【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第十二話『真似妖怪』

第十二話『真似妖怪』

 

 今年から通常の科目に加えて、選択科目の授業が増える。

 私は古代ルーン文字学と魔法生物飼育学を選択した。

 占い学は胡散臭いし、マグル学はわざわざ受ける必要が無い。おまけに、その二つの授業は私が見据えている将来に何の意味も齎さない。

 

「私は魔法生物関係の仕事に就きたいんだ」

「エレインも? なら、私と同じだねー」

「私も!」

 

 闇の魔術に対する防衛術の授業に向かいながら、私達は将来の目標を語り合った。

 私とレネ、ジェーンの三人は魔法生物に関わりたいと考えている。

 

「私は日刊預言者新聞に就職するつもりよ! まあ、最終目標は自分で出版社を設立する事だけどね!」

 

 バイタリティ溢れるエリザベスらしい目標だ。

 

「……うーん。私はどうしようかなー」

 

 ハーマイオニーはまだ決め兼ねているらしい。

 

「アランは?」

「僕は魔法省に就職しようと思ってるんだ。いろいろとやりたい事があるからね」

「やりたい事って?」

「……今は秘密にしておくよ」

 

 アランには何か野望があるようだ。

 

「カーライルはどうだ?」

「僕は遺跡の発掘調査をしてみたいんだ。だから、古代ルーン文字学は必須だね。他にもいろいろな言語を覚えないといけないから大変だよ」

 

 そう言えば、グリンコッツに金庫破りが現れた時、いつになく興奮してたっけ。

 

「っと、着いたな」

 

 教室に入ると、くたびれたローブを身に纏う男がいた。

 席に座って、教科書を取り出そうとすると、男は待ったをかけた。

 

「今日は教科書を使わないんだ」

 

 どういう事だろう。自己紹介でもする気なのか?

 

「うん。どうやら揃ったみたいだね。では、移動するよ。みんな、杖だけを持って、私について来てくれ」

 

 ハーマイオニーと顔を見合わせながらついていくと、そこは職員室だった。

 部屋の隅にある洋服箪笥がガタガタと奇妙に揺れ動いている。

 

「安心してくれ。中に真似妖怪(ボガート)が入っているだけだから」

 

 それは安心していい事なのか?

 

「それじゃあ、改めて自己紹介をしよう。私はリーマス・ルーピン。今年から、ここで闇の魔術に対する防衛術を教える事になった。どうぞ、よろしく」

「よろしくお願いします!」

 

 基本的に礼儀正しいレイブンクロー。みんな綺麗にお辞儀をした。

 

「さて、ボガートという魔法生物について、知っているという人はいるかな?」

 

 ほぼ全員が手を挙げた。これにはルーピンも苦笑い。

 

「……おかしいな。他のクラスだとスリザリンが数人知っていただけなんだけど」

「教科書に載ってました」

 

 カーライルの言葉にうんうんと頷く私達。

 

「うん。さすがレイブンクローだね。よろしい! では、代表者に説明してもらおう」

 

 ルーピンはぐるりと生徒の顔を一巡した。すると、私を見て、何故か目を丸くした。

 

「……あー、君の名前を教えてもらえるかな?」

「エレインです。エレイン・ロット」

「では、エレイン。説明してくれ」

 

 勘違いだったのだろうか、ルーピンは何事もなく言った。

 

「ボガートは狭くて暗い場所を好む魔法生物で、遭遇した者が最も恐れるモノに姿を変えます。その性質故に、ボガートの真の姿を知る者は誰もいません。研究している人はいるみたいですけど」

「百点満点の解答だ! レイブンクローに五点あげよう! その通り、ボガートの研究者はボガートの真の姿を見る為に恐怖を感じない屈強な精神を鍛え上げようと、山に数年篭って修行をしたそうだよ」

「えっ、どうなったんだ!?」

「結局、ボガートは何年も家を空けた彼に激怒した奥さんの姿に変わったそうだよ」

 

 思わず吹き出してしまった。

 

「さて、君達には問うまでもない質問かもしれないけれど……」

 

 そう前置きをして、ルーピンはハーマイオニーを指差した。

 

「現在、我々はボガートに対して有利な状態にある。何故かな? 名前も一緒に教えてくれ」

「はい! ハーマイオニー・グレンジャーです! それは私達の人数が多いからです。ボガートが化けられるのは一つの姿だけなので、大勢に囲まれると誰の怖いモノに変わればいいのか分からなくて混乱するからです」

「完璧だ! レイブンクローに五点!」

 

 ハーマイオニーは嬉しそうにはにかんだ。

 

「ある時、三人の魔法使いがボガートと遭遇した。一人はピエロが怖くて、一人はドラゴンが怖くて、一人はお姉さんが怖かった。すると、ボガートはスカートを穿いたピエロメイクのドラゴンという実にファンシーな姿に変わってしまったんだ」

 

 想像して、また吹き出してしまった。ノーバートがスカート穿いている姿には中々のインパクトがある。

 そう言えば、アイツはメスなんだよな。

 

「ボガートを倒す呪文は一つ! そして、この呪文には《笑い》が必要だ。君達はボガートに己が滑稽だと思える姿を取らせる必要がある。さて、まずは杖なしで練習しようか!」

 

 ルーピンが後ろの生徒も近くに来るように手招きをしながら言った。

 

「私の後に続いて言ってごらん! 《馬鹿馬鹿しい(リディクラス)》!」

「《馬鹿馬鹿しい(リディクラス)》!」

「素晴らしい! だが、呪文だけでは十分じゃない」

 

 そう言って、ルーピンはジェーンを指名した。

 

「君の名前は?」

「……ジェーン・サリヴァンです」

 

 ジェーンは少し眠そうだ。また、夜更かしをしたのだろう。

 

「では、ジェーン。君にとって、最も怖いものは何かな?」

「……ノーバート」

 

 だろうな! ハーマイオニーやレネ達もうんうんと頷いている。

 私達に幾度となく死の恐怖を与え続けてきたトカゲ野郎。もう二年以上の付き合いになるというのに、未だに私達を動き回る肉としか認識していない肉食獣の鑑のようなヤツだ。

 

「うん? それは人の名前かい?」

「いえ、その……」

 

 ジェーンの目が泳いでいる。

 

「まあ、いいだろう。じゃあ、次は君の好きなものを教えてくれるかな」

「好きなもの……、子猫かな」

「じゃあ、子猫のイメージをしっかりと持つ事から始めよう。出来たかい?」

「は、はい」

「では、これから箪笥の扉を開ける。すると、中からボガートが飛び出してきて、そのノーバートに変わる。そうしたら、君は杖を掲げて唱えるんだ。《馬鹿馬鹿しい(リディクラス)》! その時に、子猫の可愛らしい姿を想像するんだ。そうだね、子猫の耳やつぶらな瞳に意識を集中するんだ。すると、ノーバートに子猫の耳が生えて、目もとってもキュートな子猫の瞳に変わるはずだよ」

 

 私はちょっと想像してみた。

 

「……あいつに猫耳が生えたところで、なにか変わるのか?」

「ど、どうかしら……」

 

 ハーマイオニーは顔を引き攣らせている。

 

「それじゃあ、みんな、一列に並んで! ジェーンが上手くやっつけたら、次は後ろの人をボガートは襲いかかるぞ! よーく考えるんだ。最も怖いモノ、そして、どうしたらその姿をおもしろおかしく変えられるか!」

 

 私達は一列に並ぶと、ルーピンが箪笥の扉を開いた。

 そして……、すごく見覚えのある巨大なドラゴンが姿を現した。

 毒を滴らせる鋭い牙。殺意百パーセントの瞳。掴んだ獲物を離さない為の鋭利な爪。

 ルーピンが目を見開いた。ノーバートを初めてみる生徒達は悲鳴を上げた。

 ジェーンは死んだ魚のような目で呪文を唱えた。

 

「《馬鹿馬鹿しい(リディクラス)》」

 

 ノーバートに猫耳が生えた。瞳もつぶらだ。

 逆に怖い……。

 

「あっはっはっはっはっは」

 

 渇いた笑い声を上げながら、ジェーンは杖を振った。

 

「《馬鹿馬鹿しい(リディクラス)》!!」

 

 すると、ノーバートは生まれたばかりの時の姿になった。

 小さくて、まだ辛うじて可愛いと思えていた頃の姿だ。

 ちなみに猫耳だ。目もつぶらだ。うん、このサイズなら可愛い。

 

「くぅー、可愛いよ、ノーバート! アンタ、でっかくなり過ぎなのよ!!」

 

 ジェーンが怒鳴り声を上げると、猫耳赤ちゃんノーバートはあたふたと逃げ出した。

 

「……えっと、じゃあ、次の人」

 

 ルーピンが顔を引き攣らせながらジェーンを下がらせた。

 次はアランの番だった。

 また、ノーバートだった。

 

「《馬鹿馬鹿しい(リディクラス)》!」

 

 またもや猫耳赤ちゃんノーバートになるボガート。

 

「……次の人」

「は、はい」

 

 ハーマイオニーの前に、再びノーバートが現れた。

 

「……君達、なんで揃ってドラゴンにトラウマを持ってるんだい?」

「なんででしょうね……」

 

 さっさとノーバートを猫耳赤ちゃんモードに変えて、ハーマイオニーは虚空を見上げた。

 

「……えっと、君もノーバートかい?」

 

 ルーピンが悩ましげに私を見つめる。

 

「多分な……」

 

 現れるノーバートを猫耳赤ちゃんモードにする作業が延々と続いた。

 みんなもノーバートの姿があまりにも衝撃的だったらしく、誰が対面してもボガートはノーバートになった。

 

「これ、なんの授業なんだろうな……」

「真似妖怪の対処法……、でしょ?」

「……ノーバートもこういう対処が出来たらいいのにな」

 

 結局、この日の授業はクラスメイト達にノーバートの恐怖を植え付けただけだった。


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