遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~   作:久本誠一

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魔界劇団!ついに来ましたね、私としては大変嬉しいです。
ちなみに今回、たまたまではありますが裏ではちょうど十代が堕天使唯一の下級モンスターことレフィキュル使いの鮎川先生とデュエルしてる回なんですよね。だからなんだといわれると、返す言葉もありませんが。
前回のあらすじ:ゾンビ相手に怒涛の3連戦。それ以上でも以下でもない。


ターン88 鉄砲水と黒騎士の刃

 ようやく目が覚めたときには、簡易ベッドの上に寝かされていた。

 

「うっ……」

 

 最初に感じたのは、やたらと全身が砂っぽいことだった。口の中はじゃりじゃりするし、服や靴の中も細かい砂粒のせいでこそぐったいというか、気持ち悪い。ウラヌス戦の後も雑魚無双とはいえ連続で戦ってきたからだろうか、全然気づかなかったけどこんな砂まみれだったのか。

 

「清明先輩、起きたのかドン」

「清明……」

「剣山、それに明日香……おはよ。目覚めは最悪だけどね」

 

 それから話を聞く限り、どうも剣山たちが体育館の入り口前でやたらとノックする音がするのでゾンビでないことを確認してから開けてみたところ、その場に倒れてる僕を発見して慌てて運び込んだらしい。ありがとう霧の王、とデュエルディスクに差したままのデッキを軽く撫でて感謝を伝える。

 

「でも、無事に会えてよかったザウルス」

「まったく。それで、今無事なのってここにいる分で全員なの?いくらなんでも少なくない?」

 

 だだっ広い体育館には、トメさんたち生徒以外の人員を含めてもせいぜい30人ほどしかいない。ここに来た時の人数が100人近かったことを考えると、僕が見てきたよりも事態は深刻なようだ。

 

「このゾンビ化現象は、本当に突然起こったの。ゾンビになった生徒にもある程度の知能はあるから、校内放送で体育館が拠点です、なんて呼びかけるわけにもいかないし……だから私と剣山君で、まだ学内に取り残された生徒たちの回収を何回かに分けてやってる最中なのよ。ごめんなさい、本当は貴方も迎えに行きたかったのだけど」

「いや、気にしないで。多少無茶はしたけど、僕ならどうにかなったわけだし……それより、十代達は?それにレイちゃんもいないっぽいけど」

 

 悪気があったわけではないが、そこはあまり聞いてほしくない部分だったらしい。目を逸らしながらも、まず剣山が口火を切る。

 

「十代のアニキたちは、まだ帰ってきていないドン。あと数分もしたらまた学校中を他の隠れた生徒を探しがてら探ってみるザウルス、けど……」

 

 そこまで言って、急に言い淀む剣山。その言葉の後を、目を逸らしたまま明日香が引き継いだ。

 

「レイちゃんは鮎川先生と一緒に保健室にいるはずなんだけど、あの辺りは特にゾンビの数が多いのよ。何回か近寄ろうとはしたんだけど、そのたびに10人以上に見つかったからそれを振り切って逃げるのに精一杯で」

「そんな……」

 

 レイちゃんのように昏睡状態でも、あのデュエルゾンビにはなるのだろうか。ならないならならないで傷の手当てを早くしないといけないけど、もしなるとしたらあの怪我のまま校内を彷徨ってデュエルを仕掛けるようになってしまう。ただでさえあんなひどい怪我なのに、そんな無茶をする体力が彼女に残っているとは思えない剣山たちもそのことはよくわかっているが、それでもどうにもできない自分たちを悔やんでいるようだ。なら、僕がするような下手な慰めはかえって迷惑になるだろう。

 

「……明日香先輩、そろそろ時間だドン」

「そうね。それじゃあ清明、私たちはもう1回見回りに行ってくるから。先に言っておくけど、ついてくるなんて言わないでよ?貴方の体だってもうボロボロなんだから、少しは休みなさい」

 

 まさに僕も行こうか、と言おうとしたタイミングで出鼻をくじかれる。さすがになんのかんのでもう2年の付き合いになる明日香、よくわかっていらっしゃる。もっともあの連戦がだいぶ堪えているのも確かなので、今回ばかりは無理を通すよりその言葉に甘えさせてもらうことにしよう。

 

「じゃあせめて、何かあったら連絡してよ。トランシーバー、持ってるでしょう?」

 

 僕が最初にこの校舎に入った時も使ったトランシーバーを軽く振って見せると、剣山も頷いて自身の着ている改造学生服の胸ポケットを指し示す。

 

「んじゃ、月並みだけど……2人とも、気を付けて」

「わかってるドン」

「ええ」

 

 慎重に少しだけ扉を開き、開閉の瞬間を見ているゾンビがいないかどうか確かめる。幸い誰もいなかったらしく、同時に頷くと用意してあった台車を押して出て行った。多分、いざとなったらあれのパワーで多少強引に蹴散らしてでも逃げるつもりなんだろう。何回かやっていた、というだけあって手慣れた様子だったけど、だからといって彼らの危険度が減ったわけではない。なにせ敵は何度倒してもすぐ起き上がってくるうえにデュエルの音を聞きつけてぞろぞろ集まってくる、1度でも捕まったらほぼアウトと見て間違いないであろう相手だ。

 

「よっ、と……」

 

 最初は寝直そうかとも思ったが、いくらなんでもすぐそばで友人が頑張ってるのに自分だけぐーすか寝てるのは性に合わない。かといってまたいらんことをしたりしたら今度こそ取り返しがつかないレベルの大惨事を招きかねないので、あまり大がかりに動くこともできない。幸い、ずっと寝てたのがよかったのか体力にもとりあえずデスデュエル1~2回分ぐらいはできるほどの余裕がある。せめて、戸締りの確認ぐらいはしておこう。なにせここは体育館、非常口や観客席まで考えると意外と出入り口になるような場所は多い。1か所でも鍵を付け忘れている場所があったら、それこそ大惨事だ。あの2人がそんな単純なミスを起こすとは思えないけど、こういうのはいくら確認したって減るものじゃないし、なにより何か動いてないとこっちが落ち着かない。

 2階に上がり観客席から下を見下ろすと、なまじ場所が広いこともあって余計にそのスカスカ感が目立った。こっちは力尽きればゾンビになるのに、向こうを正気に戻す方法がわからないっていうのは、だいぶ厄介な話だ。僕が気を失っても向こう側に入らなかったのは、チャクチャルさんかメタイオン先生辺りの力が作用したんだろうか?今思えば、あの時点でゾンビ化していても不思議じゃなかった。まあ、わからないことをいつまでも考えていたってらちが明かないわけだけど。

 

「戸締り、よーし……ん?」

 

 軽く引っ張ったり押したりして、ドアが簡単に開かないことを確かめる。次の場所に行こうと背を向けたところで、扉の向こう側からかすかに声が聞こえてくることに気が付いた。万一逃げ遅れた生徒が自力でここまで来たんだとしたら大変なので、ドアにぴったりと耳をつけて何を言っているのか少しでも聞き取ろうとする。つい力を入れすぎたのだろう、ダークシグナーの力を解放することを示す痣がシュルシュルと這うように体を走っていくのが見えた。それと同時に、まるで直接目の前で聞いているかのように外の音がクリアに聞こえるようになる。またこうやって無駄遣いして……デメリットとかあるのかは知らないけど。

 

『……万丈目く~ん、そっちはどうだーい?』

『いや、駄目だな。みんなどこへ行っちまったんだろうなぁ、せっかくデュエルしようぜってこの万丈目サンダー様がわざわざ言いに来てやってるってのに』

 

 この声、どうやら話し相手はすでにゾンビ化した翔と万丈目のようだ。よかった開けなくて。そんなことを考えているうちも、2人の会話は続いていく。

 

『そういえば万丈目君、この体育館って誰か調べたのかい?』

『いや、俺はまだだぞ~?』

 

 まずい。このままここに立てこもってることがばれたら、ますます外に出られなくなる。確かにこれだけの人数で生活している以上遅かれ早かれどこかで悟られることではあるけれど、いくらなんでも即日はまずい。でも、また僕の判断だけで勝手なことしたら本気で愛想尽かされかねない。

 

『じゃあさ、少し調べてみようか』

『ああ、そうだな……む、鍵がかかってるな』

『この入口小さい方だし、しょうがないッスよ。もっと大きな入口が、下の階にあったはずッスよ』

『ようし、じゃあそこまで行くか。十代、清明、天上院くーん、一体どこにいるんだー、デュエルしようぜー』

『アニキ~、デュエルしましょうよ~』

 

 ゆっくりと遠ざかっていく足音。あのスピードで1つ階を降りて正面の入り口から入ってくるとすると、残った時間はせいぜい5分というところか。僕のする勝手な行動は周りの迷惑になる、でもこんなもの聞いちゃった以上、まさかなかったことにするわけにもいかない。どうする?どうすればいい?

 

「……」

 

 ちらりと下を見る。急にこんな異世界に飛ばされて、しかもよくわからないうちに外にはゾンビがうろつきまわっているのだ。無理もないことだけど、ほとんどの人影はもう動く気力すらないかのようにぐったりと座り込んでいる。もしここにゾンビが入ってきたら、一瞬で大惨事になることは間違いないだろう。

 

「あーもう……行くよ、チャクチャルさん」

『推奨はしないぞ?マスターの体が本調子でないことは明らかだし、私としてはむしろあの下の人間を囮にマスターに逃げてもらいたい』

「……チャクチャルさんってさ、たまにびっくりすることさらっと言うよね」

『私は人間ではないからな。マスター以外は割とどうでもいい。それに、有象無象が10人いるよりマスター1人いるほうがよほどマシだからな』

「さいですか、愛が重いよまったく」

 

 ここもまた、僕とチャクチャルさんの間にある相容れないことのひとつなんだろう。今のところは静観するようだけど、表だって協力してくれるわけではないらしい。まあ、それでも構わない。

 そっと体育館を抜け出し、後ろ手にドアを閉める。サッカーを精霊体のまま壁抜けさせて鍵を中から掛け直してもらい、もしみんなが先に帰ってきたときに最低限の説明だけはしてもらえるようにそのまま残しておいた。改めて周りに他のゾンビがいないことを確認し、翔と万丈目が向かっていった方へ足音を忍ばせながら移動する。ふらふらと歩いているだけの2人の背中はすぐに見つかり……その瞬間、後ろから肩を叩かれた。この学校に今いる中で、こういうことをしてきそうな心当たりは1人しかいない。

 

「や、葵ちゃん。もう体調はいいの?」

「先輩にばかり任せて私が寝ているだなんて、クラディー家の名が泣きますから。ですがまあ、無駄話はまたの機会にしましょう。私がどちらか片方を引きつけますから、先輩は残った方をお願いします」

 

 言うが早いが、僕の肩越しに何か白いものを投げる葵ちゃん。弧を描いて地面に激突したそれは、中から色い煙をまき散らし……煙玉とは、また忍者らしいチョイスをしたものだ。

 

「おいでなさい。デュエルがしたいのでしたら、私が相手になりましょう!」

 

 わざと足音を大きく立てつつ、葵ちゃんが遠ざかっていく音がする。若干何が起きたのかわかっていなかった前の2人も今の声で我に返ったらしく、ゆっくりとした足取りで葵ちゃんの走っていった方へルートを変える。

 よし、今だ。考えるより先に体が動いていた。大きく足を上げ、ドスンと足音を立てる……ただそれだけの動きで、2人のゾンビがゆっくりとこちらを向き直る。

 

「へい、お2人さん?」

「よーう、清明。俺とデュエル、しようぜぇ~」

「いやいや万丈目君、ここは僕が昨日のリベンジするのが先ッスよ」

「万丈目サンダー。なあ清明、お前も俺とデュエルしたいよなあ?」

 

 正直言って、どっちでも知ったこっちゃない。僕がしたいのは、こいつらをこの場から引き離すことだけだ。

 

「じゃんけんでもすれば?」

「ならそうするかー……じゃん、けん」

「「ぽん!」」

 

 高校生2人が目の下に隈を作りながら不気味な笑顔でじゃんけんするという無駄に気持ちの悪い、今夜の夢に出てきそうな光景を見せつけられはしたが、今回の挑戦権は万丈目が先に勝ち取ったらしい。

 

「さあ、行くぜ~?」

「じゃあ、僕は向こうの子とデュエルしてくるッスよ」

「葵ちゃん……いや、こっちはこっちでデュエルと洒落込もうか、ね!」

 

「「デュエル!」」

 

 先攻は僕……あのモンスターに来てほしかったけど、ないなら仕方がない。

 

「僕のターン、キラー・ラブカを守備表示で召喚!これでターンエンド!」

 

 キラー・ラブカ 守1500

 

 ラブカの陰に隠れて、じわじわとさりげなく後ろに下がっていく。1歩、2歩、3歩……よし、ここで止まっておこう。

 

「俺のターン、レスキューラビットを召喚。そのまま効果でこのカードを除外してデッキからレベル4以下の同名通常モンスター、闇魔界の剣士 ダークソードを2体特殊召喚する」

 

 闇魔界の剣士 ダークソード 攻1800

 闇魔界の剣士 ダークソード 攻1800

 

 漆黒の鎧で身を包んだ闇の剣士……あんなカード、ただでさえごちゃ混ぜ状態でパンパンな万丈目のデッキには入っていなかったはずだ。翔のダークジェロイドといい、ゾンビ化した生徒はデッキをいじりたくなる傾向でもあるのだろうか。

 

「まだだ。魔法カード、融合を発動。俺は手札の漆黒の闘龍(ドラゴン)と、場のダークソードを融合。来い、闇魔界の竜騎士 ダークソード!」

 

 廊下の向こう側から矢のような勢いで飛んできた小型の龍に、ダークソードがその鎧の重さをものともしない動きで素早く飛び乗る。その手綱を素早く操って闘龍を制止させ、竜騎士となったダークソードがその剣をこちらに向けた。

 

 闇魔界の竜騎士 ダークソード 攻2200

 

「バトルだ!闇魔界の剣士で、キラー・ラブカに攻撃!」

 

 闇魔界の剣士 ダークソード 攻1800→キラー・ラブカ 守1500(破壊)

 

 龍を持たない剣士の一撃が、とぐろを巻いていたラブカをバッサリと切り裂く。その風圧にたまらず目をつぶり、再び開いた時には、すでに音もなく竜騎士が目の前まで迫っていた。

 

「竜騎士でダイレクトアタックだ!」

 

 闇魔界の竜騎士 ダークソード 攻2200→清明(直接攻撃)

 清明 LP4000→1800

 

「ぐっ……!」

「この瞬間、竜騎士の効果が発動する。戦闘ダメージを与えたことで、相手の墓地のモンスターを3体まで除外!キラー・ラブカには、効果を使う前に退場してもらおうかあ」

 

 キラー・ラブカは万丈目の言うとおり、墓地にあってこそ真の力を発揮するモンスター。効果を使う前に除外されては、実際どうしようもない。

 

「フィールド魔法、遠心分離フィールドを発動。カードをセットして、魔法カード馬の骨の対価を発動。通常モンスターのダークソードを墓地に送ることで、カードを2枚ドローしてターンエンドだ」

 

 1ターン目からきっちりライフを削られたうえ、墓地リソースを奪われ手札増強までされてしまった。流石万丈目、例えゾンビになってはいても、厄介な相手であることに変わりはないか。

 

 清明 LP1800 手札:4

モンスター:なし

魔法・罠:なし

 万丈目 LP4000 手札:3

モンスター:闇魔界の竜騎士 ダークソード(攻)

魔法・罠:1(伏せ)

場:遠心分離フィールド

 

「僕のターン、ドロー!……よし来た!出番だよ、シャクトパス!」

 

 シャクトパス 攻1600

 

 タコと鮫が合体したような見た目の、僕にとっては古い付き合いのアタッカー。今回はこの子の効果やステータスというよりも、身体特徴を頼りにさせてもらおう。

 

「しっかりお願いね!万丈目、こっちだ!」

 

 シャクトパスのタコ足を腕に巻きつかせ、さらにその状態から別の足をグイッと伸ばして適当な壁に吸盤で張り付かせる。あとは伸ばした足が戻る力に身を任せれば、僕が走るよりもはるかに速いスピードで移動ができる寸法だ。こうやって逃げ回るふりをしつつ、少しでも体育館から遠くにやっちゃわないと。

 

「待て、逃げる気か?」

『あら~、見事に逃げちゃったわねん』

『きっと俺たちがいい男過ぎるからだな』

『俺たち3兄弟には敵わないってことさ』

 

 なんか後ろの方で万丈目と一緒にゾンビ化したらしいおジャマトリオからものすっごい失礼な勘違いをされてる気がするけど、無視だ無視。と思ったけど、それはそれで腹が立つのでやっぱり少しだけ懲りてもらうとしよう。

 

「魔法カード、アクア・ジェット!このカードと魚族モンスターのシャクトパスによるマジックコンボで、攻撃力1000ポイントアップ!そのままダークソードに攻撃だ!」

 

 シャクトパス 攻1600→2600→闇魔界の竜騎士 ダークソード

 

「させるか。速攻魔法、融合解除を発動。これで闇魔界の竜騎士は、闇魔界の戦士と漆黒の闘龍に分離するぜぇ」

 

 闇魔界の剣士 ダークソード 守1500

 漆黒の闘龍 守600

 

 シャクトパスの突進を、素早くドラゴンから飛び降りてかわすダークソード。着地と同時に、主従がともに防御の姿勢を取って追撃に身構える。さて、ここで攻撃の巻き戻しが発生したから僕には改めて攻撃する権利が与えられたわけだけど、ここはどちらを攻撃すべきだろう。このドラゴンがいなければダークソードはただの通常モンスターのアタッカーにすぎないが、このモンスターの1800という打点はなんらかの強化を使うか上級モンスターを出さない限り僕のデッキに突破手段は少ない。ならばダークソードを攻撃すればいいのかもしれないが、通常モンスターは何の効果も持っていない代わりに先ほどのレスキューラビットのようなサポートカードを数多く持つ。特に蘇生手段はひときわ多く、ここで倒したとしてもまたすぐ蘇る恐れは十分にある。

 

「ええい、ままよ!シャクトパス、ダークソードにこのまま攻撃!」

 

 アクア・ジェットを背負ってスピードを増した一撃が、ダークソードの剣よりも速くうねる。守備体制をとるダークソードにも、その全てを防ぐことは叶わなかった。

 

 シャクトパス 攻2600→闇魔界の剣士 ダークソード 守1500(破壊)

 

「さらに、カードを伏せてターンエンド」

 

 さっきのターンはこのカードも、ラブカを手早く墓地に送るためにあえて伏せなかったけど、そのせいで痛い目にあった。今度は出し惜しみなしで行こう。

 

「俺のターン……カードを1枚セットして、おジャマ・イエローを守備表示で召喚。ターンエンドだ」

『うっふ~ん』

 

 おジャマ・イエロー 守1000

 

 清明 LP1800 手札:3

モンスター:シャクトパス(攻)

魔法・罠:1(伏せ)

 万丈目 LP4000 手札:3

モンスター:漆黒の闘龍(守)

      おジャマ・イエロー(守)

魔法・罠:1(伏せ)

場:遠心分離フィールド

 

「僕のターン!」

 

 おジャマ・イエローを融合もせずに出すだなんて、よっぽど追いつめられているんだろう。このまま押し切れば、勝利は近い。

 

「ハリマンボウを召喚して……」

「その瞬間にトラップカード、死のデッキ破壊ウイルスを発動。攻撃力1000以下の闇属性、漆黒の闘龍をリリースすることで相手の手札、場の攻撃力1500以上のモンスターをすべて破壊するぜ」

「シャクトパス!ハリマンボウ!」

 

 シャクトパスの動きが止まったことで、タコ足を利用して距離を取る戦法がもう使えなくなる。そして静かに倒れこむその2体だけではなく、僕が手札に抱えていた超古深海王シーラカンスのカードもウイルスに侵されて消えていく。やってくれたもんだ、万丈目。

 

「さらにこのウイルスの副作用として、相手はデッキから攻撃力1500以上のモンスターを3体まで選んで破壊することができる。さあ、どうする?」

 

 なるほど、本来あのデッキのコンセプトとしては何も知らない相手がウイルスの効果で墓地に強力モンスターを送り込み、場が壊滅したところでダークソードが一撃を仕掛けてその主力となるであろうモンスターをそっくり墓地から除外し、相手のモンスターを場に出すことなく処理する、というところか。単純ながら理にかなった戦法だが、先に融合をしてデッキを自分からばらすところがゾンビの限界なんだろうか。そう考えれば、翔と同じくこの万丈目だって普段よりもはるかに弱くなっている。なら、僕にも勝機はある。

 だけど、とりあえず今はウイルスの効果処理だ。バブル・ブリンガーを引いた時のためと、カイザー・シースネークを引いた時のために今から下準備だけでもしておこう。

 

「僕は攻撃力1500、グレイドル・イーグル2体と攻撃力2500、カイザー・シースネークを破壊して墓地に」

「このカードのデメリットとして、俺は次のターン終了時までダメージを相手に与えることができない……さあ、ターンを続けろよお」

 

 万丈目め、わかってて言ってんな?もう通常召喚をしたこのターン、これ以上の展開は許されない。というかそもそも、僕の手札にはもうモンスターがいない。

 

「……ターンエンド」

「俺のターン、ドロー。馬の骨の対価をもう1枚発動、おジャマ・イエローを墓地に送ってまた2枚ドローする」

『そんな~、あ~れ~』

 

 まさか壁にすら使わないとは、ゾンビ化してもおジャマの扱いは変わらないらしい。だがその見返りにいいカードを引いたらしく、にやりと笑ってカードを場に出す万丈目。

 

「魔法カード、戦士の生還を発動。墓地の戦士族モンスター、ダークソードを手札に戻してそのまま通常召喚。さらにカードをセットしてターンエンドだ」

 

 闇魔界の剣士 ダークソード 攻1800

 

 清明 LP1800 手札:3

モンスター:なし

魔法・罠:1(伏せ)

 万丈目 LP4000 手札:3

モンスター:闇魔界の剣士 ダークソード(攻)

魔法・罠:1(伏せ)

場:遠心分離フィールド

 

「僕のターン!」

『何か企んでいる……のか?』

 

 カードを引いたところで、いきなりチャクチャルさんが声をかけてきた。突然すぎてつんのめりそうになるけれど、何とか踏みとどまって聞き返す。

 

「どうしたのさ、いきなり?」

『マスターの攻め手が遅いのはいつものことだから別にいいが、妙にあの人間の攻撃ペースが遅い』

「でも、さっきのターンはウイルスのデメリットで……」

『そこじゃない、私が言いたいのは最初のターンの話だ。融合解除を伏せるのではなく、バトルフェイズに使って追撃されていればマスターはとっくに負けていたぞ?』

 

 その指摘を受け、今更ながらに冷や汗が出る。本当だ、あの時は気づかなかったけど、本来ならこのデュエルはとっくに負けていても不思議じゃなかった。となると、次の疑問が出る。なぜ万丈目は、わざわざ勝ちを逃すような真似をしたのか。

 

「ゾンビだから、馬鹿になってて気づけなかったとか……なんて、ないよね、うん」

『私なら、そう楽観はしないがな。いずれにせよ短期決戦に持ち込めるならそれに越したことはない、そのことだけ覚えておいてくれ』

 

 なるほど。とはいえ、短期決戦ねえ。この手札でそれは、どう頑張っても無理そうだ。そしてそれを狙っているんだとしたら、かなりまずい方向に事態は動きつつある。

 

「……ターンエンド……」

「俺のターン。装備魔法、聖剣アロンダイトをダークソードに装備。ダークソードの攻撃力を500下げ、相手の伏せカード1枚を破壊する!」

 

 ダークソードの持つ剣が姿を変え、シンプルな長剣になる。それを一振りすると、生じた風圧が僕の伏せカードを切り裂いた。伏せカードはポセイドン・ウェーブ……まずい。

 

 闇魔界の剣士 ダークソード 攻1800→1300

 

「バトルだ、ダークソードでダイレクトアタック!」

「まだまだっ!手札からゴーストリック・フロストの効果発動!相手のダイレクトアタック時にそのモンスターを裏側守備表示にし、このカードを裏側守備表示で特殊召喚する!」

「ちっ……ならばトラップ発動、リミット・リバース!漆黒の闘龍を蘇生し、セットされたゴーストリック・フロストに攻撃!」

 

 漆黒の闘龍 攻900→???(ゴーストリック・フロスト) 守100(破壊)

 

 フロストによってかろうじて張られた壁も、追撃であっさり突破される。時間稼ぎだろうとなんだろうと、短期決戦にしたあげく僕が負けては意味がない。ただ万丈目も攻撃力900のモンスターをわざわざ追撃に出したということは、手札に2枚目のあのカードが来ているのだろう。

 

「メイン2、手札から融合を発動!フィールドの2体のモンスターを素材とし、再び闇魔界の竜騎士 ダークソードを融合召喚する!」

 

 闇魔界の竜騎士 ダークソード 攻2200

 

「さらにカードを伏せ、ターンエンドだ」

 

 清明 LP1800 手札:4

モンスター:なし

魔法・罠:なし

 万丈目 LP4000 手札:1

モンスター:闇魔界の竜騎士 ダークソード(攻)

魔法・罠:リミット・リバース(対象無し)

     1(伏せ)

場;遠心分離フィールド

 

 もし万丈目が何か企んでいる、とすると、このターンでけりをつけておきたい。とはいえ僕の手札には今ウイルスカードの影響でモンスターすらない、このドローでどうにかするしかないだろう。

 

「ドロー!……よし来た。魔法カード、トレード・インを発動!手札からレベル8の青氷の白夜龍を捨てて、デッキからカードを2枚ドローして……よしよしよし、フィールド魔法発動、半魔導帯域。さらに埋葬されし生け贄を発動!墓地のシャクトパスと漆黒の闘龍をリリースして、アドバンス召喚!行くよ、チャクチャルさん……地縛神 Chacu Challhua!」

 

 チャクチャルさんはフィールド魔法がないと維持できない。万丈目が張るだけ張って一切使ってない遠心分離フィールドと合わせて2枚体制なら、たとえあの万丈目の伏せカードがサイクロンなどであってもどうにかなるだろう。

 

「半魔導帯域?くそっ、激流葬が……」

「あ、危なかった……」

 

 半魔導帯域はその効果により、互いのメインフェイズ1の間フィールドのモンスターは相手のカード効果の対象にならず、カード効果でも破壊されない。もしこれを使わず激流葬を喰らったとしても、万丈目のダークソードは破壊された時遠心分離フィールドでその素材モンスターを特殊召喚できる。用心のために使ったカードだけど、結果的には大正解だったらしい。

 

 地縛神 Chacu Challhua 攻2900

 

「まあいいさ。俺のライフはまだ4000、そのダイレクトアタックをしたとしても……」

「最近ワンショットキルばっかりだねぇ……ゾンビ相手だと出しやすいのかな?装備魔法、巨大化を装備!僕のライフが万丈目よりも下だから、チャクチャルさんの攻撃力は2倍!そして地縛神はその効果により、相手プレイヤーにダイレクトアタックができる!これで終わらせる、ミッドナイト・フラッド!」

 

 地縛神 Chacu Challhua 攻2900→5800→万丈目(直接攻撃)

 万丈目 LP4000→0

 

 

 

 

 

「ぜい、ぜい……はぁ、んじゃね万丈目」

「万丈目サンダ~……おいおい清明、勝ち逃げなんてずるいじゃないかー……なあ、みんな?」

「みんな?」

 

 聞き返した直後、たまたま背後にあったドアが開く。そこから出てきたのは、総勢10人以上のゾンビ軍団。なるほど、こっちが逃げてるつもりでも、まんまと誘導されてたってわけか。

 

「最後にひとついいことを教えてやるよ、清明。お前たちが体育館に立てこもってることは、俺たちもとっくに知ってるんだぞ?ただ急に行ったって逃げられるだろうから、しばらくは様子を見るけどなあ。なにせ食料は全部おれたちが抑えてるんだ、いつまでも中にはいられないだろう?だからお前が体育館から俺を引き離そうとしてる様子、見てて笑っちまいそうになったぜ。さあ、わかったら俺とデュエルしようぜ~」

「そういうことか……!」

 

 ゾンビたちは馬鹿だから隠れ場所に気づかなかったんじゃなくて、その狙いは最初から兵糧攻めにあった……なんとしてもこの情報、持って帰って伝えなくちゃいけない。

 

「おっと、逃がさないぜ~」

 

 じりじりと迫るゾンビ軍団。またさっきみたいにカードの実体化で切り抜けるか……と思った刹那、僕とゾンビ軍団の間に見覚えのあるボール状のものが投げ込まれた。と、そのボールが小規模な爆発を起こして辺り一面に濃密な煙が満ちていく。視界が奪われたところでいきなり手首のあたりを何者かに掴まれ、思わず振りほどこうとしたところで耳元で抑えた声がした。

 

「手のかかる先輩ですね。早く逃げますよ」

「葵ちゃん……センキュ!」

 

 掴まれた手を引っ張られるのに合わせ、煙にまぎれて走り出す。そこから体育館に戻る途中で1人のゾンビにも出会わなかったのはあの場所に僕が見た以上の数が詰めかけていたのか、それとも別の場所……剣山たちのところに集合しているのか。いずれにせよ、ゾンビ軍団には予想以上に知恵があるらしいことがわかっただけでも大収穫だ。収穫といったら収穫だ。そういうことにしておかないと、無断外出が明日香にばれたら今度こそどんな目に会うかわかったもんじゃないし。

 

「葵ちゃん、一応聞くけど責任被ってくれる気は……」

「嫌です。天上院先輩には、先輩1人で説明してください。私は布団かぶって病人のふりしてますから」

「あ、ずるい!」




翔:モブ3連戦のトリ役。
万丈目:1話丸々使ってのデュエル
……なんだこの差。今回の相手は翔か万丈目か、割と迷いはしたんですけどね。どうせなら原作でもゾンビ状態でのデュエルが描写されてた万丈目を優先する流れになりました。

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