灰色魔女のアトミックウェディング   作:氷川蛍

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猛きウィッチの激戦……非凡な敦子の防戦

「飛ぶのは自分の力じゃなくても……いいかもしれない」

 

 小林敦子はパンツ丸だし娘リーネに背負われた形で空を満喫していた。

つい先ほどダイブ・フォー・ユーをかました突堤はすでに眼下を離れ、割り箸を引っ張ったような細い影になっている。

 落ちた直後は怒り絶頂だった。

腹の中にマグマがあるのならば、自分はゴ○ラにでもなれる。

口から何かが出る勢いだったが、宮藤とリーネに素早く抱えられて空に飛んだ事で速やかな沈静化を得ていた。

 グンと遠くなった陸地を、目を細めて見つめながら物々しい黒い棍棒のような銃器を持った二人に聞いた。

 

「ねぇ、どこいくのよ。もういいわ、空は満喫したから……病室に戻ってよ」

 

 正直敦子は空を行くことに飽きていた。

何せ眼下に町が見えるのならば楽しみは多かったのだが、進むほどに陸地を離れ目の前にあるのは真っ青な絨毯よろしくの海オンリー。

海流に興味があるのならばいざ知らず、蒼天の海を眺め続けるのは解きようのない青一色のパズルを見ているようなもの。

見るもののない世界に飛びたかった興味はごっそりと削がれていた。

 

「ここ寒いの、もう帰っていいわ」

 

 耳を押さえ、別の誰かと話しをしている二人に向かって、タクシーにでも乗っているような言いぶりは現状を苦く思っていた。

勢いで飛んだ。

正確には飛び降りた。夢と希望を抱いてマッパの体は心中一直線の航路の果てで海を泳ぎ、体は元より心の芯まで潮水に洗われてしまった。

そのせいで風切る早さの空の中で、燃え立った希望以上に色々ものが凍え始めていた。

 

「ねぇ……聞いているの? えーとリーネちゃん?」

「ネウロイが迫っているので……このまま戦列に加わります」

 

 リーネの襟首を引いた敦子に併走して隣を飛ぶ宮藤が答えた。

太陽光に鈍く光る物干し竿のような鉄の塊を持った少女。

バランスの悪い凶悪な兵器を抱えた顔で、ハの字に下った眉の顔を向ける。

 

「あっちゃんも前に見たと思うけど……」

「見たけど、それはまた今度にしてちょうだい」

 

 どこかで聞いた響きと思いながらも否決は早かった。

空は寒いというのを実感した肌がそう言わせてた。

落ちた後、救出に来た二人は上着を持って来ていたが……例によって例のごとく下に穿くものは持ってこなかった。

おかげさまで、黒のスケスケタンガ一丁・所謂ティーバックのまま大人の女にあるまじき下半身剥き出しで空の散歩をしている。

 

「このまま誰かに出会いでもしたら、痴女扱いを受けるわ……」

 

 空で誰に遭遇する心配がという疑問は蚊帳の外で。

楽しいという思い込みで、おんぶをされた状態ながらも空にいた敦子の羞恥心は急に復活しており、更に底冷えの状態は別の問題を腹に与えていた。

 

「いいから早く帰して、病気が悪化しそうなの。シャワー浴びたいし、ご飯とかねぇ」

「無理です、もうすぐ支援空域に入りますから、それにネウロイを見て何か思い出せるかもしれないと、坂本少佐が……」

 

 ジャケットの襟を引かれたリーネは、自分の背中に馬乗りになっている敦子の顔を下から仰ぎ見ていた。

坂本美緒の指示は、小林敦子の救出及び後方からの支援に参加させる事だった。

記憶に障害を持っていると考えられている敦子に、実戦の空気とネウロイを見せる事で正気を取り戻そうという、いかにも坂本らしいショック療法。

是が非でも連れてこいという指示に宮藤とリーネは従っており、敦子の帰投願いは二の次という状態だった。

 

「とにかく、遠目でいいのでネウロイを見てください。危険はありません、私とリーネちゃんがばっちり護りますから、でもあっちゃんも魔力を蓄えておいてくださいね」

「いや、その、それは今度見るから……今日は戻ってよ。お願い」

 

 敦子は自分を見る真剣な視線から顔をそらし、できるだけ感情を見せない棒読みな声で頼んだ。

空を飛び続ける事は飽きたとはいえ、他力にして苦労のない空中散歩事態は気に入っていた。

また次の機会にこの二人に町の上でも連れて行って貰いたい。

身勝手なプランを考える程に空は楽しいのだが……しかし現在の飛行における問題は大人の敦子にとって深刻なものだった。

魔力ではない別の物が下腹部に蓄えられていたからだ。

 

「……空にトイレって、ないわよね……ダメ、大人なんだもん……漏らすなんて絶対にダメ」

 

 腹から伝わる尿意のグライコはまだイエローゾーンにいる。

ここから戻るぐらいの我慢はできる。

だがトイレに行きたいというのを素直に言えない、子供達に背負われている今格好の付け所なんか歯牙にも掛からぬ問題なのだが、そこを折って頼み込むのはどうしてもいやという感情に従っていた。

あえて強気に、決意も硬い拳を奮って敦子は宮藤に向かって言った。

 

「あのね、寒くてそろそろ限界なのよ。お腹が。だから力尽きちゃう前に戻って欲しいの」

 

 それは深慮ごちゃまぜの遠回し過ぎる要求だった。

大人である事を全面に出し過ぎ、ストーレートに頼む道をあえてクロスワードにした結果は謎でしかなかった。

声を高くして言えば、堰を切りそうな貯水率の前で「花を摘む」以外の優れた遠回しと自信を持っていた敦子の顔を見て宮藤は深く頷いていた。

 

「解りました!! 早く行きましょう!! 力が尽きてしまったらではネウロイから身を守るのも大変ですから!!」

「いやいやいや!!!そうじゃない、違うそうじゃない!!」

「行きます!!!」

「いかないで!!!」

 

 急に切っていた風の音は大きく鳴っていた。

今まで以上に肌に当たる冷気に下腹部に力が入る。

 

「止めて!!! 行ってはいけない所に……いっちゃう……」

 

 歯を食いしばり、体を痺れさせる波の中で、敦子の熾烈な戦いは始まっていた。

 

 

 

 

 

「早い……」

 

 坂本美緒は眼帯を親指でめくりあげ、アメジストの輝きを見せる魔眼で斬る風の中を更に裂くように進むネウロイを追っていた。

追うというよりも、釘付けにしなくては相手を見失いそうな早さの中で501の仲間達は体をくねらせ激しい空流の中での応戦を続けていた。

 

「美緒、コアは?」

「まだ見えない、というか数が多いうえに素早い……ダミーの中に居るはずなのだが」

「ダミー……これは衆群蜂の動きよね」

 

 状況を俯瞰するために、衆群である敵の中に入らず円廓からミーナと坂本はコアを捜していた。

相手の数は多いうえに小さい、コアを一つとすれば多すぎるダミーが綿飴の雲のごとくいるというやっかいな状態だった。

こぶし大の虫達が黒い影を作るほど重なり合った形で飛んでいる。

虫型だが、羽根は固定で形だけを見せている。

動きが速いため羽ばたいているようにもみえるが、分裂して動く数の多さで風を編み目のように区切る音が羽音にも聞こえ錯覚を起こさせている。

固まって移動する姿は、積乱雲の柱がそのままこちらに向かっているという状態だ。

故に全体が動く早さはないが、中身の素早い無視達と多さにどこにコアがいるのかを探り出す作業は手間取り、501の魔女達は周囲を警戒して飛ぶという待機状態になっていた。

 素早く斬り込む動きはエッジの立った鋭いナイフがごとく、黒い群がりにざっくりと三角の斬り込みを入れる程の動きで次々に虫を落とす二人組も、その数の多さにうんざりと口を開いていた。

 

「ネウロイ多すぎー、本体のコアはー」

「集中しろハルトマン、いつ一斉攻撃にうつるかわからない相手だ」

「だってさー、疲れるよー」

 

 斬りみの後をすぐさま埋める密集飛行型ネウロイ。

二人は背中を合わせて何度ものアタックを繰り返していたが、滝壺に落ちたら這い上がれないというあれを、地でいく密度の虫達にお手上げ状態になっていた。

寝起きで飛び出してきたエーリカ・ハルトマンは欠伸を片手に、熱くなった銃身を風に晒していた。

ショートボブの髪から、ひょっこりと飛び出した耳を撫でる。

寝坊のツケで朝飯を食いっぱぐれていた、空腹の腹が虫達の羽音と合唱をしそうな程響く。

 

「おなかへったーよー」

「中尉、気を抜かないで」

 

 いつになく執拗にして密着するネウロイの動きに、痺れを切らせ始めている仲間達をミーナが叱咤する。

ネウロイは不敵で不正確で、予想のつかない動きを見せる怪異。

最近はパターン化して来ている部分もあるが、それでも太古から繰り返し人を襲う正体不明の物体である事は変わらない。

こうして向かい合い互いが距離を取った待機の状態で、中身のコアを見せない分離した欠片達の姿は不気味にして危険だった。

 両腕に、MGを構えたバルクホルンは膠着する戦場に眉をしかめていた。

 

「少佐、もう一度当アタックかけて見ようか?」

「すまない大尉、まだ見えない……あるとすればこの虫の柱の真ん中あたりかもな」

「それは貴女の直感でしょ」

 

 同僚のエーリカを叱りながらバルクホルン大尉も遅い侵攻ながらも、ジリジリと自分達の領域に迫る相手の姿に眉間の皺を深くしていた。

仲間が緊迫の中で固まってしまわないように、坂本は自分の予想などを織り交ぜた返事をするが、ミーナは不確定な攻撃を許さないとすぐに意見を遮断する。

 

「そうだ。ミーナに従って今しばらく待ってくれ」

「それはかまいませんが……弾切れになりそうです」

 

 美緒を護る形で前面展開していた金髪眼鏡の少女、ペリーヌ・クロステルマン中尉は纏まりながらも攻撃には一斉拡散をする相手に持ち技であるトネールを食らわした乱れ髪で、全隊が持っている不安を告げた。

日差しに冴える青色の上着に、襟を飾る小さなスカーフ、毅然とした態度ではあるが圧倒的な量を見せる相手に対して少しの疲労が見える。

 

「わかっているペリーヌ、出来る限りで上手く間を持って応戦してくれ。ミーナ、何人かを下がらせ弾の補充をさせるか……」

「坂本さん、後方3000メートルの位置に到着しました」

 

 作戦指示の密度を上げていた坂本の耳に、緩い少女の声が飛び込んだ。

「宮藤か、小林は一緒か?」

 宮藤芳佳の幼い声に、コアを追う目のまま指示を与えた。

現状では不確定で不気味過ぎる相手の中に、小林という荷物を抱えて入るのは危険。

その場所に待機するようにと。

 群れのネウロイ。

小さな虫達は無軌道に、しかしかたまりを維持したまま少しずつの移動を続けている。

波間に写る景観を濁らせながら、真っ直ぐに。

 

 

 

 

 

 

 出方が不明なネウロイ。

後方支援という名の元に敦子と宮藤、リーネは離れた所から海の上に立つ黒い柱を見ていた。

水面に映り込む影のせいで、海から生えている円柱にも見えるそれを敦子は唇を噛んだ顔で見ていなかった。

それを見る以上に自分自身の心配で頭の中どころか、体の全神経が働き続けていた。

 

「あっ……あぶなかった」

 

 速度を上げて飛ばれている間、口を鋭角度合い激しいへの字に締め上げ、腹筋が無駄に割れるんじゃないかという程力んでいた。

今までお気楽OLで、イスに背筋を支えられた生活を送ってきた者として、つかみ所のない空の中で、唯一つかめるリーネの襟に力を入れることを躊躇い、自らを雑巾にたとえられる程体を絞ったのは初めての経験だった。

そうしなければ、奥底にたまったものを吹き出してしまいそうだった。

 肌に刺さる冷気が緩和されたおかげで、後一歩間違えば決壊するところだった下腹の椻を、足を絡ますように締め直し窮地を脱する方法を口にした。

 

「ねえ、海に触りたい」

 

 既に病院に戻るという方法はなかった。

というか、戻る時間を我慢出来る自信も保証もなかった。

冷気が叩きつける寒さの中にはいなかったが、全身を巡る緊張の震えが小刻みに限界を知らせているから。

定期的に来る放水へのレベルは、ばっちりレッドゾーンに入っておりこのままダッシュで病院に向かわれたら……

「空に散るわ……」

 プライドも大人の威厳も粉々に、無残に消えると確信していた。

そしてそれだけは絶対にやってはいけない事だと覚悟もしていた。

魔法少女を夢見た自分が、舞うべき空で……そんなものをまき散らしていいわけがないと。

へたばる顔のまま、自分の声に反応しないリーネの襟を引いた。

 

「ねぇ、お姉さん海に触れたいの……ちょっとさー」

「無理です。今は作戦行動中ですから」

 

 落ち着いた声は、前方に光る部隊の攻撃を見つめたまま答えた。

ヘリで言うのならホバリングの状態で前衛の動きを見つめる二人の顔は、張り詰めており、敦子の小言などに逐一応対するのを迷惑と目で訴えている。

リーネの前でネウロイを見ていた宮藤は構えた銃のままで、敦子の横まで飛んで来た。

 

「あっちゃん、坂本さんからです。ネウロイは見えるか、だそうです」

 

 どうしても海に行きたいと気張っている者の前でずいぶんと惚けた質問だったが、集中力は下腹部だけにしかない状態の敦子は眉間による皺の顔を押さえながら指差されている側を見た。

とにかく要求されている事をしてないとこの子達は言うことを聞いてくれないのでは、そういう強迫観念を感じながら見た。

海の美しい風景画の真ん中に、油絵の黒筆を落としたような不気味な景色を。

 

「あの、その、黒い塊は見えるわよ……見えたからもう良いでしょ、下に行って」

 

 引きつった顔は、客観的なこたえを出していた。

ネウロイと呼ばれるおぞましい物体に対する恐怖よりも、自分の心をへし折りそうな羞恥の魂に歯を食いしばって。

ここからトイレという憩いの場には帰れない。

漏らすわけにもいかない、最後の手段は海に入って有耶無耶にする事しかなかった。

もう単純な考えしか浮かばないぐらい、大人は参っていた。

懇願する目で冷め切った笑みを浮かべて頼んだ。

 

「私はぁぁぁぁ、海ぃぃぃぃ、海にぃぃぃぃ、入りたいの!!!」

「それはちょっと無理で……」

 

 迫る敦子の顔にリーネは恐怖していた。

今までも年上過ぎる相手に対して一歩も二歩も引いた所から話しをしていたのに、近い距離で荒すぎて粗目を感じる息の声に。

この状況下で、目の前に人類の敵であるネウロイを見ている場所で海に入りたいなんて常識がなさ過ぎで怖い、正直それにつきる顔だった。

途方に暮れているリーネをかばい、空をクルリと回って宮藤が話し懸ける。

 

「あっちゃん、海はまた今度入りましょう。今はネウロイをしっかり見て」

「あの変なのはもうどうだっていいでしょ……しっかりって……私は詳しくないわよ。そんな事より」

「お願いです。もっときちんと見てください!!」

「見たら……我慢できるの?」

「我慢? そうです今は海を我慢してネウロイを見て下さい!!」

 

 かみ合わない会話の流れとは別に、何かが体から流れ出そうな危機を抱えた敦子は最悪の事態をよぎらせていた。

海の上とはいえ、かなり高い所にいる状態では飛び降りるなんて行動に出た途端に抑えていたものが溢れ出てしまう。

まさにまき散らしだ。

それはできないという必死なプライドが心を支え、本当ならば怒鳴りたい所を堪えた真っ赤な唇は頑張って聞き返した。

 

「あの……ひぃー、あれょぉ、あの塊の棒のぉ、右下の方に赤いのが光ってるぅぅ」

「赤いの?」

「リーネちゃん、見える?」

 

 必死の返答を前に二人の少女は首を傾げていた。

二人には見えなかったのだ。

敦子の指先が震えながらも示している位置は、黒い塊と化した衆群のネウロイ達から少しだけ離れた所にしか見えなかった。

目を凝らし互いを確認する顔は、もう一度示された先を見て顔を合わせた。

 

「芳佳ちゃんには、何か見える?」

「私には見えないよ」

 

 惚けているわけではないのだが、こうして間延びする時間に怒りの導火線と決壊への膨張を抑えられない敦子は大きな声で指差して言った。

 

「そこ!! あの黒い棒の下の方、海の近くの……いるでしょ!!! もういい、ねえ、いい、本気で私はやばいのよ!!」

「小林!! もっと正確に!!」

 

 力を入れられるのならば、この幼い二人の少女を張り倒してしまいたいと思う程に気持ちだけがいきり立っていた敦子の耳に、目の前に出された小さなイヤホンから坂本の声が響いた。

 

「それがコアだ、今はどこにいる。魔法力を繋いでリーネに見せるんだ」

 坂本は自分では見つけられないし、言われた位置を見てもコアを発見出来ていなかった。

なのに敦子には見えているそれをコアだと信じていた。

 

「小林、コアは今どこにいる。お前の目に映っている赤い物体がそうなんだ」

 

 まくし立てる美緒の声に、敦子は切れた。

切れたといっても全身で抗議する訳にはいかない苦しみの中悶えよじれて、涙を吹き出して言い返した。

 

「ずっとそこいるわよ!!! 右の下の方よ!!」

「私には見えない、だからもっと正確に」

「正確に言っているわよ!!! 私の指先を追いなさい……あぁぁ」

「あ? あの方角ってなんだ?」

「怒鳴らないで……集中出来ないでしょ」

「すまない、集中して見てくれ!!」

 

 相手に怒りの感情がシンパするのならば、敦子の声からそれをくみ取るだろう。

だが坂本美緒にとって相手の怒りなど、この非常事態の中ではどうでも良いことだった。

そして敦子は期せずして集中を必要とされていた。

自分の下腹部を支えるために、意地になった集中力が魔力発動であるハムスターの耳と尻尾を浮かび上がらせていた。

 

「リーネ、小林と手を繋げ、魔力を繋いでコアを見つけろ。宮藤、小林を抱えてリーネを支援しろ!! グスグスするな!!」

 

 普段の明るく前向きな剛胆さが、怒りの雷を纏って鼓膜を叩く。

一番階級の低い少女達は慌てて作業に入った。

しかし敦子だけは納得出来なかった、というか非常事態なのは自分の方だと奥歯を破砕するほどに食いしばって叫んだ。

 

「いつになったら私の言う事聞いてくれるのよ!! 真面目にやばいのよぉぉぉ!!!」

「状況がやばいのはわかっている!! お前の協力が不可欠なんだ!!」

 

 雄叫びも空しく、叫ぶ体はリーネの横に、腰の部分を抱くように宮藤につり下げられた事で、決壊への最終段階は確実に進んでいた。

 

「私の人権んんんん!!!!」

 

 響き渡る悲鳴の中で、リーネは感電する程太く流れ込む魔力繋ぎの中で、銃を構えて目を開ききっていた。

 

「見えました……赤いの……」

 

 ぷっくりとした唇をきつくかみしめ、スコープから先に鎮座する目標に目を細めていた。

はっきりと見えるネウロイのコア、多面体のルビーはなんの護衛も付けずに漂っている。

撃ってくれと言わんばかりの信じがたい光景の前で、はっきりと交信した。

 

「護衛も何もいません、ただ浮いています……後何かカウントしています」

 

 今まで見てきたネウロイのコアにはない表示を、リーネは出来る限り詳しく坂本に口伝した。

一方で、自分の隣を飛ぶ宮藤には見えていない物体に、首を傾げながらも本隊の指示を待った。

 

 

 

 

 

「どうするの? まさか彼女の見ている物をコアだと断定しているの?」

 

 美緒とリーネの通信を耳にしていたミーナは困惑の顔を近づけていた。

司令職でもある彼女としては当然の抗議でもあった。

未確定な魔力、自分の存在や周囲の状況を曖昧にしか認識していない敦子の能力を、はいそうですかと信じる訳にはいかないときつい目で美緒の前に立つ。

 きめ細かな肌を揺らす、シビアな神経。

指揮官に必要な冷静な抗議を現した顔を近づけると。

 

「教えて、それがどういう事なのかを知らないままで展開するわけにはいかないわ」

 

 生来きまじめなミーナの質疑に、少年のような冒険心を持つ美緒は、挑戦者の顔で鼻先を合わせると。

 

「安心しろ、退路を保てないような事は絶対にしない。それに確認するのに時間はかからない。こっちも同時反抗で攻撃も仕掛ける」

「残弾を考えたら実験をしている余裕はないのよ。敵が自身を透過しているのならばすぐにそこを撃つべきよ」

 

 コアだと考えられる物が自分達の目に写らず、透明化しているという事態が初めての事だった。

すくなくともミーナはそう考えて、ポイントに対して一斉攻撃をするべきという意見を坂本にしたが、意見に対して坂本は首を軽く振っていた。

 

「ミーナ、コアはまだそこに居ないんだ。だがいずれ彼処に来る……そういう事なんだ」

 

 不可思議な返答だった。

魔眼の目がポイント周辺を執拗に睨め付けしている事からも、未だに坂本が指定された場所にコアを見つけていない事はすぐに理解ができた。

 

「いずれ来る? つまり」

「いまから240秒後に、コアは彼処に来るんだ」

 

 迷いのない声は、自信に満ちた唇でミーナに告げると、それでも不足の事態に備え指示を飛ばした。

 

「シャーリーとルッキーニ、今すぐ基地に帰投し弾の補給空走を行ってくれ」

 

 万全を期す事を、指揮する事で素早く示した坂本の背中にミーナは半ば諦めながらも納得するしかなかった。

 

「美緒、彼女が示した位置には何も感じられない。貴女の目にも映らないのでしょう。それでも信じているの?」

「小林の魔力の大きさからすれば、これは必然なんだろう。本人が未だに気が付いていないから軽く見落としそうになったが……間違いない」

 

 不安はそこにあったがミーナは飛び出しそうな気持ちを抑えた。

直感の冴え渡る魔女坂本美緒の言う事を見届ける余裕は少なからずあったからだ。

目の前を飛ぶ軍団は、歩みの遅いネウロイ。

いつ何時スピードを上げるのかという心配もあるが、だからこそ迅速な指揮は行われているという事実に屈した。

ミーナの杞憂を横に坂本は次々に指示を飛ばしていた。

リーネから来る目標のポイントは、聞き取りにくいながらも正確に把握したが、それ以上に面白い報告を聞いていた事で確信の目を輝かせて言った。

 

「なあ、ミーナ。小林の見ているコアが本物だったとするならば……私達は本当にすごいウィッチに出会った事になる」

「どういう事?」

「結果次第だが……大尉、指示したポイントに今から185秒後に攻撃をしてくれ。ハルトマン中尉、同じポイントを大尉の後5秒後に攻撃を」

 

 的確に場所を示す指示だが、ポイントを飛ぶ虫型ネウロイは疎らなながら。

潮騒を倍重ねにするような羽音を響かせる物体の中を、命令に習い二人は飛ぶ。

ミーナの心をヒリヒリと痛ませる中で、坂本もまた手にした銃器を構えていた。

輝きの魔眼を開き、敦子が指差し、リーネが知らせた方角に向けて狙いを定めて。

 

「さあ、こい……」

 

 

 

 

 

「行かせて……お願い」

 

 本人の意思不在のままで進行している事態を顧みる余裕は敦子にはなかった。

噛みすぎの唇と、首筋を走る力みのライン、脂汗の果てにあるのは、プライドと欲だけだった。

 

「ねぇ……海に行かせて」

「もう少しですから集中してください。あっちゃん!!! ネウロイを撃つためにも……」

 

 下腹部を満たした波が、防波堤を越えるのは数秒足らずの中で、敦子の体を支えていたのは宮藤だった。

後ろから抱きつくように飛べない敦子をぶら下げて懸命に、出来る限り揺れを抑えた静かな状態で飛び続けていた。飛ぶといっても、場所を動かずの状態で。

ホバリングは、隣で集中しているリーネと手を繋ぐために必要な作業だった。

 スコープを除くリーネは、坂本に命じられるまま敦子の差す赤い物体に狙いを定めていた。

手を繋ぐといっても両手がふさがるため、敦子の方から肩に手を添えて貰うようにしている。

 なにせリーネの持っている銃器は片手で狙いを定められるような安い物ではない。

魔法力を持っているからこそ、華奢な彼女にも持ち上げられる重量物。

軍隊で訓練している兵が使うにも両手は必須であり、そうしても手首を痛める確率が高い強い反動を持つ対装甲ライフル。なのに精度は少し低い。

故にリーネの魔法力によるコントロールが必要になる。

灰鉄の長い鼻は、指差されたポイントにカッチリと合わせられ微動もしない状態を保ちながらも疑問を頭に浮かべていた。

 敦子と手を繋ぎ、魔力を繋いで射撃をしろと言うのは良いのだが、当初自分にも宮藤にも見えなかった標的。

こうしてセッティングをおえた今でも宮藤の目には写らないコアを狙うという不可思議感。

 近づくネウロイの塊から少し離れた右下方に光る赤い目標は、宮藤の情報からすると未だに見えず、近場を蜂の子が渦巻くように周回を続けているだけだという。

なのに、繋がった事で見えるそれは微動もしない真紅のコアなのだ。

現実にはいないコアは、敦子と繋がった状態のスコープの先に浮遊している。

 

「どうして……あそこなんだろう」

「後60秒!!」

 

 構えたまま固まるリーネの耳に坂本の激が飛び姿勢を正したとき、そこには泣きも飛んでいた。

掴んだ肩に指を食い込ませる勢いで、ライブハウスでもないのに勢いよくヘドバンしている大人が。

 

「お願い!! お願い!! お願い!! 海に下ろして!! お願いよぉぉぉぉ!!」

 

 羽音だけが響く沈黙の無線に入り込んだ敦子の絶響。

リーネの肩懸命に揺さぶっていた。

 

「もう限界!!! 早く下ろして!! 私が死ぬ!!」

「ダメですぅぅぅ、今は、狙いが……」

「宮藤!! 小林を抑えろ!! なんとしても魔力を保たせるんだ!!」

 

 遠目にもわかる騒動にミーナが飛び出していた。

任せてくれと手を振って。

魔力を使っている今、大人の敦子の力は半端ではない、抑えに入った宮藤芳佳は飛ばされまいときつく腰にしがみついた。

 

「あっちゃん!!! 落ち着いて!! すぐに終わるから!!」

「やかましいわ!! 私の人生が終わっちゃうわよ!!!」

 

 半狂乱の敦子に、驚くリーネと頑張る宮藤。

 

「落ち着いてあっちゃん!!!」

 

 ギリギリの時間を騒ぐ見苦しい大人小林敦子。

壊れた人形がカクカク動くように、下半身だけは固定された水飲み鳥のように。

目から吹き荒れる涙のしぶきさえ、この後保ち堪えられない自分の失態が浮かんでしまう。

 

「私を海に解放しろぉぉぉぉぉ!!!」

「小林!! これはウィッチの誇り高き戦いだ!! お前もプライドを賭けて戦ってくれ!!」

 10秒を切った時間の中で、坂本の声が怒声のエールを飛ばす。

奇人と化した敦子の怒声は負けずと吠える。

 

「私だって、私の人格というプライド賭けているわよ!!! もう限界なのよ!!」

「後5秒!!!」

「もういや!!!」

「3・2・1!! ファイア!!」

 

 固定砲台として思い一撃を2発。リーネは予測の範囲を目指した号砲を響かせていた。

自分の肩を持って跳ねる敦子を征した形で。

タングステンの弾芯は、空気を鈍くねじ込むように裂いて進み、後ろに残った硝煙の中で目を凝らした。

弾が進むその先を……

 

「えっ?」

 

 まったく何もいない場所に向かって飛んでいた弾に、まるで吸い寄せられように一匹の虫型ネウロイが入り込んだ。

次の瞬間には真っ赤な破片を四散させ、それに続くように黒い塊として群れていたネウロイ達は白い結晶となって崩れていた。

 自ら弾に当たった。

501の魔女達は皆そういうふうに見えていた。

撃ったリーネも、5秒差で撃ったバルクホルンも、後に続いたハルトマンも呆然としていた。

 

「なになに、どうして当たったの? 当たり来たの?」

「わからん、だが……終わったみたいだ」

 

 前線を飛び続けたバルクホルンとハルトマンは自分達の近くまで、細かな破片となって降るネウロイを見ていた。

山のようにそびえ、一つの塊のように群れていた虫達はあっけなく粉砕していき。魔物の最後にはふさわしくない美しい白滝のように落ちていく。

 

「すごいよ、リーネちゃん!!!」

「わからないけど……やったよ、芳佳ちゃん!!!」

 

 突然消滅したネウロイを前に、後方からの斬激を食らわしたリーネは手を開き、自分をサポートしていた宮藤と抱き合っていた。

何が起こったのかは欲理解していなかったが、とにかく危険が去ったという喜びで互いの体を強く抱きしめていた。

そして敦子は当然手を離されたので落ちていた。

喜びで手を離した二人を豆粒のように見ながら、歯を食いしばった顔で、悲鳴も出ないほど踏ん張った口で、真っ逆さまに海に向かって落ちた。

落ちた時全ての椻は切れ、体は弛緩した安堵感で浮かび上がった所を助けに来た二人を怒らなかった。

 

ただ泣いた。

 

「もう……殺してよ……こんな天国もういや……今日私のプライドが死んだわ……」と、二人に両手を持ってつり下げられるという、掴まった宇宙人のような形で帰投した。

 

 

 

 

 

 朝から昼間たぎで起こった出動で、基地の中は騒がしかく人が動き回っていた。

ハンガー周りを工具の箱と、レーンの整備を響かせる雑踏を避けたハッチ前で最後尾を守り基地に帰ったミーナは、坂本と話をしていた。

 

「美緒、小林さんの固有魔法、あれは……ラプラスの魔眼……なのね」

「……確率予測というよりも、確定予測を見るってあれだな」

 

 正直な話し、数の多いネウロイに対してコアを探して戦うのは珍しい事ではなかった。

時間をかけるか、それぞれの魔法力を使って相手を拡散させコアをほじり出すか。

それ以外にも方法がないわけではなかった。

ましてや今回のネウロイは進む足の遅い相手だった事を鑑みれば、時間をかけて潰す事は可能だった。

だが無駄なく倒すという意味では、小林敦子の持っていた固有魔法は有効な武器と認めざる得なかった。

 

「確信していたの?」

「いや、ただリーネの話しの中でコアの中にカウントダウンが見えると言われてね……そうじゃないかと思った」

 

 確信はなかった。洞察力と直感だったという坂本の話しに、ミーナは深いため息を落とした。

危険は少なかったとはいえ、軍事行動。

不測の敵を前にそんな事を実行してしまえる扶桑の魔女を呆れた顔で見た。

 

「これで、自分で飛べるようになってくれたらいいが、まだまだ本人がどれも此も使いこなせていない状態だから」

 

 心配を顔に浮かべるミーナを前に、坂本美緒は陽気だった。

使いこなせないという意味では宮藤と変わらない攻撃戦力外だが、巨大なシールドに加え、強力な魔眼を持つという事実は坂本の気持ちを強くする一つの薬にもなっていた。

自分と同じ魔眼持ちという喜びで。

 

「そうね、まだ飛べない人なのよね」

「そうそう、まだ飛べない。もったいない話しだ。あれだけの魔力があるのに」

 

「少佐、あっちゃんのストライカー候補。こんなのどーです?」

 

 互いに顔を見て苦笑いをしていた歩く二人に掛かったのは、シャーリーの声だった。

片手に大きな雑誌と、片方に手紙を持って。

 補給空走のために先に基地に戻り、そのまま飛ぶ事なくネウロイが散ったため、基地に留め置かれていたシャーリーは溜まっていた手紙の整理をしていた。

その手紙にあったストライカーの話と、それがすでに実用段階にある事を載せた雑誌を持ち寄っていた。

 

「大きいな、それに数字だけみれば随分と高い所を飛ぶ……Be-29スーパーフォレストか」

 

 見開きに映し出されたストライカーユニット、塗装のされていない銀色に輝くそれは、普通のユニットより幾分か大きかった。

一言では現す事のできない異様の姿を坂本は見つめて言った。

 

「ここに運べるのならば使おう」と。

 

 

 

 

 

「魔法少女は挫けない……」

 

 基地に戻った敦子は、部屋に戻った後布団を頭から被ったまま泣いていた。

大人になって、これ程の恥辱を受けなければ成らなかったのは初めてだった。

 

「どんな試練を越したら……飛べるのよ。ていうかもう本当に死なせてよ、この天国から私を解放しろぉぉぉぉ!!!」

 

 しばらくは立ち直れないと、自分の心に楔を打ってベッドの中に沈んだ敦子だった

が、翌日にはそんな気持ちを無視して、空へと駆け上がるという事件が発生するのであった。

 




ひさしぶりだった。
そして戦いは続く!!
次はプラウダだーい

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