第三話『墓参り』
汽車がキングス・クロス駅に着いた。私は降りる前にエリザベスに声を掛ける事にした。
そっとしておくべきか迷ったけれど、ジェーンの事を考えると、放っておくわけにもいかない。
それに、葬儀の日から今日まで、エリザベスの笑顔を一度も見ていない。まるで、暖炉の火が消えてしまったような気分だ。
「エリザベス」
「……なに?」
そっけない反応。愛っていうものは、実に怖いものだ。悪人を善人に変える事もあれば、陽気な人間を陰気に変える事もある。その為に人を殺すヤツだっている。
「ハリーにも言った事なんだけど、勝ち目のない戦い方はするなよ?」
「……どういう意味?」
「そのまんまだ。やるからには勝てる方法を選べよ」
エリザベスは眉を顰めた。
「止めないの?」
「止まらないだろ?」
「……まあね」
愛の為に行動を起こす人間を、今までにも何度か目にしてきた。
大抵の場合、碌な結末を迎えない。二人は死んだ。一人は壊れた。一人は……、
エリザベスは、あいつらと同じ目をしている。
「じゃあ、また来学期に会おうぜ」
踵を返して、エドを探しに行こうとしたら、肩を掴まれた。
「なんだ?」
「……それだけ?」
「それだけだ。私が言いたい事、もう分かってんだろ?」
エリザベスは深々とため息を零した。
「ジェーンに謝るわ」
「おう」
「またね、エレイン」
「またな」
エリザベスはバカじゃない。むしろ、大抵の奴より頭の回転が早い。
下手に目立つ事をするな。信頼出来る仲間は大切にしろ。視野を狭めるな。
そんな、冷静に考えれば分かり切っている事をわざわざ口に出す必要なんてない。まあ、相手にもよるが……。
「おーい、エド!」
ドラコと話しているエドの背中に抱きついた。
「えっ、エレイン!? な、なにしてるの!?」
「おいおい、ご挨拶だな。お前が迎えに来ないから、わざわざこっちから来てやったのに」
「いや、だからって!?」
茹でダコのようになったエドを尻目に、私はドラコを見た。
呆れ返った表情を浮かべている。
「……ドラコ。お前、大丈夫か?」
「君に心配されるほど、僕がヤワだと思うかい?」
「これは失礼」
ドラコは苦笑すると、私達に背を向けた。
「……僕の父上は、先生をとても信頼していた。ホグワーツに通っていた頃からの仲だったそうだ。僕も、子供の頃からよくしてもらってきた」
感情を押し殺したような声だった。
「……先生を殺した犯人は、きっと父上が見つけ出すよ」
言葉尻には怒りが滲んでいた。
「……新学期に会おう」
そう言い残して、ドラコは去って行った。
「……お前は大丈夫か?」
「大丈夫だよ、エレイン。心配してくれて、ありがとう」
「そっかそっか」
エドも暗い表情でいる事が多かったけれど、エリザベス程に拗らせてはいないようだ。
「……ところで、そろそろ離れてくれない?」
「なんだよ、不満か?」
「あっ、当たっちゃってるんだけど……」
「当ててんだよ。嬉しいだろ?」
「……ノーコメント」
◇
迎えに来たイリーナと合流した後、私は二人と共にエミーの墓参りをした。
本当は一人で行くつもりだったのだけど、イリーナに連れて行くよう言われて、特に断る理由も無かったから連れて来た。
ちなみに、ウィルはいない。ロイドの家に招待されて、直接向かったようだ。来年、最終学年に上がる二人は将来を見据えて、夏の間に色々と準備を進めるらしい。
「……十五歳だったのね」
イリーナは墓石に刻まれた文字と数字を見て、声を震わせた。
「どんな子だったの?」
少し驚いた。今まで、イリーナにエミーの事を聞かれた事は無かった。
「……アホだったな」
あんまり他人に吹聴するような事でも無いけれど、イリーナとエドなら構わないだろう。
「不幸のどん底だった筈なのに、いつも笑ってた。自分は幸せ者だって、確信してた」
話し始めると、エミーとの思い出が雪崩を起こした。
「塩で茹でただけのパスタを私に得意げに教えてくれてさ……」
イリーナとエドは黙って聞いていた。おかげで話を止めるタイミングが分からなかった。
「何度も男に騙されて、必死に稼いだ金を奪われてさ……。私が奪い返して来ても、逆に返してこい! って、怒るんだぜ? あげた物は相手の物。それを奪ったら泥棒だって……」
出来れば止めてほしいのだが、エドは実に気が利かない。
「私が金を稼いできても受け取らない癖に、自分で稼いだ金は私の為に使うんだ。英語の読み書きとか、簡単な数字の計算の教科書を買って来てさ。結局、私が先に覚えて、アイツに教えてやる事になったよ。……最後まで、ABCDをZまで言えなかったけどな。いつも、Lまでで止まっちまうんだ」
最近、前よりもエミーの事を意識する事が多くなった。
友達が増える度に、生活が充実していく度に、どうしてエミーが傍に居ないのか、考えてしまう。
もしも、エミーが今も生きていたら、ダンブルドアに賢者の石を使わせてくれと頼んでいた筈だ。
「アイツと初めて会ったのは私が七歳の時だった。腹が減って、喉も乾いて……、そんで、蹲ってた私にアイツが声を掛けてきたんだ。それから、アイツが死んだ日まで、ずっと一緒に暮らしてた」
今でも鮮明に思い出す事が出来る。
私を見つめる青い瞳。意識が朦朧としていた私をアイツは抱きかかえた。
「理由を聞いたら、苦しそうだったからって言われたよ。自分だって、明日生きていられるかも分からない生活を送ってた癖に……」
まだ、十二歳だった。今の私と同じ歳。
「私にアイツと同じ事が出来るか……、分からねぇ。だけど……」
文字通り、命を削って稼いだ金で私を養ってくれた。
私はエミーから、《命》を貰ったんだ。
「素敵な人だったのね」
「……おう」
エドは何も言わなかった。ジッと、エミーが眠る墓を見つめていた。
墓石を掃除して、花を手向ける。
去り際に、遠くで此方の様子を見ているローズに手を振った。
「知り合い?」
「色々と世話になった」
「なら、ご挨拶を……」
「いらないよ、イリーナ」
ローズが微笑んだ。
「じゃあな、ローズ」
きっと、もう会う事は無いだろう。
互いに背中を向け合う。
「いいの?」
エドが心配そうに言った。
「いいんだよ」
ローズが私を気に掛けてくれていたのは、エミーの為だ。
その義理も、これで無くなる。
名前も知らない。年齢も知らない。国籍すら知らない。
「……だって、アイツは」
赤の他人だ。
ある日突然現れて、エミーの世話を焼き始めた。
エミーもローズの正体を知らなかった。だけど、アイツは私を受け入れた時のように、得体の知れないローズを受け入れた。
「エミー」
墓場を出る寸前、もう一度だけ、エミーの墓の方を見た。
「またな」