第十五話『エドワード・ロジャーの誓い』
不死鳥の騎士団の隠れ家で生活するようになって、一ヶ月が経過した。
外出を固く禁じられて、私は暇を持て余している。
「……つまんない」
壁に描き込んだ的に人差し指を向けながら愚痴る。
最近のマイブームは、前にチサトから借りたマンガの技を再現してみる事。
指先に光を灯して、バキュンと撃ち出す。光は単なる演出だけど、威力は申し分ない。壁に穴が出来た。
「僕は君と一緒にいられて幸せだけど、君は違うの?」
最近、エドが情熱的だ。熱い眼差しにクラクラさせられる。
「……なぁ、エド」
「ん?」
「エロいことするか?」
「……ホァ!?」
エドが真っ赤になって倒れてしまった。
さっきまでの熱烈なアピールはどうしたんだ。
「おーい、エド。大丈夫かー?」
「……エレイン。し、心臓に悪すぎるよ」
「お前……。一応、将来を誓い合った仲なんだぜ? イリーナに避妊用の呪文も習ったし、別に問題無いだろ」
「ママと何をしてるの!?」
ギャーギャー喚くエドの口をキスで塞ぐ。舌を入れて入念に黙らせると、エドは固まった。
「……お前、私とそういう事をするのがイヤなのか?」
「そっ、そういうわけじゃなくて! 僕は君を大切にしたいんだよ! そんな、その……、暇だからって爛れた生活を送るのは……」
「爛れた……、かぁ」
「エレイン……?」
少しだけ、落ち込んだ。
「……悪かったな。急に変な事を言って」
私は立ち上がって、部屋を出た。
「え、エレイン!?」
「……少し、一人にしてくれ」
返事を聞かずに扉を閉める。不死鳥の騎士団の隠れ家は結構広くて、一人になろうと思えば簡単だ。
鷹の目で、人のいない場所を探し、引き篭もる。
「……エドのバカ」
私の切り出し方にも問題があった事は認める。
だけど、何も考えずに、ただ暇つぶしの為に提案したわけじゃない。
前に、エミーが言っていた。
――――好きな人と肌を重ねていると、その人と一つになれた気がするの。通じ合えている気がして、とっても安らぐのよ。
性病や、妊娠のリスクを抑えられるのなら、セックスは立派なスキンシップだ。
少なくとも、私はそう思っていた。
「軽い気持ちで言ったわけじゃないのに……」
我ながら、酷く女々しい。最近になって、体が大きく変化したせいかもしれない。
避妊をしなければ、子供を作れるようになった。
「……エドの子供、欲しいな」
私はエドの事を信じている。
だけど、男の心は移ろいやすい。エミーを愛していると言った男で、最期まで愛を貫いたヤツはいない。
一年後は大丈夫かもしれない。二年後も、三年後も……。
「十年後も……、私達は一緒にいられるのか? 結婚して、子供を作って、幸せになれているのか?」
エドが浮気をしなくても、今は身近に死が蔓延している。
もしかしたら、どちらかが死んでしまうかもしれない。その時に、私達が愛し合った証が何も残らないなんてイヤだ。
「……もう、十三なんだぜ?」
エミーは、十五歳でこの世を去った。ロンも、十二歳だった。
人間は、永劫を生きられるわけじゃない。誰もが天寿を全う出来るわけじゃない。
◇
部屋を飛び出していったエレインを、僕は追いかける事が出来なかった。
いきなりの事に動揺して、彼女を傷つけてしまった。今も、心が落ち着かない。
「エレイン……」
僕も男だ。そういう事をしたくないわけじゃない。むしろ、気を抜けば彼女を組み敷いてしまいたいという衝動に駆られる。
手を伸ばせば、それが出来てしまう。きっと、彼女も拒まない。
だからこそ、本能に呑まれてはいけない。性欲に任せて、エレインを傷つけるなんて、絶対にダメだ。
僕は心から彼女を愛している。だからこそ、大切にしたい。
「……どうしたらいいんだ」
悩んでいると、扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「……お邪魔するよ」
入ってきたのはガウェインだった。
「やあ、エドワード」
「ど、どうも」
頭を下げると、ガウェインはクスリと微笑んだ。
「固くならなくていいよ。少し、様子を見に来ただけなんだ。調子はどう? 不自由な生活を強いてしまっているからね。欲しい物があれば、なんでも言ってくれ」
「……えっと、その」
少し悩んだ後、僕は悩みを打ち明けることにした。
ガウェインは端正な顔立ちをしている。きっと、女性経験も豊富な筈だ。
「……ふむ。それで、どうしたらいいのか分からなかったわけか」
話してから、笑われないか心配になったけれど、ガウェインは真剣に聞いてくれた。
「二人共、まだ十三歳だ。あまりにも若すぎる」
「は、はい。僕も、そう思っています」
「だけど、エレインの気持ちも分からなくはない」
「え?」
僕が目を丸くすると、ガウェインは難しい表情を浮かべた。
「……ヴォルデモートが復活した今、平時と比べて、あまりにも死が身近過ぎるんだ。いつまでも一緒に居られると信じていた相手が、永遠に手の届かない場所へいってしまう。前の時も、そういう事が日常茶飯事になっていた。愛の証を遺したいと思う事は、とても自然な事なんだ」
「僕……、酷いことを言ったんだ」
爛れている。彼女の本心を考える事もしないで、無神経な言葉を口にしてしまった。
「……エドワード。さっきも言った事だけれど、君達は若い。だから、君の判断は正しい。彼女の不安には、別の形で応えてあげるべきだ」
「僕、どうしたら……」
「抱きしめてあげるんだ。そして、心から誓いなさい。何があっても、生きると」
「生きる……? 守るじゃなくて?」
「エドワード。彼女の不安は、君を失う事だ。君も、彼女を失う事が何よりも恐ろしい筈だろう? たとえ、己の命を天秤に乗せても」
その通りだ。僕は、一度エレインを失いかけた。
あの時の絶望は、言葉に出来ない程だった。死の恐怖さえ、どうでもいいと思える程、彼女の存在は大きい。
「エレインも……、そうなの?」
「ああ、そうだよ。君の死は、君の絶望を彼女に味わわせる事になる。それが如何に罪深い事か、分かるだろう?」
「……うん」
あの時の絶望をエレインに抱かせるなんて、絶対にダメだ。
もし、彼女が帰ってこなかったら、僕は自暴自棄になっていた筈。それこそ、いつ爆発してもおかしくなかった。
エレインが死んでいたら、出来る限りの死喰い人を道連れにして、僕も死んでいた。
「君は生きなければいけないよ。そして、それを彼女に誓うという事の意味を理解しなければいけない。分かるね?」
「うん」
「……よし。行っといで」
「うん! 僕、行ってくる! ありがとう、ガウェイン!」
ガウェインに頭を下げて、僕は必死にエレインを探した。
彼女は奥の使われていない客室にいた。
「エレイン!」
「……エド?」
目を丸くするエレインを僕は力いっぱい抱き締めた。
「お、おいおい。いきなりだな」
「……エレイン。僕、死なないよ」
エレインの息を呑む音が聞こえる。
「僕、生きるよ。何があっても、絶対に! 君に誓う」
「……エド」
「そして、君と結婚する。子供も作る。君を幸せにしてみせる!」
「……お、おい、エド」
「愛しているよ、エレイン!」
僕は彼女にキスをした。いつも、彼女がしてくるような、舌を入れる情熱的なキスだ。
はじめて、彼女の方を茹でダコにした。
「お、おまっ、おまっ……」
赤くなったエレインはすごく可愛くて、愛おしい。
「エレイン。愛しているよ。君を守る。君と一緒に生きる!」
「わ、分かった! 分かったから、その辺にしとけ!」
僕はもう一度、彼女にキスをした。
分かった事がある。エレインは、基本的に押しが強いけど、受けに回るとすごく弱い。
眉をハの字に曲げて、困った顔をするエレインを、僕はすごく可愛いと思った。