スーパーロボット大戦H/ハーメルン   作:一条 秋

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11 強襲

 伊豆基地を飛び立ったレイディバード。そのキャビンでは、光秋が左耳の通信機と手元の端末を駆使してユイたちの戸籍諸々を作るために関係各所と連絡をとっていた。

 

「……というわけです。よろしくお願いします」

 

 一通り連絡を終えると、若干の疲れを浮かべて壁に背中を預ける。

 

「……どうでしたか?」

 

 鞄から出した栄養ドリンクを差し出しながら、向かいに座るライカが訊いてくる。

 

「どうも……戸籍等の方は目途がたちました。高槻さんの非特隊参加の件はノヴァ大佐にお願いしたんですが……向こうもネメシス08の件があるから時間かかりそうですね」

 

応じると、光秋はドリンクを一口飲む。

 と、それまでライカの隣でパソコンを弄っていたメイシールが、若干の好奇心を含んだ目をして顔を上げる。

 

「人もそうだけど、ほんの数時間で機体の種類も増えたわね。上位機密級のネメシスタイプが3機に、異世界から来たという未知数機。機動兵器の開発に関わる者としてはどれも興味深いけど…………こうなると白い特機も押さえられないかしら?ティルレガシィ――鬼殲滅における強力な戦力になり得るのに……」

「ティルレガシィ?」

 

 最後の方は小声で聞き取れなかったものの、聞き慣れない単語に光秋は首を傾げる。

 と、ライカが思い出した様に言う。

 

「数年前に話題になったアレですね。おとぎ話に出てくる桃太郎が、実は巨大ロボットだったという……ご存じありませんか?」

「え?……あ、いや、どうだったかな?……僕そういうのはあんまり…………」

(……あの話を知らない?一時期メディアを騒がせていたのに)

 

 当時のことを思い出しながら、しどろもどろになる光秋にライカは一瞬疑念を覚える。

 

「もっとも、提示された資料の信憑性の低さから、学会では荒唐無稽だと一蹴されたようだけど……でも実際は、こうしてライカたちの前に現れ、あまつさえ共に敵部隊を迎撃した」

 

 言いながら、メイシールはパソコンの画面を2人の方へ向ける。そこには、シュルフツェンからコピーした先ほどの戦闘の映像が――将鬼やクロイツリッター部隊を蹂躙するモモタロウが映し出されている。

 

「……私としては、クリスタス少佐が――」

「メイシールでいいわ。近しい人はみんなそう呼ぶから」

「……では……メイシール……少佐がそんな荒唐無稽と言われた説を蒸し返したことが少し意外です」

「さっきも言ったけど、私だって機動兵器開発者の一員よ。ロボットと聞けば興味は持つわよ……上手くすれば、より効率的な鬼への対抗策、その手掛かりくらいつかめるかもしれないんだし……」

 

 そう言ってパソコンの向きを直し、メイシールはなにかしらの作業に戻る。

 

「……」

 

 その表情が伊豆に来た初日に見たもの――ひたすら暗い方へ向かっていこうとするものだったことに、ライカは漠然とした不安を覚える。

 その間にも、一行を乗せたレイディバードは着実に大陸へと向かうのだった。

 

 

 

 

 大陸。新西暦30年にオーストラリア上空で初めて観測された時空崩壊、それによって異世界から転移してきたと考えられている、その名の通り大陸級の大きさを誇る巨大物体である。

 出現当初は連邦政府主導の下に調査隊が何度か派遣されたが、未帰還者が相次いだことにより早い段階で打ち切られ、それ以後政府の目は行き届いていない。一方、貴重な帰還者たちのもたらした情報によると、その地下には現在の人類の技術力を超える文明の遺物――今日でいうエクストラ・オーバー・テクノロジー(EOT)――が埋まっているらしい。

 連邦の目が届かない場所であること、超技術の手掛かりが埋まっていること、この2つの要因が、半世紀の間に多種多様な組織を大陸に招き、各々の目的の為に相争う情勢を作り出してしまった。

 社会的弱者の為の独立国家を興そうとする『白虎帝国』。世界各地から流れ着いたテロリストたちが寄り集まってできた『革命者』。EOTの入手及び解析を目的に企業1つが丸ごと移転した『フルハウス団』。大陸での混乱を鎮めるという大義の裏でEOT発掘によって富を得ようとする『紛争抑止委員会』。これらの組織に捕らわれず、自分で用意した機動兵器を駆り、報酬次第でどの組織のどんな依頼でも引き受ける大陸において最も自由な者たち――傭兵。

 DC戦争開始の少し前から、今から1カ月ほど前までにかけての約2年間、EOT発掘を円滑に行う為に大陸に本部を築き、圧倒的軍事力で他組織を黙らせたDCが君臨している間こそ静かだったものの、大陸遠征隊によって本部が壊滅し、抑止力が無くなった現在、空白期間を取り戻す様に戦火は再燃している。

 今日も今日とて、大陸の大地は相容れぬ者たちが流す血を吸い続ける。

 

 ただ、このような事態を未然に防ごうと全力を尽くそうとした者がいたことはあまり知られていない。

 政治評論家・ジョー・レイクは、資産家たちから大量の資金を借り、その準備を整えていた。

 しかし、彼は志半ばで組織の手の者に暗殺され、遺体は証拠隠滅の為に溶鉱炉に落とされた。彼を殺した暗殺者もその後死んでしまった為、ジョーの死を知る者は一部を除いて誰もいない。ジョーの娘・ミシェル・レイクもその一人である。

 ジョーの死後に莫大な借金の存在を知った――彼が正義の活動をしていたことすら知らない――彼女は、父は借金から逃げたのだと考えている。もしかしたら、ミシェルは父の死を一生涯知らずにいるかもしれない。

 

――知らないだけ、彼女は幸せだろうから。

 

 ジョー・レイクが今生きていたら、おそらくそう思うだろう。

 しかし、彼が融けた鉄が、その娘を助ける為に大陸を駆け巡るトップクラスの傭兵、その愛機――死神の体にあることは、おそらく世界中の誰も、知らないだろう。

 

 

 

 

 荒涼とした大地に佇む山々の合間に、コンクリートが敷き詰められ、中央に採掘所らしき建屋が並んだ直径数キロにわたる基地が設けられている。

 その基地がある地図を映像パネルに映しながら、『死神』と渾名される漆黒の機体――タナトスは出撃準備を整えていた。

 

『作戦内容を説明します』

 

 狭いコクピットの中、殺風景な大地には似つかわしくない爽やかな女性の声が響く。タナトスのオペレーター・ミシェル・レイクの声だ。

 

『『委員会』のEOT発掘拠点が、ここから10000メートル先に存在します』

 

 液晶パネルの映像は、地図と赤い点を示す。赤い点の隣には、委員会基地の文字がはっきり映っている。

 

『ここを一気に急襲してください』

 

地図上の現在位置から赤い点に矢印がのび、一瞬後に赤い点が映像から消え失せる。

 壊滅させろ、という意味だろうか。

 

『作戦終了後、敵基地から10000メートル離れた山脈の麓に平地があります。そこを輸送機との合流ポイントとします』

 

 映像は、赤い点から離れた位置に伸びる線を表示した。そこが合流地点となるのだ。

 

『敵陣の真っ只中は不利と想定します。背部ユニットに予備弾薬を搭載してますが、長期戦は控えてくださいね』

 

 機体稼働音が耳に響く。それは言うなれば、レース前のアイドリング。

 

『作戦領域到達!タナトス、出撃してください!』

 

輸送機が地表に近づき、ハッチを開ける。

 黒い全身、かなり無骨なボディ、それに見合う太い脚、暗い赤の頭、右手にバズーカ、左手に手持ちガトリング、それらを纏めて飛ばすための背部大型ブースター。異形と呼ぶには圧巻な姿をした死神が、堂々空に躍り出る。

 爆音と爆炎と爆発を吹きながら、自慢のブースターユニットが推力を生む。

 やがて、黒の機体は、とんでもない勢いで基地に向かっていった。

 自身のさらに上空の空が、波打つ様に歪んでいることにも気づかず。

 

 

 

 

 真上に昇った太陽が降りはじめ、昼時を少し過ぎた頃。

 

「み、未確認機接近!」

「傭兵の機体かと思われますッ!」

 

男性オペレーターの恐怖の声が響く。

 

敵襲、敵襲、敵襲、敵襲。

 

 基地中のパイロットに緊急発進のアナウンスが掛かる。

 

「敵機との距離は!?」

「残り1000メートル!後30秒で侵入されますッ!」

 

 大慌てで問う司令官に、無慈悲な報告が上がる。

 絶句したハゲ頭の頭脳は、全力で、この基地を守るべく策を練り始める。

 

「いったいどうすればいい……!」

 

 だが現実はいつも非情だ。

 

「敵、加速しました!」

 

死神は30秒もかからずやって来た

 

 

 

 

 委員会基地上空に差し掛かったタナトスは、ブースターの出力を落として基地の敷地内に着地する。

 死神が魂を奪い尽くす為に、やって来たのだ。

 直後に基地の各所から大量の機銃が吐き出され、ブースター無しではどうしても動きが鈍くなってしまう巨体に幾つもの擦り傷をつけられる。直撃弾が無いだけマシといったところだろう。

 もっとも、やられっぱなしでいるほど『死神』は愚鈍ではない。

 右手のバズーカを構え、格納庫らしき建屋に向けて1発放つ。

 強烈な爆発が屋根を消し飛ばし、中にあった機体が誘爆したのか一層激しく燃え上がる。

 その間にも死神はブースターを吹かして機体を駆けさせ、左手のガトリングをばら撒いて基地内の機銃やミサイル砲台を潰していく。

 と、

 

『寸胴野郎が!』

 

怒気を孕んだ声と共に放たれた銃撃がタナトスの装甲を叩き、攻撃が来た辺りに目をやると旧式PD・アンタレスが建屋の合間からこちらにマシンガンを向けている。

 おそらくは予備戦力か重機代わりに置かれていたのだろう。他の建物の陰からも多様な武器を持った機体がいくつか現れて、機銃に混じって攻撃を加えてくる。

 銃弾に砲弾、ロケット弾とさまざまな弾が飛んでくるが、その多くはタナトスの重装甲の前には小石を当てているのと大差ない。流石にロケット弾あたりになるとガトリングで撃ち落とすが。

 死神はおもむろにバズーカを向けると、アンタレス5機ほどが固まっている辺りの中央に狙いを定め、1発撃つ。

 直撃を食らった建屋が吹き飛び、爆発に巻き込まれた5機もそのまま粉々になる。

 自身が熾した炎に照らされながら、死神は基地内を巡って各所への爆撃を続け、最初の格納庫を吹き飛ばしてから1分とかからずに全ての機銃やミサイル砲台を潰し、アンタレスを10機ほど撃破してしまう。

 基地を1周する間に吹かし過ぎた所為かブースターが限界をむかえ、屑鉄になったミサイル砲台の前で一旦止まると、撃ち過ぎて空になった両手武器のマガジンを詰め替える。外した空マガジンは捨てず、機体に懸架する。解析されて技術流出が起こるのを防ぐ為だ。

 しかし、バズーカのマガジンを詰め替えようとしているその時、ホバークラフトの下半身に人間の上半身を付けたような奇妙な機体――委員会の主力HMMAS・ロトスが、浮きながら18機の編隊を組み突撃してきた。

 その動きを察知した死神は、機体を旋回させて対応しようとするが、

 

『敵の左腕部に直撃!』

 

ロトスの肩に設置されたグレネードランチャーが火を吹き、タナトスの左手に当たって持っていたマガジンを落としてしまう。

 

『全機、突撃せよッ!』

 

 それを好機と見たロトスが一斉に殺到し、ショットガンの銃身数本を束ねた様な両手の先を向けてくる。加えて、まだ残っている建屋の陰から生き残りのアンタレスたちが現れ、ロトスたちを援護しようと各々の装備を撃ってくる。

 タナトスの重装甲もいつまでも当てにできない。現に左腕の装甲は使い物にならなくなっている。

 ロトス部隊からショットガンの散弾が放たれるのと同時に、死神は素早くマガジンを拾い上げる。

 

『遠すぎる!有効打じゃない!』

『弾丸をリロードされる前に仕留めろ!』

 

 右肩に弾を喰らいながらも、ブースターを吹かして後退。そのまま弾を詰める。

 

『させるかぁ!』

 

 それを見逃さず、ロトスの1機が再びグレネードを発射しようとする。

 直後、

 

『『『!?』』』

 

ガラスが割れる様な轟音が響き渡り、その場にいる機動兵器乗りたちは思わず動きを止めて音のした方――基地上空を見る。

 死神さえも足を止め、突発的に発生した異常を確認する為に上空を――時空崩壊の赤い大穴を見る。もっとも、バズーカのリロード操作は怠らない。

 と、穴の中から人の形をした巨大な物体が現れ、双方の中間辺りに落ちてくる。

 若干有機的な印象を抱くものの、どうやらタナトスらと同じロボット、それも特機の様だ。大きさは55メートルほど。赤と白を基調にした曲線主体の巨体をうつ伏せにして倒れていると、両手を着いて上体を起こし、頭頂の左右に角の様なものを生やした頭部で辺りを見回す。逆三角形状に配置された緑色のレンズが顔に見えなくもない。落ちた際に地面を覆うコンクリートが大きくひび割れ、足で建屋の1つを潰してしまっているが、巨体の方には損傷が見られないことから丈夫な造りであることがわかる。

 しばらく周囲を戸惑った様に見回すと、特機はタナトスと委員会の部隊を交互に注視する。

 得体の知れない相手、しかも7メートルほどのロトスなら8倍近く、4メートルほどのアンタレスなら14倍近くはあろう巨体に睨まれて、パイロットたちは死神と対峙するのとはまた違う恐怖に震え上がる。加えて、先ほどまでタナトスを相手にしていた興奮が抜け切れていなかったのだろう。冷静な判断能力が低下していたらしい。

 

『……う、うわぁぁぁぁぁぁ!!』

 

ロトスの1機が両手の全ショットガンを特機に放ち、無数の散弾が顔面に当たって爆ぜた。

 

 

 

 

 赤と白の特機――新ゲッターロボ。その空戦形態であるゲッター1が地面に落下すると、頭部に設けられているコクピットを激震が襲う。

 

「うぅぅぅっ…………あったま痛てぇ……」

 

 落下の衝撃と、それ以上に時空崩壊を通ってきた影響だろう、割れる様な頭痛に顔を歪めながら、パイロットのイシカワ・ケンジはゲッターの上体を上げさせ、モニター越しに周囲を見回す。

 

「……何処だここぁ?……荒れ地?つぅか、どっかの基地か?……ん?」

 

 周囲を囲む殺風景な荒野と山々、その只中に身を寄せ合うようにして立ち並ぶ建屋群に首を捻っていると、左右にさまざまな形をした人型のロボットたちが立っていることに気づく。

 

「戦闘マシーン……にしちゃあ小せぇよな?それにこっちの奴、同じのがたくさんありやがる」

 

 片やホバークラフトらしきものに人型の上半身が乗った様な機体と、その半分ほどの大きさの小さな機体が複数こちらを見上げており、片や両手にバズーカとガトリングを持った重そうな黒い機体がこちらを注視している。

 

(見たとこどっちもリアル系っぽいな。あっちの重そうな奴はボスかなんかか?)

 

 状況把握というのもあるが、もともとこの手のものが好きなイシカワは、純粋な好奇心を含みつつしばし両者を観察する。

 その時、ホバーの1機がこちらに両手の先を向ける。

 

「あん?」

 

 何だ?と思った一瞬後、パイロットの心情を引き映した様に小刻みに揺れる銃口から無数の散弾が吐き出される。

 それらがモニター越しに爆ぜ、機体そのもに損傷は無いもののコクピットを大きな揺れが襲うと、イシカワの中の何かが切れる。

 

「……そうかい。そう来んのか…………上等だッ!そっちがその気ならやってやらァ!ゲッタアアアアアア!トォマホオオオオオオクッ!」

 

 跳ねる様に起き上がりつつ、腹の底から怒りの叫びを上げると、それに応える様にゲッターの両肩から棘付きの鉄球が飛び出し、鉄球から柄と刃が生えて50メートルの巨人サイズの斧――ゲッタートマホークを形成する。

 トマホークを両手に握った直後、逆方向の黒い機体がバズーカを向けてくるのを視界の端に捉える。

 

「テメェもかよッ!」

 

 怒声と共に黒い機体の方へ1歩踏み出し、右のトマホークを振り下ろす。

 刃が触れる直前、黒い機体は背後のブースターを吹かし、その見た目からは想像できない素早さで右に回避する。

 空振りになった刃はコンクリートを砕き、その下の岩の地面にも深い割れ目を入れる。

 腕を上げきらない内に黒い機体はバズーカを胸に放ち、損傷こそ無いもののコクピットを再び激震が襲い、イシカワの怒りに拍車をかける。

 

「クソッ!テメェは容赦しねェ!!」

 

 

 

  

 時空崩壊から出てきた特機に攻撃される。そんな不測中の不測の事態に直面しつつ、死神はブースターを吹かして特機から距離をとる。

 委員会機の迂闊な行動によって開かれてしまった戦端ではあるものの、それが誰であろうと戦力を持ち、それを自分に対して行使する意志がある以上、それなりの対応をとるのが死神である。先ほどのバズーカによる反撃もそれに基づくものだ。

 しかし、今は状況が悪い。持ち弾は現在装填した物で全て、短い間に酷使したのが祟ってブースターも悲鳴を上げる一歩手前だ。撤退しようにも輸送機との合流ポイントは今いる地点の反対側。基地から出て山脈を迂回するほどの余力が残っていない以上、向かうには特機と委員会部隊の横を通らなければならない。

 ならば必然、強行突破しかない。

 

『オラァ!』

 

 拡声器越しの怒声と共に振り下ろされた斧をかわし、大股で踏み込んだ所為で大きく開いた特機の股の間をブースターで一気に駆け抜ける。

 

『逃がすかッ!――!?』

 

 特機は振り返って追おうとするものの、ロトス部隊の銃撃に阻まれて足止めを食らう。

 その間に死神は特機から距離を離そうとするものの、こちらも正面に展開したロトスとアンタレスの混成部隊に行く手を阻まれる。

 

『食らえっ!』

 

 直後に建屋の陰に隠れていたアンタレスが片手持ちのランチャー――ハンドバズーカを放ち、砲弾がタナトスの頭部を直撃する。

 安定性に難があるもののPD用携行火器の中では高い威力を誇るハンドバズーカの一撃は、しかし死神の仮面を外すに留まった。

 爆発のエネルギーをまともに受けて砕ける頭部装甲。爆炎が晴れて外装の中から覗くものに、兵士たちは恐怖した。

 

『あれは……!』

『な、なんだありゃあ!?』

『化け物が……!』

 

悪趣味な、頭蓋骨を模した骨格フレームだ。

 カメラアイが鈍く光る。魂を刈る死神の如く。

 

『ま、まさか、本当に死神だってのか!?奴は――あぁぁぁぁぁぁ!?』

 

 死神の近くにいる委員会機のパイロットたちが震えた声を漏らす中、ロトスの1機が通りすがりざまにガトリングで蜂の巣に変えられる。

 

『こ、このっ!』

 

 僚機の撃墜に憤怒したアンタレスが尚もハンドバズーカを放つが、死神はそれをガトリングで迎撃しつつ、アンタレスそのものを銃弾の嵐で吹き飛ばす。

 

『クソッ!ヤバイヤバイ!』

『マイクロロケットを一斉に撃て!』

『野郎、消し飛ばすッ!』

 

 反撃に2機のアンタレスが肩に設置されたマイクロロケットを、1機のロトスがグレネードを撃ってくるが、死神はそれらもガトリングで迎撃する。

 撃ち漏らした1発が胸部装甲に当たるが、まだタナトスは動く。怒り狂うように頭部のカメラアイが光ると同時に、ガトリングの弾丸が波のようにロトスに襲いかかって鉄屑に変え、すれ違いざまにアンタレスの1機を蹴り飛ばす。

 後ろのもう1機もそれに巻き込まれ、胸周りを陥没させたアンタレス2機が採掘所らしき建屋へ吸い込まれる様に飛んでいく。

 2機の動力の誘爆か、あるいは採掘物が起爆性の強いものだったのか、建屋を中心にこれまで以上の爆発が広がり、目の前に広がる紅蓮の炎の海に流石の死神も足を止めてしまう。

 そして、その後を地響きたてて追ってくる巨人がいる。

 

『逃がさねぇつってんだろォ!!』

 

 かけられら怒声に振り返ると、炎に照らされて烈火の如き怒りを浮かべた特機が、両手に黒い粘性のある液体――おそらく機動兵器のオイル――が滴る斧を持って駆けてくる。

 その後方の地面には、特機に対峙したロトスたちの残骸が転がっている。もっとも、いずれもコクピットを収めた胸部周りは比較的無傷であり、それがかえって特機のパイロットの腕の高さを物語っている。

 

『ソラァ!』

 

 間合いを詰めるや特機は左の斧を振り下ろすが、死神は真上に飛んでそれをかわし、空振りした刃は死神目掛けて放たれたグレネードやマイクロロケットの集中砲火にさらされる。

 

『邪魔だってんだよッ!テメェらァ!』

 

 怒鳴ると同時に特機は右の斧を刃を地面と垂直にして振り払い、巻き込まれたロトスやアンタレスはハエ叩きを食らった虫の様に所々歪んで動けなくなる。

 その間に死神は特機の頭上に達すると、バズーカの砲口を角の生えた頭部に合わせる。

 が、

 

『この……死神がっ!』

 

憎悪のこもった怒声と共にロトスの残骸の1機がグレネードを放ち、咄嗟に回避した死神が特機を攻撃するタイミングを失してしまう。

 ならばと撃ってきた残骸にバズーカを叩き込み、着弾した機体を中心に周囲の残骸も爆発に巻き込まれる。

 性能の低いホバーの上に積むことを前提にしている為、ロトスの上半身はもともと脆い。破損している今なら尚のことだ。おまけに防ぐことも避けることもできない以上、直撃しなくても余波だけで充分致命傷となる。

 念の為、離れた場所や先ほど特機が行動不能にした混成部隊の残骸にもバズーカを撃ち込み、案の定全機完全なスクラップに変えると、死神は改めて特機と対峙する。

 

『他の奴の相手してる暇があんのかよッ!?ゲッタアアアアア!ウィングッ!』

 

 叫びに応じる様に特機の背中から赤いニ等辺逆三角形が2つ伸び、それをマントの如く翻して上昇してくる。

 斧を構えて迫る特機に、死神もバズーカを向けて応戦体勢に入る。

 が、直後、

 

『!?……何だッ!?』

 

一条の銃撃が2機の間に割り込み、特機のパイロットは多少驚きながら、死神は反射的に機体を後退させる。

 銃撃の来た方向に目を向けると、白い一本角の機体と灰色のゲシュペンストがこちらに向かって飛んでくる。

 

 

 

 

 この数分前。

 大陸上空に入ったレイディバードのキャビンでは、光秋がどこか落ち着かない様子を見せていた。

 モモタロウの話が終わってからしばらく経つが、その間貧乏揺すりが止まらず、目線の方向をしきりに変えているのだ。その上で、絶対に窓に目を向けようとはしない。

 

(…………これは、もしや)

 

 一連の行動にピンときたライカは、ほんの好奇心から訊いてみる。

 

「……加藤大尉」

「はい?」

「大尉ってもしかして……高所恐怖症ですか?」

「……いや、恐怖症ってほどじゃあ…………」

 

応じながら、光秋はバツの悪い顔をする。

 

「そこまで酷くはないと思うんですけどねぇ……ただ、高い所から下が見える感覚が苦手で……」

「あら、意外ね?訓練の時はビュンビュン飛ばしてたくせに」

 

 補足する光秋に、パソコンの画面から顔を上げたメイシールが言葉通り意外な顔をする。

 

「自分で動かす分には平気なんです。ただ今みたいに乗ってるだけだと、どうも落ち着かなくって……」

 

 メイシールに応じる間にも、光秋はそわそわした態度で室内に視線を廻らせる。決して窓は見ないようにしつつ。

 

(名刺のこともそうですが、どこか抜けてますよね。加藤大尉は)

 

 思いつつ、ライカは少しだけ、決して2人に気づかれない程度に頬を緩める。

 直後、

 

『ぜ、前方に時空崩壊確認!』

「「!」」

 

操縦士の慌てたアナウンスがキャビンに響くや、弾かれた様に立った光秋は運転室へ向かい、ライカもそれに続く。

 

「時空崩壊ですか?」

「あぁ、大尉!あれです、見てください」

 

 入ってくるなりの光秋の問いに狼狽しつつ応じると、操縦士は前方を指差す。

 指を追って山脈が立ち並んでいる辺りの空に目を凝らすと、青空の一点に染みの様な赤い穴を見つけ、ややあってそれが消えていく。

 

「あの辺りは確か……今向かっている委員会の基地では?」

 

記憶の中の地図と時空崩壊の起こった空の下にあるコンクリート敷きを重ねながら、ライカは思い出した様に言う。

 と、

 

「「「!?」」」

 

そのコクリート敷きの辺りに散発的な輝きを捉える。

 

「戦闘?……とにかく、向こうに行ってみましょう。ミヤシロさん、シュルフツェンに。マザー1は別名あるまでこの辺りで待機」

「「了解」」

 

 ライカと操縦士の返答を聞くと、パイロット2人はキャビンを通って格納庫へ向かう。

 当然着替える暇など無く、高Gや気圧の変化などから操縦者を保護するパイロットシーツを着ていないことに若干の不安を覚えつつも、ライカはシュルフツェンに乗り込み、機体を立ち上げてM90アサルトマシンガンとその予備弾増2つ、そしてバズーカを装備する。

 その間にも行われていた光秋と操縦士のやり取りに従って後部ハッチが開き、ライカはシュルフツェンをその許へ向かわせる。

 

(戦闘なんて大陸では日常茶飯事とはいうものの、時空崩壊まで重なるなんて……最悪なタイミングに来ちゃいましたかね?)「バレット1、出ます」

 

 口の中で愚痴を言いながら、ライカはペダルを踏んでシュルフツェンを発進させる。

 空中で機体を振り返らせる間に光秋のニコイチも右隣につき、2機は委員会基地へ向かおうとする。

 直後、

 

「「!?」」

 

数十キロは離れている現在地でもはっきり視認できるほどのきのこ雲が上がり、2人は通信映像越しに顔を見合わせる。

 

「今のは?……」

『急ぎましょう!』

 

 言うや光秋はニコイチを駆けさせ、ライカもスラスターを吹かしてそれに続く。

 数秒して望遠映像が表示され、黒い鉄塊と赤い特機の戦闘に巻き込まれる形で委員会のロトスやアンタレスが撃墜されていく様子が映し出される。

 と、

 

(……!あの機体は)

 

黒い鉄塊にライカは1カ月ほど前の記憶を呼び起され、それに合わせる様に照会データが表示される。

 それに記されている名前は「タナトス」、DCとの戦いで自身を追い詰めたあの『死神』である。

 

『タナトスって、確か大陸トップクラスの傭兵の機体ですよね?』

「はい。その戦い方から『死神』と恐れられています」

『『死神』ですか……赤い方はデータ無し。さっきの時空崩壊から出てきたのはこっちのようですね……とにかく、まずは戦闘を止めないと。威嚇射撃を』

「了解」

 

 通信を続けながらも基地へと近づくと、ライカは光秋の指示に従って、向かい合う2機にマシンガンを向ける。

 

(…………そこ!)

 

 威嚇だから当てることはできない。しかし周囲が眼中にない様子の2機に気づかせる為に、ライカは敢えて着弾の危険がある2機の間を狙って一連射する。

 それで2機が動きを止めてこちらを見やるや、光秋の威圧する様な声が通信と拡声器を介して響く。

 

『交戦中の2機に告げる。こちらは地球連邦軍非特隊所属の加藤光秋大尉である。先ほどの射撃は威嚇である。即時戦闘を中止し、それぞれ所属とここでの目的を明かすように』

 

 直後、

 

『ゴタゴタ煩せぇんだよッ!』

 

聞く耳持たんとばかりに特機が突撃をかけ、振ってきた斧を2人は左右に分かれて回避する。

 

(……謎の特機乗りとは、こうも気が短い人ばかりですか?)

 

 右脇を流れていく赤い特機に数時間前の白い特機を重ねながら、ライカは呆れる様に思う。

 

『再度告げる。即時戦闘を停止せよ』

『俺らのケンカに割り込んできたのはそっちだろうがァ!』

 

 光秋の再度通告に怒鳴りで返すや、特機は右の斧を1/5程もない大きさのニコイチに振り下ろす。

 

「大尉!」

 

 ニコイチの丈夫さはある程度理解しているものの、流石にあのひと振りは無理だと直感したライカは思わず叫ぶ。

 が、

 

(!?…………大尉の機体は化け物ですか?)

『こ、このチビ!?』

 

左腕を上げて斧を受け止めたニコイチに、ライカはさっきとは別の意味で呆れ、それまで強気だった特機のパイロットが僅かに驚愕を含んだ声を漏らす。

 

『了解した。そちらは実力を以て対処する。中尉はタナトスを。パイロットは極力確保するように』

「了解」

 

 斧を受け止めながら出された指示に応じると、ライカは基地へ向かう。

 すぐにタナトスが通常モニターに映し出され、ライカは相手の状態を瞬時に観察する。

 高い防御力の証たる重装甲は所々傷つき、凹み、場所によっては大きく欠けている。普段は頭部を覆っている仮面状の追加装甲に至ってはすでにパージされている。そして敵への心理的威圧効果を狙ったドクロ顔も、数多の修羅場を潜り抜けてきたライカには精々”悪趣味なお面”でしかない。

 

(やれるかもしれない。今回は)

 

 それが今のライカのタナトスに対する思考の全てである。

 相手は満身創痍、おそらく見えない部分でもかなり消耗しているだろう。対してこちらは、緊急発進ではあったものの今出てきたばかり、機体も自身もコンディションは上々。加えて、今自分はゲシュペンストに――その高機動カスタム機に乗っている。遠征隊時代の様に一方的に追い詰められるだけではない。

 確かな経験と観察眼に基づいて断じると、ペダルを深く踏んで接近速度を上げる。

 圧し掛かるGに体を押されつつ、ライカは黒い鉄塊にマシンガンを向けて照準に捉える。

 タナトスがバズーカを撃ってくるが、全身各所に増設されたスラスターを吹かして当たるすれすれでかわす。

 

(いける!)

 

 操縦桿のトリガーに指を掛け、マシンガンの一連射がタナトスを襲う様を脳裏に見る。

 だが、そんなライカの一枚も二枚も上を行くのが『死神』だ。

 

「!?」

 

 回避の際、ほんの一瞬目を離した間に、タナトスは全弾撃ち尽くす勢いでバズーカを周囲に乱射する。

 

(追い詰められて錯乱したか?……いや)

 

 一見見境の無い乱射かと思えたが、機体を急停止させてよく観察すると、自分とライカの間に線を引く様な撃ち方をしていることに気づく。

 思う間に着弾で広がった厚い噴煙がタナトスの姿を隠し、視界不良の中で迂闊に動くべきではないと判断したライカはマシンガンを構えながらも様子を見る。

 

(やはり『死神』。そう易々とはいかないか……これくらいの煙はじきに晴れる。その時こそ)

 

 『死神』の意表を突く行動に舌を巻く間に煙は晴れるが、すでにタナトスの姿は無い。

 レーダーを確認し、周囲を見回すと、基地から遠く離れた所をブースターを煌々と吹かして駆ける黒い鉄塊を捉える。その装甲の表面を、僅かだか炎が舐めている。

 

(あの火の海の中を突っ切った?……いや、比較的火災が小さい辺りを見極めてそこを通ったか。いずれにしろ、一歩間違えれば炎に呑まれて誘爆する可能性もあったのだから、大した度胸だ)

 

 徐々に表面の炎が消えていくタナトスを見ながら、今だけは敵対関係ということを隅に置いて心の中で称賛の言葉を送る。

 

(……さて、深追いは禁物ですね。ましてやここは大陸。どんな機動兵器乗りと鉢合わせするかわかったもんじゃありませんから。それなら……)

 

 タナトス追撃を断念するや、ライカはシュルフツェンを振り返らせて特機の相手を続ける光秋の許へ向かう。

 

 

 

 

 突然割って入ってきて、頭ごなしに戦闘をやめろなどと言われたイシカワは、そんな偉そうな態度をとる白い一本角に感情的に斬りかかる。

 しかしその一撃を片腕で軽々と止められたのだから、怒りなど吹き飛び、柄にもなく狼狽してしまう。

 

(何なんだコイツ!?ゲッタートマホークを防ぎやがった。それに……)

 

 戸惑いながらも尚も力を入れてトマホークを押すものの、刃を止めている左腕は微動だにせず、見えない大地に両足を着けているかの様に同じ高さに留まり続けている。

 

「テメェ……いったい何モンだッ!」

『先ほど紹介したでしょう。非特隊の加藤大尉と――』

「そういうことじゃねぇ!……何なんだ?テメェは……」

『……とりあえず、「白い犬」とでも名乗っておきましょうか』

 

 声を荒げるイシカワの質問に、一本角のパイロット――光秋は冷静な様子で応じる。

 しかし声の調子とは裏腹に、白き機体からは体を直接押さえつけられる様な威圧感が放出され、人のそれを模した様な緑の目が妖しく輝く。

 もっとも、それで畏縮する様なイシカワではない。

 

「『犬』だァ?……犬なら犬らしく、地べた這いつくばって尻尾振ってやがれッ!」

 

 怒声と同時に左膝蹴りを繰り出す。

 膝が当たる直前に白い犬は後退して距離をとり、その隙にイシカワはゲッターの腹部にある装甲の一部を開き、へその様な砲口を展開する。

 

「斬れねぇならこいつはどうだ!ゲッタアアアアア!ビイイイイイイイイイム!!!」

 

 腹の底からの絶叫と共に腹部砲口からピンク色の光線が放たれ、正に光の速度で白い犬へ直進する。

 

『くっ!』

 

 白い犬は当たる寸前に右に避けるものの、直進を続けたビームは背後にそびえる岩山を直撃し、機体越しにも耳を貫く轟音と目を細めたくなる輝きを伴った大爆発を引き起こす。

 ビームが直撃した山頂付近は蒸発で消し飛び、欠けた部分から赤々とした溶岩が溶けたアイスクリームの様に麓へと流れていく。

 

「チッ!」

 

 そんな様子をモニター越しに見ながら、イシカワは攻撃が外れたことに舌打ちを鳴らす。

 その傍らに浮かぶ白い犬も、同じ光景をしばし見つめる。

 と、

 

『……その機体、こちらの予想以上に危険な物の様ですね…………やむを得んか』

 

意を決した様に呟くや、機体の節々を覆うカバーが開き、露出した骨格から赤い光が広がる。

 

「……なんだァ?どこぞの一角獣のつもりか?……こけおどしは通じねぇんだよッ!!」

 

 心なしか圧力を増した威圧感、それによる狼狽を振り払う様に敢えて強気な口調で叫ぶと、イシカワはトマホークを腕一杯に掲げて斬りかかる。

 が、

 

「なっ!?」

 

渾身の一振りは空を斬り、一瞬後に白い犬は500メートル後方に滞空している。

 

(瞬間移動?否、ゲッター2みてぇにメチャクチャ速ぇのか?)

 

 直後、

 

「!!」

 

真っ直ぐに伸ばした右脚に赤い光を集中させた白い犬が、飛び蹴りの要領でこちらに突っ込んでくる。

 

(かわせねェ!)

 

 巨人サイズの徹甲弾の如く飛んでくる赤い光にそう直感するや、イシカワは脊髄反射でレバーを倒す。

 光を纏った蹴りが腹部に入る刹那、ゲッター1は3機の航空機――ゲットマシンに分離し、直前までゲッター1が滞空していた辺りを白い犬が過ぎていく。

 その一瞬、ゲッター1の頭部を形成していた赤いゲットマシン――イーグル号に乗るイシカワは、キャノピー越しに白い犬と目が合う。

 

(何なんだ?コイツは……)

 

 そう思った直後、

 

『加藤大尉!』

「!」

 

黒い奴の許へ向かっていたはずの灰色の機体が、3機のゲットマシンに向けてマシンガンを撃ってくる。

 

「チッ!これじゃ合体も満足にできねぇ……しゃあねぇ、逃げる!」

 

 潔く断じるやイシカワはペダルを一杯に踏んでイーグル号を全速力で離脱させる。

 白のジャガー号、黄色のベアー号も速度を上げてそれに続き、コンテナに翼が生えた様な輸送機らしき物の上を通り過ぎると、

 

「とりあえず、ここまで来りぁ大丈夫だろう……チェーンジ!ゲッタァー、ワン!」

 

白い犬たちを撒いたと確信したイシカワの、いつもよりは控えめな叫びに応じる様に、上からイーグル号、ジャガー号、ベアー号の順に並び、それら3機が合体してゲッター1を形作る。

 

「……にしても、本当にここぁ何処なんだぁ?見たことねぇメカや訳のわかんねぇこと言う連中が大勢いたが……いや、あの灰色の奴はどっかで見たような…………まぁいいや。いつも通り適当に進んでみるか」

 

 普段通りの気楽さで断じると、イシカワはとりあえず真っ直ぐ飛んでいった。

 

 

 

 

 赤い特機の離脱が確認されるや、ニコイチは輝きを消して節々のカバーを閉じると、力尽きた様にのろのろと高度を下げていく。

 

「!」

 

 それに気づいたライカはすぐさまニコイチの許にシュルフツェンを飛ばし、マシンガンを腰に懸架させ、ゆっくりと下りてくるニコイチを両腕で受け止める。

 今のニコイチ、というより光秋には先ほどまでの威圧感などなく、シュルフツェンとの身長差も合わさって、大人に抱きかかえられた具合の悪い子供の様だ。

 

「大尉、大丈夫ですか?どこか不調が?」

『……大丈夫。ちょっと疲れただけです』

 

 僅かながら不安が漏れる表情で問うライカに、光秋は通信映像越しに少しだけ血の気が引いた顔を向け、言葉通り疲れを浮かべた笑顔で応じる。

 

(よかった……)

 

 自分の心配を和らげる為の作り笑いなのは一目瞭然なのだが、それでも笑顔を見せる光秋にライカは安堵を覚える。

 

(加藤大尉にもしものことがあったら、みんなに顔向けできませんからね……)

 

 そんなライカの心配を知ってか知らずか、光秋はなにかを悔やむ様に表情を曇らせる。

 

『やっぱり、短い間の連続使用は控えないとダメだな……ただでさえ消耗激しいし…………ときに、火はまだ消えませんか?』

「……そのようですね」

 

 光秋の問いに答えつつ、ライカはシュルフツェンを委員会基地中央辺りから広がる火災の方へ向ける。

 今の彼らに消火用の装備はなく、2機は火の勢いが収まるまで横で見ているしかなかった。

 

 

 

 

 その頃、10000メートル先の合流ポイントに到着した死神はというと、

 

「なにやってるんですか!」

「まあ、ミシェル、落ち着いたら……」

「ラドリー、話なら後で聞きます」

 

タナトスのあまりの損傷にこっぴどく怒られていた。主にオペレーター・ミシェルに。

 可愛らしいブロンドを激しく揺らしながら、彼女は目を三角にしてさらに続ける。

 

「タナトスが重装甲じゃなかったら死んでましたよ!おまけに突然現れた特機級の不明機まで相手にして、連邦軍の部隊とも交戦しそうになって…………危険過ぎます!」

 

 彼女がこんなにも目くじらを立てるのは、ただ単純に死神への心配からだ。

 ミシェルにとって死神は、彼女の親の借金保証人の遠い親戚であり、3年前から傭兵として借金を協力して返す契約を交わしている。

 その話を聞いた時、彼女は彼に対して「優しいひと」という印象を抱いたものだ。だから、傭兵という立場上仕方ないことであっても、彼が人を殺すことも、『死神』の異名を頂いていることも、彼女にとっては心を痛める材料にしかならない。

 実際、前回の依頼を終えた際に言ったものだ。

 

「戦場で生きるのが辛いなら、辞めたいなら、言ってください、あなたは死神なんかじゃありません」

 

と。

 その後ミシェルの説教は2時間ほど続き、死神を叱る彼女の声を傍らで聞きながら、修理主任の初老の男性――グイン・ラドリーは満身創痍のタナトスを見やる。

 

「こりゃあ、完全に直すのに1ヶ月はかかるな…………」

 

 今後の過酷な予定を思い浮かべ、修理主任は溜息を吐いた。

 

 

 

 

 DCによる仮初の安定は終わりを告げ、大陸は良くも悪くも従来の勢いを取り戻しつつあった。

 そして時空崩壊が多発する昨今、この勢いはますます加速することになるのだろう。

 幾万の亡骸の上に横たわる枯れた大地が、後どれだけの血を求めているのか。それは誰にもわからない。


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