「学年別トーナメントで私が優勝したら付き合ってもらう!」
「付き合ってもいいぞ。買い物くらい――」
「一夏のバカァ!」
「あべしっ!」
などというやりとりがあったのが5月の話。
篠ノ之箒にとっては一大決心の告白だったのだが想い人である織斑一夏にはまるで届いていなかった。
鈍感の一言で片付けられればどれほど気楽であっただろうか。『付き合う』→『買い物』と連想されてしまっているのは一夏にとって箒は女子の範疇でないのかもしれない。少なくとも箒はそう感じてしまっていた。
しかし箒も篠ノ之家の娘。このようなことで凹んでいるような惰弱な精神を持ち合わせてはいない。
箒はちゃっかり一夏と2人で街に買い物にやってきていた。
つまりはデート。熱くなってきた6月末の気候も手伝って、ノースリーブの私服にも気合が滲み出ている。一夏が服装について全く言及してこなかったことに若干腹を立てたが2人きりになれただけまだマシだと自分に言い聞かせた。
「箒って意外と洋服を買ってるんだな」
「意外とは何だ。私が剣ばかりでファッションに興味がないとでも思っていたのか?」
箒の私服を買って回った後、ようやく服の話題をしてきたかと思えば期待外れな内容だった。たしかに一夏の前では和装ばかりだったがそれしか知らないわけでもない。いつまでも古い感性の人間だと思われているようで箒は軽くショックを受ける。
一夏とのデートだというのについつい箒の口からは溜め息が漏れる。恋愛感情以外にだけは鋭い一夏はめざとく箒の不満を察し、1つの提案をするに至った。
「ちょっと小腹が空いたな。そこに寄って行こうぜ?」
先に店まで決めているような計画的なデートでもなかった。こうして外食するのもデートらしいし、一夏が誘ってくれたことは箒にとって喜び以外の何物でもない。
箒の目は輝いていた。一夏が指さす先を見るまでは。
「ハンバーガー……だと……?」
「どうした、箒?」
「め、珍しいと思ったのでな。一夏がこのようなジャンクフードを食べようだなどと……」
「まあ、頻繁には食いたくないけどたまにはいいだろ」
普段は健康が第一と言って回っているくせにこういうタイミングに限って意見を曲げてくる。一夏が自分の信条を無視するときは決まって他の誰かを優先しているときなのだと箒は良く知っている。今の場合だと不機嫌な箒に気を使っているのだろう。
気を使われていると知っているため、箒は一夏の提案を強く断ることができない。内心で泣きそうになっているのだが、できる返事は1つしかなかった。
「で、では行くとしよう」
「あ、ああ」
気が進まない箒だったが折角一夏が誘ってくれたのだ。首を傾げている一夏の左腕を引っ張って半ば強引にハンバーガーショップへと入っていく。
……大丈夫だ。店に入ったからといって“アレ”を食べなくてはならないわけではない。
冷静になった箒は今の状況に何も問題がないと自分に言い聞かせた。
「いらっしゃいませー」
自動ドアをくぐると店員が満面のスマイルで出迎えてくれる。今は列がなく一夏と箒はすぐに注文できそうだ。
2人並んでレジの前に立つと、一夏はレディファーストだと言わんばかりに箒に手を差し出した。
箒はメニューに目を移すことなく高らかに宣言する。
「ピクルスを抜いてください」
「何からだよ!?」
ちっとも冷静ではなかった。箒は完全にテンパっている。
何を隠そう、箒はピクルスが大の苦手だった。しかしそれを今まで一夏の前で話したことはない。普段から一夏の前で強い自分を演じていた箒が嫌いな食べ物があるとは言えなかったのだ。
今の箒の頭の中には「ピクルスを食べたくない」という事柄しか存在しない。そしてできれば一夏には知られたくないとも思っているのだが既に手遅れである。
「ピ、ピクルスを抜いてください……」
「涙目になるほど嫌なのかよ!? だったら最初からピクルスの入ってないメニューを頼めばいいだろ!」
店員と言葉のキャッチボールすらできてない箒に代わって一夏が前に出た。フィレオフィッシュなら問題ないだろうということでフィレオフィッシュのセットを注文。折り返し店員が確認をする。
「ポテトはSサイズ、Mサイズ、Lサイズがありますが……」
「ピクルスを抜いてください……」
「違う! サイズを聞いてるんだって!」
「Gカップ」
「何のサイズを口走ってんの!? そうじゃなくてSかMか――」
「ドM」
「ミドルサイズのMだよな? 性癖とかじゃないよな? というわけでMサイズでお願いします!」
これ以上話を続けるのは危険だと察した一夏が強引に箒の分の注文を終わらせた。ドリンクも勝手にMサイズのウーロン茶にしている。おそらくは箒の好みから外れてはいないだろうと予想してのことだった。
やれやれと一夏は一息をつく。
一夏にしてみるとツッコミを入れながらも箒に対して若干の引けめを感じていた。知らなかったこととはいえ箒の苦手な食べ物のある場所に連れてきてしまったのだ。きっと提案した一夏に対して箒が気を使ったのだろう。気を張ってここまでついてきた彼女を一夏は微笑ましく見つめる。
「ご注文は以上ですか?」
「あ、俺のも頼まないと」
店員に確認されてハッと気が付いた一夏は自分の分の注文を始める。
特にこだわりのあるメニューがあるわけでもなかったので適当に。
「チーズバーガーセットで――」
「ピクルスを抜いて下さい」
「俺のからも抜くなよ!? 俺は普通に食べるっての!」
絶妙なタイミングで箒の独り言が入ってしまった。
「チーズバーガーのピクルス抜きですね?」
「いや、抜かなくていいです!」
「パティを抜いてください」
「勝手に肉まで抜くなよ!?」
「チーズバーガーセットのハンバーガー抜きですね?」
「おい、こら、店員! お前が遊び始めたら収拾がつかねえ! チーズバーガーからハンバーガーを取ったらスライスチーズしか残らねえだろ!」
スマイルを崩さない店員は話を先に進める。
「あなたはSですか? Mですか?」
「ポテトの量を聞いてるんじゃないのかよ!?」
「ドM……」
「箒も変なことを答えなくていいから! ポテトはLで」
「なるほど。SやMなどという枠組みに収まらない、と」
「店員チェンジして! もっとまともな人、出てきて!」
一夏の叫びに応える者はいない。
「ドリンクはどうされますか?」
「あー、じゃあ適当にコーラのLで」
「ピクルスを抜いてください……」
「箒……いや、今は何も言うまい」
一通りの注文が終わって店員が確認を取る。
「フィレオフィッシュとポテトMとウーロン茶Mのセット、チーズバーガーのピクルス抜きとポテトLとコーラLのピクルス抜きのセット。以上でよろしいでしょうか?」
「いや、だからピクルスは抜くなって!」
「わかりました。ピクルスは入れておきます」
そう言って店員が奥に注文を伝えに行った。番号札を受け取った一夏たちはテーブル席に座って待つことになる。
対面に座った箒が胸に手を当てて軽く深呼吸をしていた。どうやらテンパっていたのが落ち着いてきたらしい。
一夏は思っていたことを口に出す。
「知らなかった。箒がピクルス苦手だったなんて」
「幻滅したか? 口では偉そうなことばかり言っておきながら食べ物の好き嫌いなどがあるだなど、滑稽にも程がある」
箒が自嘲気味に溜め息を漏らす。テンパっていたのも一夏に知られるのが怖かったからで、今回の件はそれが災いしていた。
「いや、俺は箒のことを前より好きになったけどな」
「え……」
「この世に完璧な奴なんていない。千冬姉だって私生活はだらしない方に分類される人だしさ。完璧な人間を自称する奴を俺は好きになれない」
「情けない女がいいのか?」
「違う。知らない人のことを深く好きになるのは難しいってことだ。俺にしてみれば弱点のない人なんてのはいなくて、弱みを見せない人ってだけ。弱みを見せてくれないのは警戒されているようなものだから距離を感じるんだよ」
一夏の言葉が箒の胸に刺さる。ピクルスのことを話せなかったのは正しく一夏を警戒していたようなもの。少なくとも箒の中に「一夏に嫌われるかもしれない」という一夏への不信感がたしかに存在した。
一夏は弱点の1つが露呈した箒のことを前よりも好きになったという。その言葉は箒の胸の内を少しは軽くした。しかし浮かれることはできなかった。
箒は他にも弱さを抱えている。一夏に打ち明けていない漠然とした不安が胸中を渦巻いている。
専用機を持っていない自分が今後も一夏の傍にいていいのかばかり気にしている。それを隠しているのは、一夏との距離をさらに開くものなのではないのか? そう思ってしまう。
「お、バーガーができたみたいだ」
注文したハンバーガーを店員が持ってきた。心ここに非ずといった様子でフィレオフィッシュの包みを開けた箒は口に運ぶことなくじーっと見つめる。
「安心しろって、箒。ピクルスは入ってないから」
「あ、ああ……」
一夏に促されて意識が帰ってきた箒はフィレオフィッシュにかぶりつく。
たしかにピクルスは入っていない。でも今の箒にはまるで味がわからなかった。
一夏は箒の顔色が悪いことを察している。病気でなく単純に悩み事があるのだと思い至っている。しかしそれが何かまではわからず、下手に口を出すよりも箒が自分から打ち明けてくれることを待つことにした。そのうち話してくれるだろうと楽観的に考えていたのだ。
チーズバーガーとポテトを食べながら、一夏はコーラを口にする。
瞬間、一夏は急激に顔を青ざめた。すぐさま手を挙げてレジの店員を呼ぶ。
「すみません……コーラからピクルスを抜いてください……」
箒ちゃんの苦手なものがピクルスと聞いてのネタ。
Gカップというのは公式設定でなく私がテキトーに言っているだけです。