第九話『デビュー戦』
イエローのユニフォームに身を包み、箒を握り締めた。
「エレイン、がんばってね!」
「貴女なら勝てるわ!」
「ファイトだよ!」
「頑張って!」
「エレインなら、きっとやれるよ!」
「頑張れ!」
レネ、ハーマイオニー、ジェーン、カーライル、エリザベス、アランからそれぞれ激励の言葉を貰って、私は他のチームメンバーと一緒に競技場へ向かった。
「エレイン、大丈夫?」
チョウが声を掛けてきた。
「私達はこれが初試合。だけど……、だからって、負けていいわけじゃない」
青白い表情で、チョウは自分の掌を見つめた。震えている。
「……勝とうぜ、チョウ」
私はチョウの震えている手を掴んだ。
「勝てるさ……いや、勝つ!!」
「エレイン……、うん。そうよね、私達は勝つ! それだけよね!」
チョウの手が温度を取り戻した。その瞳には闘志が燃え上がっている。
「良い事言うッスね、エレイン。そう、私達は勝つ! その為に、訓練を積んできたんだ!」
シャロンの言葉にマイケルが頷いた。
「そうだ、勝つ! 今年こそ、優勝杯を手に入れるんだ! 全員、作戦は頭に叩き込んであるな!?」
全員が頷くと、マイケルは唸り声を上げた。
「勝つぞ!!」
「おう!」
「はい!」
「はいッス!」
「おー!」
「
「了解」
拳を振り上げながら、私達はゲートを潜り抜けた。
そして、圧倒された――――。
「ぅあ……」
呑まれたように、チョウが悲鳴を上げる。
無理もない。まるで、見えない力に上から抑えつけられているような気分だ。
鼓膜が破れそうな程の声援、無数の視線、そして、対戦相手の敵意。
手足が痺れる。こんな感覚、初めてだ。
これが――――、試合!
「チョウ!」
マイケルがチョウの背中を叩いた。
「エレイン!」
シャロンが私の背中を叩いた。
「大丈夫だ! 臆する必要なんて無い! お前達は、一人じゃないんだ!」
「私達もいるッス! だから、安心するッス!」
不思議な感覚だった。叩かれて、痛いはずの背中からじんわりと温度が広がっていく。
痺れていた筈の手の感覚が、いつの間にか戻っていた。
「エレイン!」
「チョウ!」
私とチョウは見つめ合った。
拳を打ち付け合う。
「いけます、キャプテン!」
「もう、大丈夫だ!」
さっきまでとは全然違う。意識が高揚する。
敵としか思えなかった大観衆が、逆に力を与えてくる。
ビリビリと痺れるような感触が、むしろ気持ちいい。
「よし、行くぞ!!」
マイケルの掛け声と共に、フィールドの中央へ向かう。
ハッフルパフの選手達と対面し、その間にマダム・フーチが立つ。
「両チーム、空へ!」
試合スタートの合図と共に、私はフィールド全体を見渡せる高度まで上昇した。
スニッチを探すにしても、試合の経過を把握するにも、この高度が最適だ。
案の定、ハッフルパフのシーカーも上がってきた。
「やあ、君が噂のエレインだね」
「噂……? おいおい、試合中だぜ?」
敵とくっちゃべってる暇はない。
「肩に力が入り過ぎだ。それだと、視野が狭まって、スニッチを見つけられないよ?」
「ウルセェ! なんなんだよ、テメェは!」
睨みつけると、ハッフルパフのシーカーはにこやかな表情を浮かべた。
「僕はセドリック。セドリック・ティゴリーだ」
「名前なんて聞いてね―よ!」
ウィルに負けないくらいのイケメンだけど、今は打ち負かすべき敵だ。
私はファックサインを叩きつけて、セドリックから視線を外した。
「落ち着きなって」
いきなり耳元で囁かれた。振り返ると、セドリックが接近していた。
「テメェ、近づくんじゃねー!」
「そう邪険にしないで欲しいな。僕達は競い合うライバル同士であると同時に、同じシーカーなんだ。仲良くしようよ」
「試合が終わってからにしろ! それとも、これがテメェ等の作戦か? 随分と小狡い手を使ってくるじゃねーか!」
「そんなつもりはないよ。君があまりにも気負いすぎているから、見るに見かねたのさ。シーカーは待つ事も仕事の一つだ。だから、気力の配分を間違えてはいけない」
「……変なヤツだな」
どうやら、本気でアドバイスをしているだけらしい。
たしかに、少し気負い過ぎていたかもしれない。メアリーにも言われた。
――――いい? シーカーはスニッチが現れるまで、ジッと待ち続けなければいけないの。そして、いざスニッチが現れた瞬間に動けなければいけない。
常に気を張り続けていると、イザという時に動き出せなくなる。
「少しは落ち着いたみたいだね」
「……敵に塩を送って、なんのつもりだ?」
「別に? 僕は正々堂々と戦いたいだけだよ。特に、君みたいに強い相手とね」
セドリックは爽やかな笑顔を浮かべて、実に呑気な事を口にした。
「お前……、バカだろ」
「酷いな。僕は真面目に言ってるんだけど?」
「だったら、尚の事バカだろ。試合は勝ってなんぼだ。相手の有利に働く事をするなんて、そんなの手を抜いているのと変わらねーよ」
話は終わりだ。私はセドリックから今度こそ顔を逸らした。
「……そうか、君にとって失礼な態度を取っていたんだね」
セドリックは言った。
「チームで戦ってんだ。自分の主義で仲間を不利にさせるなんざ、バカ以外の何者でもねーだろ」
「ごもっとも……、と言いたい所だけど、それを言うなら僕達は全員がバカなんだよ」
「……は?」
私は思わず振り向いてしまった。
「正々堂々は僕達のチーム全員が掲げる意志だ。どんな強い相手も、どんな狡い相手も、真っ向から打ち破る! その為に訓練を積んできているんだ!」
その言葉と共に、実況のリー・ジョーダンがハッフルパフの先取点を報せた。
「なっ!?」
「……エレイン・ロット。僕達は正々堂々と戦う。その上で、勝つ!」
そこにいたのは、呑気で爽やかなハンサムではなかった。
一匹の
ピリピリとした闘志が伝わってくる。
「上等だ!」
試合の流れはハッフルパフの有利で進んだ。マイケル達も必死に点を入れているし、チョウも必死に相手のゴールを防いでいるが、今年のハッフルパフは去年と比べて何かが違う。
私はセドリックを見た。去年、唯一ハッフルパフのチームに居なかった男。
話して伝わってくる桁違いの風格。コイツの存在がチームの士気を盛り上げているに違いない。
「……面白いじゃないか」
偉そうに高説を垂れていたが、コイツだってデビュー戦だ。
それでも尚、チームの力を底上げする力を持っている。
気負った様子も見せず、どこまでも冷静で、どこまでも熱い男。
「セドリック・ティゴリー……」
「なんだい? エレイン・ロット」
「ぜってぇ、勝つ!」
「……勝つのは、ハッフルパフだ!」
今、両チームの点数は40対70。
差は30点。チームは劣勢。このままでは点差が開く一方だ。
だったら――――、
『おーっと、ここでシーカーの二人が動き出した!!』
ジョーダンの実況がフィールド内に響き渡る。
私とセドリックは同時に動き出していた。フィールドを駆け巡る黄金の光を目指して!
「勝つ! 私達が、勝つ!!」
「勝つのは、俺達だ!!」
横並びのまま、スニッチを追いかけて観客席へ突入する。悲鳴が響き渡る中、スニッチは自在に動き回っている。
「負けない! 負けないぞ、絶対に!!」
「俺がスニッチを掴むんだ!!」
スニッチが進行方向を真上に向けた。同時に私達も垂直飛行へ移る。
「クソッ、太陽が!!」
スニッチが太陽の光に紛れてしまった。
このままでは逃げられる。最悪、セドリックに取られてしまう。
「逃がすかよ!!」
瞼を閉じた。役に立たないのなら、視覚なんて邪魔なだけだ。
耳を澄ませる。喧しい観客の声。セドリックの息。そして――――、スニッチの羽音。
「そっちか!!」
瞼を開いた先、そこにはセドリックの姿があった。
アイツは見失わずに追跡していたんだ。
「セドリック!!」
「勝つのは、俺達だ!!」
セドリックが手を伸ばす。その瞬間、スニッチが急降下を開始した。
「待て!!」
「負けてたまるか!!」
地面に向かって、二本の箒はグングン加速していく。
風の音がウルサイ。空気の壁が邪魔だ。それ以上に、セドリックの背中が目障りだ!!
「退け、セドリック!! スニッチを掴むのは、私だ!!」
「退くわけないだろ!! 俺だ!! 俺が掴むんだ!!」
地面が近付いてくる。それでも、私達は速度を上げた。
残り十メートル。八メートル。六、三、二メートル――――、
「これ以上はダメだ!!」
セドリックは叫ぶと同時に箒を持ち上げた。
「エ、エレイン!! 箒を立て直せ!!」
「私は掴むんだ、勝利を!!」
スニッチが方向を変えた。私も箒を持ち上げる。だけど、地面までの距離は一メートル。このままでは間に合わない。体勢が整う前に地面に激突する。
「負ける……、もんかよ!!」
地面を全力で蹴りつける。脳髄まで突き刺さる激痛に顔を歪めながら、それでも私はスニッチから目を離さなかった。
感触で分かる。骨が砕けた。っていうか、肉を突き破って、骨が飛び出している。
口の中にも血の味が広がっている。
どうでもいい!!
「勝つ!! 私が勝つんだ!! 誰にも、負けねぇ!!」
意識が途切れる寸前、私は金の光を掴み取った。
『つ、つかんだ……、掴みました!! レイブンクローのニューフェイス、エレイン・ロットがスニッチを掴みました!! っていうか、あれは大丈夫なのか!?』
ナイスだ、ジョーダン。勝利の一報を聞いた私はそのまま意識を手放した。