【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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final.Gather ye rosebud while you may.
第一話『トモダチ』


第一話『トモダチ』

 

 ヌルメンガード要塞監獄。そこは現在(いま)、死臭で溢れ返っていた。

 数少ない生存者は小さな檻の中に入れられ、君主たるヴォルデモート卿は研究の成果に満足の笑みを浮かべている。

 

「さてさてさーて」

 

 紅く染まった瞳が縛られた老人を射抜く。

 

「ゲラート。君と過ごす時間は実に楽しかった。だから、これは感謝の気持ちなんだ」

 

 掲げられる杖を見て、ゲラート・グリンデルバルドは己の過ちを悔いた。

 やり直せると勘違いをした。若さを未熟さと勘違いした。ヴォルデモートを御する事が出来ると勘違いした。

 

「……ヴォルデモートよ。最期に教えて欲しい」

「なんだい?」

「お前は、何を望む?」

 

 ヴォルデモートはクスリと微笑んだ。

 

「君とは違うもの。ただ、僕は……っと、お客さんだね」

 

 ゲラートは、ダンブルドアが攻め込んできたのかと思った。準備を整えて、悪意を討つために。

 けれど、そこに立っていたのは女だった。香り立つような色気を持つ、紅い髪の女。

 

「……驚いた。生きていたんだね、メアリー」

「ええ、おかげさまで」

 

 彼女の腕には禍々しい刻印が施されている。それは、死喰い人である事の証。

 ゲラートは、ここに居た多くの死喰い人達と同じ運命を辿るであろう彼女の運命を哀れんだ。

 

「ああ、紹介しておくよ。彼女はメアリー・トラバース。マッキノン家討伐の立役者だ」

「……ダレン・トラバースの嫁か?」

「その通り。僕が愛のキューピットになってあげたんだ」

「よく言うわね。服従の呪文で媚薬を飲ませた癖に……」

「勘違いをしないで欲しいな。僕は引き合わせただけだよ。媚薬はダレンの独断さ。さすがに、僕も恋愛にドラッグを持ち込む野暮はどうかと思ったよ」

「……ゲス野郎の事はどうでもいい。この様子だと、生きてはいないみたいだしね」

 

 メアリーは不快そうに周囲の死体を見回した。

 

「そうだね。僕も、あのバカの事はどうでもいい。それより、気になる事があるんだ」

「何かしら?」

「マッキノン家の生き残り。エレイン・ロットを名乗る少女がいた。彼女を匿っていたのは君かい?」

「さあ、どうかしら」

「弟の死に思うところがあったというわけだ。泣かせる話だね」

 

 その言葉と同時にメアリーの顔つきが変化した。

 怒りと憎しみで美しい顔が禍々しく歪む。

 

「おお、怖い。そんなに大事だったのかい? 喧嘩ばっかりしていたそうじゃないか」

「……黙りなさい。弟だけは見逃す約束だったのに!」

「僕に言われても困るよ。トラバースには、ちゃーんと言ったんだ。バン・マッキノンの事は見逃せって」

「それなら、どうして!」

「だから、あのバカの独断だよ。まあ、彼を選んでしまった僕にも責任が無いわけじゃないか……。ごめんね!」

 

 メアリーの顔が更に歪んでいく。その形相に、ヴォルデモートはクスクスと笑った。

 

「おお、怖い。まさに、山姥って感じ」

「……アンタを殺して、その肉を食ってやろうか」

「やめといた方がいいよ? カニバリズムはクールー病の原因になるからね」

「なによ、それ……」

「知らない? 食人を原因とした病の名称さ。まあ、これはマグルの医者が付けたものだけどね」

「マグルの医者……? あれほどマグルを見下していたアンタが、どういう風の吹き回し?」

「どういうって言われてもねー。僕は気づいてしまったんだよ」

「気付いた……?」

「そう! 結局のところ、凄いやつは凄い。そして、バカはバカだ。マグルの中にも有能な者は大勢いる。そして、それ以上の愚者がいる。魔法使いも同じさ」

「……アンタ、悪い物でも食べたの?」

「酷い言い方だなー。僕は学んだだけだよ」

 

 妙だ。ゲラートは感じた。

 二人の間に流れる空気は異質過ぎる。明らかに殺意を持って現れたメアリーも、殺意を向けられているヴォルデモートも、一向に動かない。

 一触即発の空気の中で、いつまでも悠長な会話を続けている。

 

「……それで、君は何をしに来たんだい?」

「決まってるでしょ。アンタを殺しに来たのよ」

「殺せると思っているの? 君如きが」

「ええ、思ってるわよ。分霊箱で命のストックを作っても、それは魂を破壊されなければ通用するだけのもの」

「ふーん。分霊箱に気づいていたんだ」

「ダレンが私を抱く時に自慢気に語っていたもの。アンタのトリックは分霊箱に間違いないって」

「……なるほど、彼はバカだけど、頭は良かったからね」

「ゴースト、亡者、妖精、ポルターガイスト。色々と勉強したわ。私ならアンタを殺せる。確実に!」

 

 その言葉に、ヴォルデモートは嗤った。

 

「……なにがおかしいの?」

「おかしいよ! だって、君は嘘を吐いている」

「嘘ですって……?」

「僕が、僕を殺せる方法を研究していないと思う? だって、明らかに弱点だもの。たしかに、魂そのものを破壊する方法は幾つか在る。だけど、どれも並大抵の魔力では成立しない。ダンブルドアならともかく、君には無理だよ」

「……そうかしら?」

「そうだよ。そもそも、こうして悠長に会話を続けている事が証拠さ。出来るなら、僕が気づく前にやるべきだった。ここまで近づけた君なら出来た筈だろう?」

「……ふーん」

 

 メアリーの表情が一変した。怒りと憎しみの感情が削ぎ落とされ、平然とした表情を浮かべている。

 

「さすが、帝王様ね。やっぱり、敵わないわ」

 

 そう呟くと、メアリーはゲラートの下へ走った。

 

「……何してるの? 人質のつもり? 残念だけど、彼にその価値は無いよ?」

「さてさてさーて」

 

 メアリーは嗤った。

 

「引き上げるわ。またね、帝王様」

「は? ここで姿くらましは……」

 

 姿くらましは出来ない筈。その言葉を嘲笑うかのように、メアリーはゲラートごと姿を消した。

 呆気に取られ、目を丸くするヴォルデモート。

 次第に、笑いが込み上げてきた。

 

「素晴らしい! まんまと逃げおおせた。それも、ゲラートという情報の塊を連れて!」

 

 彼の表情に浮かぶもの。それは、歓喜だった。

 

「すごいなー! これだよ、これ! 人間ってのは、こうじゃないと!」

 

 湧き上がる感情に、ヴォルデモートは叫び声を上げる。

 

「アルバス・ダンブルドア! ハリー・ポッター! エレイン・ロット! メアリー・トラバース! 君達は最高だ! 愚鈍なルサンチマン共とは違う! 卓越している! ああ、この感情を何と呼べばいい!? いや、知っているぞ。知っているとも! これが、愛だ!! 愛している!! 君達が欲しい!! だから!!」

 

 ヴォルデモートは杖を振るう。

 紅蓮の業火が要塞を燃やしていく。屍も、生者も、余さず呑み込んでいく。

 彼は箒も使わずに飛び上がり、空から地平の彼方を仰いだ。

 

「君達に対して宣戦布告する!! 存分に抗ってくれ!! 僕は邪悪!! 僕は恐怖!! 敵こそが、僕の……、友達だ」


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