あっという間に入学式の日がやって来た。トランクを転がしながら、私はエドやハーマイオニーと共にウィルとその友人、ロイドの後に続き、キングス・クロス駅を歩いている、
駅という物を利用する事自体、滅多に無かったから少し面白かった。近代アートという奴なのか、網目状の奇妙な壁が聳えているのを見て思わず首を傾げたり、東洋人の集団があくせくと動き回っている光景に目を丸くしたり、それなりに堪能する事が出来た。
「――――ここが9と3/4番線のホームに続くゲートだ」
ウィルはただの壁を指差して言った。決して、彼の頭が湧いているわけじゃない。ここが正真正銘、ホグワーツに向かう汽車に乗るためのホームへの入り口だ。
ここ数日、私達は本の虫と化していた。ハーマイオニーが入学前にホグワーツの事を勉強しようと言い出したからだ。他にやる事も無く、知識を得る事が好きな性分も合わさり、私は彼女の案に乗ることにした。エドも私達に付き合う形となり、ほぼ毎日本屋や古本屋に通い続けた。両店の店主とすっかり顔なじみになってしまうくらいに。
そんなこんなで、この一風変わったホームへの侵入方法についても知識があった。
「ここが……」
それでも、実際に目の当たりにすると「あっ」という声が漏れてしまう。
人が壁にめり込む光景に驚かない人間は修羅場をくぐり過ぎだと思う。
まるで霞に飛び込んだかのような薄ら寒い感覚の後、私達は人がごった返す9と3/4番線のホームに出た。
「迷わないようについて来て」
栗毛のメガネを掛けた男が言った。彼がロイドだ。ここ数日の私達の勉強会でよくアドバイスをくれた。ウィルを度々私達から奪っていくのがちょっと不満だけど、理知的な人間は嫌いじゃない。
ちなみに、彼はグリフィンドールでは無く、レイブンクローの生徒だ。しかも、監督生。
「早く来て成功だったな。急いで空いているコンパートメントを探そう」
ウィルはそう言うと汽車の中に入っていく。私達も慌てて後に続いた。
既に半分以上が埋まっていたけど、なんとか無人のコンパートメントを見つける事が出来た。
「じゃあ、僕はペネロピーと合流して先頭車両に行かないといけないから」
「ああ、パーシーにもよろしくな」
ペネロピーはレイブンクローの女子の方の監督生で、パーシーはグリフィンドールの監督生。
ロイドが去って行くと、早速ハーマイオニーは『ホグワーツの歴史』というデカイ本を取り出した。
「君達、本当に本が好きなんだね」
額を掻きながら、ウィルは苦笑した。
「俺もちょっと出掛けてくるよ」
「えー」
「ほらほら、ウィルにも用事があるんだから」
不満を口にする私をハーマイオニーが諭す。
「すまないね、エレイン。エド、お嬢さん方に失礼の無いようにな」
「分かってるってば!」
軽く手を振って、ウィルは出て行った。
「ちぇー」
唇を尖らせる私にハーマイオニーが苦笑する。
ウィルが居なくなって、テンションガタ落ちだけど、二人と過ごす時間も悪くない。
私達はホグワーツについて語り合ったり、ちょっとした呪文の練習をして時間を潰した。
途中、車内販売が来て、お菓子パーティーとしゃれ込んだりして、旅の道程は順風満帆。
◇
穏やかな陽気と満腹感にうとうとし始めた私達のコンパートメントがいきなり開かれた。
入って来たのは丸顔の少年。
「あ、あのー……」
「あん? なんだよ、お前」
到着前に一眠りしようと思ったのに、今ので眠気が飛んでしまった。
睨みつけると、少年はビクッとした表情を浮かべ、聞き取れないくらい小さな声でぶつぶつと何かを言い始めた。
「あんだよ! 男なら言いたいことをもっとハッキリと言え!」
「ご、ごめんなさい!」
怒鳴りつけると、少年は脱兎のごとく逃げ出してしまった。
「なんだ、アイツ……?」
「どうしたの……?」
私の怒鳴り声で目が覚めてしまったらしく、目を擦りながらハーマイオニーが寝惚けた声を出す。
「何でもない」
私はこの騒動の間もグッスリ眠ったまま起きなかったエドの膝を枕にして今度こそ一眠りする事にした。
まったく、あの丸顔め、次に会ったら締めてやる。
◇
体を揺すられて目を覚ました。
「ほら、エレイン。そろそろホグワーツに到着するみたいよ。急いで着替えないと!」
「ん―……、もう、そんな時間か?」
私はのっそりと起き上がると、指定の制服を取り出してボタンを外し始めた。
「ちょっ!?」
すると、いきなりエドが奇声を上げてコンパートメントから出て行った。
「……アイツ、初心だな」
「いや、いきなり男の子の前で脱ぎ出すのはどうかと思うわよ」
呆れたように言うハーマイオニー。羞恥心など遥か昔に投げ捨てたからな、ああいう反応は新鮮で面白い。
「とりあえず、着替えるか」
「そうね。モタモタしてると、エドが着替えられないし」
さっさと着替えてエドと交代する。服を脱いだ頃合いを見計らい、ちょっと覗いてやろうかと思ったんだけど、ハーマイオニーがジロリと睨みつけてくるから自重した。
◇
外はすっかり暗くなっていた。
星明かりだけを頼りに人工物を探すが、特に何も見つからない。かなり田舎の方に来たみたいだ。
ガタンガタンという音と揺れるランプの光が奇妙で幻想的な雰囲気を醸し出す。
「ぼ、僕……、なんだか緊張してきた」
「私も……」
いよいよホグワーツが直ぐそこまで迫って来ている。
二人は若干青ざめたような表情を浮かべている。
「……ほら、二人共落ち着けよ。カエルチョコでも食ってな」
二人は私が渡したカエルチョコをもぎゅもぎゅと食べる。それにしても、カエル型のチョコレートとか、考えた奴は頭がイカれてるよな。しかも、生きてるんだぜ、コイツ。
「マーリンに……、モルガナか……」
「アーサー王伝説シリーズって感じね」
二枚のカードをエドに押し付け、私は百味ビーンズを口に含んだ。
カエルチョコレートのおまけをエドは集めている。
「おい、エド。組み分けってのはボウシを被るだけなんだろ? なんで、そんなにビクついてんだよ」
ハーマイオニーは若干落ち着きを取り戻したみたいだけど、エドは相変わらず沈痛な面持ちだ。
「だ、だって……、どこの寮に入るかはその時が来ないと分からないんだよ? もし、二人と違う寮だったらって思うと……」
ちょっとだけ、頬が緩みそうになった。なんだよコイツ、可愛げのある事言うじゃねーか。
「安心しろよ。別に寮が違ったって、ウィルとロイドみたいに付き合いは続けられるだろ」
「そ、そうだけど……」
そこまで不安になられるとこっちまで憂鬱な気分になってくる。
私はハーマイオニーと顔を見合わせて肩を竦めた。
◇
いよいよ、ホグズミード村というホグワーツのすぐ近くにある魔法使いの村と隣接している駅に到着した。
構内にはどっから出て来たんだと思うようなとんでもない数の生徒達と一際目を引く巨大なひげもじゃ。
「イッチ年生! こっちだ!」
ひげもじゃが叫ぶ。彼の周りにはセンスの無い丸メガネとそばかすだらけの赤髪、それに例の丸顔が居る。
「もしかして、彼が森の番人じゃない? ほら、ルビウス・ハグリッドは驚く程大柄な男だって、ロイドが言ってたじゃない」
なるほど、確かにデカイおっさんだ。おまけに臭そう。あんまり近寄りたい相手じゃないな。
私達はぞろぞろと彼の後に続く一年生の群れに紛れ込み、険しい道を歩いた。
しばらく歩くと、川に出た。そこにたくさんのボートが浮かんでいて、ハグリッドは四人一組で私達をボートに乗せた。
私達は前を歩いていたメガネの少年と相席となった。さっき遠巻きに見た丸メガネと違って、オシャレなメガネを掛けている。
「……よろしく」
大人しめだけど、エドとは少しタイプが違って見える。
「よろしくな。エレイン・ロットだ」
「え、エドワード・ロジャー」
「ハーマイオニー・グレンジャーよ」
メガネ君は私達三人の顔を見た後、すっきりとした発音で名乗った。
「カーライルだ。カーライル・ウエストウッド」
ほっそりとした顔立ちに上品な英語。こいつはかなり上流階級の人間だな。
その割に見下したような視線を向けてこない所に好感が持てる。
「よろしく」
挨拶を交わした後はこれと言って話す事も無く、川を抜けるまで周囲のざわめきに耳を傾けた。
しばらくすると、川幅が一気に広がった。どうやら、ここから先は湖になっているらしい。
直後、私達は遥か対岸に姿を現した聳え立つ巨大な城に圧倒された。
「あ、あれがホグワーツ!?」
そう、ホグワーツは魔法“学校”を謳うくせに、その学舎は立派な城だった。
月夜を背景に神秘的な空気を発するホグワーツの城に私は言葉が見つからなかった。
まさに圧巻としか言い様がない光景だった。