ってくる。

 

「!あ、当たったっ!?」

「対ゴースト戦を念頭に置いた外装だ。20メートル級のマシンガンくらいどうということはない。心配するな」

 

 艦体を叩くマシンガンの着弾音と強い振動に思わず狼狽える飛鳥に、エリックは正面から目を逸らさないながらも安心させる様に声をかける。

 

『コイツらッ!』

 

 一夏もデッキに向かうのを中断し、白の左腕からビームを撃って迎撃に加わるものの、合間を縫って飛ぶクロイツリッターの銃撃が止むことはない。

 そんな中、ユイは不意に違和感を覚える。

 

(攻撃してくるのは1機だけ……1機?片腕の方は!?――!!)

 

 違和感の正体に気づいて窓から周囲を見回した刹那、脳裏に自分たちの頭上から落ちる様に迫る片腕のクロイツリッターの様子が浮かび上がるや、考えるより先にリンの許に駆け寄り、彼女か着けていた通信機を奪うやそのマイク越しに一夏に呼びかける。

 

「ブリッジ直上、1機来ますッ!」

『!!』

 

 すぐに反応した白が窓の上に消え、ブリッジからは見えないものの、ユイの脳裏には剣を持った右手を一杯に伸ばして体当たり同然に急降下をかけようとする片腕のクロイツリッターと、左腕を腰に引いて背中の大型スラスターを全開にした白が交差し、至近距離で左掌から吐き出された高出力ビームがクロイツリッターの胴部を跡形もなく蒸発させる光景が浮かぶ。

 一瞬遅れてブリッジの天井越しに爆音が轟き、細かな破片が降ってくるのに混ざって白がブリッジの横、ユイたちが控えている辺りの近くに降下してくる。

 直後、糸が切れた様に白は地上にゆっくりと着地し、そのまま力尽きた様に尻餅を着く。

 

「一夏さんっ!?大丈夫ですか!?」

『アー……今のでやっちまったかぁ。もともとエネルギー容量ギリギリだったからな。こりゃしばらく動けねぇわ……』

 

 悲鳴に近い声でユイが通信機のマイクに呼びかけると、スピーカーから少し困った一夏の声が返ってくる。

 

「……よかったぁ…………」

『ありがとなユイ、さっきのよく見つけてくれて。俺もマシンガンの方に夢中で見失ってたよ。ただ……しばらくはヴェーガス援護できそうにないな……』

「いいんですよ!そんなのっ……」

 

 気まずそうに言う一夏に、ユイは彼の無事を知った嬉しさと自分のことを顧みないことへの怒りがない交ぜになった声を返す。

 その間にも、副砲の砲撃を掻い潜ってマシンガンの斉射を続けていたクロイツリッターが、横から放たれた戦機人のガトリングガンによる弾雨に巻き込まれて撃墜される。

 

『おいっ!そっち無事か?』

「ヴァルキリーズか。助かっ――!?」

 

 やや強い語調で呼びかけてきた戦機人にエリックが返そうとしたその時、戦機人のすぐ横を巨大な剣が地面を抉りながら行き過ぎる。

 戦機人は慌てて跳躍して距離をとるが、着地の直前に上空から飛来したビームがガトリンガンを射抜いて残弾が誘爆、さらには右脚を付け根から焼き切られて、爆発に煽られてバランスを崩した機体を背中から地面に打ち付ける。

 

「非特隊各機!ヴァルキリーズの戦機人が1機行動不能。近くにいる者は救援に向かってっ!!」

 

 ユイから通信機を取り返したリンが叫ぶ様に言う間にも、戦機人の傍らにグランツハーケンが降り立つ。

 

 

 

 

 ガトリングガンの弾倉にビームが当たったと理解するや即手を離させたのは、その戦機人に乗るアキラの反射神経の賜物だった。

 しかし、それ以上のことをするには時間が絶対的に足らず、跳躍中に至近距離での爆発をまともに受けたアキラ機はバランスを崩し、背中から地面に叩きつけられる。

 

「っ!!…………痛っててぇ…………チクショー、油断した」

 

 認識外からの攻撃を受けたことに舌打ちしつつ、機体の状態を確認したアキラは、自機の現状に愕然とする。

 

「おいおい、右脚持ってかれたのかよ……細かい損傷も含めれば無事な所全然()ぇし…………あぁ、隊長に怒られる…………」

 

 手元のモニターに映る9割方異常を示す赤に塗られた戦機人の概要図に、目くじらを立てたノゾミを連想し、嘆息混じりに呟く。

 その時、所々画像が荒くなったモニター越しに、自機のすぐ近くにビーム付きのクロイツリッターが降下してくるのを捉える。

 

「ヤベッ!グダグダ言うのは後だ……右脚が無いんじゃ、コイツはもう動けねぇか……」

 

 その光景にすぐに気持ちを切り替え、状況から自分の足で逃げる判断を下すや、コクピットを開放して外に出ようとする。

 が、

 

「痛って……!?」

 

仰向けの体勢から起き上がろうとした途端、左の足首の辺りに激痛が走り、アキラはそれ以上動けなくなる。

 

「……まさか、今の衝撃でどっかに打ち付けた?でもいつもならこれくらい――って、今回は普通の服だったっ!」

 

 今更ながら、アキラは自身の身を包んでいるのがいつも搭乗時に着るパイロット防護機能を備えたスーツではなく、あくまでも普通の衣服たるヴァルキリーズの制服であることを思い出す。加えて、突然のルミエイラ襲撃に着替える間も惜しんで戦機人に乗ったこと、その先陣を切ったのが自分だということを。

 そうしている間にも、ビーム付きはビーム銃を右腰に提げ、代わりに左腰の棒を抜くや、その先から幅広のビーム刃を発生させる。

 

「!!」

 

 開け放たれたコクピットにビームの放射熱が流れ込んでくる中、アキラは周囲を見回して救援を乞おうとするが、一番近くにいる白は不調の為か動く気配が無く、ヴェーガスもアキラ機への余波を恐れてか発砲する様子が無い。他の動ける機体は翼付きやクロイツリッターの残存機の相手に忙しく、こちらに駆けつけられる余裕は無さそうだ。

 

「…………おいおい、マジかよ…………」

 

 助けは来ない、足を痛めては自力で逃げることもままならない。”詰んだ”という理解と共に全身の血の気が一気に引き、こちらを警戒してかゆっくりとした歩調で近づいてくるビーム付きの地鳴りにも似た足音を遠くに聞きながら、アキラは自分の意思とは関係無く、口から渇いた笑い声が漏れるのを自覚する。

 

「ハ、ハハハ……昨日隊長見捨てた(ばち)が当たったかな…………?」

 

 戦機人の横に佇んだビーム付き、その振り上げられたビーム剣を眺めながら、昨日の出動のことを思い出したアキラは呆然と呟く。

 

(あぁ、あれで焼かれるんだ。熱いかな?熱いだろうなぁ…………)

 

 どこか他人事の様にそう思っていると、一杯に上げられたビーム付きの腕が振り下ろされ、灼熱粒子で形成された刃がコクピットに迫る。

 刹那、

 

「!?」

 

頭側から飛んできた赤い光を放つ白い影にビーム付きの腰部が砕かれ、流れ込んできた突風にアキラは腕で顔を庇う。

 直後に重量のある物が降り立った音を近くに聞き、腕を下ろすと、数瞬前までビーム付きが立っていた所に、節々を黒いカバーで覆った白い一本角の機体が、こちらに寄り添う様に片膝を着いているのを見る。

 

「コイツ確か……非特隊のメガネの……」

 

 その独特の外観に昨日の地下格納庫での見送りを思い出していると、一本角の二つ目がこちらに合わさり、それと連動する様に無線越しに声がかかる。

 

『そこの戦……人、無事で……?』

「あ?……あ、あぁ、何とか!」

 

 戦機人側の通信機に不調があるのか、雑音混じりの呼びかけに、少し時間をかけて助かったのだと理解したアカネは慌てて応じる。

 

「ただ、見ての通り機体はボロボロだし、おまけに足痛めたみたいで動けないんだ。悪いけど離脱すんの手伝ってくんねぇか?」

『わかりました。ちょっと待ってください』

 

 応じるや、一本角の胸部が開き、座席ごと中から出てきたメガネ――光秋がワイヤーを伝って降りてくる。

 

「え?いや、あの……」

 

 その行動に意表を突かれている間にも、コクピットに着いた光秋がこちらを見下ろしてくる。

 

「……目立った怪我は無さそうですね。足の方は?」

「え?あぁ、どっかぶつけたみたいでさ……」

「なるほど…………失礼」

「え?」

 

 こちらの状態を確認し、数瞬の逡巡の後、コクピットに入り込んできた光秋は、そのまま両腕でアキラを抱えて一本角へ戻る。

 

「ちょっ!おま……!!」

 

 唐突な抱えられての移動――いわゆる「お姫様だっこ」というものにアキラはこれまで以上の動揺を覚えるものの、光秋はそんなことを気にする素振りも無く一本角の左下に駆け寄り、そこにアキラを置くとワイヤーを伝ってコクピットに戻り、開いた左手をアキラの許へ寄せてくる。

 

「すみませんが手に乗ってください!できますか?」

「あ、あぁ。それくらいなら」

 

 露出したコクピットから大声で問いかけてくる光秋に応じると、アキラは足の若干の痛みを堪えながら這う様に一本角の左手に乗り込む。

 

「掌の中央辺りに寄って。それでこっちに上げます」

「わかった」

 

 言われた通り掌の中央に移動し、落ちないように体勢を整えると、それを確認した光秋が左手をゆっくりと上げていく。

 その時、

 

「アイツッ!」

 

コクピットを見上げていたアキラは、一本角の上空に下半身を失ったビーム付きが迫るのを見る。先ほどの白い影――一本角の攻撃で腰から下は失ったものの、動力部の破損は免れていたらしく、その右手には未だ煌々と輝くビーム剣が握られている。

 

「オイッ!後ろ――!?」

 

 咄嗟に光秋に呼びかけようとするも、その言葉が終わらぬ内にこちらに斬りかかろうとしていたビーム付きに多数の弾丸が殺到し、それで動きが止まるや、間髪入れず弾丸の如き速度で接近してきた灰色のゲシュペンストが帯電した左手首のプラズマバックラーをその胸部に叩き込む。

 途端にビーム剣の刃が掻き消え、胸周りが陥没したビーム付きは力無く地上に落ちていく。

 

「…………!」

 

 一連の、正に”瞬殺”というべき光景に唖然としていると、不意に掌が傾き、アキラは滑り台の要領で一本角のコクピットに収まる。

 

「あの灰色のゲシュペンスト、非特隊のだよな!?」

「ミヤシロ中尉のシュルフツェンですね。そういえば、昨日そちらに送りましたね」

 

 興奮気味なアキラに思い出した様子で応じながら、光秋は手元のスイッチを操作してコクピットを機内に収容し、通信機に呼びかける。

 

「中尉、助かった。機体の様子は?」

『上々です。これより恭弥たちの援護に加わります』

「頼む。こちらもすぐに行く」

 

 光秋が言い終えるや、一本角の上空に待機していた灰色のゲシュペンスト――シュルフツェンは踵を返し、アトランティアとカイザーを相手取る翼付きに向かう。

 

「適当な所で降ろします。揺れるからしっかり掴まって」

「いや、あたしのことはいい!」

 

 シートベルトで席に体を固定しながら言う光秋に、アキラは強い語調でそう返す。

 

「見たとこ、残ってる敵はザコが数えるくらいと、上の翼付きだけだろう。黒い奴はさっきから戦意喪失っていうの?動かねぇし。それならそいつら片づけてから降ろしてくれた方がいいよ。そっちも、とっとと部下のこと助けに行きてぇんだろう?」

「……」

 

 図星を突いたらしい。一瞬迷った顔を浮かべながらもすぐに気持ちを固めると、光秋はアキラに顔を寄せてくる。

 

「なら、お言葉に甘えさせてもらいます。ただし、どっちにしろしっかり掴まってください。あと、なんかの拍子に足をぶつけて痛んだらすみません!」

「上等だっ!」

 

 アキラが応じるや、光秋は大地を蹴る様に一本角を飛び立たせ、散開して辺りを襲撃するクロイツリッターたちの方へ突撃する。

 

 

 

 

 互いに背中を合わせながら、恭弥はルミナのビームを、ユウはマシンガンを斉射し、自分たち、あるいは地上の僚機たちに襲いかかるクロイツリッターたちを牽制する。

 

『もう何機もいないっていうのにチョコマカと!あと何機だ!?』

「ざっと数えたところ……クロイツリッター7、グランツハーケン2、計9機……!」

 

 通信越しのユウの苛立った声に、恭弥も共感を覚えながら苦々しげに結果を告げる。

 

(早くカノンちゃんの援護に加わりたいのにっ!でも、こうも縦横無尽に動き回るものを放置して行ったら地上のみんなが……さっきの呼びかけにも、結局応えられなかったし…………やられた戦機人の人、無事かな?)

 

 未だ長大な二刀流に苦戦を強いられているアトランティアとカイザーを視界の端に眺めつつ憤りを覚える一方、少し前に入ったヴェーガスからの連絡を思い出した恭弥は、誰かは知らないがその戦機人のパイロットを心配する。

 直後、

 

「!」

 

思考中に注意力が低下していたらしい。ビーム剣を抜いたグランツハーケンが直上から迫り、恭弥は慌ててビームを撃つものの、狙いが逸れた光弾は左脇腹を掠るだけで終わる。

 

(間に合わないっ!)

 

 直感するや、反射的に目を閉じる。

 刹那、

 

「!?」

 

金属が砕ける音をシルフィード越しに聞くや、目を開けた恭弥は右脇腹にニコイチの飛び蹴りを食らったグランツハーケンを見る。

 真一文字に伸びた白い左脚は槍の如き鋭さでグランツハーケンの装甲を突き破り、そのまま胸部にある動力源を潰すと、ビーム剣が消えて落ちていくグランツハーケンを背にしたニコイチがシルフィードとネメシス08に向かい合う。

 

「シュウさん!?何でここに――」

『説明は後だ。残りは……8機か』

 

 予想外の事態に動揺する恭弥を遮る様に、光秋はニコイチの頭部を振って周囲の状況を把握すると、オープン回線で周りにいる全機に呼びかける。

 

『こちらは非特隊主任、加藤大尉だ。地上の各機は持てる火力を駆使してルミエイラ残存機を牽制、その場に”縫い付けろ”!そこをニコイチ、シルフィード、ネメシス08で以って各個撃破する』

 

 よく通る強い声で告げられた指示に地上部隊たちが応じる傍ら、恭弥はシルフィードのモニターの片隅に映る通信映像の中の光秋が、自身と、その隣に映るユウを見据えてくるのを見る。

 

『ネメシス08――ヴレイブさんか……いや、それこそ詳しい話は後だ。2人共聞いての通り、地上部隊が牽制してくれた各機をそれぞれ撃破する。1人3機がノルマだぞ。散開してかかれっ!』

『いや、でも、カノンたちは……』

 

 戸惑いを浮かべたのも一瞬、すぐに指揮官の声で告げる光秋に、ユウが心配した顔で食い下がる。

 と、光秋は少しだけ頬を緩め、

 

『それなら心配無い。”とっておき”が行ってくれたからな』

 

言いながらニコイチの右手で上空を指さす。

 それを追って上――カイザー協力の下にアトランティアと翼付きが交戦する辺りを見上げ、そこに電光石火の速さで動き回る灰色の影を捉えた恭弥は、つられる様に口角を上げる。

 

「確かに。”あの人”が行ってくれるなら安心ですね!」

『……?』

 

 唯一ユウだけ話についていけない中、表情を引き締め直した光秋が押し切る様に告げる。

 

『そういうことだ。各機、残存機の撃破のみに集中しろ。行けっ!』

「了解っ!」

『……了解!」

 

 それに恭弥は意気揚々と、ユウは釈然としないながらも応じると、ニコイチ、シルフィード、ネメシス08は各々を背にして三方向へ飛ぶ。

 真正面に戦機人のガトリンガンによる牽制に捕まったクロイツリッターを捉えるや、恭弥はシルフィードを加速させる。それを認めた戦機人の射撃が止むのと前後して、後ろからクロイツリッターの背中にルミナの切っ先を突き入れる。

 

(残り2つ!)

 

 推進器をも切り裂いて胸部を貫かれたクロイツリッターの沈黙を確認するや、恭弥は胸の中で叫ぶ様に確認しながら次の目標を探す。

 その時、

 

「後ろ!?」

 

牽制をすり抜けたらしいグランツハーケンがシルフィードの真後ろに回り込み、感知した恭弥は慌てて振り返ろうとするものの、その前にビーム銃の銃口を向けられてしまう。

 が、直後にニコイチが右脇に左拳を入れ、そのまま胸部を横から貫かれたグランツハーケンは沈黙、突きの衝撃で狙いが逸れたビームはシルフィードの左側頭部を過ぎて明後日の方へ飛んでいく。

 

「ありがとうございます!」

『いい!次行け!』

 

 礼の返事に返ってきた急かす様な光秋の指示に、恭弥は胸中で合点しながら返事をする間も惜しんで標的探しを再開する。

 すぐにテンペストのビーム攻撃に足止めされているクロイツリッターを見付けるや、その許へ駆ける。

 距離を詰めつつ、射撃モードにしたルミナの狙いを正面のクロイツリッターに合わせ、必中の間合いに入ったと思うや引き金を引く。

 が、胸部を狙ったビームは僅かに逸れ、至近距離を掠った飛散粒子で左脇腹の装甲が溶けてバランスを崩したところにテンペストのビームが命中する。

 

(ブレた?……いや、狙いが甘かったか)

『狙いはもっと慎重に着けてください。今の確実に決めるところです』

「……すまない。次気をつけるよ」

 

 丁度考えていたことをサクラにまで言われて、ぐうの音も出ない恭弥は素直に応じて最後の目標を探す。

 レールガン装備の戦機人と撃ち合いをしているクロイツリッターを見つけると、そこにシルフィードを駆けさせる。

 その間にもクロイツリッターは地上に向けてマシンガンを斉射し、そうしてばら撒かれる様に放たれる弾丸を、戦機人は前後左右、大股小股織り交ぜた不規則なステップを踏んで紙一重でかわしつつ、移動しながらの不安定な体勢からでもクロイツリッターの装甲を掠る正確な応戦射撃を行ってくる。

 

(…………凄いな)

 

 機体側の補正機能もあるのだろうが、素人目にも上級者とわかる見事な射撃に、いい条件下で撃ったにも関わらず外した先ほどの自分を思い出して恥ずかしくなったのも一瞬、恭弥は応戦を続ける戦機人――ミオ機に通信を繋ぐ。

 

「こっちで仕留めます。援護を」

『了解』

 

 短く応じるやミオ機は大地を蹴って大きく後退し、それを追おうとするクロイツリッターに、恭弥はルミナを突き出して突撃する。

 

「オォォォ!!」

 

 叫びと共にシルフィードの背部推進器が輝きを増し、気づいたクロイツリッターがマシンガンをこちらに向けてくるが、直後にそれはミオ機のレールガンによって右手ごと粉砕される。

 衝撃で崩れた体勢を立て直す間も無くシルフィードの突撃を食らったクロイツリッターは沈黙し、胸部に深々と突き刺さったルミナを介して恭弥は確かな手応えを得る。

 

(取った!)

 

 思う間にルミナを引き抜き、落ちていくクロイツリッターを一瞬だけ眺めると、恭弥は周囲に目を凝らす。

 

「シュウさんとユウ君は…………」

 

 

 

 

 多少釈然としないものを感じながらも、白い一本角のパイロット――確か加藤大尉と呼ばれていた――の指示の応じてネメシス08を駈け出させたユウは、すぐにガトリンガン装備の戦機人の牽制射撃に捕まっているクロイツリッターを見つけ、ビームランスを両手でしっかりと持ってそこへ接近する。

 

「やってやる!」

 

 無意識に漏れた気合いと共に瞬時に間合いを詰め、戦機人からの射撃が止むと同時にランスを突き出すと、3つに分かれたビームの穂先がクロイツリッターの胸部を炙り、内蔵された動力源を蒸発させる。

 

「次!」

 

 力無く落下していくクロイツリッターを確認するや、ユウは周囲を見回し、ギガンティックの弾幕に捕まったクロイツリッターを捉えるや、今度はそこへ向かう。

 ネメシス08が接近する間にも、ギガンティックは両腕のガトリンガンを一斉射して広範囲の弾幕を形成し、巻き込まれたクロイツリッターは降りかかる弾雨に装甲を削られながら懸命に離脱を試みている。

 と、クロイツリッターはおもむろにマシンガンを一連射し、殺到した弾丸がギガンティックの足元に着弾、その足場を砕く。途端にギガンティックはバランスを崩し、あらぬ方を向いて弾幕に穴が空くや、クロイツリッターは即刻離脱、そのまま背部推進器を吹かしてギガンティックの背後に回り込み、マシンガンから持ち替えた剣を突き立てて突進する。

 

「!させるかっ!!」

 

 それを見るや、ユウは反射的にネメシス08の両肩のソニックレールキャノンを構えさせ、大よその狙いを定めるや、ロックオンの表示が重なる間も惜しんでクロイツリッター目掛けて発射する。

 放たれた弾体2つはギガンティックに肉迫するクロイツリッターに豪速で迫り、しかし反動制御もままならない体勢から充分な照準もつけずに撃ち出された一撃は両者の間に割って入り、射線上の地面を抉って膨大な土煙を上げるだけに終わる。

 が、認識外からの高威力な一撃はクロイツリッターの足を止めるには十二分だった。

 

「行っけぇぇぇ!!」

 

 動きが止まった刹那、ユウはネメシス08を砲弾の如き速さで駆けさせ、その勢いが乗ったビームランスの一突きをクロイツリッターの胸部へ叩き込む。

 

『サンキュー、ユウ!助かったよ。やっぱすばしっこい相手とは相性――後ろっ!』

「!?」

 

 礼を言いながら振り返ったフィルシアの絶叫に、ギガンティックの視線を追って上空を見上げたユウは、自分に向けて急降下しながら両手持ちにした剣を振り下ろそうとするクロイツリッターを見る。

 直後、

 

「?」

 

頭部正面に瓦礫が直撃したクロイツリッターはバランスを崩し、動きが鈍った一瞬の間に白い一本角が懐に飛び込み、接近した勢いのままに胸部に右拳を撃ち込む。

 

『今の足止め射撃、少し狙いが狂えばギガンティックに当たってたぞ』

「!……」

 

 腕を抜きながら振り返りざまに言われた加藤の指摘に、その時は無我夢中だったユウは自分がしたこと、その危険性に思い至り、思わずギガンティック――その中にいるフィルシアを見やる。

 と、

 

『もっとも、瞬間的な判断力と思い切りのよさは嫌いじゃない。次はもっと上手にな」

「!……あ、はい!」

 

注意から一転、褒め言葉を残して飛び立った加藤に、ユウは慌てて応じながら、言われたことを吟味する。

 

「…………もう少し、落ち着いて周りを観るようにしよう」

 

 短い間だが思案したことを自分に言い聞かせ、ユウは次の目標を探しに飛び立つ。

 周りを見回し、戦機人2機のガトリングガンに足止めされているクロイツリッターを見つけるや、左右からのガトリングガンを放つ2機に通信を繋ぐ。

 

「そいつに仕掛ける。合図したら撃つのをやめて」

『了解!』

『トドメ頼んだわよ!』

 

 女性2人――ユウは知るよしもないが、アカネとサヨコ――の返事を受け取ると、ユウはクロイツリッターの正面に位置し、ペダルに足を掛ける。

 刹那、

 

「今だっ!」

 

叫ぶや弾幕が止み、同時にペダルを踏み込んでネメシス08を最大速度で突進させ、二方向からの弾幕によって狭い範囲に釘づけにされていたクロイツリッターの懐に入る。

 

「行けぇっ!!」

 

 気合いと共に突き出されたランスは胸部装甲を貫き、その奥に備わる動力部を焼失させる。

 

「他は!?…………コイツで最後か…………」

 

 周囲を見回し、自分が落としたクロイツリッターが最後の1機であることを確認すると、横からシルフィードが接近してくる。

 

『ユウ君、大丈夫か?』

「あぁ。恭弥は?」

『僕もなんとか。ちょっと危ない時があったけどね……それでも、クロイツリッターは全機撃墜したみたいだ。あとは…………』

「…………」

 

 言いながら空を見上げるシルフィードを追って、ユウも上を見やり、そんな乗り手の意思に連動する様にネメシス08も顔を上げる。

 

 

 

 

 光秋に応じるや、ライカはシュルフツェンを振り返らせ、アトランティアと頭頂に髑髏を付けた特機を相手取る翼付きの機体へと向かう。

 

(また見慣れない特機ですか……もっとも、今は翼付きですね。思った以上に面倒なようだ)

 

 地上から拳銃型の武器で射撃を行う髑髏の特機、その独特なデザインに昨日のモモタロウや大陸の赤い特機を、その搭乗者たちの一方的な態度を思い出して一瞬警戒の目も向けるものの、アトランティアには当たらないよう最低限の注意は払っているらしい撃ち方にすぐにそれを解き、2対1という数的不利をものともせずに飛び回る翼付きを注視する。

 

(あの伸び縮みする剣、厄介ですね…………)

 

 相手との距離に合わせて自在に長さを変える大振りな剣2本、それを軽々と振り回しながらアトランティアと斬り結び、髑髏を牽制する翼付きの性能、なによりパイロットの技能に舌を巻きながら、ライカはどう攻めるか思案する。

 と、こちらに気づいたらしいアトランティアが、翼付きから距離をとりつつ近づいてくる。

 

『あ、ミヤシロさん帰ってきたの!?』

「事情説明は後。これより協力して翼付きを撃退します」

『了解っ!あ、それと、あの髑髏のロボットは一応味方だから。人相で敵と判断しないでね』

『一言余計なんだよテメェは!』

 

 アトランティアで指さして説明するカノンに気づいたのか、髑髏のパイロットと思しき若い男がイラついた声を通信越しに投げかけてくる。

 

「了解……それならば…………」

 

 髑髏の声を受け流し、カノンの説明に返すと、ライカは自分側の戦力を大まかに把握し、大よその算段を立てる。

 

「髑髏の特機の人、聞こえますか?」

『ナガイだ』

「ではナガイさん、引き続き牽制射撃をお願いします。カノンはアタック。私が援護します」

『了解!』

『チッ。俺だって飛べりゃあ…………』

 

 カノンの返事と髑髏のパイロット――ナガイの悔しそうな声を聞くや、ライカは翼付きにM90アサルトマシンガンを斉射し、髑髏の大口径弾がそれに加わる。

 1発ごとの威力こそ控えめだが圧倒的な数を誇るマシンガンの弾幕と、その隙間を埋める様に迫る見るからに強力な大口径弾、二方向からの質の異なる攻撃は、翼付きの足を上手く封じたようだ。

 決して広いとはいえない飛行範囲を右往左往しつつ、本体に見合った長さに縮めた剣で直撃弾を捌く翼付きを認めるや、ライカは通信越しに声を上げる。

 

「カノン、今ですっ!」

『オッシャーッ!!』

 

 雄叫びで応じたアトランティアが翼付きに迫ると、ライカはマシンガンの斉射を止め、一拍遅れて髑髏もそれに続く。

 一瞬できた弾雨の空白をアトランティアは瞬時に突っ切り、突進の勢いを乗せた一刀を振り下ろす。

 が、翼付きは2本の剣を正面で交差させてそれを受ける。

 

『新顔~?こっちの逃げ場を塞ぐ銃撃に、その合間から突っ込んでくるお嬢ちゃん……いいわっ!ますます面白くなっちゃう~!!』

(こいつ……()れてるっ)

 

 直後の通信から響いた翼付きのパイロットと思しき女の狂喜の声に、ライカは静かな怒りを抱くと同時に、こんな状況に置かれても焦り一つ見せない態度にわずかな恐怖を覚える。

 

(余程腕が立つ、ということでしょうか?先程も弾の一部を捌いていたし……ならば)

 

 思うやライカはペダルを踏み込み、シュルフツェンを可及的速やかに翼付きの背後に回らせる。

 強化された推進力はシュルフツェンを瞬時に目的の位置に運んでくれるものの、その分強力になった加重がパイロットスーツ未着用の体を襲う。

 

「……っ!!」

 

 横殴りの力が掛かる数瞬、ライカは歯を食い縛ってそれに耐え、「翼付き」という仮称の由来たる大型スラスターを備えた背後を正面に捉えると、宙を蹴る様にしてそこに肉迫する。

 気づいた翼付きがアトランティアを押し払って振り返りざまに左の剣を振るうが、シュルフツェンは体を屈めてそれを避け、がら空きになった左脇へと右肩からぶつかっていく。

 

「カノンッ!」

『一刀両断ッ!!』

 

 翼付きのバランスが崩れた刹那、ライカの叫びに応じてアトランティアがその背に斬りかかる。

 直後、翼付きは僅かに体を逸らし、頭頂に入るはずだったカノン渾身の一太刀は左スラスターを根元から斬り落とすだけに終わる。

 

『モォォォ、最高ッ!!…………でも、流石に(たわむ)れが過ぎたわね』

 

 そのままシュルフツェンの体当たりの勢いをも受け流し、右スラスターを吹かして距離をとるや、左脇腹を深く凹ませ、片翼になった機体から歓喜と惜しむ声が響く。

 それに応じる様に上空の一点が歪み、黒い穴が現れると、翼付きは真っ直ぐにそこへ向かう。

 

『またね、お嬢ちゃんたち。次はもっと楽しませてっ!』

 

 去り際にそう告げるや翼付きは穴の中に消え、それまで魂が抜けた様に滞空していたベネクティオも機械的にそれに続く。

 2機を呑み込むや穴は瞬く間に掻き消え、ライカは周囲に目を走らせる。

 

「…………2機は撤収、クロイツリッターは全機沈黙か…………終わったようですね…………」

 

 言葉と共に安堵の息を溢すと、シュルフツェンを地上へ降下させ、アトランティアもそれに続く。

 

 

 

 

「…………終わった……のか……?」

「みたいですね…………」

 

 ルミエイラ出現時にも出現した黒い穴、その中に消えてくる翼付きと黒いシルフィードを眺めながら、未だ緊張の残る声で呟くアキラに、光秋の疲労を含んだ声が返ってくる。

 その間にも2人が乗る一本角はゆっくりと地上に降り立ち、極東支部敷地内の中央に佇む司令塔の近くに着地すると、乗り手たる光秋の状態を引き写す様に、一本角は崩れる様に片膝を着く。

 

「おい!?大丈夫かよ?」

「……なんとか」

 

 アキラに応じつつ、若干朦朧としながら光秋はコクピットを機外へ出し、戦闘の傷跡が色濃く残る周囲を直に見回す。

 非特隊・ヴァルキリーズ、ルミエイラ双方の流れ弾、あるいは撃墜したクロイツリッターの落下によるものか、程度の差こそあるものの、いずれの建屋もどこからしらが崩れ、道路は舗装が溶けたり深く抉れたりしている。

 

「極東支部、思った以上に傷つきましたね……こっちの方が大丈夫か?」

「確かにそうだけど……いや、設備以上に人だ。みんな無事かな?」

 

 光秋の不安にアキラが別の不安で応じる間にも、各方向からニコイチを基点にするように、非特隊・ヴァルキリーズ双方の機体が集まってくる。

 

(第三と第四――ノゾミ隊長たちはみんな無事みたいだな。今はそれがわかっただけでも充分だ)

 

 非特隊の方こそよくわからないものの、自分の同僚たちの無事にひとまず安心すると、アキラは少しぎこちない動きで光秋の顔を見る。床に腰着けた体勢で椅子に座った者を見るため、必然的に見上げる形になる。

 

「その、さ……遅くなったけど、ありが――」

「あ…………」

 

 足が使えないとはいえ唐突にされたお姫様だっこの件を思い出しつつ、柄にもなく照れながら告げるアキラ。それを遮る様に聞こえるか聞こえないかの声を漏らすや、光秋は糸が切れた様に頭を俯ける。

 

「?……おい?加藤大尉?どうした――!!」

 

 言いながらアキラは顔を近づけると、操縦席から伸びるシートベルトに体を預け、ぐったりと動かなくなった光秋を確認する。

 

「…………嘘だろ……」

 

 力無く項垂れるその姿に、アキラは誰よりも自分に言い聞かせるつもりで呟くと、下から覗き込む体勢で恐る恐る光秋の肩に両手を伸ばす。

 

「おいっ!こんなのアリかよっ!?まだ礼もちゃんと言えてねぇんだぞ!?藪から棒にお姫様だっこしやがったことにもいろいろ言いたかったんだぞ!!なのにっ!……なのにこんなオチって…………」

 

 怒鳴る間にも両目からは涙が溢れ、機動兵器たちの移動が落ち着いて静かになった中、アキラの嗚咽が異様に大きく響く。

 と、

 

「…………」

「……?」

 

自身の嗚咽に、それとも異なる微かな音が混じっていることに気づくと、アキラは一旦泣き止み、耳を澄ませて音のする辺り――光秋の顔の近くを探ってみる。

 すると、

 

「…………すー…………すー…………」

「……この音、加藤大尉の鼻からしてる?…………つうか寝息!?」

 

てっきり死んだと思っていた人間から発せられる呑気な呼吸音に、アキラは束の間混乱する。

 と、一本角の傍らに佇んでいた灰色のゲシュペンストが膝を折り、少しは距離を詰めた――それでもこちらを見下ろす位置関係の――胸部コクピットが開くと、制服姿のライカが身を乗り出してくる。

 

「……やはり、限界でしたか」

「やはりって……?えっ?」

「加藤大尉、昨日からほとんど寝てないんです」

 

 未だ混乱が治まらないアキラに、ライカは悪い予想が当たったといわんばかりの顔で応じる。

 と、他の機体たちより遅れて一同の許に歩み寄ってきたユニコーン・白から、拡声器越しに一夏の声が加わる。

 

『それとさっき、赤く光りながら飛んできたでしょう?あれ、結構疲れるみたいなんですよ』

『それなら、昨日のゴーストとの遭遇戦でもやってたよな。カノンちゃんも見ただろう?』

『見た見た。バリアにして突っ込んで行ったよね』

「大陸でも光っていましたね。少々面倒な敵と遭遇したので」

 

 一夏の掻い摘んだ説明に、恭弥、カノン、ライカ、それぞれの目撃証言が付加され、一連の説明にアキラは一つの結論に達する。

 

「要するに…………疲れて寝たってこと?」

「そういうことでしょうね」

「…………っ!!!」

 

 静かにかけられたライカの肯定の言葉に、アキラの中の羞恥心は一気に最高潮に達し、顔から火が出るの言い回しの如く、日焼けで浅黒くなっている肌がみるみる赤くなっていく。

 

『ところで一夏君、もう大丈夫なのか?』

『俺はなんとも。白の方も少しは回復しましたし。流石に飛ぶのはもうしばらくかかりますけど…………』

 

 その傍らでは恭弥と一夏が拡声器越しに気楽そうな会話を交わしているが、それさえも今のアキラには遠くのことのように感じる。

 そして、

 

「こっ…………このバカ大尉ぃっ!!!」

 

裏返った声を上げながら、光秋の左頬に右ビンタを叩きつける。立てないために中腰で放たれたそれは、しかし日頃から鍛えられたアキラの腕力と腰の回転によってかなりの勢いを得て、パーンッ!といい音を周囲に響かせる。

 

『アキラァァァ!!あなた何てことをっ!!』

「…………えっ?」

 

 直後に戦機人から響いたノゾミの悲鳴に、数秒ほど自失したアキラは我に返り、

 

「!?な、何だっ!?」

 

目の前に左頬を赤くしながら慌てて周囲を見回す光秋を見る。

 

『軍の士官にビンタって、あんた何考えてるのよっ!しかもお世話になった部隊の指揮官に!連邦軍に角立てる気っ!?』

「…………あっ」

 

 同じく悲鳴の声で非難してきたサヨコに、アキラは自分が何をしたのかようやく理解する。

 

『私としては、お姫様だっこの件について詳しく知りたい』

「!あ、いや、それは……その…………」

 

 しかし気持ちの整理がつく前にかけられたミオの言葉に、戦機人からの救出から今までの記憶が脳裏を過ぎ、再び顔が赤くなって冷静さが低下していく。

 

「いや、だから…………あぁっ、もうわかんねぇよぉっ!!!」

 

 そうして混乱も極みに達し、思考が停止する中でそう叫ぶと、何故か光秋の腰に抱き着く。

 

「あのー…………」

「あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 寝起きで頭が回らないのも手伝って対応に困る光秋を尻目に、アキラは先ほどの嗚咽とも異なる、羞恥心と混乱、そして安堵がない交ぜになった号泣を上げる。

 

「大尉…………」

 

 その様子をゲシュペンストのコクピットから眺めるライカは、呆れ顔を浮かべて頭を掻く。

 それにつられる様に、各機体から思い思いの声が響く。

 

『……あのメガネが、お前らのリーダーってことでいいのか?』

『オレ、本当にこのチームで大丈夫かな……?』

 

ナガイとユウは不安でいっぱいな声を溢し、

 

『まったく、ホントにウチのリーダーはねぇ』

 

フィルシアは呑気そうに呟き、

 

『…………』

 

サクラは沈黙を守るが、それがかえって頭を抱えていることを表してくる。

 

『シュウさん……』

『まぁ、寝てない上であそこまでよく動けば……』

 

恭弥は見ているだけで恥ずかしいと言いたげな声を漏らし、一夏は一応のフォローを入れる。

 

『ホント、抜けてる時はとことん抜けてるよねぇ。()()()()()ってさ』

『でも、みんな無事でよかったよ…………モモちゃんも』

 

カノンは言いながら笑みを浮かべ、アカネは安堵しつつ、最後に小声で呟いた。


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