短編集・こんなISは嫌だ!   作:ジベた

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コミュ障とSっ気令嬢

 IS学園の1年生には臨海学校が行事として含まれている。一言で臨海学校とは言ってもIS学園のそれは生徒が学ぶ場ではなくISの試験場という側面が強い。初日こそ海で自由に遊んでいた生徒たちだったが2日目以降は各企業の試験に付き合わされることとなる。中でも専用機持ちたちは別メニューが課せられていて一際忙しくなること間違いなかった。

 1年生には一夏も含めて6人の専用機持ちがいる。そのうち一夏と面識のない1名は諸事情で臨海学校自体に参加していない。

 一般生徒が量産機である打鉄を運んでいる中、5人の専用機持ちは織斑千冬の前に集合している。しかしまだ本題には入らずに千冬は打鉄を運んでいる一般生徒の中の1人を手招きした。

 

「篠ノ之。お前もこっちに来い」

 

 専用機持ちでない篠ノ之箒が呼ばれた。一夏たちが揃って首を傾げる中、呼ばれた当の本人は当たり前であるかのように「はい」と平静そのもので駆けてくる。

 

「お前には今日から専用――」

 

 箒が呼ばれた理由について千冬が告げようとしたその瞬間だった。

 

「ちーちゃ~~~~~~んっ!」

 

 ズドドドとコミカルな砂煙を上げながら近くの崖を駆け下りてくる人影があった。斜面ではなく崖であり、走れるような場所ではないのだが細かいことは置いておこう。なぜと問い始めたら『ISとはなんぞや』という疑問にまでつながってしまう。

 

「無駄に騒々しいぞ、束……」

 

 額を押さえて呆れを隠さない千冬が乱入者の名前を呟く。IS学園においてはその名前を知らぬ者のない有名人、ISの開発者にして篠ノ之箒の姉、篠ノ之束である。妹よりも放漫な胸を大きく揺らしながらウサ耳マッドサイエンティストが地面を大きく蹴って今跳び立つ。

 大きく手を広げ、千冬の胸へと跳んでいく。千冬は侮蔑の色を帯びた鋭い視線を向けてから右手を伸ばした。

 ガシッ。

 千冬の右手にすっぽりと束の顔面が収まる。鷲掴みだった。そして加えられる圧迫。こころなしか束の顔に指が食い込んで見える。

 

「痛いぐらいの愛が重いよ、ちーちゃん……」

「少しは静かにしろ。それでお前への愛はなかったことになる」

「つまり騒々しい束さんを愛してるってこ――」

 

 束が言い切る前に千冬は右手に力を込めて返事をする。

 

「あー、あとちょっとで違う世界に飛んでいけそうな気がする~」

 

 余裕すら感じさせる声に千冬は行動の無駄さを感じ取ったのか束を解放する。

 自由になった束は即座に箒の方へと顔を向けた。

 

「箒ちゃんも久し振り。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」

「殴りますよ?」

「殴ってから言ったぁ……日本刀の鞘ってすごく硬いんだよぅ」

 

 涙目になった束が痛そうに頭を押さえてしゃがみ込んだ。

 一夏が心配そうに声をかける。

 

「大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫! いっくんもおっきくなったね! 特に――」

 

 束の視線が一夏の顔から下に移った瞬間、箒が刀を抜き放つ。

 

「斬りますよ?」

「ものすごく痛い!? 峰打ちでも流石にひどいよ、箒ちゃん!」

 

 脳天にギャグみたいなタンコブを生やして抗議の目を向けるも箒はツンとそっぽに向くだけ。傍目からでは血のつながった姉妹のやりとりとは思えないくらい一方通行な関係に見えた。

 織斑と篠ノ之。2つの家の内輪ネタが繰り広げられている。当然、この臨海学校の中心だったはずの代表候補生たちも呆気にとられるばかり。困惑する生徒たちを見かねた千冬が提案をする。

 

「束。部外者でないのならば、うちの生徒たちに自己紹介でもしてやってくれ」

 

 瞬間、笑顔が張り付いたまま束がフリーズした。

 

「束? どうした?」

「えーと……そうそう! 今日は箒ちゃんの専用機を――」

「だからその前に挨拶くらいしろと言っている」

「そ、そんな時間の無駄は避けるべきだよ、うん!」

 

 なぜか慌て始める束。千冬のアイアンクローをくらっても、箒の峰打ちをくらっても平然と余裕をかましていた人物とは思えないくらい目が泳いでいて落ち着きがない。

 

「……まだ治ってなかったのか」

 

 千冬は頭を抱えた。その様子を見て一夏は気づいた。束は千冬・箒・一夏以外と口を聞かないばかりでなく視界に入れようとすらしていないのだと。

 どうやら雰囲気が悪いらしい。妙な方向に空気を察したセシリアが挙手をしながら一歩前に進み出る。

 

「ご高名はかねがね承っております、篠ノ之博士。もしよろしければわたくしたちにISについてご教授願えませんか?」

 

 暗に自己紹介はしなくても大丈夫ですよと言っている。ついでにISの開発者の話を聞きたいという下心もあったりはしたが、概ね場の空気を変えようとしてのことだった。

 しかし――

 篠ノ之束は飛び上がるように驚いた後、素早く千冬の背中に隠れてしまった。

 

「な、なんだよ、君は! 束さんには金髪の知り合いなんていないんだよぅ!」

 

 声だけは大きいがまともに相手の顔も見ていない。千冬のスーツを掴むその手は怯えて震えている。

 またしても呆気にとられる一同。束の事情を知っている一夏たちも何も言えずにいた。そんな中、セシリアだけは顔に笑みが浮かぶ。

 

「これは失礼しました。わたくしはイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットと申します」

 

 わざわざ千冬の側面に回り込んで恭しく一礼する。ギョッとした束は慌ててセシリアとは反対側に逃げて叫ぶ。

 

「アイ キャント スピーク イングリッシュッ!」

「いや、日本語だから……」

 

 つい一夏が口を挟んだが、もう一夏の声が束に届いていない。完全に束はテンパっている。

 何を隠そう、束は対人恐怖症を抱えている。「箒ちゃん、ちーちゃん、いっくん以外は人間として認識してないもん」と強がっているが、その3人以外とはまともに会話もできない事実を彼女なりに言い訳しているだけだった。

 事実を知らないセシリアはわけもわからないまま拒絶だけされた形となっている。これはフォローを入れざるを得ない、と一夏は彼女の方へ振り返る。

 

「セシリア。別にお前が嫌われてる訳じゃな――」

「……かわいい」

 

 ショックを受けているという予想に反してセシリアは恍惚とした表情を浮かべていた。

 彼女の考えてることがわからなかった一夏だったが、それはいつものことだと思い直し、本人が凹んでいないのなら別にいいやとスルーする。

 

「ところで姉さん。頼んでいたものは……」

 

 箒が尋ねる。瞬間、千冬の左腕に縋りついていた束の両目がキュピーンと光り、テンションも帰ってくる。

 

「ふっふっふ! もちろん出来てるよ! 箒ちゃん専用機、その名も“紅椿”! 展開装甲をふんだんに使用することで燃費以外の全性能が現行のISを上回る第4世代型ISだよ!」

 

 第4世代型ISという言葉が出て誰もが言葉を失った。現状のISは先端を走る国の専用機でも第3世代の試験運用段階である。束の発言はそれを時代遅れだと断言したようなもの。

 静まりかえる一同。気を良くした束は頭上に右手を掲げ、人差し指で天を指す。

 

「さぁ、大空をご覧あれ!」

 

 餌を待つ雛鳥のように皆が一様に空を見上げていた。束に現行ISの何もかもをバカにされてる事実がありながら、誰もが束の言う第4世代型ISへの興味を隠せなかった。

 しかし待てども待てども空には何も変化がない。当の本人も首を傾げている。

 

「あれ……もしかして、くーちゃんが手筈通りにやってくれてない……?」

 

 にわかに騒がしくなり、束の呟きは喧噪に消えた。

 混乱した場にしゃしゃり出てくる人物はまたもやセシリア。彼女は生徒たちの思いを代弁する。

 

「あの、まだでしょうか?」

「ひゃっ! べ、別に失敗したとかじゃないんだから! か、関係ない奴に見せるのもどうかなって思い直しただけなんだから!」

 

 今度は箒の背中に隠れて全方位に言い訳を始める束。誰もISの開発者の発言に対して虚言妄想の類だとは疑っていなかったのだが、挙動不審っぽく見えてしまってポツポツと疑いの目に変わりつつある。

 セシリアは楽しそうにニッコリと微笑む。そして生徒の一部の声を代弁する。

 

「第4世代型ISなどという話は実物がないととても信じられませんわね」

「あ、あるよ! ちょっと手違いがあって来ないだけだもん!」

「手違い? 先ほど『失敗ではない』と仰っていませんでしたか?」

「そ、それは……言葉の綾だよ!」

 

 言動が一貫していないために信頼は落ちていく。

 しかし失望ではなくより楽しげにするセシリアが言葉を重ねる。

 

「結局のところ、第4世代型ISはあるんですか? ないんですか? あるとしたら、それは篠ノ之博士の想像の中だけではないでしょうか?」

 

 とても失礼な内容の質問だが束には言い返すための物証がない。言葉少なに子供じみた反論をするしかなかった。

 

「第4世代型ISは、ありまぁす!」

 

 若干、語尾が丁寧語になるくらいテンパっていた。セシリアは笑顔のままうんうんと頷く。

 

「はいはい。そういうことにしておきます。実物を楽しみにしていますわ」

「箒ちゃん! 私、この金髪、嫌い!」

「ところで、姉さん。私の専用機は?」

「うわーん! 箒ちゃんもいじめてくるよぅ!」

 

 束は来たときと同じようにドドドドと砂煙を上げながらものすごいスピードで走り去ってしまった。

 

 完全に予定が狂った千冬だったが何事もなかったかのように装備の試験を再開する。

 説明の最中、セシリアの隣に立った一夏は彼女の呟きを聞いてしまった。

 

「篠ノ之博士はとても楽しい方でしたわ」

 

 

 この後、米軍のIS“銀の福音”が暴走して日本に向かってくる事件が発生した。

 迎撃に当たった専用機持ちたちの内、やたらとブルーティアーズばかりが狙われていたがその理由は誰も知らない。

 


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