第十六話『メリナのアトリエ』
雪が降っている。明日から、ホグワーツはクリスマス休暇に入る。
「ねえ、どこに行くの?」
朝食の席で拉致したハリーがぼやいている。
ロンとチェスで激戦を繰り広げている最中に攫ってしまったからな。
「もう少し先だ」
八階の廊下まで来ると、私はトロールに頑張ってバレエを教えようとしている《バカのバーナバス》の絵の下へ向かった。
前回はここでフレッドとジョージに見つかって、探索を中断する事になった。
「あの壁だな」
「あの壁に何かあるの?」
「ちょっと待ってろよ」
私はイリーナの手記に従って、《
すると、壁にいきなり扉が現れ、その上には《メリナのアトリエ》という文字が浮かび上がった。
「なっ、なにこれ!?」
ハリーが目を丸くしている。
「ここ、エドの母親とお前の母親が使ってた秘密の研究室らしいんだ」
「え!? ママと、エドワードのママが!? どういう事!?」
「なんでも、友達だったらしいぜ。特別な場所だから、他の人間には、エドとウィルにも教えないようにって言われてるんだ。けど、お前には教えとこうと思ってさ」
「……ママの」
扉を開けて、中に入る。すると、そこには――――、
「汚ねぇ……」
無数の本、雑貨、無数の薬品、化粧品、衣類、おもちゃ、怪しい物体、用途不明の魔術品の数々が所狭しと転がっていた。
私は理解した。どうして、実の息子にさえ秘密なのか……。
「すまん。先に入って、片付けとくべきだった」
ヒラヒラのパンツや、女性向け雑誌まで転がっている。
「あー……いや、大丈夫。うん、ちょっと予想外だったけど」
「……片付けるか」
「そうだね……。あっ、その……、パンツとかは君に任せていい?」
「おう、任せとけ。……おい、このパンツはリリーの名前が書いてあるぞ」
「見せなくていいよ!」
中の物は何でも使っていいと手記に書いてあったけど、さすがに使用済みのパンツは使いたくない。
ハリーがマザコンを拗らせていたら全部くれてやったのだが、性癖は真っ当なようだ。つまらん!
「おっ、これってリリーとイリーナじゃねーか? どれが誰か分からねーけど」
テーブルの上には三人の少女が笑顔で並んでいる写真がいくつもあった。
「……どの子がママなのかな」
写真は白黒で、瞳の色が判別出来ない。ハグリッド達によれば、ハリーとリリーの共通点は瞳の色のみらしいから、こうなるとサッパリ分からない。
「あっ、写真の裏に名前が書いてあるよ。左がイリーナ。真ん中がママ。右がマーリンだって」
「マーリンは知らねーな」
イリーナの話にも出て来なかった。
「なんだか、この子はエレインに似てるね」
「そうか?」
右端で挑発的な笑みを浮かべている女を見る。白黒だから、髪色も、瞳の色も分からない。
けれど、髪質や顔の作りは確かに鏡で見る自分とそっくりかもしれない。
「まあ、他人の空似だし、どうでもいいや。それより、掃除を終わらせようぜ」
「うん」
私達は写真の事を頭から切り離して、掃除を再開した。
それにしても物が多い。衣類だけでも山のようだ。
「エレイン! これって何かな?」
「ああ、それは化粧品だな。そっちに集めといてくれよ!」
「了解! うわっ、またパンツだ。……なんで、こんなに落ちてんの」
ゲンナリした様子で私を呼び寄せるハリー。
「浮遊呪文で投げ飛ばせばいいじゃん」
「……いや、母親の下着なんて呪文越しでも触りたくないよ」
「ふーん。結構、可愛いじゃん。好みと違うのか?」
「ママなんだよ!?」
結局、掃除は昼過ぎまで掛かってしまった。衣類を拡張呪文の掛かった洋服箪笥に叩き込み、化粧品を化粧台に並べ、本屋雑誌は本棚に整理しながら入れた。
「しっかし、完全にプライベート空間って感じだな」
研究もしていたのだろうが、どちらかと言うと、自堕落な生活を学校内で満喫する為の部屋って感じだ。
「これって、日記かな? マーリン・マッキノンって、名前が隅に書いてある」
「マーリン・マッキノン……? この右のヤツか? なんか、どっかで聞いた事ある気がするな……」
ハリーから日記を受け取って開いてみる。
そこには誰と誰が付き合い始めただの、新しい魔法薬の研究が順調だの、男友達に対する不満だのが書き散らされていた。
「ふんふん。『今日はついにリリーがジェームズの気持ちに応えた。応援していた甲斐があったわ。ピーターやリーマス達も喜んでた。イリーナとお祝いの方法を考えなくちゃ!』……、だってさ」
リリーとジェームズ。ハリーの両親の馴れ初めを読み上げると、ハリーはなんとも言えない表情を浮かべた。
「ママとパパがその日に恋人になったんだね」
「そうらしい。おっ、次の日に初体験したらしいぜ」
「初体験……? 何をしたのかな?」
おっと、ハリーはまだピュアだったようだ。
「……詳しくは書いてないな」
ちょっと生々しい説明をしてやろうかと下卑た発想も浮かんだが、止めておく。
「ん? これは、スネイプの事か?」
「え、スネイプの事も書いてあるの?」
「おう。なになに……、『セブルスがまたジェームズ達と喧嘩していた。昔はジェームズの方がふっかけていたのに、立場がすっかり逆転している。彼もリリーの事を愛していたから、嫉妬もあるんでしょうね。最近はよくない噂を聞くようにもなったし、彼の為にも、リリーの為にもあまり二人を近づけない方が良さそう』」
「……スネイプって、ママの事が好きだったの!?」
「ああ……、あー、そうか、そういう事か! なーんか、しっくり来た。ああ、なるほどね。だから、ハリーにツンツンしてるわけだ」
「うわぁ……、知りたくなかった」
ハリーは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「おっ、イリーナとダンの出会いの事も書いてあるな」
図書館で偶然出会い、イリーナが勉強の事で悩んでいるダンの面倒を見るようになって、それから付き合い始めたらしい。
図書館デートというヤツだ。
「……今度、エドを誘ってみるかな」
勉強が難しくて大変だって嘆いていたしな。
「エレインはエドの事が好きなの?」
「ん? あー、うん。多分、好きなんだろうな」
「多分って……?」
首を傾げられても困る。私自身もよく分かっていないのだ。
「これが恋かって聞かれると、あんまり自信がないな。まあ、アイツより好みなタイプの男はいても、アイツより好きな男はいないから、アイツにその気があるなら付き合ってもいいし、結婚してもいいと思ってるよ」
「……僕が言うのも何だけど、もうちょっと真剣に考えてあげた方がいいと思うよ?」
「コレでも真剣なんだけどな……」
何気なく日記のページを捲っていると、著者のマーリンとバンって奴の恋愛模様もあった。
物凄い量の惚気の数々に思わず日記帳を閉じてしまった。
「それで、何か持ってくか? 少なくとも、リリーの物はお前のもんだぜ?」
「……いや、ママの服とか貰っても」
「化粧品は?」
「いらない」
キッパリと断られてしまった。まあ、欲しいって言われたら、それはそれで反応に困ったけどな。