スーパーロボット大戦H/ハーメルン   作:一条 秋

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15 鉄の拳の来訪者

 耳元に響くアラームに顔をしかめたのも一瞬、ライカは音源たる携帯端末に手を伸ばし、交代時間である12時より少し早めに設定した目覚ましを切ると、目を開けて上体を起こす。

 

「おはよう。よく眠れたかしら?」

「少佐……何ですか?”それ”は……」

 

 目覚めてすぐに声をかけてきた向かい側の座席に座るメイシールに顔を向けたライカは、その光景に束の間唖然とする。

 出発前に苦労して運んでいた大きな鞄、その口が開き、中に所狭しと押し込まれた大量かつ多種多様な菓子袋が顔を覗かせているのだ。すでにキャビンの床には空になったチョコレート菓子とポテトチップの袋が落ちており、こうしている今も座席に置いた飴玉の袋に手を伸ばしている。

 

「え?……あぁ、私の私物だけど」

 

 一瞬何を訊かれたわからなかったらしいメイシールは、ライカの視線を追って飴玉袋に目を止めると、そこから取った飴を1つ口に放り込みながらなんてことのない様子で応じる。

 

「……あんな苦しそうな顔をしてまで運んでいたものが、まさかのそんな物ですか」

「『そんな物』とは失礼ね。食料は貴重でしょ?それにシュルフツェンの整備に必要な機材だってあるんだし」

 

 あからさまに呆れ顔を浮かべるライカに平然と返すと、メイシールは鞄のチャックをさらに開けて中を示す。確かに小型の検査機器や道具箱も入っているが、それでも9割方は菓子袋に占拠されている。

 

「……荷物は必要最小限に抑える。長距離移動の基本ですが?」

「最小限よ。余裕があればポテチをもう2、3袋持って行きたかったけど……その所為かしらね。解析の進みが悪いわ……」

 

 あぁ言えばこう言うを繰り返しながらも、最後の方は本当に行き詰っている様子で呟くと、メイシールは会話の間も操作を続けていた膝の上のノート型端末から顔を上げて、小さく溜息を吐く。

 

「……」

 

 会ってから今まで、ほとんど余裕綽々な表情しか見せなかったメイシールの弱々しいところを目撃したことに若干感慨を覚えながら、彼女にそんな顔をさせるものに軽い好奇心を刺激されたライカは、靴を履き直して端末を覗く。

 

「これは……」

 

 おそらくレイディバードの記録映像からコピーしたものだろう、昼間交戦した赤い特機、それが両手に大斧を持って滞空している静止画像に、小さく声を漏らす。

 

「50メートルを超えるサイズや、高火力・大質量を活かした武装から見て、特機に分類されることはまず間違いないわね……問題はこれよ……」

 

 疲れを含んだ声で言いながら、メイシールは画像下のアイコンで映像を早送りさせ、特機が腹部から高出力ビーム砲を撃ったところで再生する。直後に赤く光るニコイチが飛び蹴りを放ってくるが、それが当たる一瞬前、特機は赤、白、黄色の3つの航空機に分離して戦線を離脱、本レイディバードの上を行き過ぎたところで映像は終わる。

 

「……分離機能、ですか」

「そ。技術的には興味深い機能だけど、いったいどういうメカニズムで可能にしているのかいまいちわからないのよね……端末の解析機能の限界もあるのだろうけど……」

「はぁ……」

 

 生返事を返したのも束の間、ライカは気を取り直して見張りの交代へ向かう準備をする。

 

(考えてみれば、私は機動兵器を”使う”ことが専門であって、作ったり調べたりするのはそれこそメイシール少佐の様な技術者の領分ですからね……)「では、私は見張りの交代に向かいます」

「そう。シュルフツェンののコンディションは上々よ。頑張ってね」

「……」

 

 メイシールの返した「シュルフツェン」という単語に『CeAFoS』の件が脳裏を過るが、それ以上何か言ってくる様子もないので、手に鞄から出した栄養ドリンクの瓶数本を持って黙って格納庫へ向かう。

 

(下手に『CeAFoS』の話題を出そうものなら、こちらから尻尾を見せる様なものですからね)

 

 思いつつ、制服からパイロットスーツに着替え、昇降機でシュルフツェンのコクピットに上がると、丁度ニコイチが開け放たれた後部ハッチから歩いて入ってくる。

 コクピット・ハッチに足を掛けていたライカに気づくと、正面で立ち止まったニコイチの胸上部が開き、光秋を乗せた座席がせり上がってくる。

 

「大尉、お疲れさまです……今更かもしれませんが、お疲れのところを先に引き受けていただき申し訳ありません」

「別に、ほとんど突っ立てただけですから。その分ミヤシロさんはもう全開ってことでいいんですか?」

「はい。帰還までの残り時間、責任を持って監視を務めさせていただきます」

「それなら安泰だ。それに、僕は好きなものは後に取っておくタイプでね。これで後はミヤシロさんに引き継いでもらえれば、朝まで思いっきり寝られるってもので……あ、ドリンクごちそうさま」

 

 言いながら空の小瓶を示すと、光秋はニコイチを奥側に歩かせてシュルフツェンに道を開ける。

 それを見ながらライカはシートに体を預け、ハッチを閉じて機体を起動させると、シュルフツェンの状態を確認する。

 

(……少佐の言う通り、確かに上々ですね。加藤大尉の負担をこれ以上増やさない為にも、ここからは私が目を光らせなければ)

 

 小さな決意を抱くと、ライカは壁に掛かっているM90アサルトマシンガンを右手に持たせ、腰に予備弾倉を積んだシュルフツェンを1歩前進させる。

 直後、

 

『「!?」』

 

基地中に響いた警報に、ライカと、モニター越しの光秋は身を硬くする。

 

『南1キロ先上空に時空崩壊確認!中から何ものかが落下した模様。守備隊は警戒を厳となせ!』

 

 警報のサイレンにも負けないアナウンスが響き渡ると、光秋はニコイチ機内に座席を収容し、直後にシュルフツェンのモニターに通信映像が映し出される。

 

『シュルフツェンの状態は?』

「?……良好です」

 

 通信が繋がるや早口に訊いてきた光秋に、ライカは一瞬狼狽えながら応じる。

 

『なら、時空崩壊の調査に付き合ってください。委員会には僕の方から言っておくんで』

「調査ならそれこそ委員会に任せるべきです。ここは彼らの領域なのですから。大尉だって昼間からの疲労が――」

『その昼間みたいなことを繰り返したくないんですよ』

 

 突然の指示に反論するライカ。それを遮る様に、光秋は怒鳴ったわけではない、しかし強い意思を含んだ声を上げる。

 

『あの基地で僕等が来る前にどういうことがあったかは知らないし、自分の力の及ばない所であった出来事なんて背負えないと言ったのも本当です。でも、今僕たちは()()にいる――力を及ばせられる所にいるんです。そんな状況で昼間の二の舞なんてことになったら、煮え切らないでしょ』

 

 最後の方はどこか自虐的に微笑みながら言うや、光秋はライカの返事を待たずに格納庫を出る。

 

(…………命令では仕方ありませんね)

 

 光秋の体調に一抹の不安を覚えたものの、そう思うことで無理やり割り切ると、ライカは念には念をとバズーカとその予備弾倉も懸架し、ニコイチの後を追って格納庫を出る。

 すでに基地司令部との話し合いは済んだらしく、南側に移動したニコイチがこちらを待ってくれている。

 

『調査は僕等に一任させてくれるそうです。ただし基地側から1人人手を寄こすと』

「……実質こちらに丸投げですが」

 

 光秋の報告に、ライカはやんわりと皮肉を漏らす。

 その間にも、2機の許に赤い四脚の機体――デストロイアが近づいてくる。

 

『調査同行を指示されたマイケル・ジョンソン、見ての通りの傭兵だ。以後、調査終了までは貴官等の指揮下に入る』

『連邦軍伊豆基地所属、非特隊主任の加藤光秋大尉です。よろしくお願いします』

「同じくライカ・ミヤシロ中尉です」

 

 光秋に続いて返しつつ、ライカは通信映像に映る屈強な、しかし多少の衰えが見え始めた初老ほどの男――デストロイアのパイロット、マイケルの顔を見やる。

 

『では早速、時空崩壊が起きた辺りに行ってみましょう。僕が先頭を務めます。ミヤシロ中尉がその後ろから、ジョンソンさんは僕等から500メートルほど離れてついてきてきださい。もしもの時は火力支援を』

『了解だ』

 

 マイケルの応答を聞くと、仕事モードに入った光秋はさらに続ける。

 

『何が出現してきたかにもよりますが、相手が未知のものであった場合、こちらからの攻撃、というより、相手を刺激する行動は、向こうが仕掛けてくるまで禁止します。可能な限り穏便にに済ませることを大前提に、しかし気は抜かない、いいですね』

「了解」

『なんとも矛盾した命令だな。大陸の常識ではまず通じないが』

『どうも……では、行きます』

 

 ライカの返事と、マイケルの返事代わりの感想――あるいは皮肉――を聞くと、光秋はニコイチを飛び立たせ、その後ろをライカのシュルフツェンがテスラ・ドライブを作動させてついていく。少し遅れてマイケルが乗るデストロイアが地上を歩き出し、3機は時空崩壊が起こった辺りへ向かう。

 

 

 

 

 光秋たちが基地を出る少し前。

 

「……!」

 

 混濁の中、耳を貫く様に響いた警報音に意識を持ち直すと、ウォルター・コバックは反射的にフットペダルを踏み込んだ。

 それに連動して作動したバックパックの噴射機構、その独特の振動を背中に感じ、ややあって意識が回復した時から感じていた落ちる感覚が消え、代わりに地面の上に降り立った感覚を覚えると、ウォルターは慌ててを首を廻らせる。

 

「ここは?……っ!!」

 

 直後に思い出した様に襲ってきた頭痛を目を固く閉じてやり過ごすと、ウォルターは今一度自分が置かれている状況を確認する。

 自分は今膝掛け周りにレバーやスイッチを備えた椅子に座り、正面と左右、真上にはモニターが設けられている。その見慣れた光景は、もう何年も乗り込んでいる愛機、モビルスーツ・ザクⅠのコクピットだ。

 そのモニター越しに見える外の景色は、何処までも続く殺風景な荒野の夜景であり、1キロほど前方に微かだが明かりが灯っている。

 

「アイアンフィスト……?否違う。あれは基地だ。まさか、連邦軍?」

 

 現在の故郷の名前を呟いたのも一瞬、月明かりも満足に届かない心許ない視界の中で確認できた物々しい影に、知らぬ間に体を強張らせる。

 そこに追い打ちをかける様に接近警報が鳴り響き、ウォルターは前方上空に目を凝らす。

 

「……何だ?アレは……」

 

 視線の先には、見たことのないモビルスーツ――の様な物が2機飛んでいた。

 

 

 

 

 時空崩壊の地点まで慎重に前進し、300メートルまで詰めた頃、シュルフツェンのモニターに望遠映像が表示され、そこに映し出された物にライカは目を凝らす。

 

(何でしょうか、コレは?……一つ目の…………PT?)

 

 判断に迷うものの、ライカの知る限り映っている物に一番近い物はそれと、やや緩い判断をするならAMくらいだ。

 全長は20メートルに届くか届かないか、橙色を基調とした曲線主体のパーツを人型に組み上げ、頭部にはこちらを見据える一つ目が輝いている。右手に円盤型弾倉を備えたマシンガンを持ち、腰に大型の戦斧を提げ、両脚に3連装ミサイル・ポッドを1基ずつ装備した様は、まごう事無き人型機動兵器だ。

 さらに目を凝らせば、その周囲には予備と思しき円盤型弾倉がいくつか落ちている。

 

『……あの一つ目のロボット、どっかで見たような……?』

「見覚えがあるんですか?」

 

 前を飛ぶ光秋の呟きに、ライカは訊き返す。場合によっては、この後の行動を左右する貴重な情報だ。

 

『えぇ……いや、やっぱり違うか?……それを言ったら昼間の特機も……いや、僕が知ってるのとやっぱり違うような…………』

「……歯切れ悪いですね」

 

 しかし返ってきたはっきりしない光秋の返答に、ライカは少しだけ眉を寄せて煮え切らなさを覚える。

 

『……まぁ、僕のことはいいんだ。それよりミヤシロ中尉、あの機体への呼びかけをお願いします』

「私がですか?」

『こういうのは女の人の方が相手を刺激しないって聞いたことがあって。一つ頼みます』

「……()()()()()()()()、確かに適任でしょうね。強いて知り合いで言えばカワシマ分隊長が最適任かと思いますが……了解です」

 

 言外に「自分には向かない役割」ということを表しながらも、ライカは状況からやむなく引き受ける。

 

(……駆け引きとか、投降勧告くらいなら何度かやったことはありますが、まさかこんなデリケートなコンタクト役が回ってこようとは……)

 

 相手の隙を窺う言葉の応酬や、返答がYesかNoしかない連絡なら戦時中もたまにやった。それも()()()であって、基本は戦場を機動兵器を足にして駆けずり回り、敵を撃ち落としていた。そんな自分に、状況上やむを得ないとはいえこんな役が回ってきた現状に、ライカは小さく自嘲を漏らす。

 その間にもニコイチとシュルフツェンはさらに接近し、一つ目から100メートルほどの所で着陸すると、ライカは拡声器越しに、自分なりに「相手を落ち着かせる声」を意識して上げる。

 

「そこのパーソナルトルーパー、聞こえますか?こちらは地球連邦軍伊豆基地所属、非常事態特殊対策部隊のライカ・ミヤシロ中尉です。そちらの所属と官姓名を教えてください」

 

 

 

 

(地球……連邦軍だと!?)

 

 目の前に降り立ったモビルスーツの様な物2機、その内の1機から女の声で発せられた単語に、ウォルターは右の操縦桿に指を伸ばし、自身のザクⅠが右手に持つモビルスーツサイズの銃――ザク・マシンガンを即時射撃態勢に移そうとする。

 地球連邦軍。かつての母国が対立した国家の軍隊にして、未だに自分たちの暮らしを脅かす集団。つい先日も地方の部隊とひと悶着あった身には”敵”以外の認識はなく、身に起こった出来事に混乱していた思考までもが戦闘時のそれに切り替わろうとする。

 しかし、

 

(……否、待て。奴らは今何と言った?……パーソナルトルーパー……?)

 

直後に浮かんできた聞き覚えのない単語に、射撃態勢への移行操作をしようとしていた指を止め、一度深呼吸して早くなっている動悸を抑えると、改めて目の前の2機を観察してみる。

 向かって左に佇む白い一本角の機体は、よく見れば一般的なモビルスーツの背丈の半分ほどしかなく、曲線を主体とした細身の体型をしている。

 

「……」

 

もっとも、こちらを見据える2つの目、人の顔を模した様な頭部にはどこか複雑な思い出を刺激するものがあり、それから目を逸らすことも兼ねてウォルターは右の機体に視線を移す。

 こちらはモビルスーツの平均身長たる20メートルほどの背丈を誇り、曲線を多用した全体的に太い体型を灰色に染めている。丸みを帯びた頭部に備わるバイザー型の目は、ウォルターの記憶では連邦軍が主力とするジム系を連想させるが、ソレと目の前の機体の共通点といえばそれくらいしかなく、全体的な印象はザクをはじめとするジオン系に近いかもしれない。

 

(どちらも見たことの無い機種だ。新型……?そもそも、奴等の言う『パーソナルトルーパー』とは……?)

 

 もう一度両機を観察すると、その目はいずれもこちらに向けられている。

 

(やはり、『パーソナルトルーパー』とは俺に――俺のザクに向けられた言葉か。しかし、何で『モビルスーツ』と言わないんだ?……それに今思い出したが……こいつら、()()()()()な)

 

 ウォルターの知る限り、モビルスーツが先ほどの2機の様に自由に空を飛べるなどという話は無い。一部そうした機能を持つ機種も聞いたことはあるが、それらはいずれも特殊な形態をしており、少なくとも目の前の2機の様に人型のまま飛行するわけではない。

 

(……唯一、人型のままでも自由に飛行できる機体を知ってはいるが……”アレ”は例外中の例外だ。あんな物がひょいひょいあるわけが無い。そもそも白い方はともかく、灰色はこのザクと同じ、あくまでも『機械』といった感じだしな……未知の機種、未知の技術…………こいつら、()()()()()()()なのか?)

 

 自身の中から浮かんできた突飛な――さらにいえば非現実的な発想に、抱いたウォルター本人が自嘲しそうになる。

 もっとも、その笑みが結果的に硬直していた精神をほどよくほぐしてくれる。

 

(まぁ、非現実的なものには一度お目にかかっているからな。『異世界トリップ』なんてB級……否、C級漫画もいいところの事態に巻き込まれても、今更か……そもそも、()()()()()()()はこれだけ長いこと無言を通していたら、今頃攻撃してくるしな)

 

 さらに可笑しくなりながら、今度は周囲を見回してみる。

 

(見たところ、どっちを向いても荒地だけ。人が住めるような環境は、今のところ正面基地以外無しか。あったとしても、ザクで歩いて行けるかどうか……上手く目の前の2機を撃破するなり撒くなりしたとしても、殺風景の中を彷徨って野垂れ死ぬ可能性の方が高い、か……)

 

 荒地を一から開拓して今の暮らしを手に入れた身としては、それは骨身に染みる恐怖だった。

 

(ここが何処だろうと、少なくとも『ここで果てる』という選択肢は無い。ここがアイアンフィストでない以上、俺は何が何でもあそこに帰らなければならないんだ。その為の選択、多少のリスクを冒してでも取るべき道は……)

 

 静かな決意と共に形になりつつある意思を自覚しつつ、ウォルターは改めて2機を見据える。

 その時、

 

『あのー、聞こえてますか?そこの一つ目の方……』

 

その内の1機から、やや遠慮がちな男の声がかけられる。

 

(さっきとは違う奴か……まぁいい。あちらさんもお待ちかねのようだしな!)

 

 そう思って意思を固めるや、ウォルターはザクの拡声器を作動させてよく通る声を上げる。

 

「あぁ、聞こえている。俺はウォルター・コバック、アイアンフィストの用心棒だ」

 

 

 

 

『こちらからも確認するが、『パーソナルトルーパー』とは何だ?ザク……モビルスーツのことか?』

 

 若干威圧的な、それでいて落ち着いた印象を抱かせるバリトンボイスの返答に、ライカは首を傾げる。

 

「『ザク』?……『モビルスーツ』?……パーソナルトルーパーを知らない?」

『……これは、いよいよですかね?』

 

 未知の単語の羅列に思わず声を漏らしたライカ。それに答える様に呟く光秋に、ライカはその言わんとすることを察する。

 その間にも、光秋は後方に待機しているマイケルに通信を送る。

 

『ジョンソンさん、聞こえてましたか?』

『あぁ。ザックだの、モビルなんたらだのな』

『確認しますが、『アイアンフィスト』という言葉に聞き覚えは?』

『……大陸じゃ聞かんな。そんな名前の勢力も、あんなPTモドキを使う傭兵も』

『そうですか……これは確定かな?』

 

 その確信じみた語調に、ライカも通信映像越しに首肯で応える。

 

「その様ですね……どうします?」

『可能な限り穏便に済ませるという大前提に変更はありません。少なくとも向こうはこちらの呼びかけに応じてくれたわけだから、話し合いの余地はあるかと』

「しかし、そうやって油断させている可能性も」

『確かに。でもそこまでするメリットが無い。右も左もわからない所に来て最初に出会った我々を攻撃したところで、向こうが得るのは敵意と、機体の消耗くらい。だいたい、攻撃が目的ならこうしている間に仕掛けてますよ。さらなる接触を図ってみる価値はあるかと』

「……大尉は、異世界人に優しいんですね」

『そうですか?……まぁいい。ミヤシロ中尉、周囲警戒を厳に』

 

 カノンとリグル、さらに言えばユイへの対応を思い出しつつ、ライカは率直な感想を漏らす。が、聞き手たる光秋はそれを受け流し、ニコイチの胸部を開けて座席に座った姿を現す。

 

「!大尉、何を!?」

 

 基地外で生身をさらすのは流石に予想外だった為に、ライカは柄にもなく動揺を浮かべる。

 しかし当の光秋はそれを風と聞き流し、ニコイチの拡声器を介してウォルターと名乗る一つ目への呼びかけを再開する。

 

『『モビルスーツ』とやらは、こちらは聞いたことがありませんね。ただ、貴方が置かれた状況、それに関する情報を提供する用意がこちらにはあります。一度直にお話ししたいので、そこから降りていただけますか?ハッチから顔を出すだけでも構いません』

『モビルスーツを聞いたことがないだと?……』

 

 意外な、しかし僅かに予想していた答えを聞いた様な声が応じると、ウォルターはしばし無言を返す。

 

(それはそうでしょう。状況もわからない中、目の前に武器を持った者がいる前で生身をさらすなんて……大尉は何を考えているんです?)

 

 沈黙の理由を現状への思案と察しつつ、ライカは若干怒りを含んだ目で光秋を睨む。

 

(大尉に何かあったらみんなが困ると、あれほど言ったじゃないですか……事が済んだら一言言ってやらないと)

 

小さく決意するや、命令通り各種センサーに向ける目に一層力を入れる。

 その時、一つ目の胸部が上下に開き、望遠映像越しにもくたびれたことが一目瞭然の緑色の上着を羽織った精悍な顔をした男が身を乗り出してくる。

 

(……向こうも大したものですね)

 

 自分の上官と同じくらい度胸のある、あるいは命知らずともとれるウォルターの対応に、ライカは内心舌を巻く。

 と、ウォルターが拡声器越しに再び声をかけてくる。

 

『言われた通り出てきてやったぞ。ところで、貴様の名前は?』

『これは失礼。連邦軍伊豆基地所属、非常事態特殊対策部隊主任・加藤光秋大尉と言います』

 

 

 

 

「……連邦軍、な」(これはいよいよもって、俺の年甲斐もない空想が現実味を帯びてきたな……)

 

 多少の迷いの末、結局は正面のメガネ――本人曰く「コーシュー」の要求に従ったウォルターは、その結果直に目にすることになった相手の姿に、異世界トリップの信憑性が高まったと感じて自嘲を漏らす。

 同じように外気に身をさらしたコーシューの服装は、約100メートルの隔たりと心許ない明るさの中でもよく映える白を基調とした制服だ。ウォルターの記憶にある連邦軍の制服がベージュ基調だったのに比べると明るい印象を抱き、遠くてはっきりとはわからないが細部のデザインも大分異なるようだ。

 

「それで?俺にいったい何を教えてくれるんだ?」

『結論から言うと、貴方は貴方が元いた世界から、別の世界に迷い込んでしまったんです』

「……やっぱりそうか」

 

 拡声器越しに返ってきたコーシューの返答に、ウォルターはこの非現実的な現実をいよいよ受け入れることになる。

 

『……随分と呑み込みが速いですね。こちらとしては助かりますが』

「さっきからそんな気はしていた。『連邦軍』を名乗る貴様らと、俺が知る連邦軍はあまりに違い過ぎる。それをまじまじと見せられれば、そんな荒唐無稽な結論も呑み込んじまうさ。付け加えるなら、荒唐無稽なものはすでに一度目にしたしな……まぁ、それはいいんだ」

 

 思わず逸れそうになった話を元に戻すと、ウォルターは今一番の懸案事項を問う。

 

「それで、別世界に迷い込んだ俺はどうなるんだ?帰り方を知ってるなら教えて欲しいんだが」

『申し訳ありませんが、我々も行き来の仕方まではわからないんです。ただ一つ訊きたいのですが、この世界に来る前、赤い大きな穴に呑み込まれませんでしたか?』

「……確かに。そんな気がする」

 

 言われてウォルターは、空に空いた血の池の様なものに吸い込まれた光景を記憶の底から引き出す。しかし、先ほどよりはいくらか楽になったものの、未だ頭に巣食う鈍痛の所為で細かいことは思い出せない。

 

『我々はそれを『時空崩壊』と呼んでいまして、こちらにとっても未知の部分が多い現象なんです』

「……ということは、俺は元の世界に帰ることができず、こんな寂しい土地で野垂れ死にか?」

『いいえ。すでに貴方のような異世界からの迷い人を何人か受け入れています。貴方にさえその気があれば、我々についてきていただきたいのですが』

「……すでに”仲間”がいるってことか…………まさかな」

 

 「仲間」というのがアイアンフィストで共に過ごした()()()()()ではないかと一瞬思ったものの、すぐに頭を振ってそれを否定する。

 

(とりあえず、向こうは受け入れてくれるようだな。お高くボッタくられる可能性は高いが、このまま野垂れ死んで確実に故郷に帰れなくなるよりはマシか……身ぐるみ剥がしたいなら、とっくにやってるだろうしな)

 

 最後の方は笑みを浮かべながら断じると、ウォルターは拡声器越しに応じる。

 

「わかった。貴様らについていく。何処に行けばいい?」

『ありがとうございます……と、その前に落ちてる弾倉拾っておきましょう。ミヤシロ中尉も手伝って』

『……了解』

 

 安堵の息を漏らしながら礼を言うと、コーシューは周囲に散乱しているザク・マシンガンの弾倉を見回し、その指示に横の灰色の機体――確か「ライカ」と名乗っていた――が事務的な声で応じるや、ウォルターもハッチを閉めてシートに座り直す。

 

(まったく、訳のわからん状況に放り込まれて早々、とんでもない連中に会ったもんだ)

 

 今の自分に自嘲とも諦観ともつかない笑みを浮かべながら、ウォルターは黙々とザクに弾倉を拾わせる。

 

 

 

 

 落ちている弾倉を一通り拾い終えるや、一行は委員会の基地へ向かう。

 飛行機能のないウォルターの機体に合わせる為に、ニコイチとシュルフツェンも両手一杯に弾倉を抱えて徒歩で移動する中、ライカはプライベートに設定した通信を光秋へ繋ぐ。

 

「加藤大尉、少しお話が」

『なんです?わざわざ個人回線まで使って』

 

 首を傾げる光秋に構わず、ライカは先ほど抱いた決意を実行すべく、映像越しに鋭い視線を向ける。

 

「先ほどのあれは何ですか?敵かどうかもはっきりしない者の前で身をさらして」

 

 怒鳴っているわけではない、しかし明らかな怒りが籠った声で言うや、今度は打って変わって静かな声で、さながら子供に言い聞かせる様に続ける。

 

「昼間も言いましたが、実質的な指揮官である大尉に何かあれば、非特隊のみんなが困ることになるんです。その意味では、今の大尉の命は大尉だけのものではないんです。差し出がましいようですが、くれぐれも無謀なことはしないでください」

『あぁ……心配かけちゃいましたか。すみません』

 

 ひとしきり言い終えたライカ、その際の僅かな表情の歪みを察してか、光秋は頭を掻いて一礼する。

 

『ただね、僕だって今の自分の立場はわかってますよ。ミヤシロさんが言うように、僕に何かあれば隊全体の活動に支障が出る可能性がある。隊の性質や今の情勢を考えれば、それは極力避けなければならないこともね。ただそれはそれとして、あの行動はそんなに無謀でもなかったと思いますよ。さっきっも言ったように、あの一つ目の人……コバックさんだったかな?とにかく、あの人が攻撃してこない自信がありましたから。ただ、思い返せば確かに説明不足でびっくりさせたかもしれませんね。重ねてすみません』

 

 一応の弁明を返すや、光秋はもう一度頭を下げる。

 

「……コバック氏のこともそうですが、ましてやここは大陸です。突然機動兵器の大部隊に襲われる可能性もあるのですよ?大尉の機体が規格外に頑丈なのは充分承知していますが、それもあんな状況で不意打ちを喰らえば何にもなりません……」

『あぁ……それもね、一応考えはあったんですよ。大陸の勢力は大きく4つ。内白虎帝国と委員会、フルハウス団の3つは連邦軍に迂闊に手出ししないだろうって。委員会とフルハウス団にとって、連邦は大事な顧客の1つなわけだから、その一部を攻撃して客の機嫌を損ねることは考えられない。帝国については大陸の他の勢力を征するのでいっぱいいっぱいだろうから、この上連邦なんて厄介な相手を敵に回すようなマネはしないってね……もちろん、僕の考えに見落としがあるかもしれないし、どの道革命者の反連邦グループはこっちの存在を知れば問答無用で襲ってくるんだろうから、確かに危ういところもあったんでしょうが……その辺は、ミヤシロさんを信じてましたから』

「……私を、ですか……?」

 

 唐突に出た自分への信頼発言に、ライカは一瞬面喰ってしまう。

 

『『周囲警戒を厳に』って』

「……!」

 

 コクピットを開ける前に言われた一言に、ライカは光秋の言わんとすることを察する。実際、光秋とウォルターの会談中は、普段以上に念入りにセンサー類をチェックし、僅かな異変も即時発見できるように神経を研ぎ澄ませていたのだ。

 

『流石にね、僕もそれくらいのフォローがなきゃあんな無茶しませんよ。ミヤシロさんがいてくれたからこそ、あんなふうにできたんです。その点についてはありがとうございます』

「……いいえ」

 

 画面越しに、先ほどとは違った意図で頭を下げる光秋に、ライカはむず痒さを覚えながら短く応じる。

 

『……もっとも、心配かけたことに変わりないんでしょうが……もうこの話はいいでしょ。それより…………今夜は眠れそうにないな……』

 

 半ば強引に話を切り上げると、光秋は後ろからついて来ているウォルター機を見やりながら真面目に深刻な顔をする。

 それを眺めながら、ライカは先ほどの会話を思い出す。

 

(……私がいるからこそ、あんなふうにできた……形こそ強引で突然でしたが、大尉は私を信頼してくださっているんですね。それについて悪い気はしません…………でもだからこそ、そんな大尉に必要以上の危険を冒させる訳にはいかないのですよ)

 

 最後はモニター越しにニコイチの背中に語りかけると、ライカは再度センサーを確認して、基地へとシュルフツェンを歩ませた。


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