【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第十八話『再会』

第十八話『再会』

 

 ロンドンの暗部。スラムの一角にある古びたアパートメントを、ローズと呼ばれた女が見上げている。

 赤い髪が目を引く、美しい容姿の娼婦。彼女が踵を返すと、風景が一変してしまった。

 さっきまで、そこにあったアパートメントが消失した。

 

「……さてさてさーて。これで、義理は果たしたわよ。バン……、マクゴナガル先生……」

 

 懐から、細長い棒を取り出す。それは、魔法使いの杖だった。

 杖で腕のラインをなぞる。すると、そこに禍々しい文様が浮かび上がった。

 

 ◆

 

 隠れ穴は蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。

 ハリーとジニーが付き合っている。その事実に怒ったロンが飛び出して、すでに半日が経過している。

 

「まっ、まさか、ショックでそのまま成仏したなんて事はないよな!?」

「ショックで成仏って、どういう事だよ!」

「ああ、ロン。どこに行ってしまったんだ……」

「……ロン」

「どうして……」

 

 重い空気が広がっている。特に、原因となったハリーとジニーの落ち込み振りが酷い。

 

「まったく……、どこに行ったんだ」

 

 その時、急に玄関が騒がしくなった。

 はじめ、ロンを探しに出た母さんやビル、チャーリーが戻って来たのかと思った。

 フレッドが真っ先に飛び出していき、ハリーとジニーも後に続く。

 

「僕達も行こう、パーシー!」

 

 僕はパーシーに声を掛けてから玄関に向かった。

 すると、そこには母さん達じゃなくて、ロンがいた。

 見知らぬ少女と手を繋いでいる。色白で、髪もサラサラ。服もシルクで高そうだ。おまけに思わず見惚れそうになるほどの美人。

 

「ロン! お前、どこに行ってたんだ! それに……、その子は?」

 

 フレッドの言葉に、ロンは慌てて繋いでいた手を離した。

 

「……えっ、ちょっと待って! 今、手を繋いでいた!?」

 

 僕の言葉に、フレッドやパーシーも目を大きく見開いた。

 

『えっと、とりあえず、ただいま。彼女はシルキーなんだ。飛んでる途中で会って……、そうだ! パーシー!』

「なっ、なに!?」

『ヘルメスを貸して! エレインに連絡を取りたいんだ』

「エレインだって!? どうして、彼女に?」

 

 僕が聞くと、ロンは飛んでいった先で起きた出来事を話した。

 触れる壁。座れるソファー。持てるカップ。飲める紅茶。

 生きている者にとっては当たり前の事を、ゴーストであるロンが出来た事に、僕達は驚いた。

 そして、ロンの隣の少女がシルキーであり、エレインを探していると聞いて、また驚いた。

 

「……えっと、君はエレインとどういう関係なの?」

 

 僕の言葉にシルキーは困った表情を浮かべた。

 

『あっ、彼女は喋れないんだよ』

 

 ロンの言葉にシルキーがブンブンと首を縦に振る。

 

「なら、どうしてエレインを探しているって分かったんだ?」

『写真を持っていたんだよ。エレインの』

「エレインの写真を?」

 

 シルキーは頷きながら僕に写真を見せてくれた。

 それを見て、僕は少し違和感を覚えた。

 

「これ、エレインなの?」

『えっ、そうでしょ!? どう見ても、エレインじゃないか!』

 

 たしかに、少し幼い感じがするけれど、顔はエレインだ。

 だけど、彼女の着ている服に違和感を覚える。なんというか、彼女にしてはずいぶんと可愛らしい。

 まるで、お嬢様のような姿をしている。

 

「うぉぉぉ!! なんだ、これ!! スゲー、可愛いじゃん!!」

 

 フレッドは僕から写真を奪い取ると興奮した様子で叫んだ。

 

「おい、フレッド。あんまり乱暴に扱うなよ?」

「分かってるって! でも、やっぱりエレインだな。間違いない!」

 

 フレッドが断言した。

 

「でも、彼女がこんな服を着ると思うか?」

「なんだよ、ジョージ! お前、エレインがこういう服を着てたらおかしいって言うのか? それは偏見ってヤツだぜ」

「……そうなのかな」

 

 僕が首を傾げると、シルキーは別の写真を差し出してきた。

 どうやら、何枚もあるみたいだ。

 

「えっ、これって……」

 

 その写真を横から見て、ハリーが声を上げた。

 

「ハーマイオニーとレネじゃないか!」

 

 そこには、エレインの他にも二人の姿が映り込んでいた。

 たしか、二人はエレインのルームメイトだった筈。

 

「これは一体……」

『もう! いいから、パーシーはヘルメスを貸してよ! 僕、彼女にエレインと会わせてあげるって約束したんだ!』

 

 そう言って怒るロンに、僕は吹き出しそうになった。

 

「おいおい、ロニー坊や。もしかして、その子に惚れちゃったのかい?」

 

 すると、ロンは面白いくらい素直な反応を見せた。

 

『な、なな、何を言ってるんだ!! ぼ、僕は別に……』

 

 部屋中を飛び回るロンに、説得力というものは皆無だった。

 シルキーは、そんなロンを見てコロコロと笑っている。

 

「シルキーか……。前に本で読んだ事があるよ」

 

 そう言ったのは、いつの間にか戻ってきていたビルだった。隣にはチャーリーもいる。

 

「ビル! それに、チャーリー! いつの間に!?」

 

 フレッドが目を丸くした。

 

「ついさっきだ。母さんは戻ってきてないみたいだな。探してくるよ」

 

 そう言って、チャーリーは出て行った。

 

「それで、本にはなんて書いてあったの?」

 

 ビルは言った。

 

「心が清らかな少女の魂がゴーストになった時、選択肢を与えられるらしい」

『選択肢?』

 

 いつの間にか、ロンがシルキーと一緒に傍に来ていた。

 

「ああ、誰かのために尽くしたいと願った時、その魂はシルキーとなるそうだよ」

 

 ビルが話している間に、パーシーがヘルメスを連れて来た。ロンは手紙を書こうとしたけれど、やっぱり羽ペンや羊皮紙を持てず、僕が代わりに書くことにした。

 ヘルメスが飛び立った後、ロンはシルキーにうれしそうに『必ず会えるから、もう少しだけ待っててね!』と言い、そのデレデレっぷりにハリーとジニーが吹き出した。

 自分が飛び出していった理由なんて、もう覚えていないに違いない。

 

『パーシー! いつごろ、返事が来るかな!?』

「落ち着くんだ、ロン。ヘルメスなら相手がどこにいても一日で往復出来る。遅くても、明日には返事が来るよ」

 

 パーシーの言葉にシルキーは嬉しそうな表情を浮かべた。

 喋れなくても、意思の疎通は図れるようだ。僕は急いで部屋に戻った。前に、近所のマグルからもらったスケッチブックとサインペンを持って戻る。

 

「シルキー。君は、文字を書けるかい?」

 

 シルキーは曖昧に頷いてみせた。

 どっちだろう……。

 

「とりあえず、ここに自分の意志を書いてみてくれ。そのスケッチブックとサインペンはプレゼントするから」

 

 おずおずと頷き、シルキーはサインペンを手に取った。

 一ページ目に、彼女はミミズののたくったような文字を書いた。

 綴りが間違っているけれど、《ありがとう》と書かれている。

 

「ふむ。シルキー化した事で、文字を忘れてしまったのかな」

 

 ビルの言葉に、シルキーは首を横に振った。

 

「えっ、それならどうして?」

『ちょっと! 失礼だろ!』

 

 パーシーの言葉にロンが噛み付いた。

 対して、シルキーはゆっくりと眉に皺を寄せながらスケッチブックに文字を書いた。

 まるで暗号のようだ。綴りどころか、文字自体が曖昧らしい。

 

「……えっと、《モジ ベンキョウ シッパイ》。文字の勉強を失敗?」

 

 シルキーはどこか恥ずかしそうだ。

 

「それは、生前の話かい?」

 

 シルキーは首を傾げた。

 

「分からないの?」

 

 ハリーの言葉に、シルキーが頷いた。

 

『もう! みんな、すこしはデリカシーってものを持てよ! 行こう、シルキー! 家を案内するよ! それに、その……、良かったら文字も教えるよ?』

 

 ロンの言葉にシルキーは嬉しそうな表情を浮かべた。

 大胆にも抱きついて、感謝の意を示すシルキーに、ロンはあたふたしている。

 まさか、ゴーストになってから春が来るとはね。

 

「それにしても、シルキーはどうしてロンに触れるのかしら」

 

 僕達が気になっていた事をジニーが口にした。

 シルキーはスケッチブックに文字を書く。

 暗号解読に数分。

 

「えっと……、《ワタシ カレ オナジ。チカラ ツカワナイ サワレル》」

 

 そこから更に意味を考える事数分。

 

「そうか! シルキーもゴーストから変化した存在だから、シルキーとしての力を使わなければ、ゴースト同士で触れ合えるって事だね!」

 

 パーシーの言葉にシルキーは両腕を使って丸を描いた。

 なんというか、顔だけじゃなくて性格もずいぶんと可愛い子だ。

 となりのロンがどんどんデレデレになっていくのも分かる。

 

「ロン!!」

 

 そうこうしている内に母さんが帰ってきた。

 ロンを見るなり、顔をくしゃくしゃに歪める。

 

「おバカ! どこに行っていたの!? 心配したのよ!!」

『わっ、ごめんよ、ママ』

 

 母さんはロンを抱きしめようとした。だけど、出来なくて、通り抜けてしまった。

 すると、母さんはざめざめと泣き出した。

 

『マ、ママ……』

 

 困ったような、哀しそうな表情を浮かべるロン。

 すると、シルキーが母さんに手を伸ばした。

 優しく、背中を撫でている。

 

「……えっと、貴女は?」

 

 困惑する母さんに、シルキーは掌から光を出してみせた。

 その光は母さんの全身を包み込み、シルキーは浮いているロンの手を掴んで触れさせた。

 

『わーお』

 

 ロンが驚いた。母さんも目を見開いている。恐る恐る抱きしめると、今度は通り抜けなかった。

 

「ど、どうして……」

 

 母さんは喜ぶよりも先に困惑した。

 

「母さん。彼女はシルキーなんだ。ロンが飛んだ先で出会ったみたい。きっと、触れるようになったのは彼女の力だよ」

「シルキーですって!? あ、貴女のおかげなの? こ、こうしてロンに触れるのは……」

 

 瞳を潤ませてシルキーを見つめる母さん。

 シルキーは小さく頷いた。すごく、優しい笑顔を浮かべている。

 

「ありがとう、シルキー。ああ、ありがとうだけじゃ足りないのに、言葉が見つからないわ!」

 

 そう言って、母さんは、今度はシルキーを抱き締めた。

 

 ◇

 

 あれから丸一日。母さんはシルキーを気に入り、彼女に料理を教えている。

 どうやら、シルキーは簡単な料理しか出来ないみたいだ。塩茹でのパスタを自信まんまんに出してきた時は反応に困った。

 ロンだけは幸せそうだったけれど……。

 

『ママ! 僕、シルキーに文字を教える約束をしたんだ!』

「ロン! あなたは彼女の料理しか食べられないんでしょ! だから、こうして教えているんじゃないの!」

 

 すごく賑やかだ。シルキーの存在で、ロンが一気に生者みたいな生活を送れるようになり、家の中が明るくなった。

 そして、昼食が終わる頃にヘルメスが帰ってきた。足に結び付けられた手紙には、何故かダンブルドアの名前が刻印されていた。

 

『えっと……、《本日の夕方頃、彼女を隠れ穴に送り届けます》だって! なんで、ダンブルドアが返信したのかわからないけど、良かったね!』

 

 ロンは無邪気に喜んだ。だけど、僕は不安に駆られている。

 シルキーの目的はエレインと会う事だ。もし、そのままシルキーが去っていったら、ロンは嘆くだろう。

 好意の問題だけじゃない。ロンの生活の革命には、彼女の存在が不可欠だ。

 

「ロン……」

 

 頼み込んでみよう。ロンの幸せのためにはシルキーが必要だ。なんとしても、引き止めなければいけない。

 

 ◇

 

 夕方になり、僕達は暖炉の前に集まった。

 暖炉の炎が緑に変わる。そして、最初に見知らぬ男が現れた。

 咄嗟に警戒する僕達を男は宥めた。

 

「申し訳ない。安全を確認する必要があった。私はガウェイン・ロバーズ。闇祓い局の副局長だ」

「闇祓い!? どうして、そんな人が!?」

 

 ビルが叫ぶと、ハリーとジニーが首を傾げ、チャーリーが小声で説明している。

 

「少し待っていてくれ」

 

 ガウェインは緑の炎に向かって顔を突き出した。

 すると、しばらくしてエレインが現れた。その後にはエドワードと、ドラコ・マルフォイが付き従い、最後にダンブルドアまで現れた。

 

『マルフォイ!? なんで、お前がここに来るんだ!!』

 

 ロンが噛み付くと、ドラコは顔を顰めた。

 

「僕はエドとエレインの付き添いだ。僕だって、来たくて来たわけじゃない」

「おい、ロン。愛しのシルキーちゃんに引かれるぞ」

 

 僕が忠告すると、ロンは慌てたようにシルキーを見た。

 すると、シルキーはエレインに向かって駆け寄っていった。

 

「……えっ?」

 

 エレインは目を大きく見開いて、シルキーを見つめている。

 

「なんで……」

 

 泣きそうな声。いや、彼女は泣いていた。

 大粒の涙を流しながら、荒く息をしている。

 

「エレイン……?」

 

 エドワードが心配そうに声を掛けると、エレインは叫んだ。

 

「エミー!! なんで、どうして!? ああ、本当にエミーじゃねーか!!」

 

 エレインはシルキーを抱き締めた。

 シルキーも彼女を抱きしめて、涙を流している。

 

「エミーだって……? なんで、そんな……、本当なの!?」

「エド。これはどういう事?」

 

 ハリーがエドに声を掛けると、エドワードは首を傾げた。

 

「さっぱりだよ。だって、エミーはエレインを育てた人で、ずっと前に……その、亡くなったって」

 

 その言葉に、僕達は仰天すると同時に納得した。

 彼女がエレインに会いたがった理由は、彼女が家族だったからなんだ。

 

「エミー……。エミー!! うぅぅあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 エレインが泣き叫んでいる。

 シルキーを引き止めるために考えていた言葉が頭から抜け落ちてしまった。

 家族の再会に水をさせる人間なんていない。僕達はこっそりと部屋を出て二人だけにしてあげた。

 

『ねえ、エド。エミーって、シルキーの名前なの?』

「たぶん……。僕も、正直言って、何が何だか……」

「だが、エレインが間違える筈がない。そうでしょう?」

 

 マルフォイはダンブルドアを見上げた。

 

「さよう。彼女が言うなら、あのシルキーは間違いなくエミリア・ストーンズなのじゃろう」

 

 僕達の困惑をよそに、エレインの泣き声はいつまでも続いた。


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