スーパーロボット大戦H/ハーメルン   作:一条 秋

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16 The Bravery

 凹凸の激しい地平線の彼方から、煌々と輝く太陽が昇ってくる。それまで黒一色だった世界が照らし出され、枯れた大地がどこまでも続く大陸の景色が顕わになる。

 委員会基地建屋の1つから出てきた光秋、ライカ、ウォルターも等しくその輝きを浴びながら、新しい一日の始まりを生理的に意識する。

 

「……朝日が眩しいですね」

「ですねぇ……結局、事情聴取に一晩かかってしまって……」

 

 降り注ぐ日光に目を細めるライカに応じつつ、光秋は重い瞼を半分ほど開けた目をただ正面の荒野へ向ける。

 

(……予想はしていましたが、やはり疲労に完徹は堪えましたか)

 

 そんな上官の様子に、ライカは昨日からの危惧が現実味を帯びてきたことに軽い警戒を覚える。

 

「……”こちら側”でも、朝日の眩しさは変わらないな……」

 

 誰に言うわけでもなく呟きながら、ウォルターは少しずつ昇っていく太陽を感慨の眼差しで見つめる。彼にとっては、初めてきちんと見るこの世界の景色だ。

 

「…………『宇宙世紀』、ですか」

 

 その様子を見やりながら、光秋は先ほどまで建屋内の部屋を1つ借りて行っていた情報整理、その過程でウォルターから聞いた単語を呟く。彼が元いた世界で使われている暦だ。

 

「……スペース・コロニーによる人類の宇宙進出と、その過程での独立戦争、それによって生み出され、戦後の動乱を経て発展してきた”向こう側”の人型機動兵器・モビルスーツ、ですか……」

 

 それに乗る形でライカもウォルターから聞いた彼の世界の歴史を掻い摘んで呟くと、不意に空を見上げ、ここからは見えないが、この空の彼方、この世界の宇宙空間にも確かに存在するスペース・コロニーを幻視してみる。

 宇宙世紀では数百を超える数が建造されていると聞くが、新西暦のそれは両手で数えるほどしかない。そもそもは三次大戦終結後、各地の戦後復興と平行して計画された宇宙開発推進、その一環として試験的に建造され、志願者による入植が行われたのだが、今では必要最低限の人や物の行き来があるだけで、昨今の動乱の中では半ば忘れられた存在となっている。

 

(新西暦の宇宙事情は今のところ落ち着いていますが、コロニーが増えればどうなるかわからないということですか……人類と地球を存続させる為に行ったことが、巡り巡って人類も地球も追い詰めるか……)

 

 ウォルターの話を自分なりにまとめると、ライカは物事の皮肉を感じずにはいられない。

 と、光秋の左耳の通信機に連絡が入る。

 

「はい?……了解。すぐに……出発の準備が整ったようです。行きましょう。コバックさんもついてきてください」

「了解」

「世話になる」

 

 ライカ、ウォルターがそれぞれ応じると、一行はレイディバードへ足を運ぶ。

 その時、

 

『お前たち、もう帰るのか?』

 

拡声器越しの声が響き、声のした方に顔を向けた一行は、基地外縁部から格納庫へ向かう途中のデストロイアを見る。

 

「はい。昨日は……というより『先ほど』と言った方がいいのかな?日付変わってたし……とにかく、お世話になりました。ときに、ジョンソンさんは戻ってから何を?」

 

 一行を代表して返事と、夜間に同行した際の礼を述べつつ、光秋は基地帰還以降別行動をとっていたマイケルのことを問うてみる。

 

『何って、監視任務の続行だ。一触即発の緊張感の後だったから、正直キツかったがな。委員会は人使いが荒くて……おっと、クライアントの文句は禁物だな』

 

 疲労を含んだ声で半ば愚痴りながら応じると、マイケルはデストロイアの視線を格納庫へ向ける。

 

『ともあれ、ようやくシフト終了。ひと眠りできるってもんだ……しかし、一晩徹夜したくらいでこれとは……俺も歳をとったもんだ』

 

 どこか自虐的に呟くと、デストロイアはその四脚を歩ませて格納庫へ向かう。

 その背中を見送りながら、光秋は感慨の声を漏らす。

 

「傭兵ってのも大変ですねぇ。新西暦の世において最も自由な者たち、なんて言われてるけど……」

「自由である分、全てを自分で賄わなければなりませんからね。物資にしろ、仕事にしろ……」(少なくとも、私には務まる気がしませんね……)

 

 夜に会った時から先ほどまでのマイケルの様子を思い出し、ライカは心の中に率直な感想を呟く。

 

「……何処の世界も世知辛いもんだなぁ」

「「…………」」

 

 寒いものを含んだウォルターのバリトンボイスに、一行の間に妙な雰囲気が漂う。

 

「……さーて、いい加減そろそろ行きましょう。日本のみんなも待ってるだろうし」

「ですね。そもそも、メイシール少佐を待たせると面倒そうですし」

「それもそっか……」

 

 意識して快活な声を上げた光秋にライカも続き、あながち冗談ともいえない冗談を述べると、一行は改めてレイディバードへ向かう。

 

「とりあえず、乗ったら僕寝るんで。ミヤシロさんなんかあったら起こしてください……」

「了解。ごゆっくり」

 

 欠伸混じりに告げる光秋に、ライカが労いの声で応じた。

 

 

 

 

 同じ頃、ヴァルキリーズ極東支部に停泊しているヴェーガス艦内では。

 

「おはよー!桂木曹長!織斑曹長!」

「あぁ、ナイトウォーカーさん。おはよう……」

「ルルさんもおはよう」

「……おはようございます」

 

 着替えを済ませて宛がわれた部屋から出てきた恭弥と一夏は、朝から元気なフィルシア、対照的に物静かなサクラと挨拶を交わすと、そのまま一緒にカノンとリグル、ナガイのいる部屋へ向かう。

 

「カノちーん!リグルさまー!朝だよー!」

 

 フィルシアがドア越しに中の2人に呼びかける一方、恭弥と一夏はナガイの部屋の前へ移動し、恭弥がドアをノックする。

 

「ナガイさん、いますか?」

「……アァ……」

 

 呼びかけに欠伸混じりとも唸り声ともつかない声が応じ、少しして上着を脱いだナガイが、ドアの陰から眠気の残る目をした顔を出す。

 

「お前らか……やっぱり、昨日のことは夢じゃなかったってことか」

 

 いよいよ観念した様に呟くと、ナガイは冴えた目を2人に向ける。

 

「で?朝っぱら何の用だ?」

「朝飯食べに行くから呼びに来たんですよ。食事は支部の方で摂るようにって昨日言われたでしょ」

「……そういや、そうだったかな?」

 

 一夏の返答に昨日の記憶を辿ってみるが、短い間にいろいろあった所為か、細かい所が出てこない。

 

「まぁいい。確かに飯は食わねぇといけねぇか。ちょっと待っててくれ」

 

 言うとナガイは部屋へ戻り、服装を整えて出てくる。

 丁度礼服に身を包んだカノンと、若干の装飾が施されたワンピースを着たリグルも部屋から出てくる。

 

「カノンちゃん、リグル様もおはようございます」

「恭弥、一夏……おはよー……」

 

 恭弥の挨拶に、カノンは欠伸混じりに応じる。

 

「にしても、2人共昨日からその格好だよな?」

「しょうがないじゃん。突然違う世界に迷い込んで、着替えなんて用意する暇なかったんだからさ……」

「……それもそうだ」

 

 一夏の指摘に、カノンは途方に暮れた様に返す。

 

「落ち着いたら、他の服も買わないといけませんね」

「その時は私らが案内してあげるよ」

「ありがと」

 

 サクラの指摘とフィルシアの提案にカノンが礼を述べると、リグルが急かす目を一行へ向ける。

 

「とりあえず、今は食堂に案内していただけますか?その為に出てきたのですから」

「でした。行こう」

 

 恭弥の号令に全員が頷くと、一行はヴェーガスの出入り口へ向かう。

 

「ところでカノちん、いつの間に桂木曹長や織斑曹長と名前で呼び合う仲になったの?」

「え?いやぁ、昨日一夏が懲罰受けてるところに行ってさ、そこでお互い名前で呼び合おうってことになって」

 

 思い出した様に訊いてくるフィルシアに、カノンは昨日の鬼戦に出る前のことを思い出す。

 

「なんだったら、ナイトウォーカーさんたちも呼び捨てで構いませんよ?俺はその方がやりやすいし」

「僕も。もちろん作戦中は今まで通りの方がいいんだろうけど」

「じゃあ、私も名前でいいよ!サクラも」

「ちょっ!何勝手に決めてるのよ!?」

 

 一夏と恭弥の提案をフィルシアは嬉々として受け入れ、勝手に巻き込まれたサクラは抗議の声を上げる。

 

「たーく、朝からうるせぇなー……」

「いいじゃん。仲のいい相手が増えるの楽しいし」

 

 前を行く4人に辟易と呟くナガイに、カノンは言葉通り楽しそうに返す。

 それぞれ多少のぎくしゃくを交えながら親睦を深めつつ、一行はヴェーガスを降りて極東支部の食堂へ向かう。

 

 

 

 

「……非特隊の合流は近いか……鬼の方々への支援も、大した成果は残せなかったしな…………」

 

 神殿に設置された円卓、そこに独り座るグリムは、目の前に置いた水晶玉を眺めながら口元を手で撫でる。

 水晶玉には委員会基地から飛び立つレイディバードが映り、それがニコイチと交戦するゲッター、市街地で鬼・ルミエイラと大立ち回りを演じるカイザーに変わると、椅子の背もたれに体を預け、遥か遠い天井へと視線を向ける。

 

(赤い巨人はどうか知らないが、髑髏の巨人は非特隊と合流したようだな……ただでさえ厄介な連中が多い中で、こんな猛者が加わったら…………空恐ろしいね……)

 

 改めて視線を水晶玉に戻し、非特隊やヴァルキリーズと協力して鬼やクロイツリッターを殲滅していくカイザーに、グリムは背筋を震わせる。

 が、そんな反応や心中の声とは裏腹に、その顔にはあくまでも笑顔が浮かんでいる。それはまるで、難しくなっていくゲームをとことん楽しんでいるような、そんな無邪気さを感じさせる。

 

(それに加えて、この瞬時に再生する奴と合体する奴、こちらも面倒だな…………)

 

 アトランティア・ルージュの再生と、モモタロウの合体する様子を舐めるように観ると、再び思案顔を浮かべる。

 

(さて、どう出るか…………)

 

 その時、グリムの思案を遮る様に神殿の扉が開き、金刺繍のマントに身を包んだアリアが入ってくる。

 

「……アリア?」

「お忙しいところ失礼いたします。グリム閣下」

 

 神殿の中ほどまで進んで跪くや、アリアは(こうべ)を垂れる。

 

「いや、構わないよ。しかし突然どうしたのかな?わざわざこんな所に」

「閣下にお願いがあって参りました」

「お願い……?」

 

 硬い声音で応じるアリアに、グリムは興味の眼差しを向ける。

 

「近い内、それこそ今日明日にでも、私に非特隊殲滅の任を与えていただきたいのです」

「また随分と急な申し出だねぇ」

「承知しています。しかしこのアリア・アンダーソン、騎士として『敗者』の汚名を返上することを望んでいます。その為にも、奴等に一矢報いなければ……」

「まだこの間のことを気にしているのかい?気にするなと言ったのに……」(いや、待てよ?)

 

 その生真面目さに辟易したのも束の間、グリムは指を組んで水晶玉を凝視する。

 

「……そういうことならば、次の攻撃指揮は君に任せよう」

「!……ありがとうございます!」

 

 顔を上げたグリムの言葉に、アリアは深く頭を下げる。平常心を装いながらも、声音には多分な喜色が混ざっている。

 

「ただし、出撃のタイミングは僕の指示に従ってもらう。もっとも、そう長く待つこともないだろうからねぇ。いつでも出られるように準備だけは万全にしておいてくれ」

「はっ!」

 

 ひと際活力のある声で応じると、アリアは神殿を後にする。

 扉が閉まり、アリアが出て行ったのを確認すると、グリムは水晶玉に手をかざし、腰まで届こうかという長い金髪で顔を隠した、グリムたちと同じ意趣の、しかしやや装飾を抑えた貫頭衣を着た少女を映し出す。

 

「シャーラ、いいかな?」

『……はっ。グリム閣下』

 

 応じつつ、「シャーラ」と呼ばれた少女は深々と頭を下げる。

 

「確か、()()が現れるのはそろそろだったよね?」

『はい。私の予知では、もうそろそろ』

「うん…………」

 

 質問に淡々と答えるシャーラに応じると、グリムはしばしの思案の後に深く頷く。

 

(非特隊というのは、あぁいうのも任務の内みたいだからね。こちらとしては好都合か……では、アリアはその後に出てもらうとするかな……)「ありがとう。もういいよ」

『はっ』

 

 応じると、シャーラは水晶玉から消え、それを見たグリムは再び水晶玉に手をかざす。

 

「じゃあ今の内に、アリアに任せる兵隊たちの”調整”をしておこうかな」

 

 笑顔を浮かべたその顔は、どこまでも楽しそうなものだった。

 

 

 

 

 グリムのもとを去った後、アリアはある場所へ向かっていた。

 1つのドアの前で止まると、そこを2回ノックする。

 

「……どなた?」

「私だ。少しいいか?」

「……どうぞ」

 

 部屋の主の返事を聞くと、アリアはドアを開けて入室する。

 八畳ほどの広さに簡素なベッドとテーブルが置かれた部屋、その中央の椅子に腰掛けているのは、先ほどまでグリムが話していた長い金髪で顔が隠れた少女――シャーラだ。

 

「突然ですまない。お前の方も忙しいのに」

「……平気……アリアならいつでも歓迎……座って」

「あぁ」

 

 互いに挨拶を交わすや、アリアはシャーラの勧めに応じてベッドに腰を下ろす。その表情は普段より心なしか柔らかく、シャーラの方もグリムと話していた時に薄っすら浮かべていた緊張は無く、互いが互いをリラックスさせているようだ。

 しかしそんな和やかさも長くは続かず、表情を硬くしたアリアが口を開く。

 

「それでだ、お前に頼みが――」

「あら?2人で秘密のお話?」

「「!?」」

 

 アリアの言葉を遮る様に挟まれた声に、2人はハッとしながらドアを見やる。

 そこにはシャーラよりも過度な装飾を施した貫頭衣姿の少女――リィムが、開いたドアから顔を覗かせている。

 

「リィム閣下!?……何故ここに?」

「貴女がシャーラの部屋に入るのが見えてねぇ。『なんだろう?』と思って近づいたら、面白そうな気配がしてねぇ……ねぇ、私も混ぜてくれない?」

 

 アリアの問いに答えつつ、リィムは言葉とは裏腹に有無を言わせない視線を向けてくる。

 

「…………」

 

 その視線が持つ独特の威圧感と、何よりも立場の関係から拒否することはできず、アリアはやむなくその状態で話を進める。

 

 

 

 

 ヴェーガスからしばらく歩いて食堂のある建屋に入り、そこからさらにしばらく歩いて食堂の入り口をくぐった一行は、各々に注文したトレイを受け取り、1つのテーブルにまとまって座る。

 早朝とはいえ同じくここで朝食を摂っているヴァルキリーズのスタッフも大勢おり、賑やかな光景を作り出している。

 

「……こうやって見るとさ、なんか女の人の比率多くない?というか、ほとんど女?」

 

 食事をしつつ8割方席が埋まっている周囲を見回したカノンは、その男女比の偏りに気づく。

 

「確か、DC戦争の影響で男手が不足して、その結果男性3、女性7の職員比率になったそうですよ」

「えー、なにそのハーレム……ここで働いてる3割の男ども羨ましいじゃん……」

 

 サクラの説明に、カノンは赤裸々な感想を呟く。それこそ食堂にいるなけなしの男性スタッフたちに羨望の眼差しを向けながら。

 と、それを見た一夏が若干表情を曇らせる。

 

「いやいや、性別の比率が偏ったとこにいるのもキツイもんだぞ?特に慣れない内はさ……」

「……ということは、一夏はそういうシチュエーションに遭遇したことがあると?」

 

 何かを思い出す様に語る様子に興味を持ったフィルシアの問いに、一夏は視線を明後日の方へ向ける。

 

「ん?……まぁ……こっちに来る前に俺がいた所も、そんな感じだったし……いや、こっちの方がまだマシか?」

「?……」

「?」

 

 歯切れの悪い返答にフィルシアはカノンを見やり、カノンもわからないという意味を込めて首を傾げる。

 その時、

 

「あら、みんな来てたのね。おはよう」

「カワシマ隊長。おはようございます」

 

第四分隊全員を引き連れて声をかけてきたノゾミに、恭弥が非特隊を代表して返し、それに続く形で各々挨拶を交わす。

 それが済むや第四分隊一行は非特隊のそばのテーブルに腰を下ろし、各自トレイの上の朝食に手をつける。

 と、アカネが隣に座る恭弥と一夏に顔を向ける。

 

「そういえば、恭弥くんと一夏くん、昨日私たちとは別に帰ったけど、なんかあったの?」

「着替え取りに行ってたんですよ。ノヴァ大佐の指示で。いつまでも服借りてるわけにもいかないし」

 

言いながら、恭弥は自分か着ている連邦軍の制服を示す。

 

「そういうアカネさんこそ、あれから大丈夫でしたか?」

「現場でモモタロウに何か叫んでましたよね?」

「「!」」

 

 そう返した恭弥と一夏としては、別れる少し前の様子を心配して訊いただけなのだが、その事情を深く知っているノゾミと、帰還後の光景から自分たちが思っている以上にデリケートな問題であることを察していたカノンに、束の間緊張が走る。

 

「……うん。大丈夫だよ。心配してくれてありがとう!」

「……」

「……それならいいです」

 

 努めて気丈に振る舞おうとするアカネ。その心境を察してか、恭弥と一夏は一瞬視線を合わせ、「これ以上訊いてはいけない」と互いの意見を確認すると、代表して一夏が一言だけ応じ、この話はこれで終了となる。

 

「「「…………」」」

 

 その以心伝心が他の者たちにも共有された所為か、一行のテーブルが奇妙な沈黙に包まれる。

 

(……いかん。この空気、なんとかしないと……)

 

 機械的に箸を動かしつつ、恭弥はこの居心地の悪い沈黙を払う術はないかと思案する。

 その時、

 

「おぉ。みんなもういんのか。おはようさん」

「……おはようございます」

「虎!飛鳥君も」(よかった……!)

 

各々トレイ持ちで現れた虎次郎と飛鳥に、恭弥は沈黙を払うきっかけが来たと内心ほっとする。

 2人も一行の近くに腰を下ろし、食事を始めると、虎次郎は昨日の夕食では見かけなかった一夏に気づく。

 

「あれ?お前確か……あのパワードスーツの奴か?」

「え?……えっと……」

「昨日、女の子抱えて俺に道訊いてきただろう?」

「……あぁ!あの時の?」

 

 突然知っている様子で話しかけられて困惑したものの、すぐに説明した虎次郎に、一夏は昨日初めて極東支部に来た際、現場で救助したユイを抱えて、たまたま目に入った整備員らしき人に病院への道を訊こうとしたことを思い出す。

 

「そういえば、一夏君にはまだ紹介してなかったな。城田虎次郎、僕の幼馴染で、極東支部で整備班主任をやってる」

 

 恭弥の簡単な紹介に、虎次郎は一夏を見やる。

 

「虎次郎だ。周りからは『虎』って呼ばれてる」

「織斑一夏です。連邦軍非特隊でパイロットやってます」

 

 自己紹介を交えつつ、一夏は虎次郎に会釈する。

 

「イチカか。面白い名前だな……で?昨日どうだったよ?」

「?……どうだった、と言いますと?」

 

 唐突に笑みを浮かべて顔を近づけてくる虎次郎に、質問の意図がわからない一夏は首を傾げる。

 

「だから、あの抱えてた女の子のとこ行ってたんだろう?」

「……そういや一夏、昨日の夕飯それで抜けてたんだよね」

「会って早々危機一髪のところを救われ、その王子さまが夜に部屋を訪れた……ってことは!」

 

 虎次郎に続く様に、カノンとフィルシアも好奇心とも期待ともつかない目を向けてくる。

 

「…………あぁ!」

 

 ややあってその視線の意図を察した様子の一夏は、ぽんと手を打ってそれに答える。

 

「そういえば、ユイとも名前で呼び合う間になりましたね。いやぁ、正直困ってたんですよ。過去から来たってことは、俺らよりずっと年上と見るべきなのか、それとも聴取で言ってた15歳として見るべきなのかって。俺としては、今の距離感が親しみやすくて助かりますね!」

「「「…………え?」」」

 

 昨日のやり取りを思い出しながら、一夏は親しい者が増えた喜びに顔を綻ばせる。が、全く予想外の返答に、虎次郎、カノン、フィルシアは面食らう。

 

「……え?お前……それだけ?」

「はい……?あ、そういえば、夜もまだ悩んでるような顔してたような……これ食べたらまた様子見に行ってみようかな……」

 

 3人を代表して虎次郎が言葉に困りながらさらに問うものの、一夏は「まだなにか?」とでも言わんばかりに首を傾げ、食事を再開しながら一人今後の予定を立てていく。

 

「「「…………」」」

「だから昨日も言っただろう?一夏君はそういうタイプじゃないんだよ」

 

 その様子を見て呆然としている3人に、恭弥は昨日の茶化しに対する反省を覚えながら言い切ってみせる。

 それに対して、カノンとフィルシアはやれやれと言いたげに肩をすくめ、虎次郎は一夏の肩に手を置くと、

 

「お前、女で苦労するよ……」

 

と、同情の声でそっと告げる。

 

「は?……はぁ……?」

(((貴方にだけは言われたくないと思う……)))

 

 それに一夏は困惑しながら生返事を寄こし、一連のやり取りを聞いていた第四分隊の5人は虎次郎と第三分隊隊長アリスとの関係を思い出し、各自に自覚はないものの、一瞬心が一つになる。

 

「……えっと……それで君は?」

 

 直後に場が再び妙な雰囲気に包まれそうになるのを察したのか、虎次郎の横に座る飛鳥に気づいた一夏は、それを防ぐことも兼ねて声をかける。

 

「え?あ!……新田飛鳥です……」

 

 それまで蚊帳の外で黙々と朝食を摂っていた飛鳥は、急に話を振られたことに一瞬狼狽えるものの、すぐに手短な自己紹介を返す。

 

「アスカ……カッコイイ名前だな!」

「……どうも」

 

 一夏の直感的な感想に短く応じると、飛鳥は食事を再開する。

 それに乗る形で、昨日の会話を思い出したカノンが話に加わってくる。

 

「そういや、一夏は昨日いなかったから知らないだろうけど、この飛鳥って子凄いんだよ!」

「なにが凄いんだ?」

「……」

 

 若干興奮気味のカノンに、一夏は食事を続けながら問い、自分を話題にされた飛鳥は照れた顔を俯ける

 

「なんと!あのモモタロウを整備できるんだよ!そうだよね、虎?」

「おぉ。俺も昨日見たぞ。知らない型の端末片手に、こうパパァーっとさ」

「へー!そりゃ確かに凄いなぁ!」

「……だから、じいちゃんの手伝い程度で…………」

 

 虎次郎の補足も聞いて感心の目を向ける一夏。その視線にさらに照れながら、飛鳥はぼそぼそと付け加える。

 直後、

 

「「「!?」」」

 

そんな声を掻き消す様なサイレンが食堂中――否、支部全体に響き渡り、一行はその後のアナウンスに耳を澄ませる。

 

『三浦半島南部にゴースト出現!各職員は警戒を厳に。救護班は出動準備の上待機を――』

 

 続く放送を遮る様に、非特隊隊員各自が所有する端末が振動し、エリックの声が響く。

 

『各自、放送は聴いたな。非特隊はゴースト迎撃に出撃する。各々準備にかかれ!』

「「「「了解!」」」」

 

 恭弥、一夏、フィルシア、サクラが同時に応じると、それぞれ席を立って食堂の出口へ駆けていく。

 

「私も!」

「!?カノン……?」

「リグルはここで待ってて!」

 

 それを追う様にカノンも席を立ち、不安がるリグルにそう告げるや恭弥たちの後を追う。

 

「よっしゃー!あたしらも――」

「私たちの相手はあくまでも鬼。ゴースト迎撃は管轄外」

「……そうだった……チクショー!あいつらには助けてもらってるのに、あついらには何もしてやれねぇのかよ……」

 

 こちらも勢いよく立ち上がったアキラが、しかしミオの正論の前に悔しそうな顔を浮かべる。

 一方その傍らでは、ノゾミがアゴに手を当てて何かを考えている。

 

「……アキラ、私と一緒に来て」

「え?……隊長――」

「いいから!」

「!……了解……」

「アカネたちはいつでも出られるように待機して。救助活動で出動するかもしれないから」

「「「了解!」」」

 

 矢継ぎ早に指示を飛ばすや、ノゾミは未だ事態を呑み込めないアキラを伴って恭弥たちを追う。

 後に残されたのは、早朝の非常事態にやや動揺を浮かべた飛鳥と、それを落ち着ける様に目配せする虎次郎、不安を一杯に浮かべた顔で食堂の出口を眺め続けるリグル、隊長命令に従って待機の準備に向かおうとするミオ、サヨコ、アカネら第四分隊の面々、そして、

 

「……貴方は行かないんですか?」

「……」

 

一連の騒ぎに動じることなく、飛鳥に声をかけられても淡々と食事を続けるナガイだけだ。

 

「連邦軍のみなさんは行ったんですよ?カノンって人も……あの人は連邦軍ですらないみたいなのに。ヴァルキリーズの人たちだって、自分たちにできることをしようとしてる!……なのに貴方は――」

「だから何だ?」

 

 言葉を重ねるごとに熱を帯びてくる飛鳥の訴えを、しかしナガイはたった一言で一蹴する。

 

「あいつらが行ったのは、それが仕事だからだろう?昨日から聞いてる限りじゃ、今が正に働き時みてぇだしな。カノンって奴についてはよく知らねぇが、『困ってる奴は放っておけない』って、そんなご立派な奴なんだろうよ。あいにく俺は軍隊に入った覚えもなければ、この世界の見ず知らずの連中の為に戦う理由も()ぇ。俺が戦うのは、あくまでも俺が戦いたいと思った時だけだ。ボランティア精神なんてこれっぽっちも無い。その辺間違えるな」

「……貴方はぁ!!」

「!?……おい!飛鳥!」

 

 ナガイのどこまでも淡泊な返答に、それまで頼りない表情だった飛鳥の顔が怒りに歪む。

 ナガイの詳しい事情は知らないが、昨日からの会話で彼も大きな”力”を持っていることは大よそ察していた。そんな者が、多くの人々が危機に晒されている時に動かないというのは飛鳥の容認できることではなく、虎次郎の制止も間に合わずに腰を上げ、気づいた時にはナガイの顔目がけて右拳が走っていた。

 が、

 

「クッ……!」

 

顔面の手前で受け止められた拳はそれ以上進まず、飛鳥は悔しさに歯を食い縛る。

 飛鳥も14歳にしては多分に鍛えているものの、喧嘩慣れしたナガイに激情任せの攻撃は通じないということか。

 と、一連のやり取りを見ていたミオが、

 

「貴方の言い分は、一面では正しい。有事の際に行動する義務もなければ、見ず知らずの人の為に危険に飛び込む責任もない……でもそれなら、何故そうも落ち着かないの?」

 

と、テーブルの下で揺れるナガイの足を指さす。

 

「!」

「その貧乏ゆすり、非特隊の人たちが出て行った辺りからしてるけど――」

「煩っせぇなっ!騒がしくてイライラしてただけだ!」

 

 さらに指摘しようとしてくるミオに怒鳴り返すと、ナガイはトレイを持って席を立つ。

 

「ちょっと!何処行くのよ?」

「食い終わったから出ていくだけだ。心配しなくても、テメェらには協力しねぇが邪魔もしねぇよ。適当な場所で時間潰してる」

 

 サヨコにそう言い切るや、ナガイはトレイを返却して食堂を出ていく。

 

「……まったく、捻くれ者」

 

 小さくなっていく背中にサヨコがそう投げかける横で、アカネが呆然としているリグルと、さっきまでとは打って変わって静かになった飛鳥に呼びかける。

 

「リグル様たちも安全な所に避難していてください。何があるかわかりませんから」

「承知しました……それでは、昨日と同じくシロサキという方の病室にいます。カノンが帰ってきたら教えてください」

「わかりました」

 

 少し考えてから居場所を告げたリグルにアカネが応じる傍ら、飛鳥は困った顔を浮かべる。

 

「えっと……俺は……」

「姫様と一緒に病室にいりゃいいだろう。一カ所に固まってもらってた方が、こっちももしもの時対処しやすいし」

 

 そう言った虎次郎の言葉を受けて、アカネはリグルを見やる。

 

「そうですね。リグル様、案内お願いできますか?私たちはこれからいろいろと準備があるので」

「道案内なんて、本来なら私の仕事ではありませんが……仕方ないですね。えーっと、アスカといいましたか?こちらに」

「あ、はいっ!……あ!トレイ……」

 

 乗り気でないながらも一応引き受けてくれたリグル。その不機嫌さと高貴さの雰囲気に当てられてか若干緊張しながらも、飛鳥もトレイを返却して後をついていく。

 

「それじゃあ、あたしたちも行きましょう。隊長の命令通り、いつでも出られるように準備しなきゃ」

「「了解」」

 

 サヨコの号令にミオとアカネが応じると、最後の3人も食堂を出た。

 

 

 

 

 その頃、食堂から離れた通路では、

 

「クソッ!」

 

不機嫌さを顔一杯に浮かべたナガイが、壁に蹴りを入れていた。

 もっとも、それで胸に溜まったもやもやとした気持ちが晴れることはなく、正体不明の不満にますます気分が悪くなる。

 

(なんなんだこの気分は……?赤毛の中坊といい、すまし顔の女といい、勝手なことばっか言いやがって!戦いたいから戦い、それ以外は知ったこっちゃない、それが俺だ。そんな俺に、『ヒーロー』だの『正義の味方』だのを求めてんじゃねぇよ……!…………もっとも、それ以上にわかんねぇのは……)「何で俺が、そんな目を向けられてそわそわしてるかってこと――クソッ!」

 

 胸中に渦巻く気持ちの一端を声に出すと、不機嫌を再燃させたナガイは壁を力一杯殴った。

 

 

 

 

 先を行く非特隊一行を捉えたノゾミは、その背中に声の限りに呼びかける。

 

「ちょっと待ってっ!!」

「「「!?」」」

 

 突然の大声に恭弥たちは足を止めて振り返り、アキラを伴って追いついたノゾミは、若干息を上げながら口を開く。

 

「貴方たちを格納庫まで送ります。少しは時間短縮になるでしょ」

「「「!」」」

「助かります!」

「なるほど。そういうことか!」

 

 ノゾミの提案に非特隊一行を代表して恭弥が感謝を述べ、アキラは隊長の意図を知って納得の表情を浮かべる。

 

「確か、非特隊の機体は地下格納庫とヴェーガスに分けて収容されてたわね。私はヴェーガスに行くから、アキラは格納庫の方お願い」

「合点っ!」

「車はこっちよ。ついてきて」

「「「はい!」」」

 

 アキラと非特隊一行それぞれに指示を飛ばすと、ノゾミは先頭を走って全員をヴァルキリーズの公用車が置かれている車庫へ案内する。

 

「本当に助かるぜ。丁度俺が白式展開して恭弥さんとカノンだけでも運ぶかって話してたしな」

「脇に抱えられて運ばれるなんて格好悪いとこ見られなくてよかったよ」

 

 一夏とカノンがほっとしながら語り合う間にも、一行は車庫に着き、ノゾミがシャッターの開閉装置を操作をしている間に2台の自動車に分乗する。

 運転手も含めて4人乗りの中型車、その内の1台に恭弥と一夏、カノンが乗り込むと、それを追う様にアキラが運転席に収まって発車準備を行う。

 後部座席にサクラとフィルシアが収まった隣の車にノゾミが乗り込むと、シャッターが開き切り、直後にノゾミの車は車庫から駆け出していく。

 

「ようし、あたしらも行くか!全員、シートベルトはちゃんと締めたな?」

「はい」「大丈夫です」「バッチリだよ」

「じゃあ……行くぜぇっ!!」

 

 その様子を見て気合いを入れ、恭弥たちの安全確認を行うや、アキラはアクセルを一杯に踏み、駆動音を轟かせて車を走らせる。

 

「「「!」」」

 

 いきなりの急発進に後部座席に座る恭弥と一夏、助手席に座るカノンが座席の背もたれに押し付けられるが、アキラは構わずハンドルを回して急激な左折を行い、支部敷地内に伸びる道路を地下格納庫目指して駆ける。

 

「緊急事態だっ!ちょいと急ぐから退いてくれぇ!」

 

 窓を全開にして叫びながらクラクションを鳴らし、一応進路上周囲の人々に注意を促すものの、その顔はどこか喜色を浮かべている。

 

「ちょ、ちょっとアキラさん!そんなに急がなくても……」

 

 そんな運転手の様子と、時速数十キロの速さで行き過ぎる視界に、度胸はある方のカノンも流石に危機感を抱き、肝を冷やしながら声をかける。

 が、

 

「事は一刻を争うんだろぉ!!」

「「「うぉぉぉ!!」」」

 

叫びで応じると共にアキラは正面のT字路を弧を描く様に左折し、そのドリフト紛いの走行に恭弥たち3人は目を一杯に開いて悲鳴を上げる。

 と、

 

「痛てっ!……」

 

急激な左折の反動で運転席の後ろに座る恭弥の上体が右に引っ張られ、頭頂部を車窓上部の縁にぶつける。ゴンッという硬質な音が響き、瞼の裏に星が光った。

 

「大丈夫ですか恭弥さん!?」

「……なんとかね……」

 

 心配する一夏に、恭弥はぶつけた辺りを擦りながら若干涙目で応じる。実際、強めにぶつけただけでケガはなく、しかし痛みはしばらく響いた。

 その間にも車は右へ左へと急カーブを繰り返し、地下格納庫に着く頃には恭弥たちはすっかり目を回していた。

 

「あたしにできるのはここまでだ。後は頼むゼっ!」

「は、はいぃ……」

「ありがとうございました……」

「任されて……うぅっ!?」

 

 全開にした窓から半身を乗り出してサムズアップするアキラに、一夏と恭弥は若干青い顔で応じ、カノンにいたっては逆流しそうになる何かを必死に堪える。

 一行の返事を聞くやアキラは再び車を爆走させてその場を去り、少し休んでどうにか回復した恭弥たちは機体の許へ駆け出す。

 

「前言撤回、やっぱ一夏に抱えられた方がよかったかも。少なくとも、白式ってのに運んでもらえばここまで気分悪くならなかったんじゃない?」

「まぁ、朝飯食った直後だから尚更なぁ……」

「今更言っても仕方ないよ。とりあえず僕は着替えてくるから、2人は先に機体へ」

「「了解!」」

 

 恭弥の指示に同時に応じると、一夏とカノンはそれぞれの機体に搭乗し、恭弥も素早くパイロットスーツに着替えてシルフィードに乗り込む。

 それを見計らっていたかの様に3人の機体にエリックからの通信が入る。

 

『桂木曹長、織斑曹長』

『「はい」』

『それと高槻カノン……』

『聞こえてるよ』

『……ならば』

 

 カノンの呼びかけに一瞬迷った様子を浮かべながらも、次の瞬間にはエリックは指揮官の声で続ける。

 

『悪いがヴェーガスの発進にはもう少し時間がかかる。お前たちは先行して、ゴーストを海上の方に誘導しろ。できるだけ市街地から遠ざけてそこに留めるんだ。後のことは合流次第追って指示する。爆発の兆候が見られたらすぐに離脱しろ。以上だ』

『『「了解!」』』

 

 エリックの指示に一斉に応じるや、3人は機体をエレベーターへ向かわせ、地上に出るやすぐに飛び立った。

 

 

 

 

 病室で朝食を摂っていたユイは、突如鳴り響いたサイレンに身を硬くし、続くゴースト出現を告げるアナウンスに一夏を、それに続く様に非特隊の面々を思い浮かべる。

 

(また、みんな戦いに行くんだな。当然一夏さんも……私は…………)

 

 昨夜一夏と交わした会話――今後のことを一緒に考えていこうという趣旨の記憶が脳裏を過るものの、自分にそんなことを言ってくれた人、その人の仲間たちに対して何もできない自分を否応なしに意識し、ユイは箸を握る手に力を込める。

 

(まだ体調が優れないとか、本調子でないとか、そんなこと言い訳には…………)

 

 と、さらに後ろ向きになりかけていたところにノックの音が響き、返事を待たずに開いたドアからリグルと、見覚えのない、自分と同い年くらいの赤毛の少年が現れる。

 

「リグル様?それと……」

「あ、新田飛鳥っていいます。今ヴァルキリーズにお世話になってます」

 

 ユイの視線に気づくや、赤毛――飛鳥は慌てて自己紹介する。

 

「ニッタさん……?城崎ユイといいます。よろしく」

 

 ユイも自己紹介を返す間に、リグルはベッド脇の椅子に腰を下ろす。

 

「またみなさん出陣されたようなので。しばらくお邪魔いたします」

「……やっぱり、ですか……」

 

 事態を簡潔に告げるリグルに、先ほど思い浮かべたことが現実になっていることを認識させられ、ユイは小声で返しながら顔を俯ける。

 

「それにしても……」

「?……なにか……?」

 

 思い出した様に不機嫌な顔を浮かべるリグルに、ユイは控え目に訊いてみる。

 

「あの様に人を不愉快にさせる輩は初めて見ました。強大な力を持ちながら、それを私利私欲の為に用いることしか考えていない、そんな態度を堂々と告げて恥じることを知らない……まさか異世界に来て、あそこまで酷い人物に遭遇するなんて……!」

(……そうとう面白くない人に会ったんだな……)

 

 説明するというよりも、堪った不満を発散している様子の、徐々に熱を帯びてくるリグルの弁に、ユイはやや気圧されながら漠然と理解する。

 と、

 

「……いや、そこまで言うほどでも……」

 

控えめに反論する飛鳥に、リグルは不機嫌さに険しく歪んだ顔を向ける。

 

「貴方だって先ほど、あのナガイという人に怒ってらしたではありませんか。あまつさえ手を挙げて」

「いや、そうなんですけど……」

 

 リグルの指摘と、何よりもその槍の先の様な鋭い視線に押されつつ、飛鳥は口籠る。

 リグルが指摘する通り、飛鳥もナガイの言い分を聞いた時は腹が立ったし、殴ろうとしたのも確かだ。しかし、

 

「ヴァルキリーズの職員さん……なんていったかな?……とにかくあの人にいろいろ言われてからのナガイさん見てたら、少なくともリグル様が今言ったほど酷い人ではない気がして…………それに、今思い返してみれば、あの時の怒り、その半分くらいは、()()()に対しての気持ちだった気して……」

「貴方自身……?」

 

 飛鳥の今一つ要領を得ない返答に、リグルは首を傾げる。

 そんな2人の不明な部分が多くなってきた会話を横で聞きながら、ユイは顔を上げて非特隊メンバーの無事を祈った。

 

(みなさん……()()()()、ちゃんと帰ってきてくださいね)

 

 

 

 

 極東支部を飛び立ち、報告にあったゴーストが出現した場所へ向けて全速力で駆けること数分。

 恭弥はシルフィードのモニターに映る望遠映像越しに、幾何学模様を走らせた黒い巨体を確認する。

 

『あれがゴースト……デカい……!』

『昨日のと形が違う……鳥かな?』

 

 その異様に、初めて直に目にする一夏は驚愕し、カノンは観察の目を向ける。

 カノンの言葉を受けて恭弥も相手の細部に目を凝らすが、2枚の大きな翼を広げて悠々と空を舞うその姿は、確かに鳥を連想させる。さらにその周囲には小さな浮遊物がいくつか浮いている様だが、この映像でははっきりとは判らない。

 その時、

 

『『「!」』』

 

ゴーストの両翼から放たれた光弾の雨が地上に降り注ぎ、着弾した家屋やビルが崩れ燃え上がる。

 

「急ごう!」

『『了解!』』

 

 恭弥の号令の下に一行はゴーストと距離を詰め、恭弥は射撃モードにしたルミナ・グラティウスの照準をその黒い怪鳥に合わせる。

 と、

 

(痛いっ!)(熱い!)(助けてぇ!)

「!?……」

 

突然頭の中に複数の声――悲鳴の様なものが響き、その脳を直接揺さぶられる様な圧迫感に恭弥はしばし前後不覚に陥る。

 

『恭弥さん……?』

「!……あ、あぁ……」

 

 ユニコーン・白を介してシルフィードの肩を軽く揺すって呼びかける一夏に気を取り直すと、恭弥は頭に手を添えて応じる。もっとも、パイロットスーツの一部であるヘルメットを被っている為に、結局頭皮に触れることはできなかった。

 

『大丈夫ですか?ぼーっとしてたけど』

「なんか声が……否、さっきのドリフトの影響が今頃きたかな?」

 

 映像越しの一夏に冗談半分で返しながら、恭弥は改めてゴーストに狙いを定める。

 

(いつもの空耳だ。偶にこんなのがある)

 

 そう思うことで先ほど言いかけた声の件を呑み下し、完全に調子を整えると、マーカーが重なったゴーストにルミナのビームを一射する。

 放たれたビーム弾は一瞬でゴーストの許に達し、頭頂を穿とうとする。

 が、

 

「バリア!?」

 

ビームはゴーストの外殻に触れる直前に何かに弾かれた様に拡散し、その際の干渉によって束の間可視化した浮遊物間に広がる光の膜に、恭弥は驚愕の声を上げる。

 

『ちょっ!昨日の蛇もタダでさえタフだったのに、あんなのアリ!?』

『いや、あの周りを飛んでる奴――ビットがバリアの発生器なんだろう?アレさえ壊せば――!』

 

 その光景と昨日のゴースト戦を思い出してカノンも動揺し、一夏が対策を練ろうとするその時、ゴーストの翼から放たれた弾雨が3機を襲い、各自反射的に三方に散ってそれをやり過ごす。

 

「いや、どう攻めるかは後回し。今はノヴァ大佐の命令通り、アレを海の方に誘導しよう。幸か不幸か、今のでこっちに注目してくれたしな」

『……ですね』

『了解!』

 

 言いながら恭弥はシルフィードを海へ向かわせ、その後を返事をしながら一夏の白とカノンのアトランティア・ルージュがついていく。

 それを追う様にゴーストも針路を海の方へ向け、さらに光弾を飛ばして一行に追い打ちをかける。

 最後尾についた白がシールドを張ってそれらを掻き消し、背後から肩を掴んで牽引するアトランティアと自らの推力を合わせて後退する。

 その陰から出たシルフィードがビットを破壊するつもりで散発的にビームを撃ってみるものの、対象は余りに小さく、大きく開いた距離も手伝って掠りもせず、徒にバリアとの干渉光を照らすだけだった。

 

 

 

 同じ頃、準備が整ったヴェーガスは極東支部の滑走路を飛び立ち、飛行が安定したのを確認すると、エリックは昨日の昼以降、ずっと保留してきた事案に向き合うことを決める。

 

「アイン、しばらくブリッジを頼む」

「?……了解だ」

 

 短く告げるやキャプテンチェアを立って出ていくエリック。そんな艦長に一瞬戸惑ったアインは、しかしすぐにその心情を察して短く返す。

 と、今度はカトリーヌが操舵士の席を立ってそれに続く。

 

「お、おい!?」

 

 流石に艦の操作を務める操舵士が席を立ったことにはアインも先ほど以上の狼狽を浮かべるものの、カトリーヌはあくまで涼しい顔で応じる。

 

「私も行くわ。エリックだけじゃいろいろ不安だから。舵はちゃんと自動に設定したし、細かい操作が必要な戦闘空域に着く頃には戻るから」

 

 言うやカトリーヌもブリッジを退出し、その言い分にアインも一応納得する。

 

「……まぁ、確かにエリックだけではな……」

「……なぁ、何で艦長たちこのタイミングでブリッジを離れたんだ?」

 

 いまいち話についてこれていないレーダー士――レックニック・ジョンソンが、半ば非難する様に訊いてくる。

 もっとも、これから戦闘、しかも複数存在する敵性対象の中でも群を抜いて手強いゴーストと対峙しようとする直前に慌ただしい様子を見せるエリックたちの方が非常識なのも確かであり、その部分を理解しながらアインは察したことを告げる。

 

「このタイミングだからさ。ゴーストが相手となれば、昨日収容したネメシス08の少年も、いよいよどうなるかわからないからな。非常識は承知の上で、今できることをしておきたいんだろう……もっとも、エリックがどんな対応をするかは予測できんがな。そこはカトリーヌを当てにするしかない」

「……そんなもんか……?」

 

 応じつつ、その説明で少しは納得したのか、レックニックは非難の色を薄めた。

 

 

 

 

 薄暗い部屋のドアが開いた。

 廊下から差し込む人工的な、数時間ぶりに感知したまともな明るさの光に、ユウは目が眩んだ。

 その目が慣れる前に、ユウは部屋に入ってきた人物に怒鳴りつけた。

 

「何なんですかあなたたちは!!勝手に収容して、手錠かけて、こんな部屋に閉じ込めて!!オレが一体なにしたっていうんですか!」

 

 溜まりに溜まった数時間分の憤りを含んだ怒鳴り声は、しかし入ってきた者を動じさせることなく、冷たい視線を送るヴェーガス艦長・エリックが静かに口を開く。

 

「軍用機の使用、無許可の戦闘行為、市街地の破壊、とまぁこんなもんだ」

「これでも甘い方なのよ。軍っていうのはこういうことしないと気が済まないとこよ」

 

 傍らのカトリーヌが手錠を外しながら優しげに言う。

 エリックは相変わらず冷たい視線のまま目の前に立ちはだかっている。

 カトリーヌはそんなエリックの様子を見てフッと笑い、ユウの肩に手を添えた。

 

「コイツもその一員。こういう態度をとることしか知らないのよ」

「カトリーヌ……!」

「はいはい」

 

 カトリーヌはエリックの後ろに下がった。

 ユウは立ち上がってエリックを睨みつける。

 顔ひとつ分程ある身長差が、ユウの視線を上に向けさせる。

 

「お前、名前は」

「ユウ・ヴレイブです」

 

 短い言葉のやり取りが交わされたが、その後も沈黙が流れた。

 そしてそれを破ったのはユウだった。

 

「帰してください」

「そういうわけにはいかない」

「何でですか」

「軍の機密に触れた。タダで帰すわけにもいかねぇ」

「軍の機密って何ですか」

「それを聞いたら本当に帰れなくなるぞ」

「………ッ!」

 

 ユウは大人しくすることにした。

 どう足掻いてもタダでは帰れないし、騒ぎを起こして刑罰なんてことにもなりたくないからだ。

 その様子を読み取ったエリックは、先ほどよりも若干表情を緩め、付いて来いと合図した。

 それに従い、ユウが部屋を出ようとした直後、突然大きな地震が発生した。

 否、空を飛んでいる巡洋艦が揺れているのだ。

 遠くに爆発音も聞こえる。

 

 

 

 

 慌てて走るエリックとカトリーヌについて行くと、そこはこの艦のブリッジだった。

 前方には青い空が映し出されていた。

 警報が鳴り響く。

 忙しそうにする乗組員(クルー)を見ながらもどうすることもできず、ユウは入り口近くに立ち尽くす。

 

「思ったより早く着いたか……状況は!」

「ゴーストと会敵するなり被弾した。 艦体に大きなダメージは無いが、少し厄介だ」

 

 キャプテンチェアに着くや訊いてきたエリックに、レックニックがその手元のモニターに映像を送る。

 射出した小型カメラが捉えた映像が再生されるや、エリックは思案する。

 

「飛翔性のゴーストか!?そもそもコイツ、何でなにも無い街を攻撃したんだ?」

「そこに街があったから、だろう。ゴーストの行動理念は"破壊"だと考えられてるからな」

 

 エリックの独り言の様な疑問に、アインがヴェーガスの迎撃システムを操作しながら答えた。

 

(ゴースト……?)

 

 その単語にはユウも聞き覚えがあった。

 突然現れては破壊活動をし、48時間後に大爆発を起こす謎の生命体である。

 その存在自体は広く知られているが、その詳細や処理については、報道に規制がかかっており、あまり知られていない。

 

「アイン、この艦の迎撃システムと空戦中の3機でなんとかできるか!」

「五分と五分だ!上手く支援砲撃して隙を作れれば勝機もあるだろうが」

「カトリーヌ、できるか?」

「やるしかないんでしょ!!」

 

 エリックの問いかけとアインの予測を受けたカトリーヌが大きく舵を切り、ヴェーガスはヨーイングするように回転しながら高度を下げていく。

 

「ホワイト3らにも伝えろ。連携を密に!」

 

 その間にもエリックが指示を飛ばした直後、艦首が下の方を向き、幾何学模様を走らせた黒い怪鳥――ゴーストの全貌と、その周囲をビームを撃ちながらデタラメに飛び回る白い機動兵器3機の機影が正面モニターに映し出される。

 大きな翼を広げたゴーストの動きは機敏であり、3機の死角からの攻撃も、ヴェーガスの艦砲射撃もことごとく避けてしまう。

 さらに、周辺に小型のビットをいくつか展開していて、それが発生させるバリア――おそらくはエネルギーフィールドの類――によって攻撃自体防がれてしまうありさまだ。

 

「クッ……!IADさえ使えれば……」

「……IAD?」

 

 一連の光景にエリックは歯ぎしりし、苦渋の表情から漏れた単語がユウの耳に届く。

 ユウは知る由もないことだが、非特隊に配備されたIADは対ゴースト戦も視野に入れてに開発されている。

 そのIAD――テンペストとギガンテックを出そうにも、これら――というよりも通常のIAD――は飛行能力を持たない。技術的な問題から空中戦は全く想定していないし、そもそもこれまで飛行能力を有するゴーストが確認されなかった為に、する必要が無かったからだ。

 そしてそれが今、裏目に出た。

 現在のヴェーガスに、飛行能力を有するゴーストに対する決定的な策が無いのだ。ゴーストに対してのロングレンジ攻撃はほとんど効力がない。そのためのIADであるのだが、ほぼ唯一の対抗手段が空対空戦闘能力を持っていないのだ。

 状況は切迫していた。映像を観る限り、交戦中の3機もすでに何ヶ所か被弾しているようだ。

 

「仕方ない、テンペストとギガンティックをそれぞれ第二、第三カタパルト固定!砲台として使う!」

「「了解」」

 

 いつからいたのだろうか。パイロットと思しき2人の少女がエリックの指示を聞いてブリッジを出た。

 ユウはどうしていいかもわからず、ただ自分が戦場にいるということだけが理解できた。

 

「何そこで突っ立てる!適当に座っとけ!」

 

 エリックの怒鳴り声だ。キャプテンチェアからこちらを向かずに発した声は、十分に大きな声としてユウに届いた。

 ユウは言われた通りにその辺に座り、近くにあった手すりにしがみ付いた。

 そのおかげで、巡洋艦とは思えないアクロバット飛行の中でも怪我をすることはなかった。

 

「うッ……く……ッ!」

 

 空酔いの中で正面モニターを見た。

 脇の小窓には、テンペストとギガンティックというIADのコクピット内部が映し出された。

 少女たちの表情は苦しいものだった。歯を食いしばり、額に汗を流していた。目は、操縦補助システムであるサングラス型のバイザーがかけられていて見えないが、きっと苦しいのだろう。

 ヴェーガスは何ヶ所も被弾し、ゴーストには決定打を与えられていない。

 そんな状況であったが故、ユウがブリッジを出たことに誰も気付かなかった。

 

 

 

 

「おい、どうやったら動くんだこれ?」

 

 ユウはネメシス08のコクピットに乗り込んでいた。

 しかし、肝心なネメシス08が起動しておらず、動く気配がない。

 

「動いてくれ!飛べるIADはお前しかいないんだろ!」

 

 先ほどのエリックの呟きを受けて叫ぶや、ユウは両の拳を操縦桿に振り下ろした。

 すると、コクピットの全天周モニターが起動し、コクピット内を照らした。

 そして正面に英文が表示された。

 

-Welcom the bravery-

 

 モニターが周囲の状況を映し出した。

 左右には無機質な壁、足元にはカタパルトデッキ、正面には閉じられたハッチが見える。

 

「よし、戦えるか?」

『おいお前何やってる!』

 

 ネメシス08の起動に気付いたエリックが通信を入れてきた。

 ユウは表情を変えずにネメシス08のスペックを確認していた。

 ユウは幼い頃からメカニックには強く、将来的にも機械系の仕事に就こうと思っていた。

 故に軍が使用する高度な技術も、少しなら理解できた。

 

「こいつなら飛べるんですよね。脚のホーミングビームを近距離で撃ち込めば痛手を与えられるはずです」

『お前まさか……!』

「出撃します。さっき見ましたが、こいつにはオレの生体反応が記録されてて、他の人にはもう動かせないんでしょ」

『だが…………本当に帰れなくなるぞ……』

 

 エリックの声には心配の色があった。

 だがユウの決意は変わらない。

 

「結構です。もう覚悟はできましたから。やってやりますよ」

『…………分かった』

 

 少し時間が空いてエリックが発した言葉に対し、画面の向こうで抑止の声が聞こえた。

 だがこれを気にする必要はない。

 ロングレンジが効かない相手に、ほぼロングレンジ攻撃一辺倒で攻めなければならない状況だ。勝つには近づくしかない。そして突撃役は一人でも多い方がいい。

 

『右側にマウントしてあるマシンガンを使え。ハッチを開放する』

「ありがとうございます!」

『だが、本当にいいんだな』

「えぇ、コイツとならやれます」

 

 ハッチが開放され、暖かい光が差し込む。

 ユウはネメシス08の右側に固定されていたマシンガンを手に取るように操縦した。すぐにネメシス08がその武器を認識し、攻撃システムとリンクさせた。

 

『ネメシス08エイト』

「え?」

『そいつの名前だ。行ってこい、ユウ!お前の勇気、買ってやるぜ!!』

 

 エリックが笑顔で言った。

 ユウもそれに笑顔で返し、操縦桿を強く握った。

 デッキ側壁のランプが赤から緑に変わった。

 

「ユウ・ヴレイブ、ネメシス08……いきます!!」

 

 号令と共に、磁気駆動式ランチャーカタパルトが動き出した。

 ユウに大きなGがかかったが、ユウの表情は変わらず、決意の表情だった。

 ネメシス08が大空に飛び出した。

 

 

 

 

 少し前――ユウがネメシス08に乗り込んだ頃。

 恭弥はシルフィードを縦横無尽に飛ばして迫りくる光の弾幕を掻い潜り、何度目かわからないルミナのビームをゴーストに放った。

 結果は遭遇した時から何度も見たように、エネルギーフィールドに阻まれて本体に届くことなく、徒にゴーストを刺激するだけに終始する。

 白の荷電粒子砲やアトランティアのアークブレイズ、ヴェーガスの艦砲、先ほどから加わったテンペストとギガンテックの射撃も同様の結果を辿り、各々反撃の弾幕を慌てて回避する。4方向から攻撃している為に、ゴーストの注意が誰か1人に集中しないだけマシといったありさまだ。

 

(こんな空飛ぶ戦艦だか戦車だか相手に一人で挑む……全く願い下げだな!)

 

 一瞬浮かんだ光景を即払いつつ、恭弥は上昇して弾幕を避け、ヴェーガスとIAD2機の集中砲火によって動きが鈍くなったゴーストに再度ビームを放つ。

 今度は本体ではなく、エネルギーフィールドを発生させるビット目掛けて放たれた一撃は、しかし僅かに右に逸れて干渉光に変わってしまう。

 

『ダメかっ!』

『えぇいもう!デカいくせにちょこまかとぉ!』

 

 同じことを試みたのだろう、一夏とカノンの焦った声が通信越しに響くが、それに応じる間もなく一瞬後には再び弾幕避けに集中せざるを得なくなる。

 

「……いけないな」

 

 心なしか鈍くなり始めた動きに、恭弥は自身の疲労を否応なしに自覚し、モニターに映るシルフィードの状態を見やれば所々破損を示す赤い点滅があり、実際恭弥自身も該当する箇所に鈍痛を抱えている。表示されたままの通信画面に目をやれば、一夏とカノンもかなり息が上がっている様子であり、消耗一辺倒な現状に焦りが募っていく。

 

(正にジリ貧ってか?……どうすれば…………?)

 

 その時、恭弥は視界の端にヴェーガスを――その中央格納庫のハッチが開いている光景を捉える。

 直後、

 

「!?……えっ?」

 

そこから勢いよく射出されたネメシス08の機影に、束の間我が目を疑った。




お知らせ

 度々申し訳ございませんが、参戦作品の変更をお知らせします。
 『【新訳】Scrap girl -屑鉄の少女-』(作・青山ブルーマグノリア)を『Scrap girl -屑鉄の少女-』に変更します。
 シナリオ、ストーリーなどの変更は特にありません。  

 今後ともスパロボHをよろしくお願いいたします。

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