スーパーロボット大戦H/ハーメルン   作:一条 秋

12 / 23
12 共闘 前編

 光秋たちが大陸へ向かっている頃、ヴァルキリーズ極東支部の格納庫の一角では。

 

「9周ぅ!ラスト1周だよぉ!」

「おぉ!」

 

 補助機能を全てカットした白式を纏った一夏が、傍らの恭弥の激励に応じながら懲罰の最終段階に入っていた。

 

「ふんっ!……ふんっ!……」

 

 下がりそうになる顎を意識して食い縛り、一歩踏み出すにも気合を入れながらも、一夏は全身が鉛になった様な我が身を確実に終着点へ運んでいく。

 

(後、1周なんだぁ……!)

(……根性あるな一夏君。僕じゃあぁはいかないや……)

 

 すでにかなり堪えているにも関わらず前進を止めない一夏の姿に、恭弥はただただ圧倒され、畏敬の念すら抱く。

 と、アカネに先導されてカノンとリグルが入ってくる。

 

「どうもー」

「高槻さん、リグル様。検査はもう終わったんですか?」

「うん。たくさんやったからちょっと疲れたけどね。異常はないってさ。記憶の方も時間が経つに連れて回復するだろうって。ただ……」

「CTの時が大変だったよね。リグル様が取り乱して…………」

 

 恭弥の問いに答えるカノンに続く形で、アカネが苦笑いを浮かべる。

 

「なんかあったんですか?」

「いや、リグルがさぁ……」

「……カノンが、頭を輪切りにするなんて説明するから……」

「……あぁ」

 

 バツが悪い顔をするリグルを見て、恭弥はなにがあったのか大よそのことを察する。

 

(脳の断面映像を、説明が悪かったのか本当に切るんだと思ったんだな。話を聞く限り、リグル様がいた世界はこの手の技術は無さそうだし、そんな人なら勘違いして怖がるのも無理ないか)

 

 そう思いながら恭弥が一人頷いていると、一夏が最後の1周を回り切って4人の傍らに到着する。

 

「お……終わったぁ…………!」

 

 多分な疲労を含んだ声に応じる様に白式が光となって消え、連邦軍の制服に戻った一夏はその場に尻もちを着く。

 

「お疲れ様。飲み物買ってくるよ」

「その心配はない。こんなこともあろうかと……」

 

 汗だくの一夏を見て最寄りの自動販売機へ向かおうとする恭弥を止めると、カノンは持っていたスポーツドリンク入りのペットボトルを差し出す。

 

「来る途中で買ってきておいたよ。気が効くでしょ?」

「お金出したのはアカネさんですけどね」

「いやほら、お二人ともこっちの世界に来たばかりだから、お金持ってないし……提案したのはカノンちゃんだし……」

 

 リグルの指摘に、アカネは彼女なりのフォローを入れる。不器用でも他人の顔を立てようとする辺り、彼女の優しさなのだろう。

 

「どっちにしろありがたいですよ。ありがとうございます」

 

 ペットボトルを受け取って2人に礼をすると、一夏はほどよく温くなったスポーツドリンクを口に流し込む。

 

「ごめんね織斑君。ちょっと遠い所で買ったやつだから温くなってるけど……」

「いやいや、運動の後はこれくらいがちょうどいいですよ。キンキンに冷えたものを飲んだら体が痛むから。それと、俺のことは『一夏』でいいです」

「……なんか、おじいちゃんみたいなこと言うね」

「よく言われる」

 

 アカネの気遣いに応じる一夏、その感想を述べるカノンに返しつつ、一夏はもう一口飲む。

 

「……それじゃあ、私も『アカネ』でいいです」

「私も『カノン』でいいよ」

「じゃあ、僕も『恭弥』で。リグル様は…………」

「……」

「『リグル様』ですよね……」

 

 和みつつある雰囲気に便乗して話を振った恭弥を拒む様に、リグルは未だ警戒の抜けない表情を向ける。

 

「…………それよりも、そろそろアトランティアのマントを直さないと。いつまでもあんなみすぼらしい格好をさせておけませんから。カノン、私から離れないで」

「リグル……そんなに固くならないくても……」

「マント?」

 

 恭弥の疑問を受け流すと、氷の様な固い表情を張り付けたリグルは、主の態度に困った顔を浮かべるカノンを伴ってアトランティアの許へ歩み寄る。

 驚異的な再生機能に目を奪われて今まで気づかなかったのだが、無傷な機体の陰からはボロボロのマントが窺える。全体穴だらけ、特に下側はすっかりほつれてしまっている。

 

「流れ弾かなにかが当たってたのか……カノンはともかく、リグル様はまだ俺たちのこと信用し切ってないみたいですね……病室ではまだ打ち解けてくれてたけど」

「仕方ないのかもよ。カノンちゃんはまだしも、リグル様は全く勝手の違う世界から来たから……突然わからない所に放り込まれて、何を信じていいか判断に迷ってるんだろう」

 

 一夏と恭弥がこっそり会話を交わす間に、カノンが乗り込んでハンガーから出たアトランティアは跪く様に身を屈め、マントの許に寄ったリグルはおもむろに下側のほつれに向かって手をかざす。

 と、掌が薄っすらと光り出し、手の動きに合わせてほつれていた箇所が新品同様に折り直されていく。

 

「凄い。正に魔法ですね。病室で言ってたのもあんな感じですか?」

「いや、ここに来る前に見た時は、一瞬で分厚い氷の壁を発生させた。それでシュウさんを助けてくれたんだけど……あれはあれで確かに凄いな。繊維工場も仕立て屋もお払い箱になりかねないよ」

「1人だからまだいいのかもしれないけど、リグル様みたいな人が何人もいたら、それはそれで困ったことになるかもね」

 

 淡々とマントを直していくリグルに圧倒されながら、一夏と恭弥、アカネは呆然と感想を漏らす。

 手が届く範囲を一通り消し終えると、リグルは少し下がって上の方に空いた多数の穴を見る。

 

「あー、これ以上は一人じゃ無理だね。誰かに手伝ってもらわないと。肩車とか、他のロボットの手に乗せてもらうとか」

「そういうことなら俺が」

 

 アトランティアから降りてきたカノンの指摘を聞きつけるや、一夏はスポーツドリンクを飲み干して体全体を光で包み、再度白式を展開して白のコクピットへ飛んでいく。補助機能を復活させた白式は羽の様に軽やかに舞い、一夏の顔色からは疲労が消える。

 

「今のは!?……そういえば先ほども一瞬で鎧が消えて…………こちらの世界にも魔法が?」

「いいえ。僕も詳しい仕組みは知らないけど……とにかく魔法ではありません」

 

 その光景に目を丸くするリグルに恭弥がぎこちなくも応じる間に、一夏はかさ張るウィング・スラスターを器用に狭めてハッチをくぐり、コクピット中央に垂れ下がっているケーブルを背中のソケットに繋ぐと、小気味良い駆動音が響き出して内壁全てを覆うモニターが外の景色を映す。

 機体を歩み寄らせて跪かせると、一夏はリグルの許に左手を添えた右手を差し出し、開いているハッチ越しに呼びかける。

 

「どうぞ」

「……」

(……まだ、警戒されてるのかな?)

 

 しかしリグルは困った顔でその場に佇んで手に乗る気配を見せず、そんな態度に一夏は不安を覚える。

 と、

 

「一夏君!左手のソレ、熊手みたいなのなんとかならないか?僕も一度乗せてもらったからわかるけど、掌が丸ごと砲口になっててちょっと怖いんだよ」

「あぁ、そうか。ちょっと待ってください」

 

 リグルとカノンの後ろに歩み寄ってきた恭弥の指摘に、一夏は自身の左腕を覆う雪羅に意識を向け、それが外れる様子を想像する。

 直後に白式を介して白の雪羅のロックが外れた信号が伝わり、白の右腕を伸ばして手袋の様に外すと、その下から右腕と同じ直線主体ながら人のそれを模した左手が現れる。

 

「へー。その大砲付きの腕、外せるんだ」

「あぁ。ただ、外すと武器がほとんど無くなっちゃうんだけどな。さぁ、今度はどうです?」

 

 カノンの感想に応じつつ、一夏は再度手を差し出す。

 

「……」

「リグル。私も一緒に乗ってあげるから……一夏や恭弥の……違う世界の人たちの親切、無駄にしちゃいけないよ」

「…………うん」

 

 カノンの説得になんとか頷くと、リグルは恐る恐る白の右手に乗り、その後にカノンが続く。

 2人が掌の中央まで移動し、体を安定させたのを確認すると、一夏は左手を添えてゆっくりと立ち上がる。

 

「では、まず左上の方に寄せてください」

「了解です」

 

 リグルの指示に応じると、一夏は2人が落ちないように注意しつつ右手をアトランティアの左肩の近くへ寄せる。

 手を伸ばせば触れられる距離まで近づくと、リグルは掌に光――魔法陣を展開し、それを手近な穴にかざす。

 

「左から右に動いて、徐々に下へ行く感じに。ゆっくりと」

「はい」

 

 応じると、一夏はリグルの指示に従ってゆっくりと手を動かす。

 その動きに合わせて、魔法陣を当てられた範囲の穴が最初から無かったかの様に消えていく。

 

「……やっぱり、リグル様って凄いね」

「……ですね。何処からともなく現れる白やニコイチを見た時も驚いたけど、ここまで来るともう…………」(よく考えたら、先輩たちが見たら半狂乱になって喜びそうな絵だな)

 

 下で佇むアカネと恭弥は、最早遠い目をその光景に向ける。特に恭弥は、オカルト研究会の面々が目の色を変えて写真を撮りまくる様を想像し、心の中に苦笑いを浮かべる。

 その間にも、一夏は指示に応じて手を移動させ、手の上のリグルは魔法陣をかざしてアトランティアのマントを修復していく。

 穴が全て消え、マントが新調したかと思えるほどに修復されると、疲労を浮かべたリグルはカノンに肩を貸してもらいながら白の掌を降りる。

 

「いやぁリグル様、お見事です」

「……これくらい。向こうの世界の人間は普通にできます」

 

 称賛という名の感想を贈る恭弥に、リグルはあくまでも壁のある様子で返す。

 

「……疲れたみたいですけど、大丈夫ですか?」

「あぁ、魔法ってたくさん使うと消耗するんだよ。これくらいなら少し休めば治るかな」

「……ゲームのMPみたいなもの?」

 

 リグルの顔色を心配するアカネに説明で応じるカノン。それを聞いた恭弥は、真っ先に思いついた例を上げてみる。

 

「そんなとこ」

 

 頷いて応じると、カノンはリグルをアトランティアの足元に誘導し、足の上に腰を下ろさせる。

 

「私としては、こっちのロボットの方が気になるんだよねぇ。加藤さんのニコイチとか、灰色のゲシュペンストとか、恭弥のシルフィードに一夏の羽付きユニコーン、もちろんゴースト退治の時に来てくれたあの3機もね」

「……ホント好きなんだな。そういうの」

(……バニングス2号だな)

 

 格納庫内を嬉々とした目で見まわすカノンに、ハッチから身を乗り出した一夏が感心した様子を見せ、恭弥は改めて友人の姿を連想する。

 と、アカネが首を傾げる。

 

「ユニコーンって、一夏君のカスタム型ヒュッケバインのこと?」

「いやいやアカネさん。コレはヒュッケバインじゃないよ。ガ…………あれ?」

 

 応じようとしてすぐに、カノンの言葉が詰まる。

 

「ガ……ガ……ガー…………あれ!?出てこない?」

 

 尚も思い出そうとするものの、探している言葉はそれ以上続かず、困惑を浮かべたカノンは頭を抱える。

 

「どうしよう!私が元いた世界ではすっごい有名な名前だったのに!あの『白い奴』の名前が出てこないってどんだけ重症!?」

「お、落ち着けカノンちゃん!たぶん記憶障害の影響だよ。今無理に思い出さなくても、しばらくすればひょっこり思い出すって」

「……ホント?」

 

 努めて冷静になだめる恭弥に、カノンはやや涙目になった視線を寄こす。

 

(うっ!そんな切ない目を向けられると……というか、カノンちゃんって男装してるくせにこういうとこは普通にかわいいというか……女の子だな……て、そうじゃなくて!)「……たぶんね」

「たぶんか…………」

 

 恭弥の頼りない返答に、カノンは困惑こそ消えたものの顔を俯ける。

 

(えぇい!女の子が困ってる時に僕は……)

 

 その様子を見て居た堪れなくなった恭弥は、腕を組んでしばし思案する。

 

「…………そうだ!せっかくだし、もう一回白の手に乗せてもらったら?」

「え?……いいの?」

「好きなんだろう。あぁいうの。一夏君もいいよな?」

「俺の方はかまいませんよ。じゃあ……」

 

 恭弥に応じると、一夏は再び右手を差し出す。

 

「……じゃ、じゃあお言葉に甘えて」

 

 満更でもない様子で言うと、カノンは若干興奮気味に白の掌に乗り込む。

 

(ま、まさか改めてユニコーンの手の上を堪能できるとは!)

 

 先ほどはリグルの安全確保に気を回していた都合上、その感覚をゆっくり味わうことができなかったカノンにとっては、天にも昇る嬉しさだ。

 カノンが手の中央で体を安定させたのを確認すると、一夏は手をゆっくりと上げ、開けっ放しのハッチのそばに持ってくる。

 

「……そのアーマーの動きに合わせて動くの?」

「あぁ。普段と同じ要領で動けるから、その点楽だな」

 

 ハッチ越しにコクピット内を窺うカノンの問いに、白同様胸の辺りに右手を持ってきている一夏は感想を交えて答える。

 

「へー……なんとかファイターみたいだね……『なんとか』の部分が思い出せない……」

「あ、いやー…………」

 

 再び物忘れに半泣きになるカノンに、一夏はどう言葉をかけていいか困ってしまう。

 直後、

 

「「「!」」」

 

けたたましい警報音が鳴り響き、格納庫内の5人は続く放送に耳を傾ける。

 

『ヨコハマ第5エリアに砲鬼10、雑鬼10、将鬼3出現!各分隊は出動準備にかかれ!』

「出動!いかなくちゃ!また後で」

 

 緊迫を含んだアナウンスに、先ほどまでの温厚な表情を消したアカネは弾かれた様に第四分隊の格納庫へ駆け出す。

 それと同時に、恭弥の端末と白の通信にエリックから連絡が入る。

 

『非特隊各員に告げる。我々はこれよりヴァルキリーズと協同で鬼の鎮圧に当たる。桂木、織斑両曹長は至急出撃準備の上、ヴェーガスに来い。位置は転送する』

「「了解!」」

「よっしゃあ!早速仕事だ!鬼だかオークだか知らないけど、アトランティアの力見せてやる!」

 

 一夏と恭弥が同時に応じる一方、白の手の上に仁王立ちしたカノンは誰よりもやる気満々な様子で叫ぶ。

 が、

 

「いや、カノンは行かない方がいいだろう」

「なんでさ!」

 

冷静に止める一夏に、思わず食ってかかる。

 

「落ち着けカノンちゃん。君が連邦軍に協力するっていう手続き、まだ終わってない――というかこれからなんだよ。今出ていったら所属不明機扱いで面倒なことになるかも」

「あ!そっか……」

 

 恭弥の説明に、カノンは納得しつつも悔しそうに両手を握り締める。

 

「チクショウ!縦割り行政の弊害がこんなところに!」

「……縦とか横以前に、お前まだ手続き上は”部外者”だからな」

 

 今にもハンカチを出して口で引っ張りそうなカノンに、一夏は冷静にツッコミを入れる。

 が、直後にエリックから追加連絡が入る。

 

『高槻という女の子もそばにいるか?』

「あ、はい!いるよ」

 

 呼ばれたカノンは手の上から身を乗り出し、白の通信越しに応じる。

 

『機体と体調に問題が無いようならお前も出ろ』

「どっちも問題ないけど……いいの?私の手続きまだ終わってないんじゃ……」

『相手は鬼、それもかなりの規模だ。戦力の出し惜しみはできん。責任は俺が取る。すぐに出撃準備にかかれ』

「了解!!そうこなくっちゃ!」

 

 エリックの指示に嬉々として応じるや、話を聞いていた一夏にすぐに降ろしてもらい、カノンはアトランティアの許へ駆け寄る。

 

「リグルはどっか安全な場所にいて。極東支部(ここ)の人たちの邪魔にならないようにね」

「どっかって何処よ?」

「知らない。さっきの病室とか?」

 

 不安そうにアトランティアから離れるリグルに言いつけると、カノンはワイヤーを伝ってコクピットに乗り込む。

 

「僕はパイロットスーツに着替えてから行く。2人とも先に行ってて」

『了解です』

『了解!』

 

 機体に乗り込んだ一夏とカノンに言い残すや、恭弥は更衣室へ駆けていく。

 

『それじゃあ、俺に着いてきてくれ。案内する』

『うん……て、一夏!一夏!コレ忘れてる!』

『ヤベッ!サンキュー』

 

 エレベーターへ向かおうとする一夏を慌てて止めるや、カノンは置きっぱなしになっていた白の雪羅を差し出し、一夏がソレを急いで再装備すると白とアトランティアは格納庫を出ていく。

 ややあってパイロットスーツに着替えた恭弥が戻ってくると、一目散にシルフィードへと駆け寄る。

 

(ただ、シルフィード傷が直ってないんだよな。大丈夫かな……て)「あれ!?」

 

 不安を覚えながらシルフィードを見上げた恭弥は、その体についていた多数の傷が無くなっていることに気づいて目を丸くする。一番目についていた左脚の大きな傷も綺麗さっぱり無くなっているのだから、見間違いではない。

 

「リグル様!」

「はい?」

「僕のシルフィードにもさっきの魔法かけてくれたんですか?」

「!?……いいえ。アトランティア以外の機体はかまっていませんよ?」

 

 真っ先に思いついた可能性を問い詰めるものの、当のリグルは突然大声で話しかけられたことに驚きながら首を傾げるだけだ。

 

「じゃあいったい……いや、今は出撃が先か」

 

 自身も傾きそうになる首をぐっと堪えて最優先事項を思い出すと、恭弥はワイヤーを掴んでシルフィードのコクピットに乗り込む。

 席に座るやすぐに機体が始動し、大まかな状態チェックをして異常がないことを確認すると、エレベーターへ歩き出す。

 

「さっきはアクシデントで逃したが、これが初めての鬼戦……やってやる!」

 

 

 

 

「第一、第二分隊は市民の避難誘導を、第三、第四分隊は将鬼達の迎撃に試作高出力ビームカノン搭載戦車【グレン】の使用を許可します。砲手ミオ・カンザキ、索敵手アカネ・カワシマの編成で」

 

 端末越しに一通りの指示を飛ばすと、リトスは椅子に深く座り、何故鬼達が出現したのかを思案する。

 浮かぶ可能性は2つ。1つはモモタロウの活動拠点がわかったか、もう1つは『アレ』の場所がわかったか。

 『アレ』は1年前に極東支部付近の地層から発堀された巨大な物体で、解析は進んではいない。が、モモタロウが横浜に現れた日、強力なエネルギー波動を発したのを感知したか。

 いずれにしてもその可能性は拭えない。

 

「……せめて新田博士――源三先生が居てくれたら……今どこにいるんですか……」

 

 机の上に置かれた大きくピースサインする老人と若い4人の男女の肩を抱く写真を見て、リトスは呟いた。

 

 

 

 

 同じ頃、第二新田研究所では。

 

「へっくし……風邪でも引いたかの?」

「じいさん、タロウの解析どこまですすんでんだ?」

 

 小さくクシャミをした源三の許に、桃矢が歩み寄ってきた。

 

「……ふむ、未解明領域に現れた文字の解析は終わっとるんじゃが……『大地の力』と『海の力』だけじゃわからんワイ……」

「……なあじいさん、飛鳥を横浜地区の学校に通わせるのは無理か?」

「……飛鳥は首を縦に振らんじゃろう……シンヤ達と蓮が死んだのは自分のせいだ、そんな自分が普通の生活を送るのは許せない……悲しいほどに優しすぎるんじゃ飛鳥は……」

 

 浮かない顔の源三の返答を聞きながら、桃矢は2人がいる白武者タロウの整備兼解析用ベッドから離れた場所に視線を向ける。

 その先には、最近発掘されたティルレガシィの内一体――大小さまざまな色のケーブルに繋がれた巨大な赤い鳥の石像を端末で解析する飛鳥の姿がある。

 4年前、両親と弟の蓮を亡くして以降源三と共にモモタロウの整備解析を補佐しているが、夜たまに桃矢が飛鳥の部屋の前を通るとうなされる声が聞こえる。桃矢はそのことを心配しているのだ。

 

「……飛鳥ぐらいの歳だったら普通に学校に通って友達もたくさんできてもおかしくねぇんだ……俺は無理矢理でも学校に行かせるぞじいさ――」

 

 言いかけた時、研究所内にアラートが鳴り響き、2人の前にモニターが形成される。映し出されたのは横浜地区に現れた鬼達の姿。

 それを見て目付きを鋭くし桃矢は、強く拳を握り締め駆け出した。

 

「じいさん!モモタロウを出すぞ!!」

「飛鳥、空間転移カタパルトのスタンバイじゃ……ルィーネは射出管制と座標軸算出!!」

『了解しました!タロウ及びレガシィマシン各機転送システムへと移動開始します』

「行くぞタロウ!鎧神一体(がいしんいったい)!!」

 

赤い点滅灯が照らす中、整備兼解析ベッドが静かに動きだす。その直上にある通路から桃矢は飛び込みの要領で大きくジャンプし、同時にタロウの胸部が開く。

 半透明な球体から光が生まれ、その中へと吸い込まれて消えると、タロウの瞳が赤く光輝く。その内部では日本風の鎧を(かたど)った白基調のプロテクターを纏った桃矢が不思議な空間に浮かび、ゆっくり目を開ける。

 

『……鬼共、これ以上手前ぇらの好き勝手にはさせねえ!!』

 

 赤い鳥居を模した巨大な転送装置が姿を現し、同時に幾何学模様のゲートが光輝くとタロウと一体化した桃矢は飛び込み、レガシィマシンも順次飛び込んでいく。

 

「桃兄~いってらっしゃ~い!!」

「……桃矢君、無事に戻ってくるんじゃぞ」(……近い内に皆に連絡を取らんといかんの……)

 

 最後のレガシィマシンが入り幾何学模様が消えるのを見届け呟くと、源三は飛鳥と共に自身のラボへと向かった。

 

 

 

 

 突然病室、否、おそらく支部全体に鳴り響いた警報と出動を促す放送に、ユイは身を固くし、寝ているベッドの掛布団を不安そうに握る。

 

(鬼って、さっき加藤さんが話してた……あの人……一夏さんも出るのかな?……出るんだろうな。そういうのに対処する部隊って言ってたし…………)

 

 連鎖的に浮かんできた一夏の顔、それが遠くに――危険な場所に行ってしまうのだという認識は、ユイの不安をさらに深める。親しい人がそばにいなくても平気でいられるくらいには、まだ彼女の心は回復していない。

 

『第一、第二、第三分隊、出動!第四分隊は【グレン】の準備を…………』

 

 どこからか流れてくる出動経過の放送を右から左へ聞き流しながら、不安に突き動かされた手はサイドテーブルの上のヘルスフレンド・いちじく味を掴み、それを胸の前でお守りの様に抱きしめる。

 

「…………一夏さん!」

 

 自分でも意識せずに、脳裏浮かんだ者の名を呟く。

 と、

 

「……失礼します」

「!?…………リグル様?」

 

 ノックの後に返事を待たずに入ってきたリグルに、ユイは目を見開く。

 

「……あの、なんでここに……」

「邪魔にならないようにする為です。今この基地は忙しいようなので。カノンたちも出ていったので」

 

 動揺しながらも問うユイに壁のある態度で答えつつ、リグルはベッド脇の丸椅子に腰を下ろす。

 

「はぁ……」(やっぱり、一夏さん出撃したんだ…………)

 

 予想が当たったことに不安を強めつつユイが応じると、2人の間に沈黙が横たわる。未だ放送が流れ続けているが、自分に関係なく、意味もわからない内容は2人にとって風音に等しい。

 

「…………あの、リグル様」

 

 沈黙による重い雰囲気に負けてか、ユイは恐る恐る話しかける。

 

「何です?」

「リグル様は不安ではないのですか?高槻さんがやられないかって……」(変なこと訊いちゃったかな?)

 

 思わず訊いてしまった内容に、ユイは少し後悔する。

 

「……不安が無いと言えば嘘になります。でも」

「でも?……」

「カノンはアトランティアの操縦者であり、私の騎士です。相手が何者であろうと、必ず勝って帰ってきてくれると信じていますから」

 

 言いながら、リグルは強い意志と信頼を含んだ目で真っ直ぐにユイを見据える。

 

(信じる、か…………)「そう……ですね。信じるだけですよね。今は…………」

 

 視線を介してリグルの意志が伝播したのか、ヘルスフレンドを握る手にやや力を込めながら、ユイは自分に言い聞かせる様に断じる。

 

(みんなが頑張ってる時に何もできないのは悔しいけど……今は信じるしかない。あの真っ直ぐな目の人は戻ってきてくれることを)「…………あっ」

 

 脳裏に浮かんだ一夏の顔に一段と力を強めると、袋越しのヘルスフレンドが潰れた。

 

 

 

 

 黒い大蛇との戦いを終え、放り込まれる様にこの部屋に閉じ込められてどれくらい経っただろうか。

 静かだった周囲が扉越しにも騒がしくなり、間を置かず部屋全体が微かに揺れ始めたのを感じて、部屋の隅に縮こまっているユウ・ブレイブは薄暗い周囲に首を廻らせる。

 

「移動するのか?またさっきの蛇?それとも、別の敵?…………」

 

 その質問に答える者はおらず、沈黙だけが返ってくる室内に、ユウは顔を俯け、手錠で繋がれた両手を無感動に眺める。

 

「いつまでこうしてればいいんだ。そもそもなんでこんなことに…………ユリ…………」

 

 自分がこの先どうなるのか、そもそも今何が起こっているのか。状況がわからない不安が胸を覆い、恋人が跡形もなく消える瞬間が脳裏を過ると、ユウは脚を抱く様にしてさらに縮こまる。

 そんなユウの気持ちとは関係なく、部屋、否、ヴェーガスの振動は大きくなっていった。

 

 

 

 

 地球連邦軍最新鋭飛行巡洋艦ヴェーガスは、エリック・ノヴァ艦長指揮の下、一路横浜の現場を目指していた。

 元来ネメシスタイプの専用母艦として設計されたヴェーガスには個室状の格納庫が3つ設けられており、各格納庫内にはそれぞれネメシスタイプ3機が固定されている。

 もっとも、各格納庫には若干だが余裕があり、20メートル級以下の機体ならばもう1機ずつ入ることができる。

 現在その余裕のスペースにはシルフィード、ユニコーン・白、アトランティア・ルージュがそれぞれ乗り込み、高速で移動する為に揺れが激しい艦内でなんとか姿勢を安定させようと格納庫内のわずかな出っ張りに手足を引っ掛けている。傍から見れば、握り棒やつり革にしがみつく電車の乗客の様だ。

 その横には、ヴァルキリーズ極東支部第四分隊を乗せた輸送機が並んで飛んでいる。

 

『飛行母艦乗って現場に急行!これぞロボットの移動だよねぇ!直接飛んでいくのも捨てがたいけどさ』

『カノちんってホントこういうの好きなんだねぇ』

『カ、カノちん?』

『カノンだからカノちん。いいでしょ?』

『ほぉ?そう来たかぁ……じゃあ、私は今後フィルちって呼ばせてもらうよ!』

『OK!』

『……仲いいなあの2人』

「同感だ。妙に馴染むな」

 

 同じ格納庫に収容されているアトランティアとギガンテック、そのコクピット越しに砕けた会話を交わすカノンとフィルシアを通信で聞きながら、恭弥は一夏の呟きに同意する。

 

『各自私語は慎め!これより打ち合わせを行う』

 

 直後にエリックの鋭い声が通信に響き、パイロット一同は水を打った様に静かになる。

 

『カワシマ分隊長、聞こえるか?』

『はい。良好です』

 

 第四分隊への通信状況を確認すると、エリックは説明を始める。

 

『これより我々非特隊、及びヴァルキリーズ第四分隊は、先行した第三分隊と合流して鬼の鎮圧に当たる。非特隊各機は両分隊と共同で鬼を迎撃せよ。本艦は艦載機降下後、現場上空を通過して離れた空域で待機、状況に応じて支援砲撃を行うが、市街地の真っ只中という都合上、あまり期待はするな。降下の際、飛行可能な機体はそうでない機体の着地の瞬間を狙われないよう援護するように。また、予想されるルミエイラの乱入にも充分注意せよ。俺からは以上だ。何か質問は?』

『…………ないようなら、各機の役割について説明します。先発は戦機人改ノゾミ機、続いて試作高出力ビーム砲搭載戦車【グレン】――砲手ミオ・カンザキ、策敵及び精密射撃補足担当アカネ・カワシマ、戦機人二番機アキラ・アマネ、戦機人三番機サヨコ・シノヅカ。戦機人3機はチャージ及び砲撃時の護衛を私と共に行います。非特隊各機はこれを援護しつつ、第三分隊と共に鬼の迎撃を行ってください』

『『「了解」』』

『りょ、了解!お姉……隊長!!』

 

 続くノゾミの説明に非特隊と第四分隊の面々が応じる中、アカネはあからさまに緊張の現れた声を出す。

 

『緊張するなって。あたしらが護衛するんだ、泥舟に乗ったつもりでどんと構えてな!!』

『アキラ!泥舟じゃなくて大船でしょ!!あんたってホント緊張感ないんだから!!』

『クスッ……』

「……あっちもすごいな。ある意味大物なのか?」

『流石鬼専門組織ってことですかね?』

『……緩すぎる気もしますけど』

 

 アカネの緊張を受けてアキラがボケ、サヨコがツッコミ、それに笑いを漏らすミオに、恭弥と一夏はどこか畏敬の念を抱き、サクラは眉間に皺を寄せる。

 と、再びエリックの通信が入る。

 

『そうだ、忘れるところだった。非特隊側の現場指揮官だが、桂木曹長に任せる。織斑曹長はフォローしてやれ』

『「えぇ!?」』

 

 突然の大役宣言に、指名された恭弥と一夏は目を見開いて仰天する。

 

「ちょ、ちょっと!何で僕が指揮官なんて……」

『現場で直接指揮をする者がいないと困るだろう。正式な曹長という立場と、この中では一番年長ということから暫定的に判断した』

「それは……まぁ……でも、僕に指揮なんて……」

 

 エリックの説明に一応理解を示しつつも、恭弥は不安を拭い切れない。役割上の責任を認識しつつ、それに吊り合う知識も自信も無いからだ。

 

『突然ですまないとは思う。しかし、だから織斑曹長にフォローを頼むんだ。2人で考えれば少しはマシだろう。あくまでも判断の優先権がお前にあるというだけだ。どうしても困った時はカワシマ分隊長を頼れ』

「…………了解です」(やるしかない……か)

 

 未だ煮え切らない部分はありつつも、間近に迫っている現場を前に恭弥は無理やり腹を決める。

 

「というわけで一夏君、フォロー頼む」

『俺が役に立つかどうかわかりませんけど……了解です』

 

 一夏の方も迷いながらも応じてくれると、少し気持ちが楽になる。 

 

『間もなく降下ポイントに接近。各機はスタンバイしてください』

 

 ヴェーガスの通信士・リン・スメラギ大尉の指示に、恭弥はシルフィードの最終点検を済ませていつでも出られるようにする。

 ふと後ろを見ると、無人のネメシス08がハンガーに固定されて佇んでいる。

 

(あの時の悔いは今にぶつける。それだけだ!)

 

 そう断じ、一瞬浮かんだユウの件の気持ちを頭から追い出すと、それを待っていたかの様に正面のハッチが開いていく。

 それに合わせてヴェーガスの速度が若干弱まるが、それでも装甲越しに鋭い風音が叩きつけてくる。

 

『艦載機、順次発進!』

「ホワイト3、行きます!」

 

 エリックの指示に答える様に叫ぶと、恭弥はペダルを深く踏んでシルフィードを飛び立たせる。

 同時に左右の格納庫から白とアトランティアが発進し、ヴェーガスからテンペストとギガンテックが、輸送機から戦機人3機とグレンが降下する。

 

(じゃあ早速!)「ホワイト2とアトランティアへ。降下機の援護を行う。周囲警戒!」

『『了解!』』

 

 毅然とした声を意識して飛ばした指示に、一夏とカノンはしっかりと応えてくれる。

 それに少しだけ自信をつけると、恭弥は2機と共に降下機たちを囲む様に高度を下げ、眼下に広がる都市へと下りていく。

 その頭上で空が波打っていることに気づく者など誰もいなかった。

 

 

 

 

 その頃、地上の現場では。

 

『隊長、民間人の避難誘導8割終わりました!』

「第四分隊と連邦軍のからの応援もあと数分で降下してくるわ……いまが踏ん張りどころよ!」

『ふふ。これが終わったら隊長は虎ちゃんとデートですもんね』

「な?何でミサキがしってんの!?」

『バレバレですよ~。でも肝心の虎主任は気づいてないみたいッスけど』

「あ、あんた達、後で覚えてなさ……!来たみたいね」

 

 第三分隊隊長――アリス・神山(かみやま)・ティグリスが駆る戦機人が見上げた先には、上空から自由落下する複数の機影と、それらを囲む様にして高度を下げる3つの機体――第四分隊と非特隊各機がある。

 それらの内、試作型高出力ビーム砲搭載戦車【グレン】と戦機人改、戦機人二号機と三号機、2機のIADは着地寸前に各部推進器に逆噴射をかけさせて落下速度を減速し、第四分隊各機は地上へ降り立つやグレンを中心に三角陣を形成して周囲警戒をしつつ第三分隊へと合流する。

 

『待たせたわねアリス』

「2分遅刻って言いたいけど、今回はあんた達が作戦の要だから仕方ないわ……雑鬼と砲鬼はあたし達に任せて将鬼の相手をお願いするわ」

『了解、終わったらビール奢るわよ』

「おあいにく様、あたしは今日用事があるの」

『虎主任とデートですもんね~♪』

「いい加減しなさいあんた達ぃぃ!!」

 

 ノゾミとのやり取りに茶々を入れてくる隊員に、アリスはそれこそ鬼の形相で怒鳴り声を上げる。

 直後、

 

「!?」

 

頭上の空が歪んで黒い穴となり、そこから黒い鎧の様な機体――クロイツリッターの大群が現れる。

 

「コイツ等、報告にあった……!?」

『ホワイト3より非特隊全機、クロイツリッターを迎撃せよ!』

『『『『了解!』』』』

 

 突然の乱入者にアリスが動揺する間に、ホワイト3と名乗った白銀の機体が毅然とした、しかし若干不安を含んだ声で指示を飛ばし、応じた非特隊の4機はクロイツリッターへの攻撃を開始する。

 

『あの鎧は彼らに任せて。あなた達は手筈通り鬼をお願い』

「……了解。ちょうど来たみたいだしね!」

 

 やや不安を抱えながらもノゾミに応じると、アリスはビル群を挟んだ遠方に雑鬼や砲鬼の軍団を認める。

 

「第三分隊各機、鬼共を食い止めるわよ!」

『『了解!』』

 

 隊員たちの応答を聞くと、アリスは自分の乗る戦機人にショットガンを構えさせ、鬼たちの許へ駆けさせた。

 

 

 

 

(やっぱり来たか、ルミエイラ!)

 

 意識して毅然とした声で非特隊各機に指示を飛ばすや、恭弥は先陣を切る様にシルフィードをクロイツリッターの大軍へ向かわせる。

 

「数は……30ってとこか」

『第三分隊の人たちは鬼の方で手一杯でしょうから、相手ができるのは俺たち5機だけですよ』

「単純計算で6倍の戦力差……でも、やるしかない!」

『ですね!』

 

 レーダーを確認し、一夏の指摘に応じる間にも、クロイツリッターたちは二手に分かれる。大多数は鬼の許へ向かう中、5機が非特隊目掛けて突進してくる。

 

「全機個々に迎撃、方法は任せる!」

『『『『了解!』』』』

 

 僚機たちの返事を聞くと、恭弥はシルフィードにルミナ・グラティウスを握らせ、手近のクロイツリッターに狙いを定める。

 相手もそれに気づいてかマシンガンを撃ってくるが、機体を上下左右に大きく振ってそれをかわし、射撃モードにしたルミナで応戦のビームを放つ。

 1発、2発、3発と連射するものの、回避に専念したクロイツリッターはそれらを全て避けてしまう。

 もっとも、恭弥の狙いはそれだ。

 

「ここっ!」

 

 相手からの攻撃が止んだ一瞬、ペダルをベタ踏みして背部スラスターを全開にし、瞬時に距離を詰めるや加速の勢いを乗せたルミナの切っ先をクロイツリッターの胸に突き刺す。

 背中まで貫通したルミナを引き抜くと、動力を破壊されたクロイツリッターは糸が切れた様に地上へ落ちていく。

 

「まずは1機……みんなは?」

 

 周囲に警戒しつつ僚機たちの様子を窺うと、近くの空域を飛ぶ白を見つける。

 クロイツリッターの放つマシンガンの一連射を体を捻ってかわすや、真後ろに向けた4基のウィング・スラスターを一斉に吹かし、一瞬で懐に入る。先ほど恭弥が行った突撃戦法の参考とした技法――瞬間加速(イグニッション・ブースト)だ。

 

『オォォォ!』

 

 距離を詰めるや一夏は両手で握った雪片を腕一杯に上げ、気合いと共に振り下ろしてクロイツリッターを頭から一刀両断する。

 その横では、アトランティアがマシンガンの斉射を立体的に大きく動いて回避している。鎧騎士そのものの外見と背中を覆うマントと合わさって、その光景はさながら舞いの様な優雅さを伴っている。

 弾切れかマシンガンの不調か、銃撃が止んだ一瞬後、カノンはそれこそ銃弾の速さで距離を詰め、クロイツリッターの腹部に剣を突き刺す。

 

『我に断てぬもの無し!……て、突いちゃダメじゃん!』

 

 自分のボケに自分でツッコミを入れる。

 直後、

 

『え?ウソ!?』

 

 束の間沈黙していたクロイツリッターが再び動き出し、油が切れた様なぎこちない動きながら剣を刺したままのアトランティアにミサイル発射口を開いた右腕を向ける。

 

「動力を潰し損ねた!?」

 

 事態を察するや恭弥はシルフィードを駆けさせ、クロイツリッターの右腕目掛けてルミナのビーム弾を放つ。

 アトランティアの鼻先を掠めた光弾は右肘を直撃し、溶断された腕が未作動のミサイルを抱えたまま地上へ落ちていく。

 それと同時に白が背中から雪片を突き刺し、切っ先が十字架の描かれた胸部を突き破るのと合わせてクロイツリッターは今度こそ機能を停止する。

 

『ありがとう2人共。でもさっきのビームは怖かったよ……』

「ビビるのは後。地上の2人の所に行くよ!」

『『了解!』』

 

 若干震えた声のカノンに返しつつ指示を出すと、恭弥を先頭にした3機は上空からネメシスタイプ2機に銃撃を行うクロイツリッター2機の許へ向かう。

 上空からの銃弾の雨にさらされているサクラとフィルシアは、それでも互いの機体を背にして負けじと対空砲火で応戦する。

 サクラのテンペストは左肩マシンキャノンを、フィルシアのギガンテックは左右に2挺ずつ、腕を収納する形で装備されたガトリングガン計4門を斉射し、クロイツリッター各機は上下に動いてそれを避けながら三々五々マシンガンを撃ち返してくる。

 そして、

 

『そこっ!』

『もらいっ!』

 

弾幕をかわした、というよりも予定の位置に誘導されたクロイツリッターそれぞれに、サクラは右肩ビームキャノンを放って胴部を焼き貫き、フィルシアは両肩のソニックレールキャノンを撃って豪速の弾丸2つが腰部を粉砕する。

 ビームを撃ち込まれた方はそのまま爆発四散するが、腰を砕かれて上半身だけが残った方は辛うじて機能しており、両腕を向けて手首の全ミサイルをテンペストとギガンテックに放とうとする。

 

『させないよ!』

 

 相手の意図を察するやカノンが突貫し、上空から落ちる様に急降下して剣を振り下ろし、ミサイル発射前のクロイツリッターを真っ二つにする。

 

『これでさっきの失点回復!……おっと。我に断てぬもの無し!』

『それ言わなきゃダメなの?』

 

 剣を肩に担いで決め台詞らしきものを言うカノンに、フィルシアが質問ともツッコミとも言えない様子で問う。

 

『いやぁ~。こんな世界に来たら決め台詞くらい言ってみたいじゃん。さっきうっかり失敗したし……』

『?』

「おしゃべりは後!」

 

 生き生きと応じるカノンと意味がわからない様子のフィルシアにぴしゃりと言うと、恭弥は各機の様子を確認する。

 

「……とりあえず、損傷のある機体はいないね?」

『はい。白はもともと丈夫ですし』

『アトランティアも平気だよ。全弾避けられたしね』

『テンペスト、異常ありません』

『ギガンテックも無事。何発か当たってたけど、この機体()防御力高いから』

 

 各自の返答を聞くと、恭弥は次の指示を考える。

 

「よし、それじゃあ…………第三分隊の支援に行こう。優先はクロイツリッターだけど、各自の判断で鬼ににも対処。あと、テンペストとギガンテックは後方から援護射撃を。さっきの戦闘を見たけど、積極的に前に出ない

方がいい。特に飛行機能があるクロイツリッターには分が悪いからね」

『了解!』

『りょ~か~い!付け加えるなら、ギガンテックはもともとそういう機体だからね。あと足も遅いし』

「そうなの?……まぁいい。第三分隊の支援へ向かう」

『『『『了解!』』』』

 

 サクラとフィルシアの返事を聞くと恭弥は号令を飛ばし、非特隊各機は第三分隊の許へ向かう。

 

 

 

 

 通信越しに聞いた第三分隊の面々のやり取りにを思い返しながら、グレンの操縦席に座るアカネは心の中で呟く。

 

(どこの隊も賑やかだな……)

 

 その間にも第四分隊の戦機人3機は各々の持ち場につき、アカネも手を休めることなくグレンのエネルギーチャージと索敵を行う。

 その一方で、降下時の秘匿回線で交わしたノゾミとの会話を思い出す。

 

(お姉ちゃん、モモちゃんに会ったの!?)

(ええ、あなた達が撤退した直後に未確認のロボットが現れて私を助けたの知ってるわね……そのロボットに桃矢が乗っているの)

(……お姉ちゃん、モモちゃん生きてるなら何で連絡くれないの?)

(わからない、でも病室で加藤大尉が言っていた通り、司令から話し合いの場を持ちたいとモモタロウに伝えてくれと頼まれたわ……アカネも一緒に協力してくれない?)

(……うん、でもモモちゃん私達のお話聞いてくれるかな?)

(もし聞かないときは『あれ』をばらすって言いなさい……もし桃矢なら反応するはずよ)

 

「……あれをばらすか、モモちゃん怒るかな……でも連絡くれなかったモモちゃんが悪いし……」

「……どうしたのアカネ?……」

「う、ううん何でもないよミオちゃん……」

 

 砲手席に座るミオの呼びかけに我に返ると、アカネは一旦手を止めて遠くを見やる。

 グレンのモニターを介した視線の先では、第三分隊と非特隊が、鬼とルミエイラを相手に混戦を繰り広げていた。

 

 

 

 

『雑鬼10、砲鬼10、クロイツリッター25……改めて見ても大部隊ですね』

『正に歓迎(物理的)だね』

「ルミエイラは何度かやり合ったから、鬼の方はさっきのライカさんたちとの一件で僕らを警戒するようになったから……かな?」

 

 レーダーに映る敵機の数に気を引き締め直す一夏に、カノンは努めて軽い調子で応じ、恭弥は軍事の素人なりにこれだけの数が来た理由を考えてみる。

 

『敵さんもウチらのこと買ってくれてるってことかな?腕が鳴るねぇ~!』

『調子に乗らないでフィルシア。敵が強力になるってことは、それだけ私たちの負担と危険度が増すってことなんだから』

『わかってるよ!』

 

 サクラの叱責にフィルシアがブレることのない明るい調子で応じると、鬼と共同で地上攻撃をしていたクロイツリッターの一部がこちらに向かってくる。

 その内の1機を捕捉するや、恭弥はルミナの銃口を向ける。

 

(……武器がマシンガンじゃない?いや、今はそれより)

 

 照準の中のクロイツリッター、その右手に持つ火器がこれまで見てきたマシンガンとは異なる古式の長銃の様な形であることを気にしつつも、一瞬後には構わず引き金を引く。

 ルミナから放たれたビームはクロイツリッターへ直進するが、相手は左半身の推進器を吹かして右へ回避する。

 直後、

 

「!?」

 

応戦に向けられた長銃からビーム弾が放たれ、跳ねる様に高度を上げてかわした恭弥は――否、今の光景を見た非特隊一同は驚愕する。

 

『ビーム兵器!?』

 

 中でもルミエイラとの初遭遇時から恭弥と共に戦ってきた一夏は、自分でも知らぬ間に戦慄の声を上げる。

 

「あんなの……今まで無かったぞ?」

『これまでに得た非特隊の情報に合わせて新型を出してきた、といったところでしょうか』

 

 動揺する恭弥にサクラが冷静に分析を述べると、シルフィードのモニターにビームを撃った機体の情報が表示される。

 

「……やっぱり入ってたんだ……『クロイツリッター・グランツハーケン』?」

『名前とさっきの攻撃からするに、今まで戦ってた奴の強化型っぽいね』

 

 恭弥が映し出された名前を読み上げる横で、カノンが推測を述べる。

 

『とにかく、エネルギー兵器相手なら白の出番だ。俺が前に出るから、恭弥さんとカノンは後ろについてくれ』

「でも白だって……いや」

 

 一夏の提案に一瞬否定の声を上げかけるが、寸の所でそれを飲み込んだ恭弥は冷静に判断する。

 ここ4日の間に教えてもらったことによると、白の特殊機能――『零落白夜』はそれがエネルギー質のものなら何であろうと完全に無効化できるという。シールドに使えばビーム攻撃に対しては正に無敵の盾となる。しかし機能に費やされるエネルギー量は膨大であり、使用時間が長引けばシールドを発生させられなくなるどころか、白そのものが動かなくなってしまうという大きな欠点を抱えている。空のルミエイラ、地上の鬼というこの状況で動けなることは致命的だ。

 しかし、

 

「……この中にビームの直撃を受けて無事でいられる機体はいない。なにより、数は向こうの方が圧倒的に勝ってる。戦力を出し惜しみできる状況じゃない、か……わかった。一夏君を防壁にして僕とカノンちゃんで攻撃を」

『『了解!』』

 

短い時間ながら吟味した判断を下すと、恭弥はカノンと共に白の後ろに回る。

 先頭を行く白が左腕の雪羅を前に出してシールドを張るや、距離を詰めたクロイツリッター5機とクロイツリッター・グランツハーケン3機から銃撃が行われる。

 

「このっ!」

 

 ビームを無効化し、頑丈な装甲で銃弾を受けてくれている白の陰からルミナの銃身を出すと、恭弥も負けじと応戦のビームを撃つ。

 その横ではカノンもアトランティアの掌に発生させた魔法陣からアークブレイズを放ち、サクラとフィルシアも地上からビーム・実体弾織り交ぜた支援射撃を加えてくる。

 乱射したビーム弾の1発がグランツハーケンを直撃して火球に変えるのを見るや、恭弥はルミナを剣に戻して白の陰から躍り出る。

 

「これだけ近づけば格闘戦の方が確実だ!行くぞ!」

『おぉ!』

『私もその方がやりやすいしね!』

 

 一夏とカノンの返事を聞くと、恭弥はマシンガンから剣に持ち替えたクロイツリッターの1機に間合いを詰め、上段に構えたルミナを振り下ろす。

 相手はそれを剣で受け止め、鍔迫り合いになる。

 しかし、

 

(!しまった!)

 

剣を押し合って動けないところにグランツハーケンが接近し、シルフィードの左横につくやビーム銃を向ける。

 が、

 

「!?」

『桂木曹長。貸し一つ!』

「あ……あぁ。助かった」

 

地上から飛んできたギガンテックの脚部ビーム砲に胴を貫かれて爆散するグランツハーケンに一瞬唖然とするが、すぐに気を取り直してフィルシアに礼を言い、目の前のクロイツリッターに向き直る。

 

「流石、そちらも手慣れてきたか?だが……馬力ならシルフィードが上だ!」

 

 腹の底からの声と共に両腕に意識を集中し、それを受けたシルフィードがクロイツリッターの剣を押していく。

 

「これだけ詰めれば!」

 

 剣を押し付けると同時に体を寄せて距離を詰めると、両肩部のレーザーキャノンを胴部に撃ち込む。

 1発ごとの威力は大して無い牽制用の火器だが、至近距離で放たれた二条のレーザーはクロイツリッターの胸部を貫き、直後に相手は糸が切れた様に落ちていく。

 

「次は?」

 

 

 

 

 自機の陰から出て先陣を切るシルフィードを見るや、一夏はグランツハーケンの1機に狙いをつけて距離を詰める。

 

(少し無茶し過ぎたか?……でも、まだやれる!)

 

シールドの長期使用により7割まで減った白のエネルギーに危機感を覚えるが、次の瞬間には気を持ち直して飛んできたビームを雪羅のシールドで受ける。

 

「オォォォ!」

 

 直後に雄叫びと共に瞬間加速をかけて瞬時に接近し、加速の勢いを乗せた雪片をグランツハーケンの胸部に突き刺す。

 すれ違いざまに放たれたビームが左上腕を掠るものの、どうにか相手を沈黙させる。

 直後、

 

「うぉっ!?」

 

下から飛んでくる物体を感知して慌てて後退すると、一瞬前まで自分がいた空域を大振りの瓦礫が下から上へ通り過ぎていく。

 

「アイツか!」

 

 瓦礫が飛んできた辺りにこちらを睨み付ける雑鬼を見つけるや、一夏は左腕を腰に引いてその許に急降下する。

 

「どれだけ硬い装甲か知らないが、コレならどうだ!」

 

叫びつつ、左掌を雑鬼の胸部目掛けて突き出す。

 同時に雑鬼は腕一杯に上げた金棒を振り下ろそうとするが、

 

『ガッ!?』

 

直前に背後から何かを撃ち込まれ、途端に右肩の周囲が凍り付いて腕が動かなくなる。

 

(?否、今は!)

 

 突然の異変に一夏は首を傾げそうになるが、構わず掌に備わっている砲口から荷電粒子砲の太い一撃を放つ。

 

『ガアアアアアア――!!』

 

 実体兵器に対しては鉄壁の防御力を誇る装甲も、灼熱の粒子、それも至近距離で放たれたそれの前には蒸発の宿命から逃れることはできず、胸周りの消失に断末魔を上げながら雑鬼は爆発する。

 

「今のは?」

『非特隊の人、大丈夫ですか?』

 

 一夏の疑問に答える様に通信が入り、爆発によって発生した周辺のビルを撫でる火災に向けてまた何かが放たれる。炸裂したそれは白い煙、否、水蒸気を上げて周囲を覆い隠し、白のベールが晴れると正面に両肩から1門ずつ砲身を伸ばした戦機人を確認する。

 

「えぇ、大丈夫です。今の消火、というか、鬼の肩を凍らせてくれたのはそちらですか?」

『はい。ヴァルキリーズ特製・特殊凍結弾。凍結による鬼の足止めや、今の様な消火活動の為の装備です』

「そんな物まであるんですねぇ。ありがとうございました」

 

 戦機人のパイロットの説明、そして先ほどの援護に対する礼を言うと、一夏は白を飛び立たせて次の敵機を探す。

 

 

 

 

 白の陰から出たシルフィードに続こうと、カノンもアトランティアの速度を上げようとする。

 直後、

 

「おっと!?」

 

上空から急接近したクロイツリッターが剣を振り下ろし、アトランティアの剣でそれを受け止める。

 

「積極的だねぇ!そういうの嫌いじゃないよ?でも」

 

 言いながら両手持ちした剣で相手の一撃を押し返し、反動で体が泳いだ一瞬を突いて胸部に刃を突き入れる。

 

「私百合専だからさ、男はお断りってことで!……て、無人機に男も女もないか?」

 

 落ちていくクロイツリッターに告げつつ、自分の発言に自分で首を傾げる。

 

「……と、考えるのは後!」

 

 背後に回ったクロイツリッターが両手首と両脚からミサイルを2発ずつ、計8発放ち、カノンはアトランティアを駆けさせてやり過ごそうとする。

 が、

 

「ホーミング!?聞いてないよ?」

 

右に大きく動いたアトランティアを追う様に軌道を変えたミサイルに驚愕しつつ、カノンは急ぎ高度を上げながら上下左右デタラメな飛行を繰り広げて振り切ろうとする。

 このアクロバット飛行の中で4発がそれぞれ触れ合って誘爆するが、残り4発は尚も後を追ってくる。

 

「どうするカノン?アトランティアにチャフやフレアなんて搭載されてないし、撃ち落とそうにも飛び道具ないし……えぇい!」

 

 ヤケッパチに下から迫るミサイルを見据えると、左手に展開した魔法陣からアークブレイズの光弾を連射して迎撃しようとする。

 1発は当たって誘爆したものの、発生した爆炎に照らされて残った3発が突撃してくる。

 

「ヤバッ!」

 

 回避も迎撃も不可能な距離に入ったと直感するや、咄嗟に剣を前に出して楯にする。

 直後、

 

「!?」

 

四方から飛来した5本のビームにミサイルは全弾貫かれ、アトランティアは近距離の爆発に煽られはするものの事無きを得る。

 

「今のは……テンペスト?」

 

 すぐにビームが来た方向を探ると、四方八方に応戦の火線を張り続けるテンペストを見つける。

 

 

 

 

 指示と共にシルフィードが先陣を切り、それに続いて白とアトランティアが前に出るのと合わせて、地上を駆けていたテンペストとギガンテックは上空に援護射撃を開始する。

 そんな中、

 

「……!アトランティア!」

 

数基のホーミングミサイルの追われるアトランティアを見つけたサクラは、すぐにテンペストのニーアーマーに装備されているビーム砲を発射する。

 放たれた5本のビーム弾は狙いを付けた各ミサイルの動きに合わせて軌道を変えながら前進し、アトランティアに当たるギリギリのところで全弾火球に変える。

 

(ホーミングビーム……追尾機能を持ったビーム兵器。たいていの物質を貫き、理論上回避不可能となれば、一見最強の武装と思えるけど……)

 

 自らが放った攻撃の性質を思い出しつつ、サクラはテンペストの状態を確認する。

 

(1発ごとのエネルギー消費が通常のビーム兵器と比べて激しい。あまり数は撃てない……か)

 

 この武装の欠点を復習して自戒の気持ちを持ち直すと、前方から雑鬼の接近を感知して左肩のマシンキャノンを掃射する。

 丁度シルフィードに迫っていたグランツハーケンを撃ち落としたギガンテックも駆けつけ、両腕のガトリングガンを撃ってそれに加わる。

 が、

 

『わかっちゃいたけどさー。こっちの弾幕が豆鉄砲だねぇ』

 

フィルシアの愚痴が代弁する様に、2機の銃弾は尽く装甲に弾かれ、傷をつけることすらできない。

 そしてその間にも、2機に狙いを付けた雑鬼は降りかかる弾幕を風と受け流して距離を詰めてくる。

 

『いっそ本当に豆でも撃ってみる?日本のお話ではそれで撃退できるんでしょ?』

「お話ではね」

 

 冗談とも本気ともつかないフィルシアに応じつつ、サクラは右肩ビームキャノンの照準を合わせる。

 

(さっきのホーミングビームでエネルギーが不安だけど……四の五の言ってられない!)

 

 断じると、機体稼働に対する一抹の不安を隅に押しやり、雑鬼目掛けてビーム弾を撃つ。

 

『ガアアアアアア!!』

 

 放たれたビームは雑鬼の胸部を直撃し、爆発四散させる。

 直後、

 

『「!」』

 

爆炎越しに太いビームが飛来し、サクラとフィルシアは慌てて脇に飛び退く。

 

「今のは……砲鬼?」

 

 サクラの推測に答える様に、爆炎の向こうから口内を輝かせた砲鬼が現れる。

 

『砲撃戦用の鬼か。撃ち合いならギガンテックの方が上だよ!』

 

 言うやフィルシアは両肩のソニックレールキャノンを放ち、直撃した弾体は胸部に2つの亀裂を作るが、砲鬼は構わず口から荷電粒子砲を吐き出す。

 

『もう一撃……て言いたいところだけど……』

 

 ギガンテックを飛び退かせて回避し、応戦の為に姿勢を安定させていたフィルシアのやる気を挫くかの様に、右側から砲鬼がもう1機現れ、間髪入れずに胸部荷電粒子砲を放つ。

 

(流石に2体同時はキツイ……)

 

 砲鬼2体が繰り出す荷電粒子砲の十字砲火に、回避運動に専念せざるをえないサクラは、手が出せない悔しさに奥歯を噛む。

 連射性を優先している為に1発ごとの威力は低いものの、直撃すればネメシスタイプでも無事では済まないエネルギー兵器が二方向から断続的に飛んでくるのは大きなプレッシャーとなる。

 と、

 

『鬼共!こっちよ!』

 

通信越しの叫びと共に右側の砲鬼の背中を散弾が叩く。

 

『ガ?』

 

 目立った損傷こそ無いものの、予想外の攻撃に砲鬼は後ろを振り返る。

 そして、そのチャンスを逃すサクラとフィルシアではない。

 

「フィルシア!」

『合点!』

 

 右から砲撃が止んだ刹那、サクラはスラスターを全開にしてテンペストを跳躍させながら左肩マシンキャノンを放ち、正面の砲鬼の注意を引き付ける。

 狙い通り砲鬼が上を向いた瞬間、

 

『行っけぇ!』

 

姿勢を安定させたギガンテックが両肩のソニックレールキャノンを先ほど作った亀裂目掛けて放つ。

 

『ガアアア――!!』

 

 2つの弾体は見事亀裂から砲鬼の体内に飛び込み、豪速の運動エネルギーが内部を蹂躙して断末魔も半ばにその鋼鉄の体を火球に変える。

 

「とりあえず1機撃墜。もう1機は?」

 

 その光景を推力を使い切って自由落下に入ったテンペスト越しに見ながら、サクラがもう1機の砲鬼を探すと、ショットガンを持った指揮官仕様の戦機人と荷電粒子砲と散弾による応戦を行っている。

 

「そこか!」

 

 言うやテンペストは脚部スラスターを吹かして着地し、サクラは応援に向かおうと駆け出そうとする。

 が、

 

『サクラ!後ろ!』

「え?」

 

珍しく緊迫したフィルシアの声に後ろを振り返ると、金棒を振り上げた雑鬼がこちらに突進してくる。

 

(間に合わない!?)

 

 回避するには近く、迎撃行動も間に合わない距離まで迫られたと直感する間にも、雑鬼はイノシシの如く迫り、突進の勢いが乗った金棒の一振りを下ろそうとする。

 その一瞬前、

 

『ガッ!?』

「!?」

 

上空から落ちてきた黒い巨大な物体に雑鬼は押し潰され、間一髪で難を逃れたサクラはテンペストを振り向かせて落ちてきた物を確認する。

 

「…………脚?」

 

 落下の衝撃で舞い上がった砂煙が晴れた先には、15メートル級のテンペストから見ても丸太の様に太く巨大な黒い脚と、それの下敷きになった雑鬼が横たわっていた。

 

 

 

 

 クロイツリッターと銃撃の応戦をしつつ懐に飛び込む機会を窺っていた恭弥は、自身の頭上に空いた赤い大穴に驚愕する。

 

「時空崩壊!?また?」

 

 声を上げる間にも穴から黒い巨大な物が吐き出され、真下にいた恭弥は慌てて後退して衝突を回避する。

 テンペストの背後ギリギリの所に落ちたソレは人型の体を大の字に横たえ、恭弥はすぐに通信を送る。

 

「ホワイト3から非特隊、第三分隊各機。時空崩壊発生。特機らしき物が1機転移してきた。各自警戒するように」

 

 言いながら、黒い特機に観察の目を向ける。

 全長は55メートル程だろうか。黒を基調とした体は全体に丸みを帯びており、胸には三日月の様な形をした赤い板が左右対称に伸び、中央に髑髏をあしらった黄色い紋章が付いている。2つの目と(くつわ)に見える排気口らしき口を備えた頭部の頂には髑髏を模った様なオフジェが鎮座しており、胸の紋章や全体的に刺々しい外見と相まってどことなく凶悪な印象を抱かせる。

 気絶から回復した人の様に多少ぎこちない動きで立ち上がると、黒い特機は状況を確かめるかの様に周囲を見回す。

 鬼もルミエイラも特機の様子を見る様に沈黙していると、白とアトランティアがシルフィードの許へ寄ってくる。

 

『恭弥さん、アレって』

「あぁ。カノンちゃんたちが転移してきた時と同じ、戸惑ってるみたいだ」

 

 一夏の呼びかけに、恭弥は初めてアトランティアを見た時のことを思い出しながら応じる。

 と、

 

『そんな……嘘でしょ……!?』

『……カノン?』

 

信じられないものを見た様な、そしてどこか嬉しさを含んだ声で呟くカノンに、一夏が首を傾げながら訊き返す。

 が、カノンはそれに応えることなく、興奮の度合いを高めていく。

 

『アレって……アレってまさか!!マ――』

 

 続くカノンの言葉を遮る様に、特機に砲鬼の荷電粒子が放たれた。

 

 

 

 

「……クッソォ……頭が……」

 

 脳を直接揺さぶられる様な激痛を覚えつつ、ナガイ・ゴウトは仰向けに倒れている黒い巨大な自機を起き上がらせる。

 

『ガ……ベ…………』

「ん?なんか踏んだか?」

 

 立ち上がる際に機体の右足に違和感を覚えたものの、気に留めることなくモニター越しに周囲を見回してみる。

 大きなビルが立ち並んでいるところかして、何処かの都市のようだ。ただしその多くは崩れかかっており、所々火の手が上がっている様子は、地震か市街戦の後を思わせる。

 そして最も目を引くのが、ビルの合間や上空に佇んでこちらの様子を窺う様に見据えているロボットたちだ。中には違う形のものいくつか混ざっているが、大多数はビルの合間の鬼の様なものと、空に浮いている鎧の様なものだ。

 

(戦闘マシーンか?そもそもここは何処だ?……)「あ?」

 

 状況整理の最中、不意に聞こえた噴射音に足元を見やると、自機の半分にも満たない全長の青い機体が脚周りの推進器を吹かして急速後退していく。

 同時に、右足が鬼型のロボット1機を踏み潰していることに気づく。

 直後、

 

『ガアアアアアア!!』

「何!?」

 

近くにいた鬼型の1機が叫んだかと思うと胸部からビームを放ち、周りの鬼型や上空の鎧型もそれに続く様にビームや銃弾、ミサイルを撃ってくる。

 

「クソッ!」

 

 何発か食らうものの、40メートルの巨体からは想像できない様な俊敏な動きでその場から飛び退き、地面を何度か蹴って手頃な大きさのビルの陰に姿勢を低くして隠れる。

 

「出会い頭にそうくるかよ……ならこっちも相応な態度で応えねぇとな」

 

 静かに怒りを呟きつつ、ナガイは機体の胸に備わっている2枚の赤い板を外して両手に持ち、巨人サイズの拳銃――ブレストリガー2丁を構えてゆっくりと立ち上がる。

 

「見せてやるよ。俺と、マジンカイザーSKL(スカル)…………俺達が、地獄だッ!」

 

 怒り、否、最早狂気を込めた目で叫ぶや、ナガイは自身の駆る機体――マジンカイザーSKLを天高く跳躍させた。

 

 

 

 

 同じ頃。第四分隊の戦域では。

 

「センサーに感あり距離500……エネルギーチャージ100%」

 

 センサーが3つの反応を捉えるや、グレンの後部席に座るアカネは素早く各種計測と照準誤差修正位置データを前部席に座るミオに転送する。

 

「隊長、将鬼3機に対し高出力ビーム砲撃を敢行します……射線から離れてください」

『了解!』

 

 短く言うと射線からノゾミ達3機の機影が離れるのを確認し、グレンの左右キャタピラの横にアンカーを打って車体を固定する。同時に中央部分の装甲が開いて長身のビーム砲バレルが延び、発射体勢に入る。

 その時、

 

「エネルギー圧縮完――!?」

 

続く復唱を遮る様にグレンを激震が襲い、伴って響いた轟音の方に目を向けると、左前100メートルほどの地点に巨大な塔が建っているのに気づく。

 

「え?ミオちゃん、こんな所にあんな塔あったっけ?」

「違う。あれは塔じゃない。さっき開いた時空崩壊から落ちてきたみたいだけど……」

 

 混乱するアカネにミオが戸惑いながらも即答するや、アキラとサヨコの狼狽した声が通信機から響く。

 

『な、なんだありゃ!?デッカイ……刀?』

『先端が深く突き刺さってるから正確な大きさはわからないけど……出ている部分だけでも戦機人くらいの大きさはあるわね……特機用の装備かしら?』

『今は関係無いわ!』

 

 そんな一同の気持ちを持ち直させる様に、通信越しにノゾミの叱責が飛ぶ。

 

『将鬼がすぐそばまで迫ってるんだから、余計なことは後。アカネ、グレンは発射可能なのね?』

「は、はい!」

 

 姉の注意に刀の件を頭から追い出すと、アカネは発射操作を再開する。

 

「エネルギー圧縮完了。高出力ビーム砲撃開始……」

 

 副座前席にホロスクリーンが展開し、照準ゲージが倍率を上げながら将鬼3機をロックする。

 砲塔にエネルギーが放電現象を伴いながら球状に収束して限界まで溜まった直後、凄まじいエネルギーの奔流と極太の光が遠く離れた将鬼を包む。

 

『ガ、ガアアアアアア――――――――!?』

 

 エネルギーの奔流に包まれた将鬼は断末魔の声を上げ爆発し、それを高感度マイクとソナーで確認しながら砲身の冷却作業と次の砲撃準備を始める。

 この試作型高出力ビーム砲搭載戦車グレンは、ロングレンジから将鬼を狙い撃ち撃破するためにリトス司令が開発を進めていたモノだ。まだ連射性やエネルギー圧縮の問題があるものの、現状において最強の武装ともいえる。

 

(次砲撃までのタイムラグは20秒……でもこれ以上鬼に街を壊させる訳にはいかない……)

 

 砲身冷却完了の電子音が響くと素早くチャージを開始し、2発目のビーム砲撃を将鬼に撃つ。

 2機目の反応が消えてあと1機となったのを確認し、再びチャージを始めた時、けたたましい電子音が響き、警告を示す表示がモニターを赤く染める。

 

「エネルギーバイパスに損傷!ビーム砲撃使用不可!!」

『不味いわ、アカネ!ミオ、ただちに撤退して。将鬼が来る……キャア!?』

 

 衝撃音と金属が潰れる音が通信越しにコクピットに響き渡る。

 周辺をサーチすると反応が2機――撃破した2機の内1機がこちらに急速接近してくる

 

(まさかあのビームに耐えたの?)

 

 信じられない光景にアカネが驚愕する間に、アキラの戦機人二番機とサヨコの三番機が前に出る。

 

『あぶねぇミオ、アカネ!サヨコ、援護頼む!!』

『ちょ!?ああもうわかったわよ!!』

 

 ブーストしながら接近してくる将鬼に、2機は特殊弾頭搭載チェーンガンを撃つ。

 けたたましい金属音と共に無数の弾丸が将鬼の装甲を叩くものの、わずかな傷をつけるだけであまり効いてない。

 やがて眼前まで接近した将鬼は、すれ違いざまに2機に体当たりする。

 

 

『うあああああ?』

『キャアアアアア?』

 

 体当たりを受けて装甲が砕けた2機の戦機人が空を舞うが、将鬼はそれに目もくれず、アカネたちが乗るグレンにその拳を大きく振りかぶり、殴りつける。

 

「キャアア!」

「クッ!」

 

 凄まじい衝撃と共に転がる感触がコクピットを揺らし、各種計器から火花が散る。

 やがて揺れが収まると、アカネはすぐさま計器をチェックする。

 

(駆動部に激しい損傷を受けて自力での移動は不可能。でも火器管制はなんとか動く)

『ガアアアアアア』

「!?」

 

 思考を遮る様に響いた咆哮にノイズが走るモニターを見ると、全身の装甲が溶けた将鬼と無傷の将鬼がゆっくりとこちらに近づいてくる。

 寸前、右腕が根本からとれた戦機人改(予備機)――ノゾミ機が踊り出て、チェーンガンを構えて立ちはだかる。

 

「お、お姉ちゃん逃げて!!」

『……アカネ、グレンを放棄して早く逃げなさい!』

「嫌だよ!お姉ちゃんも一緒に逃げようよ!!」

『早く逃げなさい、ミオ!グレンを放棄してアカネを連れて逃げなさい!!』

『ガアアアアアアアア!!』

 

 アカネとノゾミの口論に痺れを切らしたのか、将鬼が2体同時に襲いかかってくる。

 

(もうダメっ!!)

 

 そう思ったその時、

 

『……………オオオオ!タロウ・キィイイイイックウウ!!』

『ガベアアアアアアア!?』

 

眩い光と共に白い鎧を着たロボットが将鬼の顔面に思いっきり蹴りを叩き込み、堪らず後ろにいた将鬼も巻き込んでビルの残骸へ吹き飛ばす。

 その光景を見届ける様に着地する彼の姿を見て、アカネの脳裏にある人が浮かぶ。

 

『おい、大丈夫か……』

 

 ツンツンヘアーの少し乱暴だけど優しい男の子と同じ声を聞き、アカネは外部マイクをオンにして呼びかけた。

 

「モモちゃんだよね!私、アカネだよ!幼馴染みのアカネ・カワシマだよモモちゃん!!」

『!アカネ……何でここにいるんだ…………あ!?』

 

 白い鎧を纏ったロボットの顔が驚きへと変わるのを見て、アカネは白いロボットに乗っているのが桃矢だと確信した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。