第十五話『炎の雷』
シリウス・ブラック侵入事件からしばらくして、クィディッチのシーズンがやって来た。
校内も落ち着きを取り戻しつつあり、生徒達の話題はもっぱら今年の優勝杯の行方についてだった。
なにしろ、去年は常勝無敗のスリザリンがまさかの二位。それまではグリフィンドールと二位争いをしていたレイブンクローが優勝杯をもぎ取ったのだ。
各チームに歴代でも屈指の名シーカーが名を連ね、その力関係も絶妙であり、誰かが劣っているわけでもなければ、抜きん出ているわけでもない。
それ故に、勝敗の行方がまったく分からず、今年のクィディッチの寮対抗トーナメントはまさに群雄割拠の戦国時代に突入していた。
「――――というわけで、今日は新メンバーを紹介する」
レイブンクローのキャプテン、マイケル・ターナーの隣には二人の少年が並んでいた。
「ロジャー・デイビースと、マイケル・コーナーだ!」
「ロジャーです。よろしくお願いします」
「マイケルだ。けど、キャプテンと被るから、コーナーか、マイクって呼んでくれ」
二人がそれぞれ挨拶をすると、真っ先にアリシア・フォックスが口を開いた。
「コーナーとターナーだと紛らわしいし、マイクって呼ばせてもらうよ。アリシア・フォックスだ。ポジションはチェイサー。よろしくね!」
「マイクにロジャー。私はキーパーのチョウ・チャンよ。気軽にチョウって呼んでちょうだい」
「マイクには紹介不要だと思うが、エレイン・ロットだ。私の事も気軽にエレインと呼んでくれ」
マイクは筋骨隆々で、背の高さもチーム内では群を抜いて高い。
対して、ロジャーはどちらかと言うと優男風だった。
「それにしても、ロジャーが入ってくるとは思わなかったよ!」
アリシアは嬉しそうにロジャーに話し掛けた。どうやら、彼はアリシアと同学年のようだ。
「キャプテンに誘われたんだ。前は一度断ってしまったけれど、去年の試合を見てたらウズウズしてしまってね」
「ふーん。とにかく、嬉しいよ!」
満面の笑みを浮かべるアリシアに、ロジャーは頬を赤く染めた。
「……チョウ」
ロジャーは誤魔化すようにアリシアから視線を外してチョウに声を掛けた。
「実は、前にジェイドからキーパーにならないかって誘われた事があるんだ」
「え?」
チョウは目を見開いた。
「あの時、断った事を後悔したよ。去年の試合は本当に凄かった! あの渦中に、どうして自分が居ないのかって……」
「……それでも、私がキーパーです!」
チョウが睨むように言うと、ロジャーは微笑んだ。
「ああ、そうだ。俺はキャプテンのポジションを受け継ぐ事に躊躇した。だけど、君は違った」
ロジャーはチョウの頭を撫でた。
「悔しいけど、尊敬もしている」
「ロジャー……」
そうした三人のやり取りを尻目に、マイクはエレインに話しかけていた。
「へへっ、見てろよ! 俺のパワーで、ブラッジャーなんざ粉々よ!」
「おう、期待してるぜ! ……にしても、相変わらずスゲー筋肉だな」
「鍛えてるからな! 見よ、この肉体美!」
ポージングを始めるマイクにエレインは拍手を送った。
ユニフォームの上からでも分かるムキムキの筋肉。まさに圧巻だった。
「魔法使いはもやし野郎が多いからな! 俺が活躍して、筋肉の素晴らしさを広めようと考えているんだ!」
「お前、クラッブやゴイルと相性良さそうだな」
「スリザリンの筋肉共か? 奴等も中々だな! 今度、ポージング対決を仕掛けてみるか!」
「面白そうだな! その時は教えろよ? かぶりつきの席で見学してやるから!」
「おう! 楽しみにしとけ!」
片や甘酸っぱい雰囲気を作り、片や暑苦しい空間を作りながら友好を深め合うレイブンクローチーム。
「さあ、今年は去年以上の激戦が予想される。チサトも言っていただろ。勝って兜の緒を締めよ! 訓練を始めるぞ!」
「おー!」
そして、いよいよ始まる寮対抗トーナメント。
際限なく燃え上がる活気の裏で、邪悪の権化もまた密かに動き続けていた。
「――――やあ、君達、久しぶりだね」
肉体を取り戻したヴォルデモート卿は吸魂鬼の掌握に乗り出していた。
気さくに声を掛け、彼らの求めるものを提示し、己の意のままに動くよう誘導する。
「動くのは学年末だ。それまで我慢すれば、ダンブルドアも油断する。そして、クィディッチの熱気も最高潮に達する筈さ。君達も最高のご馳走にありつきたいだろう?」
光と闇の境界が揺らぎ始める。
悪意は大地を血で穢し、平穏を享受する人々に牙を剥く。
破滅の足音は一歩ずつ、迫ってきている。
◇
いよいよ、開幕戦が始まる。数日前のスリザリン対グリフィンドール戦では、僅差でハリーがスニッチを掴み取った。
箒の性能ではドラコに分があった筈なのに、それを己のスキルで覆したハリーに、私は舌を巻いた。
「エレイン。がんばってね!」
「貴女なら勝てるわ!」
レネとハーマイオニーの応援の言葉に「おう!」と応えながら、私は朝食を胃に詰め込んだ。
去年は勝った。だが、セドリックは難敵だ。アイツには、私やハリー達には無い冷静さを持っている。
おまけに、あいつも箒を新調したと聞いた。私達のチームは相変わらずのクリーンスイープ7号。買い換えようという意見もあったのだが、クリーンスイープ7号以上の性能を持つ競技用箒はどれも高額で、中々決断を下す事が出来なかった。
「あっ、ふくろう便だ!」
どうやって箒の性能差を埋めるか考えていると、突然目の前に大きな物体が落ちてきた。
「なっ、なんだ!?」
やたらと細長い。宛名には私の名前があった。
「これって、箒じゃない!?」
ハーマイオニーの言葉に、私は慌てて包み紙を破った。
顕になった中身を見て、私は思わず叫び声を上げてしまった。
「
誰かが叫んだ。レイブンクローだけじゃなくて、他の寮の人間も集まってくる。
「エレイン! まさか、自分で買ったの!?」
「いや、買えるわけないだろ! 私が一年で使える金額の十倍以上はするんだぞ!」
ハーマイオニーのトンチンカンな言葉に反論しつつ、私はファイア・ボルトを持ち上げた。
それは間違いなく、世界最高の箒だった。シリアルナンバーもバッチリと刻印されている。
「じゃあ、誰が!? ファイア・ボルトって、すごく高いんでしょ!?」
「どうでもいいじゃん! そんな事より、よく見せてくれよ!」
マイクがやって来た。ファイア・ボルトを羨ましそうに見つめている。
「ちょっと待って! いくらなんでも怪しいよ!」
「そ、そうよ! 先生に相談するべきだわ!」
アランが叫ぶと、ハーマイオニーも同調した。
「エレイン。差出人の名前は無いの?」
どうしたものかと悩んでいると、カーライルが実に賢明な意見を出してくれた。
差出人は……、
「書いてないな……」
「エレイン! もしかして、これって何かの罠かもしれない!」
「罠って……、ファイア・ボルトなんて高級品を使って、私にか?」
「だって、普通じゃないもの!」
ハーマイオニーは自分の想像で真っ青になってしまった。
私も怪しいと感じているが、何となく引っかかるものがある。
「……あっ」
少し考えると、私は新学期が始まる前にダイアゴン横丁へ行った時の事を思い出した。
ファイア・ボルトを私が欲しがっている事を知っている人間。それを知った直後に不審な行動をした人間。
私は立ち上がると、隅っこでコソコソしている下手人の下にファイア・ボルトを持って向かった。
「え、エレイン?」
「大丈夫だ、ハーマイオニー。犯人が分かった」
「え?」
私は犯人に向かって思いっきりハグをした。
「お前だろ、エド!」
「……な、なんの事?」
「お前って、本当に嘘が下手だよな」
私が体を離すと、エドは目を泳がせた。
「え、エドが買ったの!? ……いや、なんとなく納得出来るけど、こんなの学生が気軽に買える代物じゃ無いでしょ!?」
エリザベスが口をポカンと開けて言った。
「……エドって、本当にエレインが好きなんだね」
レネはキャッと可愛い声を上げながら嬉しそうに言った。
「いや、いくらなんでもファイア・ボルトの値段は桁が違うぞ」
それは私も同感だった。
「おい、エド。確かにすごく嬉しいけど、さすがに高価過ぎるぜ……」
「……ど、どうせ使い道のないお金だったから」
「はぁ? どういう事だよ」
私が聞くと、エドはボソボソと言った。
「……僕が受け継いだ、その……、あいつの金なんだ。本当は使う気なんて無かったんだけど……、エレインが欲しがっていたから……、プレゼントしたくて……」
尻すぼみになっていくエドの言葉を聞いて、察しがついた。
なるほど、エドの本当の両親の金を使ったわけだ。死喰い人だったらしいから、使う気になれなかったというわけだ。
「エド……。ありがとな」
私はエドを抱き締めた。
「……うん、解決したし撤収しましょうか」
ハーマイオニーの言葉にうんうんと頷きながら他の連中が撤収していく。
その中で、ドラコだけが残っていた。
「……うん。分かってる。エドがエレインにぞっこんで、彼女が欲しがっていたものをプレゼントした気持ちも理解してる。けどね?」
ドラコは私が抱きしめているエドの頭にアイアンクローをかました。
「だからって、敵であるレイブンクローにファイア・ボルトは無いだろ!」
「ご、ごめんよ、ドラコ……」
「まあまあ、怒るなよドラコ! エドはスリザリン生である前に、私の旦那なんだからよ!」
「……旦那って、君達ね」
ドラコは深々とため息を零した。
「……まあいい。クィディッチは箒の性能だけじゃないって事を僕が直々に教えてあげるよ」
「ヘッ! 捻り潰してやるぜ! ファイア・ボルトでな!」
「クソッ……。それはそれとして……、今度少し乗せてもらえないかい?」
目を逸らしながら言うドラコに私は思わず吹き出してしまった。
「別にいいけど、意外だな。ドラコの口からそんな言葉が飛び出してくるなんて」
「だって、ファイア・ボルトだぞ!? みんなの憧れの箒だ! 僕だって乗ってみたいよ!」
逆ギレしながら叫ぶドラコ。遠巻きに見ている連中もうんうんと頷いている。
「……まあ、私も気持ちは分かる」
「だろう!?」
こんなに暑苦しいドラコは初めてだ。エドもポカンとした表情を浮かべている。
「まあ、今度な! とりあえず、今日は早速セドリックをボコボコにしてくるぜ!」
「……ファイア・ボルトを使って負けるなよ?」
そう言うドラコの目は据わっていた。
「お、おう」
ファイア・ボルト。低血圧なドラコでさえ熱血に早変わりする魔法の箒。
改めて見ても、実に素晴らしい。
「エド」
「な、なに?」
「ありがとな!」
私はエドにキスをした。周りがキャーキャー言うが、どうでもいい。
今はとにかく、茹でダコになったエドを見たい気分だった。
「ドラコ! エドの事は頼むぞ! 今度、こいつに乗せてやっからよ!」
「……約束だぞ!」
「お、おう!」
私は新たな相棒のファイア・ボルトを片手に競技場へ向かった。