第十四話「ケルベロス」
賢者の石を狙っている人間がいる。それ自体を疑う気は無かった。なにしろ、実際に一度狙われている。
グリンゴッツ魔法銀行で金庫破りをするような相手だ。一度防がれたからと言って、簡単に諦める筈がない。
「……で、どうするつもりなんだ?」
「え?」
不思議そうな表情を浮かべるハリーとロン。
「キョトンとするなよ。もしかして、犯人に心当たりでもあるのか?」
「ちょっと! まさかとは思うけど、自分達で守ろうなんて考えて無いわよね!?」
ハーマイオニーが説教モードに入ってしまった。二人は「別に……」とか、「そういうわけじゃないけど……」とか言葉を濁しているが、魔法界のミス・マープルには通じない。
ガミガミと二人の考えている事が如何に危険な事か説いているハーマイオニーを尻目に、私は推理を進めてみた。
たしか、組分けの儀式の後にダンブルドアが四階の廊下に立ち入る事を禁止していた。去年までの禁止事項には無かった事だとロイドに聞いている。
おそらく、賢者の石はあそこにあるのだろう。《ホグワーツの歴史》によれば、この学校には未だに解明されていないギミックも数多く点在していると言う。その中のいずれかを利用しているのだろう。
「――――大体、貴方達は前にも校則違反をやらかしたそうじゃない! ホグワーツの生徒なら、もっと思慮深くあるべきだわ!」
「あっ、あれはマルフォイが……」
「そう言えば、ドラコのせいで停学になる所だったって、グリフィンドールの奴等が話してたけど、何があったんだ?」
私が口を挟むと、これ幸いとばかりにハリーとロンが食いついてきた。
「アイツがネビルをイジメたんだ! だから、僕達はくだらない事をするな! って言ってやったんだ」
「そうしたら、アイツが決闘を持ち掛けてきてさ」
「決闘……?」
なんだか面白そうな単語が飛び出してきた。
「殴り合いでもしたのか?」
シャドーボクシングをしながら聞くと、ロンが鼻を膨らませながら首を横に振った。
「違うよ。魔法使いの決闘は杖を使うんだ。互いに魔法を使って優劣を競うのさ」
「待って! 決闘なんて、先生方が黙っていない筈よ!」
ハーマイオニーの言葉にハリー達の目が泳ぎ始めた。
こいつらはもう少し隠す努力も覚えるべきだと思う。
「詳しく教えなさい!」
「……えっと、その、夜にこっそりやる予定で」
ハーマイオニーの眦が吊り上がっていく。
「だっ、だけど、マルフォイの野郎は来なかったんだ! アイツ、僕達をハメやがったんだ!」
「おかげで大変だったんだよ。間違えて四階の廊下に入っちゃって、あと一歩で食い殺されるところだったんだ」
「食い殺される? おい、それって、どういう――――」
「あ・な・た・た・ち!!」
私の言葉はハーマイオニーの怒声に遮られた。
ガミガミと説教をするハーマイオニー。近付いてくる司書。私達は図書室を追い出された。当然の結果だが、ハーマイオニーの機嫌はますます悪くなった。
このままだと埒が明かない。
「どうどう。落ち着けよ、ハーマイオニー」
暴れ馬を宥めるように、私はハーマイオニーの怒りを鎮めた。
ヒヒーンと威嚇してくるハーマイオニーを抑えながら、さっきの続きを聞く。
「それで、食い殺されるところだったってのは、どういう意味だ?」
「え? ああ、四階の廊下に三頭犬がいたんだ!」
「僕達の事を一口でペロリと平らげられそうなくらいの大きさのね!」
「三頭犬……? ケルベロスの事か?」
それならニュート・スキャマンダー著作の《世界の危険な魔法生物》で読んだ事がある。魔法界の不思議生物達の事が詳細に書かれていて、ケルベロスの項目もあった。
いつか実際に見てみたいものだとレネやハーマイオニーに話したものだ。二人はまったく共感してくれなかったけど。
「マジかよ! 見たい!」
「お止めなさい!」
ハーマイオニーがオーガみたいな顔になっている。
話を逸らそう。
「えっと……、つまり、夜に決闘する予定だったけど、肝心のドラコは現れなくて、代わりに見回り中の教師にでも見つかったんだろ。それで、逃げ込んだ先が四階の禁じられた廊下だったと……。ははっ、ドラコが一枚上手だったわけだな」
「笑い事じゃないよ! もう少しで死ぬ所だったんだ!」
「あの野郎! 腰抜けの卑怯者め!」
散々な言われようだ。
「まあ、その辺はどうでもいいけどよ」
「どうでもよくないよ!?」
「それより、賢者の石は四階の廊下にあるって事で間違い無さそうだな」
「う、うん。僕達もそう考えてる」
ハリーが頷いた。
「なら、問題無くね? だって、ケルベロスだぜ?」
ギリシャに生息域があって、古代の神殿なんかを守っているらしい。
地獄の番犬とも呼ばれていて、無闇にケルベロスが守護している領域に踏み込めば命は無いと言われている。
「でも、狙われているのは事実なんだ!」
「それは分かってるけどよ。ケルベロスは相当ヤバイ奴だぜ?」
「そうよ! ケルベロスが守っている物に手を出すなんて、正気の沙汰じゃないわ。それに、そんな怪物に守らせているって事は、先生方も狙われている事が分かっているのよ。子供が手を出すべき事じゃないわ!」
ハーマイオニーの正論が唸る。ハリーとロンも不満そうではあるが反論をしてこない。
「それより、ハリー。お前には賢者の石の防衛よりも先にやるべき事があるだろ」
「え?」
「クィディッチだよ! なにをすっとぼけてんだ! 練習しとけ!」
「そう言われても、次の試合までイースターが終わった後だし……」
スリザリン戦で敗因を作ったハリーは未だに陰でグチグチ言われ続けている。
なんというか、ハーマイオニーじゃなくても見ていてイライラしてくる奴等だ。
「スリザリンが根暗とか言ってるけどよ! グリフィンドールも大概じゃねーか!」
「あはは、困っちゃうよね」
「へらへらすんな!」
「そう言われても、もう慣れちゃったし」
「慣れてんじゃねーよ!!」
なんて呑気な男だ。
「ったく! その調子じゃ、来年はシーカーを降ろされちまうぞ? 折角、ボコボコにしてやるつもりだったのに」
「どういう事?」
「エレインは来年のレイブンクローのシーカーに選出されているのよ」
「そうなの!?」
得意げに胸を張ってみせる。ハリーは純粋に驚いているようだが、ロンの視線は私の胸に集中している。なるほど、こいつはムッツリだな。
「エレインがシーカーか……、うん。なら、鍛えておかないとね」
「おっ、やる気が出たか?」
「うん。鍛えておかないと、君に箒から叩き落されそうだ」
「おう、期待しておけ!」
「いや、そこは否定しなよ」
ロンが呆れたように言った。
「それはそれとして……、やっぱり、ケルベロスは見てみたいな」
「エレイン! ケルベロスがヤバイと言ったのは貴女よ!」
「いやー、分かってるけどさ……。やっぱり、気になるじゃん?」
「ダメ! 絶対にダメ! 許しません! こっそり行こうとしても、マクゴナガル先生に言いつけるわ!」
「なんで、マクゴナガルなんだよ!? うちの寮監はフリットウィックだぞ!」
「ねえ、エレイン。ハグリッドに会ってみる?」
私とハーマイオニーがギャーギャーと言い合っていると、ハリーが思いついたように言った。
「あん? なんで、私が森番のおっさんに会わなきゃいけないんだ?」
「ハグリッドがケルベロス……えっと、フラッフィーだっけ? の飼い主なんだよ。頼めば見せてもらえるかも」
「マジかよ!? 行く! 会う! 見せてもらう!」
善は急げだ。私はハリーの手を取ってハグリッドの小屋に向かった。
「まっ、待ってよエレイン!」
「ほんと自分勝手な子だな!」
後ろで騒いでいる奴等はとりあえず置いてけぼりにした。私の快足について来れる奴はそうそう居ない。
途中でバテたハリーはお姫様抱っこで連行した。
「……酷すぎる」
項垂れているハリーの服の襟を掴んで、ハグリッドの小屋の扉をノックした。