【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第四話『人格流入』

第四話『人格流入』

 

 ロンドンの中心地に聳える時計塔、ビッグ・ベン。

 その頭頂部に、一人の青年が降り立った。その足元には縛られた少女の姿がある。

 

「さてさてさーて、始めようか」

 

 ヴォルデモートは眼下を見下ろしながら腕に刻んだ紋章に魔力を流す。

 既に手は打ってある。後は、待つだけでいい。

 

「君の情報網は実に役に立った。素晴らしいよ、エリザベス・タイラー」

 

 はじめに魔法省の職員を一人捕まえた。洗脳して、尖兵にするつもりだった。

 ところが、彼の記憶を覗いてみると、面白い少女の存在を知る事が出来た。

 エリザベス・タイラー。彼女は、魔法省の高官達にもネットワークを張り巡らせ、ヴォルデモートの動向を探っていた。

 その手腕は見事の一言。ヴォルデモートの好奇心はいたく刺激された。

 

「君は記者志望だったね? ならば、見せてあげるよ。世界が変わる瞬間を! 君だけの独占スクープだ!」

 

 捕まえる事は簡単だった。如何に小賢しくても、所詮は子供。はじめは抵抗して来たけれど、親友を人質に取ったら素直になってくれた。 

 ヴォルデモートは瞼をかたく閉ざすエリザベスに言った。

 

「目を開けろ。ジェーン・サリヴァンを殺すぞ」

 

 涙を流しながら瞼を開くエリザベス。

 彼女の脳裏には、嘗て友人から言われた言葉が駆け巡っていた。

 

 ――――勝ち目のない戦い方はするなよ?

 

 間違っていた。

 初めから、勝ち目など無かった。本当の意味で手段を選ばない化け物を相手に、勝てる人間なんていない。

 戦う事を選んだ時点で負けている。

 

 ◇

 

 魔法省の内部では事件が発生していた。

 はじめに魔法運輸部のある地下六階が封鎖され、次に地下八階のアトリウムにある煙突飛行用の煙突が機能を停止した。通常の出入り口も閉じられ、姿くらましも使えない。

 異変に真っ先に気付いた者は、次々に拘束された。拘束したのは、さっきまで普通に話していた友人や、報告に来た部下や、命令を下してきた直後の上司だった。

 それから、十五分後の事。数ヶ月前のヴォルデモート襲撃事件で再編されたばかりの指揮系統が唐突に麻痺した。下の言葉は上に届かず、上の言葉も下に届かない。横のつながりも、どこかで途切れてしまう。

 

「何が起きている!?」

 

 誰かが叫んだ。

 

「見るがまま。在るがまま」

 

 答えたのは、アトリウムに突然現れた青年だった。

 その顔は、数ヶ月前の日刊預言者新聞の一面を飾った人物と瓜二つ。

 

「ついて来たまえ、エリザベス」

 

 ヴォルデモートは堂々と通路の真ん中を進んでいく。

 

「ヴぉ、ヴォルデモート、貴様の仕業か!!」

 

 誰かが杖を掲げた。そして、その誰かは別の誰かに拘束された。

 同じ事が次々に起こる。アトリウム内はまさに阿鼻叫喚。ヴォルデモートは愉しそうに微笑んだ。

 

「どうだい? すごいだろ」

 

 誇らしげなヴォルデモートに、エリザベスはひたすら怯えた。

 

「なにをしたの……?」

「死喰い人達を実験台にして、いろいろ試してみたんだ。どうやったら、一番効率よく忠実な駒を作る事が出来るか」

 

 淡々とした口調でヴォルデモートは言う。

 

「答えは、そういう人格を作り出す事だった」

「人格を作り出す……?」

「記憶を消し去る忘却術や、記憶を読み取る開心術の応用だよ。あと、人間が元々持っている機能を利用した。多重人格っていう言葉を知っているかい? 要するに、僕は僕の都合のいい人格を彼らに植え付けたんだよ。スイッチ一つで僕が仕込んだ命令(コード)を実行するだけの機械に早変わり。裏切る心配もない」

 

 空恐ろしい事をサラッと言うヴォルデモートに、エリザベスは震えた。

 

「ああ、どうやってこの人数を弄ったのか不思議かい? 君の脅迫手帳の作り方と一緒だよ。一人に僕がした事と同じ事をするようにインプットした。すると、後はほら、ねずみ算って感じ」

 

 ヴォルデモートは愉しそうに言った。

 

「信頼って、素晴らしいね。少しの手間で、こんなにもネットワークを広げる事が出来た。親しい友は疑わない。部下や上司は信じる。その結果がこれさ。まさに、結束の力だよ!」

 

 そう言って、ヴォルデモートは両腕を大きく広げた。エリザベスが振り返ると、そこには片膝をつき、忠誠を誓う魔法使い達の姿があった。

 アトリウムを数十メートル歩いている間に、ヴォルデモートは魔法省を掌握した。

 

「君、名前を言ってごらん」

 

 ヴォルデモートは近くの男に声を掛けた。

 

「ベラトリックス・レストレンジでございます」

 

 その言葉に、エリザベスは言葉を失った。

 

「君は?」

「ベラトリックス・レストレンジでございます」

 

 老若男女、誰に聞いても答えは同じだった。

 

「素晴らしいだろう。今の彼らは姿形は違えど全員がベラトリックス・レストレンジだ! 僕に絶対の服従を誓った女の人格が彼ら本来の人格を抑えつけ、僕に忠誠を誓っている」

 

 ヴォルデモートは指を鳴らした。 

 すると、どこからか数人の男女を拘束した男達が現れた。

 

「何をしているの、マイケル!」

「裏切ったのか、ジャレット!」

「嘘だと言って、みんな!」

 

 ヴォルデモートは喚き立てる彼らの前に立った。

 

「やあ、不死鳥の騎士団の諸君。それじゃあ、拠点の場所を教えてもらおうか」

 

 ヴォルデモートの開心術を防げる者は稀であり、彼らは稀なる存在ではなかった。

 記憶を暴かれた彼らにも、ヴォルデモートはベラトリックス・レストレンジの人格を流し込む。

 

「さてさてさーて、やる事は分かっているね?」

「もちろんでございます、我が君」

 

 その光景は常軌を逸しており、あまりの恐怖にエリザベスは意識を失った。

 

「あらら、気絶しちゃったよ。仕方ないな」

 

 浮遊呪文でエリザベスの体を浮かばせると、ヴォルデモートは近くのベラトリックス・レストレンジに言った。

 

「禁句を設定しておいてよ。前みたいに、僕の名前を呼ぶ人がいたら分かるようにしておいてくれたまえ」

「かしこまりました」

 

 ヴォルデモートはその返事に満足すると、鼻歌交じりにエリザベスを連れて魔法省の最上部へ向かった。

 魔法大臣室に入ると、そこには新たに大臣になったキングズリー・シャックルボルトがいた。

 

「我が君……、此方へ」

「うん!」

 

 大臣の椅子に座ると、ヴォルデモートはベラトリックス・レストレンジ達を部屋から追い出した。

 

「さーて、ゲームの始まりだ。ここまで来たまえ、超人(オーバーマン)達よ」


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