目を開けると、そこには二匹のオーガがいた。
「……も、もう一眠り」
「ミス・ロット」
オーガの内の一人が私の名を呼んだ。まるで、地獄の底から響いて来るような恐ろしい声。どうやって出したんだ?
「こっちは怪我人なんだから、説教は後にしてくれよ」
うんざりした口調になった私は悪くない。怪我人に殺気を向けるこの二人が悪い。
「いいえ、あなたにはたっぷり時間を掛けてお説教をする必要があると判断しました」
「安静にしているよう言いつけておいた筈よね? なのに、よりにもよってトロールと追いかけっこをするなんて!」
生まれて十年。それなりに修羅場を潜って来た腹積もりだったが、甘かった。超怖い。体がガタガタ震えやがる。
「死んでいたかもしれないんですよ!? それを分かっているのですか、アナタは!!」
マダム・ポンフリーの怒声で耳がキーンとなった。
「い、いや、死ななかったし……」
視線を逸らして、ギョッとした。
マクゴナガルがまるで……、今にも泣きそうな顔をしている。
あまりの事に言葉が出なかった。目を逸らす事も出来ない。それほど衝撃的だった。
鬼の目にも涙ってやつ? 明日はきっと流星群が降ってくるに違いない。
「エレイン・ロット」
マクゴナガルは声を張り上げた。声の震えを誤魔化しているつもりなら失敗だ。
「トロールは危険な生き物です。過去にも多くの魔法使いやマグルの命が危険に晒されました」
説教なんて聞きたくない。ガミガミ怒鳴る大人は元々苦手だし、私に教えを説ける程上等な人間に出会った事は一度も無い。
なのに、耳を塞ぐ気になれなかった。聞かなきゃいけないと思った。
どうしてか分からない。ただ、その眼が私の心を惹きつけた。
「未成年の魔法使いがトロールと遭遇したら……、大抵の場合、怪我では済みません」
二人がかりの説教は一時間以上も続いた。泣きたくなった。理由がよく分からないけど、どうしてか《二人に対して》悪い事をしてしまった気がした。
「……ごめんなさい」
謝ると、頭を掴まれた。アイアンクローか!? そう思ったけど、違った。
擦られてる。うんにゃ、撫でられてる。人生初の体験だ。
驚いた。身近にいた頭が空っぽな女がよく『わたしってば、頭を撫でられるの大好きなのー』って言ってたが、初めて気持ちが分かった。
気分がいい。なんでだろう、凄く落ち着く。目を細めていると、マクゴナガルが言った。
「よく無事だったわね。それから、ミス・グレンジャーとミス・ジョーンズの為に危険を顧みずトロールを引き付けた事……、立派でした。レイブンクローに五点」
やめて欲しい。なんで、そんな優しい声で褒めるんだ? キャラが違うぞ、ババァ。
でも、この口振りからして、ハーマイオニーとレネは無事っぽいな。あれ? そう言えば……、
「……って、そうだ! エドはどうした!?」
慌ててベッドから跳ね起きる。
「そうだよ!! 気を失う前にアイツの声を聞いたんだ!! おい、無事なんだろうな!? 怪我とか……、まさか、死んだり……」
血の気が引いていく。
「ミスタ・ロジャーの事ならば心配ありません」
「無事なのか!?」
「勿論です。そもそも、アナタを助けたのも彼ですよ?」
「……え?」
ちょっと、何を言っているのか理解出来ない。
「あのモヤシがあんなデカブツをどうこう出来るわけないだろ!!」
「……本人から何も聞いていないのですか?」
驚いたような表情を浮かべるマクゴナガル。
「どういう意味だ?」
「……いえ、少し立ち入った話になるので本人から直接聞きなさい」
「いや、サッパリ意味が分からねぇよ! 立ち入った話ってなんなんだ!?」
「それが分からないアナタに私から教えられる事は無いと言っているのです。お友達なのでしょう? なら、普通に聞いてごらんなさい」
「……っちぇ」
言いたい事を言い終えたのか、マクゴナガルは医務室から出て行った。
その後にポンフリーから退院の許可を貰い、漸く娑婆に出る事が出来た。
「さーて、聞かせてもらおうか」
その足で私は大広間に向かい、朝食を取っているスリザリンの一団の間に割って入った。
「え!? いや、あ! 退院したんだね、エレイン!」
「おう、退院したぞ。さあ、聞かせろ。どうやって、あのデカブツをどうにかしたんだ? さあ言え、今言え、キリキリ吐けコラ!!」
「ちょっと待ちたまえ」
肩を掴んでメンチを切っていると、後ろから冷ややかな声が聞こえた。振り返ると、病人みたいに真っ白な顔の男がいた。
「あん? なんだよ」
「君は……、レイブンクローの生徒だな。君の寮は知性を重んじている筈だが、さて? このように静かにすべき朝食時に場を掻き乱す君の態度は知性的と言えるのかな?」
「回りくどい! 飯時は静かにしろって事だろ? それならそう言え! 悪かったな! エドを借りてくぞ! おい、エド! 面に出ろ!」
腕を掴んで引き摺っていく。大広間の外に出ると、エドは慌てたように口を開いた。
「ちょ、ちょっと、エレイン。相手はドラコ・マルフォイなんだよ!?」
「それがどうしたんだ?」
「名家の長男なんだよ! マルフォイ家といえば、魔法界全体に影響力を持っている一族なんだ。スリザリンの生徒は誰だって彼に一目置いているんだよ」
「そうか、それは何よりだ。だが、今その事は重要じゃない。置いておけ。それより、さっさと聞かせろ!」
「な、なんの事?」
「しらばっくれるってか? よーし、その根性は褒めてやる」
こちとら柄にもなく本気で心配しちまったというのに、このヤロウ。
「オラ、さっさと――――」
「そこまでにしてもらえないかな?」
またしても登場しやがった……。
「なんだよ? 迷惑にならないように外に出ただろ」
「ああ、僕に迷惑は掛かっていない。心は篭っていなかったが、謝罪も受けたし僕が怒る道理もない。だけど、同じ寮に住まう者が不当な暴力で傷つけられようとしているのを目撃して、黙っているわけにもいかないさ」
「相変わらず回りくどいな……。要はオレのダチを虐めるな! って事だろ? 別に虐めてねーけど……、そっかそっか!」
「……君、ずいぶんと変わっているね。どうして、そんなに嬉しそうなのかな?」
「いや、エドも良いダチを持ったなって思ってな! 私の名前はエレイン・ロットだ! お前は?」
「ドラコ・マルフォイだ。はて、君に気に入られる事をした覚えはないが?」
「私もエドのダチって事だよ。あー、なんかどうでも良くなった。エドがなんか抱え込んでるのかと思ってよ。けど、傍にドラコがいるなら大丈夫かな。ありがとよ」
「……いや、こちらこそ失礼な勘違いをしたようだね。レイブンクローの生徒との《交流》
「おう! というわけで、後できっちり吐いてもらうからな、エド!」
私も授業の準備をしないといけない。午前は魔法薬学の授業だ。レイブンクローの寮に戻ってから地下にある 教室まで行くのはかなりギリギリだ。
エドの背中を一叩きして、全力疾走。寮に戻ると慌てて準備をしているエリザベス・タイラーと彼女に急かされているジェーン・サリヴァンがいた。
「あれれ! エレインじゃん! もう大丈夫なの?」
「絶好調さ。それより、モタモタしてる暇ないぞ」
「分かってるんだけど、ジェーンが!」
「……眠い」
「だから夜更かしは止めなさいって、あれほど言ったのに!」
カンカンになりながらエリザベスはジェーンの背中を押して寮を出て行った。
「エレインも急ぎなさいよ!」
「おう!」
部屋に入って大急ぎで鞄に必要なものを詰め込んでいく。
「いっそげや、いっそげー!」
途中でエリザベス達と合流し、二人がかりでジェーンを押しながら始業ギリギリに教室へ飛び込んだ。ハーマイオニーとレネは既にアランと着席していて、私に気付くと手を振った。
手を振り返しながら二人と近くの席に座ると、丁度スネイプが入って来た。さてさて、今日はどんな授業かな?