第五話『親』
魔法省と不死鳥の騎士団の拠点が陥落した。その報告が届いた時、私は庭先に立っていた。エドを捜すために鷹の目を凝らしていたんだ。ヌルメンガードの時みたいに世界が色分けされて見える。
手前の複雑に絡み合った光の壁は隠れ穴の境界だ。その先には蠢く光の粒が点在するばかり。私の眼は地平の彼方まで見通す事が出来るけど、エドとローズの姿はどこにも無い。
「どこに行ったんだよ、エド……。ん?」
視界に奇妙な光が写り込んだ。帯を引く光の粒が一直線に飛んでくる。
「箒じゃない……。来る!」
「え?」
情報を運んで来てくれたジョージを抱き抱えて室内に駆け戻る。
「全員備えろ! 何かが来るぞ!」
拡声呪文を使って叫ぶと同時に隠れ穴を謎の集団が取り囲んだ。
取り囲んだ時点で相手は敵だと確信した。味方なら、堂々と正面に現れればいい。
《エレイン! みんなをわたしの近くへ!》
エミーの声だ。みんな、もう集まってきている。鷹の目で確認した。逸れているヤツはいない。抱えたままのジョージとエミーの傍へ行く。
「みんな、エミーの近くに来い!」
モタモタしている奴も超能力で引き寄せた。すると、次の瞬間、目の前の景色が一変した。足元にはふかふかの絨毯が広がり、目の前には大きな暖炉とソファーがある。
見たことがない。だけど、なんでだろう。胸がうずく。
『ここって……』
「知ってるの?」
部屋の中をキョロキョロ見ているロンにハリーが声を掛けた。
『うん。ここって、僕が彼女に紅茶を御馳走してもらった部屋だよ』
「エミーの居た場所って事か……」
「それって、つまり……」
ジニーが私を見た。
「ここが、貴女の家なんじゃない?」
「え?」
私はエミーを見た。
《そうだよ。ここがエレインの家。ローズが言ってた》
「ここが……」
マッキノン邸。私の
暖炉の上には写真が飾られていた。琥珀色の髪の女と、銀髪の男。いくつかの写真には赤ん坊が映っていた。それはきっと……、
《エレイン》
「……なんだよ」
《いいんだよ》
「だから……、なにが」
《わたしに気をつかなくていいよ》
「はぁ!?」
周りが飛び上がった。
「え? ど、どうしたの?」
「エレイン!?」
『びっくりした……』
つい、声がデカくなった。図星をつかれた事に遅れて気がついた。
「……わ、私の母親はお前だ。マーリンも……、バンも……他人だよ」
《違うよ。お父さんとお母さんだよ》
「違わないんだよ! ……ってか、どうでもいいんだよ。そんな事より、今は他に気にするべき事があるだろ」
《……エレイン》
エミーが哀しそうに顔を歪めた。そんな顔をさせたいわけじゃない。
たしかに、両親の事は気になる。今までは実感が伴っていなかった。マーリンの子供の頃の写真や、彼女の日記を読んでも、まるで小説の中の登場人物のような感覚しか抱けていなかった。
だけど、
前にダンブルドアに言われた言葉を思い出す。
―――― エレイン・ロット。お主にとって、世界とは直接触れたものが全てなのじゃな。眼で見て、耳で聞いて、鼻で嗅いで、肌で触れて、そうして感じた世界こそ、お主にとって唯一無二の現実なのじゃろう。他者のように、大きな流れに流される事も、空想に溺れる事も無い。きっと、一時でもマーリンとバンに会う事があれば、彼らもお主の現実に取り入れられる事じゃろう。
さすがは偉大なるアルバス・ダンブルドアだ。自分でも不明瞭な部分を正確に見抜いていやがる。私の鷹の目なんて比較にならない本物の眼を持っている。
だけど、エミーがいるんだ。掛け替えのない存在だ。私を愛してくれて、命を与えてくれて、死んだ後まで傍にいてくれている。彼女以上の存在なんていないし、いて欲しくもない。
「……エレイン」
声を掛けてきたのはジニーだった。なんだか、よく声を掛けられる。
「ごめん。余計な事を言ったかも」
「あ?」
「……エレインはエミーが唯一無二の存在だって分かってるんでしょ?」
「当たり前だろ」
「それ、エミーも分かってるんだよ」
私はジニーの顔をまじまじと見つめた。
「な、なに?」
「いや……、お前、スゲーな」
なんで、こんなに胸の内がモヤモヤしているのか理解出来た。
エミーに誤解されたくなかったんだ。ジニーにエドの葛藤の事を聞いて、無意識の内にエミーまで居なくなるかもしれないって、怖がっていたんだ。
「マジで、ダンブルドア並だぜ」
「……別に。それより、吹っ切れた?」
「おう! ありがとう、ジニー」
「うん……。どういたしまして」
改めて、マーリンとバンの写真を手に取る。
エドワードの事や、隠れ穴の現状、魔法界の行く末、他にも色々と考えるべき事がある。だけど、今は置いておこう。
「エミー」
《なーに?》
「……ちょっと、胸貸してくれ」
《うん》
気を利かせてくれたのか、気付けば部屋の中にはエミーしかいなかった。
《みんな、やさしい人達ばっかりだね》
「ああ、まったくだ。エミーも含めて、優しすぎるぜ」
エミーの胸に顔を埋めると、勝手に涙が溢れてきた。止めようと思っても止まらない。
物心ついた時から今に至るまでの日々が脳裏を過る。腹の立つ事や、泣きたくなる事もあった。だけど、それらがどうでもよくなるくらい、嬉しい事や楽しい事がたくさんあった。生まれて来なかったら味わえない、人生っていう名の幸福。それを与えてくれた両親。私は生まれて始めて感謝した。そして、彼らを想って泣いた。
「……母さん、父さん。産んでくれてありがとう。私はあんた達のおかげで幸せだよ」
ここにエドがいればパーフェクトだった。更にハーマイオニー達やローズもいれば、それこそ非の打ち所がない。
欲張りだな、我が事ながら……。
「……なんか、いろいろスッキリしたな」
涙は私の心の中を綺麗サッパリ洗い流した。おかげで、見え難くなっていたものが見えてきた。エドワードの行方だ。あの馬鹿は私の事を愛している。独占したいと思っている。その為に、行動を起こそうとしている。いや、既に起こした後かもしれない。
「あいつは馬鹿だからな……」
エドが望むなら、それこそ監禁されても、縛り付けられても構わない。それっくらい、私もあの馬鹿にゾッコンだ。その事をもっとシッカリ教えてやれば良かった。
きっと、エドはヴォルデモートの下にいる。
「エミー。マーリン。バン。私、好きな男がいるんだ。そいつはどうしようもない馬鹿で、実に情けなくて、どうにも両極端な性格で、きっと今も馬鹿な事をしているよ」
エミーはニコニコしている。
「その馬鹿を紹介したい。だから、見守っててくれないか? いろいろと無茶する事になるだろうけど、頼むよ」
《もちろんだよ、エレイン》
きっと幻だろうけど、エミーの向こう側にマーリンとバン、そして、マクゴナガルの笑顔が見えた気がした。
《エレインなら、きっとうまく出来る。だって、わたし達の自慢の娘だもん!》
前に千里に見せてもらったアニメ映画を思い出す。そいつは顔がアンパンで出来ている非常にエキセントリックなヒーローだ。
―――― 勇気百倍。
それがそいつの決め台詞。今の私にピッタリな言葉。親が見守ってくれている。信じてくれている。笑って見てくれている。勇気が無限に湧いてくる。
鷹の目を開くと、他の連中は隣の部屋にいた。話し合いの真っ最中なのだろう。頬を両手でパンッと叩く。
「行くか!」
《うん!》