チュン、チュンと朝の訪れを鳥の声が告げている。窓から差し込む柔らかい日差しは夏に入る前ということもあってまだ優しさすら感じる暖かさを内包していた。
気持ちの良い朝には違いない。だけども春眠暁を覚えず。こうした気持ちの良い空気こそ微睡みの時間をグダグダするのが楽しかったりもする。
などとぐーたらなことを考えながら布団にくるまろうとすると掛け布団が妙な引っかかりを訴えた。床にでも落ちてベッドの端にでも挟まっているのだろうか。目を開けたくなかった俺は手探りで掛け布団を手繰り寄せる。
ふに。
ふにふに。
はて? 布団にしては妙な感触があった。温度は人肌と程度。柔らかさも同様だ。
あ、これかなり抱き心地がいい。
「ん……」
俺でない声がする。いい加減、異常が起きていると思い直して俺は目を開ける。
目の前にラウラの顔があった。
「うわあああ!」
一気に目が覚めた。
無意識とはいえ俺はなんてことをしたんだ!?
ってかここ、俺の部屋だよな!? なんでラウラがいる!?
混乱した頭で状況を分析する。ここは俺の部屋で間違いないから、俺が寝ぼけてラウラの部屋に上がり込んだわけじゃない。だから入り込んだのはラウラの方。俺は何も悪くない。
自分に非が無いとわかれば落ち着くのは早かった。あとは可愛らしい侵入者を叩き起こすべきだろう。まずは奪い取られた掛け布団を剥ぎとる。
「うわあ!」
慌てて掛け直した。
ラウラの奴、なんで何も着てないんだよ!?
良く見たら眼帯もいつもの黒いのじゃなくてフリル付きのピンク色だし!
結構大きな声を出してしまったんだけどラウラはなおも気持ちよさげに眠り続けている。本当なら俺が気持ちよく微睡んでいるはずだったのに台無しだ。
もう起きてしまったものは仕方ない。今更二度寝する気にもなれない俺はまだ眠り続けているラウラを起こすために布団越しに肩を揺すろうと手を伸ばす。
「やめろっ! 触るなァ!」
「え!? え? え?」
鬼気迫る声を上げられて俺は伸ばそうとした手は停止せざるを得ない。今のラウラの格好も合わさってまるで俺が悪いみたいに感じられる。
右手が宙をさまよい右往左往。しかし続く罵声の1つもないことに気がついて落ち着きを取り戻した。ラウラはまだ眠りこけている。
「なんだ、寝言か……」
箒みたいに勘違いで暴れられたら困ったけど、その心配はいらないようだ。
それにしても寝言にしてはやたらとハキハキしてたな。一体どんな夢を見てるんだろ?
折角だからこの寝言を聞いてみることにした。
「そのサンドイッチに触るんじゃない!」
えらく必死に何を言っているんだか。
どうやらサンドイッチを誰かに取られそうになっているようだ。よっぽど好きなのかな?
「食べちゃダメだ! 一夏!」
「俺かよ!?」
サンドイッチ泥棒はまさかの俺だった。ラウラの中では俺は食いしん坊キャラにでもなってるのか?
それにしても、つい最近まで仲が悪かったけど今では夢の中で食い物の取り合いをするくらいには気を許してもらってるみたいで良かった。夢の中の俺、グッジョブ。
「そのサンドイッチを作ったのはセシリアなんだ!」
「マジで何やってんの、俺!? 死ぬ気か!」
全然グッジョブじゃねえ!
そもそも喧嘩じゃなかった。ラウラは俺を助けようとしてくれてるだけだった。いつの間にか優しい子にクラスチェンジしているようで胸が暖まる。
しかしセシリアのメシマズをもうラウラは知ってるのか。意外とコミュ力があるのかもしれん。
「衛生兵! 衛生兵ェ!」
「間に合わなかったか……さらば、夢の中の俺」
そこで起きた惨劇が目に浮かぶようだ。あれって本当に口の中で暴力的な味が暴れ回るんだよな……
「えっ、教官? 何故ここに!?」
おっとまさかの千冬姉の参戦だ。実際の千冬姉ならしれっと「医務室に運べ」だけで済ませそうだけど、もう俺は何が起きても驚かないぞ。
「白雪姫の結末ですか? 知ってはいますが……え、そんな!?」
ラウラに何言ってんだよ、千冬姉。それじゃ俺がヒロインみたいじゃないか。
そんな冗談みたいなことを真に受けてキスでもするつもりなのだろうか。唐突にキスしてきたり『嫁にする』とか言ってきたりと前歴があるからやりかねない。
でもたぶん外野に変な入れ知恵された末の勘違いだと思う。いつか本当に好きな人ができるといいな。
「え? 私でなく教官がするのですか!?」
何やってんだよ、千冬姉! って千冬姉本人じゃないのか。ややこしい。
ラウラは千冬姉を何だと思ってるんだ?
「シャルロット! ISの展開をやめろ! 教官に力で敵うわけがない!」
シャルに何やらせてんだよ……ラウラはシャルをどうしたいんだよ……
「何を興奮している、クラリッサ!」
……誰? いよいよ夢らしいカオスさが増してきてる。少なくともIS学園にはいない人のはずだし。
「教官!? なぜ口づけするだけなのに服を脱ぎ始めるのですか!? おやめください! 皆が見ています!」
うん……まるで悪酔いしたときの千冬姉だ。滅多にないけど。
と、ここまで俺はラウラの寝言を聞くのに集中していたから気づかなかった。
俺の部屋の扉が開けられる音。
背後まで寄ってくる足音。
ついには肩に手が乗せられるまで気がつかなかった。
振り向くと、俺の真後ろに笑顔の箒がいる。満面の笑みと呼ぶに値していて、箒のこんな顔を俺はIS学園に入学してから一度も見てない。
「ところで一夏。私に何か言うことはあるか?」
「えと……不法侵入はやめろ?」
「なるほど。叫び声を聞きつけてきた私が悪者扱いか。そうかそうか」
そういえばやたらと大声を出してしまったな。しかしここIS学園の寮はやたらと防音がしっかりしてるから外には漏れないんじゃ……
「あの、箒さん? 左手に持っているものは何でしょうか?」
「刀匠、
「いや、俺にとって死活問題なんだけど……」
どこかで『笑顔は威嚇行動』なのだと聞いたことがある。今の俺は身を以てそれを痛感しているところだ。
「では聞こう、一夏。お前はラウラに手を出したな?」
「そんなはずないって」
「問答無用! この状況で白を切れると思うな!」
「聞く耳持ってねえじゃねえか!」
「全裸で寝ているラウラを見てニヤニヤしていたくせに!」
「お前、いつから見てたんだよ!?」
もしかしなくても俺を起こしにでも来てくれたんだろうな。でもタイミングが悪いというか、誤解なんだ。わかってくれそうにないけど。
「うるさいぞ……」
「あ、ラウラ! 良かった。箒に現状を説明してくれ!」
今にも箒は左手の鞘に納まっている真剣を抜き放とうとしている。とりあえず箒の注意もラウラに向いていて、かろうじて止まってくれていた。
あとはラウラ次第。
「色々と……激しかったな」
「あかん! まだ寝ぼけてらっしゃる!」
「さて。証言も得られたところで……過ちは正さねばならんな?」
「俺は間違ってない。白式を使ってでも生き残ってやる!」
「では織斑先生に全て報告しておこう」
「告げ口はやめて! それは殴られるよりもキツい! あと、誤解だからな!」
「ほう。ところで、私は今から朝食に向かうのだが一夏はどうする?」
「付き合うよ」
結局、朝食の間説得することでわかってもらえた。なぜか楽しそうだった辺り、最初から俺は箒に騙されてたのかもしれない。
昼頃になってからラウラに聞いてみた。なんとなくだけどずっと気になってたんだ。
「そういや、千冬姉が脱いだ後にどうなったんだ?」
「何をバカなことを言っている? 寝言は寝て言え」
ごもっとも。