第十話『
目を覚ますと、私は物々しいオーラを発する集団に取り囲まれていた。
「……も、もう一眠り」
「エレイン・ロット」
氷のように冷たい声。ハーマイオニーだ。
「起きなさい」
「……へーい」
渋々起き上がると、まず目に映ったのは涙を堪えているハーマイオニーとレネ、チョウだった。
次にエドとハリー、ロン。それから、セドリックの姿もあった。
「エレイン・ロット」
はじめに口を開いたのはセドリックだった。怒りの表情を浮かべている。
「君は……、自分が何をしたのか分かっているのかい?」
「ス、スニッチを掴んだ。それがどうかしたのか?」
「ああ、それがシーカーの仕事だ。とても大事な事だね。だけど、その為に命を張るのはやり過ぎだ!」
空の上にいた爽やかなイケメンはどこかへ消えてしまったようだ。
ここには燃えるような怒気を纏ったオーガが一匹。
「クィディッチはスポーツなんだ! たしかに、みんなが勝利を求めている! だからと言って、いくらなんでも無茶をし過ぎだ! あと一歩で死ぬところだったんだぞ!」
「わ、悪かったよ……」
「本当に分かってるの!?」
ハーマイオニーが震えた声で怒鳴ってきた。
「貴女、酷い状態だったのよ! 足は粉砕骨折で、骨が皮膚を貫いて外に出ていた! 内蔵も損傷して、血が……、血が……、マダム・ポンフリーが治してくれなかったら……」
「あ、あんな無茶するなら、私達、マイケルやフリットウィック先生に貴女をシーカーから降ろすように訴えるからね!!」
いつもは寝ぼけた表情を浮かべているジェーンにまで怒鳴りつけられて、なんだか居心地が悪くなってきた。
「あ、謝ってるじゃねーか」
「エレイン!!」
エドまで恐ろしい形相を浮かべている。
肩を万力のように締め上げられて、ちょっとドキッとしてしまった。
「は、はい」
「もう、二度と! あんな真似は! しないと! 誓ってくれ!」
「ち、誓います……」
いつもの気弱なお前はどこに行ったんだ。
まるで、ジキル博士とハイド氏みたいな変わりようだ。
「……エレイン!」
遂には抱きつかれた。おいおい、公衆の面前で何してんだよ。
ハーマイオニー達が涙を引っ込めて赤くなっている。
「あー……、よしよし。悪かったな」
とりあえず、抱き締められた状態のまま、エドの頭を撫でてやった。
余計に強く抱き締められた。
「……えっと、痛みとかはないの?」
気まずそうにハリーが問い掛けてきた。
「特に問題無さそうだ」
抱き締められているせいで、細かい部分は確認出来ない。けれど、手首や足を軽く曲げてみても、痛みはまったく無かった。
「……私、どのくらい寝てたんだ?」
「丸一日」
「丸一日!?」
ほんの数時間程度だと思っていた。
「だから余計に心配だったのよ!」
ハーマイオニーがまたオーガ化してしまった。
「悪かったって!」
結局、私がオーガの集団から解放されたのは一時間後の事だった。
マダム・ポンフリーに長い説教の後、退院の許可を貰って、私達は気晴らしにハグリッドの小屋を訪れた。
ジェーンとセドリック、チョウも一緒だ。ヒッポグリフに興味を抱いたらしい。
「おお、エレインじゃねーか! 大丈夫だったんか!?」
「おう! この通り、ピンピンしてるぜ」
「そうか、よかった。けどな、お前さん――――」
ハグリッドからも説教をくらった。もう懲り懲りだ……。
「けど、丁度良かった! これから、ノーバートに餌をやりに行くんだ! 一緒に行こう!」
死にかけた翌日にまた死と直面する事になるとはな。
ジェーンとセドリックは「ノーバートって?」と首を傾げ、真っ青になった他の連中を不思議そうに見つめている。
「それで、お前さん達は? また、ハリーやエレインの友達か?」
「あっ、俺はハッフルパフのセドリック・ティゴリーです」
「私はレイブンクローのジェーン・サリヴァンです」
「同じくレイブンクローのチョウ・チャンです」
「よろしくな! しっかし、ついにハッフルパフも加わったか……。なあ、いっその事なんだが、クラブにしちまわねーか?」
「クラブに……?」
ハグリッドによれば、ホグワーツではクラブ活動が認められているらしい。
実を言えば、クィディッチのチームもクラブ活動に該当する。
正式に届け出を出せば、学校側が色々とサポートもしてくれるようだ。例えば、門限を過ぎた後でもクラブ活動が長引いたと言えば許される。
「実はな、マクゴナガル先生とも話したんだ。グリフィンドールとレイブンクロー、スリザリンの生徒が一同に集まって生き物の世話をするっていう……まあ、良い意味で前代未聞な事が起きてるわけだ。しかも、ハッフルパフまで加わるとなりゃ、お前さん達は意識していないかもしれんが、こいつはちょっと凄い事なんだぞ」
私達は顔を見合わせあった。
どうするか相談してみると、反対意見は殆ど出なかった。
ノーバートの事で一悶着はあったものの、クラブにする事で得られるメリットがかなり魅力的だった。
まずなによりも、ノーバートに会いに行く時、誰か先生を助っ人として呼べるようになるらしい。それに、活動の為に必要なら幾らか費用も出して貰える。
「面白そうだね。是非、俺も入れて欲しい」
「私も入るー!」
「私も! っていうか、ヒッポグリフの世話なんて面白そうな事をしてるなんて、もっとはやくに教えてほしかったわ!」
セドリック、ジェーン、チョウの三人も乗り気だった。
「よーし! なら、決まりだな! なら、ノーバートの餌やりの前に、みんなでダンブルドア先生の所に行くぞ!」
「えっ、校長先生の所に!?」
ハグリッドに連れられて、私達は校長室に向かった。
八階の廊下を歩き、石のガーゴイルの前に来ると、ハグリッドがボソボソと合言葉を言った。すると、ガーゴイルは命を与えられたかのように動き出し、場所を空けた。
その先の壁が二つに裂け、奥にはグルグルと回る螺旋階段があった。
「よーし、ついてこい!」
ハグリッドの後を追って、螺旋階段に乗る。しばらくグルグルしていると、磨き上げられた樫の扉が見えた。
グリフォンのカタチをした真鍮製のノッカーをハグリッドが叩くと、扉が勝手に開いて私達を中に招き入れた。
そこには、ホグワーツ魔法魔術学校の校長、現代で最も偉大な魔法使い、アルバス・ダンブルドアの姿があった。
クリスマスに一緒にディナーを食べた事があるけど、改めて近くで見るとオーラが凄い。
「おお、ハグリッド。どうかしたのかね?」
ダンブルドアは面白がるような眼差しで私達を見つめている。
「ダンブルドア先生。クラブの申請をしに来ました」
「彼らがメンバーじゃな?」
「そうです! ハリーは知っておりましょう? こっちがロン、エレイン、エドワード、ハーマイオニー、レネ、ジェーン、チョウ、セドリックです」
「……素晴らしい光景じゃ」
しみじみとした様子でダンブルドアが言った。
「グリフィンドール。レイブンクロー。スリザリン。ハッフルパフ。ホグワーツ創立以来、こうして寮の垣根を超えた友情はしばしば起こり得た。しかしながら、四つの寮の生徒が一つの目的の為に集う事は……、残念な事に非常に稀と言わざるを得ぬ。故に、この光景は実に喜ばしいものじゃ」
ダンブルドアはハグリッドを見つめた。
「クラブの活動をホグワーツ魔法魔術学校の校長として許可しよう」
「ありがとうごぜぇます!」
ダンブルドアは次に私達を見つめた。
「友情は何ものにも代え難い宝じゃ。大切に育み、それを永劫のものとした時、如何なる苦難を迎えたとしても、お主らは乗り越える事が出来る筈じゃ」
そう言うと、ダンブルドアは私達の頭を順番に撫でた。なんだか、不思議な気持ちになる。胸があたたかい。
「さて、最後にクラブの名前を決めねばならぬ。誰か、良い意見はあるかのう?」
クラブの名前と言われても、すぐには思いつかない。
「シンプルに
「そうだな。変に凝っても仕方ないし」
「えー、でも、ちょっとシンプル過ぎない?」
その後、《ヒッポグリフを愛でる会》やら、《ノーバートの餌》やら、《バックビークファンクラブ》やら、いろいろと意見が出たが、最終的にはハーマイオニーの意見で落ち着いた。
「よーし! 名前も決まった事だし、さっそく魔法生物飼育クラブの初活動だ! ノーバートの所に行くぞ!」
盛り上がっていた空気が一気に冷え固まった。
名前を決める最中で、セドリック達もノーバートの正体を知り、青褪めている。
「ほっほっほ、折角じゃ。お主等の活動に儂もご一緒させて頂いてもよろしいかね?」
「お願いします、校長先生!!」
「お願いします!!」
全員、ダンブルドアにひれ伏した。去年、最後に見たノーバートは既にハグリッドの小屋よりも大きくなっていた。
今頃、どんな怪物に成長している事か……、恐怖しかないな。
私達はハグリッドとダンブルドアに連れられ、ノーバートの新たな家である三階の廊下に向かった。