スーパーロボット大戦H/ハーメルン   作:一条 秋

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1 少女と会った日

 新西暦80年4月上旬午前10時。

 五分咲きの桜並木の下を、私服姿の男子高校生4人が固まって歩いていく。

「はぁー…………」

その最後尾を歩く青いTシャツの上に白いワイシャツを羽織り、ベージュのズボンを履いた少年・桂木(かつらぎ) 恭弥(きょうや)は、憂鬱な顔をしながら深々と溜息を吐く。

「何だよ桂木。毎度ながら時化(しけ)た顔して」

「ジーナス先輩が生き生き過ぎるだけですよ…………」

先頭を歩くメガネ―ジーナスのニコニコした顔とは対照的に、恭弥はうんざりした顔で応じる。

「春休みも残りわずかだっていうのに……何で心霊スポットの下見なんか」

「何を言うか!オレたちはオカルト研究同好会だぞ。心霊スポットだろうがパワースポットだろうが、不思議の匂いする所何処にだって行くもんだろう!」

「そうそう。桂木君だけだよ。未だにこの手のイベントでゲンナリするの」

「そう言ったって、僕はもともとそういうの信じてないし……だいたいこの部活だって、入学してすぐにジーナス先輩に無理やり入れられたんだし……」

 先を行く2人―バニングスと速水(はやみ)に応じながら、恭弥はふと思う。

(そういえば、前の部長が卒業で抜けて、この同好会今4人、必要人数1人足りないんだよな……新学期が始まれば、今度は新入部員確保で忙しくなるのか……そして今度は夜中の本番にも参加させられるし)「はぁー…………」

憂鬱な気分を深めながら、再び溜息を吐く。

 そんなことはお構いなしに、ジーナスは話を続ける。

「そんなこと言ったって仕方ないだろう。定員が足りなかったんだし。それに、本物の霊感持ちを入部させないオカルト同好会部員が何処にいるよ?」

「僕自身は自分に霊感があるなんて信じてませんけどね」

きっぱりと言い返しながら、恭弥はジーナスに部室に連れていかれた頃のことを思い出す。

(子供の頃から人魂みたいなのや、幽霊としか言えない人影がよく見えたよな。十中八九見間違えや勘違いだろうけど。でもその所為で変な方面で有名になっちゃって、噂を聞きつけた先輩に拉致紛いに連れていかれたんだっけ……)

 と、

「あぁ!神様はなんと残酷か。我々の様に真にそうした力を求める者には何もくれず、こんな懐疑主義者にだけ授けて遊ばせるとは!」

「神様、あなたはなんと無慈悲なのか!」

「はいはい……」

バニングスと速水の下手な芝居に嘆息混じりの相槌を打ちながら、恭弥はジーナスの後を追って目的地に近付いていく。

 

 10分程歩くと、今回の下見場所である廃ビルの前に着く。

「どうだ?桂木」

「だから、僕に霊視なんてできませんて……まぁ、確かに見た感じ薄気味悪いビルですけど」

真剣な顔で問うジーナスに、恭弥は見たまま感じたままのことを言う。

「それより、早く下見済ませて中華街で飯にしましょうよ。僕このメンツで食事ができるから来た様なもんなんですから」

「お前ねぇ、もう少しやる気だせよぉー」

「そうだよ桂木君。ボクたちの真の目的を忘れちゃダメだよぉー」

バニングスと速水の注意を聞きながら、恭弥は思う。

(ホント、オカルト趣味さえなければ普通にいい人たちなんだけどなぁ……どうしようもないけど)

そう割り切ると、先を行く3人を追って恭弥は廃ビルへ向かう。

 と、

「…………?」

何処からか視線を感じ、恭弥は辺りを見回す。と、

(!……女の子?)

左前―廃ビルの影に、白いワンピースを着、輝く様な銀髪を腰まで伸ばした少女を見つける。

 と、

(見つけた)

「え?」

すぐ近くで声―どこか嬉しそうな気持ちを含んだ声が聞こえたかと思うや、恭弥は辺りを見回す。

 と、

「……あれ?」

その一瞬の間に少女は廃ビルの影から消えてしまう。

「どうした?桂木」

「いや、今そこに……」

ジーナスの問いに、恭弥は少女がいた辺りを指差して答えようとする。

 直後、

「お、おい!あれ!」

「!?」

バニングスが空を見上げながら叫び、視線を追った恭弥は空の一部が波打つ様に歪んでいるのを見る。

「空が歪んでる?」

「いえ、光が歪んでるんです!軽度の時空崩壊ですよ!すぐに逃げないと!」

同じく空を見上げて言うジーナスに、速水が慌てて訂正しつつ退避を促す。

 その間にも波打ちは激しさを増し、一瞬後に歪んでいた辺りがガラスを割る様な音を響きかせながら大穴を空ける。

「空に穴が!……」

「重度の時空崩壊です!」

驚嘆するジーナスに、速水が今にも腰を抜かしそうになりながら青空に大きく口を開けた赤い穴を凝視して唖然として言う。

「お、おい!何か来るぞ!」

穴の奥から湧き出てくる様に表われた10程の黒い影に、バニングスが動揺しながら指を差す。

「鎧?……ロボット?」

自分たちの近くに降下してくる影を見て、恭弥は思わず呟く。

 20メートルあろう体躯を誇る重厚な鎧の様な姿は黒く輝き、胴部には大きく十字架の様な模様が描かれており、背中から羽の様な物が2対のぞいている。

 その内の1機が恭弥たちに頭部を向け、暫し見つめる。

 と、

「!?」

右手に持つ銃器を恭弥たちに向け、一瞬後に複数の銃弾が吐き出される。

「!…………」

突然のことに恭弥は反応することができず、他の3人も口を開けたまま固まってしまう。

(僕……死ぬのか?)

迫りくる弾を凝視し、真っ白になる寸前の恭弥の頭にそんな言葉が浮かぶ。

 一瞬後、殺到した銃弾が恭弥たちの体を粉砕する―ことはなかった。

(諦めるな)

「?」

さっきとは違う声―穏やかながらも強い意志を感じさせる声が聞こえたかと思うや、銃弾の射線上に白い壁が上から割り込み、覆い被さる様にして恭弥たちを庇う。

「……!」

白い壁越しに銃弾が爆ぜる音を聞いて、恭弥の意識は現実に戻る。

 同時に白い壁は身を起こし、恭弥たちを見下ろす。

「……巨人?」

それが壁―全長10メートル程の白い人型に対する恭弥の第一印象である。

 金属質の外観からすぐに機械―現在連邦軍が主戦力として用いているロボットだということは理解しているものの、細身で滑らかな体形と、人のそれを模したと思える2つの目に口らしき線が走った頭部が、どこか有機的な印象を与えてくるのである。

『そこの人たち、無事ですか?』

途中で折れている様な形の角を生やした頭部、そこに付いている緑色の目を輝かせながら、巨人から拡声器越しの声が響く。

「え?……あぁ!はい!おかげさまで」

巨人そのものが喋っている様な錯覚を覚えながら、全員を代表してジーナスが応じる。

 直後、先ほど発砲した鎧が武器を左腰に提げた剣に持ち替えて巨人の背後に接近する。

「!危ない!」

恭弥の咄嗟の叫びも虚しく、鎧は右腕を一杯に振り上げる。

 しかし、刃が振り下ろされる刹那、

「!?」

刀の形をした別の刃が鎧の斬撃を受け止め、振り返った恭弥たちは背後に別の巨人を見る。

 人を模した白い体形、どことなく有機的な雰囲気を放つところは先ほどの巨人と同じ印象を与えるものの、こちらは全長が20メートル程と巨人の倍近くあり、マスクで覆われた様な頭部には先ほどの巨人よりも長く立派な角が生えている。大きく広げた4枚の翼と合わさって、「天使の騎士」を想起させる。

 と、

『伏せて!』

「!」

天使の騎士からの声に恭弥たちは反射的に身を屈め、その上から巨人が再び覆い被さる。

 直後に騎士は刀で鎧の剣を弾き飛ばし、体勢が崩れた一瞬の間に巨人の上を飛び越え、脇に引いた肥大した様な左腕を鎧の胸部に突き刺す。

 鎧は左腕の簡素な盾を構える間も与えられず、騎士の手刀、その五指の先端から伸びる光の刃に十字架があしらわれた胸を焼き貫かれる。

「凄い!……」

胸に穴を空けて倒れる鎧を巨人の影から見ながら、恭弥は感嘆の声を漏らす。

 巨人は屈めていた体を起こし、後ろの騎士を振り向く。

『ありがたい!が、こいつら実体弾主体の様だ。僕が引き受けるから、織斑(おりむら)曹長は彼らを安全な場所へ』

『了解です!』

騎士が応じたのを聞くや、巨人は立ちあがって振り返り、上空でこちらに銃口を向けている鎧たちの群れに飛んでいく。

 入れ替わりに騎士が恭弥たちの前に膝を折り、持っている刀を光の粒子にして消すや、空いた右手を差し出してくる。

『乗ってください!』

「え?いや……」

『早く!』

「は、はい!」

あまりの急展開に思わず呆けていたジーナスだが、騎士の怒鳴り声で気を取り直し、率先してその手に乗る。

 それを見て恭弥たちも手に乗り、掌の中央に寄り集まって姿勢を低くする。

『全員乗りましたね?』

「あ、はい!」

『じゃあ行きます。揺れますから気を付けてくださいね』

ジーナスの返事に応じると、騎士は指を押し曲げ、立ち上がると大きな左手を添えて柵を作り、初めはゆっくりと、少しして速度を上げて地面すれすれを滑る様に移動する。

 初めこそ揺れたものの、走行が安定してくると、恭弥たちに現状を振り返る余裕が出てくる。

「しかし、こりゃいったいどんな事態だ?心霊スポットの下見に来たと思ったら時空崩壊が起きて、そこから出てきたロボットに攻撃されたかと思ったら別のロボットに助けられて……」

戸惑いを浮かべながらのジーナスの言葉は、ここにいる全員の気持ちを代弁している。

「バニングス君はこういうロボットって詳しかったでしょ?何か知らない?」

「『ロボット』じゃない。『人型機動兵器(ひとがたきどうへいき)』だ」

速水の言葉に訂正を入れつつ、バニングスは自分たちを運んでいる騎士を改めて見る。

「もっともオレだって、こんな機種知らないよ。強いて言うなら、連邦軍が主力機に使ってる量産型ヒュッケバインMk-Ⅱに近いけど……最初に助けてくれた方は、サイズ的にアーマードールかな?でもあれ、確か飛行能力無かった気がするんだけど……襲ってきた鎧みたいなのについてはさっぱり。強いて言うなら、パーソナルトルパー系?」

「……さすが、軍事オタクのバニングス」

自分には未知の言語にしか聞こえない単語を次々と出してくるバニングスに感心しながら、恭弥は騎士の影から上空を見る。

 視線の先では、先ほど自分たちを庇ってくれた巨人が鎧たちを相手に空中戦を繰り広げている。

 四方から迫る鎧たちの銃撃を、巨人は縦横に飛び、時には体を捻って避けつつ、手近な1機に近づくや腰に引いた右拳を胴部に描かれた十字架の交点に入れる。胸に穴を空けた鎧は糸が切れた人形の様に地上に落ち、それを横に見ながら巨人は次の敵へと向かう。

「……凄い!」

そんな巨人の戦いぶりを見て、恭弥は再び感嘆の声を漏らす。

 直後、

『そっち行ったぞ!』

巨人が叫ぶや、鎧の1機がこちらを追ってくる。

『歯を食い縛って、しっかり掴まって!』

「?……!」

叫ぶや騎士は速度を上げ、恭弥たちは振り落とされないように掌の各所にしがみ付く。

 鎧が銃弾を放つものの、騎士は後ろに目が付いているかの様に左右に大きく動いてそれを避ける。

 しかし鎧の追撃、そしてその銃撃は止まず、

『クソッ!』

拡声器越しに騎士の焦った声が漏れる。

 と、鎧の銃撃が止み、騎士はすぐさま後ろを振り返るや、

『伏せて!』

叫ぶと同時に左手を鎧に向けて突き出す。

 刹那、騎士の左掌から太いビーム弾が放たれ、マガジンを交換していた鎧に直撃して火球に変える。

「すっげぇ…………」

ビーム弾と火球に目を細めながらジーナスが呟く。

 しかし、

「また来たぞ!」

バニングスが叫ぶと同時に、火球によって広がった黒煙を裂いてさらに2機の鎧が迫る。

 直後、

「!?」

背後から鎧たちに向かって銃撃やミサイルが殺到し、振り返った恭弥は、上空に航空機に手足が付いた様な細身のロボットの編隊を、地上に騎士の1/4程―4、5メートル程度の大きさの4頭身のロボットたちを見る。

「アレは!アーマードモジュール・リオン!それにパワードール・サジタリウス!」

バニングスが関心の声を上げる間に、航空機の様なロボット―リオンの編隊は鎧たちを囲みつつ左腕と一体化したレールガンを放ち、地上からは4頭身のロボット―サジタリウスたちが手に持ったマシンガンを撃ってリオンを援護する。

 と、

『そこのPT!』

騎士の右隣で銃撃を行うサジタリウスが拡声器越しに怒鳴る。

『こちらは横浜基地第1PD部隊所属の加納だ。ぼさっとしてないで早く手伝え!』

『伊豆基地所属の織斑です。すみません。避難者の誘導があって』

『そんなもんとっとと終わらせろ!』

『そんな言い方しなくていいでしょう!』

不機嫌そうなサジタリウスに怒鳴って返すと、騎士は振り返って避難を再開する。

『少し飛びます。落ちないように注意してください』

 事前通告するや、それまで地面すれすれを滑っていた騎士はゆっくりと上昇し、恭弥たちが通ってきた桜並木の上を飛んでいく。

(…………そういえばさっきの子、大丈夫かな?それとも、またなんかの見間違いか?)

騎士の手の中で背後の戦闘を見ながら、恭弥は先ほどの少女のことを思い出す。

 

 少し飛ぶと眼下に街並みが広がり、騎士は大通りのそばに着地する。

 左手を添えた右手をゆっくりと下ろすと、曲げていた指を広げ、恭弥たちは速足で掌から降りる。

『ここまで来ればシェルターがあるでしょうから、そこに避難してください。放送があるまで絶対外に出ないでくださいね』

「わかりました」

ジーナスが代表して応じるや、騎士は振り返って飛び立とうとする。

 直後、

『!もうこんな所まで?急いで!』

急かす様に声を掛けるや騎士はすぐに上昇し、それを追った恭弥たちは騎士が向かう先で鎧たちと巨人・リオンの部隊が交戦しているのをを見る。

「やべぇ!急ぐぞ!」

自分たちの許に迫る戦闘を見てジーナスは慌ててシェルターに駆け出し、他の3人もそれに続く。

 が、走り出してすぐに恭弥は視線を感じ、背後を見やると、

「……!」

先ほど見かけた銀髪の少女が少し離れた所に佇んでいるのを見る。

(見間違いじゃなかった!)「君!」

恭弥の呼びかけに、少女は逃げる様に逆の方向へと駆ける。

「!?ちょっと!何処行くんだよ!」

「桂木?何処いくんだ!」

「人がいるんです。僕が連れていきますから先輩たちは早く!」

ジーナスの呼びかけに応じるや、恭弥は返事を待たずに少女を追う。

 

 思ったよりも早く戦闘領域が近づいていることに驚くや、騎士-ユニコーン・(びゃく)の操縦者・織斑(おりむら) 一夏(いちか)はすぐに飛び立ち、自身の上官に通信を繋ぐ。

光秋(こうしゅう)さん!」

加藤(かとう)大尉だ』

訂正を返しつつ、返事の主である白い巨人―ニコイチの操縦者・加藤(かとう) 光秋(こうしゅう)は、近寄ってきた白と背中を合わせて周囲を警戒する。

『さっきの人たち、無事送り届けてくれたか?』

「はい。シェルターの近くで降ろしました。それよりもうすぐ街ですよ?光秋さ……加藤大尉がこんなに手こずるなんて」

『面目ない。個々の力は大したことないんだが、いかんせん数が多くてね。3機くらい墜としたが、時空崩壊の穴が閉じる前にもう10機くらい入ってきて……』

言いながら、光秋は人間がそうする様にニコイチの緑色の目で周囲を見回す。

「ということは、俺が倒した1機と合わせて4機……残り16機か」

応じつつ、全面モニターに囲まれた白のコクピットでIS(インフィニット・ストラトス)白式(びゃくしき)を纏う一夏は、右手に意識を集中して日本刀型の武器・雪片弐型(ゆきひらにがた)を展開し、それに連動して白の右手にも光の粒子が集まって白サイズの雪片弐型が形成されると、それを両手でしっかりと持って周囲を飛ぶ鎧に対峙する。

 直後、距離を取っていた鎧の1機が白に迫る。

「!」

同時に一夏は背部のウィング・スラスターを吹かし、瞬間加速(イグニッション・ブースト)で一気に懐に入る。

「はぁっ!」

気合いと共に雪片を突き出し、それは白式の背中に繋がっているケーブルを通じて白の動きとなり、白が持つ雪片の切っ先が鎧の胸を貫く。

「残り15機!」

『14機だ』

一夏の叫びに続くや、光秋も手近の1機の胸に腰溜めにした左拳を打ち込む。

 2人に墜とされた2機が街の近くへと落ちていく傍らで、2機の白い巨人が次の目標を求めて空を駆ける。

 

 ジーナスたちと別れた恭弥は、前を行く少女を必死に追いかける。

「君!そっちは危ないって!早く避難しないと……」

走りながら呼びかけるものの、少女はときどき振り返るばかりで止まろうとも引き返そうともせず、その間にも徐々に大きくなる戦闘の音に恭弥は焦る。

 直後、

「おわっ!?」

背後から轟音と共に強風が吹き付け、吹き飛ばされた恭弥は地面を転がる。

「痛ってぇ……」

コンクリートに打ち付けて痛む体をゆっくりと起こすと、強風が来た方向を見る。

「!……」

ほんの数秒前まで少女と自分が走っていた道路に真っ黒に焦げた大穴が空き、所々火が燃えている光景に、恭弥は生唾を飲んで絶句する。

(狙われた?否、流れ弾か?どっちが撃った……)

もう少し通るのが遅ければ死んでいたという恐怖、その恐怖で頭が真っ白になるのをなんとか防ごうと、確かめようがないことを意識的に考えようとする。

 と、

「!」

街上空を飛んでいたリオンの推進器に鎧の銃弾が当たるのを見る。

「あっちは確か……シェルターの方じゃ?」

直後にパイロットは脱出するものの、リオンは地上へと落下し、建物の影から爆炎が照りつける。

「…………嘘だろう?」

力なく呟くと、恭弥は崩れる様に膝を折る。リオンの爆発に巻き込まれてシェルターに行ったジーナスたちは死んだ―自分の直感を自分で否定するために呟くが、心の深い部分はあっと言う間にそれを受け入れていく。

 そして、

「何なんだよこれは!」

耐えきれなくなって叫ぶや、地面に両拳を振り下ろす。

「心霊スポットに行ったらロボットに襲われて、戦闘が始まったと思ったら先輩たちが死んで……本当なら今頃、さっきの所でバカやってたんだ!先輩たちがバカバカしいことを真剣にやって、話振られたら適当なっこと言ってからかって、それが終わればいつもの店で飯食ってバカ話して……そんないつもと同じ今日になるはずだったのに…………」

途中からは涙目になりながら絶叫すると、恭弥は未だ戦闘が続く上空を見上げる。

 地上からサジタリウスの援護を受けつつ、リオンの編隊が鎧を囲む様に飛んで四方からレールガンやミサイルを放つものの、鎧はそれらを余裕でかわし、時には左腕の盾で防ぎつつ銃器でリオンを次々と火球に変え、余力があればサジタリウスの方にも銃撃を浴びせる。視界に納まる戦況の大部分がそんなものである。

 そうした一方で、リオンたちの合間を飛ぶ2機の白い巨人は、片や体術、片や刀やビーム砲を駆使し、鎧の数を確実に減らしていく。

「あの2機、やっぱり凄い…………僕にも、あんな“力”があれば……」

呟く間にも鎧を墜としていく巨人たちに、恭弥は生まれて初めて「渇望」というのを強く感じる。

 と、

「貴方は“力”を求めるの?」

「え?……」

唐突な呼びかけに顔を下げると、いつからいたのか、銀髪の少女が正面に立っているのを見る。

 その肌は雪の様に白く、赤く輝く瞳が自分を見据えている。

「“力”を求めるの?」

「……」

少女からの再度の問いに、恭弥は荒くなっていた呼吸を整えると、その赤い瞳を凝視しながら答える。

「あぁ。奴らを……あの鎧たちを追い払えるなら!」

「それは何の為?破壊?支配?」

「どっちでもない。ただこの街を……みんなを守りたいから、これ以上誰も死なせたくないから!」

「………認めよう、貴方を」

恭弥の腹の底からの宣言に、少女は微笑んで応じる。

「精霊は常に貴方を護り続ける。だから指し示せ、“光”を」

「はぁ?君、何言って………」

恭弥の問いに答える代わりに、少女は体を屈めて恭弥の顔に右手を添える。

 そして、

「常に希望は貴方のそばに………」

言うや少女は目をつむり、唇を重ねてくる。

「!?」

目前に迫った少女の穏やかな顔、唇に感じる未体験の柔らかな感触に、恭弥はこんな状況にも関わらず脳天が麻痺しそうになる。

 しかし、

「…………!?」

少しして、何かが頭の中に流れ込んでくる様な感覚を覚える。

(これは、何だ?機械……ロボットの、動かし方?)

徐々に形を成していく知識に、恭弥はそんなことを思う。

 と、

「…………!」

呆けていた意識が回復するや、恭弥は自分が空に浮かぶ椅子に座っていることに気付く。

「え?……えぇ!?」

あまりのことに再度動揺しそうになるものの、

「!……シル……フィード?」

それを打ち消す様に頭の奥から言葉が浮かび、目の前にある3つの小型モニターの中央の画面にも同じ言葉が表示されていることに気付く。

「これは……ロボット?コクピットの中なのか」

同じ画面に表示されている概要図を観て、恭弥はようやく状況を理解する。

 

 四方からの銃撃を縫うように避け、どうしても回避できないものは腕を突き出して受け流しつつ、光秋は狙いを定めた鎧に接近し、

「あさぁ!」

気合いと共に腰に引いた左拳をその胸部に入れる。

「残り9機!」

的にならないよう素早く移動しながら、残りの鎧の数を声高に叫ぶ。

 直後、

「!?」

地上の一点が白く眩く輝き、光の塊の様なそれから放たれる独特の圧に、光秋は操縦席に座る身を固くする。

『光秋さん!』

「一夏君もか……」

近寄ってきた一夏に注意も忘れ、思わず普段通りに呼びながら、光秋は背広下の肌を少々振えさせながら地上の光を凝視する。

 それはリオンやサジタリウスのパイロットたちも同様であり、鎧たちでさえ戦闘を忘れて光に見入ってしまう。

 少しして輝きが収まると、その光源に1体の巨人が佇んでいるのを見る。

「白銀の騎士……否、妖精か?」

巨人の外見に、光秋はそんな感想を漏らす。

 白程の大きさを誇る細身で鋭利な体を佇ませ、背中からは大小2枚ずつ―計4枚の翼を、ニコイチの様に人の顔を模した2つの目が輝く頭部からは白と同じ立派な一本角を生やしている。

「……」

姿がはっきりしたことでより明確に感じるようになった圧―そこにいるだけで斬り付けられる様な痛みを感じさせる威圧感に、光秋は操縦桿を握る掌が汗ばむのを感じる。

 直後、

「!」

思い出した様に鎧たちが一斉に妖精に殺到し、出遅れたことに歯軋りしつつ光秋はその後を追う。

 が、

「くっ!」

動きを感知したのか、引き返してきた2機の鎧に阻まれてそれ以上進めなくなる。

「……一夏君もか」

自分同様に鎧からの銃撃や斬撃をかわすのに精一杯の白とリオンたち、そして3機の鎧が妖精に迫る光景に、光秋は何もできないことに奥歯を噛み締める。

 

 自分が概要図のロボット―シルフィードに乗っているということを理解した直後、けたたましい警戒音が鳴り響く。

「え?……えぇ!?」

反射的に上を向くや、コクピットの内壁全面を占めるメインモニター越しに、「クロイツリッター」と表示された鎧たちが自分に迫ってくる光景を見、恭弥は慌てて操縦席の肘掛の先端にある球状の操縦桿を後ろに引き、足元のペダルを踏んで後退する。

 直後に鎧―クロイツリッターたちからの銃撃が殺到し、一瞬前までシルフィードが立っていた辺りを抉る。

 3本の銃撃はシルフィードを追う様に続き、それを恭弥は後退しながらギリギリのところでかわす。

「武器!ロボットなら何か武器があるだろう!?」

銃撃の恐怖と興奮から叫ぶや、それに答える様に概要図の左腰が赤く点滅し、同時に頭の奥からも情報が浮かんでくる。

「ルミナ……グラティウス?……これか!」

 言うや恭弥はシルフィードの右腕を動かし、シルフィードは左腰のハードポイントに提げてある実体剣を人が抜刀する様に抜いて構える。西洋の剣そのままの形状と合わさって、白以上に騎士らしい印象を与える。

「こんのぉ!」

恐怖を振り払う様に叫ぶやクロイツリッターの1機に迫り、銃撃が当たるのも構わずに両手で大きく持ち上げたルミナ・グラティウスをその頭目掛けて振り下ろす。両手に金属が金属を斬る手応えを感じつつ突き進み、一瞬後にクロイツリッターは真っ二つになる。

 思わぬ反撃に意表を突かれたのか、残った2機は銃撃を行いつつ後退して距離を取る。

「くそっ!他に何か……!」

2本の銃撃を避けながら恭弥は他の武器を探し、それに答える様に再び頭の奥から情報が浮かぶ。

 それに従ってルミナの剣先を右のクロイツリッターに向け、直後に刃が中心から2つに割れて細い棒が現れる。それに連動してメインモニターに青い丸が表示され、それがクロイツリッターに重なって赤くなった直後、

「!」

恭弥は右の球形操縦桿のボタンを押し、同時に棒―銃身の先端からビーム弾が放たれる。

 灼熱の光弾は吸い込まれる様にクロイツリッターに直進し、一瞬後に巨大な火球が咲く。

「次!」

叫ぶや恭弥は残りの1機に狙いを付ける。

 が、

「!?」

照準を合わせる直前に接近警報が鳴り響き、それまでニコイチらを足止めしていたクロイツリッターたちが自分の許へ向かってくるのを見る。

 直後に迫ってきたクロイツリッターたちは両脚の装甲を開け、一斉にミサイルを放つ。

「!」

恭弥は上昇してかわそうとするものの、1機につき4発―計24発のミサイルは後を追ってくる。

「えぇい!」

ビームを撃って迎撃するものの、撃ち漏らした1発が真っ直ぐに向かってくる。

(やられる!?)

ゆっくりと迫ってくるミサイルに、恭弥は再び頭が真っ白になりそうになる。

 直後、

「!?……」

背後から飛んできたビームがミサイルを撃ち、振り向くとユニコーン・白が左掌を向けている。

「さっきの騎士!」

撃ち墜としてくれたと察しつつ、振り返った恭弥はリオンたちに援護されたニコイチが次々とクロイツリッターに拳を叩き込んでいるのを見る。

 腕を下ろすや白もそれに加勢し、雪片の斬撃でクロイツリッターたちを斬り墜としていく。

 瞬く間にクロイツリッターの数は減り、ついに最後の1機となる。

 と、最後のクロイツリッターは銃器と盾を捨て、腰から抜いた剣を突き出してシルフィードに直進する。

「!……お前たちがぁぁぁ!」

一瞬悪寒が走るものの、クロイツリッターたちへの怒りの叫びでそれを吹き飛ばし、恭弥もルミナを突き出して突進する。

 それと同時に、恭弥の怒りを表す様にルミナの刀身が赤く光り出し、クロイツリッターの切っ先が左肩すれすれを過ぎるのも構わず燃える様に輝く刃をその胸に突き刺す。

 そして、

「!」

恭弥が刀身に気合いを込めると同時に、刀身を覆っていた光がクロイツリッターの中で四方へ広がり、内側から木端微塵に粉砕する。

「…………終わっ、た?…………」

 浅い呼吸をしつつ状況を確認すると、抗い難い疲労感が恭弥を包み、抵抗せずに今度こそ意識を手放してしまう。

 そんな乗り手の様子を引き映すかの様に、シルフィードも先ほどまでの威圧感を消し去り、ゆっくりと地上へ下りていく。

『あの機体……何なんだ?』

未だ鳥肌の立つ光秋の呟きに応える様に、一瞬その目が輝いた。




 ついに始まりました!『スーパーロボット大戦H/ハーメルン』。
 企画参加者たちと協議しながらの執筆となりますので更新はとてもゆっくりになると思いますが、興味を持っていただけたら気長にお付き合いください。
 次回もお楽しみに!

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