第十八話『完全復活』
いよいよ、今年の優勝杯の行方が決まる。スリザリン対ハッフルパフ。全てはこの試合の展開次第だ。
スリザリンとレイブンクローの総合点数差は260点。スリザリンが110点を獲得する前にセドリックがスニッチを掴めば、レイブンクローの優勝だ。
既に優勝の芽が無いハッフルパフも、スリザリンの常勝無敗伝説に終止符を打てるかもしれないと、士気が昂ぶっている。
「セドリック! 速攻で決めろよ! お前なら出来る!」
観客席から声援を送る。当のセドリックは上空でドラコと火花を散らし合っている。
競技場にマダム・フーチが現れた。スニッチとブラッジャーを解放し、クァッフルを持ち上げる。
試合開始が宣言され、両チームのチェイサーが動いた。最初にクァッフルを掴んだのはスリザリンだ。鬼気迫る表情を浮かべ、猛スピードでハッフルパフを蹴散らし、先取点を獲得する。
「おい、しっかりしろよ!!」
あまりにも不甲斐ないハッフルパフのチェイサー達に私は思わず野次を飛ばしてしまった。
110点というマージンがあっても、まったく安心出来ない。
「うわっ、またスリザリンにクァッフルが渡っちゃった……」
隣でハーマイオニーが落胆した声を上げる。
ハッフルパフのチェイサーは本当に雑魚だ。折角、確保出来たクァッフルを瞬く間に奪い返されてしまった。
そのまま、抵抗らしい抵抗も出来ずにゴールを決められる。
スリザリン側は余裕の表情だ。
「セドリック! さっさとスニッチを掴め! お前のチーム、全然当てにならないぞ!!」
セドリックも上空で落ち着き無く動き回っている。その後ろをドラコはストーカーみたいに追いかけている。
110点……いや、260点獲得するまでセドリックの妨害をすれば、それでスリザリンの勝利は確定する。だからこそ、ドラコには、積極的にスニッチを狙う気がない。
ドラコの腕と、ニンバス2001の性能で妨害を受けたら、いくらセドリックでも厳しい。
「セドリック、がんばれ!」
スリザリンが70点目を獲得した時、ようやくスニッチが姿を現した。
瞬時に動き始めるセドリック。だけど、セドリックの箒の性能はニンバス2001に僅かに劣っている。
刹那の差と言えど、明らかに出遅れたドラコがセドリックに追いつき、体当たりをした。
何度もぶつかってくるドラコに気を取られて、セドリックはスニッチを見失い、悔しそうに吠えた。
「クッソ、ドラコのヤツ、巧いな」
それから二度、セドリックはスニッチを見つけたけれど、ドラコの妨害に屈した。
そうしている内に、遂にスリザリンが110点目を獲得する。これでドラコがスニッチを掴めば、スリザリンの連続優勝記録が更新されてしまう。
固唾を飲んで見守っていると、急にカバンに括り付けたスニーコスコープが眩しいくらいに光り始めた。
「なっ、なんだ!?」
次の瞬間、競技場の中心に何かが現れた。
一見すると、それは蛇のようにも見えた。けれど、あまりにも大き過ぎる。
『――――
よく見ようと目を凝らしたら、急に目の前が真っ暗になった。
ダンブルドアの声が聞こえる。
「選手諸君はその場で滞空せよ!! 決して動いてはならぬ!! 動いた者のチームはその時点で敗北とする!!」
まるでマイクを使っているかのような大声でダンブルドアは言った。
そして、暗闇の向こうでダンブルドアがいくつも呪文を唱え、何かと戦っている音が響き続けた――――。
◆
競技場の方角から歓声が響いてくる。今年は四つの寮それぞれにタイプの異なる優秀なシーカーがいて、勝敗が荒れに荒れている。
その注目度たるや、恐らくはホグワーツ史上でも類を見ない高さだろう。
「存分に楽しみたまえ。その間に、僕は目的の物を手に入れる」
必要な物を詰めたカバンを手に、僕は前回の潜入で確保した侵入ルートを進んだ。
ドラゴンの領域を超え、悪魔の罠を抜け、トロールの脇をすり抜け、チェスを無視して、薬品の間でカバンから一人の人間を取り出す。
数ヶ月間、丹念に洗脳を施した人間だ。口元に正解の薬品を運び、飲ませる。
《賢者の石を探す》
それ以外の思考を全て削ぎ落としてある。生きる事も、死ぬ事も、食べる事さえ望まない人形。これなら、みぞの鏡を攻略する事が出来る。
「さあ、賢者の石を手に入れろ」
みぞの鏡の前にマグルの青年を放り投げる。虚ろな目で鏡を見た彼は首を傾げながらポケットをまさぐった。
「そこか!」
男のポケットに手を入れると、ヒンヤリとした硬い物が入っていた。
取り出したそれは、血のように紅い宝石だった。
「……間違いない。手に入れた! こんなにアッサリと!」
振り向いても、ダンブルドアは現れない。
当然だ。彼は今頃、競技場でバジリスクと戦っている。アレはダンブルドアでなければ対処出来ないからね。
「よし、もう貴様に用はない」
口からヨダレを垂れ流し、唸り声のようなものを上げ続けている男を始末する。
その時だった。突然、地面が揺れ始めた。
「これはっ!? そうか、ダンブルドアめ! 万が一に備えていたか!」
この空間の壁は霊体を透過しない。それはつまり、今の僕であっても生き埋めにされてしまう事を意味する。
壁や地面、天井がヒビ割れていく。
「……おもしろい」
絶体絶命とも言うべき危機。実に心躍る展開だ。
賢者の石を懐にしまい込み、崩れ落ちてくる天井を避け、炎の壁に向かう。
「ッハ、この程度か!」
炎の壁を抜ければ、そこは薬品の間。天井が崩れる様子も、床が落ちる心配もない。
悠々とその場を後にした僕を待ち受けていたモノはトロールだが、相手をしている暇はない。
無視して先に進む。鍵の間も問題なく通過して、悪魔の罠へ辿り着いた。
「ッフ!」
出入り口まではかなりの高度があるが、僕は箒が無くても飛ぶ事が出来る。
ドラゴンの間では相変わらずノルウェー・リッジバックが飛び回っているが、やはり僕には興味を示さない。
これがオリジナルなら話が変わってくるのだろうが……、
「……ほう」
ドラゴンの間から出ると、見知った顔が待ち構えていた。
「セブルスじゃないか! 君の事はオリジナルから聞いているよ!」
「……貴様、その姿は」
セブルス・スネイプ。嘗て、オリジナルが率いていた軍団に名を連ねていた男。
彼は僕に杖を向けている。
「おやおや、もしかして、僕と敵対する気かい? 今なら許してあげるよ。いろいろと」
「……賢者の石を使ったのか」
「使った? ……ああ、そう勘違いしてもおかしくないか」
彼から見れば、僕は若い頃の肉体を取り戻したように見えるのだろう。
大方、ダンブルドアか、オリジナルに若い頃の写真でも見せられたんだろうね。
「とりあえず、僕の姿を見た君を、このまま帰してあげるわけにはいかないんだよね」
「アバダ・ケダブラ!!」
緑の閃光が迫る。素早く、そして的確な判断だ。
防御不可能な死の呪文。ただの魔法使い相手なら、これでゲームセットだ。
「……まあ、僕には効かないんだけどね」
だって、今の僕は本体から抜け出した影に過ぎないからね。
「なんだと……!?」
目を見開くセブルスに、僕は杖を向けた。
「
死の呪文が効かなかった事で動揺したのだろう。セブルスは呆気なく服従の呪文に支配された。
記憶を開心術で探るのも、安全を確保した後の方が賢明だろう。
バジリスクはダンブルドアに討伐されたようだ。少し、急ごう。
「行くよ、セブルス」
「……かしこまりました」
◇
秘密の部屋で待っていると、オリジナルの寄り代が血相を変えて入って来た。
『どういうつもりだ、貴様!! 賢者の石を確保する前にバジリスクをけしかけるなど!!』
オリジナルの声が響く。その背後からセブルスが忍び寄り、呪文を掛けた。
悍ましい絶叫が響き渡る。
「……隠れていたとは言え、セブルスに気付かなかった。君はもうダメだよ、オリジナル」
オリジナルが何かを叫ぶが、もはや言葉の体をなしていない。
しばらく待つと、やがて叫ぶ事さえ出来なくなった。
「さて、乗っ取らせてもらうよ。その前に……、君は用済みだ」
セブルスを殺して、僕は分霊箱から完全に抜け出した。
クィレルの肉体へ移り、オリジナルの魂を侵食する。
『やめろ!! やめろ!! 貴様は俺様だぞ!! こ、このような……やめっ、がが……』
やはり、相当弱っていたようだ。呆気なく、精神を乗っ取る事に成功した。
『あとは……』
賢者の石から生成した命の水を口に含む。
その瞬間、変化が始まった。究極の蘇生薬は、僕の魂の情報を下に肉体を再構成している。
激しい痛みに悶え、そして、悶える事が出来る肉体に興奮した。既に、手足が揃っている。
「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
喉が、眼球が、鼻孔が、耳孔が、次々に機能を再開させていく。
「ハァ!!」
そして、気付けば僕は本来の肉体を取り戻していた。
オリジナルの見窄らしく、卑しい姿じゃない。僕が僕であった時代の肉体だ。
髪をかき上げ、空気を吸い込む。
「ああ……、これだよ。空気の味とは、こうだったね」
分霊箱として在った頃は、生ある者としての全てが失われていた。
目に映る景色も白黒で、臭いも音も雑味が混じり、如何に他者の生気を奪っても、まるで生きている実感が湧かなかった。
それはオリジナルも同様。クィレルの肉体に憑依する前、肉体をハリー・ポッターに滅ぼされる前から、彼も生きてはいなかった。
「素晴らしい。これが賢者の石の力!」
四肢に力が漲る。五感が冴え渡る。精神が研ぎ澄まされていく。
笑いが止まらない。
「愚か者達に感謝しなければいけないね」
オリジナルに託された
僕の野心に最後の瞬間まで気付けなかったオリジナル。
賢者の石を守りきれなかったダンブルドア。
彼らのおかげで、僕は肉体を取り戻した。
「――――さあ、ヴォルデモート卿の完全復活だ!!」