遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~   作:久本誠一

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ついに開幕、ノース校対決2回目。このシリーズは書いてて楽しい。
クオリティ?そこはまあ察してください。いつも通りです。


ターン43 ノース校と選ばれし戦士(前)

「うーん」

 

 いよいよ、今日はノース校との決戦の日。いつもよりちょっぴり早起きしてデッキの最終確認中、ふと思いついたことがあった。

 

「シャッフルして、カットして…………上から5枚引いて……」

 

 ちなみに今引いたのはシャクトパス、ツーヘッド・シャーク、氷弾使いレイス、アクア・ジェット、リビングデッドの呼び声。まあそれはいいとして、そのままデッキをクルリと裏返す。1枚、2枚、3枚と順番に見てみると、案の定そのカードはデッキの下の方にあった。

 

『さっきから何をしているんだ?』

「あ、チャクチャルさん。ちょうどよかった、ちょっとこれシャッフルしてみてくれる?」

 

 後ろから声をかけられたので、デッキを掴んでひょいっと後ろに投げ渡す。床にぶちまけた音がしないところをみると、うまいことキャッチしてくれたらしい。それにしても、今のチャクチャルさんの声の調子は何か引っかかるものを感じるような気がした。僕の気のせいだろうか。きっと、なんだかんだで僕も緊張してるんだろう。

 

『……ふむ。こんなところでいいか?』

「センキュー。これをひっくり返して………うーん、チャクチャルさんでもダメか」

 

 デッキボトムに来ていたカードを確認し、ちょっとため息を吐く。ここまで来ると、もう偶然じゃあ済まないだろう。

 

『このカードが何か?』

 

 それは、BF(ブラックフェザー)-疾風のゲイル。1ターンに1度相手モンスター1体の攻守をノーコストかつ永続的に半減させることができる大変恐ろしい効果を持ったカードであり、去年のノース校対決の時に向こう側の副将、鎧田(よろいだ)から色々あって貰うことになったものだ。なったものなのだがこのカード、性能とは全く関係ない点で1つ大きな弱点がある。

 

「このカード、とにかく手札に来てくれないんだよね」

 

 なにせ、これをデッキに入れてからもう1年近くたつのだ。いくら僕のデッキ枚数が規定ギリギリなうえにピン刺しのカードとはいえ、それだけの間ずっと同じデッキを使ってきているんだからもっとドローできなければおかしいというものだろう。実際、同じくピン刺しのハンマー・シャークやらシャクトパスやらはよく手札に来てくれる。なのに、このカードのドローに成功したのはこれまででたった1度だけ………廃寮の地下で大徳寺先生、本名アムナエルの錬金術デッキとデュエルした時の1回だけ。あれ以来デッキに入れ続けているのに、いまだにデッキ調整の最中にしか見たことがない。

 

「嫌われてんのかなあ」

『まあ、ありえない話ではないだろうな。それか、根本的にデッキに合わないのかもしれない』

「うーん」

 

 じっとゲイルのカードを見つめる。一体このカード、僕にどうしてほしいんだろう。この子はもともと僕のカードじゃなかったせいか、どんなに頑張ってみてもいまだに精霊召喚ができない。だから、直接声を聞くこともできないわけで。

 

「…………こうしててもしょうがないし、外行ってくる」

 

 結局どうすることもできず、またデッキの真ん中あたりに押し込んで家を出るのだった。まだ少し時間もあるし、軽く散歩でもしようかな。そう思い立ち、デュエルディスクだけ腕にはめて靴を履く。海岸に行けば、少しは気分も晴れるだろう。

 しばらく歩くと、見覚えのある人影が見えた。こんな朝早い時間に崖に向かって………なんだろう、デュエルディスクからひたすらカードを引いている。もう少し近づいてみると、何を話しているのかも聞こえてきた。

 

「アン、ドゥー、ドロー。アン、ドゥー、ドロー。アン、ドゥー、ドロー。む、誰かいるのか?」

「三沢!」

 

 そこにいたのは僕の友達の一人で、ちょっと前までラーイエローの秀才と呼ばれていた男、三沢。今ではすっかり白い服になってしまい、そのせいでイエロー改めホワイトの秀才とか何とか呼ばれてるらしい。

 

「えっと……」

 

 はて、何を話せばいいんだろうか。そもそも三沢とは、彼が光の結社に入ってから一度も話していない。常に白い制服の誰かに囲まれていて何となく近寄りがたかったのもあるが、それ以上に怖かったのだ。あの時一足先に光の結社に入っていた万丈目は、僕のことなんてまるで眼中にないようなそぶりを見せていた。あの時だって実は結構へこんだのに、また誰か、僕の友達にあんな態度をされたとしたら。立ち直るのにかなり時間がかかることが容易に想像できて、だから近づくのを避けていた。というか逃げた。いいことじゃないとは思うけど、こればっかりは勇気が出ない。

 だけど、三沢はそんな僕の心境なんてお構いなしに話しかけてくる。

 

「同じ学校にいながらこういうことを言うのも変な話だが………久しぶりだな、清明」

「え?ああ、うん」

 

 何一つおかしなところのない、ごく普通の挨拶。だというのに、とっさに反応できなかった。心のどこかでは、三沢も万丈目のようになってしまったと勝手に覚悟していたのかもしれない。

 

「そうだ。今日の代表メンバーだが、なかなかの人選じゃないか?俺が入らなかったのが少し残念だが、まあ事情が事情だししょうがないな」

「あ、あはは」

 

 さわやかに言って笑う三沢。その隣で、僕の笑いはさぞぎこちないものだったろう。そのまま何かを言おうとしたようだが、彼が口を開く前に聞き覚えのある声が近づいてきた。

 

「む。なんだ三沢、こんなところにいたのか。斎王様がお呼びだぞ」

「ああ、わかっているさ万丈目。今行く」

 

 これまでよりも当社比3割増しぐらいに偉そうにふんぞり返って歩いてくる万丈目……あー、ホワイトサンダー。まったく、と肩をすくめ、三沢とともに並んで離れていく。

 その遠ざかっていく背中に、思わず声を上げる。

 

「ま、万丈目!」

「万丈目ホワイトサンダー、だ。一体何の用だ」

 

 声をかけはしたが、何か言おうと明確に思ったわけではない。結局何も言えないうちに、変な奴だと肩をすくめて万丈目と三沢は行ってしまった。

 

 

 

 

 それから後のことは、かなり忙しかったのであまり記憶に残ってない。お菓子だけ作っといて肝心の売り手が2人ともメンバー入りしていたことをギリギリになって思い出して大急ぎで無人販売所のようなものを作ったり、ついでに朝ご飯を食べてなかったので一緒に作った観戦客用の弁当セットを1つちょろまかして味見がてら食べてみたり、そんなことしてたらいつの間にかノース校からの船が来ていてその対応に港まで繰り出したりと、とにかくいろんなことをしたことは覚えている。

 

「おはよう、清明。頑張ろうね、だってさ」

「もちろん。今日も頼むよ、夢想」

「おはようだドン、清明さん。こんなイベントに新参者の俺を選んでくれて、改めて感謝ザウルス」

「いや、別にそんな」

「あー!一体今までどこにいたんスか清明君!おかげで朝ご飯食べられなかったんスよ!」

「いや、自分で何か作ろうよ。じゃあウチの観戦用弁当1つ譲ったげるからそれ食べてて」

「………ああ、おはようございます先輩」

「うん、おはよー葵ちゃん」

 

 やっと準備を終わらせ、なんとか時間ギリギリにデュエル場へたどり着く。先に来ていた皆に声をかけられたりやったーと言いながら無人販売所に行った翔を見送ったりしているうちに、向こう側からも誰かがやって来た。はて誰だろうと見ているうちに、ずんずんこっちに迫ってくる。照明が逆光になってる関係でなかなか顔が見えなかったが、向こうから声をかけてくるころにはそれが誰だかわかった。

 

「おーい、遊野清明!」

「あ………あーっ!鎧田!!」

 

 サンダー四天王と名乗るノース校最強の4人衆。その中でもトップの実力を誇り、UF………アンデッドフェザーと自称するアンデッドワールド入りのBF(ブラックフェザー)を操る男、鎧田。ちょうど今朝見ていたゲイルのカードをくれたあの鎧田だ。電話ではあれから連絡を取ったこともあったけど、直接会うのはほぼ1年ぶり。だけど、どうやらあっちはその時からそんなに変わってなさそうだ。特に白くない制服を見る限りサンダー四天王はまだ光の結社に入ってないみたいだし。一緒に来たノース校の皆さん方はもう9割がた白くなってたけど。

 

「よう、元気にしてたか?」

「んー、まあね。そっちはどう?」

「俺か?俺もまあ、ノース校で頑張ってるぜ。ところで、サンダーは?サンダーはどこにいるんだ?」

 

 おっと。この質問もいつかは聞かれると思ってある程度の覚悟はしてたけど、さっそく聞きに来ますか鎧田さん。直接言う気になれず、無言で客席を指さす。確かそこには、白服の本校生徒たちのど真ん中で観戦用の椅子を3人分ぐらい占領し、さらにその上にふかっふかのでっかい座布団を敷いて高級ソファーみたいにした上でふんぞり返る万丈目がいたはずだ。見てるうちに馬鹿らしくなってくるからなるべくそっちの方は向かないように気を付けてたけど。

 その方向を見た鎧田も、ああ、という表情になった。万丈目、あっちでも似たようなことしてたのね。

 

「まあ、元気そうならそれでいいさ。ところでよ、その、言いにくいんだが………」

「何?」

 

 何かを言おうかどうか迷っている、といった様子の鎧田。何が言いたいのかはわからないけど、これからデュエルしようって時に余計なこと考えて集中が鈍ったままにしておくのはフェアじゃないだろう。別にフェアプレイに拘るわけでもないけど、わざわざこっちまで来たってことは僕にできるようなことなんだろう。

 

「その、ゲイル、あっただろ。去年お前にやった。あれ、今も持ってるか?」

「まあね。これ?」

 

 デッキを取り出してひっくり返し………ああ、薄々わかっちゃいたけどまーたデッキボトムだ。ゲイルのカードを取って、鎧田に見せる。しばらく彼はそのカードを見ていたが、やがてなんでもない、と言って元の場所に戻っていった。なんだったんだ一体。よくわからないままに、クロノス先生のアナウンスが始まった。

 

「あー、あー、ただいまマイクのテスト中ですーノ」

「何をバカなことしてるんでアールか、クロノス臨時校長」

「臨時はよけいなノーネ、ナポレオン教頭。失礼、お見苦しいところを見せてしまったノーネ。それはさておき、今年もノース校対本校の対抗試合を行いますノーネ。昨年は本校側が3対2で勝利を収めましたが、果たして今年はどうなるのか。それでは両校、先鋒の人を出してくだサイ」

「それじゃあ先輩方、行ってくるドン!」

 

 僕が先鋒に選んだのは、剣山。今年入学してきた関係上相手からすれば未知の人間である剣山に対してメタを張ることは不可能なはずだし、彼の物怖じしない性格ならば緊張のあまり実力が発揮できないなんてことはないだろうと踏んでの人選だ。おそらく相手は去年と同じサンダー四天王で1を担当する飯田だろうし、剣山の恐竜デッキのパワーなら十分押し切れる相手だろ………

 

「ファースト・バトルは任せたぞ、和田!」

 

 あれ?

 

「ふん、わかった。この和田が、ノース校のために初戦を制してくる」

「いや誰だお前」

 

 思わず素で突っ込んでいるうちに、両者が向かい合う。一人で考えていてもらちが明かないので、軽く手招きして鎧田をもう一回呼び寄せる。

 

「「デュエル!!」」

 

「先行は俺がもらうドン、暗黒(ブラック)ステゴを召喚!さらにフィールド魔法、ジュラシックワールドを発ドン!このカードがある限り、恐竜族モンスターの攻守は300ポイントアップするザウルス。これでターンエンドだドン」

 

 暗黒ステゴ 攻1200→1500

 

「ねーねー鎧田、あれ誰?」

「ああ、あいつか?あいつはノース校期待の新人の和田ってやつでな、去年で卒業した飯田先輩に代わって新しくサンダー四天王の一角を務めてもらってるんだ。つーか、お前らだってなんなんだよあのメンバー。去年と同じ奴がお前とあの女の2人しかいないじゃねーか」

「うっ」

 

 そこを言われるとこっちも弱い。でも去年のメンバーなんていまだ行方不明の十代やら光の結社に入った明日香やらで呼び出そうにも呼び出せないような連中ばっかりだからこれは仕方ない。

 

「ノース校のために!ドロー。お前も恐竜族使いのようだが、この和田の恐竜族は他とは一味違うぞ?まずはジュラック・ヴェローを召喚。ジュラシックワールド、効果的用!」

 

 ジュラシックワールドに生い茂った大量の草をかき分け、体の一部が炎に包まれた不思議な恐竜が和田の場に召喚される。

 

 ジュラック・ヴェロー 攻1700→2000

 

 こういってはなんだが、恐竜族というのはあまりメジャーな種族ではない。どれくらいメジャーではないかというと、僕も愛用する海竜族ぐらいメジャーではない。なので、ジュラシックワールドの効果を相手も受けるというのはこれだけでかなり珍しいことだ。これには、剣山もいささか驚いたようだ。

 

「おお、お前も恐竜さん使いなのかドン!恐竜さん使いに悪い人はいない、これはいいデュエルができそうな気がするザウルス」

「ふ、そうか。ヴェロー、暗黒ステゴに攻撃だ!」

 

 爪を振り上げ、肉食恐竜が力強く大地を踏みしめて足元の草を食むステゴサウルスに突撃していく。だがその攻撃が届く前に敵の存在に気付いたステゴが力強く尾を一振りし、ヴェローを返り討ちにした。

 

「何っ!?」

「ふふふ、罠にかかったドン!暗黒ステゴは攻撃対象になったとき、守備表示に変更することができるザウルス!」

 

 ジュラック・ヴェロー 攻2000→暗黒ステゴ 守2000→2300

 和田 LP4000→3700

 

「やるな。カードをセットして、ターンエンドだ」

 

 剣山 LP4000 手札:3

モンスター:暗黒ステゴ(守)

魔法・罠:なし

場:ジュラシックワールド

 

 和田 LP3700 手札:4

モンスター:ジュラック・ヴェロー(攻)

魔法・罠:1(伏せ)

 

「俺のターン、ドロー!ここは一気に攻め込むドン、エレメント・ザウルス召喚!このカードは自分か相手の場に炎属性モンスターが存在するとき、攻撃力を500ポイントアップするドン。さらに、暗黒ステゴも攻撃表示に変更」

 

 エレメント・ザウルス 攻1500→1800→2300

 暗黒ステゴ 守2300→攻1500

 

「バトル!エレメント・ザウルスでジュラック・ヴェローを攻撃だドン!」

 

 ティラノサウルスのような恐竜が火を吐き、ヴェローを焼き尽くそうとする。同じく火を扱うジュラックとしてなんとか持ちこたえそうにも見えたが、結局は攻撃力の差の前に倒れることとなった。

 

 エレメント・ザウルス 攻2300→ジュラック・ヴェロー 攻2000(破壊)

 和田 LP3700→3400

 

「だが、ここでジュラック・ヴェローの効果を発動。表側攻撃表示のこのカードが戦闘破壊されたことで、デッキから攻撃力1700以下のジュラックモンスターを特殊召喚………ん?」

 

 ジュラックの残り火が、新たな命を産むために真っ赤に燃え上がる。だが、それを見逃さなかったエレメント・ザウルスはその残り火をぐしゃりと踏みつけて消した。

 

「エレメント・ザウルス第2の効果を使ったドン。自分または相手の場に地属性モンスターがいるとき、このカードが戦闘破壊したモンスターの効果は無効となるザウルス。もっとも、これで場の炎属性モンスターがいなくなったからまた攻撃力はダウンするドン」

「そんな効果まで……!」

「敵陣はがら空きだドン、暗黒ステゴでダイレクトアタック!」

 

 暗黒ステゴ 攻1500→和田(直接攻撃)

 和田 LP3400→1900

 

「いい調子だよー、剣山!そのまま突っ切れー!」

「無論だドン、清明さん!」

 

 なかなかいい調子だ。ここまでノーダメージ状態のまま、一回の隙も見せずにうまいこと攻め立てている。だけど、次に何が起きるかわからないのがデュエルだ。これは僕の勘だけど、あの和田とかいう奴、何かを狙っている。キーカードを引くのをじっと待っている、そんな気がする。

 

「俺のターン、ドロー。ふん、やっと来たか。魔法カード、テラ・フォーミングを発動。このカードの効果により、デッキからフィールド魔法1枚を手札に加える。俺が加えるのは、ブラック・ガーデンのカードだ」

「ブラック・ガーデン………?」

 

 知らないカードだ。まあ、わざわざサーチしたんだからすぐに使うだろう。見てればわかるかな。

 

「ふっ、魔法カード発動。死者蘇生の効果で、墓地のヴェローを再び呼び出す」

 

 ジュラック・ヴェロー 攻1700→2000

 

「これでコンボの布石は整ったな。魔法カード、大進化薬を発動。恐竜族モンスター1体をリリースすることで発動するこのカードは3ターンの間フィールドに留まり、その間いかなる恐竜族モンスターもリリースなしで召喚できるようになる。ふふ、俺はこの効果を使うことでこのデッキのエースカード、ジュラック・スピノスを召喚だ」

 

 まるで火の山を背負っているかのように派手に燃え盛るひれ、じゃないか。なんていうんだっけ恐竜のあの部分。えーと…………まあとにかく燃えてる。元気よく燃えてる。それでいいじゃないか、うん。

 

 ジュラック・スピノス 攻2600→2900

 

「ふん、バトルだ。エレメント・ザウルスに攻撃!」

 

 ジュラック・スピノス 攻2900→エレメント・ザウルス 攻2300(破壊)

 剣山 LP4000→3400

 

「くっ………まだまだだドン!」

「ふ、そうだろうな。だが、モンスターを戦闘破壊したことでスピノスの能力発動!お前のフィールドに、スピノストークンを攻撃表示で呼び出す」

 

 スピノスの炎が体を揺らした拍子に地面に燃え移り、その炎から新しい恐竜の命が生まれる。恐竜の赤ん坊が、小さな体を精いっぱい使って火を吹いてみせる。

 

 スピノストークン 攻300→600

 

「なんだ、わざわざ俺にこんなに可愛いトークンをくれるのかドン?随分と気前のいいやつザウルス」

「ふ、馬鹿をぬかせ。もとはと言えば俺のスピノスの炎、俺に返してもらうぞ。永続トラップ発動、洗脳解除!」

 

 その時、不思議なことが起こった。今まで剣山のフィールドで小さいなりに戦いの構えをしていたスピノストークンが、何か目が覚めたような顔になって自分の親、本家ジュラック・スピノスのところに走っていったのだ。

 

「ふん、決まったな。洗脳解除がある限り、あらゆるモンスターのコントロールは元々の持ち主が得ることとなる。この1体も、そしてこれからも、スピノスの炎は俺のものだ」

「なるほど、どんどん数を増やすつもりなのかドン………だけど、スピノストークンの攻撃力はたった600!そんなにかわいい恐竜さんを攻撃するのは忍びないけど、だからと言って手加減するほど大自然は甘くないザウルス!」

「ふ、そう焦るな。だからこそ、このカードを使うのだ。フィールド魔法、ブラック・ガーデンを発動!」

 

 シュルシュルと黒い茨があたりかまわず伸び、そこかしこに生えたシダ植物やらでっかい木やらを締め付けるように成長する。ものの10秒もしないうちに、生命力あふれる古代の森が不気味な荒れ庭へと変化してしまった。

 

「ああ、フィールドが!」

「フィールド魔法はお互いが使用できるから、お前のジュラシックワールドは残り続ける。だが、そんな程度の全体強化ではこのブラック・ガーデンには追いつけない。カードをセットして、ターンエンドだ」

 

 剣山 LP3400 手札:3

モンスター:暗黒ステゴ(攻)

魔法・罠:なし

場:ジュラシックワールド

 

 和田 LP1900 手札:0

モンスター:ジュラック・スピノス(攻)

      スピノストークン(攻)

魔法・罠:大進化薬(0)

     洗脳解除

    1(伏せ)

場:ブラック・ガーデン

 

「俺のターン!ブラック・ガーデンだか何だか知らないけど、恐竜さんのパワーは無限大!そんな庭なんかに負けはしないドン!暗黒ステゴ、スピノストークンに攻撃!」

「ふっ、随分と予想通りに動いてくれるものだな。本校の実力とやらはその程度か!カウンターでトラップ発動、暴走闘君!この永続トラップは、フィールド上のトークン全ての攻撃力を1000ポイントアップさせる強化カード。迎え撃て、スピノストークン!」

 

 暗黒ステゴ 攻1500(破壊)→スピノストークン 攻600→1600

 剣山 LP3400→3300

 

「うわっ!は、ハイパーハンマーヘッドを守備表示で召喚、カードを伏せてターンエンドだドン………」

「ふっ、待ちな。お前の恐竜、よく見たほうがいいんじゃないのか?」

「え?……ハイパーハンマーヘッド!お前、どうしたんだドン一体!」

 

 流れを完全に和田に持っていかれた剣山が、時間稼ぎのために出した守備モンスター。その体が、地面から伸びる茨に巻きつかれて苦しそうに膝を折る。

 

 ハイパーハンマーヘッド 守1200→1500

 

「あ、あれ?守備力は特に変わってない………って、なんなんだドンこの攻撃力は!?」

「ふ、やっと気づいたか。ハイパーハンマーヘッドの元々の攻撃力は1500、つまりそこにジュラシックワールドの効果で300を足した1800になるはずだろう?だが、そうはならない。なぜならば、ここがブラック・ガーデンだからだ。このカードがある限り、召喚及び特殊召喚されたあらゆるモンスターの攻撃力は半減される。今のハイパーハンマーヘッドの攻撃力は900、だな」

「攻撃力、半減」

 

 これは、かなりまずい。剣山のデッキは、恐竜族のパワーで押し切ることを信条としたビートダウンデッキ。シンプルで力強いが、どうしてもやることは戦闘一本と単調になりがちである。だが、どれほど元の攻撃力が高くても、それが半分になってしまっては一気に戦闘能力は下がってしまう。

 そして、そうなれば後はもうスピノスが苦し紛れに伏せられたモンスターを蹴散らし、生み出したトークンを洗脳解除で自分のものにして暴走闘君で強化。剣山の場は壊滅状態になり、和田の場はどんどん戦力が整っていく。剣山にとっては、デッキの相性がかなり悪いと言えるだろう。もしかしてミスったかな、順番。でも、デュエルはもう始まっちゃってるんだ。剣山の力を信じるしかない。

 

「頼むよ剣山!勝ったら夕飯おごるからさっ!」

「任せてください!このティラノ剣山、真っ向から受けて立つドン!」

「ふ、盛り上がっているところ悪いが、まだブラック・ガーデンの効果は終わってはいない。モンスターを出した側から見て相手、つまり俺のフィールド上にローズ・トークンを特殊召喚。無論、暴走闘君の効果込みでな」

 

 ハイパーハンマーヘッドに絡みついた茨が養分を吸いとると、近くの地面から黒い風景には不釣り合いな地のように赤いバラが一輪生えてきた。なるほど、確かにそんな効果を持っているなら下手にモンスターを表側表示で出すことすらできないわけだ。実に理にかなってる。

 

 ローズ・トークン 攻800→1800

 

 って、そんなのんきにしてる場合でもない。これで剣山の場には強化されてるとはいえ守備力1500のハンマーヘッド1体のみ、だけど和田の場には攻撃力2900のスピノス、そして攻撃力1600、1800のトークンが1体ずつ。剣山の伏せカード次第では、このターンで決着がついてしまう。

 

「俺のターン!ゆくぞ、ジュラック・スピノス!ハイパーハンマーヘッドに攻撃だ!」

 

 ジュラック・スピノス 攻2900→ハイパーハンマーヘッド 守1500(破壊)

 

「そして、スピノストークンをお前の場に特殊召喚。この瞬間洗脳解除が再び発動され、トークンは俺のものとなる。だが、ブラック・ガーデンの効果もその召喚に対して発動される。この意味が分かるか?」

「それじゃあ、またお前の場にローズ・トークンが生まれるのかドン!?」

 

 これで2体目。燃える炎の赤ちゃん恐竜が、炎というより火の粉を吹いて自慢げな態度をとる。そしてその直後にその体を締め付けた黒い蔦が養分を吸い取り、新たなバラを和田の場に産む。

 

 スピノストークン 攻300→1600→800

 ローズ・トークン 攻800→1800

 

「だけど、ハイパーハンマーヘッドの効果も発動するドン!このモンスターとの戦闘で破壊されなかった相手モンスター1体は、手札に戻るザウルス」

「今更スピノスを手札に戻したところで、大進化薬のあるこの状況なら痛くもかゆくもない。ローズ・トークンでダイレクトアタックだ」

 

 がら空きになった剣山に、2輪のバラが種子を飛ばして攻撃する。だがその状況に対し剣山は、まだ笑っていた。よし、笑う余裕があるならまだなんとでもなるね。

 

 ローズ・トークン 攻1800→剣山(直接攻撃)

 剣山 LP3400→1600

 

「ふっ、これでもう1体の攻撃が通れば」

「あんた、なかなか強いドン。でも、俺だって強いザウルス!今の戦闘ダメージをトリガーにトラップ発動、ダメージ・ゲート!今のダメージ以下の攻撃力を持つモンスター1体を、墓地から特殊召喚するドン。甦れ、暗黒ステゴ!」

 

 大量の茨をものともせずに、先ほど倒されたステゴサウルスが再び立ち上がる。だけど、その体もまた無数の蔦に絡まれ養分を吸い取られていく。

 

 暗黒ステゴ 攻1200→1500→750

 ローズ・トークン 攻800→1800

 

「さあ、これを見てもまだ攻撃してくるのかドン?もっとも、俺はそれでも一向に構わないザウルス」

「………ふ、なるほどな。暗黒ステゴは攻撃対象になったとき、守備表示にできる。守備力には影響を与えない、ブラック・ガーデンの効果のわずかな隙をついたか。さらに俺の場をトークンで埋め尽くすことで、レベル7のスピノスを出すにはどれか2体をリリースせざるをえない、か。ふ、悪くない手だ。感心するよ。場のスピノストークン2体をリリースし、モンスターをアドバンスセット。これでターンエンドだ」

 

 ブラック・ガーデンの効果は召喚または特殊召喚時にのみ発動される………つまり、アドバンスセットからの反転召喚ならば影響は受けずに済む。ただ、問題はあのモンスターがなんなのかだ。そのままスピノスを出したのか、それとも他の最上級モンスターなのか。どちらも、可能性としては十分あり得る。

 

 剣山 LP1600 手札:1

モンスター:暗黒ステゴ(攻)

魔法・罠:なし

場:ジュラシックワールド

 

 和田 LP1900 手札:1

モンスター:ローズ・トークン(攻)

      ローズ・トークン(攻)

      ???(セット)

魔法・罠:大進化薬(1)

     洗脳解除

    暴走闘君

場:ブラック・ガーデン

 

「俺のターン!よし、このカードなら!俺も、お前の場の大進化薬の効果を使用させてもらうドン。レベル5以上の恐竜族をリリースなしで召喚………俺が呼び出すのは、竜脚獣ブラキオン!」

 

 剣山の行動を制限しつづけたブラック・ガーデンなどまとめて踏みつぶしてやる、と言わんばかりのサイズを誇る恐竜ブラキオサウルスをモチーフにしたモンスター、ブラキオン。その圧倒的なデカさはデュエルフィールドからはみ出そうになるほどで、そんなモンスターの養分を吸ったローズ・トークンもまたそれなりの大きさのものが育ってしまった。ま、攻撃力は変わんないけどね。

 

 竜脚獣ブラキオン 攻1600→1900→950

 ローズ・トークン 攻800→1800

 

「ブラキオンは、攻撃力ではそのロース・トークンに勝てないドン。ま、ダメもとで一応アンタの伏せモンスターに攻撃してみるザウルス」

「ふ、馬鹿め。迎え撃ってやれ、ジュラック・スピノス!」

 

 竜脚獣ブラキオン 攻950→??? 守1700→2000

 剣山 LP1600→650

 

「そ、そりゃそうなるでしょ剣山!」

 

 なにせ、モンスター2体を使ってアドバンスセットされたモンスターなんだ。攻撃力たかだか950のブラキオンの一撃で破壊できるわけがない。むしろ、今の反射ダメージで負けなかったことを感謝すべきだと思う。

 

「まだ大丈夫ザウルス、清明さん。それはそうと、やっぱりそのモンスターはジュラック・スピノスだったかドン。十分想定内、メイン2にブラキオンの効果発動!このカードは1ターンに1度、裏側守備表示に変更できるザウルス!」

「ほう」

「このモンスターなら、ブラック・ガーデンも怖くないドン。さらにカードをセットし、ターンエンドザウルス」

 

 このターンで、一気に剣山のライフが半分以下になってしまった。いくらブラキオンの守備力がジュラシックワールドこみで3300とよほどの大型モンスターでなければ突破できないとはいえ、やっぱりあの局面でのあれは無謀すぎるんじゃないだろうか。はっきり言って、相当痛いプレイングミスだ。

 

「ふん、舐めた真似を。その余裕、この場で後悔させてやろう。魔法カード発動、太陽の書。このカードで、そのブラキオンを強制的に表側攻撃表示に変更させる。そして、俺のスピノスも攻撃表示に」

 

 竜脚獣ブラキオン 守3300→攻1900

 ジュラック・スピノス 守2000→攻2900

 

「な、そんなカードを持っていたのかドン!?」

「ふ、俺は俺のデッキの弱点ぐらい把握している。守備表示で逃げ切られないよう、敵の表示形式を変更するカードくらい入れておくさ」

 

 これは初戦はこっちの負け、かな。今のブラキオン自爆特攻さえなければまだワンチャンあったのかもしれないけど………いや、ローズ・トークンがあれだけいる時点でもう詰みか。それに、どっちにしろこの攻撃で剣山のライフは尽きる。

 

「ふむ。だが、その伏せカードに対してさらに念を入れておくか。ミラーフォース対策の意味を込め、ローズ・トークン1体を守備表示に変更しておこう。」

 

 ローズ・トークン 攻1800→守800

 

「バトルだ!スピノス、ブラキオンに攻撃を行え!」

 

 スピノスが口から火炎弾を放ち、それがブラキオンめがけてまっすぐ突っ込んでいく。体が燃えてる時点で今更だけど、恐竜のやることじゃないよね。

 

「うわああああっ!」

「ふ、決まったな」

 

 炎から身を守るように剣山が体の前で腕を組み、その直後にブラキオンの体が燃え上がる。それを見た和田が、勝利を確信して一言つぶやく。

 そしてその瞬間、剣山が動いた。

 

「………なーんちゃって、ザウルス。この瞬間をずっと待っていたドン!攻撃宣言時にトラップ発動、魂の一撃!」

 

 燃える炎の中でブラキオンがゆらりと立ち上がり、自信を燃やしている火を出した敵であるスピノスを見下ろす格好になる。その体の大きさからくる威圧感に、本来肉食恐竜であるはずのスピノスが草食恐竜のブラキオン相手に体を縮こまらせて恐怖する。

 

 剣山 LP650→325

 ジュラック・スピノス 攻2900(破壊)→竜脚獣ブラキオン 攻1900→5575

 

「何、なんだその攻撃力は!」

「魂の一撃………自分のライフを半分にする代わりに、モンスター1体の攻撃力を4000マイナス半分にしたライフの数値ぶんアップさせる一発逆転の効果だドン。これによってブラキオンの攻撃力はスピノスをはるかに上回る5575となったザウルス!」

「あ、そうか。あれを狙っていたから剣山は、わざと自分のライフを減らすような攻撃を………」

 

 そこまで言いかけて、ふと気づいた。いや、違う。別にあんな自爆特攻を行わなくても、残りライフ1900の和田を返り討ちにする程度の火力は出せていた。じゃあ、一体剣山は何を警戒したんだろう?夢想にも意見を聞こうとした時、和田の手札にずっと温存されていた手札、その最後の一枚が姿を見せた。

 

「ふ、まだだ!手札から速攻魔法発動、非常食!このカードは発動時に自分の魔法か罠を任意の枚数墓地に送ることで、ライフを1枚につき1000回復する。俺が墓地に送るのはブラック・ガーデン以外の3枚、つまり洗脳解除、大進化薬、暴走闘君だ!」

 

 和田 LP1900→4900

 

 なるほど、非常食か。確かに、戦闘スタイルの都合上あのデッキなら場にカードがたまりやすいから相性はいいだろう。最悪ブラック・ガーデンさえあれば相手の攻めはだいぶ遅れるだろうから、その間に墓地送りにした分をゆっくり補充すればいいだけだし。ブラキオンとスピノスの攻撃力の差は2675、勝負はまだまだ終わりそうにない。

 

「いいや、それじゃあやっぱり俺の勝ちだドン」

「何?お前のカードは使い切っている、俺のライフはなくならんぞ」

 

 そう、確かにもう剣山にはこれ以上の伏せカードも、墓地から効果を発動するカードもない。なのに、これで終わりにするとはいかに。

 

「あれだけの永続カードを使う時点で、非常食が1枚ぐらい入っている可能性は十分読めていたドン。ブラック・ガーデンも墓地に送っていたらまだわからなかったけど、それはないだろうと思っていたザウルス」

「何が言いたい!」

「竜脚獣ブラキオン、もう一つの効果を発動!このモンスターが相手から攻撃を受けて相手が戦闘ダメージを受ける場合、その数値は倍になるドン!」

「攻撃力の差は2675………倍にして、5350のダメージだと!?うおおおおおっ!」

 

 和田 LP1900→0

 

 

 

 

 

「ふー、危なかったドン……」

「すごいじゃない、剣山!よくやった!」

 

 やれやれと首を振ってこちらに戻ってくる剣山に手を振ると、向こうもニカッと笑って手を振り返してきた。その背中に、和田が最後に声をかける。

 

「ティラノ剣山、その名前は覚えたぞ。ふん、次やるときは俺が勝つさ」

「和田、俺もお前のことは覚えておくドン。実際、お前は大したデュエリストだったザウルス」

 

 その会話を最後に、座り込んでいた和田も立ち上がってノース校陣地へと帰っていく。まずは一勝、だけど勝負はまだまだこれからだ。


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