【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

59 / 86
第三話『ロナルド・ウィーズリーの死』

第三話『ロナルド・ウィーズリーの死』

 

 震えが止まらない。

 ヴォルデモートを自称する青年が遺した言葉と、エレインの発した言葉が頭の中で反響し続けている。

 

 ――――……テメェ、ロンまで殺したのか!?

 

 ――――寝床に戻ったら、僕のベッドの下を探してごらん。

 

 目の前で、ダンブルドアがロンのベッドを調べている。

 

「……これじゃな」

 

 そこにはトランクが隠されていた。

 嫌な予感がする。見るべきではないと、本能が警鐘を鳴らしている。

 

「大丈夫そうじゃな」

 

 ダンブルドアが慎重な手つきでトランクを開いた。

 

「暗いのう……。光よ(ルーモス)

 

 ダンブルドアがトランクの中に杖を向けた。

 

「……なんという事を」

 

 その言葉には怒りが滲んでいた。

 

「……なにがっ、なにが入っているんですか!?」

 

 パーシーが叫んだ。

 その顔は死人のように真っ青だ。

 

「中を見るなら、覚悟する事じゃ」

 

 そう言って、ダンブルドアはトランクの前から退いた。

 パーシーが中を覗き込むと、彼は絶叫した。深い哀しみを帯びた叫びに、フレッドとジョージが後退った。

 

「嘘だよな……?」

「冗談やめろよ……」

 

 パーシーはその場で崩れ落ちた。頭を抱えて、蹲っている。

 いつも冷静で、ロンに鼻持ちならないヤツと言われていたパーシーが、まるで幼い子供のように泣きじゃくっている。

 

「パーシー……。なあ、おい……、どうしたってんだよ」

 

 頭を振りながら、フレッドがトランクに向かった。

 そんな筈はない。そう呟きながら、パーシーの肩を叩こうと手を伸ばした。

 そして、彼はトランクの中を見てしまった。

 

「……なんでだよ」

 

 フレッドは、まるで獣のような叫び声を上げた。

 

「ロン!! ロン!! そんな所で何をしてんだ!!」

 

 トランクの中に向かって怒鳴りつけるフレッド。

 誰かが僕の服の袖を掴んだ。

 ジニーが涙をこぼしながら首を横に振り続けている。

 

「……うそ。うそに決まってる。こ、こんなの、絶対……、ありえない」

 

 僕は、何も言えなかった。口を開くと、嗚咽がもれそうになった。

 

「……そこにいるのか?」

 

 ジョージが哀しみに満ちた声で呟いた。ゆっくりと、フレッドの傍に歩み寄る。

 そして、トランクの中を覗き込み、泣いた。

 

「……ロン。怖かったよな。い、今、だ、出して、出してやるからな……」

 

 ゆっくりとトランクの中へ入っていく。

 気づけば、僕の足は勝手にトランクの方へ歩き出していた。

 嘘だ。嘘に決まっている。みんな、質の悪い冗談を口にしているに違いない。そこにはロンなんていない。いたとしても、きっと意地悪な笑顔を浮かべている筈だ。

 それを確かめる為に、そっとトランクの中を覗き込んだ。

 

「……いやだ」

 

 ジョージがトランクの底に横たわるロンをそっと抱き上げていた。

 僕は立っていられなくなった。

 あまりにも悲しくて、悲しすぎて、頭がおかしくなりそうだ。

 

「兄さん……? なんで、なんで……、なんで、そんな……」

 

 ジニーは僕の腕に縋り付いて泣き出した。僕も、ジニーに縋った。

 そうしないと、とても耐えられない。

 ジョージがロンを抱えて出て来た。だらんとした腕、土気色の肌、漂う腐臭。床に降ろされたロンは、息をしていなかった。

 

「あっ……、ああ、ああああああああああああああああああああ!!!」

 

 それが誰の叫び声なのか分からない。

 僕のものなのか、ジニーのものなのか、パーシーのものなのか、フレッドのものなのか、ジョージのものなのか……。

 きっと、全員だ。

 

「何してんだよ、ロン!! 馬鹿野郎!! 冗談じゃないぞ!! 起きろよ!! 起きろよ!!!」

 

 ロンの肩を掴んで、フレッドが怒鳴りつけた。

 けれど、ロンは何も応えない。

 

「起きろよ!! 目を開けろよ!! お、お前が……お前が欲しがってたチャドリーキャノンズのグッズ、なんでも買ってやるから!!」

 

 顔をグシャグシャにしながら、ロンに縋り付いて、パーシーが叫んだ。

 

「起きて……、お願いだから、起きてよ。嘘よ……、冗談なんでしょ!! やめてよ!! お願いだから目を覚まして!!」

 

 可愛がっていた妹の頼みにさえ、ロンは聞き耳を持たなかった。

 酷い奴だ。みんなを泣かせて……、何をしているんだ!!

 

「起きろよ、ロン!! みんな、君を待ってるんだぞ!! ジニーを泣かせるなよ!! 兄貴だろ!! 起きろよ、ロン!!」

 

 どんなに叫んでも、ロンが応えてくれない。

 なんでだよ。意味が分からないよ。

 

「……皆の者。そろそろ、ロナルド少年を休ませてやらねばならぬ」

「何言ってんだよ!! もう、十分に休んでる!! 休み過ぎだ!! 起きろよ、ロン!! キーパーのいろはを仕込んでやる!! 来年はお前がキーパーになるんだ!! クィディッチの選手になりたいって言ってたじゃないか!! チャドリーキャノンズに入るんだろ!! 僕達の貯金全部使って、最高の箒を用意してやるから、ほら、さっさと起きろ、この……、この……、この……、起きて……、起きてくれよ。お願いだよ……、頼むから、起きてくれよ」

 

 フレッドはロンの手を握りながら、「起きてくれ……」と何度も、何度も呟き続けた。

 ジョージはそんな彼の肩を抱きながら、静かな口調で言った。

 

「……ロンは十分に頑張ったんだ。あんな……、あんな暗闇で……、もう、眠らせてあげよう」

 

 僕はロンの空いた手を掴んだ。冷たい。まるで、温度を感じない。

 喉がカラカラに乾いていく。

 頭の中に、ロンと過ごした思い出が駆け巡っている。キングス・クロス駅で初めてあった時から、ずっと一緒にいた。何も知らない僕に、いろいろな事を教えてくれた。

 チェスの勝負で、僕はまだ一度も彼に勝てたことがない。クィディッチの選手になって、一緒に試合に挑む約束をまだ守ってもらってない。

 

「やだ……。やだよ、ロン……。やだ……」

 

 こんなの嘘だ。何かの間違いだ。

 

「……ロンは死んだ。殺されたんだ……、あの男に」

 

 ジョージが淡々とした口調で言った。

 思わず顔を上げると、ジョージは今まで見たことがないほど、恐ろしい表情を浮かべていた。

 

「許さない……。絶対に、許さないぞ。僕の弟を……、まだ、十二歳だったのに!!」

 

 殺された。

 ロンが殺された。

 その言葉が、少しずつ頭の中に染み込んでいく。

 誰に殺された? どうして、殺された? どうやって、殺された?

 

 あの暗闇の中で、ヴォルデモートはロンに何をした?

 

「……許さない」

 

 これまで、僕にとってヴォルデモートという存在は話の中だけの存在だった。

 かつて、僕が滅ぼした存在だと言われても、実感なんてわかなかった。

 けれど、今は思う。あの悍ましい存在を、この手で葬り去りたい。嬲り殺しにしてやりたい。

 

「……ロンを、よくも……、よくも……」

 

 もう、他の事なんて何も考えられない。

 あの男をどう殺してやろうか、そんな事ばかり考え続けてしまう。

 ロンは友達だった。初めての、親友だった。掛け替えのない存在だった。

 

「ロン……。ロン……。ロン……」

 

 その時、恐ろしい考えが頭に浮かんだ。

 何故、ヴォルデモートはロンを殺した? どうして、ロンを狙った? ヴォルデモートの狙いはなんだ?

 

「……まさか、ヴォルデモートは」

 

 体に力が入らない。

 

「ヴォルデモートは僕を狙って……、だから、ロンを……? なら、ロンは……、僕のせいで……」

「それは違う!!」

 

 フレッドが怒鳴った。

 

「間違えるなよ、ハリー!! 殺したのはヴォルデモートだ!! あのクソ野郎だ!!」

 

 僕の肩を掴んで、フレッドは言った。

 

「自分のせいだとか言ってみろ、ロンがどう思うか想像しろ!! これ以上、弟を苦しめるな!!」

 

 パーシーも唇を噛み締めながら頷いた。

 ジョージも拳を震わせながら「その通りだ」と言った。

 

「ハリー……」

 

 ジニーが僕の腕を掴んだ。

 

「自分を……」

『そうそう。君の悪い癖だよ?』

「そう。その通り……、え?」

 

 幻聴かもしれない。なんだか、すごく聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「……ロン?」

 

 なんだか、体が透けているけれど、そこにはたしかにロンがいた。

 

「な、なんで……」

『僕に聞かれても……。気付いたらこうなってたんだけど……』

 

 ふわふわと浮きながらロンは気まずそうに僕達を見つめている。

 

「ロン……、なのか? 本当に!」

「お、お前……」

「ロン……」

 

 フレッド、ジョージ、パーシーの三人も目を見開きながらロンを見つめた。

 

「……兄さん」

 

 ジニーが手を伸ばすと、その手はロンの体をすり抜けた。

 

「……ゴーストになったの?」

『そうみたい』

 

 頬を掻きながら、ロンは言った。

 

「だ、ダンブルドア先生!! ロンです! いました!! 助けてあげてください!!」

 

 僕は慌ててダンブルドアに言った。

 

「……ハリー。ゴーストを救うという事は成仏させるという事じゃ」

「そうじゃなくて!! どうにか出来るはずでしょ!! ヴォルデモートだって、死んでた筈なのに生き返ってたじゃないですか!!」

「あやつは邪悪な術に手を染めておった。他の者には使えぬ」

「なんで、なんで、そんな事言うんですか! ヴォルデモートが生き返れるなら、ロンだって生き返られる筈でしょ!! ロンを助けてください!!」

『……ハリー』

 

 ロンが困ったような表情を浮かべて僕に声を掛けた。

 

「ロン……」

『……僕、死んじゃったんだ』

「し、知ってるよ! でも、ダンブルドアなら!」

『どうにもならないよ』

「なんで、そんな事を言うんだよ!! 生き返れよ!! 僕、まだ君と一緒にいたいんだ!!」

『……嬉しいけどさ。無理なんだよ』

「なんで……」

 

 ロンは悲しそうに言った。

 

『分かっちゃうんだ。もう、僕は生きられないって……。死んだから……、なのかな。傍にいるはずなのに、すごく……、遠いんだ』

「……兄さん」

 

 ジニーが震えた手をロンに伸ばす。けれど、どんなに頑張っても、彼女の手はロンの体をすり抜けるばかりだった。

 

『僕、怖かった。暗闇の中に閉じ込められて……、何も食べられなくて……、何も飲めなくて……』

 

 怒りが……、また蘇ってきた。

 

『死んだ時、すごく悔しかった。それに、君やジニーや、家族の事を思った。また、会いたいって……。そうしたら、こうなってた。きっと、望んじゃいけなかった事を望んだんだ』

「望んじゃいけないって、どういう事!? 会いたいって望んで、当たり前の事でしょ!?」

『ダメなんだよ、ジニー。覚えといて。死ぬ時は、出来るだけ満足して死ななきゃいけないんだ。じゃないと、ちゃんと逝けないみたいだ』

「……苦しいの?」

『うーん。苦しいっていうか、窮屈な感じかな。あんまり楽しい気分になれない感じ』

 

 もう、頭の中がメチャクチャだ。

 ロンに会えて嬉しいのに、同じくらい、怒りや哀しみが湧き上がってくる。

 

「ミスタ・ウィーズリー。君が望むのなら、わしがアチラに逝く橋渡しをしよう」

『……それって、今すぐですか?』

「君が望む時、望む場所で」

『なら、今はハリー達と一緒にいてもいいですか?』

「君が望むなら」

『……へへ。ねえ、ハリー。僕と一緒にいたいかい?』

「当たり前だろ!!」

『……なら、仕方ないね! 僕、もうしばらくコッチに残るよ。いつの間にか妹に手を出してる親友に説教もしてやりたいしね!』

「ロン……」

 

 ロンは自分の死体を見つめた。

 

『死体はうちの庭に埋めてもらいたいな』

「そうしよう」

 

 ダンブルドアが請け負うと、ロンは微笑んだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。