【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第四話『恋の始まりは』

第四話『恋の始まりは』

 

 私の為に用意された部屋は広々としていて実に快適だった。

 

「ははっ、いい部屋だな」

「気に入った?」

「おう、気に入ったぜ」

 

 エドはホッとした表情を浮かべると、窓を開いた。

 外はすっかり暗くなっている。

 

「この部屋からの景色が一番なんだ」

 

 何のことかと近付いてみれば、そこには満天の星空が広がっていた。

 上だけじゃない。星は下にも広がっている。どういう事かとよく見れば、そこには海が広がっていた。

 耳をすませば、波の音が聞こえてきた。

 

「……なるほど、たしかにここは星の丘だな」

 

 まるで、星の海に包まれているような錯覚を覚える。

 溜息が出るほど美しい。

 

「エレイン」

「ん?」

「……来てくれて、ありがとう」

「なんだよ、急に」

 

 エドはモジモジし始めた。

 

「……来てもらえないかもって、思ったんだ」

「はぁ?」

 

 自分から誘っておいて、こいつは何を言ってるんだ?

 

「去年、君にずっと失礼な態度を取ってたから……」

 

 呆れた。まだ、引き摺ってたのかよ。

 

「さすがの私も嫌ってるヤツに胸を堪能させたりしないぞ」

 

 エドが吹き出した。

 

「あ、あれはその……」

「エド」

 

 人差し指をエドのおでこに当てる。

 

「ありがとな」

「……え?」

 

 キョトンとした表情を浮かべるエドに、私は言った。

 

「トロールから助けてくれたんだろ? 詳しい事は聞かねーけど、礼は言いたかったんだ」

「あっ、あれは……、その……」

「話したくない事は聞かねーって、言ったろ? それと、招待してくれて、ありがとう。私、友達の家に招待されるの、初めてだ」

「エレイン……」

 

 沈黙が続いた。ちょっと、恥ずかしいセリフを使い過ぎた。

 吹き寄せる冷たい風が顔に当たって気持ちいい。

 

「……ねえ、エレインは」

 

 エドが何かを言いかけたところで、扉をノックする音が聞こえた。

 

「エド。エレイン。夕飯が出来たよ。凄いご馳走だぞ」

「おっ、待ってました! さあ、行こうぜ、エド」

「……うん」

 

 ◇

 

 案内されたリビングには、驚くべき光景が広がっていた。

 なんと、料理が空を飛んでいる。キッチンから次々に飛んできて、テーブルの上に着陸していく。

 それに、ジュースの入ったガラス瓶が勝手にコップに中身を注いで回っている。

 

「エレインちゃん。エド。座っててちょうだいね」

 

 ウィルが引いてくれた椅子に座って、その摩訶不思議な光景に魅入っていると、最後の一皿と共にエドの母親がリビングへ入って来た。

 

「うふふ、腕によりをかけたのよ。どうぞ、召し上がってちょうだい」

 

 改めて見ても、エドの母親は二十代にしか見えない。どんなアンチエイジングを行っているのか、興味を惹かれた。

 

「あらやだ。そう言えば、自己紹介をちゃんとしてなかったわね。私はエドとウィルの母のイリーナよ。改めて、よろしくね」

「エレイン・ロットです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 

 昔取った杵柄というヤツだ。私が少し気取った口調を使うと、エドが目を丸くした。

 

「こちらこそ、来てくれて嬉しいわ。ホグワーツから帰ってきたと思えば、エドったら、エレインちゃんの話ばっかりするのよ! これは、母親として会わないわけにはいかないって思ったの!」

「マ、ママ!?」

 

 真っ赤な顔で慌てだすエド。

 

「なんだよ、エド。私に惚れてたのか」

 

 エドは頭を抱えて小さくなってしまった。

 その頭に手を乗せて、私は言った。

 

「とりあえず、互いに言えない事がある内は、告白されてもノーと応えるぜ」

「うっ……」

 

 更に小さくなるエド。

 

「あらあら、本当にエレインちゃんの事が好きなのね、エド」

「そうか! 応援するよ、エド!」

「……か、勘弁してよ」

 

 プルプル震えて、小動物みたいなヤツだ。

 それにしても、私に好意をぶつけてきたヤツは四人目だけど、こんなに初心なヤツは初めてだ。

 悪くない気分だ。だけど、一応は忠告しておいてやろう。

 

「それと、私は浮浪児(ストリート・チルドレン)だぞ」

「……え?」

 

 キョトンとした表情を浮かべるエド。ウィルとイリーナも驚いている。

 特にイリーナは初対面だから、どんな反応が返ってくるか分からない。

 

「……エレインちゃん。それは、どういう事?」

 

 さすがに警戒されたみたいだ。

 けれど、エドが私に惚れた以上、この事を隠すことはフェアじゃない。

 

「一応、棲家はあるけどな。ロンドンの貧民街(スラム)が私の住居だ。カビの生えた壁に囲まれて、虫やネズミはお友達だよ。一緒に暮らしていた女は性病で死んだ」

「……エレイン。何を言って……」

「嘘だと思うか? 悪趣味な冗談だって? なんなら、私の部屋に招待してやろうか?」

 

 エドの顔がみるみる内に赤から青へ変わっていく。少し、可哀想な気もするが、仕方がない。

 

「なっ、なんでいきなり……」

「エドが惚れたから、だよね?」

 

 ウィルが言った。眉間に皺が寄っている。

 今年で十八になる彼には、エドにはない分別ってものがある。 

 

「……エド。これはエレインの優しさだよ」

「どういう意味……?」

 

 エドは困惑している。

 

「惚れるべきじゃないって事さ。自分で言うのもなんだけど、ロクなもんじゃないぞ」

 

 私は席を立った。折角、友達の家に招待されたって言うのに、これで終わりとは物悲しい気分になるな。

 

「いろいろ、歓迎の支度をしてもらったって言うのに、悪かったな」

 

 エドの肩にポンと叩いて、私は煙突を使わせてもらえるか交渉しようとイリーナに顔を向けた。

 イリーナは怒っていた。思った以上に、浮浪児である事を隠していた事が気に食わなかったようだ。

 まあ、これは当然の反応だな。最悪、ここから歩いて帰る事も検討しないといけないかもしれない。マクゴナガルに手紙を出せば、なんとかしてくれるかな?

 

「エレインちゃん」

 

 ビンタの一発でも覚悟しておくべきかもしれない。

 

「荷物を纏めて、うちに引っ越しなさい」

「……ん?」

「母さん!?」

 

 私とウィルは揃って目を丸くした。

 

「エド。エレインちゃんが好きなのよね?」

「そ、それはその……、うん」

 

 思わずウィルと顔を見合わせた。

 

「……母さん。いくらなんでも、父さんに相談しないと……」

「大丈夫よ。パパならきっと頷いてくれるわ! というわけで、あの部屋は今日から貴女のものよ」

 

 これは、アレだな。哀れみが行き過ぎて、理性的に判断出来てないな。

 

「あーっと、落ち着いてくれ。一度深呼吸をしてから考え直して――――」

「エレイン!」

「おっと、どうした?」

 

 いきなり立ち上がったエドに驚いてしまった。心臓がバクバク言っている。

 

「一緒に住もう!!」

「……いきなり大胆になったな」

 

 ウィルが困った表情を浮かべている。

 

「なあ、エド」

「な、なに!?」

「私のどこを好きになったんだ? お前が避けてたから、一緒に過ごした時間なんて微々たるものだろ。胸が決め手って言うなら、悪いことは言わねーから……」

「ち、違うよ! ぼ、僕は……」

 

 エドはポツリと言った。

 

「……思いつかない」

「は?」

「だっ、だって、気付いたら好きになってたんだ! ……だから、言えなかったんだ」

「何がだよ……」

「……僕は養子なんだ」

 

 イリーナの顔が少しだけ歪んだ。

 

「僕の本当の両親は死喰い人だったんだ」

「……なるほど」

 

 それは……、確かに言い難い事だよな。

 死喰い人と言えば、ヴォルデモート卿という悪の魔法使いに従っていた魔法使いたちの総称だ。

 初めて本で知った時はフィクションかと思った。

 

「……エレイン。僕が死喰い人の子供って聞いて、嫌いになった?」

「なるわけないだろ。お前はお前で、親は親だ」

「だったら、僕の言いたい事も分かるでしょ? レイブンクローなんだから」

「……おいおい、ちょっとスリザリンっぽいぞ。随分と狡猾じゃないか」

 

 論点が多少ズレているが、言いたい事は分かる。

 

「僕はエレインが好きだよ。スラムに住んでいても関係ない」

 

 あまりにも真っ直ぐ過ぎて、思わず赤面してしまった。

 

「……おい、ウィル」

「なんだい?」

「後の説得は任せる。私は言い負かされた。ギブアップだ」

 

 ウィルはやれやれと肩を竦めた。

 

「勘違いしないでもらいたいんだけど、()だって、エレインが嫌いなわけじゃないよ」

 

 ウィルは身内に向けた口調を使った。普段、私と話す時は距離を置いた口調を使っていた癖に……。

 

「俺はエドの幸せを一番に考えている。そのエドが、君を選ぶ事が一番の幸せだと言うなら、反対する理由は無い」

「……これは、私がエドに嫁入する事が確定している流れなのか?」

「そこはエドの頑張り次第だね。外堀は、後は父さんだけだよ」

「わーお」

 

 イリーナを見ると、いつの間にかニコニコ顔に戻っていた。

 

「エレインちゃん」

「は、はい」

「一応言っておきますけど、貴女が浮浪児である事を同情して……、無い事もないけど、それだけで迎えようとしているわけじゃないのよ?」

 

 私の懸念を読み取ったらしい。見た目に依らず、鋭いようだ。

 

「エドとウィルに聞いた貴女の話。自分から浮浪児である事を明かした事。これでも、貴女の先輩だから、論理的思考には自信があるのよ」

「先輩……?」

「母さんはレイブンクローだったんだよ」

「なるほど……」

 

 頭の中がお花畑なだけだと思っていた。

 

「一つだけアドバイス。貴女はレイブンクロー生らしい知性を持っているわ。だけど、もっと素直に物事を捉えてもいいのよ? 相手を思いやれる貴女は、相手からも思いやられる。エドが貴女に恋をした理由が分かるわ。そうやって、エドと接してくれていたんでしょ?」

 

 褒めちぎるのは止めて欲しい。慣れてないから照れてしまう。

 結局、相手が一枚も二枚も上手で、誘いを断る事が出来なかった。

 

「エ、エレイン……」

 

 熱っぽく私を見てくるエド。

 

「とりあえず、返事は保留な」

「……え?」

「流れで付き合っても長続きしないもんだ。近くに実例が何人かいたからな」

「えっと……」

 

 一転して不安そうな表情を浮かべるエドのおでこに人差し指を当てた。

 

「私を物にしたかったら、頑張って口説き落としてみな」

 

 私は自分が相手に一番魅力的に見られる角度と表情を作って言った。

 一撃ノックアウト。真っ赤な顔であわあわ言い出すエドを見て、思わず笑ってしまった。


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