第十六話『ロナルド・ウィーズリーの奇妙な冒険 part.1』
僕はゴーストになった。目に見える景色は白黒で、食事をする事も、眠る事も出来ない。
だけど、出来るようになった事もある。
『いっせーの、せっ!』
壁抜け成功。その気になれば地面の中を泳ぐことも出来る。
「なあ、ロン! どんな感じなんだ? 壁の中って、真っ白なのか?」
『うーん。そんな感じかな』
隠れ穴に戻ってきて、僕はフレッドとジョージと共にゴーストだからこそ出来る生活の研究をしている。
『物には触れないみたいだ』
「……えっと、待ってろ。ルーピン先生から本を貰ったんだ。あの人、父親がボガートやゴーストの研究者だったらしい」
ジョージは分厚い本をペラペラと捲り、あるページを開いた。
「えっと、《正確に言えば、ゴーストは、私達とは違う世界に存在しています。だから、彼らはあらゆる壁を通り抜ける事が出来ますが、同時にあらゆる物に触れる事が出来ません。私達にとって、ゴーストが幻影のような存在であるように、ゴーストにとって、この世界は幻影なのです》……」
ジョージはイライラした様子で本を閉じた。
「何か方法がある筈だ!」
フレッドが言った。
「おい、パーシー!」
フレッドはパーシーの部屋の窓に向かって叫んだ。
「何か知恵は無いのかよ! 優等生!」
しばらくして、パーシーが顔を出した。
「僕だって調べてるよ! ちょっと、待っててくれ! 今、それっぽいものを見つけたところなんだ!」
「なんだって!? おい、行くぞ!」
僕達はパーシーの部屋に向かった。僕は一直線に行けるんだけど、なんとなく二人と一緒に正式な手順を踏んだ。
「パーシー! さっさと教えろよ! どうやったら、ロンは日常に復帰出来るんだ!?」
「ああもう! 待ってろって言っただろ!」
「言ってない! お前は『待っててくれ』と言ったんだ! ついでに、俺達は返事をしていない! さあ、さっさと言え!」
パーシーは深々とため息を零すと、数冊の本を僕達に見せた。
「ホグワーツの歴史に、魔法界の建築について? おい、パース。これが何だってんだ?」
「……魔法界の建築物には、ゴーストが通り抜ける事の出来ない物もあるんだ。それって、つまりはゴーストが触れる物って事だろう?」
「あっ!」
『あっ!」
「あっ!」
僕達三人は手を叩いた。
「そうだ! そうだぜ! そういう事だ! 通れないって事は、触れるって事じゃんか! でかしたぞ、パース! よっし! それで、どうすればいいんだ? 俺達はいつになったらロニーの為にチャドリー・キャノンズのパンフレットのページを捲らなくて良くなるんだ!?」
『おい、フレッド! それ、どういう意味だよ!』
「……怒るな、ロニー。言葉のあやとりってヤツだ」
「二人共、静かにしろ! それで、パーシー。どうしたらいいんだ? 僕達がロンと触れ合う事は可能なのかい?」
僕達のやりとりを尻目に、ジョージは真剣な様子で言った。
「……そこまでは分からない。ただ、ゴーストでも触れられる物があるという事は、色々な可能性を見いだせる筈だ。ビルにも話してみるよ。建築関係や、魔法界の遺跡についてはアッチの方が詳しいだろうからね」
「そっか。こっちも、調べてみる」
パーシーとジョージの真剣な態度に、僕はホロリときた。
フレッドとは大違いだ。
「ただいまー!」
開けっ放しの扉の向こうからジニーの声が届いた。
振り向くと、そこにはベッタリとくっつき合っている不届き者が二名。
『ハリー!!』
「ロン!」
『人の妹と何くっついてんだ、この野郎!!』
「ええ!?」
僕は全速力でハリーに突進した。
「ギャー!?」
通り抜けた瞬間、ハリーが悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと、ロン!?」
ハリーの肌を慌てて擦りながら、ジニーが僕を睨みつけた。
「何をしてるのよ!!」
『ジニー!! ハリーから離れるんだ!! くっつき過ぎだぞ!!』
「いいじゃないの! 私達は恋人同士なのよ!」
「そうだぜ、ロニー。兄貴として、妹の恋路を応援してやれよ」
「ハリーなら構わないだろ?」
「いや……、しかし、節度というものが……」
『パーシーが良い事を言ったぞ! そうだ! 節度だ!』
部屋の中をグルグル回りながら僕は怒鳴り散らした。
「ロ、ロン」
妹に手を出したクソ野郎が声を掛けてきた。
『なんだよ!』
「……僕、ジニーが好きなんだ」
「私も、ハリーが好きなの!」
『グゥ……』
よく知っている筈の二人が、見たことのない表情で互いを見つめ合っている。
「ロン。僕、君に認めてもらいたい。だって、君は僕の一番の親友だから」
「お願い、ロン」
僕はプルプルと震えた。涙が出ないんだよ。
『知るもんか!』
僕は壁を通り抜けて、隠れ穴の敷地から逃げ出した。
『ハリーのバカヤロウ! ジニーのバカヤロウ!』
裏切られた気分だ。
二人の様子を見れば、付き合い始めたのが昨日今日の話じゃない事が分かる。
だけど、僕が生きていた時は四六時中ハリーと一緒にいたけれど、二人が付き合っている様子なんて微塵も無かった。
ジニーがハリーを気にしている事は知っていたけど……。
『……僕が死んでいる間に付き合い始めたって事かよ』
それはつまり……、
『僕が生きている間は、僕が邪魔で付き合えなかったって事じゃないか』
泣き叫びたい気分なのに、泣くことが出来ない。ただ、嘆きが不協和音を鳴り響かせるだけだ。
折角、戻ってきたのに、あんまりだ。
『何が親友だ! 何が兄妹だ!』
むしゃくしゃしながら飛んでいると、いきなり何かにぶつかった。
『イテッ! なんだ!?』
僕の目の前には大きな壁がある。
よく見ると、それは大きな屋敷の一部だった。
『ここ……、触れる!』
ペタペタと触ってみる。奇妙な感触だけど、たしかに触れている。
『わーお!』
ただ触れるだけなのに、僕は嬉しくてたまらなくなった。
『ここは一体……』
ガサリと音がした。
『ヤバッ』
誰かに見つかるとまずい。マグルが相手でも、魔法使いが相手でも、野良のゴーストが姿を見られる事はとてもリスキーだ。
大抵の場合、ゴーストバスターがやって来ると、前にフレッドが脅してきた。
『……わーお』
すぐに引き返すべきなのに、僕は動く事が出来なかった。
そこには、驚くほどの美人がいた。
時代錯誤なシルクのドレスを着て、少女が僕を見つめている。
手招きしている。
『ついて来いって事?』
少女は頷いて、背中を向けた。屋敷の中に入っていく。
少し迷ったけれど、僕はついていく事にした。
何と言うか……、一目惚れというヤツだった。