【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第十話『戦いの終わり』 

 満月に背を向けながら、エレイン・ロットの瞳は爛々と輝いていた。

 マッキノン家に伝わる『鷹の目』は千里を見通し、如何なるペテンも暴き出す。

 

「どうかね?」

 

 ダンブルドアが問いかける。

 

「……不気味だぜ」

 

 エレインは不快気に表情を歪めた。

 ロンドンの地下深くに広がる魔法省の敷地内、そこには無数の光が蠢いている。

 光はその者が持つ魔法力であり、魂だ。

 自覚する前から鍛え抜かれていた鷹の目は自覚した後は刻一刻と能力を向上させている。

 ヌルメンガードを脱出した時は朧げで個人までは特定出来なかった。けれど、今は個々の輪郭がハッキリしている。

 不気味なのはその輪郭が尽く同一人物を象っている事だ。

 

「あれがベラトリックス・レストレンジか……」

 

 大量のベラトリックス・レストレンジが一斉に移動している。その先を追いかけてみると、そこにはベラトリックス・レストレンジに包囲されているエドワードの姿があった。

 

「いた!! ダンブルドア!!」

「うむ!」

 

 現在、魔法省はヴォルデモートによって完全に封鎖されている。

 エドワードが内部に侵入している以上、どこかに抜け穴がある筈だが、それを探している暇など無かった。

 そこでダンブルドアが自らの秘密の一端を明かした。

 彼が持つ杖はニワトコの杖。死の秘宝とも呼ばれる史上最強の杖。この杖を使えば、姿現しを禁じられている区域にも問答無用で侵入する事が出来る。

 エレインが鷹の目で得た情報をダンブルドアは開心術によって受け取る。これはダンブルドアが秘密を打ち明けた時、エレイン自身が発案したものだ。

 口で説明するよりも圧倒的に早く、正確に情報を受け渡す事が出来る。

 エドワードの現在地を知ったダンブルドアは即座に杖を振るい、姿晦ました。

 次の瞬間、彼の姿はエドワードの間近にあった。

 

 第十話『戦いの終わり』 

 

 ダンブルドアは降り注ぐ無数の魔法を無言の反対呪文で打ち消しながら周囲を見渡した。

 四方を埋め尽くす敵意を剥き出しにした魔法省の職員達を見た。

 地面に転がる者達を見た。

 ダンブルドアは横たわる者達を死んでいるものとばかり考えていた。けれど、彼らは全員生きていた。

 

「一人も殺さなかったのじゃな……」

「……いいえ、殺しました。ヴォルデモートを」

 

 畏敬を込めた言葉に返って来たのは罪悪感を帯びた声だった。

 ダンブルドアは目を見開き、息を飲んだ。

 そして、近くの噴水の水を操り、周囲のベラトリックス・レストレンジ達を呑み込ませた。

 如何に優れた戦士だろうと、いきなり水中に叩き込まれたら冷静ではいられない。その状況では無言呪文は使えず、有言呪文を唱えようとしても口内に水が流れ込んでくる。

 たった一手で無数のベラトリックス・レストレンジを無力化させてしまったダンブルドアの圧倒的な力にエドワードは茫然となった。

 

「……す、すごい」

「凄いのは君じゃよ、エドワード」

 

 ダンブルドアは感動した様子でエドワードを見つめた。

 エドワードの言葉は彼の中の固定概念を徹底的に破壊してしまったのだ。

 

「……わしは闇の魔術を忌避しておった」

「ダンブルドア先生……?」

「それは闇の魔術が悪しき力だと思い込んでいた為じゃ」

 

 エドワードは困惑した。闇の魔術が悪しき力である。それは紛れもない真実だ。

 

「力に善悪など無い。そんな当たり前の事をわしは今の今まで気づけずにおった」

 

 ダンブルドアは悪しき者の死に対して、人がどれほどまでに冷酷になる事が出来るかをよく知っていた。

 だからこそ、彼はエドワードの言葉に衝撃を受けたのだ。

 仮に他の者がヴォルデモート卿を討伐したとして、彼のようにヴォルデモート卿の討伐を殺人と捉え、罪悪感を抱く者がどれほどいるだろうか?

 死の淵に立たされて尚、襲い掛かってくる者達に対して不殺を貫ける者がどれほどいるだろうか?

 彼は恐らくは多くの死喰い人達よりも深く闇の魔術に精通しているであろう身でありながら、多くの闇の魔術を忌避する者達以上の気高さを示した。

 それは闇の魔術を悪と断ずる己の固定概念を破壊するに十分過ぎる衝撃をダンブルドアに与えたのだ。

 

「き、貴様ぁぁぁぁ!!!」

「ま、まずい! ダンブルドア先生!!」

 

 ダンブルドアが感動している間にベラトリックス・レストレンジ達が起き上がり始めていた。

 慌てるエドワードに対して、ダンブルドアは微笑んだ。

 

「安心しなさい。もう、君は一人ではないのだから」

 

 そう呟くと、ダンブルドアはニワトコの杖を床に突き立てた。

 

「フィニート」

 

 その瞬間、魔法省に掛けられたあまねく呪文が破られた。

 魔法省建造当時から現在に至るまで、数多くの魔法使い達が魔法省に呪文を掛けてきた。

 それは魔法省を守る為であったり、魔法省を便利にする為であったり、あるいは魔法省にユーモアをもたらす為であったり。

 最近では悪しき者達によって掛けられた魔法も加わっていた。

 それらの呪文が一つ残らずかき消された。

 その意味は――――、

 

「あっ……」

 

 次々に姿現してくる魔法使い達の姿があった。

 ニワトコの杖によるフィニートは姿現しを禁じる魔法をも打ち消したのだ。

 無数のベラトリックス・レストレンジ達に対峙するのは不死鳥の騎士団と闇祓いの精鋭集団だった。

 その中にはエドワードがよく知る背中もあった。

 

「……後で説教してやるからな」

 

 声を震わせながら、ドラコ・マルフォイは言った。

 

「……いい度胸してるぜ、エド」

 

 怒気を振り撒きながら、エレイン・ロットは言った。

 二人は振り返らない。けれど、エドワードは彼らの頬を透明な雫が流れていくのを見た。

 

「皆の者!」

 

 ダンブルドアが立ち上がる。

 

「ヴォルデモート卿は既に討たれた! 残すは皆の解放のみ! フィニートを唱えるのじゃ!!」

 

 ダンブルドアの掛け声に騎士団と闇祓い達が応える。

 放たれるフィニートの光にベラトリックス・レストレンジ達は杖を落とした。

 その顔に浮かぶのは絶望ばかりではなかった。

 

「……ぁぁ、やっと」

 

 それはベラトリックス・レストレンジという人格をインストールされた人々の解放ばかりではなく、ベラトリックス・レストレンジ達の解放も意味していた。

 彼女が信奉した主とはかけ離れた存在なったヴォルデモート卿に弄ばれ、壊され、歪まされ、果ては見知らぬ人間の肉体に縛り付けられた。

 それでも彼女達は主に忠実であろうとした。そうしなければ耐えられなかったからだ。

 彼女達は一人残らずフィニートを受け入れた。

 そして、戦いはそれまでの被害の大きさに反して、とても静かに終わるのだった。


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