第十一話『ゲラート・グリンデルバルドの夢』
目の前に広がる惨状に、さすがの僕も言葉を失った。
「……うーん、これは酷い」
睾丸を潰された上に記憶を消去された廃人達がうめき声をあげている。
地獄絵図とは、この事だ。
「えっ、なにがあったの?」
ベラトリックスは嫌そうに被害者達を見ながら言った。
「……どうやら、トラバースが未成年の少女を拉致監禁して、その少女に返り討ちにあったようです」
「えっ、女の子にやられたの? 全員!?」
「……そのようです」
「えぇ……。というか、どうして女の子を攫ってきたんだい? ハリー・ポッターを攫ってきたって言うなら分かるんだけど」
「トラバースは興奮した様子で『しっかり躾けて、我が君に献上するのだ!』と言っていましたが、詳しいことは何も……」
「えっ、女の子を献上されても困るんだけど。というか、躾って……。僕、性犯罪はダメだと思うよ」
女の子に悪戯をしようとして返り討ちにあった。
その上、まんまと逃げられて追跡もままならない。肝心のトラバースは記憶喪失。
「……ハッハッハ」
殺そう。
「ベラ。穴を掘って、生き埋めにしておけ。それと、他の者達にも伝えるんだ。ヴォルデモート卿の名を穢す真似をするなら容赦はしない。いいね?」
「……かしこまりました」
いっそ、男は全員矯正しておくべきかもしれない。
理性よりも下半身の本能を優先するなんて魔法使い以前に人間として最低だ。
僕はイライラしながらゲラートの部屋に戻った。
「……機嫌が悪いようだな」
「最悪だよ! バカとは思っていたけど、ここまでとは予想外さ!」
僕がゴミ共の蛮行について愚痴ると、ゲラートは笑った。
「組織が広がれば、そういう輩も現れるモノだ。特に、非合法な活動を行う組織ではな」
「……牧畜家を尊敬するよ。知性があっても面倒だ」
「知性があるからこそだ。牛や豚の方が素直な分、格段に扱いやすい。いいか、ヴォルデモートよ。人間とはチェスの駒ではない。一人一人に思想があり、欲望があり、規律がある。群ではなく、無数の個なのだ。それを忘れれば、御する事など出来はしない」
「群ではなく、無数の個……」
考えてみれば当たり前の事なのに、僕は新鮮な驚きを感じている。
「ヴォルデモート。常に考え続けるのだ。そして、成長するのだ。お前は若き肉体を手に入れた。今のお前ならば、それが出来る筈だ」
「……もしかして、僕の事を認めてくれたのかい?」
僕が問いかけると、ゲラートは薄く微笑んだ。
「ああ、それなりに……、な」
◆
気がつけば、私はヴォルデモートという名を称する若者に興味を惹かれていた。
この少年は、嘗て暴れていたヴォルデモートと同一の存在でありながら、まったく異なる性質を持っている。
「……分霊箱か」
ヴォルデモート卿が、そう名乗る以前に造り上げた分霊箱。それがあの少年の正体。
分霊箱とは、殺人行為によって魂を引き裂き、引き裂いた魂の一部を器に封じる事で命のストックを作り上げる邪法だ。
当然の如く、ノーリスクとはいかない。
「魂を引き裂く。それは己を引き裂くという事」
マートル・ウォーレンを生贄にした時、ヴォルデモートは少年時代の己を切り捨てた。
まだ、何者でも無かった頃の残滓。無垢であった頃の己。悪に染まりきらず、善にも傾倒していなかった時代。
「今のヴォルデモートは赤子のような状態だ。どこまでも残酷であり、どこまでも純粋無垢。今のあやつは魔王にも、救世主にもなれる。元々、そういう器を持っていた」
……少し、考えた。
嘗ての己の過ちを繰り返してはならない。最愛であり、最高の友であった筈のダンブルドアによって否定された夢を私は諦めるべきだ。
そう、考えていた。
「……もしかしたら」
彼ならば、私の夢を叶えてくれるかもしれない。
魔法族が虐げられる世を変えてくれるかもしれない。
卑屈にも、影の世界で生きる事を最良とした、今の魔法族を変えてくれるかもしれない。
「ヴォルデモートよ、成長するのだ。そして、理想の世界を……」
アルバス・ダンブルドア。お前は、私を責めるかもしれない。いや、きっと責めるな。
だけど、いつか分かってくれる筈だ。妹の不幸が無ければ、我々は同じ道を歩んでいた筈なのだから。
若き日の事を思い出す。理想を語り合い、一夜を明かした。互いを高め合う事に歓びを覚えた。永遠を共に生きられると信じていた。
「……アル。待っていろ。お前にも、新世界を見せてやる。その時こそ、また一緒に……」
ノックの音が響く。ヴォルデモートが入って来た。
さて、今日も語り聞かせるとしよう。我らが目指すべき、理想の未来について。