短編集・こんなISは嫌だ!   作:ジベた

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1年1組 篠ノ之先生

 正直なところ省略しておきたいが簡単に説明をしておく。

 

 俺、織斑一夏は高校受験の際に誤ってインフィニット・ストラトス、通称“IS(アイエス)”を動かしてしまった。

 ISというのは最先端の軍事兵器を過去の遺物にしたというパワードスーツということらしいけど、幾つか大きな問題を抱えている代物だ。そのうちの1つが『男性には扱えない』ということ。他にも『全部で467個しかない』という問題を抱えてるが今は捨て置く。

 つまり、俺は世界最強の兵器となり得るものを男性でただ一人扱えるなどという面倒な状況に追いやられてしまっているわけだ。

 当然、普通の生活は送れそうにない。ISの秘密を解き明かそうとしている連中にとっては俺の体は貴重なサンプルらしく、身の危険まで心配されるほどだ。高校も普通の学校には行けず、世界で唯一ISの操縦や整備について教えている“IS学園”に通うことを強いられ、渋々ながら受け入れることとなった。

 女子校であるIS学園に男が1人だけなんてな……

 

 以上が俺の境遇。もう諦めの境地に至ってるけど、女子のコミュニティの中に入っていった経験なんてないから大変息苦しい。入学式だけでなく、教室で席に着いてからもずっと俺は注目を集めてる。

 周囲の視線が刺すように痛い。まるで針の筵だ。

 誰だよ、俺の席を真ん中の一番前にした奴は! 窓際の一番後ろとかならまだ気が楽だったのに!

 

 副担任の頼りない山田先生が話を進めているけど全く耳に入ってきてなかった。気づいたらクラスメイトとなる女子が順番に自己紹介をしていってる。

 さて、俺は何を言うべきだろうか。でも望んで来たわけじゃないから何を言うにも乗り気じゃない。名前だけでいっか。

 などと考えていたら教室の前側の扉がガラッと勢いよく開いた。

 

「ハロー! 皆のアイドル、たば――」

 

 ビュンととてつもない速さで目の前を何かが横切っていった。声のようなものが聞こえた気がしたがドップラー効果でハッキリと聞き取れない。おまけに入り口と反対側、窓ガラスが人型にぶち抜かれていた。……どうやってくり抜くように割ったんだ?

 

「てへっ♪ 行き過ぎちゃった! メンゴメンゴ!」

 

 穴の空いた窓がカラカラと開けられると、外から人が顔を出す。突然やってきた暴風みたいな人を前にしてクラス全体が固まってしまった。自己紹介どころじゃない。その騒ぎはもちろんのこと、窓から身を乗り出しているのは本来ここに居るはずのない人物だった。

 

「とうっ!」

 

 かけ声と共に教壇へと降り立つ。ここはたしか3階で、窓の外に足場なんてなかったと思うのだが気にしたら負けだ。

 だって、束さんだもん……

 目元付近で横向きのピースサインを作り、キラッという効果音を鳴らしてウィンクをしてる人は俺の昔からの知り合いで、ISの開発者で、行方不明になってるはずの人だ。

 

「あ、あの……ど、どうしてここに?」

「ようし、自己紹介をするよ! 私は篠ノ之束……って言わなくても知ってるよね、いっくん?」

 

 おどおどしている山田先生をガン無視。束さんは俺を名指しで指名する。『いっくん』と呼んでるからたぶん偽物じゃない。ってかこの妙なハイテンションは他人が簡単に真似れるものじゃない。

 一応、俺の口から聞いておくべきか。山田先生の様子を見る限り、イレギュラーな事態であることは想像がつく。

 

「どうして束さんがここに?」

「簡単なことだよ! この束さんが直々にこのクラスの担任をしてあげようって試みなのさ!」

 

 束さんが宣言し終えると教室内がシーンと静まりかえる。まあ、騒いでるのが束さんだけだから、黙ってしまえば静かになるのも当たり前か。

 でも流石に沈黙を守っていられる状況ではなくなったようで、

 

「嘘ーっ!?」

 

 驚嘆の声が周囲から響く。にわかに騒々しくなった我がクラス。しかしそれを快く思わない人がいた。

 

「うるさい、黙れ」

 

 自称担任がドスの利いた声で呟く。さっきまでのハイテンションからの落差で背筋が凍ってしまったのか全員が口を噤む。俺ですらヒヤッとしたもん。山田先生が教室の隅にしゃがみこんでビクビクしてるけど俺は責めるつもりなんてない。

 

「皆は自己紹介済んでるー?」

 

 クルリとその場でターンした束さんは人を平気で殺しそうな目つきから一転し、不気味なくらいの笑顔に切り替わる。どっちも作った顔なんだろうなぁ。

 さて、ここで勘違いしてはいけないことがある。束さんが言う()とはクラスを指す単語なんかじゃない。

 

「まだ途中で――」

「ああん?」

 

 俺の真後ろで答えようとした子がいたけど一睨みされて萎縮した。

 そう、束さんの言う皆とは特定の人物だけだ。今回の場合は俺ともう1人、束さんの妹である篠ノ之箒に向けてだろう。その箒は束さんが来ているというのに教壇の方へは頑なに顔を向けようとしていなかった。

 仕方ない。俺が束さんと皆との間を取り持つしかない。

 

「もう終わりました」

「あ、そうなの? 残念だなぁ。いっくんが何かポカをやらかすって信じてたのに」

 

 しれっと嘘をついておく。これで俺が中身のない自己紹介をする手間が省けた。机の下で小さくガッツポーズ。

 

「先生、織斑くんは嘘をついています」

「むむ! それは本当なの、箒ちゃん?」

 

 俺に恨みでもあるのか。いや、彼女のことだから曲がったことが嫌いなだけだろうな。昔と変わってなくて何よりだ。こんちくしょうめ。

 

「ま、いいや! 面倒くさいしー! じゃあ、早速授業に入り――」

 

 束さんの暴走を誰も止められないまま、スケジュールも無視して授業を始めようとしていた。

 そこへ――

 

「束ェ!」

 

 束さんの開けた窓から何者かが飛び込んでくる。ずいぶんと聞き覚えのある声だ。

 なんで千冬姉がここにいるんだろ? そして、なんで真剣なんて手に持ってるんだよ!

 やべぇ、千冬姉が一切容赦してない。束さんを斬り殺しかねない一撃だ。

 

「おっと。しばらくぶりだねぇ、ちーちゃん」

 

 でも束さんはポケットから取り出したスパナで華麗に受け流してる。頭脳面で天才と言われてるけど、昔は千冬姉と剣道で互角以上に渡り合ってたんだっけ。

 2人の攻防を俺は目で追えてない。教室、それも教壇という狭い戦場なのに周りに被害を出さず、キンッキンッと金属の激しくぶつかる音だけが響く。

 

「お、織斑先生……」

 

 山田先生が力なくぼやく。どうやら千冬姉が正規の担任らしい。千冬姉の職場を知らなかった俺としては普通なら驚くところなんだけど、全部束さんのインパクトに持ってかれてしまっている。

 すると山田先生が携帯を取り出してどこかへと連絡を取り始めた。収拾がつかないと判断して上に援軍でも要請してるんだろうか。全く、束さんはトラブルばかり持ち込んで――

 

「ええっ!? 篠ノ之博士をこのまま担任にするんですかぁ!?」

 

 ……まさかの情報がもたらされ、2人の超人は激しすぎる殺陣を止めた。

 とても満足げな束さんと筆舌に尽くしがたい困惑顔の千冬姉が同時に山田先生を見る。

 

「山田先生……それは上の決定なのか?」

「はい……篠ノ之博士の好きなようにやらせろと。あと、副担任に織斑先生をつけるって」

 

 千冬姉が真剣を鞘に納める。そしておもむろに頭を抱えた。

 

「バカだろ、アイツら……」

 

 心中お察しします。ついでにまだ気づいてないかもしれないけど役職を失った山田先生もお疲れさまです。

 教壇では勝ち誇った束さんがVサインをした。

 

「というわけで全員外に出ろー! まずは全員で殺し合ってもらうよー!」

 

 何がまずなのかさっぱりわからない。

 グラウンドにいくと全員分のISが用意されていた。全て新しく製造されたもの。

 この瞬間に『世界には467機のISしかない』という常識がぶっ壊れた。

 ついでに千冬姉の頭痛がピークに達してぶっ倒れた。

 わけもわからず、まだ名前も知らないクラスメイトたちとバトルロワイアル。

 金髪のお嬢様にめっちゃ撃たれたことしか覚えてない。

 だからこんな学園に来るの嫌だったんだよ……


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