その衝撃は地震大国とされる日本に住む人でも慣れないほどの揺れを引き起こした。
IS学園の誇る最新技術の結晶、ISバトルを競技たらしめているアリーナの防御シールドが突き破られた。
立ち上る黒煙。巻き起こされる砂煙。観客は明らかな異変を見せつけられ、避難を促すアナウンスを引き金として騒然となった。
とうに観客の目など向いていないアリーナの中には2人の操縦者がいた。
1人は唯一の男性操縦者である1年1組クラス代表、織斑一夏。
もう1人は中国代表候補生である1年2組クラス代表、凰鈴音。
先ほどまで試合をしていた2人だが突然の異変により状況把握に専念する。彼らの視線は否応なしに砂煙の中にある巨大な影に集まっていた。
「な、なんなのよ、アレ……」
「乱入者ってところだな」
不法侵入者だとすれば、アリーナを突き破られた事実がある。それが意味することを知っている鈴は動揺を隠せない。対して知識に乏しい一夏は無知故の平常心で敵を見据えていた。
再三の撤退命令が2人の頭に響く。だがそれは侵入者の放置を意味する。その手に力があった一夏は決断した。
「俺が戦う」
「バカ、アンタは退きなさい!」
一夏の命令無視。鈴はそれを咎める。しかし鈴自身も命令違反をする気でいた。一夏が無事に撤退するまで敵の目を引きつける囮となろうとしていた。
彼の参戦は鈴の思惑を否定する。だからこそ鈴は躍起になって一夏を説得しようとする。でも、無理だった。
たとえ考えなしのバカであろうと、惚れてる男の決意に満ちた目は鈴を折れさせるに十分な力があったのだ。
未知数な敵。一夏が無人機と判断した敵との戦闘は試合とは一線を画する。エネルギーのあるうちは試合と同じでも、エネルギーが尽きて試合終了というわけにはいかない。
つまり、敗北は死を意味する。
逆を言えば勝利が相手の死を意味することもある。一夏がそのような見当違いな配慮をしていたのを聞き、鈴はバカだと思いつつも不思議と納得していた。自分のことより他人ばかりを気にするのは1年前に別れたときと何も変わらない。自分の知っている彼なんだと確信できたことが嬉しかったのだ。
――絶対にコイツを死なせたりしない。
鈴も覚悟を決める。2人だけで未知の敵を倒せるとは思っていない。だがそれでも時間を稼ぐと決めた一夏を応援したい。そして、一夏にも無事でいてほしい。その全てを実現すべく、鈴は戦いを続ける。
敵は長い腕の異形。殴りつけてくる格闘攻撃の他、腕部に開いている砲口から特大のビームも放ってくる。一夏は射撃を掻い潜れず、鈴の衝撃砲は敵の装甲を打ち破れない。
2対1でも火力差は歴然。そして、事は起きた。
「一夏っ!?」
隙があった。それは一夏だけでなく鈴にもだ。既にエネルギーが尽きかけていた一夏の白式は敵の裏拳が直撃すると地面へと落下していく。
戦闘不能。こうなってしまうとISの絶対防御が働く保証はない。
敵の巨大な腕は先端を一夏に照準する。このタイミングでアリーナを突き破ったビームを当てられてしまえば一夏の命が危ない。
まだ援軍は来ない。だからこの危機を乗り越えるには自分がなんとかするしかない。
「うあああ!」
叫ぶことで自らを鼓舞する。双天牙月を携えてがむしゃらに敵に飛び込んでいく。
敵は油断とは縁遠い無人機。鈴の行動を正確に把握しており、一夏への攻撃を中止して迎撃に当たった。双天牙月と拳が打ち合わさり、双天牙月が一方的に打ち壊される。
「まだまだァ!」
使えなくなった双天牙月を放り捨てる。そもそも双天牙月はサブウェポンでしかない。甲龍の本領は衝撃砲にこそある。
両肩の龍咆に加え、両手の崩拳も一斉に開いた。
至近距離の一斉射撃。命中の手応えもある。だが――
敵はまだまだ健在だった。装甲で固められたフルスキンは絶対的に甲龍と相性が悪い。
反撃のビームが鈴の両脇を掠める。肩辺りに浮いていた龍咆のユニットが貫かれて完全に破壊される。崩拳は予備武器の意味合いが強い。メイン火力を失って勝てる相手ではなかった。
実質的に武器を全て失ったも同然。一夏は戦闘不能で、援軍がくる気配は未だない。
このままでは鈴も一夏も殺される。
何か抵抗する術はないのかと必死に思考を巡らせた。
思い出した――
『いいか、凰。甲龍には切り札がある。その威力はシールドエネルギーが満タンのISを一撃で打ち倒せるほどのものだ。だが極力使用しないことを推奨する』
甲龍を渡されたとき、開発主任から言われたこと。
曰く、甲龍にはリミッターが仕掛けられている。つまり、甲龍は全性能を引き出せていない状態ということだった。鈴自身、ISバトルをする上で何らかの制限を意図的に仕掛けることもあり得ると考えていたため特に抵抗なく受け入れていた。
開発主任が言うには確かなデメリットが存在するという。その具体的な内容を鈴は知らない。ただ、全てを
リスクはある。それでも今使わずしていつ使うのか。
――たとえ、あたしの体が千切れてでも……目の前の敵を倒す!
この戦いにかかっているのは自分の命だけではない。敗北は自分のみならず一夏をも危険に晒す。
もしリミッターを外した反動で自分が死のうとも一夏だけは守れる。
だったら――もう何も怖くない。
「来い! これが最後よ!」
両腕の崩拳を突き出す。覚悟は決めた。あとはリミッターが外れた衝撃砲が作動し、敵を破壊するはず。
力押しで勝てるという開発主任の言葉を信じて鈴は真っ向勝負に出た。
だがそんな鈴の覚悟は無人機である敵にも届いてしまっていた。2mを超える図体に似合わない俊敏な機動力であっという間に鈴の背後に回り込む。
もう鈴は攻撃した後。崩拳の向いた正面に敵の姿がなかった。
……あたしじゃ無理だったの……?
スローモーションのように動く世界の中、鈴は自分の攻撃の失敗を悟った。
だが鈴は勘違いをしていたのだ。
崩拳は起動していない。空間を圧縮する影響で空気が流れるが、鈴の正面ではなかった。
風が撫で、鈴のISスーツのスカートがピラリとめくれる。
鈴の
メイン武器である龍咆と比較しても規模がまるで違う強大な力が収束し――解き放たれる。
後に開発主任は語る。
イメージインターフェースを用いたからこその弊害。龍咆は肩から撃つという仕様のため、本来のスペックを引き出せていなかった。
といっても衝撃砲自体が本来の威力を出せないことはない。全てはイメージインターフェースが原因である。装備を経由する際の損失さえ抑えれば最大威力の発射は可能だ。
つまり、現状でも低コストで高威力を発揮でき、連射もできる理想の武器として運用できないことはない。
ただし、衝撃砲は尻から出る。
「バッカじゃないの!?
その正体に気づいたときにはもう遅い。
後ろをついた敵、ゴーレムの顔面に
まるで両手で鼻を押さえているようだ。
「やめて! 臭くて鼻がもげそうみたいなジェスチャーはシャレになんない!」
タイミングの問題であろうか。ゴーレムに与えられたダメージは極大であり、シールドエネルギーを残らず吹き飛ばしていた。
ゴーレムは鼻を押さえながら、気を失うように地面へと落下する。
鈴の完全勝利だった。
だが呆然と立ち尽くしている鈴を見て勝者と称える者はいない。
※崩山パッケージで使用すると黄土色した