【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第六話『End of second』

第六話『End of second』

 

 ホグワーツの新学期は一通の吠えメールで始まった。

 組分け儀式の翌日、ヨボヨボなフクロウが真っ赤な手紙をロンに届け、女の怒鳴り声が大広間中に響き渡った。

 

「おいおい、何事だ?」

「知らないの? 昨日、ポッターとウィーズリーは汽車に乗らなかったの。代わりに、ウィーズリーの父親が作った空飛ぶ車に乗って来たのよ。マグル製品不正使用取締局の局長が直々に違法行為に手を染めたって事ね」

 

 噂好きのエリザベスは早々に情報を掻き集めていたようだ。

 

「空飛ぶ車かー。ちょっと見てみたかったな」

「何言ってるのよ、エレイン! あの二人はマグルにも姿を見られているの! 退学処分にならなかった事が不思議で仕方ないわ!」

 

 潔癖なハーマイオニーはぷりぷり怒っている。

 

「ほら、これ!」

 

 日刊預言者新聞だ。そこには、ハリーとロンが乗っていたらしい車が空を飛んでいる写真が掲載されていた。

 撮影者はマグルで、広められる前に慌てて回収したらしい。

 

「そんな慌てなくても、どうせ合成だとしか思われないと思うけどな」

 

 広まったとしても、数あるUFOの目撃情報と一緒で、民衆の娯楽を一時的に盛り上げて終わると思う。

 

「だけど、どうして二人は空飛ぶ車を使ったのかな? 他の兄弟は普通に汽車に乗っていたし……」

「大方、目立ちたかっただけじゃないか?」

 

 カーライルが訝しむと、アンソニーが軽蔑したように言った。

 

 朝食を終えると、私達は意識を授業に向けて切り替えた。

 午前は闇の魔術に対する防衛術の授業で、相変わらずクィレルはおどおどとした話し方だった。ターバンから漏れるニンニクの臭いが教室中に充満している。

 

「や、やあ、みなさん。今年も、ええ、よ、よろしく、おねがい、しますね」

 

 授業内容は去年の復習がメインで、相変わらず退屈だった。

 もう少しどうにかならないのかな……。

 

 昼食の時間になると、またもやハリーの話題で大広間は盛り上がっていた。

 

「みんな、並べよ! ハリー・ポッターがサイン入りの写真を配ってるぞ!」

「うるさいぞ、マルフォイ! 僕はそんな事していない!」

 

 どうやら、ドラコとハリーが喧嘩しているようだ。いつもの光景だな。

 

「おーい、エド!」

 

 ドラコの隣でおろおろしているエドに声を掛けると、エドはちゃんと逃げずに笑顔を浮かべた。

 

「エレイン!」

「スリザリンはなんの授業だったんだ? レイブンクローは闇の魔術に対する防衛術だったんだけど、相変わらずだったぜ」

「あはは……、こっちは魔法薬学だったよ。スネイプ先生、いきなりハイスピードなんだ。予習しておいて良かったよ」

「なるほど、魔法薬学は期待大だな」

 

 エドと話していると、ドラコ達が喧嘩を終えたようだ。

 ドラコがこっちに来る。

 

「よう、ドラコ。相変わらず絶好調だな!」

「絶不調だよ。あの腐れウィーズリーめ。それに、あの一年も実に生意気だ」

 

 イライラした様子のドラコをエドが慌てて追いかける。

 

「ま、またね!」

「おう」

 

 さて、私もハーマイオニー達の所に戻るか。

 

「貴女、よくあの空気に近づけたわね」

 

 ハーマイオニーが呆れたように言った。

 

「エドを助けてやったんだよ。あわあわ言ってたからな」

「ふーん。前より仲良くなったみたいね」

「それなりにな」

 

 昼食を食べ終えると、私達は午後の授業に向かった。

 

 ◆

 

 授業が終わって談話室で休んでいると、レイブンクローチームの新キャプテンであるマイケル・ターナーから呼び出しをくらった。

 どうやら、いきなり試合に向けた訓練を開始するらしい。空には既に薄闇が広がっている。

 

「今年からキーパーとシーカーが入れ替わった。まずは連携パターンの確認をする」

 

 新参者である私とチョウの役割は他のチームメンバーの動きをよく見る事だった。

 

「いいか、エレイン。シーカーの仕事はスニッチを取る事だ。だからと言って、何も考えずにスニッチだけを追っていればいいというわけでもない。試合の流れ次第では、スニッチを発見しても、すぐに掴んではいけない場面もあるんだ」

 

 シーカーがスニッチを掴めば、その時点で試合が終わってしまう。

 スニッチを獲得したチームには150点が加算されるけれど、その前に相手に150点以上の差をつけられてしまうと、スニッチを掴んでも試合に負けてしまう場合がある。

 さりとて、それ以上試合を続けても点差が開くばかりだと判断した時はスニッチを掴んで試合を止める事も選択肢の一つだ。

 クィディッチは最終的に総合点で競う事になる。その試合では無理でも、次の試合で点数を挽回する事も可能なわけだ。

 

「試合の流れを掴む事が重要なんだ。その為には、チェイサーの動きを常に把握して置かなければならない。優勢か、劣勢か、その判断を付けられるだけでも大分違うんだ」

 

 スニッチを捕捉する事、チェイサーの動きを見る事、点差を意識する事。

 思っていた以上にシーカーは頭を使うポジションだった。

 チョウの方もいろいろと苦戦している事が見て取れる。

 キーパーも、ただゴールを守ればいいというものではない。

 ゴールを防いだ時、クァッフルをどこに弾くか、あるいはキャッチしてしまうか、そういうテクニックや状況判断が求められている。

 そうして、訓練を続けていると、空がすっかり暗くなってしまった。訓練の締めとして、スニッチが解放され、私がスニッチを確保したら訓練を終了するとマイケルが宣言した。

 みんな、ヘトヘトにくたびれている。はやく終わらせてくれ、という意志を全員から向けられ、私は柄にもなくプレッシャーを感じてしまった。

 

「――――ックソ、見つからないな」

 

 夜の闇に紛れているせいで、スニッチの発見は困難を極めた。

 兎にも角にも、まずは見つけないと……。

 

「どこだ……」

 

 意識を集中する。競技場全体を俯瞰しながら、同時に耳も澄ませる。

 風の音。マイケルの指示を出す声。みんなの悲鳴。そして……、風を切る音。

 

「そこだ!!」

 

 見つけた。微かに煌めく黄金を視界に捉え、同時に箒を走らせた。

 スニッチは高速で移動しながら、時折不規則な軌跡を描く。油断すると、すぐに視界から外れてしまう。

 全神経を研ぎすませた。

 

「もっと、はやく!!」

 

 箒に活を入れる。

 箒はヒッポグリフのように分かりやすいリアクションをしてくれるわけじゃない。だけど、確かな意志を持っている。乗り手の意志に応えようとする気概がある。

 

「もっともっと、はやく!!」

 

 限界まで加速して、スニッチを射程内に捉えた。

 

「オラッ!!」

 

 殴るように腕を伸ばし、スニッチを掴み取る。

 掌に収まったスニッチは抵抗を止め、大人しくなった。

 

「よっし、訓練終了!!」

 

 私がスニッチを掲げると、全員が歓声を上げながら地上に向かった。

 はやく、汗でぐっしょり濡れた服を着替えたい。そして、寝たい!

 

「あっ、二人共、そっちじゃない! こっちこっち!」

 

 寮に戻ろうとする私とチョウを四年生でチェイサーのアリシアこと、アリスが引き止めた。

 

「おいおい、ヘトヘトだぜ? はやく帰らせてくれよ」

「文句言わないでついて来たまえ! 後悔はさせないからさ!」

 

 私はチョウと顔を見合わせながらアリス達について行った。

 辿り着いたそこは人気(ひとけ)のない廊下だった。

 

「我等はレイブンクローの意志を受け継ぐ者だ」

 

 マイケルが近くに置かれている甲冑に声を掛けた。

 頭がイカれたわけじゃない。その証拠に、声を掛けられた甲冑はおもむろに立ち上がると、背中を向けていた壁に手を当てた。すると、そこに扉が現れた。

 中に入ると、そこは大きなレイブンクローの紋章が飾られた個室だった。奥には更に二つの扉がある。

 

「右が男。左が女だ」

 

 そう説明すると、マイケルは五年生でビーターのスヴォトボルクを伴って、右の扉の奥へ消えた。

 

「ささっ、私達も行くッスよ!」

 

 マイケルのガールフレンドで、同じくチェイサーのシャロンが左の扉を開いた。

 そこはどう見ても脱衣所だった。

 

「驚いた? ここはアタシ達、レイブンクローチームのメンバーだけが代々継いでいる秘密の浴室なんだ!」

 

 アリスが得意げな表情を浮かべて言った。

 

「スゲーな! 寮の浴室より狭いけど、ずっと豪華じゃん!」

「うわー、私、レイブンクローのチームにはいれて良かった!」

 

 服を脱いで浴場に向かうと、巨大な鷲のブロンズ像があり、蛇口を捻ると色とりどりの泡が吹き出してきた。

 

「これ面白いな! なあ、いろいろ混ぜてもいいか!?」

「もちろんッス! おすすめは三つめの蛇口ッスよ! 花の香りが広がるんス!」

 

 シャロンの言葉通り、三つめの蛇口からは花の香りがする泡が出て来た。

 チョウもウキウキしながら蛇口を捻る。気付けば浴槽が実に混沌とした状態になっていた。

 

「この泡は美容にも良いらしいんだ! ほら見てくれよ、このすべすべお肌」

 

 訓練はキツかったけど、後にこうしたご褒美があると悪くない気分になる。

 いつも気難しい表情を浮かべている五年生でビーターのチサトも、今は眉間の皺を解いてリラックスした表情を浮かべている。

 

「あー……、最高だぜ」

 

 私の美貌がまた一段と磨かれてしまった。

 明日、エドに会ったら、また惚れ直されてしまうかもしれないな。

 

「エレイン。ニヤニヤしてどうしたの……?」

 

 チョウに引かれてしまった。ちょっと油断のし過ぎだったな。

 

「……なんでもない」

 

 泡に顔を埋めて、ブクブクと泡を立てた。

 うーん、気持ちいい。

 

 ◇

 

 男は怯えていた――――。

 

『ルシウス!! あの愚か者め!!』

 

 そこには男が一人しかいない筈なのに、彼ではない者の怒りに満ちた声が響き渡っている。

 

「ご、御主人様。どうか……、どうか、怒りを鎮めてくださいませ……」

『黙れ!! ルシウスは俺様の信頼を裏切ったのだ!! 預けておいたアレを、よもやダンブルドアの目が届く場所に放り出すとは、何たる事だ!!』

「わ、わたくしめはどうすれば……」

『取り戻すのだ!! ダンブルドアに気づかれる前に、何としても!!』

「か、かしこまりました」

 

 その日の夜、男はグリフィンドールの談話室へ向かった。

 そして、一人の少女から一冊の本を盗み出した。それは古ぼけた日記だった。

 

『隠すのだ。よいか、誰にも見つからない場所へだ!!』

「は、はい」

 

 男は盗み出した日記を姿なき声に従い、誰にも見つからない場所へ隠した。

 資格無き者には決して開かれる事のない、秘密の部屋へ……。


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