第三話『急転直下』
エドが帰ってこない。もう、夜になってしまった。鷹の目で見ても、数キロ範囲内にエドの姿が見えない。
探しに出かけようとしたら、ガウェインに止められた。
「私が行くから、君はここに居なさい」
「だけど!」
この状況で、エドが何も言わずに消えるなんておかしい。そもそも、理由がない。
嫌な予感がする。もしかしたら、死喰い人が私を狙って、人質にするためにエドを攫ったのかもしれない。
「邪魔するな、ガウェイン!」
「落ち着くんだ、エレイン!」
「落ち着けるか! 分かってんだろ!? 何かあったんだ!」
ガウェインを超能力でぶっ飛ばす。
そのまま外に出ようとして、誰かに腕を掴まれた。
振り返ると、そこにはジニーがいた。
「待って、エレイン!」
「なんだよ、ジニー! 私はエドを探しに行くんだ!」
「分かってる! だけど、聞いて! エドワードはエミリアに嫉妬してたの」
「……はぁ?」
意味がわからない。
「は? なに、エミーに嫉妬って、どういう事だ?」
「……あのね。エドワードは居場所が失くなる事を恐れていたの」
「居場所って……、何の話だ?」
ジニーとは、あまり話したことがない。
だから、曖昧な言い方をされても分からない。
今はエドの事で頭がいっぱいなんだ。頼むから、分かりやすく言ってくれ。
「エミリアはエレインにとって大切な人。その大切な人を失った心の隙間を、エドワードは自分が埋めてあげられていると思っていたの。だけど、エミリアは戻って来た。だから……」
「それ……、エドが言ったのか?」
「違うわ。だけど、分かるの」
「なんでだよ!?」
「だって、私もそうだから……」
そう言われて、腑に落ちた。
「……それ、ハリーとロンの事か?」
ジニーは頷いた。
なるほど、他人の事になると分かりやすい。
ハリーはロンを失った。その隙間を埋めたのがジニー。だけど、ロンはゴーストになって戻って来た。
些細な差異はあれど、私達の境遇とそっくりだ。
私はハリーで、エミリアはロン。そして、エドはジニー。
「ジニーも、ロンに嫉妬したのか?」
「……したわ。自分が嫌になるくらい、最低な事を考えた。ハリーが私を見てくれなくなったらって思うと、すごく怖くて……。だから、必死に考えたの。そして、行動したのよ」
「行動って?」
「ハリーに、私の価値を示したかった。だから、ハリーが望んでいた事を叶えるために、ダーズリー邸を訪ねたわ。彼らとの関係を仲立ちすれば、私は彼の唯一無二になれると思ったから……」
以前、メリナのアトリエで聞いた事がある。ハリーはダーズリーというマグルの家で育てられていて、あまり良い関係ではないと言っていた。
「断言してやるよ。ハリーにとって、ジニーはとっくの昔に唯一無二だ。そもそも、前提から間違ってるぞ。お前はロンじゃない。エドもエミリアじゃない! 一緒にした事なんて一度も無いんだ!」
「エレイン……」
「エドのバカ。グダグダ余計な事を考えるくらいなら直接言えっての! とにかく、見つけ出して説教してやる!」
そう言って飛び出そうとした瞬間、目の前に人影が現れた。
老人と女。女の方には見覚えがある。ここに居るはずのない人間だ。
「ロ、ローズ!? なんで、お前が……」
目を丸くする私に、ローズはニコリと微笑んだ。
「元気そうで何よりだ、アメリア。エミーとは会えたみたいだね」
「……お前、何者なんだ?」
少なくとも、ローズはマグルではなかったみたいだ。エミーの事まで知っているとなると、どうにもきな臭い。
「警戒しなくていいわよ。もう、秘密にする意味も無いから言っちゃうけど、私はマクゴナガル先生に頼まれて貴女を見ていたのよ」
「マクゴナガルに!?」
「そうよ。ただ、時が来るまではアンタに何も話すなって言われていたの。理由は、もう分かっているでしょ?」
ローズが魔法使いだった。しかも、マクゴナガルの差し金で近づいてきた。
「……お前、エミーを助ける手段があったのに見殺しにしたのか!?」
他の事はどうでもいい。だが、その一点だけは許せない。
「エミーの事を友達だって言っといて、テメェ!!」
拳を振り上げると、私達の間にエミーが割り込んできた。
《ダメ、エレイン》
「どけよ、エミー!」
《ダメだよ! ローズが悪いわけじゃないの!》
「……私には聞こえないけど、私を庇ってるんだね、エミー」
ローズは言った。
「なら、それは間違いだよ。間違いなく、悪いのは私だ」
そう言って、ローズは腕を見せた。そこには、死喰い人の証が刻まれていた。
様子を見ていたガウェインが咄嗟に私の前に立ち、杖を構える。だけど、ローズは無防備なままだった。
「私はヴォルデモート卿に忠誠を誓った死喰い人。だから、合法的な手段でエミーを助ける方法が取れなかった。非合法な手段を取ろうにも、昔の伝手は尽く使えなくなっていて、どうにも出来なかったわ。って、言い訳臭すぎるわね」
ローズは顔を歪めながら、私の胸元を指差した。
「……ついでに教えとくと、それを贈ったのは私よ。マーリンから預かったものなの」
そう言って、彼女は胸元から私の物と同じブローチを取り出して、それをエミーに渡した。
「それらは引かれ合う性質を持っているわ。杖を振るように魔力を流せば、移動キーのようにもう片方のブローチの下へ移動する事が出来る。それから、裏側に穴があるでしょ? 覗き込んでごらん」
言われた通りにブローチの裏側を見てみると、たしかに小さな穴があった。あまりにも小さくて、全く気付かなかった。
覗き込んでみると、そこにはエミーの顔があった。
「覗き趣味かよ」
「私の立場でアンタを見守る方法がそれしか思い浮かばなかったのよ。ホグワーツにはついて行けないし、エミーの事もあったから」
「エミーの事って?」
「エミーをシルキーにしたのは私よ。ちょっと、魂について研究してて、その副産物みたいなものね」
「魂の研究……?」
「ヴォルデモートは分霊箱のせいでまともにやっても殺せないのよ。だから、魂ごと破壊する方法が一番手っ取り早いの。まあ、他にもオリジナルを殺さないまま霊体を通さない箱に詰めて海の底に沈める手もあるけど、いずれにしても私には無理だったわ」
「物騒な事を……」
「アイツには個人的に借りがあるのよ。だから、ギャフンと言わせたかったの。まあ、とりあえずゲラート・グリンデルバルドを拉致って来たから、私の知識も合わせてダンブルドアに渡すわ」
「グリンデルバルド!?」
ガウェインが目を見開きながら叫んだ。
「そうよー。ほら、このお爺ちゃん」
そう言って、ローズは老人を前に押し出した。
「……これが、若さか」
何やら達観したような事を言っている。
「ほ、本当にグリンデルバルドなのか?」
「嘘ついてどうするのよ。ダンブルドアはどこ? あの人なら分かるでしょ?」
「ここにおるよ、メアリー」
いつの間にか、そこにはダンブルドアの姿があった。
「久しいのう」
「ええ、お久しぶりです」
「メアリーって、ローズの名前か?」
気になって尋ねると、ローズは頷いた。
「でも、ローズでいいわ。そっちの方が気に入ってるのよ」
「そうなのか? わかった」
《わかった!》
ローズはダンブルドアに向き直った。
「はい、これ」
そう言って、ローズは胸元から小瓶を取り出した。
「ここに、私の研究結果があるわ。分霊箱を無視してヴォルデモートを殺す方法よ。おそらく、貴方にしか扱えない。それと、こっちはヌルメンガードに行ってきたお土産」
「……なんと」
すごいな。ダンブルドアが呆気にとられている。
「……ゲラートか」
「久しいな、アル。随分と老けたじゃないか」
「互いにな」
熱い眼差しを交わし合う爺さん達。
エリザベスの言葉が蘇る。
――――先生、学生時代はゲラート・グリンデルバルドと恋仲だったみたいなの。
うん。そっとしておこう。
「……って、こんな事してる場合じゃない! エドを探しに行かなきゃ!」
「ああ、あの子? いいわ。私が探してきてあげる」
「え? でも……」
「アンタはここにいなさい。ちゃんと連れてきてあげるから」
「ローズ……」
ローズはダンブルドアを見た。
「それじゃあ、先生。さようなら」
ローズが去った後、グリンデルバルドとダンブルドアはウィーズリー家の一室に篭ってしまった。
私はやきもきしながらローズとエドの帰りを待ち、それから一晩が経過した。
朝になって、私達に知らされたのは魔法省が陥落したニュースと、不死鳥の騎士団の拠点が襲撃を受けたという報告だった。
エドとローズは戻ってきていない……。