友達を助けたい。シンプルだ。だからこそ、その場の全員の心に響いた。
親を殺され、友を傷つけられ、それでも復讐ではなく友情を選んでくれたドラコにわたしは嬉しくなった。
「よっしゃー! 早速出発だぜ!」
勇んで飛び出そうとした所で「待て、エレイン」とドラコに呼び止められた。
「なんでだよ!?」
エドワードが行方を眩ませて、既に丸一日が経過している。
モタモタしている時間などない。
だと言うのに、ドラコは何かに気付いたかのように思案顔を浮かべている。
「落ち着くんだ」
ドラコは言った。
「ガウェイン。魔法省陥落の一報が届いたのは一時間前だったな?」
ドラコに視線を向けられ、スクリムジョールやダンブルドアと眉間にシワを寄せながら話し合っていたガウェインが頷いた。
「監視の者からの手紙を届けてくれたフクロウの疲労具合から察するに、不死鳥の騎士団の本部と魔法省への襲撃はほぼ同時だと思う。だから、陥落したのは更に一時間ほど前と考えるべきだね」
ガウェインはドラコが聞きたい事を正確に汲み取ってくれたようだ。
ドラコは満足そうに頷いた。
「エドは十中八九魔法省に現れる。だが、それはヴォルデモート卿がそこにいるからだ」
「ど、どういう意味なの?」
ジニーは不可解そうに首を傾げた。
「アイツの目的は魔法省に行く事じゃない。ヴォルデモート卿を討伐する事なんだ」
「……え?」
ポカンとした表情を浮かべたのは彼女だけではなかった。
「より正確に言えば、エレインの関心を惹くための行動なんだ」
その言葉にハリー達はなんとも言えない表情を浮かべている。
『……それ、マジ? エレインに褒められたいからって、アイツは魔法省に乗り込んだって事なの?』
ぷかぷかと浮きながらロンが問いかけるとドラコは「そうだ」と断言した。
「だから、ヴォルデモート卿がいるなら、アイツも魔法省に現れる。それが僕とエレインの見解だ。そうだろう?」
ドラコがわたしに話を振ってきた。
「ああ、そうだよ! だから、急ぐんだろ!」
「だが、魔法省陥落は二時間前の事だ。エドもヴォルデモート卿を探し回っていた筈だろうが、魔法省陥落の事実を即座に察知出来るとは思えない」
「……つまり、まだエドは魔法省に来ていない可能性もあるって事か?」
「そうだ。いずれは必ず現れると思うけどね。それに敵の懐へ無策で飛び込むほど無謀ではない筈だ」
「えっと、つまり……、どういう事?」
ハリーは困惑している。ドラコの推理はエドの事を深く知るわたし達以外には理解し難い部分もあるのだろう。
「僕達が魔法省に乗り込めば、その時点で最終決戦が始まる。僕達は何が何でもヴォルデモート卿を討伐しなければいけないし、出来なければ此方が全滅させられる。迂闊に動く事は出来ないという事だ」
そういう事だ。だから、わたしと同じくらい焦っている筈のドラコがわたしを呼び止めたわけだ。
『そうは言うけどさぁ。じゃあ、どうするんだ?』
「……それを今考えていたんだ」
そう呟きながら、ドラコはハリーを見つめた。
「な、なに?」
「……そうだ」
ドラコは目を見開いた。
「何故、思いつかなかった!? 来い、ドビー!!」
バチンという音と共に屋敷しもべ妖精のドビーが現れた。
「お、お呼びで御座いましょうか、ドラコお坊ちゃま」
現れたドビーをドラコは掴み上げた。
「ぼ、坊ちゃま!?」
「お、おい、ドラコ!?」
「なにしてんだ!?」
いきなり屋敷しもべ妖精を呼びつけて掴み上げるのは尋常じゃない。
フレッドとジョージも仰天している。
「ドビー! お前はどうやってポッターの居所を掴んだんだ!?」
「ふ、ふえ?」
その言葉でドラコの意図が分かった。
脳裏に稲妻が走ったかのような衝撃だ。
ドラコが言う通り、どうして今の今まで思いつかなかったのか分からない。
「お前はポッターの名前しか知らなかった筈だ! なにしろ、父上ですらポッターの居所を掴む事が出来なかったのだからな!」
「……は、はぃ。わ、わたくしめはハリー・ポッターさまのお名前以外はお、お知りになられませんでございました……」
「ならば、どうやって見つけ出した!? 顔も知らず、その存在をアルバス・ダンブルドアによって隠し通されていた筈のポッターをどうやって!?」
「そ、それは……ド、ドビーは悪い子……」
ドビーの手は自分をお仕置きする為の何かを求めて彷徨っている。けれど、そんな事はドラコが許さなかった。
「答えるんだ、ドビー!! 答えれば、僕はお前を許す!!」
その言葉には大きな意味があったのだろう。ドビーの大粒の瞳はその限界いっぱいまで見開かれた。
「ド、ドビーは……、ま、魔法をお使いになられたのでございます……。や、屋敷しもべ妖精はいつでもご主人さまの下へ駆けつけられるように、そ、そのようにする為の魔法を使えるのでございます……」
「なら、お前はエドを見つけられるか!?」
「お、おそらく、か、可能だとお、お思いになります……」
「なら、ドビー。エドをここに連れて来い!」
「か、かしこまりました!」
バチンという音と共に消えるドビーにわたしは拍子抜けしそうになった。
「……わたしが颯爽と助けに行く予定だったのに」
「犯す必要の無いリスクなんて負わなくていいだろ」
ドラコはニベもなく言った。
「それはまあ……、いや待て! そうだ! エドがもう魔法省に突入している可能性だって十分にある! おい、アイツに任せきりにして大丈夫なのか!? 大分トロそうだったぞ!?」
エドがまだ魔法省に突入する前なら問題ないが、突入していたら敵陣営のど真ん中での救出劇になってしまう。
あの怯えた様子を見るに、勇敢とは程遠く感じる。
「ドビーはホグワーツのような姿現しを禁じられている区域でも問題なく姿現しが出来る。万が一、既にエドがヴォルデモートと決戦を開始していても救出は可能だと思う」
「けどよぉ……」
そうやって話していると、バチンという音が響いた。
慌てて顔を向けるとドビーが立っていた。その顔は怯えて切っている。
その後ろにはローズの姿があった。
「ローズ!?」
「ただいま、アメリ……じゃなくて、エレイン」
ローズはグッタリした様子だ。
「お、おい! 大丈夫かよ!?」
「大丈夫に見える……?」
見えない。
「……何があった?」
「わたしが如何に愚か者かを徹底的に分からせられたわ……」
これは重症だ。歯の綺麗さとミステリアスが売りの美人娼婦としてスラムで名を馳せていたローズともあろうものが、まるで愛した男に手酷く振られたかのようだ。
「……エドに『ママなんて大嫌いだ!』とでも言われたのか?」
わたしの言葉にローズはギョッとしたような表情を浮かべた。
「エレイン。君、知ってたのか……?」
ドラコもローズと同じ顔をしている。時々思うのだが、ドラコが女だったらわたしの春はもう少し先延ばしになっていた気がする。
「なんとなくだ。ヒントは幾つかあったしな。それより、エドと会ったんだな?」
ローズに問いかけると、彼女は小さく頷いた。
「……ママなんて言って貰えなかったわ」
弱り果てているローズの傍にエミーが駆け寄っていく。
「エミー。わたしも貴女と同じだったみたい。息子に呪われて、漸く気付いたわ。わたし、ママになりたかったみたい」
打ちのめされている彼女をエミーはそっと抱き締めた。
わたしはやれやれと肩を竦めた。
エドが何を思っていたのか手に取るように分かってしまう。
「安心しろよ、ローズママ」
「え?」
わたしがママと呼ぶと、ローズはフクロウが豆鉄砲を食らったかのような顔をした。
「なーにを戸惑ってんだ? わたしとエドは結婚するんだぜ? だったら、わたしだってアンタの娘になるわけだろ?」
「……エレイン、アンタは」
「ちゃんと連れて帰って来るからよ」
わたしはローズの目を見ながら約束した。