遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~   作:久本誠一

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先週はすいませんでした。しかも遅れたうえにやってることがオリキャラ対決のオリ展開という。
前回のあらすじ:壊獣VSEM。捕食植物、EMときたら次は……


ターン96 墓場の騎士と最速の玩具

 バックアップ・ウォリアーたちフリード軍後方支援部隊と別れてから、何日が経過しただろうか。その間、僕はひたすら歩き続けていた。寝る間も惜しみ、食事すらろくな調理をせずにひたすら動き続けたのには2つのわけがある。

 そのひとつが、最近この世界で新たな動きがあったという情報が入ったこと。ぽつぽつとこの地で暮らしている人々から食料を分けてもらったりする交渉の際に聞いたところによると、なんでもつい最近暗黒界におかしな動きがあったらしい。狂王ブロンがデュエルに敗北のち消滅し、異世界からやって来た赤い服の男がその後釜に着いた……とか何とか。

 もっともこういった話は伝わっていくうちにどこかで尾ひれがつくものだし、どこまで真実が含まれているかなんてわかったものではない。というかそもそも、狂王ブロンのくだりはともかくとしてもダーク・バルター、レッサー・デーモンとそれなりに上級な悪魔を叩き潰してきた僕の話も少し混じってるんじゃないかと睨んでいる。赤い服の男ってのがいかにもそれっぽいし。とはいえ、ここまで大規模に広まっている噂が全くの事実無根とは考えにくいし、やはり会ったこともないけどブロンとやらにも何かあったのはほぼ確定だろうから、自分の目で確認しておきたい。それに、会う人会う人全員から僕のオシリスレッドの学生服をおかしな目で見られるのは流石にもう勘弁してほしくなってきたし。

 そして、もう1つの理由。噂話レベルの赤い服の男よりもむしろ、こちらの方が僕にとっては緊迫した理由だ。

 

「いたぞ、奴だ!」

「奴を仕留めれば、俺たちもこんな下っ端からはおさらばだぜぇ!」

「ようしお前ら、左右に散れ!挟み込んで逃げ道を塞ぎ、3人がかりで倒してやる!どんな化け物だかは知らないが、俺たちがチームを組めば勝てるわけない!」

「「おーう!」」

 

 2体の悪魔を倒した時点で、どうも僕は暗黒界からマークされる存在になってしまったらしい。何体も襲い掛かってくる下級悪魔を返り討ちにして吐かせてみたところ、どうも少額ながら僕には懸賞金がかけられているようだ。あれから何日も立っているので、その額もさらに上がっているかもしれない。そのため、今もチラリと見える賞金稼ぎ気取りの輩がしょっちゅうやってくるのだ。そのため、おちおち寝ている暇もない。それでも不思議と動き続けていられるのは、認めたくはないが先代の力のおかげだろう。僕の体が人間離れしつつあるのはダークシグナーになった時から気づいてはいたが、この壊獣デッキを手に入れてからはそのスピードが加速度的に跳ね上がっている。まるで疲れは感じないし、夜目も耳も効くようになっていち早く接近を感じ取れる。

 

「奴め、森に入って隠れる気か!」

「そうはいくか!俺たちの方が早いぜ、逃げ切れるわけがねえ!」

「俺たちも突っ込んでいって包囲しなおすぞ!」

 

 今も、馬に乗って追いかけてくる3体の悪魔から身を隠すため近くの森に入り込んだところだ。返り討ちにすれば楽なのは重々承知だし、相手も下級なだけあってデュエルの腕も低いことはわかっているのだが、そういう訳にもいかない。僕の壊獣デッキは呪われたデッキ、使えば使うだけ心の闇を押し広げていってしまう。ここ数日はデュエルを控えて逃げ回ることに専念しているため精神状態も割と落ち着いているが、もしこれ以上デュエルをし続ければ僕はダークシグナーとして、辺境の大賢者の家で見せられたあの悪夢をこの世界に広げてしまう可能性すらある。あの時感じた破壊への高揚、敵といわず味方といわず全てを見境なく潰しまわる快感、あんなものに呑まれるわけにはいかない。この世界のためだなんて格好つけるつもりはない、ただ単純に僕のためだ。僕が悪魔に堕ちないためにも、このデッキを使うわけにはいかない。

 

「ちっくしょう、どこ行きやがったあの人間!」

「俺たちが撒かれたってのかよぉ!?いやでも、まだ近くにいるはずだぜ!」

「ん、今そっちの方で草が動いたぞ!俺が正面から行くから、お前らは左右に散らばるんだ!」

「「おう!」」

 

 どたばたと走り回った挙句、新しい目標へ向けて走り去っていく3体の悪魔。それをしばらく見送ってから、もう帰ってこないことを確信して今の居場所……木の上の葉が生い茂った中から滑り降りた。どうやら、今回もデュエルは回避できたようだ。もっと長いことこの場所で息を潜めることも覚悟していたけど、ちょうど向こうに動物でもいたのか茂みがガサガサ動いてくれたおかげで思ったより早く助かった。

 だが元の道に戻ろうと森の奥に背を向けた瞬間、背後で木の枝が折れる音がかすかに聞こえた。慌てて木の幹に体をくっつけるようにして身を隠し、恐る恐る覗き込む。先ほどの3人組が見ていた場所にある茂みのさらに奥から、落ち葉やら枝やらを踏みつける音が一定のリズムで聞こえてくる。

 ……前言撤回。動物なんかじゃなくて、本当にここには誰か潜んでいるようだ。それも、自分がいることを全く隠す気のない何かが。

 

「……」

 

 できる限り気配を消して、何が来るのかを待ち構える。足音が聞こえるぐらい近くにいるのなら、今更下手に隠れたり逃げたりして動くとかえって見つかりやすくなってしまう。あの3人組を撒けて気が緩んでいたのだろう、なんにせよ最初に近づいてくるのに気づけなかったこちらのミスだ。となると、なんとかここで隠れてやり過ごすしかない。

 じっと足音の方を見ていると、やがてその主の姿が見えてきた。額に生えた鬼のような2本角、筋肉質な体と銀色の金属めいたパーツ、鋭い鉤爪に翼に尻尾……ああくそ、また悪魔か。それもあの迫力、かなりの実力者だ。これまで適当に撒いてきた雑魚とは一味違う、久々にかなり危ない感じの相手だ。

 

「……」

 

 息を限界まで潜めて、指一本動かさないように神経を集中させ周りの空気に溶け込む。大丈夫だ、落ち着け、ほらあの悪魔がすぐ横を通り抜けていく、もう少しだ、これでこのまま行き過ぎれば逃げ切れる……だがそこで、すぐ目の前まで来た悪魔が足を止めた。何かを探すかのように、左右に目を走らせ始めた。

 

「……!」

 

 1秒1秒が何時間にも感じられるほどの沈黙の時間が過ぎ、何も見つけられなかったらしい悪魔が再び歩き出す。その姿を見送ってからさらに10分ほどその場所で留まり続け、物音ひとつ聞こえなくなったころを見計らって慎重に体を動かし始める。力の入れすぎで強張った手足をほぐし、ゆっくり息を吐き出す。

 

「よう」

「な、ななななな……!」

 

 突然の声に飛び上がらんまでに驚き、ぎこちなく首を後ろに向ける。腕を組んだ状態で、僕が動き出すのをじっと待っていたらしい鬼のような例の悪魔がそこにいた。

 逃げる?駄目だ、身体能力で本物に敵うわけがないのはダーク・バルターを振りきれなかったときに実証済みだ。迎え撃つ?そっちの方がまだ可能性がありそうだが、デュエルとなるとこのデッキを使うしかない。でもだからといって、このままここで捕まえられるなんて冗談じゃないし、でも、でも……と色々な思考が頭の中をぐるぐるした状態で固まっていると、悪魔の方が両腕を上に挙げて手のひらを広げて見せた。

 

「……あー、なんだ。ビビらせたんなら謝るが、俺はこの通り手を出すつもりはないからな。ほら、見ての通り丸腰だ」

 

 困ったような声で言い、1歩下がって僕から距離を取る。

 ……あれ?よくわからないが、この悪魔は他とは違うのだろうか。仮に僕を騙そうとしているのだとしても、後ろを取られた時点で不意打ちし放題だったろうにそんなことする意味がない。命がけだから絶対選択ミスはできないのに、どうすればいいのかまるで見当もつかない。あれこれ考えていると突然あたりに小さな、しかしはっきりと聞こえる音が響き渡った。音源は僕の腹……まあ、ここ数日ろくに料理もできてなかったからね、しゃーないよね。

 なんとなく気まずい空気が流れてしばらくしたところで、鬼がやれやれとため息をついてどっかりとその場に胡坐をかいて座り込んだ。懐に手を突っ込み、小包のようなものを取り出して開ける。中に入っていた子供の頭ほどもあるおにぎりを1つ掴みとり、グイッとこちらに突き出してきた。

 

「ほれ、食えよ。ツナ入ってんぞツナ」

「……いただきます」

 

 だいぶ躊躇いはしたが、食欲には勝てなかった。一応割ってみると、なるほど確かに具は僕も知っているツナだ。どうせ食べるんならもう自棄だ、後は野となれ山となれ。僕もその場に座り込み、手近な木にもたれかかって手の中のおにぎりに噛り付いた。

 

 

 

 

 

 それから、目の前の悪魔とは色々なことを話した。一度吹っ切れると案外話しやすく、これまで悪魔と見るだけで逃げ回ってきたのがバカバカしく思えてくるほどあっさりとしたものだった。

 ……彼の名はケルト。昔はその高い実力から、暗黒界の鬼神とまで呼ばれた武人らしい。どうりでプレッシャーが半端ないわけだ。しかし数百年前に自身を上回る実力の持ち主であった龍神グラファや魔神レインに暗黒界の統治を託し、自らの武を鍛えるために武者修行の旅に出る。そのため、今となってはその名を知るものも数少ないとのことらしい。事実、僕がこれまでこの世界を歩いていた中でもケルトなんて名は聞いたことがない。

 そんな彼がこうしてこの地に戻ってきたのは、まさにこの世界がいま陥っている混乱が原因だ。暗黒界による突然かつ無差別な侵攻の話を耳にして、その真偽を確かめ問い詰めるべくやって来たのだ。そして様々な情報を寄せ集めた結果、空に輝くあの隕石が怪しいということに気づいた彼は自分までその波長に呑まれる前にとこの森の中へ入り、空から降り注ぐ隕石の光を遮断することで今まで正気を保ち続けてきていたらしい。しかし昼夜を問わず降り注ぐこの赤い光の前では下手に動くこともできず、思案に暮れていたところ僕をたまたま見つけた、とのことだ。

 もちろん、このケルトが嘘をついている可能性だってある。だけど、僕はその言葉を信じた。というよりも、信じようとした。常に狙われ、寝ても覚めても命の危険が付きまとうこの世界の殺伐とした空気に芯から疲れ切った今、なんでもいいから人の話を信じたかった。いくら過去の負の歴史を見せつけられたとはいえ、僕も根っこのところではまだまだ現代っ子なんだということを痛感する。

 

「とま、俺の話はこんなとこだな。んで、お前さんはどうしたんだ?見た感じ随分余裕なさそうだけどよ」

 

 問われるままに、ぽつぽつと話し出す。さすがに異世界から来ました、なんて話をする気にはなれなかったので砂漠の異世界までのことは適当に誤魔化しつつ、この世界に来てからのことを整理しつつまとめてみる。たとえ相手が人間じゃないとしても久しぶりにするまともな会話ということもあってか、気が付けばバックアップ・ウォリアーにさえ言わなかったダークシグナーと先代のことまで喋っていることに自分でも驚きながらも、最終的には洗いざらい喋っていた。どんだけ会話に飢えてたんだろうかと苦笑しつつ最後まできっちり喋り終えると、黙って聞いていたケルトがぼりぼりと鋭い爪のついた腕で自分の頭を掻いた。

 

「なんっつーかこう……ガキのくせに随分ませた奴だとは思ってたが、お前も色々あんだな」

 

 ダークシグナーの呪いにも等しい闇の力にいつ心をやられるかもしれない僕に対して警戒も躊躇いも見せず、それだけ言ってその場に寝転がる。僕にとっては人生の全てがひっくり返ったように感じるこの衝撃……チャクチャルさんの過去やダークシグナーの負の歴史も、これくらい人生経験を積めばこんな風に流せるようになるのだろうか。

 ……少なくとも、今の僕には絶対にたどり着けない境地だ。自分の丸太のように太い腕を枕にしたケルトが、目を閉じてまた口を開く。

 

「なかなかの話だったが、とりあえず今日はもう寝とけ。ここ数日まともに寝れてねえんだろ?誰か来たら俺が教えてやるから、ガキは睡眠が足りねえと大きくなれんぞ」

「で、でも」

「でももだってもねえよ。第一、お前俺らの本拠地の場所わかってんのか?どうせ俺も明日には出るんだ、案内してやるから今日は休んどけ」

 

 言われてみれば確かに、僕が知ってるのはあくまでは暗黒界の軍がこっちの方にいるという程度の大まかな方向だけだ。黙っていても向こうの方から賞金稼ぎが来てくれるのでこれまでは道に迷わずやってこれたが、これから先もそれが続く保証はないわけだし。

 これで捕まってたりしたらお笑いだなあ、などと考えながら横になる。なんかここ数日、必要最低限だけとはいえそのたびに心を蝕んできたデュエルでだいぶ荒んできたせいで、すっごい自暴自棄になってる気がする。普通なら絶対警戒するであろうこんなシチュエーションを普通に受け入れてる時点で、もうどうなったとしても文句の言いようがない。

 ただ幸か不幸か、そのまま寝付くことはなかった。目を閉じるか閉じないかのうちに、ケルトがいきなり立ち上がって周りの闇に視線を向け始めたからだ。

 

「何の用だ、ああ?」

 

 ケルトのドスの利いた低い声に答えるかのように、森の奥でなにか巨大な者が動く音がする。このサイズ感、恐らくは身の丈2メートルはあるケルトとほぼ同サイズ。やがてのっそりとこの場に姿を現したのは、ケルトよりもさらに一回り大きな黒い翼を持つ、顎のあたりから一組のねじれた角が生えた悪魔だった。

 

「随分と久しい顔だな、ケルト」

「んだよ、お前かよ……ラチナ、なんでお前の顔なんか帰ってきて最初に見なきゃいけねえんだ」

「悪かったな、お前好みの美女じゃなくて。お前がここを出て行ってからのことで積もる話も色々とあるんだが、生憎今日は忙しくてな。その楽しみはまたの機会にするとして、ひとまずそこをどいてくれ」

 

 ケルトと今ラチナと呼ばれた悪魔の2人は知り合いらしい……のだが、どうも空気が不穏だ。一瞬迷ったが、ひとまずここは狸寝入りで様子をうかがうことに専念する。第一、今更逃げたところで逃げ切れるほどの距離はない。

 

「おいおい、一体何があったってんだ?随分とまあ怖い顔してんじゃねえか」

「お前には関係ないことさ。そうだ、なんならお前も一緒に来るか?覇王様は、そこの人間に用があるらしいからな。暗黒界の闘神と呼ばれた俺の他に鬼神ケルト、お前が加わってくれるならこの侵略も安泰だ」

 

 やはり、狙いは僕か。それにしても、覇王?新しく出てきたワードの持つ禍々しい響きに、目を閉じながら緊張が高まっていくのを感じる。だがそれは意外にも、同じ暗黒界であるケルトにとっても初耳の単語だったようだ。

 

「おい、ちょっと待てや。覇王って誰だ?そんな肩書の奴は俺がいたときにはいなかったはずなんだがな」

「そうだったな、お前はまだ知らないのか。覇王様は素晴らしいお方だよ。数日前に突如現れ、ブロン亡き後に彗星のごとく我々を纏め上げた。あのお方のおかげで、我々の侵攻は大幅に効率化された。あのお方こそ、まさしくこの世界を統べるにふさわしい人物だ」

 

 わずか数日前に現れ、ブロンが消えた後釜に着いた覇王、ね。これまで何度か聞いてきたあの噂話は、どうやら思った以上に正確だったらしい。となると、その覇王とやらが赤い服を着ていたというのもおそらく本当のことだろう。

 まあ常識的に考えれば、十代がここにいるなんてことあるわけないんだけどね。ここ最近皆に会ってないから、少しおセンチな気分になっているだけだろう。よくない兆候だ、もっと気張っていかないと。

 

「おい、ちょっと待てよ」

 

 思わぬところで手に入れた情報からふらふらと連鎖式にどこかへ行こうとしていた思考が、ケルトの不機嫌そうな声で現実に引き戻された。

 

「ん、どうした?」

「そりゃこっちのセリフだ馬鹿、どうしちまったんだお前ら?黙って聞いてりゃ侵攻だの侵略だの、俺の知ってる暗黒界はどこに行っちまったんだよ?ここに戻ってきてから色々と見たけどよ、こんな無差別な攻撃がお前らの言う侵略なのか?なあ、答えろよ。俺が納得するような答えが出せないっつーなら、このガキは渡せねえな。成り行きとはいえ同じ飯食った相手だ、欲しいからってハイそうですかなんて差し出しゃしねえよ」

「……変わってないな、お前は。昔から自由で身勝手で、実力はあるくせに帰属意識がまるでない。そのせいでお前がここを出て行ってからは、お前の存在自体つい最近までなかったことにされていたからな」 

「当たり前だ、俺は変わっちゃいねえよ。何があろうと、どこに行こうと、俺そのものは変わりようがねえ。勝手に変わってんのはお前らだ、昔はもっとまともな奴らだったってのに」

 

 何があろうと、どこに行こうと、俺は俺……か。黙って聞きながら、その発言には少しばかり思うところもあった。僕はこんな風に、自分のことを胸張って言えるだろうか。ダークシグナーとして少しづつ破滅の道に近づきつつある僕と、元人間の遊野清明としてその運命を避けようとしている今の僕。わからない。

 

「昔の話はいい。そうか、どうあってもその人間を渡さないというのなら、仕方がない。鬼神ケルトは異国の地で風来坊のまま死んだ、昔の縁で墓ぐらいは立ててやろう」

「物騒な話だな、オイ。なんで昔の仲間と潰しあわなきゃいけねえんだ」

「嫌なら覇王軍に来い。覇王様も、お前の帰還とあらばお喜びになられるだろう」

「交渉決裂だな。なんだかわからねえが、そんなポッと出の野郎なんぞの下にいられるかよ」

 

 2人の二の腕に闇が纏いつき、それが晴れた時その箇所にはデュエルディスクらしい装置が装着されていた。じりじりとスペースを確保するため横に移動しながら、ケルトが密かに僕に向かってアイコンタクトを送る。感謝の気持ちを込めて小さく頷き、ラチナの目に留まらないようにゆっくりと起き上る。いざという時には逃げろ、そう言いたいのだろう。

 

「準備はいいな?」

「お前こそな」

 

「「デュエル!」」

 

「先攻は俺だ。カードを3枚セットして、闇の誘惑を発動。デッキからカードを2枚引く」

 

 闇の誘惑、本当に便利なカードだ。2枚引いた後で闇属性を除外すればいいから、まずデメリット効果が適用されることなんて……。

 

「手札に闇属性モンスターがあればそれを除外するんだがな。あいにく俺の手札はトラップだけだ、これをすべて捨てとくぜ」

 

 なんと、デメリット効果が発動されてしまった。手札に除外できる闇属性が存在しない場合、全てのカードは墓地へ捨てられる。不敵に笑いながら手札3枚をまとめて墓地へ送り込むケルトにまさか手札事故か、とこっちが生きた心地がしなかったが、ケルトの調子にはまるで焦りや緊張がみられない。

 

「手札も使い切ったな。ターンエンドだ」

「ならばこちらから行くぞ、ドロー。手札のSR(スピードロイド)ベイゴマックスは、自分フィールドにモンスターが存在しない時に特殊召喚できる」

 

 いくつものコマが連なりあったようなモンスターが、それぞれ高速回転しながらそれ自体1つの生き物のように現れる。

 

 SRベイゴマックス 攻1200

 

「さらにベイゴマックスが場に出た時、デッキから別のSRを1枚手札に加えることができる。SRバンブー・ホースをサーチし通常召喚、効果により手札から別のSRを特殊召喚できる。出でよ、タケトンボーグ」

 

 SRバンブー・ホース 攻1100

 SRタケトンボーグ 攻600

 

 ベイゴマの隣に竹とんぼと竹馬が並ぶ。なんだこの展開力。

 

「タケトンボーグの効果発動。このカードをリリースし、デッキからSRのチューナー1体を特殊召喚する。ただしこの効果を使用するならば、このターン風属性以外のモンスターが出せなくなる制約を受けるがな。電々大公を特殊召喚する」

 

 竹とんぼ型モンスターが空中で展開し人型のロボットになったかと思うと、その姿が消えて雷マークの電々太鼓を手にした人型モンスターが特殊召喚される。

 

 SR電々大公 攻1000

 

「ちんまいモンスターばっかり並べやがって、それからどうする気だ?」

「ワンターンキル、だ。永続魔法、一族の結束を発動。俺の墓地に存在するモンスターの種族が単一の時、その種族を持つモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。タケトンボーグは機械族、よって俺の場の機械族は攻撃力が上昇する」

 

 SRベイゴマックス 攻1200→2000

 SRバンブー・ホース 攻1100→1900

 SR電々大公 攻1000→1800

 

「そんな……!」

 

 思わず小さく声が出る。1体ごとのステータスは大したことないSRだが、その分展開力は高い。その展開力に全体強化が加わることで、総攻撃力はあっという間に4000を軽く上回る。

 

「バトルだ、電々大公で攻撃!」

「悪いが、そんなもん通せねえな!俺は今のダイレクトアタック宣言時、墓地に存在する3枚のトラップの効果をまとめて発動する!」

「墓地からトラップ……やはり仕込みは整っていたか」

「ほざけ!幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル3枚は攻撃力0かつ守備力300の通常モンスターとなり、守備表示で俺のフィールドに特殊召喚される!さらに最終突撃命令をチェーンして発動、これでフィールドの全モンスター、つまり俺のシャドーベイルは全員が攻撃表示になるぜ」

 

 木々の地面に落とす影が揺らめき、その中から影の騎士が騎乗する漆黒の馬が3体同時に飛び出す。青白く燃えるたてがみは風もないのに揺らめき、この世ならざるものであることを物語っている。そうか、この効果をまとめて使うためにあえて闇の誘惑を手札にモンスターがない状態で発動したわけか。だけどせっかく壁となるシャドーベイルも、最終突撃命令の効果で低いどころか皆無の攻撃力を晒してしまう。一体、何を考えているんだろう。

 

 幻影騎士団シャドーベイル 守300→攻0

 幻影騎士団シャドーベイル 守300→攻0

 幻影騎士団シャドーベイル 守300→攻0

 

「ここは攻めるのみか?電々大公で攻撃継続」

「だったら次のトラップだ、ジャスティブレイクを発動!俺の通常モンスターが攻撃対象となった時に発動し、攻撃表示の通常モンスター以外のモンスター全てを破壊する!」

 

 幻影の騎士が突如鳴り響いた雷鳴をバックにSRの軍団へ一斉に攻めかかる。周りの地形まで効率的に生かした騎士たちの連携攻撃に、個々の実力では遥かに上回っているはずの玩具のモンスターたちがなすすべなく倒されていった。

 

「……カードをセットし、ターンエンドだ」

 

 ケルト LP4000 手札:0

モンスター:幻影騎士団シャドーベイル(攻)

      幻影騎士団シャドーベイル(攻)

      幻影騎士団シャドーベイル(攻)

魔法・罠:最終突撃命令

     1(伏せ)

 ラチナ LP4000 手札:3

モンスター:なし

魔法・罠:一族の結束

     1(伏せ)

 

「俺のターン、ドローだ。まず伏せておいた魔法カード、マジック・プランターを発動。俺の場の永続トラップ、最終突撃命令を墓地に送って2枚ドローする。フィールド魔法、ダークゾーンを発動!闇属性モンスターの攻撃力が500ポイントアップする代わりに、守備力が400ポイントダウンするぜ」

 

 幻影騎士団シャドーベイル 攻0→500 守300→0

 幻影騎士団シャドーベイル 攻0→500 守300→0

 幻影騎士団シャドーベイル 攻0→500 守300→0

 

 これで、シャドーベイル達にほんのわずかながら攻撃力が生まれた。それはつまり、戦闘ダメージを与えられるということだ。

 

「さらに魔法カード、アームズ・ホールを発動。デッキトップを墓地に送って、装備魔法1枚をサーチ。俺がサーチするのはこのカード、折れ竹光だ。そしてこのカードをそのままシャドーベイル1体に装備する」

 

 中央のシャドーベイルの持っていた武器が光り、真ん中あたりでぽっきりと折れた竹光に変化する。あれでは武器にならないし、現にシャドーベイルのステータスは何一つアップしていない。

 

「攻撃力が0ポイント上がる無意味な効果しか持たない壊れた武器か。小汚い騎士にはお似合いだな」

「これを見てまだ同じことがほざけんのか?魔法カード、黄金色の竹光を発動!装備カードの竹光が俺のフィールドに存在することで、カードをさらに2枚ドローする」

「ドローソースか……!」

「魂を吸う竹光がありゃあなお良かったんだが、贅沢は言えねえな。やれ、シャドーベイル!一斉攻撃でダイレクトアタックだ!」

 

 シャドーベイルが掲げる折れ竹光に怪しい影がかかり、無数の霊魂がその刀身に纏わりつく。人馬一体となり森を駆けるシャドーベイルが、今まさにそのへし折れた竹光でラチナの体をしたたかに打ち付けようとしたその時、モーター音を立てて四角く平べったいマシーンが飛び出してきた。

 

「なに?」

「相手モンスターの直接攻撃宣言時、手札からSRメンコートの効果を発動できる。このカードを攻撃表示で特殊召喚し、相手モンスターは全て守備表示となる……相変わらず複雑なようでいてその実単純な攻め手だな、ケルト」

 

 幻影騎士団シャドーベイル 攻500→守0

 幻影騎士団シャドーベイル 攻500→守0

 幻影騎士団シャドーベイル 攻500→守0

 SRメンコート 攻100→900

 

 減っていく手札のリカバリーが難しいデッキを使っていた僕にはよくわかるけど、あれだけのリソースをつぎ込んでの攻撃が防がれたのはケルトにとってもさすがにかなり痛いはずだ。かといって、あの残り1枚の手札はこの攻撃を通すために使うようなものではないらしい。

 

「クソが!カードを2枚セットして、ターンエンドだ!」

「どうやら、ここで種切れのようだな。墓地に存在するバンブー・ホースの効果を発動。このカードを除外することで、デッキから風属性モンスターを墓地に送る。SRシェイブー・メランを墓地へ送り魔法カード、スピードリバースを発動。墓地からSRを特殊召喚する。甦れ、シェイブー・メラン」

 

 SRシェイブー・メラン 攻2000→2800

 

「レベル4で攻撃力2800か、案外やるじゃねえか……!」

「無理に強がる必要はないぞ?さらにSRダブルヨーヨーを召喚し、その効果を使う。墓地からレベル3以下のSR、ベイゴマックスを蘇生する」

 

 文字通り2つのヨーヨーを模したモンスターが勢いよく回転し、先ほど動きを止めてスクラップになったベイゴマックスに再び命を吹き込む。そして、ベイゴマックスが特殊召喚に成功したことでまたあのサーチ効果が使用可能となってしまう。

 

 SRダブルヨーヨー 攻1400→2200

 SRベイゴマックス 攻1200→2000

 

「ベイゴマックスの効果でSRパチンゴーカートを手札に加える。これ以上の展開は無理か、ならばメンコート、ベイゴマックス、ダブルヨーヨーでシャドーベイル3体に攻撃!」

 

 SRメンコート 攻900→幻影騎士団シャドーベイル 守0(破壊)

 SRベイゴマックス 攻2000→幻影騎士団シャドーベイル 守0(破壊)

 SRダブルヨーヨー 攻2200→幻影騎士団シャドーベイル 守0(破壊)

 

「俺のシャドーベイルはモンスターとしてフィールドを離れた時に除外される……といいたいところだがな、俺は最初の攻撃宣言時に永続トラップ、王宮の鉄壁を発動していたんだよ。これで除外されるカードはすべて墓地へ行く、つまりシャドーベイルは再び墓地でお前に一太刀浴びせる隙を窺ってるってわけだ」

 

 そうだ。いくらフィールドを空にされようとも、王宮の鉄壁により守られている限り幻影騎士団は倒れない。傷ついても倒されても、相手の直接攻撃に合わせて何度でも蘇る。

 

「なるほど、解説感謝しよう。だが構わない、シェイブー・メランで攻撃だ」

「話聞いてたのか?墓地に存在するシャドーベイルは、ダイレクトアタックの宣言にたいして何度でも蘇る!帰って来い、シャドーベイル共!」

 

 再び木々の影の隙間から駆け抜けてくる幻影の戦士たちが、鋭角的なボディを持つ戦闘機械の円弧を描く一撃から自らの主を守る壁となって立ち上がる。だがその騎士の1人に、突如ラチナの方から伸びてきたコードが突き刺さる。

 

「速攻魔法、エネミーコントローラーを発動。この効果のうち1つ目のものを使い、シャドーベイル1体を攻撃表示に変更する。そして攻撃表示のシャドーベイルにシェイブー・メランで改めて攻撃だ」

 

 幻影騎士団シャドーベイル 守300→0 攻0→500

 幻影騎士団シャドーベイル 守300→0 攻0→500

 SRシェイブー・メラン 攻2800→幻影騎士団シャドーベイル 攻500(破壊)

 ケルト LP4000→1700

 

「ぬおおおおおっ!」

「2体残した貴様らにも消えてもらおうか。メイン2にトラップカード、爆導索を発動。このカードの存在する縦一列にあるカード全て……シェイブー・メランとシャドーベイル、そして王宮の鉄壁を破壊する」

「何っ!?」

 

 シャドーベイルの無限蘇生のカギを握っていた王宮の鉄壁が同時に破壊されたことで、今破壊された方のシャドーベイルはゲームから除外されてしまう。これで残りのシャドーベイルは、墓地に存在しているのとフィールドに残るものの計2体のみだ。

 

「ターンエンドだ。もはや大勢は決した、サレンダーしろ……かつての戦友に対する最後の情けだ、このままその人間を引き渡すというのなら、これ以上こちらも深追いはしない」

 

 確かに、場の状態だけ見ればもっともな話だ。それは、当事者たる僕も認めざるを得ない。そもそもケルトが今戦っているのは、ついさっき会ったばかりの僕のためだ。そんな行きずりの相手に、ここまで命を懸けてくれただけでもすでに十分すぎておつりがくるレベルだ。

 だがケルトは、あくまでもにやりと笑ってみせる。最初のターンに見せたのと同じように不敵に、胸を張って立ち上がる。

 

「寝言は寝て言え、馬鹿。やっぱりお前は俺の知ってる闘神ラチナじゃねえな、昔のお前ならそんなくだらねえ質問なんて考えすらしなかったろうぜ」

「そうか。その世迷い事はともかく残念だよ、どうやらお前のことを買い被っていたようだ。鬼神ケルトにも、自分にとってどちらが得な道かを選ぶ頭ぐらいはあると思っていたんだがな」

「損得じゃねえよ、こういうのはハートの問題だ。てめえらはおかしくなってる、だから俺は戦う。それが昔のよしみで俺がしてやれる唯一のことだからな」

「我々が変わったというのなら、それは紛れもなく進歩したんだよ。いつまでも懐古趣味に拘っている鬼神殿とは違って、ね」

 

 ケルトはこのデュエルが始まる前から何回も、ラチナが昔から変わってしまったと言い続けている。当の本人は取りつく島もないけれど、今のケルトの心中は一体どうなっているんだろうか。変わってしまったがゆえに、そして自分だけが変わっていないがために感じる悲しみ……もしかして、先代ならケルトの気持ちが理解できたんだろうか。かつての仲間もすでに死に絶え、唯一残った地縛神は5000年の間に僕が知るチャクチャルさんになっていて。そう考えると、あの男も憐れむべき奴だったのかもしれない。

 ……いやいや、僕は何を考えているんだ。先代が悲しもうが嘆こうが、それは全て自業自得でしかないじゃないか。ざまあみやがれと言って笑いこそすれ、くれてやる同情なんて欠片すらない。先代の力は僕のデッキを通じて、今もなお僕を蝕み続けている。こんな思考をするようになったのも、その結果のひとつだろう。先代の力が勝手に身に着きつつあることで、僕の思考パターンまでもが影響されつつある。

 

 ケルト LP1700 手札:0

モンスター:幻影騎士団シャドーベイル(守)

魔法・罠:1(伏せ)

場:ダークゾーン

 ラチナ LP4000 手札:1

モンスター:SRベイゴマックス(攻)

      SRダブルヨーヨー(攻)

      SRメンコート(攻)

魔法・罠:一族の結束

 

「デュエルを続けるぜ。俺のターン、ドローだ!」

 

 この状況を覆すカードを求めてカードを引くケルト。手に入れたものは決して望みのものではなかったが、それでもまだ次に繋ぐ希望がほんの少しだけ見えた。

 

「永続魔法、暗黒の扉を発動!このカードが存在する限り、互いにモンスター1体でしかバトルが行えないぜ。まだまだ終わらせやしねえよ、ターンエンドだ」

「それで大量展開からの一斉攻撃というこちらの持ち味を潰した、か。だが、その程度の抵抗は私としても当然織り込み済みだ。まずは墓地に存在するスピードリバースの更なる効果を発動、このカードを除外することで墓地からSRをサルベージする。なんでもいいが、そうだな。電々大公を手札に戻し……これで準備は整った。見せてやろう、このデッキの真の切り札を!魔法カード、融合を発動!」

「融合だと!?こんなバラバラのモンスターしかいないのにか!?」

「それがいるのだよ、まさに今召喚するのにおあつらえ向きのモンスターがな。ベイゴマックス、ダブルヨーヨー、メンコート、パチンゴーカート、電々大公のロイドと名のつく機械族モンスター5体を素材とし、融合召喚!出でよ、極戦機王ヴァルバロイド!」

 

 周りの木々をなぎ倒して現れた紅色の巨大戦闘用マシーン。その鋼のモノアイに光が宿り、煙突から一斉に蒸気が噴き上がった。流石は5体ものモンスターをいっぺんに素材としての融合モンスター、そのサイズも威圧感もこれまでのSRとはわけが違う。ここまでずっと展開力で攻めてきたラチナが使う、まるでファイトスタイルを変えての一点突破用決戦兵器。そして、こうして全ての戦力をヴァルバロイドに集中させることで、暗黒の扉はほぼ使い物にならなくなった。

 だがそれは逆に言えば、これ以上のものは出てこないということを意味する。現にラチナは今の融合召喚ですべての手札を使い切った、このヴァルバロイドを倒すことができればまだ逆転の目もある。

 

 極戦機王ヴァルバロイド 攻4000→4800

 

「バトルだ、ヴァルバロイドでシャドーベイルに攻撃!」

「墓地に存在する永続魔法、幻影死槍(ファントム・デススピア)の効果を発動!自分フィールドの闇属性モンスターが破壊されるとき、代わりにこのカードを除外することができる!」

 

 ヴァルバロイドの極太光線の照射に対し、幻影の騎士が自らが地に落とす影に手を突っ込んで取り出した漆黒の槍を構えて身を守る。槍はボロボロになって消し飛んだものの、シャドーベイルとその馬は辛うじて持ちこたえた。

 

 極戦機王ヴァルバロイド 攻4800→幻影騎士団シャドーベイル 守0

 

「ハッ!どうだ……!」

「まだだ。ヴァルバロイドはその効果により、1度のバトルフェイズに2度の攻撃ができる。どうやらアームズ・ホールのコストで抜け目なくそんなものを落としていたようだが、もう次はあるまい。そしてヴァルバロイドは戦闘で相手モンスターを破壊した時に1000ポイントのダメージを与える、戦闘ダメージは通らずともそのダメージは受けてもらうぞ」

 

 ヴァルバロイドが再び始動する。ビームの第2射は、今度こそ幻影の騎士からその力を奪い去った……かに見えた。だが近くの地面ごと抉り取ったヴァルバロイドのビームによる砂煙が晴れた時、そこにいたのは亡霊の馬に跨り自らの武器を持つ不屈の戦士、シャドーベイルの姿だった。よく見るとその周囲には、まるでシャドーベイルに自らの思いを託し、その力を分け与えたかのように無数の霊魂が飛び回っている。

 

 極戦機王ヴァルバロイド 攻4800→0→幻影騎士団シャドーベイル 守0

 

「何!?ヴァルバロイドの攻撃力が……!」

「トラップ発動、墓地墓地の恨み。相手の墓地にカードが8枚以上存在するとき、相手のモンスター全ての攻撃力を0にする。シャドーベイルは、幻影騎士団は決して倒れない不屈の闘志が持ち味でな。その程度の連撃じゃあ、挫けてやるわけにはいかねえんだ。だが今のは危なかった、礼を言うぜ。わざわざ融合で墓地のカード枚数を増やしてくれてよ」

「あの状況から、攻撃力4800のヴァルバロイドが……プレイングミスだったというのか……!だが、まだライフポイントは4000全て残っている。暗黒の扉はお前にも影響をもたらすカードだ、そんな状況の中たかだか攻撃力500のシャドーベイル1体で、どうダメージを出すつもりだ?」

「ダメージも何もねえ、このターンで俺は勝つぜ。今の一撃をカウンターできなかったその瞬間にお前の負けは決まったんだよ、ラチナ。俺のターン、ドロー!」

 

 自らの使うデッキと同じく、不屈の闘志でカードを引くケルト。その鬼の表情が、ニヤリと笑顔の形に歪んだ。

 

「このスタンバイフェイズ、魂を吸う竹光のカードは自壊する。だがもう必要ねえな、シャドーベイルを攻撃表示にして装備魔法、下克上の首飾りを装備!このカードは通常モンスターにのみ装備でき、そのモンスターが自身よりレベルが上のモンスターとバトルする際にその攻撃力は、レベル差1につき500ポイントアップする!」

「シャドーベイルのレベルは4、だが……!」

「ヴァルバロイドのレベルは12、よって攻撃力は4000ポイントアップだ!」

 

 幻影騎士団シャドーベイル 攻500→4500

 

「く……こんなカード相手に……!」

「だから言ったろう、このターンで俺が勝つって。行きな、シャドーベイル」

 

 騎士の一閃が、機能停止したヴァルバロイドのコアを最短距離で刺し貫く。そのまま駆け抜けていった後ろで、ヴァルバロイドが爆発した。

 

 幻影騎士団シャドーベイル 攻4500→極戦機王ヴァルバロイド 攻0(破壊)

 ラチナ LP4000→0

 

 

 

 

 

「こんな、なぜ、なぜだ……!」

「……あばよ、ラチナ。いつか俺もそっちに行くから、そん時はまともになってろよ」

「御許しください、覇王様ぁ……!」

 

 その台詞を最後に、ラチナの姿が消えていく。その様子を黙った見送った後、ケルトが僕の方を向かないまま話しかけてくる。

 

「今のを見てお前、どう思った?」

「え?えっと……」

「いやすまん、言葉が足りてなかったな。俺はともかく、覇王とやらに一度会ってみたくなったぜ。ラチナはいけすかねえ野郎だったが、どっか俺と似たところもあってな。それが最後の最後まで覇王とやらに惚れ込んで、こんなふうになっちまうとはな」

 

 その時、ようやく気付いた。ケルトの肩が、小さく震えている。どんな表情をしているのかはここからでは見えないけれど、今その背中は泣いている。自分の仲間が隕石のせいで狂い、謎の覇王の僕となって働く姿を見なければいけないというのは、一体どれほど辛い気持ちになるだろう。

 

「だからともかく、いっぺんそのアホ面拝んでやってな。この礼はたっぷりしてやらんと、な。日が昇ったら俺は出るが、お前も来るんだろ?何かの縁だ、一緒に行こうぜ」

「……もちろん」

 

 振り返ったケルトの顔には、先ほど背中に見えた悲哀などまるで感じさせないいつも通りの不敵な笑みが浮かんでいる。だから僕も野暮な事は言わずただ頷いて、長い夜が明けるのを元通り静かになった森の中で待ち続けた。




今回の登場人(?)物
一、暗黒界の鬼神 ケルト
効果モンスター
星6/闇属性/悪魔族/攻2400/守 0
このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、
このカードを墓地から特殊召喚する。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、
さらに自分のデッキから悪魔族モンスター1体を自分または相手フィールド上に特殊召喚できる。
一言:暗黒界の後発組。幻影騎士団に折れ竹光を装備したら、これはもうつまりブレイクソードそのものでは……?(錯乱)

二、暗黒界の闘神 ラチナ
効果モンスター
星6/闇属性/悪魔族/攻1500/守2400
このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、
このカードを墓地から特殊召喚する。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、
さらにフィールド上の悪魔族モンスター1体を選択して、
攻撃力を500ポイントアップする。
一言:暗黒界の帰国子女。【ユーゴ】じゃねぇ、【融合SR】だ!

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